「思うこと」カテゴリーアーカイブ

ffs理論

前職の時も使っていたffs、今の仕事でも数年前に受けた結果がこれ。

仕事をしていてffsは当たりやすいという印象があり、これでもうまくいくという診断が出た組み合わせは、実際にうまくいくことが多い印象。

一方で、学んだことがなかったので宇宙兄弟のffs本を読みたかったが、Kindleがなく読んでなかった。。新幹線で大阪出張ついでに読んだら、確かにね、その観点で、このタイプには対応するのかと。(自分の旅はアウトドアかつ電車が多く、荷物嵩張るのが嫌だったりで紙の本を持たなくなり10年弱かな、出張は紙本を読む貴重な機会)

ストレングスファインダーとか、営業研修でこのタイプの顧客にはこんな風に対応するみたいなものがあるけど、ffsも含めてどうやってこれらの分類が導き出されているのか、その裏側が気になるなー

日本人ではレアな保全性がまさかの1、弁別性が高くディベートは向いていたのかな?

凝縮性、拡散性がたかく、法律や社会のルールより自分のこだわりというか信念があってそれを重んじる。たしかにいろいろ興味があり、なんでも試してみたい性格。

なんだけど、受容性もそこそこあり、受け入れることもしばしば。

# ffs
A. 凝縮性 11
B. 受容性 10
C. 弁別性 16
D. 拡散性 11
E. 保全性 1

ストレングスファインダー

ストレングスファインダー

10年目の311

10年ということもあり、例年より多く311の報道がなされている。

当時子供だった子達が働いている姿を追いかけた映像や記事などを見ると、長い時がたったのだなと思う。一方で、あの揺れはついこの前だったという感覚もある。

先日も東日本大地震の余震と言われる大きな揺れが東北であったばかり。

世の中は昨年からコロナばかり。夏には落ち着いていたが、再び緊急事態宣言が発令されており、変異種が拡大するのではとも言われている。

非日常は日常になり、人の心や価値観、行動パターンも1年もたてば変わりつつあると感じる。日本ではワクチンがまだまだなので、今後ワクチン接種がすすんだら、どんな世の中になるのだろうか。

今までの人生では、大きな出来事があっても喉元過ぎれば的な感じで、世の中はすぐに忘れていくことが多かったが、今回のコロナは違って喉元過ぎない感じだ。

ワクチンを打っても、感染症というリスクは常にあり、それとどう付き合っていく社会になるのか。どう対抗していくのか、共存、気にしなくなるのか、この1年は大きな分かれ道なんだろう。

とはいえ、日々の生活は変わらず平和だ。

2021年 東京 コロナはまだ続き今も緊急事態宣言の真っ只中
2020年 東京 世界はコロナウイルスで今もまた歴史の中にいる
2019年 東京 同い年の友達の東大准教授就任祝い
2018年 東京
2017年 東京&夜から白馬へスキー
2016年 東京
2015年 東京 数日後からキューバへ行った
2014年 麻布十番で飲んでたっぽい
2013年 伊豆トレイルジャーニーの翌日
2012年 東京
2011年 東京

2020振り返り〜挑戦しないと損する社会〜

コロナが起こった今年、こんなことも滅多にないので、ブログのエントリーが減ったけど、振り返りぐらいは書き残しておく。

滅多にないと言いつつ、東日本大震災から10年、子どもにその話をしていると、阪神大震災の話もしたり、サリン事件、911と時代が変わるような出来事はなんだかんだ発生しているのだ、それが生きているということ。

2020がこんな年になるなんて、想像もしていなかったけれど、世界は突然変化する。デジタル化しつつも、国際的な移動は加速していくと思っていたら、全てが止まった。

止まることにより、旅行者のインバウンドはなくなり、リモートワークが当たり前となり、人と接することを減らすビジネスが加速していった。

たしかに大きな変化だったが、一方で既にデジタル化が進んでいたから、そのスピードが上がっただけという感覚もある。

ワクチン開発なんかあんまり詳しくなかったけど、世界の最先端テクノロジーの、進化は恐るべき速さだと感じたし、世界的な国家間の競争、企業間競争もしたたかで熾烈だと思った。そういう社会を自分も、自分の子どもも、日本という国家も生き抜かねばならないと。そして、せっかくならそのど真ん中にいると1番楽しい。

日本でも冬になり感染者や重症者は増えているが、欧米などのそれとは比較にならない。未だに明確な納得いく理由は分からないが、毎朝アジア、欧米諸国のニュース番組を見ていると結果の差は明確だ。

