旅する力 深夜特急ノート 沢木耕太郎 新潮社

2009年の1冊目は「旅する力 深夜特急ノート」沢木耕太郎 新潮社。

2008年末に出版されたときから読みたいと思っていたが、ハードカバーを海外に持っていく気分にもならないので、イランから帰国してから読もうと思っていた。

まず、この本を読んでの感想は沢木耕太郎さんの自伝のように感じた、ということ。さらに、旅に対する内容も多いのだが、自らが書く文章に対する内容も非常に多かった。沢木さんにとって「文章」は自分の人生と対になるものなんだろう。このような一歩引いた視点での感想もある一方で、旅を通して経験した内容やそれを通して感じた事、考えた事は強く共感した。

彼が経験した出来事で、僕も似たような経験をしていることがある。もちろん身近な旅をする友だちと話していても、似たような経験をしているんだなと感じることが多い。具体的な出来事は違っても同じような意味を自分に与えてくれた経験というのは多い気がする。

例えば、沢木さんは一人で旅した東北一周旅行が大きな自信を得るきっかけとなり旅を始めた。僕にとっては大学1年の時に行ったトルコへの旅だろう。この旅で大きな自信を得て、そして旅の楽しみを知り旅に出るようになった。もっと遡れば、小学生の時に電車で名古屋へ行ったこと、バスで美山へ行ったこと、高校の時に東京へ何回も行ったことがベースになっているのだろう。そのようなきっかけの旅の後バルセロナでは、小学校の時に知ったガウディを見に一人でついにここまで来たんだなぁと感慨深くなったものである。

また、こういった本を読んだときにいつも思うことがある。実際にこういった旅をしたり、旅に類似する行為をする人たちは、同じような感覚をもっている。世界中すべての人が持っている感覚や沸き上がる喜びだとは思わないが、ある一定の人が持っている感情なんだろう。本を読みこの感情を共有できたときは、ひたすら頷いてしまう。もちろん実際の友だちとこの感覚を共有できたときは、さらに何かを分ち合えた気がする。

ちょうど良い話しが友だちのブログにあった。Mattのムービーについてだ。マット(Matt)については以前にも書いているので、こちらとかコチラを見てください。
簡単にいうとマットという青年が、世界中を旅して各地で踊った映像を音楽に合わせてyoutubeにアップしたら大ヒットになったという話し。このムービーでワクワクするかしないか?友だちもワクワクすると書いていたし、2年ほど前にも、別の旅をしながら写真を撮影している人とその話しになって盛り上がった。同じような感覚やワクワクセンサーを持っているかは、このムービーでワクワクするか否かということである程度分かる気がする。

なぜ僕が旅をするか。誰かに説明するときは簡単だから、○○が見たい、○○に興味が在るという。たとえば大自然が好きで、地平線まで続く砂漠を見たいからナミビアのナミブ砂漠に行く。○○の文化に興味があって、○○という博物館と遺跡に行く。こういった理由付けだ。もちろんこういった理由も僕の中にはあって、大きな動機のひとつだ。そして多くの人はこう言った方が理解しやすい。しかし、これだけが理由じゃない。もっと大きな理由がある。旅をする中で、思いもよらない出会いや、ハプニングがある。それは風景との出会いであり、人との出会いであり、習慣や文化の違いに驚くことであり、まだ見ぬ何かだ。そんな分からないものに遭遇したくて旅に出る。だから、場所なんて極論言ってしまえばどこでもいい。今まで経験した国や文化そして出来事から離れており、できるだけ想像がつかないことが起こりそうな場所であれば。

「できるだけ素のままの自分を山に放ちたいんです」

山野井泰史さんが発言したこの言葉に沢木耕太郎も強く共感する。そして、この本を読んだ僕も強く共感する。まだ見ぬ国にできるだけ、素のままの自分自身を放ちたい。だからこそ旅をするし、山を走るし、色々なことをしたいのだ。

