月別アーカイブ: 2008年11月

人は見た目で判断する、人は顔で判断する。少なくとも人ではなく俺は.

人は見た目で判断する、人は顔で判断する。
少なくとも一般的ではないかもしれないが、俺は、そうらしい。

有楽町付近を歩いていると、二人の男性が声をかけてきた。
男「ここへはどうやって行けばいいですか?」
俺「OK,Please show me the map」
俺「あっ、ここはですね。Go straight and then 。。。まっすぐ行って、その角を、、、」

あれれ、英語と日本語が混ざってしまった。
というのも、この男性二人はインド人で道に迷ったらしく、日本語で尋ねてきた。

流暢な日本語に違いなかったのだが、僕はとっさに英語が出てきた。
僕は英語がすらすらと出てくる訳ではないが、男性二人の風貌を見てとっさに英語で答えたんだろう。
男性は日本語で話しかけてきたにもかかわらず。それも上手な日本語で。

人は、少なくとも俺は、とっさに見た目とか、顔とかで相手を判断しているんだなと強く実感した。
人を見た目で判断していると言うことが、悪いとか良いとかではなく、無意識のうちの行動としてそうなんだな。

これをふまえたうえで考えたり、話したりしよう。

無事に東京駅付近のインド料理屋さんに到着しました。

送信者 いろいろ

(PENTAX K10D ISO: 400 露出: 1/125 sec 絞り: f/5.6 焦点距離: 45mm)

ブログに書くこと、書かないこと

もう何年も前だと思う。4、5年ぐらいかな。
俺のブログを読んでくれていたらしいが、俺は全く知らない人がいた。
そんな人に偶然にも会って話した。
俺は全くその人のことを知らなかったので、相手が俺ブログを読んでいるなんて想像もしなかった。
その相手も、最初ブログを書いている俺と、目の前で話している俺が同一人物だと思わなかった。

話している途中で、ブログを書いている僕と、話している僕が同一人物であると分かると、かなり驚いていた。
ブログだけを読んで出来上がっていた人物像と実際の僕のキャラが全然違ったというのだ。

まあ、そんなことは良くある話。
ブログには僕のすべてがある訳ではなくて、ある一面だけが出ている。
ブログに書くことなんてほんの一部だ。
さらに、文章表現が上手い訳ではないし、言葉の意味を正確に使っていないので、けっこう俺の意図とは違った捉え方をされることもある。
でも、蒸し器的にコレを見てすべてを判断されたり、俺の思った以上に深読みされたりする。
まあ、それは致し方ないことだよな。それを知ったうえで書いているし、あとは俺が表現を磨くのみ。

僕はメインでやっていること、所属している組織に関することはブログに書いてこなかった。
ついでに、振り返ってみると批判とか不平不満も書いてなさそうな気がする。
意図的というよりは、そうなっていた。
学生の時は大学のことはほとんど書かないし、今は仕事のことは書かないし。
あんまり、不平とかがないからかもしれない。

自分が学校だけ、仕事だけ、それらだけの世界で完結することがつまんないと思うからだと思う。
だから、日常の生活とは異なることを書く。ひとつの視点だけになりたくないから、意図的にそうしている部分もある。
それも、実際の経験から思ったことや感じたことなんかを主に書く。
経験とか出来事は覚えているが感じたことは忘れる。
厳密に言えば、感じたことは忘れないが、時とともに記憶が改ざんされる。
出来事は改ざんされにくい。
富士山に登った。○○高校に合格したなど。
感じたことや考えたことの記憶は、時の経過とともに改ざんされるだからその時に書き留めておく。

さらに、ブログを書きすぎると、会わなくなる人がいる。
ブログをその人が読んでいると、僕に会った気になるのだ。
逆に、ブログがきっかけで会うこともあるし、思いがけない出会いもいくらかある。
たまにある、そんな出来事がとてもうれしい。

それと、これだっと思って書きたくて書きたくて仕方なくて、書いた文章と、まあ、書いておこうかなという文章がある。
読む人からしたら、どちらも同じひとつの文章なんだけど、俺の中では価値が全く違う。
だから、読む人と書く人の間でギャップが生まれるんだろうな。
とはいいつつ、書きたくて書きたくて仕方なかった文章の方が、評判が良かったりするという事実もある。表現としては荒くて、間違っていても、その書いたときの俺の気持ちが伝わることが多い。
書いた時の俺の気持ちは伝わるもんなんだな。

