「写真」カテゴリーアーカイブ

アコンカグア&パタゴニアまとめ

アコンカグアにいくと決めてから、準備をして、トレーニングをして、飲み会して、アコンカグアにみんなで行き、俺は敗退してパタゴニアに。日本に戻ってからも反省会と称して飲み、妙高にスキー反省会、そして雑誌にも載り、トークイベントでも話し、最後にこのブログで紀行文を書き終わるまで約1年。

このひとつのアコンカグア登山という行為を通して、いろいろな楽しみを味わわせてもらったし、辛い事も味わったし、いろいんな感情が渦巻いていたし、感じながら考え考え考えた。そして、なによりも仲間との出会いと絆が一番の宝物。

◆概要

きっかけ:チーム名:ハラペコ登山隊 (HOLA PICO、スペイン語でこんにちは頂上!)
期間:2013/12/20-2014/01/06
場所:アルゼンチン メンドーサ、アコンカグア、パタゴニア
メンバー:7人、タクジさん、カッセさん、シンヤさん、弘樹さん、玉ちゃん、村さん、俺
コスト:100万ぐらい?

◆事前準備
アコンカグアへの想い
アコンカグアのスケジュールと装備
アコンカグア ヒアリングまとめ
絶対得なのに、なぜか損した気持ちになること

アコンカグアに向けて
アコンカグアトレーニング 富士宮口から
今年最後の富士山とシュラフ購入

◆紀行文

【地球の裏のその先へ1】旅は6ヶ月前から始まっていた
【地球の裏のその先へ2】青空のブエノスアイレスを町歩き、そしてメンドーサへひとっ飛び

【地球の裏のその先へ3】メンドーサの町であれやこれや、登るまでの道のりは長い
【地球の裏のその先へ4】モーターサイクルダイアリーズ 赤茶けた大地を歩き始める
【地球の裏のその先へ5】ベースキャンプへの長い道のり
【地球の裏のその先へ6】休息日に休息できない人の過ごし方
【地球の裏のその先へ7】突然の終わり。救急ヘリそして入院
【地球の裏のその先へ8】元気が戻り悔しさだけの病室
【地球の裏のその先へ9】メンドーサの安宿で一人もがき続けた日
【地球の裏のその先へ10】荷物との再会、メンドーサとの別れ
【地球の裏のその先へ11】広大無辺なパタゴニアの大地との出会い、頂の見えない大晦日の夜
【地球の裏のその先へ12】届かない手紙。テントを借りて、フィッツロイへと続く道
【地球の裏のその先へ13】青空のパタゴニア、フィッツロイとの出会い
【地球の裏のその先へ14】地響きとともに崩れ落ちる氷河、悠久の時間の流れ
【地球の裏のその先へ15】旅の終わり、偉大なる大陸との別れ

◆現地からの更新

新年にパタゴニアで思い返したこと
サヨナラアコンカグア

◆雑記

一万回悔しいと叫んでも
めぐりめぐりめぐりあい~いつまでも終わらない旅の続き~
アコンカグア下山直後のメモ
アコンカグアその後~山と渓谷とForget me not~
アコンカグア大反省会@妙高杉ノ原でサイドカントリー
同じ時間をどんぶらこ
同じ世界を違う目で見た別の世界。
あの時のことを振り返る
ハラペコ登山隊 
2013年は仲間がいるっていいなと感謝した年
1本の電話
仲間と歩んで行くこと

送信者 Aconcagua&Patagonia

【場を作る新しい旅0】ワクワクすること年にひとつ。場をつくる。

何かどうしてもやりたいけれど、今の自分には無謀なことを思いついて、いろいろ調べて、準備して。だいたい半年。それぐらいの期間が自分にはいい。

そして、冷静さを保ってると思い込んで、でも、がむしゃらに挑んで。

何らかの結果に、舞い上がり、落胆し。ほとぼりが覚めるまで、少しの時間が必要で、言葉や写真で記録に残すのにまた半年。

そう思うと、一年に一回ぐらい、熱をおびることがあるのが、自分にはあっている。

最近は山とか、スポーツとかだったけど、それは学問でも、家を建てるでも、空を飛ぶでも、旅でも、場をつくることでも、プログラミングでも、楽器でも、絵でも、ビジネスでも、地域のことでも、なんでもよくて。