こんなことをしていると改めて、一人旅をしていると、気づかないうちにいろいろなことを学んだなと思った。一人旅をすると、日々様々なハプニングに遭遇する。そういった時に瞬時に判断をしなければならない。結果として身に付くことは些細なことでは動じない精神であり、瞬時に状況を読み取って判断する能力であり、ひとつの価値観に固執する必要なんて全くないと言うことだ。他にも海外ではどこまでいっても俺は外人でしかないこと、何かをわかった気になっても結局はわからないこと、こんな事も気づく事になる。

こんなにも色々なことを与えてくれる旅はやめられない。

そして最後に、やはり思うのが、沢木さんは文章表現がうまいということだ。そんな本文から琴線に触れた部分を引用します。

《旅に関する引用》

旅とは何か。その問いに対する答えは無数にあるだろう。だが、私には、大槻文彦が「大言海」で記した次の定義がもっとも的を射たものように思われる
<家ヲ出デテ、遠キニ行キ、途中ニアルコト>P8

しかし、旅は同時に、終わるがあるものでもある。始まりがあり、終わりがある。そこに、旅を作る、という要素の入り込む余地が生まれるのだ。
人は旅をする。だが、その旅はどこかに在るものではない。旅は旅する人が作るものだ。ー中略ー
旅はどこかに在るものではなく、旅する人が自分で作るものであるどんな旅も、旅する人が作っていくことによって、旅としての姿が整えられていく。P8

この東北一周旅行はその後の私にとってかなり大きな意味を持つことになった。そのときはわからなかったが、このことで私は自分に大きな自信を得たのだと思う。自分で稼いだ金を使い、自分で計画し、自分だけで旅をやり遂げることができた。しかも、この旅では、実に多くの人からさまざまなかたちで親切を受けた。P28

吉行淳之介がよく言っていたことがある。ぼくは旅に出ると不思議と面白いことにぶつかるんだよ、と。確かに、旅に出ると面白いことにぶつかる人とそうでない人がいるような気がする。吉行さんと私の「面白いこと」は違うにしても、やはり私も面白いことによくぶつかる。面白いことが向こうからやって来るという感じさえするP49

実は、私自身に対しても自信を失いかけていた。冷麺が食べられなかったことが心理的に大きなダメージになっていたのだ。私は、自分に食べられないものがあるなどとは思ってもいなかった。それは、知識の有無などといったようなことと違って、自分の存在に深く関わる本質的な欠陥であるように思えた。P58

たったひとつの単語、たったひとつの言いまわしを知ることで世界が開けるということを知ったことが大きかった。P68

ソウルに向かう飛行機が日本海を渡り、韓国の上空にさしかかったとき、不思議な心のときめきを覚えた。
ここからパラシュートで降下し、地上に舞い降り、西に向かってどこまでも歩いていけばパリに行くことができるのだな。もちろん、そのあいだには北朝鮮があり、中国があって通過できないだろうが、原理的には歩いてヨーロッパに行けるのだな、と。P80

もし私がこのようなガイドブックを持ち、その「忠告」に従っていたら、香港での興奮の何分の一も味わえなかっただろう。
香港から先の街も、まったくガイドブックなしに、勝手気ままに歩くことになったが、それは私に常に新鮮な驚きを与えつづけてくれた。p110

その山野井氏が、無線などの文明の利器をを持ち込んで山の天気をはじめとする情報を得たりしたくない、ということを説明するときに、私にこういったのだ。
「できるだけ素のままの自分を山に放ちたいんです」
素のままの自分を山に放ちたい。なぜなら、その方が面白いからだ。すべてがわかり、完璧に安全だとわかっているならクライミングなどしなくてもいい。わからない中で、自分の力を全開にして立ち向かうところに面白さがあるのだ。P111

放たれた素のままの自分を、自由に動かしてみたい。実際はどこまで自由にふるまえるかわからないが、ぎりぎりまで何の助けも借りないで動かしてみたい。
もちろん、うまくいかないこともある。日本に帰ってきて、あんな苦労をしなくても、こうやればよかったのかとわかることも少なくない。しかし、だからといってあらかじめ知っていた方がいいとも思えない。知らないことによる悪戦苦闘によって、よりよく知ることができることもあるからだ。その土地を、そして自分自身を。P111

