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9年目の311

311,911の日に何をしていたか定点観測

そういえば、昨年末にニューヨークの911メモリアルミュージアムに行った。個人的には大きな出来事で、今という歴史の中にいることを実感した。

311も大きなできごとだし、それ以外にも社会的な大きな出来事は不定期に発生する。ただ、自分が認識できるようになって最初の出来事が911だった。

高校生の時で、少し大人になり、社会の仕組みなども知り始めた歳だ。もし、小学生の時だったら、映像的なインパクトでしか脳に刻まれなかったと思う。

しかし、911は高校生であり、ネットが発達し始めたころだった。もちろんメディアで流れる見た目のインパクトもあったが何が起きたのかと自らネットで調べまくった記憶がある。

自分から主体的に参加したというか、情報を取りに行ったという意味で、はじめてのできごとだった。

そんな意味で自分の人生で初めての大きな社会的できごとだった。

5年ぐらい前にニューヨークへ立ち寄った時は、911メモリアルミュージアムは建設中だった。

それを見た時は、ここであの出来事が起こった地なのかとは思ったが、ミュージアムができるんだなと言うぐらいの印象だった。

しかし、実際に行って見て、ビルの折れ曲がった鉄筋や燃えた消防車、オフィスの備品、家族のメッセージなどを目の当たりにすると、当時自分が見た映像、主体的に調べたことと重なり、自分が当事者のような気持ちで、見入っていた。

911の背景やその後の戦争などについても説明されていた。アメリカのミュージアムなので視点はアメリカ側だが、改めて多面的に歴史を社会制度を、世界を、宗教を、経済を、科学技術を学びたいなと思った。

ベースとなる背景を理解してないと、物事の本質が何も見えないから。

って、311なのに911の話になってしまった。

今年の311はコロナウイルスで、世界が非日常の中だ。そして、初めて家というものを買った。

2020年 東京 世界はコロナウイルスで今もまた歴史の中にいる
2019年 東京 同い年の友達の東大准教授就任祝い
2018年 東京
2017年 東京&夜から白馬へスキー
2016年 東京
2015年 東京 数日後からキューバへ行った
2014年 麻布十番で飲んでたっぽい
2013年 伊豆トレイルジャーニーの翌日
2012年 東京
2011年 東京

知覚と脳の判断

下の子のウンチでオムツを変えるとき

くしゃみが出た

昔からウンチのオムツ換えではよくくしゃみが出る

俺は臭いが臭い時にくしゃみが出る体質なのだ。

でも、先日ウンチのオムツを、かえていたが臭いは感じていなかったが、くしゃみが出た

花粉の時期で鼻がつまってて、臭いを、感じなかったのだが、くしゃみが出た

面白いなーと思った

知覚としては嗅覚が働いていて、その対応としてくしゃみが出た

しかし、鼻がつまってて脳が反応せず臭いは感じなかった

すなわち知覚とそれを人間が臭いと理解するにおいは別で動いているってことの証明だなと。

近くに住むこと

インターネットや交通手段の発達で、距離は関係なくなったという側面がある。

実際に、比較的どこにいても仕事はできるし、遠く離れていてもリアルタイムにビデオチャットが無料でできる。

海外に行くというのも、ネットで航空券を予約して、スマホだけあれば両替すらいらない時代。

でも、地理的に近くに住むことって、やっぱり重要だなともう。

ネットでいくらでもコミュニケーションは取れるが、近くに住むことでできることがある。

それは、人と人が近くに住むというのもそうだし、自然にしろ、都市にしろ、そういった場所と近くに住むということも。

どこに住むかによって、人間の行動が変わる。

人と人のつながりが生まれて、新たな展開へと広がりを見せる。

自分の住む場所で、そういったコミュニティとの関わりがかわる。

子供がいると、子供を連れて近所でいろんな遊びができる場、つながりがあるといいのになって思う。

子供を持つ仲の良い友達同士で近所に住んじゃえば、いいのにと昔から思うのだが、意外とみんなそうならないのは、大人の事情がいろいろあるんだろうか?