色々と書いて、ごちゃごちゃになった。
今回のエントリーも何が言いたいか分かりにくい文章だなと。

関連エントリー(魂のエントリー)
http://www.teratown.com/blog/archives/002043.html

http://www.teratown.com/blog/archives/001699.html


http://www.teratown.com/blog/archives/001594.html

土日は山梨のほったらかし温泉にいってきます。先週の雲取山に続き富士山が見える場所。楽しみだ。

送信者 雲取山08

[見えるもの見えないもの。状態によって与える印象は全く異なる。](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 200 露出: 1/25 sec 絞り: f/5.6 焦点距離: 45mm)

夏の朝の成層圏

夏の朝の成層圏 池澤夏樹 中公文庫

最近また本を良く読んでいる。電車に乗っているときがメインだが、本の途中で電車を降りると続きが読みたくて仕方ない本に何冊も出会っている。その一冊がこの本だ。

読み進めれば、読み進めるほど次の展開を知りたくなる。読みながら次に起こる出来事を何となく想像するが、見事にそれを超越するストーリー。超越と言っても、展開がぶっ飛んでいるというわけでもなく、安直すぎるでもなく、その間を上手くついてくる。

送信者 座間味島'08

あらすじさえ言ってしまえば、新聞記者が遠洋マグロ漁船に乗って取材を行っていた。その時、写真を撮っていたら海に落ちてしまい、無人島に漂流する。何十日も野生の植物だけを頼りに生き、その後、人の可能性を求めて近くの島に渡る。すると、一軒の家が建っていた。しかし、誰もいない。その島は、漂着した島と比べるとあまりにも生活環境が違う。いつこの家に人が来るかもわからないのに、一度家に住んでしまったら、やめられなくなってしまう。そこで、廃村になっていた集落の小屋を修理して住むことにした。しばらく月日が経ち、人が島にやってきた。有名なアメリカの映画俳優だった。徐々に彼とうちとけていき、また少し人間社会に近づいた生活を始めた。映画俳優の迎えのヘリコプターが仲間を乗せてやってきた。そんな彼らと生活するうちに、もう野生の生活ではなくなっていた。島を出よう。しかし、この生活を文字として書き留めておきたい。ヘリコプターで映画俳優と共に帰ることをやめ、一人島に残り島での日々を文字にする作業に取りかかった。

こんな話だ。これだけ言ってもあまりワクワクしないだろう。あらすじを知っても小説なんて意味がない。細かな心理描写であったり、出来事の重なり、そしてその場面を想像し、小説の中で流れる時間と同じ速度で、自分の経験や感情と自分と重ね合わせる。それが小説の楽しみなんじゃないかなと思う。少なくとも俺の楽しみ方。

池澤さんの表現は状況の説明にしろ心理にしろすっと自分の中に入ってくる。抽象的な表現の中に論理性が存在する文章であると思う。抽象的すぎても分かりづらいし、論理的すぎても堅苦しい。池澤さんの表現は、ちょうどその間に存在している。

送信者 座間味島'08

それからの数日で彼はこの島で生きてゆくための最小限の知識と技術を身につけた。

雨水を蓄え、椰子に登るのが少し上手くなり、さしあたっては生命を維持する見通しをつけたが、それでも彼は絶望した。最小限の食物があるとはいえ、この島には彼以外には人間は一人もおらず、ここにいるかぎり彼が今までにしてきたこと、身につけた技術、知人や友人の網の目、高度に分業化された都市生活の規則などはすべて無価値なのだ。自分の生活がそのような制度とからみあって存在していたことを彼はあらためて知った。

仮の状態が仮のままに安定した。P59

この小屋に住んで、食物を集めるために日々動きまわり、つぎつぎに目の前に義務が生じるような生活の方が結局は満ち足りているのではないかP79

思ったように流暢には話が続かない。言葉になる直前の状態で長い間ずっと心の中にあったもの、形の定まらない半製品のままにおいてあったものを言葉にするには、なにかとりかえしのつかない行為をあえてするような決意が必要で、その決意は彼の中にはほんの少しずつしか湧いてこず、それが話の速度を決めた。P105