最近は、それを一人じゃなくて、志を友にする仲間とやっていたい。

いつも、それが生きるエネルギー。

っさ、今までとは全然違う、けど、昔からやりたかったことの、第一歩になりそうなことを7月ぐらいから始めれるかな。

空間、場、そんなものを作りたかった。
ネットも好きだけど、実際に存在する場。
スペインを旅したときのバル、岐阜で言えばオルガンのオフィス、徳島のカフェオニヴァもそうだった、山小屋もそうだろう。
そんな空間を作りたい。

外に出て、新しい世界に飛び込んで、いろいろなモノや人や発想、価値観、場に出会う。
外に出ることによって、その好きなものが増え、家というか自分のHOMEスペースにも好きなものが増える。
内(HOME)の多様性&居心地も増していく。
そんな空間は、HOMEに戻れば好きなものに囲まれた生活。

究極は自分で家を造ってと思っているが、まだまだそこまでは道のりがあるし、いきなりやっても空間プロデュース能力が低いので、まずは小さなところからやってみたい。

送信者 ドロップ ボックス

【地球の裏のその先へ12】届かない手紙。テントを借りて、フィッツロイへと続く道

【地球の裏のその先へ11】広大無辺なパタゴニアの大地との出会い、頂の見えない大晦日の夜

送信者 Aconcagua&Patagonia

朝起きる。
テントを借りる。
フィッツロイへと歩を踏み出す。

昨日はどこのアウトドアショップもテントがないと言われたり、休みだったり。何としてでも、パタゴニアの大地でキャンプをしたかったので、朝イチで昨日教えてもらったアウトドアショップへと向かった。まだ、オープンしていなかった。焦り過ぎだw買ってあった絵はがきを書いて、時間を過ごす。旅先で絵はがきを書くことが好きだ。もう、ひとりでふらふらと旅を始めて12年、いろいろな国や地域から書いた絵はがき。時間を場所を越えて、届くその国の空気。そんなものがある気がする。

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ブエノスアイレスで書いたけれど、それに続いて2回目の絵はがき。再びアウトドアショップへ行く途中に、はがきをポストに投函した。絵になるポストだった。このポストから届く絵はがき。ここから投函して、手元に届いたと話すために、ポストを写真に収めた。しかし、結論から言うと、あれから半年ほど。今もなお、世界のどこかを旅している。

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アウトドアショップへ再び。ついに店が開いていた。店員さんに、テントを借りたいと話すと、ひと利用はもうないけど、2人用ならというので、サイズを見せてもらって、借りることにした。大きなザックはある、重くても、何よりもフィッツロイの麓でキャンプをしたい。新年はフィッツロイの麓でキャンプをして過ごしたかったのだ。夕日に染まる、星空に浮かぶ、朝日に染まるフィッツロイ。せっかくパタゴニアに来たんだから、フィッツロイでキャンプをしたい。

送信者 Aconcagua&Patagonia
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宿に戻り、荷物を詰め替えて、さあ出発!体が弱っていたのか、テントや食料、水が入ったザックが重く感じた。相変わらず、重たい雲がパタゴニアの大地を覆っていたことも、ザックを重くしていたかもしれない。町を抜け、フィッツロイの登山口へ。地味に急な登りを登っていく。人はそんなに多くない。深い谷があり、底を川が流れる渓谷美。こういった地形自体は日本でも見るが、そのスケールはパタゴニアだからこそ。スケールが大きいと、感じるものも異なる。

送信者 Aconcagua&Patagonia
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雪の残る山が見える。雲で見え隠れ。また頂は見ることができない。日本の森のようなしっとりとした森を抜け、カプリ湖に出た。ここでランチ。思っていたよりも寒く、温かい飲み物が体にしみた。しかし、食べるものはフリーズドライ。アコンカグアで食べる予定だったフリーズドライがランチだ。寂しさと便利さと。

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ゆっくりしていると寒いので、食べ終わると再び歩き始めた。本当にいろいろな顔を見せてくれる森だ。川の源流のような美しい水が流れる場所、背の高い木々が並ぶ森、大きな川が流れるエリア、湿地帯のような木道、岩だらけのロックガーデン。

送信者 Aconcagua&Patagonia
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フィッツロイの展望場所がたまに出現するが、セロトーレと同じで頂まですべて姿を現してくれない。僕は、あのギザギザのフィッツロイを想像する。見えないからこそ想像するけれど、やはりハッキリとしたあの形をこの目で見たいという欲求が強く、雲の流れを待ちながら立ちつくすことも何度か。