中途半端に知っていると、それにとらわれてとんでもない結論を出してしまいかねないんだ。どんなに長くその国にいても、自分にはよくわからないと思っている人の方が、結局は誤らないP117

ひとりバスに乗り、窓から外の風景を見ていると、さまざまな思いが脈略なく浮かんでは消えていく。そのひとつの思いに深く入っていくと、やがて外の風景が鏡になり、自分自身を眺めているような気分になってくる。ー中略ー
旅を続けていると、ぼんやり眼をやった風景の中に、不意に私たちの内部の風景が見えてくることがある。そのとき、それが自分自身を眺める窓、自分自身を眺める「旅の窓」になっているのだ。ひとり旅では、常にその「旅の窓」と向かい合うことになる。
フレドリック・ブラウンが「シカゴ・ブルース」というミステリー小説の中でこんなことを書いている。
「おれがいおうとしたのはそれだよ、坊や。窓の外を見たり、なにかほかのものを見るとき、自分がなにを見ているかわかるかい?自分自身を見ているんだ。ものごとが、美しいとか、ロマンチックだとか、印象的だとかに見えるのは、自分自身のなかに、美しさや、ロマンスや、感激があるときにかぎるのだ。目で見てるのは、じつは自分の頭の中をみているのだ」青田勝訳P141

異国には旅が向こうから迫ってくる土地とこちらから向かっていかなければならない土地とがある。
たとえば、インドにおける旅人は街に着くといきなり無数の人々に取り囲まれる。ー中略ー旅人は、騙されまいと身構えてもいいし、騙されるのを覚悟で身を委ねてもいい。いずれにしても、そこから巻き込まれるようにして旅は始まっていく。P154

私が旅で得た最大のものは、自分はどこでも生きていけるという自信だったかもしれない。どのようなところでも、どのような状況でも自分は生きていくことができるという自信を持つことができた。
しかし、それは同時に大切なものを失わせることにもなった。自分はどこでも生きていくことができるという思いは、どこにいてもここは仮の場所なのではないかという意識を生むことになってしまったのだ。P183

ー異国をうろついていた私は、異国に在るという根源的な恐ろしさをまったく自覚しないまま歩いていた。自分自身の育った国の法律や論理や常識がまったく通用しない不条理な世界。本来、異国とはそういったもののはずだった。トルコばかりでなく、旅人にとってはすべての異国が不条理そのものの存在と化しうるという重要なことを私は忘れていた・・・P198

金を使うということは、旅をスムーズにさせるということにつながる。できるだけ快適な旅にしたいとは誰でも思う。しかし、そのスムーズさが、その旅を深めてくれるかというと、そう簡単なものではない。少なくとも、「深夜特急」の場合には、金がないために摩擦が生じ、そのおかげで人との関わりが生まれ、結果として旅が深くなるということがよくあった。P221

二十代の前半の私には、食べるものすべてがおいしく感じられていたためか、なにがなんでも「おいしいもの」を食べたいという願望はなかった。食べるものがおいしいというのと、おいしいものを食べようとするというのはまったく違う二つのことなのだ。P233

あの当時の私には、未経験という財産つきの若さがあったということなのだろう。もちろん経験は大きな財産だが、未経験もとても重要な財産なのだ。本来、未経験は負の要素だが、旅においては大きな財産になり得る。なぜなら、未経験ということ、経験していないということは、新しいことに遭遇して興奮し、感動できるということであるからだ。ー中略ー
極めて逆説的な言い方になるが、未経験者が新たな経験をしてそれに感動することができるためには、あるていどの経験が必要なのだ。
経験と未経験とがどのようにバランスされていればいいのか。それは「旅の適齢期」ということに関わってくるのかもしれない。P236

かつて、私は、旅をすることは何かを得ると同時に何かを失うことでもあると言ったことがある。しかし、齢を取ってからの旅は、大事なものを失わないかわりに決定的なものを得ることもないように思えるのだ。P243