自分の原体験としては、阿佐ヶ谷という街や芸大に行ってた頃の日暮里が良いコミュニティで、どんどん繋がりが広がっていったから、あれのファミリー版が実現できるといいなと思うのである。

砧公園とか羽根木公園とか近くにあるから、そういったゆるいコミュニティってないかな。

2019を振り返る

2020年になった。
ということで、19年を振り返る。ついでに、2010年代も。

2009年末と言うと、アラスカにいた。

アラスカへの強い思いというのは今考えると異常なほどで、やっとアラスカに行く気持ちになれたから行ったという感じだった。

その前後はトレランや登山、旅などよくしていた。

それから10年。

そのさらに10年前というと、16歳とかだから高校生になったばかりか。

1999年からの10年間は高校生から、大学生で一人暮らし、社会人だったので生活の変化という意味では非常に大きく、2010年代はもう少し変化という意味ではマイルドだったかも。

とはいえ、結婚して、子供が生まれたりという点では大きかった。
2010年代は大人になったなという10年。

で、2019年は2010年代をすごくよく締めくくれた。

それは、出来事から振り返ると。

年始はウガンダのルウェンゾリ山登頂

夏には第二子の男の子誕生

冬には上場

これ以上求めて何があるという感じさえする。
確かに、よかった、いろいろ大変なことももちろんあったけれど、よかった。

しかし、この、心にぽっかり空いた穴みたいなものがある感じはなんだろう。なにか物足りない、ハリがない。

まあ、出来事的に満たされているからこその贅沢な悩みなのは間違いない。

その理由は2つだと思っていて、1.情熱の欠如、2.時間のなさ

情熱の欠如はこの数年のことで、いろいろ経験してしまい、新しいことが少なくなったり、新しいことでも想像できるようになった。だから昔みたいに何が何でもやるという衝動が湧き上がりづらくなった。これは、悲しい。

時間のなさは半分言い訳だったり、情熱の欠如に起因することもあるのだが、子供が二人いて共働きだとなかなか時間が取るのが難しい。一人の時間をとるのが難しい。ゆっくり考え事をしたり、一人で走ったり、一人でこもって本や勉強したりという。

これらの理由から、インプットもアウトプットも少なくなっている。だから、明確に衰えているのだ。

ブログを書くことも少なくなっている。

人に会う数も減っている。

これを解決するには、まず、行動だ。行動しなければ情熱は生まれない。やりたいとか知りたいという気持ちもまず動くことから。

・週1運動

・月1アウトドア

・本を月3冊読む

・自分の時間を作って考える

・ブログ・SNSで週1発信する

・2年で英語を本気で習得する

・大学院に行ってみる

何をするかは決めてないけど、まあ、こういった行動を開始してみようと思う。

はるかかなたに思いを馳せながらRYOと名付けた

最初は冗談だった。

上の子が「はるか」
下の子は「かなた」がいいんじゃないかと。

もちろん男の子だったらと、思いつきで話をしていた。

冗談っぽく話していたのに、いつの間にかそれがすごく良く感じてきた。

姉弟が名前でつながっていることで、仲良くなってほしい。

住む場所などは変わっても、大人になっても兄弟のつながりがあったらいいなという思い。

そんな、「はるかかなた」に思いを馳せながら、生まれてくる前に名前を考えていた。

でも、最後の最後まで悩んだ。
最初につけた名前が、その子に一生ついてくるのだから、悩むのは1人目と全く同じ。

「かなた」と読める漢字を探していると「遼」に出会った。

白川静さんの辞書で漢字の成り立ちと意味を調べ、「かがり火」にまつわる漢字のようだと知る。

火を焚いてはるか遠くの天を祀(まつ)った、かがり火を長く連ねるようすを表すなど。

そして、この漢字は「かなた」と読ませることができるので、探して出会った漢字だったが、「はるか」と読むほうがメジャーだと。

これは、最高な漢字だなと思った。「かがり火」のように、遠くを照らして、遠くを見据えて、生きる道標になれば、そんな風に考えていた。

すると、「はるかかなた」という関西の薄毛をネタにした芸人がいるとのことで、さすがにいじめられるんじゃないかという話になり、とりやめ。がーんw

で、またゼロから考え直したりもしたけど、名前をつけるときの考えとか思いは前回とほとんど同じ。結局同じところに巡ってくる。

そして、「遼」という漢字の意味が非常にいいなと思ったのだ。
親の理想みたいなものを押し付けるような名前や漢字は嫌だなと思っていて、ただ、どんな人にとっても、人生いろいろある。いいことも良くないことも。楽しいことも悲しいことも。長い人生を深く考えることもある。

そんなとき、

「時々、遠くを見ること。
それは現実の中で、
悠久なるものとの出会いを与えてくれる。」

これは、誰にも通用する考え方(発想法)、ひといきついて世界を人生を見返すことかなと思っている。そうすると、やはり「遼」がよい。

ということで、「はるかかなた」ではなくなったが、「遼」という字をストレートに読んでRYOにすることにした。

ようこそ、「りょうくん」
これからの人生を味わい尽くそう!

HARUKA