月別アーカイブ: 2010年2月

人種が持つ色

国というくくり方は正しくない気がする。かといって人種という切り方も厳密ではないかもしれない。文化圏という程度の表現が適切なのだろうか。

(とりあえず)国の持つ色がある。

しばらく前に表参道を歩いていて、一軒の店が目に入ってきた。その瞬間に何の店かは判断つかなかったが、この店は日本のものを扱う店ではないだろうと感じ、その直後に中東の色だと感じた。結果的にはペルシャ絨毯屋であった。

日本独特の色使いがある。日本でしか生まれてこない色使いやデザイン。もちろん日本でも地域によって違いもあれば、時代によっても違う。ナミビアのヒンバ族しか生み出さない色使い。イランの人だからこその配色や模様。極北の地でしか生まれないような色合い、ニューギニアにしかないような色彩。

そういった色は地形や気候、染色に使った原料の植生、美意識などさまざまなものにより生まれだすもの。だからその国や地域、人々が持つ独特の色使いの傾向を見ると、その色を着想として連想が広がっていく。もちろんその国を旅した記憶も連鎖的に蘇る。世界はそんな彩りで溢れている。

送信者 ドロップ ボックス

夢、そして次なる夢

ただ、いろいろやってきてひとつだけ言えることは、
「夢の続きは、また夢だった」ということです。
湯口公さん

金曜日に湯口さんのエゾシカディナー&アラスカ報告会に行った。湯口さんを知ったきっかけはもう定かではないけれど、何年か前にアラスカについて調べていて偶然湯口さんのウェブサイトに行き当たったのが最初だと思う。その時、写真と文章を読んで直感的に自分の興味センサーが反応した。それは写真であり、湯口さんの行動であり、文章になっていた考え方だった。そんなこんなで本やDVDを見て、そして写真展に行った。今回は湯口さんが獲ったばかりのエゾシカが食べられるというので、ワクワクしながらいった。

エゾシカの半生レバーのうまさといったらこの上ない。さらに、タンは噛むとうまみがでてくる。エゾシカ背ロースのローストも肉の味がした。食用に育てられた肉にはない、野生の肉の濃さだ。さらに、食べる物が見える。それは、湯口さんが数日前に北海道の山の中で出会った鹿で、その鹿を獲って今ここにある。その肉が自分の口に入り、次の日からのエネルギーになる。食べ物と自分が関係している事が分かるのが、本来の意味での「食べる」という事だと思う。まあ、こんな講釈はさておき、本当にうまかった。

送信者 ドロップ ボックス

そして、湯口さんがアラスカを飛んで旅した写真を見て、もっとアラスカの奥へ行きたいと強く思った。けっして車では行けない場所。飛行機でしか行けない場所ばかりだった。アラスカには道があまり通っていないのだ。特にネイティブの村には。彼ら生活だったり文化を知りたいのと、その周辺の自然に強く惹かれる。

特に記憶に残っているのはこんなところ。忘れないようにメモ。ネイティブ村 キバリナ(シシュマレフみたいな所)、ビーバー川、サークル村、アラスカにある砂漠、テーラー村(ノーム近く)、アナクトビックパス(湯口さんの中で一番Alaskaで綺麗な村)

そして、ここ最近考えていた事、そしてこの会で湯口さんを見ていて思った事があった。それは冒頭に書いた文章。これは湯口さんの著書の最後にかかれていた言葉。

僕の言葉で言えば「夢、そして次なる夢」。

石田ゆうすけさんの言葉を借りれば「Dream、produces、 next dream」

星野道夫さんの言葉をならば「大切な事は、出発する事とだった」。

やりたい事、新しい事をして、次を見据えよう。自分がやりたいことをする。それをすれば、やりたい事は変わるかしれない。けれど、そうして夢は広がっていく。

送信者 ドロップ ボックス

そろそろアラスカに行ってもいいかな、なんて思ったんだ。

旅をきっかけに

旅する力 深夜特急ノート 沢木耕太郎 新潮社

くう・ねる・のぐそ

「のぐそ論」はここ数年で最も衝撃だった価値観だったかもしれない。感激したりだとか強く共感する事は良くあっても、それは自分の考えと似た内容であったりする場合が多い。しかし、「人間が作り出す最高のものは「のぐそ」だという信念」はちょっと異質であった。どう異質であったかと言えば、こんなに身近にあるのに今まで考えも及ばないことであったから。さらに、考えも及ばなかったのに、これだけ納得して全面的に賛同できるという非常に希有な事だったからだ。