送信者 Aconcagua&Patagonia
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ただ、雨が降っていないし、風も強くない。それだけでありがたいこと。Poincenotというキャンプ地に到着。ここはフィッツロイのお膝元。テントの入り口を開けると、フィッツロイが見える場所。そんな場所を探してうろちょろ。ベストポジションを見つけて、テントを張る。これで、いつでもフィッツロイを見れる。真夜中に寒くても、テントから顔を出せばフィッツロイ。朝焼けの時間も顔を出せばフィッツロイ。

送信者 Aconcagua&Patagonia
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テントの中に荷物を置いて、身軽になったので、フィッツロイまでトレランで向かうことにした。せっかくならパタゴニアもトレランしておきたい。地元の青年もトレランをしていたので、一緒に走った。でも、体の調子がイマイチで、彼には先に行ってもらって、ゆっくりペースで走ることにした。歩いても気持ちいいが、走ることも気持ちいい。違う速度で見る景色、違う速度だからこその鼓動、だから感じる気持ちも違う。やっぱり気持ちいい。

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急な登りになったので、てくてくと歩く。そして、風が出てきた。パタゴニアは風が強いというが、風が本当に強い。ゆっくりと登っていくと、フィッツロイが大きくなってきた。近づいてきた。でも、相変わらず曇っている。目の前にドッカーンとそびえ立つフィッツロイ。このギザギザ。雲に隠れ、どこまでも高く続いているかのよう。

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湖に到着。そして、目の前にフィッツロイ。それにしても、完璧な光景だ。晴れていたら、最高なんだろうと思いつつ。風に耐える。ウィンドブレーカーを来て、岩陰に。湖まで降りてみると、また見え方が異なる。真上を見上げるように、下からフィッツロイを見る。大きな氷河が岩と岩の間に存在している。なんとも圧巻な光景。日本では絶対に見れない姿だ。

送信者 Aconcagua&Patagonia
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湖を回り込んでみると、瀧が流れていた。氷河が解けた水が、湖にものすごい勢いで流れ落ちていた。雲が晴れることを願っていたが、なかなか想い通りにはいかない。しばらく岩陰で待っていたけれど、あきらめて帰ることにした。高いところから見る。行きに歩いてきた道、テントを張ってあるエリアなどが見渡せる。それにしても、どこまでも続く大きな大地。見とれてします。ほれぼれする。

送信者 Aconcagua&Patagonia
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テントに戻ると、ワインを飲みながら本を読む。21時でも明るいので、ゆったりと時間が使える。フィッツロイの様子を見ながら、のんびりワインを飲み、読書。この上ない至福の一時。そして、夕食はまたまたアルファ米。ここだけ微妙w

送信者 Aconcagua&Patagonia

そして、どんどん冷え込むのでシュラフに入り、夕焼けを待つ。残念なことに、フィッツロイは夕焼けに染まってくれず、そのまま夜の闇が訪れた。残念だったけれど、仕方ない。これが自然。自然の中に入るようになってから、仕方ないということが多くなったかもしれない。人間ではどうすることもできない自然の姿。天気がよければ、そりゃうれしいし、興奮する。けれど、天気が悪くてもそれは事実。別に俺が見ているからどうのこうのって、関係なく自然は成り立っている。仕方ないという表現はネガティブに聞こえるかもしれないが、自然をありのまま受け入れるという気持ちが、どんどん強くなってきている。

送信者 Aconcagua&Patagonia
送信者 Aconcagua&Patagonia

いつの間にか、パタゴニアの大地をベッドにして、眠りについていた。

ゴールというスタート地点にたどり着いたUTMF2014 

1回目のUTMFは納得のいかない終わり方だった。当時は初めての日本に置ける100マイルレースで盛り上がっていたし、自分にとっても初の100マイルだった。だから、なんとか完走したかった。100キロ過ぎから膝が曲がらなくなり、ストックに頼りきって進んだ。とうてい自力でのゴールとは言いがたい。自力なのだが、2本のストックに全体重を預けて進んでいたので、自分の足で完走したとは言えない。そんなレースだった。今年はストックの使用が完全に禁止なので、自分の2本の足で100マイル、富士山の周りを1周ぐるりと繋げるには最高の機会だ。

送信者 UTMF2014

昨年は抽選に落ちて出られず。まあ、どうでもいいかと思っていたが、大会が近づき周りが盛り上がってくると、ああ、出たいという気持ちが爆発して、夜中に応援に行った。失って気づくとは、まさにこのことだ。手に入れている間はその大切さに気づかない。