あそこで、日の光のある間はいつも身体を動かして食物を集め、開き、食べ、それ以外のことをほとんど何もしないでいたために、彼の精神のうちの水溶性の部分はすっかり流され、硬質の部分だけが残った。
一所懸命に自分を生かしておくべく苦心を続けた。あれほどなすべきことが目前にたくさんあって、その時その時の必要に追われて動きまわっていなくてはならない状態、迷うとか立ち止るとかする隙もないほど行為によって一面に埋めつくされた時間というのは、幸福への道の一本なのではないだろうか。今ならそう考える。あの時はそう考えるゆとりはとてもなかった。P108

つまり日本にいた時には、食物の現場からはるか離れたところにいた。どこか遠くで畑が営まれ、どこか遠くで魚が網に入り、どこか遠くで牛が殺される。それがおそろしく長い腕によってぼくの鼻先へとつきだされる。そういうものを食べていた。ここへ来てからは食物はすぐ近くにある。まさに、手から口への生活。P132

「こんな風に整然とは考えていなかった。こうして喋っていると、ことが明確になりすぎるという気がする。本当はもっとおぼろげで不安定ではっきりしないんだ」P175

ともかくフィルムはスクリーンに向かって投影されなくてはいけない。きみは表現すべきだ。明快とか曖昧とかはその表現の抱えている問題に過ぎない。いつのことだか知らんんが、きみは表現を通じて帰っていくんだ。それ以外にこの島を出る方法はないだろう。P175

他人の目から見ればきみは英雄だということさ。他人の目から見ない限り英雄なんて存在しない。P204

しかし、彼がこの島にいたという事実は、砂浜の砂の上に風紋やたまたま空に浮かんだ奇妙な雲の形とおなじで、すぐに消えるはずのものだ。自然は次の絵のために前の絵をすぐに消してしまうし、精霊たちも名も知らぬ彼のことを速やかに忘れるだろう。P225

それに、正直な話、ぼくは自分のみに起こったことをここに書いたほど詳しく憶えているわけではない。書いている時には記憶と想像が先を争う。間違いなく記憶にあることなのか、想像力が生み出した偽の記憶ではないのかと考えはじめると書けなくなる。-中略-しかし、ことは確かにこの想像まで含めたほどの密度で起こったのだ。大事なのは事実の辿った細い線ではなく、その途中見えた風景、蛇行する川と紫色の山脈、吹きつのった南風の方だ。今、誰かがそばでそのとおりだと言ってくれたら、ぼくはずいぶん気が楽になるだろうP236

鳥は着替えひとつ持たない身軽な旅人だ。食物さえ長く体内にとどめようとはせず、速やかに消化して速やかに排出する。彼らの身体は備蓄のための器ではなく、エネルギーと物質の交点、代謝の場である。空気の流れが彼らの翼を支えるように、有機物の流れがその生命を宙に支える。ぼくも間もなく身軽な旅人になるだろう。この島に住む日々は終わった。P240

送信者 雲取山08

[秋の空の霞](モデル: PENTAX K10D ISO: 100 露出: 1/1600 sec 絞り: f/5.6 焦点距離: 23mm)

探検とは、知的情熱の肉体的表現なのだ

「探検とは、知的情熱の肉体的表現なのだ。」
「Exploration is the physical expression of the intellectual passion」(A. Cherry-Gar-rad)

「あなたが知識への欲望を抱き、それを自分の肉体で表現する力を持っているなら、迷わず外の世界に飛び出してゆくべきだ。・・・略・・・
多くの人々は、「行って何になるんだ?」と問うだろう。私たちは資本主義社会に暮らしている。目の前の利益に直接結びつかないことに夢中になったり、金を生まないことに目を向ける者はめったにいない。だから、あなたはほとんどの場合、結局は一人でソリを引くことになるだろう。もちろん、いっしょにソリを引いてくれる仲間がいたとしたら素晴らしいことだ。その仲間こそ、あなたがもっとも大切にすべき人間だろう。
今こそ、大いなる旅に出発しよう。得るものは必ずある。それが、結果的にはたったひとつのペンギンの卵であったとしてもだ。
五人の男たちは、吹き荒れるブリザードの中で、今でも私たちを旅に誘っている。私たちに知的情熱があるかぎり、未知の場所への旅や探検への欲求があるかぎり、スコット探検隊は私たちの中で永遠に生き続けるのだ。(世界最悪の旅)」