コロナという正体不明の病に対する生命存続の恐怖、それがある程度把握できると経済、それもある程度守られると自身のやりたいことが優先される。

一時期、とんでもない不況がやって来るかと思われ株価も暴落したが、各国の経済政策はほぼ同じで、それを回避しに走った。結果としてお金は社会に溢れて株価だけ上がり、それまでより厳しい企業業績であっても世の中の悲壮感は少ない。もちろん、経済的に追い込まれている人が多数発生しているのだが、株高もあってか報道は少ないし、不況という認識をする人も少ない。

こんな1年、1番感じたのは挑戦しないと損だということ。
前は、挑戦した方が得だなと思っていたが、今年のコロナ以降、損というレベルで挑戦しないことをもったいないなと思うようになった。

コロナでライフスタイルや人々の意識が変わったというタイミングだから、ビジネスチャンスが増えている。そして、お金あまりが顕著でリスクマネーは豊富で失敗してもリスクは少なくリターンが大きい。もちろん、何が起こるかわからない人生だから、生命のリスクコントロールしつつ好きなことを、できるうちにやり切るこれがこの世界を楽しむコツだという前提はある。

一方で、自分は年を重ねて以前より自分を突き動かす衝動が少なくなっているように感じるのが1番寂しい。そんな時は、小さなことでもやりたいと思ったことを、行動に移すこと。行動していると、いつの間にかやりたいことが見えてくる。なんだかんだ理由をつけてやらないのではなくやること。答えはすごくシンプルで、すぐ目の前にある。

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ブログやsnsへの投稿が減ったけど、実は2020はけっこう出かけた年だった。自分のチャレンジ的なものは少ないが、家族や子どもと2人の旅も何度か。

浜名湖に両親と泊まりに、家を買い緊急事態宣言の日に引越し、子どもの手術があり、谷川岳に行き、自分の体調不良で蔵王が流れ、しまなみ街道は下の子の体調不良で当日に上の娘との2人旅に変わり、上の子と2人で仲間と佐渡島キャンプに行き、再び仲間と沖縄座間見に行き、長野へ稲刈りへ。友だちの個展で上の子が絵描きにアートバトルを挑み、斑尾で50k走り、箱根に3世代旅行に行き、太陽光の草刈りをし、友だちとバーベキューをし、岐阜に芋掘りをしに行き、みかん狩りをし、年末は福島でスキー。子ども2人連れた旅行が増え、1箇所に何日も滞在する旅が増えたのと、宅急便の往復便で荷物を送るスタイルになった。来年はどうなるか、国内もたくさん良いところはあるし、知らないところはあるのでもっと行きたいが、この国ではないどこかに行きたくなることもやはりある。すべての場所を候補にして、行きたいところに行けたらやっぱりいいな。

銛突きキャンプに子どもと佐渡島へ

恒例行事の銛突きキャンプ、今までは1人だったけど、今回は上の子と2人で佐渡島へ。娘との2人旅も3回目で慣れてきた。

8月の最終週の週末、まだ外は暗いうちに家を出る。目を覚まして、玄関でママがいい、行きたくないといったが、子どもを抱っこ紐に抱えているので、なだめて家を出た。抱っこなので、ほぼ大人のペースで行けるから時間が読める。(来年はもう抱っこ紐が無理だから、朝早起きしてくれなかったらどうやって連れて行こうか)

今回は初めて荷物の往復宅急便を使った。キャンプ道具を背負って子供も抱えてはかなりヘビーなので、ラクをしてみた。結果的にかなり楽だったんだが、自分の荷物は常に自分でもって旅するから、依存せず自分の旅に初めてなると考えてたりもするので、少し消化不良なところもあったが、子供と2人で新幹線and船キャンプなのでと割り切った。

東京駅に着くとしんやさん親子と合流。はくたか新幹線ははじめての乗車な我が子は楽しそう、そして、tomくんとすぐに打ち解けて、仲良く新幹線ではしゃいでいた。すぐに上越妙高駅に到着し、バスで直江津港へ。フェリーの時間にはギリギリで到着。残りのメンバーも港に集まっていた。

今回も大人子供合わせて20人弱の大所帯。早速フェリーに乗り込む。子供が揺れで酔わないか心配だったが、さほど揺れず、子供たちで騒いで遊んでいた。フェリーの乗客もそんなに多くなかった。

佐渡島の小木港に到着すると、キャンプ場へ向かう組とスーパー組に分かれた。我々は買い出し後にキャンプ場について、早速海へ行く子供たちとテントを張る親たち。

海の目の前で綺麗な芝生。トイレとシャワーも綺麗でバッチリだ。ささっとお昼ご飯を食べて、海へ。海の家が前週に閉まり、でも管理人さんが片付けしつつ開けていているみたいな状況で、人も少なく店の人によくしてもらった。

娘は初めてのライフジャケットで、海もそんなに慣れてないので、ずっと一緒にいた。だから銛はほぼやってない。1度銛を持って潜った時に、小さなフグを突いて上がると、はるかちゃんのパパすごいんだよと、まわりに言っている姿がとてもかわいくて、父の感情を持ったんだなと、自分自身を思った。