送信者 UTMF2014

3回目の今年は見事に抽選に当たった。結果として、宮古島トライアスロンがあって中4日でUTMFを走ることになった。一部の人では昨年話題になったミヤフジというやつだ。両方完走するには、なかなかの確率だ。

そもそも、トレランとトライアスロンの両方をやっている必要がある。そして抽選に2つともあたる必要がある。そして、体調が万全でないといけない。さらに、連続であるので、金土日月、また金土日と休めること、最後にそれなりのお金も必要だ。ということで、すべてに恵まれた結果、2レースに参加する権利を得て、ミヤフジに挑戦することにした。

こうした31歳初めてのレースが幕を開けた。

送信者 UTMF2014

怒濤の仕事を終えて、木曜の夜に東京駅から河口湖へと向かった。この日は誕生日。誕生日だけど夕食は電車の中でおにぎりだけ。寂しい限りだが仕方なし。23時に河口湖に到着して、駅前の河口湖ステーションホテルのドミトリーに。3000円ぐらいで安かった。ゆっくり寝て、朝起きると快晴。ゆっくりと風呂に入りながら、体を休めておく。ロングレースに向けて。

10時のチェックアウトギリギリまでベッドで横になり、コンビニで朝ご飯とレースの食料を買って準備。駅前からバスで八木崎公園へ。受付を住ませると、多くのトレラン仲間が来ていた。よく会う友達、久しぶりな友達、紹介されて初めましてな方々。

送信者 UTMF2014

時間がなさ過ぎてダッフルバッグに、装備をとりあえずぶち込んできたので、準備に時間がかかった。必須装備のチェックを受けて、心折れ部の仲間と合流して、記念撮影とか。アコンカグアのハラペコ登山隊は、石川弘樹さんが選手として参加する。そのサポーターでタクジさんとシンヤさんもきていた。弘樹さんにアコンカグアぶりに再会。

送信者 UTMF2014
送信者 UTMF2014
送信者 UTMF2014

そして、15時のスタートに向けて、盛り上がってきた。スタートの合図とともに、一斉に走り出した。飛ばさないように、後方から出発。あと、右太ももの内側の筋が痛かった。宮古島トライアスロンが終わって2日後ぐらいから痛みだして、ずっと湿布やマッサージをしていたので、痛みと違和感は和らいだが、100マイルという距離を考えると不安材料でしかなかった。

送信者 UTMF2014

走っているとぴくぴくするので、ゆっくり走ることにした。友達が抜いて行くときに、遅いけど大丈夫と声をかけてくれた。が、ここはマイペース。焦らない。焦らない。他人との勝負ではない、今回は完走することが最大の目標。そしてミヤフジの達成。急がば回れ。

送信者 UTMF2014

『激走モンブラン』でカトリーヌが言ってた「このレースの目的は大自然、仲間をリスペクトすることです。そして自分自身を知ることができます。自分の限界を超えるのではなく内面を知るのです。目標は優勝することではありません。全ての完走者が各々思い出とともに帰ってくる。完走した人全員が勝利者なんです」

送信者 UTMF2014

まさに、こんな思いで走っていた。2回目は逆回りだったが、3回目は1回目と同じ回り方。ということで、ああ、ここ走ったなという記憶がよみがえる。朝だったとか夜だったとか時間の記憶というか映像の記憶もあって、ああ、ちょっと前回より遅いかなとか。

送信者 UTMF2014
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いろいろな友達と前後しながら走っていった。わずかに雨がパラついたが全く問題ない程度。上り坂はゆるい斜度でも走らないと決めて、とぼとぼと歩いた。後半に足が死んでしまうといけないので、走れても走らないことを徹底した。第1エイドでは岡野さんがいた。仲間の顔を見るとホッとする。そして、エイドでオレンジなどを食べて出ると、心折れ部のみんなもいてくれた。

送信者 UTMF2014
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西に太陽が傾き、夕焼け空が美しい。富士山も淡いピンクに染められて行く。形式を楽しみながら、スピードを上げずにたんたんと進んで行く。平地は走り、登りは歩く。急な下りも急がない。足への負担を極力かけないスタイルで。杓子山へはけっこうな登りだ。1回目の時は扚子山の頂上で日が沈むところだったから、今回はペースが遅いかなと思った。なぜなら、頂上では真っ暗だったから。すれ違った友達に話すと、1回目は5月の終わりだったから日が長かったんだろうねと。そうか、1ヶ月ほど開催時期がずれていたことを思い出した。