そんなのぐそ論がどんな内容かは「人間が作り出す最高のものは「のぐそ」だという信念」というエントリーを読んで頂ければ分かると思う。

先日の伊沢さんの講演会で「くうねるのぐそ」という著書を購入して、早速読んでみた。この本からはウンコに対する伊沢さんの強い信念が伝わってきた。講演会でお聴きした内容が順番に書かれたのが本の構成だ。伊沢さんが野糞を始めてからの35年間の日々がそのまま表現されている。大半の人が感じるのと同様に伊沢さんも羞恥心を抱き、自分がノグソをしていることを公表する事が恥ずかしかった時代の事や、下痢の時の苦労話など読んでいて親しみを持てる。一方で自然の循環を考えると、ウンコを自然に返すのが最も理にかなっているという信念を貫くところは非常に尊敬する。

講演会でうかがった伊沢ノグソ論を復習するには良い一冊だった。

しかし、ウンコに親しみを持っていない日本の99%の人はこの本を読むと拒否反応を示してしまうかもしれない。ウンコは汚いものだと思い込んでいる人に、ノグソをしてそのノグソがどのように分解しているかを徹底的に調べ、分解状態を確かめるために味を確かめてしまう伊沢さんは到底理解しがたいのは不思議ではない。

そこで、まず伊沢さんの講演会を聴いた方がいいだろうと思う。伊沢さんの話しはシリアスすぎることなく、笑いを誘いながら、ノグソ論の核心へと導いて行く非常に良く出来た構成だからだ。話しを聞きスライドを見ている間に、その考えがすんなりと自分の中に入ってくるだろう。まずは、講演会でウンコに対する今までの考えを捨て理解を踏まえた上で、この本を読み伊沢さんのウンコ論を復習するのがいいと思う。

もちろん、このブログを読んでノグソについてすぐに知りたくなってしまった野性的かつチャレンジャーな方は、すぐにこの本を読んでみてください。目からウロコじゃなくて目からウンコな話しの連続です(笑

送信者 登山

北八ヶ岳(北横岳と縞枯山) 登山

冬の奥多摩や丹沢などへ行ったので、次は北八ヶ岳。これぞ初心者がたどる道といった感じだが、靴やアイゼンなどをそろえて北八ヶ岳の北横岳と縞枯山に行く事にした。本やネットで情報を調べ、いざ出発。

5時30分に起きて、電車を乗り継いで4時間程で茅野駅へ。中央線沿いに済んでいると長野や山梨へ行くには比較的便利でありがたい。そして、バスに乗り換えて1時間程でピラタスロープウェイ山麓駅に到着。バスに乗っていると、途中から町中に雪が積もっており、雪のある寒い場所に来たんだと実感する。到着した場所はスキー場だ。スキー客がたくさんいて、ロープウェイに並んでいた。もちろん登山客もおり、スキー客にまぎれてロープウェイの列に並んでいる。15分~20分ぐらい待って、ロープウェイに搭乗。

送信者 ドロップ ボックス

いっきに高度をかせいでくれる。ロープウェイ頂上駅は2,237メートル。ここからスキーやスノーボードで降りて行く人と山に登って行く人に別れる。北八ヶ岳の北横岳には冬でも開いている山小屋(北横岳ヒュッテ)があるので冬でも登山者が多い。さらに難しいルートが無いのと山頂からの眺望が良い事で、初心者が行くにはもってこいの山となっている。

送信者 ドロップ ボックス

登り始める前に、スノーシュー装着、スパッツ(ゲイター)装着、ストック、手袋、帽子、地図の確認、ストレッチなど準備をする。さて、出発だ。今日は霧がかかっていて、視界が悪い。せっかくの眺めを楽しむ事が出来ないのが残念だ。ただ、黙々と登って行く。スノーシューをつけて登ったが、つぼ足(スノーシューなどをつけないで靴のまま歩く事)の方が楽だったかもしれないぐらい。多くの人が歩いているので、トレースがあり雪は踏み固められている。