竹で作ったブランコ、シーソーなんかもあり、遊んだ。すぐに夕暮れ。シャワーを浴びて明るいうちにご飯を作る。ほぼレトルトカレー、焼きそばと言ったメニューだったが、外で食べるだけでうまい。

ご飯をストップして日本海に沈む夕日をみんなで眺めに。このゆったりとした、心が開いた感覚が好きだ。日が沈むなんて毎日起こっている出来事だけど、都会の子はそれを見る機会もあまりない。

子どもたちはそんなことも気にせず、はしゃいで遊んでいる。いつの間にか同年代の子が集まるグループができて、ご飯を一緒に食べたり、遊んだり、海で泳いだり、喧嘩したり、ブランコしたり。子供にとって同年代の子とフィールドで遊ぶことは、非日常で楽しそうに写った。

かき氷をガリガリ回して作って食べたり、和太鼓の鼓動のチームの近くの街だからか、夜は太鼓を叩いて踊る人たちがいたり、魚を突いて食べたり、最後の朝はちょっとランニングしたり、銛突きと料理だけじゃなくて、いろいろと楽しめた。あと、友達が自分の子育てや子との接し方について指摘をくれたりと、それも面白かった。
2泊して、一足先に2人で島をあとにした。旅の余韻に浸りながら東京へと戻った。キャンプだけじゃなくて銛突きみたいな、ひとつテーマがある旅だと面白い。あと、子供が他の友達と想像以上にすぐに仲良くなって楽しんでいて、さらにお兄ちゃんお姉ちゃんのやっていることを真似したいとなり、結果的に良い機会だったのかなと思った。

2020の911

18,19年は災害が多いと書いていた。今年も多いがそれほどでもないようだ。

誰も予想さえしなかった新型コロナウイルス蔓延による世界的な変化が起こっているから気づいてないだけかもしれない。

コロナ禍と言われるが、もう半年以上経つ。ライフスタイルは大きく変わり、リモートワーク、集団でのイベント、海外旅行などがほぼなくなった。

視覚的インパクトが大きかった911と比べると、コロナは視覚的インパクトはあまりない。そして、世界中の1人1人に直接影響があり、かつ長期間に渡る。気づかないうちに多くのことが変わっており、また多くのことは変わらないのだろう。

昨年12月にニューヨークの911メモリアルミュージアムに行き、強い衝撃を受けた。自分の人生で記憶があり、社会が分かり始めて初めて起こった世界的な出来事。

歴史の、変化の中にいる。生きているということは現実が歴史になり、世界が変化して行くことなんだと思ったし、それは人の意思、人の手によってどんどん変えられるんだと感じたのだった。

911から20年。
世界は変わる。何が起こるか分からない。何が起きてもそれが現実。今を楽しみ、未来を楽しむ一歩を踏み出そう。

2001/09/11 岐阜 (岐阜在住)
2002/09/11 千葉の岩井海岸 (横浜在住)
2003/09/11 モロッコ タンジェ(横浜在住)
2004/09/11 インド ブッダガヤ (西日暮里在住)
2005/09/11 ボリビア コパカバーナ (西日暮里在住)
2006/09/11 新潟 越後つまりトリエンナーレ→東京 (巣鴨在住)
2007/09/11 東京 巣鴨 (巣鴨在住)
2008/09/11 東京 (阿佐ヶ谷在住)
2009/09/11 東京→沖縄 (阿佐ヶ谷在住)
2010/09/11 千葉県 御宿 オープンウォタースイム大会(阿佐ヶ谷在住)
2011/09/11 岐阜県・恵那でクリエイティブライティングの仲間とキャンプ(阿佐ヶ谷在住)
2012/09/11 東京 (阿佐ヶ谷在住) 数日前までは3週間ほどフランスとスイス
2013/09/11 東京:お台場(阿佐ヶ谷在住) ホテル日航東京で宿泊で研修
2014/09/11 東京(北千住在住) 特になにもない日常
2015/09/11 東京(北千住在住) 去年とは仕事が変わった。そして、タクジさんに誘われ池澤夏樹さんの話を聞いた夜
2016/09/11 岐阜岐阜の実家に。結婚したのともうすぐ子供が生まれるからまた来年は違う911だろう
2017/09/11 東京 朝は保育園に送り、夜はお風呂に入れる。去年はここまで具体的なことは想像してなかったが、今の日常を今日も。
2018/09/11 東京 初めておまるでうんちができた日、子供の成長を実感した日
2019/09/11 東京 2人目の男の子が誕生して、夜泣きとともに生きている
2020/09/11 東京 家族が増え広い家に引っ越した、家を自分が買うのかと、人の考えは変わる、それはその時々の、状況に置かれてみないと分からない。

2019の911