日別アーカイブ: 2008/6/23 月曜日

お産という冒険

テレビをつけるのは日曜の夜ぐらいだ。
日曜の夜に家にいたら、情熱大陸を見る。
信念を持って生きている人が好きだから。

先日、助産師の永原郁子さんについてテレビでやっていた。
助産院を経営していることもあって、赤ん坊を取り上げる場面が何度かあった。

それを見て思う。
冒険家に男が多い理由を。

女の人はお産という冒険をしているから、男みたいに冒険をしなくても良い。

死ぬ可能性もあるような冒険、そうではないにしてもマラソン、トライアスロン、高い山登り、これらをやるのは男が多い。
生と死を感じるために、死に近づくような行為をする男が多い。
神経を研ぎすまし、張りつめた感情を冒険に求める。
死に近づくことによって生を実感する。
男はそうやって、生きている人が多い。

お産は母親の命にも関わるようなことである。
女性はこのお産という体験があるから、死の瀬戸際をいくような冒険をしなくてもいいのだろうとおもった。

お産がまさに冒険なのだから。

ちょうど読み終わった。ポール・オースターの「ムーン・パレス」の訳者(柴田元幸)あとがきにこうあった。
「人はいったんすべてを失わなければ何も得ることはできない、とか、自分の死を実感することを通してはじめて生の可能性も見えてくる、とかいった感慨が、この小説にはくり返し出てくる」

そうなんだろうな、自分の死を実感することを通して生きている実感を得る。
以前、野口健さんがテレビで、同じ猫でも飼い猫ではなく、アフリカの大地を駆けるチーターのように生きていたいと言っていた。研ぎすまされた感覚をつねに味わっていたい、と。僕もそう思う。このムーン・パレスという本が面白いと思ったのも、この感覚を共有できたからだろう。