送信者 ドロップ ボックス

1時間程登ると、北横岳ヒュッテが目の前に現れた。距離が短くて到着できるのも初心者向きでありがたく、この小屋は頂上直下にあるので非常に便利なのだ。今日はここに宿泊する。荷物を置いて軽く食事をとる。さて、頂上へ。急勾配な坂道を10分程行くと頂上に到着。霧(雲?)で何も見えない。。。残念だ。あと、頂上は風が強く吹いていた。北横岳には北峰もあるというので、5分程歩いて行ってみる。こちらも何も見えない。記念写真だけ撮って小屋へ戻る。こんな時には何もしないでじっとしているのが良い。明日は晴れるとの予報なので、明日に期待する。

小屋では音楽を聴きながら本を読んだり、仮眠をして過ごす。池澤夏樹さんの「母なる自然のおっぱい」という本を読んでいた。以前にも読んだ事があるのだが、植村直己さんについて書かれた文章を再び読みたくなり持ってきていたのだ。音楽を聴きながら、「再び出発する者」という章を読んでいた。池澤夏樹さんの視点というのは広く深くそして鋭く物事をとらえているなと思いながら読んでいた。もちろん考えを的確に表現するといった点でもで抜群で、強く共感しながら読んでいた。すると、植村直己さんが消息を失った日が2月13日と書かれていた。そう、それは今日だったのだ。この偶然に驚きながら読み進めていると、iPodから「星のクライマー」という曲が流れてきた。これは松任谷由実さんが植村直己さんを歌った曲なのだ。体がゾクッとしながら、涙が溢れ出しそうになった。

送信者 ドロップ ボックス

17:30ぐらいになったので、1階の土間で鍋を作る。定番化しつつあるみそ味のキムチ鍋。簡単でうまいからいつもこれになってしまう。ただ、今日は真空パックのモツが売っていなかったので、トレーに入った豚肉を買っていた。これが問題で、ラップが破れて肉汁が少しこぼれていた。スーパーの袋で包んであったので被害は無かったが、今後は真空パックに限ると思った。寺町流みそ味のキムチ鍋の作り方。

・適量の湯を沸かす
・レトルトみそ汁のみそを湯に入れる
・肉を湯に投入
・キムチを1パックの半分入れる
・カット野菜を投入
・しばらく待てば完成
・食べ終わる頃に、軽く割った袋ラーメンの麺をいれて締めとする

調理時間は5分か10分です。家での仕込みもいらないのに美味い。これは最高なメニュー。あと、作っている間にキムチをつまみにしてビールを飲めるという素敵なオプションつきです。

歯を磨いて19時30分頃には就寝。

2月14日
ご来光の時間は6時40分ぐらいと調べてあったので、6時に起きる。外を見ると雲が少なそうで期待大。太陽が昇ってくるのを待つので、山を登っているときよりも服を着込む。インナーダウンなどを着込んだので全く寒くなかった。頂上まで10分程度。東の空は薄らと赤くなったが、雲が厚くはっきりとしない日の出となった。ただ、頂上から眺める景色は最高で中央アルプスや南アルプスそして八ヶ岳の山々もハッキリと見れた。昨日は霧で景色が見れなかった分、景色が見れて非常に興奮した。

送信者 ドロップ ボックス
送信者 ドロップ ボックス

小屋まで戻り、朝食。そして出発。今日は時間があれば縞枯山と茶臼山に行って帰ろうと思っていた。天気がよいので、青い空と白い雪のコントラストは抜群に美しかった。ゆっくりと景色を眺めながら歩いて行く。動物の足あとが登山道にあり、やっぱり動物も登山道の方が歩きやすいんだよなと思う。これは口之島で野生牛が道路に出てきていることを思い出した。深呼吸をすると気持がいい。空気がきれいだと深呼吸して気持がいいのだが、風景がイマイチだと深呼吸をしてもさほど爽快ではない。一方で景色がきれいだと深呼吸すると体と心が軽くなる。深呼吸って景色で左右されるんだなと実感。

