日別アーカイブ: 2010/2/28 日曜日

アラスカ物語9 ブルームーンを北極圏で、そんな2010年の始まり

前回までのアラスカ旅日記はこちら「アラスカ物語8 北極圏へ。」

声がして、ドキッとした瞬間に時計を見た。しまった、寝坊してしまった。昨夜ワイズマン村のジャック宅に長居しすぎたせいで、約束の時間に起きれなかった。ほとんど寝てなくても寝過ごす事は皆無に等しかったけれど、今回は気が緩んでいたせいだろう。というのも、今日ブルックス山脈へ連れて行ってくれる方とは昨夜一緒にワイズマン村に行っているし、僕がどの部屋で寝ているかも知っている。だから、寝過ごしても起こしてくれると思っていたから。非常に申し訳ないと思いながら3分で準備をして、車に飛び乗った。

送信者 ALASKA 2009

さて、今日はマウンテンサファリでブルックス山脈へ行く。森林限界を超えて、アティグンパスまで行って帰ってくると言う旅程だ。ダルトンハイウェイをどんどん北上して行く。アラスカ北極圏には道が1本しか通ってないと言っていいほどだ。その道が今から北へ向かって走るダルトンハイウェイ。


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まだ薄暗い雪の森を車で走り去って行く。時間とともに空が淡く明るくなり、こんな清少納言の枕草子を思い出す。「やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。」この歌は春を詠んだものだが、まさにこんな光景が広がる。それにしても、飽きのこない多様な山の姿ばかりだ。大きなトゲトゲの一枚岩だったり、滑らかな曲線を描く山であったり、何層にも重なりあった岩山。車から降りて、近くを歩きながら眺めた。

送信者 ALASKA 2009

風景を眺めながら、話しをしていると「ほんの数百メートルで10度ぐらい違う場所があるよ。」と教えてくれた。車内の外気温度計を見ていると確かに、ここはマイナス20度なのに300メートル先はマイナス30度。そんな場所があった。深い谷底であるとか、特徴的な地形の違いは無い。とても不思議に思い、なぜかと尋ねても知らなかった。「ここだけいつも寒いんだよ。」と。日々の生活を営む知恵として、そんな事実だけは身につけているのだろう。

送信者 ALASKA 2009
送信者 ALASKA 2009

プルードベイから続くパイプラインと並走しながら、たまに大型トラックとすれ違う。大型トラック以外は1台たりも車が走っていない。そんなダルトンハイウェイをさらに北へ北へと向かう。すると、山際から満月が少しだけ顔を出した。まるで金メダルかのように鮮やかに輝いていた。すると、今日は「ブルームーン」だよと教えてくれた。はて、ブルームーン?「青い月?」フルムーン?「満月?」どういう事だ?ちらっと月が見えたけど青色には見えなかった。鮮やかな黄金色だった。月を見れば今日は満月だ。「フル」と「ブルー」を聞き間違いしているのだろうと、思って確認すると、「ブルームーン」だと何度も訂正された。はて、ブルームーンとは?何だ?

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僕が理解していない事を察して、ブルームーンについて教えてくれた。ブルームーンとは1ヶ月に2度満月がおとずれることだという。月の満ち欠けは平均約29.5日で起こるから、ほとんど1ヶ月に1度しか満月は無い。しかし、月初1日に満月であれば30日に再び満月になることがある。ただ、可能性としては非常に少ない。転じて非常に珍しい事を意味する言葉としても使われているらしい。それが「ブルームーン」。そんな珍しい満月が今日なのだ。2009年12月31日から2010年を迎えるその日なのだ。年をまたぐブルームーンはさらに珍しい。ブルームーンを見ると幸せになれると言うらしいが、年越しブルームーンに出会えて本当に運がいい。始めからブルームーンを狙って見るのもいいが、こうして偶然に出会うことはまた違った喜びを与えてくれる。

車が止まった。周りには何も無い。特に面白そうな風景がある訳でもなさそうだ。「どうしたの?」と聞くと「降りてみれば、小さな看板があるよ」と。

「… and the Foresrt Ends」

送信者 ALASKA 2009

という看板があった。「森のおわり」、「森林限界」。知らなかった、山に登って一定の高さを越えると木々がなくなる事がある。それ以上標高の高いところでは木が育たないのだ。それは山登りで知っていた。けれど、緯度が高くなっても森林限界に達するということは知らなかった。そうか、考えてみると緯度が高くなっても森林限界がありそうだ。でも、この周りには木があるじゃん。確かに、低木が多くなったけど木々は残っているなーと思っていた。

