月別アーカイブ: 2008年6月

最も気に入った島(西表島)その1

前回の旅日記「多くは語れない新城島(パナリ島)その2」はコチラ

パナリ島を小さな小さな船で出た。
波にあわせて水しぶきを浴びる。
頭から足の先までずぶ濡れだ。
大きな船の通った後は波が来るので、エンジンを止めてその波をやり過ごす。
なんだか、こういう船に乗っていると、台風の日にワクワクして外に飛び出す子供心が蘇る。

1時間ほどで西表島の大原に到着した。
バスでぐるりと島を半周、白浜を目指す。

バスから川を見ると、ヒルギが植生したマングローブ地帯となっていた。
おお、西表島だと、実感する。
たいして離れていないのに、こんなにも植生が違うのかと不思議に思う。

バスの窓から吹き込んでくる風と太陽の日射しを感じつつ、しばしお昼寝。

寝ていたらいつの間にやら白浜に到着。
特に何もない町。
ここから船で船浮を目指す。
が、船の本数が極端に少ないので時間がたっぷりある。
もちろんバスの本数も少なく、バスと船の接続が悪いのだ。

荷物を港に置き、昼時で腹もすいたので、おそらく町に一軒しかない食堂へ。
トンカツ定食をいただく。

それから真新しい船で船浮を目指す。
船浮は西表島の一部。陸続きなのだが、道がなく船でしか行けない場所。
住民が40人ほどの集落だ。
集落自体も横200メートルで奥行きも30メートルぐらいの小さな小さな集落だ。

旅に出る前に調べていて、「奥西表という響き」、そして「陸続きなのに船でしか行けない集落」に惹かれ、盛り上がったからだ。
特に何がある訳でもないだろうと思っていたが、面白そうだなと思い行くことにした。

船浮に着くと真ん前に泊まる宿があった。
釣りにきている人が2、3人と夫婦で来ている人がいたぐらい。
休みのまっただ中なのに、ここまで人がいないのはいい。
パナリ島に続いて人のきわめて少ない集落巡りをしているかのよう。

小さな集落をまずは散策。
怪しげな資料館、そしてこんなに小さい集落なのに立派な小学校。
と思ったら、もう行き止まり。
本当にこじんまりとした集落だ。
小学校の裏に山道があったので、かき分けていくことにした。
いつものように、おそらく何もないと気づきつつ、進んで行ってしまうのは癖のようだ。

鉄塔があり、それを立てるために使った山道みたいだ。
だれも歩くことがないらしく、雑草、木が生え放題。
土は少し湿っていて、ツルッとなりそう。

何もないので帰ろうと、くるりと180度後ろを向く。
すると、来た道の先に広がる青い海が目に飛び込んできた。
ああ、これだ。これを見るために、登っていたんだと。

船浮集落の山の反対側にイダ浜という静かできれいな浜がある。
そこまで、てくてく歩いていく。

静かで落ち着いたきれいな浜だ。
両サイドに大きな岩があるので、この浜はどこまでも続く感じではなく、この浜だけで完結している。

宿に戻り夕食を食べた。
すぐ前には海が広がっていた。
夕陽がうっすらと空を染めあげる。
ほのぼのとした時間がゆっくりと過ぎていく。
どこかでおじさんとおばさんの話す声が聞こえた。
僕はちょっとビールが飲みたくなり、表の自販機でビールを買うことにした。

昨日もこんな時が流れたんだろう。そして明日もこんな時が流れるんだろう。
そう思うと、時が過ぎていく世界で生きていながら、僕は安心することができた。

その後、真っ暗な集落を散歩した。
どこか星を見るのに良い場所はないかと探しながら。
そうだ、小学校の校庭だな、と思い、校庭で寝転がる。
周りは真っ暗だし、なかなかの星空。
でも、校舎なんかの人工物があり、それらが目障りだ。

うん、行くしかないな。
イダ浜へ。
ヘッドライトを取り、虫除けスプレーをして山の裏のイダ浜へ。

何か光っている。すぐに分かった。
パナリ島で見たのと同じ蛍の幼虫だ。
ここはパナリとは比較にならないほど、地面一面に蛍の幼虫が光っている。
あっちでもこっちでも。
地面に星がちりばめられたかのように優しい光。

