「食」カテゴリーアーカイブ

いちご摘み取り

日曜の朝6時過ぎから走っていると民家に謎の行列、その数50人くらい。

年齢層は年配な人はほぼいない、30,40代が多そうで男性も女性も子連れも。何かいろいろ想像しながら並ぶか迷ったが、同年代がこれだけ並んでいるならとりあえず、大きなハズレではないと踏んで並ぶ。

すると、いちご摘み取り予約の整理券配りだった。6000円と聞いて高そうと感じたが、これだけ並んでるのでそんなことはないんだろうと思いとりあえず整理券をもらって帰った。

早朝のはあくまで申し込みのための整理券で、9時50分に再度来て申し込みと支払いと手間はかかった。その際にいろいろ説明を受けた。

ひと区画22株で摘み取り放題、きれいに育ててくれていて少しの手入れだけで1ヶ月半から2ヶ月ほど週二回は摘み取り放題とか。

それで6000円なら安いし、何よりエンタメ要素がある。家族で毎週いちご狩りに行くような感じ。そして、近くの区民農園申し込みをしたがはずれたので、ちょとした土いじりも楽しめる。

申し込みの時にいろいろ解説

ランナーというひょろりと長い新芽を折ってとる。ランナーに栄養が流れて実が大きくならないから。折る場所は先端でも根元でもOK。

枯れ葉や斑点のある葉、地面についた葉ひもぎ取る。根本からキャベツの皮みたいに一枚めくるように取って捨てる。風通しが悪いとカビが生えやすいから。

路地いちごは表面が柔らかく、ビニール袋に入れず、タッパーなどで持ち帰る

最初はいちごの実が小さいが次第に大きな実がつくようになる。

とのこと、説明が終わり早速畑へ。かなりきれいに育ててもらっている。すでに、実も赤々となっている。

さっそく実をとる。ついついつまみ食い。適度な甘さで買ったいちごよりうまい。数をたくさん食べれる味だ。

枯れ葉、ランナーも説明を聞きながら折って捨てるなどして、作業と収穫完了。

家に帰って食べたら、子どもは大喜び。二人ともバクバク食べる。次の週末は家族でいちご摘み取りでもするかな。毎週だとなかなか大変そうなので、誰か来たい人いたら連絡ください。

木崎湖で稲刈り

かれこれ10回は来ている木崎湖に、昨年の秋に初めて家族で訪れた。

本郷さんが、木崎湖に移ってからも何度か来ていたが、今回は本郷さんの田んぼの稲刈り。

もう10年以上前、阿佐ヶ谷で夜な夜な語りながら、ご飯をご馳走になり、銭湯に行くという日々があった。

あの頃からは想像できないけど、こうしてみんなで稲刈りして、田んぼでおにぎりを食べながら語り合える楽しさ。

稲穂がとにかく美しかった。黄金の絨毯のよう。本郷さんの作った米だから、これぐらいは当たり前なのかもしれない。

毎日手作業で草むしり、カメムシ取りをしていたからこそ。

剛さんも来ていて、阿佐ヶ谷での日々が蘇り、こういう時間を過ごしていると、日常のビジネスとは全く違う思考回路になる。

どちらも自分にとっては大切な時間だが、最近はビジネスよりだったので、こうした時間にももう少し身を置きたいと思う。

上の子ども3歳もカマを使って少し稲刈りをさせてもらい、満足げ。その後届いた米は言うまでもなくうまかった。

次は5月に田植えに行けるかな。

銛突きキャンプに子どもと佐渡島へ

恒例行事の銛突きキャンプ、今までは1人だったけど、今回は上の子と2人で佐渡島へ。娘との2人旅も3回目で慣れてきた。

8月の最終週の週末、まだ外は暗いうちに家を出る。目を覚まして、玄関でママがいい、行きたくないといったが、子どもを抱っこ紐に抱えているので、なだめて家を出た。抱っこなので、ほぼ大人のペースで行けるから時間が読める。(来年はもう抱っこ紐が無理だから、朝早起きしてくれなかったらどうやって連れて行こうか)