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それから2,3分ほど車で進む。両脇を山に挟まれた道を。低い木々がまばらに立ち、大地と木々は雪で覆われている。カーブを曲がると目の前の世界が拓けた。トンネルを抜け出た時に飛び込んでくる世界のようだった。ワープをして別の惑星に来てしまったと思った。あれ?戸惑った。凹凸がない。山はあるけれど、木が一本たりとも無い。まっ白な平原と緩やかな丘が続く。全てが白い広大無辺な地。とんでもない、何だこれ?と思いながらワクワクした。感情が高ぶった。こんな風景が見たかった。これだよ、これ。今まで見た事も想像したこともない美しく厳しい世界。こんな世界を見られただけで、ここまで来て良かったと心の底から思った。

送信者 ALASKA 2009
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Atigun Pass(アティグンパス)という1枚の看板があった。ついにここまで辿り着いた。ここは北極圏の扉国立公園(Gates of the Arctic National Park and Preserve)とブルックス山脈を望む大きな谷だ。この辺りで星野道夫さんはカリブーの大移動を1ヶ月にも渡って待ち構えていた。星野さんはサンセットパスでカリブーを待っていたという話しを聞いた事があるけれど、その近くにあるこのアティグンパスでもテントを張りカリブーを眺めていたかもしれない。看板が見えてから少し進んだ。

「うわっ、うわぁ」
「スンゲー、何だこれ。」
「完璧な美しさだ」

送信者 ALASKA 2009

頭が混乱した。口から思わず驚きの言葉が漏れた。目の前に飛び込んできた世界に魅了された。車から飛び降りてアティグンパスを望む。到着したところはちょうど谷の上で、谷底とそこから昇ってくるブルームーンが輝いていた。そして空は淡いピンク色に染め上げられている。僕はこんな風景が大好きなんだ。心の底から思う。腹の底から沸き上がってくるザワザワした気持ち。自分のこのワクワクした感情を抑えきれない。体の外にまで喜びの感情がはじけ飛びそうな状態だ。

送信者 ALASKA 2009

どれだけ見ても飽きがこない。深呼吸をして叫んだ。この感情を落ち着かせるためには叫ぶしか無かった。ボリビアのウユニ塩湖を訪れたときと同じような感情に包まれていた。美しい、全てが完璧だ。この大地をできるだけ感じとりたいと思って、大きく足を広げ、手を広げ、大きく息を吸った。そして、大地に寝転んだ。空を仰いだ。

送信者 ALASKA 2009

ずっと憧れつづけたアラスカ。そして北極圏。さらに、星野道夫さんがカリブーを待ちつづけたブルックス山脈で。年越しのブルームーンに出会う。偶然すぎる重なりだ。偶然であればあるほど必然である気さえしてきた。運命と言う言葉とも違うし、神が導いてくれたという意味とも違う。「偶然であればあるほど必然である」そんな気がした。

送信者 ALASKA 2009

ふと、背後を見ると空はオレンジ色に染められていた。もう、闇が迫ってきている。真っ暗な中を車で走るのは危険だからということで帰ることにした。オレンジ色の空に向かって、来た道を戻って行く。すると無線が入った。ダルトンハイウェイを走るトラックの運転手同士で無線はよく使われる。暇だから話しているというのと、様々な情報共有だ。僕が乗っていた車の運転手もトラックの運転手とよく話していた。今からすれ違うからスピードを落としてねと。ただ、今回の無線は違った。「すぐ先に、ドールシープがいるよ」そんな知らせだった。

送信者 ALASKA 2009

3家族ぐらいのドールシープだろうか。食べ物も何もなさそうな北極圏の雪の大地で暮らしていた。車に驚いたのか、こちらを振り返りながら雪の中に逃げ込んで行った。けれど、深い雪にズボッ、ズボッと足を取られていた。北極圏の世界を知り尽くしてそうな野生の動物でも、雪に埋もれることもあるんだな、と思いながらドールシープを見ていた。

送信者 ALASKA 2009

ドールシープに別れを告げて、コールドフットに戻った。ブルームーンでさえ数年に一度、それも2009年の終わりと2010年のはじまりの日に憧れのアラスカ 北極圏で出会う。とっても満たされた2009年の終わりと2010年の始まりだった。大いなるアラスカよ、ありがとう。

送信者 ALASKA 2009

こんな旅日記を書いた今日(2010/02/28)も満月だった。夕方いつもより長距離のランニングをして沈む夕日と昇る満月を眺めた。今宵はアラスカのあの谷でも満月が昇ってきているのだろう。

アラスカ旅日記の続きはコチラ「アラスカ物語10 さて、帰るか。」