旅は人を変える。しかし変わらない人というのも間違いなくいる。旅がその人を変えないということは、旅に対するその人の対応の仕方の問題なのだろうと思う。人が変わることができる機会というのが人生のうちにそう何度もあるわけではない。だからやはり、旅には出ていった方がいい。危険はいっぱいあるけれど、困難はいっぱおあるけれど、やはり出ていった方がいい。いろいろなところに行き、いろいろなことを経験した方がいい、と私は思うのだ。P253

旅行前に、ある人は、こんな事を私に言った。ソベェットに招かれても、どうせいい処ばかり見せてもらふだけだろらうと。これも妙な考えです。客に悪いところを見せるバカが何処にいるか。客としてもいい処ばかり見せてもらって有難う、といふのが常識でせう。(小林秀雄 「考えるヒント」ソベェットの旅)ー中略ー
つまり私が心を動かされたのは、その小林秀雄の、偏見に眼を曇らされることない、現実を大きく鷲掴みにして見据えるという態度そのものだったのだと思おう。
P25

私たちは、少なくとも私は、大学の講義に、書物に記されてあるような知識の断片を求めているわけではなかった。私たちは、いや私は、大学の教師から何らかの「熱」を浴びたかったのだと思う。その「熱」に感応して、自分も何かをしたかったのだと思う。P264

旅をしている中で摩擦が起きる。それはその国の言葉を話すことのできない私のせいだと自覚していた。その国に住んでいる人は、その国の言葉がしゃべれればいいのだ。P270

人間が生きていく上では、予期しないことが起きるということを予期しているかどうかということが、とえも重要になってくる。P271

どこまで行ったら自分は元の場所に戻れなくなる可能性があるかという「距離」を測ることになる。そして、自力でリカバリーできるギリギリのところまでついていくと思うのだ。P272

旅の危険を察知する能力も、旅をする中でしか身につかないものなのです。旅は、自分が人間としていかに小さいかを教えてくれる場であるとともに、大きくなるための力をつけてくれる場でもあるのです。P276

いま、私はいかに自分が無力をか知っている。できることはほんのわずかしかないということを知っている。しかし、だからといって、無力であることを嘆いていはいない。あるいは、無力だからといって諦めてもいない。無力であると自覚しつつ、まだ何か得体の知れないものと格闘している。P277

《文章に関する引用》

私も太田氏にセンテンスを短くしろと言われつづけた。過剰な修飾語を排せ。修飾したければ修飾語でなく前後のセンテンスで説明しろ。P44

一人称は「ぼく」ではなく「私」とすること。そうすることで旅に付着している若さの熱を冷ます。しかし、現在から過去を顧みるというかたちをとらず、主人公の「私」に旅の中を生きさせる。そうすることで、旅をしているという生々しさを維持する。また、旅は最初に決めたルートであるデリーからロンドンまでではなく、香港からロンドンまでとする。
そして、書くに際しての最も重要な方針は、徹底したノンフィクションとするということだった。省略はしてもいい。すべて書くことは不可能なのだから。しかし、フィクショナルな変形はしない。
それでなくとも、私の旅にはかなり不思議な出来事が次々と起こる。もし一カ所でもフィクショナルにしてしまうと、他の部分のリアリティーを損なってしまう危険性がある。それを回避したかったのだ。
こうして「深夜特急」は第一章の「朝の光」から書き起こされることになった。P205

重要なのはアクションではなくリアクションだというのは、紀行文でも同じなのではないだろうか。どんなに珍しい旅をしようと、その珍しさに頼っているような紀行文はあまり面白くない。しかし、たとえ、どんなにささやかな旅であっても、その人が訪れたと土地やそこに住む人との関わりをどのように受け止めたか、反応したかがこまやかに書かれているものは面白い。たぶん、紀行文も、生き生きとしたリアクションこそが必要なのだろう。
そして、こう考えるようになった。旅を描く紀行文に「移動」は必須の条件であるだろう。しかし、「移動」そのものが価値を持つ旅はさほど多くない。大事なのは「移動」によって巻き起こる「風」なのだ。いや、もっと正確に言えば、その「風」を受けて、自分の頬が感じる冷たさや暖かさを描くことなのだ。「移動」というアクションによって切り開かれた風景、あるいは状況に、旅人がどうリアクションするか。それが紀行文の質を決定するのではないか。P213

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