翌日のパナリは晴れわたった。
と言ったら、格好がつくのだが、雲が厚く時折青空が見える程度。
でもここは、沖縄本島よりさらに南の南。
泳げない気温ではない。
朝食をすませ、早速着替え、コンタクトをつけて、海へ向かう。
おじぃとおばぁにベストなポイントを聞いた。
本島にこの先に海があるのか?と思いながら歩くと、砂浜にでた。
当たり前だが誰もいない。
砂浜を右へ右へと歩く。島で一番の珊瑚礁を見るために。
すると、一隻の船から真っ黒に焼けた肌に、白髪の初老の人が浜に降り立った。
服装も見るからに怪しい。ウェットスーツは片足が破れてハーフパンツになっていたり。
その後から数人も降りてきた。
はて、何をするのかと白髪の怪しげな人に話しかける。
「魚でも獲るんですか?」
「まあ、いろいろとな。」
というような会話をした。
これ以上は聞くなというオーラが出ていたので、そのまま浜を歩いた。
海に入ると最初はひんやりしたが、慣れてしまえば気にならない水温だった。
透明な海には 色鮮やかなものたちが こんなにもピッタリくるのかと不思議なぐらい。
色鮮やかな魚とサンゴ。
海に入りシュノーケルを口にくわえながら、「すげー」と叫んでしまう。
スクーバダイビングをしなくても、浜から近い所にこんなに色とりどりのサンゴと魚がいるなんて。
スクーバは機材が着いている。それが好きじゃない。
動力がついたものとか、機械的なものを身につけるのが苦手だ。
生き物としての機能を制限されるから。身軽じゃなくなる。
タンクをつければ長く潜っていられるが、もともとの心肺機能が使われない。
ちょっと呼吸を我慢して、深く潜るとか。
そんなことがなくなる。
それよりも、息を止めて「あのサンゴの下の魚を何とか見る」って潜り、「プッハー、ハー、スゲーでっかい魚だった。」海から顔を出して息を吸い込んだ方が楽しい。
そっちの方が、僕の体が素直になれる。
海の中にいるのが好きだ。
海の中は一人になれる。
社会から切り離された場所な気がする。
話せない、声が聞こえないというのが最も大きな理由だと思う。
他者とコミュニケーションできないので、必然的に一人の世界となる。
だから、海を住処とする魚や海そのものと向かい合う。
海の世界の一部に自分も入った気になれる。
何時間も海の中にいて、いくつもの珊瑚礁を見て、次はあっち。その次は。
あ、向こうもよさそうと、泳いで見ていたら、かなり移動していた。
そして何時間も経っていたことに気づき、戻る。
昼ご飯のときに、泊まっているご夫婦に怪しい白髪の人の話をした。
すると「三村さんじゃない」という。
「お知り合いですか?」
「本の装丁なんかをしていて、竹富と東京を行ったり来たりしている方なんよ」
「もしかして、星野さんの本の装丁も?」
「良く知ってるね、三村淳さん。そういえばカメラ持ってて写真好きそうだもんね」
僕は、この時ありえないぐらい驚いた。うれしかった。
僕が最も好きな星野道夫さんの本の装丁や写真展の構成をしている方と偶然にも出会った。
星野さんが熊に襲われる前は、一緒に写真集を作っていた方。
そんな方とこの島でお会いできた。
星野さんは憧れのような遠い存在だった。
今でもそうだし、実際に会うこともできない。
でも、星野さんと同じ時を過ごし、共に作品を作り上げた方に偶然にもあった。
少し、身近な存在として感じられるようになった気がした。
星野さんのこと、三村さんのことについていろいろと話をした。
ご夫婦は何日かパナリで過ごした後、竹富の三村さんの家に遊びにいくという。
昼ご飯も食べ、驚きの出会いだったことも知り、うれしくなった。
時間があるので、島を探検し他の浜でも泳ごうと歩き始めた。
タカニクという高台やクイヌパナへ行き、深呼吸。
あー、何もない。島を見下ろせばジャングルしかない。
いい島だなー。なーんもない。俺の中からも余分なものがなーんもなくなる。
物質的にも精神的にも社会的にもなーんでもなくなれる。
そんな気楽な気分になりつつ、いくつかの浜で泳いだ。
でも、午前中に泳いだおじぃとおばぁオススメの場所とはレベルが違った。
ひと休みしようと思い戻ることにした。
すると、たくさんの人が集まり三線を弾いている。
なんと、白髪の人、三村さん達だった。
みんなで昼からビールを飲んで三線を弾き歌っていた。
僕は、うれしくなり、その輪に加わった。
先ほど浜でお会いしたことを伝え、お話をする。
35年もこの海で遊んでいるという。
遊んでいるという表現がぴったりくる方。
無駄なことにとらわれないで、世界を見て人生を楽しんでいる感じがした。
星野さんについてや沖縄について伺った。
竹富の家には星野さんが竹富島に来て潜った時のウェットスーツがまだあるという。
三村さんが帰るというので、港まで話しながら見送りした。
それから自分たちの船の手配もした。
翌日帰る船はおじぃと相談して、頼んで何とか手配できた。
昼寝をした後、夕暮れ時のクイヌパナで本を読んだ。
「落ちこぼれてエベレスト」(野口健)
西に沈む太陽を背に、島の風に吹かれながらこの本を読んでいると、タイのタオ島で植村直己さんの「北極圏1万2千キロ」を読んでいた時のことが蘇り、涙がこぼれ落ちそうになる。
夕食の時間になり、戻ることにした。
僕が昼間に鉈で割ったカボチャや太くてコシのあるもずくを食べた。
なんか、力のある食材ばかりだ。
町やハウスでできた軟弱な野菜とは違うなと実感する。
おなかも満たされ、夜の散歩に出かける。
こんな島だから、野性的だ。
虫が多い。虫に刺される。
かゆい。かゆい。かゆい。
だれもいないし、何もないはずなのに、真っ暗闇の中ヘッドライトだけで御嶽の近くを通ると不気味だ。
でも、蛍の幼虫が光ることを聞き、それを見ていたら、不気味な気持ちもどっかに消え去っていた。
蛍は幼虫でも光を放ち、地面を雑草の葉の上をニョコニョコと動いていた。
蛍を見たのは何年ぶりだろうか。
海の中で光る夜光虫とは違う印象を得る。
小林秀雄が夕暮れ時に蛍を見て、「(亡くなった)おっかさんは、いま蛍になっている、と私はふと思った」と書いてた。
まさに蛍の光にはそんな感じがある。
朝起きると、青い空が待っていた。
東の浜へ行けば日の出が見れるかもしれないと、見に行ったが残念なことに見ることはできなかった。
こんなにも青い空なんだからと朝食後に泳ぎにいった。
青い空の下の海は最高だ。
海の中も明るく、魚やサンゴもより鮮やかに見える。
晴れってなんでこんなにも素晴らしいんだと、叫びたくなった。
朝の海を楽しんだ後、おじぃとおばぁ、そしてご夫婦に挨拶をして、
西表島の大原へボートで向かった。
沖縄(八重山/新城島(パナリ島))旅の写真はコチラ
http://teratown.com/OKINAWA2008.html