今回は初めて荷物の往復宅急便を使った。キャンプ道具を背負って子供も抱えてはかなりヘビーなので、ラクをしてみた。結果的にかなり楽だったんだが、自分の荷物は常に自分でもって旅するから、依存せず自分の旅に初めてなると考えてたりもするので、少し消化不良なところもあったが、子供と2人で新幹線and船キャンプなのでと割り切った。

東京駅に着くとしんやさん親子と合流。はくたか新幹線ははじめての乗車な我が子は楽しそう、そして、tomくんとすぐに打ち解けて、仲良く新幹線ではしゃいでいた。すぐに上越妙高駅に到着し、バスで直江津港へ。フェリーの時間にはギリギリで到着。残りのメンバーも港に集まっていた。

今回も大人子供合わせて20人弱の大所帯。早速フェリーに乗り込む。子供が揺れで酔わないか心配だったが、さほど揺れず、子供たちで騒いで遊んでいた。フェリーの乗客もそんなに多くなかった。

佐渡島の小木港に到着すると、キャンプ場へ向かう組とスーパー組に分かれた。我々は買い出し後にキャンプ場について、早速海へ行く子供たちとテントを張る親たち。

海の目の前で綺麗な芝生。トイレとシャワーも綺麗でバッチリだ。ささっとお昼ご飯を食べて、海へ。海の家が前週に閉まり、でも管理人さんが片付けしつつ開けていているみたいな状況で、人も少なく店の人によくしてもらった。

娘は初めてのライフジャケットで、海もそんなに慣れてないので、ずっと一緒にいた。だから銛はほぼやってない。1度銛を持って潜った時に、小さなフグを突いて上がると、はるかちゃんのパパすごいんだよと、まわりに言っている姿がとてもかわいくて、父の感情を持ったんだなと、自分自身を思った。

竹で作ったブランコ、シーソーなんかもあり、遊んだ。すぐに夕暮れ。シャワーを浴びて明るいうちにご飯を作る。ほぼレトルトカレー、焼きそばと言ったメニューだったが、外で食べるだけでうまい。

ご飯をストップして日本海に沈む夕日をみんなで眺めに。このゆったりとした、心が開いた感覚が好きだ。日が沈むなんて毎日起こっている出来事だけど、都会の子はそれを見る機会もあまりない。

子どもたちはそんなことも気にせず、はしゃいで遊んでいる。いつの間にか同年代の子が集まるグループができて、ご飯を一緒に食べたり、遊んだり、海で泳いだり、喧嘩したり、ブランコしたり。子供にとって同年代の子とフィールドで遊ぶことは、非日常で楽しそうに写った。

かき氷をガリガリ回して作って食べたり、和太鼓の鼓動のチームの近くの街だからか、夜は太鼓を叩いて踊る人たちがいたり、魚を突いて食べたり、最後の朝はちょっとランニングしたり、銛突きと料理だけじゃなくて、いろいろと楽しめた。あと、友達が自分の子育てや子との接し方について指摘をくれたりと、それも面白かった。
2泊して、一足先に2人で島をあとにした。旅の余韻に浸りながら東京へと戻った。キャンプだけじゃなくて銛突きみたいな、ひとつテーマがある旅だと面白い。あと、子供が他の友達と想像以上にすぐに仲良くなって楽しんでいて、さらにお兄ちゃんお姉ちゃんのやっていることを真似したいとなり、結果的に良い機会だったのかなと思った。