空を見上げれば降ってきそうなぐらいの星空。
ちょうど新月だったので、空は星だけの世界だ。
ふと視線を落とすと、成虫の蛍がふわーん、ふわーんと飛び、光っていた。
やわらかいひかり。

ああ、美しい。
幸せの国に迷い込んだかのように。
「夢の世界」いや「天国」と言われたら、これからはこの場所を思い出すんだと思う。
「天国」を想像してごらん、と問いかけられたら、自然と想像する世界が現実としてあった。
歩く足を止め、しばらくこの幸せな空間に満たされていた。

それから、イダ浜で寝転がり空を眺めた。
星は瞬き、何かを語りかけてくるかのよう。
時折、星が空を駆け巡る。
波は寄せては返し、涼しさを感じさせてくれる。

友達と二人で寝転がりながら、大学時代のことやら高校時代のことやらを話した。
高校時代の部活の事、小さい頃に抱いていた将来の夢。
誰もいない天国の浜辺で寝転がりながら、星を眺めて語り合う。
空を見上げながら話していると、「あっ」星が流れた。

こんなにも暖かい心になれるなんて、なんて幸せなんだろう。
夢にまで見た憧れの地ウユニ塩湖で感じた発狂するような喜びや幸せとも違う、穏やかな幸せ。
何もかもが、ほどかれていくような幸せは、人生で何回目だろうか。
中国で誰もいない砂漠を歩き、そして真ん丸な夕陽が落ちていき、砂山の上で満天の星を眺めたとき。
一人ガラパゴスの船のデッキで寝転がりながら、星空に包まれたとき。
出会った旅人とチチカカ湖の湖畔コパカバーナの宿の四面ガラス張りの最上階の部屋で朝食を食べたとき。
夕暮れの屋久島いなか浜を裸足で駆けたとき。

この光景を死ぬまで忘れないだろう。
ずっとこの空間に包まれていたかった。
この場所から離れてしまうのが寂しくも感じたけど、普段の生活の中でふとこんな時を過ごせたことを思い出したら、心安らぐ気がした。


旅の続きはコチラ「最も気に入った島(西表島)その2」


沖縄(八重山/西表島)旅の写真はコチラ

http://teratown.com/OKINAWA2008.html

ニューヨークでの出来事と流れていた音楽

振り返ればムーン・パレス(ポール・オースター著)を読んでいるときにアリシア・キーズ(Alicia Keys)の曲を良く聴いていた。
彼女の歌を聴きながら、本を読んでいたという方が正しいような気もする。

ポール・オースターの作品を読むのもはじめてだったが、アリシア・キーズの歌を聴くのもはじめてだった。
ムーン・パレスは前から知っていたが、アリシア・キーズは全く知らなかった。
正確には聞いたことがあるかもしれないが、いつも歌手名もタイトルも知らずに音楽を聴く僕としては、「アリシア・キーズ」と意識して聞いたことは全くなかった。

どのようにして、彼女を知ったのかも思い出せないが、youtubeで聞いたのがはじめてだと思う。
僕は電車に乗り、アリシアキーズを聞きながらムーン・パレスを読んだ。
普段ならiPodをシャッフルにして聞いているのだが、なぜだかアリシアキーズの数曲ばかりを聞いていた。
とは言っても、アリシア・キーズについて詳しくないので彼女の曲以外にも、彼女がカバーしている曲もあるかもしれない。
「If I aint got you」「No one」「Jane Doe」「Troubles」「Unbreakable」あたりを聞いていた。

ムーン・パレスの中の出来事とアリシアキーズのリズムや歌声が同じ世界にあるような気がした。
ムーンパレスの話の中に音楽は出てこなかったが、たぶん彼女の曲が町中で流れ、主人公のフォッグやキティはこんな曲を聴いていたと思う。
ニューヨークでの出来事と流れていた音楽が当たり前の日常であるかのように思えた。
僕の中で音楽とストーリーそしてニューヨークという町が、ひとつの完結した世界になっていた。