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杓子山の下りは少しだけテクニカルな所もあり、渋滞していた。個人的には、ストックもないし両手が開いているので、もっとサクサク行けるのにと思いながら、渋滞を待ちながら、ゆっくりと進む。基本的な心配事は、100キロ過ぎてから足が動かなくなること。1回目のトラウマというのか、教訓というのかは分からないが、今回はストックがないので足が動かなくなった時点で終了。だから、丁寧にゆっくりと走り、なんとか足がもってくれと祈るばかり。

送信者 UTMF2014
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エイドを過ぎ、さらに進む。すると、トレイルで寝ている人が。友達だったw何時か知らないけれど、確かに眠たくなってくる時間。僕は、音楽を聴き歌いながら目を覚ます。あとは、カフェイン入りのジェル、トメルミン、そして誰かと話す。山中湖を越えて、ロードを走りながらスマホをいじって気分転換。すばしりも大きなエイドでいろいろ食べて出発。自衛隊の演習地である、砂のエリアを走り、太郎坊、水ヶ塚へ。まあ、初日の眠気のピークはこのあたり。緩い登りのロードなんかは眠気MAX。もう、半分寝ちゃうよって感じ。この辺りになると、人の数もまばらになってくるので、会話も減ってくる。

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カフェインジェルを投入し、一時的に目を覚まし、そしてまた走る。そんな繰り返し。淡々と。エイドではハンバーガーや餃子などこってりしたものも食べる。胃腸が強いので、ロングレースでもどんなものでも食べられる。ロングレースで勝つには食べられるということが肝になる。ハンバーガーうめえと思いながら、眠気もあったので、このあたりでマッサージも受けた。まあ、受けながら寝るためにだけれど。それだけじゃなくて、後半の足に関して不安だったので、ケアの意味もあり。一石二鳥。

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夜が開けることを待ちわびながら、孤独な暗闇をヘッドライトを頼りに走る。デポバッグがある、こどもの国を目指す途中で、夜があけてきた。ありがたい。太陽って偉大だ。いつも朝が来ると思う。夜は星もきれいだし、好きなんだけれど、徹夜で走っているときに迎える朝のありがたさは何者にも代え難い。それほど人の心を救ってくれる。今日もいい天気になりそうだ。いい一日がはじまりそうだ。

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振り返ってみると、夜は暖かかった。Tシャツにpatagonia cap4だけで十分だった。結局、Tシャツとcap4だけでゴールまで行ったので、そうとう気象条件には恵まれたレースだった。こどもの国はだいたい中間地点で、デポバッグもできるほど大きなエイドステーションだ。ここに着けば誰かしら、仲間に会えるのかなという期待で、走って行った。前半の制限時間が厳しかったので、最初は意識していたが、この頃には貯金もできて気楽な気持ちでこどもの国に到着した。ここを出発して行く仲間とすれ違ったり、ああ、やっぱり人はいい。

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こどもの国に着くとセカマスさんが、丘の上に立っていた。テラさん遅いよ、ダッシュダッシュと声をかけてもらい、デポバッグを受け取る。ジェルなどを詰め替えたり、ハイドレに水を入れたり、いろいろと食べたり、レッドブルを飲んだり。履いていたHOKAのシューズが少し破れていたので、デポしてあった別のHOKAに履き替えた。マゾヒストももっていたが、足のことを考えHOKAに。計測チップもケイティやサメ先生が交換してくれて、とてもありがたかった。

送信者 UTMF2014
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みんなにお礼を言って、大きく美しい富士山を見て出発。単調な林道をひた走る。確か、2年前はこの辺りから足が痛み始めた記憶があったので、無理しないようにゆっくりペースで走る。今のところ、スタート直後にあった太もも内側の違和感もほぼなくなり調子は良かった。膝なども痛みはない。すると、向かいからバイクに乗った人が。なんとセカマスさんだった。いい調子、いい調子、西富士中学で待ってるからと。

送信者 UTMF2014
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明るくなったのでだいぶ気が楽だが、気温が上昇するので水分補給をまめに。まめに。まだまだ走れる状態だったので、速くはない余力が残るぐらいの一定ペースで走った。西富士中に来ると100キロを越えあと65キロ。ここで半分ぐらいのイメージ。ここにも折れ部などの友達がたくさんいて会話した。トイレにも行って、すっきりしてから悪魔の山、天子山へと。