何も言うことはありません。
無駄な言葉なんて付け加える意味がない。

送信者 雲取山08

[自らの肉体をもってのみ理解できること](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 100 露出: 1/500 sec 絞り: f/5.0 焦点距離: 45mm)

風が駆け抜けてゆく、風が押し寄せてくる。

東京都で一番高い山「雲取山」に1泊2日(11月2、3日)で行ってきた。2005年の日帰り雲取山に続き2回目。今回は頂上付近でテント泊。

阿佐ヶ谷を出て、三鷹でホリデー快速おくたま1号 7:58発に乗る。友だちは西立川からこの電車に乗ってきたのだが、混みすぎていて、顔は見えたが話すこともできず、一人で沢木耕太郎さんの「凍」を読んでいた。山に行くからと思い、家を出る時に山に関する本をチョイスした。9時15分に奥多摩駅に着。なかなか近いし、阿佐ヶ谷から890円で行けるのはありがたい。奥多摩が自分の中でぐっと近くなった。9時25分に丹波行きのバスが出る。しかし、紅葉シーズンということでお客さんがいっぱい。臨時で1台バスが出たが、合計2台ではお客さんが乗り切らなかった。俺もバスに乗れず、もう1台臨時バスが出ることになり、しばらく待つ。

しばらくするとバスは来て。鴨沢バス停まで610円。懐かしい。この場所は3年前にまさに来た場所だと、記憶が鮮明に蘇る。大学時代に仲の良かった友だちと来た記憶が。バスを降りて、靴のひもを結び直し、軽く足を伸ばしてから、さあ出発。10時30分。天気も最高に良い。紅葉も楽しみだが、遠くに見える山々も楽しみだ。それに、何と言っても晴れている日の山登りは気持ちが軽やかになる。

送信者 雲取山08

しばらく登っていくと、近くに見える山が彩られている。ちょうど紅葉の時季だ。もちろん高度に寄っても紅葉の度合いは違うが、奥多摩の山々は全般的に紅葉のベストシーズンと言ってもいい気がした。友だちと、山の話や頂上での飯の話、雨具やバックパックの話、山以外のアウトドアの話、仕事の話、どーでもいい話、色々な話をしながら登っていった。俺が前を歩いたり、友だちが前を歩いたり。共に、一人でも山に行ったり、一人でなんだかんだ外で遊んでいるので、こういった時は、あまり気を使う必要もなく楽だ。

送信者 雲取山08
送信者 雲取山08

たまに休んでは、風景を見て、チョコを食べ、飴をもらい、スポーツドリンクを飲み、登っていった。登山道で木々の隙間から美しい山が見えた。あ、富士山だ。こんなにも富士山が近くに感じるとは思わなかった。大きな富士山が、手前の山々の奥にどっしりと、そびえていた。やはり富士は美しい形をしている。こんな風に富士山が見えるとは予想していなかったので、心がはずむ。

送信者 雲取山08

坂道を上りながら気がついたことがあった。以前と比べ脚力が非常にアップしている。このことにに自分でも驚いた。今までなら、絶対にしんどいであろう坂も、そんなに疲れない。スタスタと登っていけるし、息もたいして切れることがない。これも、毎日階段で8階まで上り下りしているからだろう。日々の階段の上り下りでは気がつかなかったが、こういった山などで初めて自分の脚力が上がっていることに気がつく。日々の地味な積み重ねは、変化に気がつきづらい。しかし、確実にレベルアップしているのだろう。こやって、山など普段とは違うことをすると、日々の積み重ねの成果を感じ取ることができる。日々の積み重ねって、変化が見られないからすぐに飽きちゃうけど、習慣化してしまうことがポイントだな、そんな風につくづく思う。習慣化すれば苦痛にもならないし。

送信者 雲取山08

そんなことを考えたりしながら登り続けた。それにしても、天気がよい。雲ひとつないと言っても過言ではないほど。青い空に紅葉の赤や黄色がとても栄えて美しい。さらに、雲取山への登山道の至る所から富士山が見える。こんな登山コースはそんなにないんじゃないかなと思う。