なんで今更こんなことを書くと言えば、ふと思ったからだ。
家でiTunesをシャッフルで流していた。
すると、アリシアキーズの曲が流れ出した。
このとき、僕はその曲をアリシアだとは意識していない。

ただ、この曲を聴いてムーン・パレスを思い出した。
そして、ムーン・パレスを読んでいるときに、彼女の曲を良く聴いたなと初めて気がついたのだ。

そして、調べてみると「アリシア・キーズ」という歌手の曲だと言うことが分かった。
wikipediaを読んでみると、彼女はニューヨーク出身でコロンビア大学に通っていたという。

ムーンパレスの舞台もニューヨークであり、主人公であるフォッグもコロンビア大学出身だ。
ムーンパレスを書いたポール・オースターもコロンビア大学出身。
なんだか、そんなつながりを知り、納得がいった。
偶然の一致なのかもしれないが、同じ場所で過ごした者たちが作り出したもの。

もしかしてアリシア・キーズもムーンパレスを読んだかもしれないと想像して、自分もこのストーリーの中の一部になった気がしてうれしくなった。。

多くは語れない新城島(パナリ島)その2

前回の旅日記 「多くは語れない新城島(パナリ島) その1」

翌日のパナリは晴れわたった。
と言ったら、格好がつくのだが、雲が厚く時折青空が見える程度。
でもここは、沖縄本島よりさらに南の南。
泳げない気温ではない。

朝食をすませ、早速着替え、コンタクトをつけて、海へ向かう。
おじぃとおばぁにベストなポイントを聞いた。
本島にこの先に海があるのか?と思いながら歩くと、砂浜にでた。

当たり前だが誰もいない。
砂浜を右へ右へと歩く。島で一番の珊瑚礁を見るために。
すると、一隻の船から真っ黒に焼けた肌に、白髪の初老の人が浜に降り立った。
服装も見るからに怪しい。ウェットスーツは片足が破れてハーフパンツになっていたり。
その後から数人も降りてきた。
はて、何をするのかと白髪の怪しげな人に話しかける。

「魚でも獲るんですか?」
「まあ、いろいろとな。」

というような会話をした。
これ以上は聞くなというオーラが出ていたので、そのまま浜を歩いた。

海に入ると最初はひんやりしたが、慣れてしまえば気にならない水温だった。
透明な海には 色鮮やかなものたちが こんなにもピッタリくるのかと不思議なぐらい。
色鮮やかな魚とサンゴ。

海に入りシュノーケルを口にくわえながら、「すげー」と叫んでしまう。
スクーバダイビングをしなくても、浜から近い所にこんなに色とりどりのサンゴと魚がいるなんて。
スクーバは機材が着いている。それが好きじゃない。
動力がついたものとか、機械的なものを身につけるのが苦手だ。
生き物としての機能を制限されるから。身軽じゃなくなる。
タンクをつければ長く潜っていられるが、もともとの心肺機能が使われない。
ちょっと呼吸を我慢して、深く潜るとか。
そんなことがなくなる。
それよりも、息を止めて「あのサンゴの下の魚を何とか見る」って潜り、「プッハー、ハー、スゲーでっかい魚だった。」海から顔を出して息を吸い込んだ方が楽しい。
そっちの方が、僕の体が素直になれる。

海の中にいるのが好きだ。
海の中は一人になれる。
社会から切り離された場所な気がする。
話せない、声が聞こえないというのが最も大きな理由だと思う。
他者とコミュニケーションできないので、必然的に一人の世界となる。

だから、海を住処とする魚や海そのものと向かい合う。
海の世界の一部に自分も入った気になれる。

何時間も海の中にいて、いくつもの珊瑚礁を見て、次はあっち。その次は。
あ、向こうもよさそうと、泳いで見ていたら、かなり移動していた。
そして何時間も経っていたことに気づき、戻る。

昼ご飯のときに、泊まっているご夫婦に怪しい白髪の人の話をした。
すると「三村さんじゃない」という。
「お知り合いですか?」
「本の装丁なんかをしていて、竹富と東京を行ったり来たりしている方なんよ」
「もしかして、星野さんの本の装丁も?」
「良く知ってるね、三村淳さん。そういえばカメラ持ってて写真好きそうだもんね」