送信者 ドロップ ボックス
送信者 ドロップ ボックス
送信者 ドロップ ボックス

縞枯山荘を経て、木々に覆われた急な上り坂を登って行くと縞枯山頂上に到着。頂上は見晴らしが悪いのだが、10分程歩いた場所にある展望台からは眺めが抜群だった。茶臼山まで行こうかと思ったが、往復で1時間弱ほどかかる。11時30分のバスで帰ろうと思っていたので、今回は無理をせずに帰る事にした。また次の機会にくるとしよう。縞枯山荘を過ぎて、ピラタスロープウェイ山頂駅へ。山スキーやスノーボードを楽しんでいる人などが多くいた。それにしても若い人が少ない気がした。一方で70歳近い人が多くスキーをしている事にも驚いた。ロープウェイで下山して、バス停へ。バスが来るまで時間があったので、濡れた道具を天日干し。太陽がサンサンと降り注いでいたので、15分で乾いた。バスと電車を乗り継いで17時過ぎに阿佐ヶ谷に帰りついた。

送信者 ドロップ ボックス
送信者 ドロップ ボックス
送信者 ドロップ ボックス

◆スケジュール
【行き】
電車(2,940円)(※茅野駅はSuicaが使えないので切符を買って行った方が良い)
6:11 阿佐ケ谷 発27分 6:38 立川 着 電車 – JR中央本線 5分で乗換 6:43 立川 発 2時間3分 8:46 甲府 着 電車 – JR中央本線・松本行 7分で乗換 8:53 甲府 発 1時間12分 10:05 茅野 着
バス(往復2,100円 往復で買うと少し安い)
茅野駅からピラタスロープウェイ10:20-11:15、
ロープウェイ(900円)
10分おきに出発(待ち時間15分~20分) 乗車時間は10分程度

【帰り】
ロープウェイ(900円)
10分おきに出発(待ち時間15分~20分) 乗車時間は10分程度
バス
ピラタスロープウェイから茅野駅 11:30-12:25
電車(2,940円)
在来線のみ(特急使わず)17時過ぎに阿佐ヶ谷駅に到着

◆行程
2010年2月13日(土) 曇り(霧)

12:00 ロープウェイ山頂駅
    スノーシュー装着、スパッツ(ゲイター)、手袋、帽子、地図の確認、ストレッチなど準備
12:20 出発
13:15 北横岳ヒュッテ 到着
ヒュッテにて荷物を置いて昼食&布団の確保(角の場所かつ出口に行きやすい場所ゲット)
13:50 頂上へ向けて出発
14:00 北横岳山頂 到着
14:05 北横岳 北峰 到着
14:20 北横ヒュッテ 到着
七ツ池を散歩、ヒュッテ内で読書など
17:30 夕食 自炊
19:30 就寝

2010年2月14日(日) 快晴

06:00 起床
06:15 出発
06:30 北横岳頂上
雲の向こうにご来光を望む
太陽付近以外には雲が少なく、中央アルプスや南アルプスの眺めが最高
07:15 ヒュッテに戻る
    朝食
07:45 北横岳ヒュッテ出発
08:40 縞枯山荘
09:15 縞枯山 頂上
09:30 縞枯山 展望台
10:10 縞枯山荘
10:30 ロープウェイ山頂駅
10:50 ロープウェイ山麓駅

◆宿泊
2010年2月13日(土) 北横岳ヒュッテ 素泊まり5100円 要予約 http://kitayoko.fine.to/

◆服装
速乾性Tシャツ(BVD)
速乾性ハイネック長袖シャツ(LoweAlpine)
フリース(ユニクロ)
ハードシェル(Lafuma) 高機能な冬登山用ジャケット赤色
ダウンジャケット(LoweAlpine)ご来光のときのみ使用
タイツ(4DM冬用ロング) 
冬用速乾性ズボン(LoweAlpine)
耳当てつきゴアテックス帽子(LoweAlpine)
ネックウォーマー
防水手袋(Puro Monte)
インナー手袋(Puro Monte)
登山用の厚手の靴下(ユニクロ ヒートテック厚手) 
靴下の予備(濡れた場合など)
登山靴(モンベル アルパインクルーザー3000)
オーバーパンツ(風よけ用:ユニクロ) 朝のご来光の時のみ使用
Tシャツ(マウンテンハードウェア) 使用せず
ヒートテック長袖(ユニクロ) 使用せず