たまごの味噌汁

食へのこだわりはあまりなく、仕事の合間のランチは毎日同じものだったりする

料理を作ることはよくするが、食べるのが好きというより実験的な意味合いで楽しんでいたりする

そんな風な気持ちで料理を作っているのだが、たまにおいしいねと言われると嬉しい

が、正直、普通の人と比べると褒められても喜びが相当少ない方だと思う。

そんな僕が言われて嬉しかった、印象に残ったことがあった

奥さんに、たまに作るたまご入りの味噌汁好きだわぁ、と言われたこのひと言だ。

奥さんに言われたからとか、頑張って作ったからとか、手の込んだ料理だからというわけではない。

僕が小さい頃、料理はいつも母が作ってくれていた。

でも、なんの理由だったか覚えてないが、母が不在で父が料理を作ってくれたことがある。

当時、父はそんなに料理が得意なタイプではなかったと思う。メインの料理も覚えてない。

でも、作ってくれた味噌汁が印象に残っているのだ。

普通の味噌汁にたまごを落としただけなのだが、普段の味噌汁と違って、少し豪華な感じがして味に深みが出ていたのだ。

当時はおいしいなぐらいしか思わなかったが、記憶にはしっかり残っていた。

なぜ父がたまごを入れたか分からない。

料理が得意じゃないし、品数をたくさん作らないから、豪華に見えるように、満足度が高くなるようにと考えてくれたんじゃないかと、勝手に思っている

そんなたまご味噌汁を僕が作ったのは、子どもができてからだ

うちの子は好き嫌いが多いから、なかなか野菜などを食べない

あの手この手で工夫している

そんな時に、たまご味噌汁を思い出して

これなら飲んでくれるかなと思って作ったのがきっかけで、たまに作るようになった

実際はたまご味噌汁だからといってうちの子は飲んでくれない

でも、自分が作った料理のなかで、自分の子供にもそんな思い出に残る味が1つでもできたらなと思う

Rwenzori13 サファリの目覚め

夜中には動物の鳴き声や足音が部屋のすぐ横を通り過ぎる。ああ、夢の中でサファリの中にポツンと放り出されたような意識になったり、鳴き声にビクッとしたが、すぐに冷静になり、ああ、今サファリのど真ん中にいるんだと気づく。

クイーンエリザベス国立公園の中で目を覚ます。夜明けとともにサファリへと車で。すぐ、角が立派な水牛やライオンなどを目にした。が、昨日見たので、盛り上がりはそこまででもない。それよりも、朝のひんやりとして静かなサファリの独特な空気感がとても心地よかった。山のように凛とした朝というわけでもないが、動物たちが動き始めるその直前の世界があった。

近くの湖の畔へ行くと、村人が多く集まり、洗濯や魚釣りをし、子供たちははしゃいで遊び回っていた。そんなところに大量のカバが。最強とも言われるカバの真横で子どもたちが遊ぶ光景が微笑ましかった。我々は、干上がった塩湖へと足を運ぶ。かれらはクレーターレイクとよんでいた。ウユニみたいにきれいな白ではなく、ドロドロな感じで、匂いも臭かった。

またまた移動して、小さな小さな集落に連れて行ってもらい、そこでいくつも点在するクレーターレイクを見せてもらいながら散歩。弘樹さんはバナナの木々の間をトレランして撮影したり。お昼は、近くのローカルレストランで食事。観光地でもない小さな村のローカルレストランで、ウガリとゴートシチュー。このゴートシチューが臭かった&ウガリも美味しくなかったけど、これしかないのでみんなで歯を食いしばって食べた笑

それから、コンゴとの国境へ。コンゴは治安が悪くエボラ出血熱が流行っているため国境は越えられない。国境はWHOなんかがいた。治安の良くない発展途上国の国境という感じがビンビン伝わってくる国境だった。いかにも国境らしい国境にきたのは久しぶりだったかもしれない。ガイドのジェム男の友達が国境にいるというので、車から少しだけ降りてちらっと見せてもらったが、特に何もせずすぐに帰った。

カセせに戻り、同じ宿にチェックイン。近くのタクシー乗り場で翌日のカンパラ行きのタクシーチャーターを探し、値段交渉。まあ、すんなりと決まったので、中庭で以前と同じような夕食を食べ、ナイルビールを流し込む。そろそろ旅も終わりに近づく。あとは、カンパラを目指すのみ。