僕は、この時ありえないぐらい驚いた。うれしかった。
僕が最も好きな星野道夫さんの本の装丁や写真展の構成をしている方と偶然にも出会った。
星野さんが熊に襲われる前は、一緒に写真集を作っていた方。
そんな方とこの島でお会いできた。

星野さんは憧れのような遠い存在だった。
今でもそうだし、実際に会うこともできない。
でも、星野さんと同じ時を過ごし、共に作品を作り上げた方に偶然にもあった。
少し、身近な存在として感じられるようになった気がした。

星野さんのこと、三村さんのことについていろいろと話をした。
ご夫婦は何日かパナリで過ごした後、竹富の三村さんの家に遊びにいくという。

昼ご飯も食べ、驚きの出会いだったことも知り、うれしくなった。
時間があるので、島を探検し他の浜でも泳ごうと歩き始めた。
タカニクという高台やクイヌパナへ行き、深呼吸。
あー、何もない。島を見下ろせばジャングルしかない。
いい島だなー。なーんもない。俺の中からも余分なものがなーんもなくなる。
物質的にも精神的にも社会的にもなーんでもなくなれる。

そんな気楽な気分になりつつ、いくつかの浜で泳いだ。
でも、午前中に泳いだおじぃとおばぁオススメの場所とはレベルが違った。

ひと休みしようと思い戻ることにした。
すると、たくさんの人が集まり三線を弾いている。
なんと、白髪の人、三村さん達だった。
みんなで昼からビールを飲んで三線を弾き歌っていた。
僕は、うれしくなり、その輪に加わった。

先ほど浜でお会いしたことを伝え、お話をする。
35年もこの海で遊んでいるという。
遊んでいるという表現がぴったりくる方。
無駄なことにとらわれないで、世界を見て人生を楽しんでいる感じがした。
星野さんについてや沖縄について伺った。
竹富の家には星野さんが竹富島に来て潜った時のウェットスーツがまだあるという。

三村さんが帰るというので、港まで話しながら見送りした。
それから自分たちの船の手配もした。
翌日帰る船はおじぃと相談して、頼んで何とか手配できた。

昼寝をした後、夕暮れ時のクイヌパナで本を読んだ。
「落ちこぼれてエベレスト」(野口健)
西に沈む太陽を背に、島の風に吹かれながらこの本を読んでいると、タイのタオ島で植村直己さんの「北極圏1万2千キロ」を読んでいた時のことが蘇り、涙がこぼれ落ちそうになる。

夕食の時間になり、戻ることにした。
僕が昼間に鉈で割ったカボチャや太くてコシのあるもずくを食べた。
なんか、力のある食材ばかりだ。
町やハウスでできた軟弱な野菜とは違うなと実感する。

おなかも満たされ、夜の散歩に出かける。
こんな島だから、野性的だ。
虫が多い。虫に刺される。
かゆい。かゆい。かゆい。

だれもいないし、何もないはずなのに、真っ暗闇の中ヘッドライトだけで御嶽の近くを通ると不気味だ。
でも、蛍の幼虫が光ることを聞き、それを見ていたら、不気味な気持ちもどっかに消え去っていた。
蛍は幼虫でも光を放ち、地面を雑草の葉の上をニョコニョコと動いていた。
蛍を見たのは何年ぶりだろうか。

海の中で光る夜光虫とは違う印象を得る。
小林秀雄が夕暮れ時に蛍を見て、「(亡くなった)おっかさんは、いま蛍になっている、と私はふと思った」と書いてた。
まさに蛍の光にはそんな感じがある。

朝起きると、青い空が待っていた。
東の浜へ行けば日の出が見れるかもしれないと、見に行ったが残念なことに見ることはできなかった。

こんなにも青い空なんだからと朝食後に泳ぎにいった。
青い空の下の海は最高だ。
海の中も明るく、魚やサンゴもより鮮やかに見える。
晴れってなんでこんなにも素晴らしいんだと、叫びたくなった。