◆装備
バックパック30L(ミレー)
スノーシュー(スノーシュー兼軽アイゼン)(スノーポン Mサイズ:モンベル)
スパッツ(登山靴とズボンの裾から雪が入るのを防ぐため)(MIZUNO)
ホイッスル
ヘッドライト40ルーメン(Petzl)
ヘッドライトの予備電池
腕時計
方位磁石
サングラス(クリップサングラス)orゴーグル
ストック

◆持ち物

バーナー3600kcal(プリムス)
コッヘル(snowpeak)
ガス250(プリムス)
多機能ナイフ(ビクトリノックス)
キッチンペーパー
アルミコップ
割り箸
ティッシュ
ウェットティッシュ
タオル
ホッカイロ
歯ブラシセット
山の地図(ビニール袋に入れて)
コンパクトデジカメ 乾電池の予備も持っていく
デジタル一眼レフ 充電を忘れない
デジタル一眼レフの予備電池
一眼レフの望遠レンズ
眼鏡ケース
クリップサングラス
携帯(ドコモは繋がった)
財布
スイカ
iPod(音楽プレイヤー)
文庫本1冊

・今回は持っていかなかったけど、場合に寄っては持っていくもの
室内用ズボン(モンベル)
レインウェア(モンベル)
ハイドレーション(モンベル)
Platypus 2.5L
保温水筒500ml 山での暖かい飲み物はホッとする
アイゼン(グリベル エアーテック ニューマチック 12本縦走用)
ピッケル
カメラの三脚
レリーズ

◆食料
豚肉(肉汁がこぼれないように真空パックが良い)
カッと野菜1袋
キムチ1パック
袋ラーメン(みそ) 
レトルトみそ汁2パック(キムチ鍋の味付け用)
おにぎり6個(昼2つ、夜2つ、昼2つ)もう少しあっても良い。
ビール 500ml 1缶
板チョコ
チョコのお菓子
チョコチップパン
カロリーメイト1箱(非常食)
SOYJOY(非常食)
紅茶のTパック
ポカリの粉 
水2リットル
スポーツドリンク500ml

「たったひとつの思い出を語る」「1冊の本を語る」

自分自身の体験から生まれた感情と一冊の本に書かれた感情が重なり合う時、強い共感をいだく。経験の内容は異なっていても、その経験を通して味わった感情が共通していることの方が大きな意味を持つ。

数年前に南米を旅した。小さい頃から地球の裏側という刷り込みがなされ、とってもとっても遠くにあると思っていた。もちろん地理的にはるか遠くに位置していることはまぎれもない事実である。ただ、飛行機に乗ってしまえば何もせずとも1日で着く。そんなこと頭では知っていた。しかしこの事実を自ら体験することによって、距離と言うものを錯覚しているということに気がついた。

文明の利器を使えば便利である。しかし、飛行機や自動車のスピードで動いているときに、人間の五感や脳は物事を細密に理解できない。だから距離の感覚を失ってしまう。もう一度距離を取り戻そう。そう思い日本に帰国後、東京の一人暮らしの家から岐阜の実家を目指して歩いた。地図も持たず西へ西へと。
日常の歩くという行為でも、ただ距離が長くなるだけで肉体的にも精神的にも全く意味の異なったものになる。

そんな後、植村直己さんの「北極圏一万二千キロ」を読んだ。犬ぞりで北極圏を1万2千キロ踏破した日々の出来事が細かく書かれている。距離も期間も環境も違う。ただ、一人で前に進み続けるという1点のみ共通していた。それは限りある永遠の中を目の前の一歩一歩を歩む行為。その行為から生まれてくる感情が共通しており、強く共感した。東京から毎日歩いた日々をなぞるかのように、そして自分が植村さんになりきって北極圏を犬ぞりで走っているような気持ちになっていた。

この文章はクリエイティブライティング課題として提出したものです。2月13日が植村直己さんの命日であることをしった。それは偶然手にとった母なる自然のおっぱい(池澤夏樹著)を読んでいたら、その日だった。

送信者 ALASKA 2009

年末に行ったアラスカ北極圏

送信者 ALASKA 2009

植村さんが姿を消した冬のデナリ

東京から歩いた道
北極圏1万2千キロ