送信者 雲取山08

頂上からも富士山はしっかりと見えた。頂上から少し下ったところに雲取山荘(16:10着)があり、すぐ横にテント場がある。300円の設営料をはり、テントを張る。久しぶりにテントを張った。テントがたるまないように引っ張るロープを忘れてしまい、テントがたるんでいた。が、まあ寝られない訳じゃないのでOKとした。夕陽を見ようとしたが、雲が厚くて見ることができなさそうだったので、夕食にした。僕はおにぎりだったのだが、友だちはキムチ鍋。なんと肉を味噌漬けにして持ってきていたり、しめじ、ニラ、キムチと豪華な鍋。米も炊くし、キムチ鍋の閉めに入れるラーメンまで持ってきていた。僕はおにぎり1つと交換にキムチ鍋とサンマの缶詰をつっつかせてもらった。これらをつまみにビールで乾杯。夕方5時に頂上での晩餐はピークを迎えていた。さくっと晩餐を終えると、それぞれのテントに入り寝ることにした。普段ではありえない、6時に就寝。

さすがに目が覚める。ちょっと坂になっていたので、体がずり落ちていく。寝返りを打つように身体の位置を戻した。夜の10時過ぎぐらいだろうか、寝ていると風の音がした。始めは飛行機の音か車の音かとも思ったが、風の音だった。風の音が遠くでして、それで終わりのときもあれば、風の音が聞こえてから数秒後に自分のテントにも風が押し寄せてくることもある。風が駆け抜けてゆく。そして風が押し寄せてくる。遠くで聞こえる風のざわめきを聞いているとなんだか、心地よかった。あっちで森の風が駆け抜けたと思ったら、こっちでも。いろいろな場所で風が駆け抜けていた。
しばらくすると、テントがパタパタと言い始めた。遠くで吹いていた風が、こちらにも押し寄せてきたのだ。テントがバタバタとうるさく寝るのを妨げた。バタバタしても風が入ってくる訳ではないので、寒い訳ではないし、かなり着込んでいたので、たいして寒くはなかったが、バタバタと音が鳴ると立ててあるポールが倒れるかもしれないと、気をもんだ。まあ、ポールなんて倒れたら石で再度打ち込むだけなのだが。バタバタしないように、テント内に色々なものをぶら下げて、テントをピンと貼った状態にすると少しはバタバタが収まった。テント内は狭くなるが、音がうるさいよりマシだ。初めてのこととか、久しぶりのことをすると想い通りにいかないことが起こるから楽しい。普段は使わない思考をするのが楽しくて仕方ない。

そんなことをしながら、星を見ようと夜中に何度か空を見上げたが、雲で星はあまり見えなかった。翌朝、日の出に合わせて6時前に外に出て東の空を眺めていた。しかし、雲が厚い。東の空の一部が少し赤くなったが、日の出は見ることができなかった。30分ほどでテントを片付け、朝食を済ませて、7時に下山することにした。雲取山の頂上では朝と言うこともあってか、昨日よりも富士山がはっきりと見えた。その前に連なる山々は水墨画のように、霞んでいて幻想的であった。

送信者 雲取山08

下山はサクサクと歩を進めた。同じ道でも逆から見るとまた違った景色だった。こんなにも坂道が長かったかな、こんなところに灯籠があったっけな?記憶というものは曖昧である。11時10分に鴨沢のバス停に到着。11時32分の奥多摩駅行きのバスで帰った。バスはまた臨時があり2台連なってやってきた。疲れと睡眠不足からうとうとしていると、奥多摩駅に到着していた。奥多摩駅ではヤマメを塩焼きにしていた。その匂いに塩分を求める体が引き寄せられた。汗で塩分を失った体にヤマメの塩味が染み渡っていった。上手かった。

雲取山の最後はヤマメで幕を閉じた。それにしても、紅葉に富士山に夜のキムチ鍋宴会、最後にヤマメ。楽しい雲取山だった。また、奥多摩の山には遊びにこよう。次はテントと寝袋を新しくして、コッヘルなどを持って、頂上の宴会も楽しもうと思う。

送信者 雲取山08