朝の海を楽しんだ後、おじぃとおばぁ、そしてご夫婦に挨拶をして、
西表島の大原へボートで向かった。



旅の続きはコチラ「最も気に入った島(西表島)その1」


沖縄(八重山/新城島(パナリ島))旅の写真はコチラ

http://teratown.com/OKINAWA2008.html

風の歌を聴け 村上春樹

また小説を読んだ。
今というタイミングは小説が一番なじむらしい。
何冊か手に取った後、結果として自然と手が伸びるのが小説だった。

僕は、毎朝一冊の本を手にする。
本棚に平積みみにしてある本の中から一冊だけを手にとる。
読みかけの本はカバーを取りはずして、平積みにしてある。
15冊か20冊は平積みされているんじゃないかと思う。
読みかけでストップしているものや、1週間に一度程度読み進んでいる本、毎日連続して読みきってしまう本。
いろいろなパターンがある。

その日の気分次第で、一番すんなり体に入ってきそうな本を手に取って出かける。
僕はいつも手ぶらで外出するので、基本的には文庫か新書だ。
ハードカバーは家で読む習慣がついている。

今日は、「風の歌を聴け 村上春樹」にした。
先日もちょっと書いたが、「走ることについて語るときに僕の語ること」から村上春樹をちょくちょくと読むようになった。

「風の歌を聴け」は書き出しを読み、今日はこれにしようと決めた。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」僕が大学生の頃偶然に知り合ったある作家は僕に向かってそう言った。僕がその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、少なくともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。完璧な文章なんて存在しないと。

しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。例えば象について何かが書けたとしても、象使いについては何も書けないかもしれない。そういうことだ。

8年間、僕はそうしたジレンマを抱き続けた。–8年間。長い歳月だ。
もちろん、あらゆるものから何かを学び取ろうとする姿勢を持ち続ける限り、年老いることはそれほどの苦痛ではない。これは一般論だ。

(中略)

 今、僕は語ろうと思う。
 もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、語り終えた時点でもあるいは事態は全く同じということになるかもしれない。結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ。
 しかし、正直に語ることはひどくむずかしい。僕が正直になろうとすればするほど、正確な言葉は闇の奥深くへと沈みこんでいく。

ストーリの展開がたまに断絶されるので、途中「あれ?あれれ?」ってな部分もあった。
全体としては流れが分かったが、断片的に入るシーンを村上春樹は何を思い書いたのか、そんなことが気になった。
この本自体は、ああいいなと思った。
ああ、若いっていいねと。

風の歌を聴け 村上春樹

2008/06/14

多くは語れない新城島(パナリ島) その1

前回の旅日記はこちら「何もない島 黒島」

この旅に出る前は、今回のメインは新城島(パナリ島)だと確信していた。
パナリは調べれば調べるほど、よくわからない不思議な島だ。
情報が少ないことももちろんだが、独特の不気味さがこの島を包んでいる。
いろいろな話を聞いたり、読んだりすることで自分の中でできた恐れがそう思わせたのかもしれない。

この島は、そんな色々な噂はさておき、いい島だ。
どんな離島も観光地化してしまった沖縄においても、のどかさを残し続けている島。
沖縄「最後の離島」といってもいいかもしれない。

それは、交通手段がないということが大きい。
定期船がないので、簡単には行くことができないのだ。
住民は3人とか5人とか。

実際に石垣から新城島(パナリ島)に向かう時も一悶着あった。
泊まる所のおじぃを説得し、なんとか足を確保した。

新城島(パナリ島)に降り立つと、おばぁが迎えにきてくれていた。
石垣島とも波照間島とも黒島とも全く違う時が流れていた。
当たり前と言えば、当たり前だ。
人が数人しか住んでいないのだから、流れる時間も空気も異なる。

荷物を置いて、パラついていた雨もあがったので島の中を歩くことにした。
地図もあるわけないし、さらに入っては行けない所があると聞いていたので一人で歩き回るのは躊躇したが、この島では海で泳ぐことかほっつき歩く以外には何もすることがないので、ちょっと歩くことにした。
家が10軒程度だろうか、かたまって建っていた。
しかしほとんどの家は誰も住んでいない。
が、手入れが届き廃墟という感じではない。
祭りのときに戻ってくるためにきれいにしてあるようだ。

家の周りを抜けると、大きく二本の道しかない。
おそらく南へ向かうであろう道とおそらく東で向かうであろう道。
アスファルトの道がこの島にあるはずもなく、土の一本道だ。
もっと言ってしまえば、この二本の長い道もなんであるのかが分からない。
道の両脇は木や雑草が生い茂っている。
右折も左折もする場所は一カ所もなく、ただまっすぐ海まで続く道。
ただ、家の周りや海岸沿いの近く、そして道の途中に御嶽が何カ所かあった。
不思議だが、これが道がある所以なのかもしれない。

まあ、この話は置いといて。
道をしばらく歩いていると、何か気になった。
2本の木に浮きがくくりつけてあった。
そこは木や雑草がちょっとだけ少ない場所だったのだ。
とは言っても、そこを通れば確実に木にぶつかり、雑草をかき分けなければならない。
行こうかどうしようか迷った末、ここまで来たんだし行ってみることにした。
かき分けながら進むと、浜に出た。
そんなこと想像していなかったので、驚くとともにワクワクした。
誰も知らない俺だけの浜。
自分にとっての秘密基地を見つけたみたいな気持ちになった。

ひとまず戻ろうと思い、道を歩いていた。
雨も上がった空を見上げると、虹がかかっていた。
半円をきれいに描くパーフェクトレインボウ。
ひとつながりに続く虹。

いったん戻り、友達とこの浜へ再度来た。
浜に出るために、かき分けていく場所をさして友達は言った。
「よくこんな所、一人で行こうと思ったね。」
確かに、言われてみれば、その通りなのだ。

浜で大きくきれいなシャコ貝の殻を拾った。
シャコ貝にしては小さいのかもしれないが、一般の貝と比べると比較にならないほど大きく、そして重い。
ひとつの貝を友達と分け合った。

それから、東へ向かう道へ向かった。
この道をチョウチョ通りと名付けた。
何と言っても、実に蝶が多い。
そこら中に飛んでいる。
ここまで多くの蝶が飛んでいるのを見たのは生まれて初めてだ。

ひらひらと青や白やオレンジの蝶が舞っている。
蝶のひらひら、ふわふわとした舞いは、いかなる生き物や機械の動きとも異なり、別の世界の生き物な気がする。
そして、そんな蝶の群れの動きしか見えない所にいると、別世界に自分もいるような錯覚にさえなった。

このチョウチョ通りで、蛾と蝶の違いを聞いた。
ガは羽を広げて休む、蝶は羽を立てて2枚あわせて休む。
ああ、そうかと、驚きととともに知った。

チョウチョ通りの先まで着くと海があらわれた。
溶岩のような黒い岩がごつごつした海岸。
ちょっとした砂浜では、4、5匹のヤドカリが宿の奪い合いをしていた。
ヤドカリの宿奪い合いバトルの鑑賞を楽しみ、また今日泊まる家に戻った。

食事をとった後、泊まっていたご夫婦とおじぃ、おばぁと話した。
ご夫婦は毎年この島に来ているという。
一番落ち着くのだ、と。

おじぃはいつの間にか三線を手に取り、歌い始めた。
おばぁも歌い始めた。
外は真っ暗で、他のどの家の明かりもついていなければ、物音もしない。
こんな島、白熱球の下で、おじぃの八重山民謡を聞くと、何十年も昔の沖縄に来ている気がした。

三線を味わった後、夜の散歩に出かけた。
海辺に行き寝転がり、星空を眺めた。

僕はどこかに出かけると、大の字で寝転がる。
その土地と全身の感覚でふれあう。
これが何とも気持ちがいいのだ。

波の打ち寄せる音に耳を傾けながら、少し冷たい海の風を肌にあびながら、星空を眺めた。
満天の星空には時より星が流れ、僕にささやかな幸せを与えてくれた。

戻って寝ることにした。
部屋には蚊帳が張ってあった。
その時に蚊帳の中で寝ることが初めてであることに気づく。
蚊帳の中に入り、板の間にゴザとタオルケットで眠りについた。


旅の続きはコチラ多くは語れない新城島(パナリ島) その2


沖縄(八重山/新城島(パナリ島))旅の写真はコチラ

http://teratown.com/OKINAWA2008.html