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何が嫌って、一昨年の悪夢だ。ここで足が動かなくなり、ストックに頼って山を歩いた。あるけどもあるけども、天子山塊は終わらなかった。永遠の悪夢に悩まされるかのような時間だった。1日中歩き通し、日も落ちた出来事だった。今回はそうならないように、ここまでキープして走ってきた。もちろん、天子でも急がずに急がずに。しかし、急な上り坂は刺激的だ。足への疲労はゆっくり進もうと否応なくたまっていく。脹ら脛の筋肉が辛いと叫んでいる。

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唯一の救いは一昨年よりも天子山塊の距離が短くなり、ルートが変わっている。一回エイドに降りることができるのだ。明るいうちに天子を抜けれる喜び、安心。喜びなんかじゃない、安堵の感情がすべてだった。フラットで走れるところは走り、進む。小刻みなアップダウンがずっと続く。相変わらず登りは急だ。

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雪見岳を越えて、やっと麓に到着。誰もいないだろうと思っていたら、TEAM JAPON &心折れ部の仲間が勢揃い。これはうれしかった。元気になった。予期しないラッキーボーナスでパワーアップ。ここを出ると朝霧高原。広い草原が広がり、その先に富士山。いい景色だし、寝転んで休憩。ああ、普通は絶対こんなところに来ないけど、無理矢理富士山の周りを1周するから、こんなにも美しい景色に出会える。何気ない場所にある、整備はされてないけれど、圧倒的に美しい景色の場所。ここでも寝てみたり、スマホで連絡してみたり、Facebookに投稿したり。

送信者 UTMF2014
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そんなのんびりしたのは、2日目の夜がやってくるから。その前にリフレッシュして、2日目の夜も走りきりたいと思ったから。まあ、残りは45キロだけれど、ここからが本当の勝負。辛い辛い時間の始まりだ。足が元気なのが、心の支えだった。いつその時がくるかにおびえながら、進んでいく。

送信者 UTMF2014
送信者 UTMF2014
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登って登って登って。天子もきついが竜ヶ岳もかなりのハードな登りだった。そして、真っ暗な夜の山。そんな山に明るいヘッドライトがポツポツと並んでさまよっている。ああ、あそこでも戦っている人がいるんだ。一歩一歩進んでいるんだと思うと、自分も頑張ろうという気持ちになる。山を下りて本栖湖に。前とはエイドステーションの場所が違った。そろそろ疲れているのだが、まだまだ、ホッとするには時間がかかる。前は鹿カレーがあったから期待していたが、今回はなかった。ショック。食べれると期待していたものが食べれないショックは甚だしい笑 ゆば丼をひたすら食べて、友達と話して出発。

送信者 UTMF2014
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山をいくつか越えて青木ヶ原樹海へと向かう。山では眠かった。ふらついているとトランスジャパンも完走されている湯川さんに声をかけていただいて、話しながら走る。眠たそうだったので話しかけたよと。助けていただいた。すると、やまもとさんも偶然一緒になり3人で話しながら走った。眠かったし、山は暖かかったので、樹海に降りたら寝ようと思った。しかし、樹海に降りるとむちゃくちゃ冷えている。寒いというよりも、ひんやりとした冷たさ。

二人と別れてちょっと寝るのを試みたが無理。あきらめた。しかたなくとぼとぼと歩く。走れるのだが、眠気が勝って走れない。歩いていると、いつの間にか棒立ちになって、立って寝ている。ああ、いかんいかんと想い歩く。が、また寝ている。その繰り返し。立って寝ていても寒い。こんなんだから、終わらない青木ヶ原樹海。ジェルを投入して、トメルミンを投入して、なんとか走って抜けた。

樹海を抜けて、橋を渡ってロードを進んで鳴沢に。もう、限界。前回もだが、このあたりが眠さのピーク。ふらふらしながら。もう眠い。前はここで幻覚を見ている。あと、ロードでは車も通るので、車にひかれないように歩かねばならない。なんとか意識を保とう保とうと。こんな時は鳴沢が遠い。もっと近いと思っていたが、遠い。着かない。あるけども歩けども。再びやまもとさんと会い、話しながら進んだ。

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やっと、ついに、到着した鳴沢。チャンプがいた。ここで毛布にくるまって仮眠をすることにした。もう、限界だ。しかし、寒い。そして、長い間寝ると、足の筋肉が固まる。その辺りも注意しながら仮眠。あと12キロしかないところで仮眠とはwまあ、タイムを気にしてないからこんなことができる。そして、足がここまでもってくれた。まだまだ走れる。ああ、よかった。ありがたい。本当にありがたい。なんとかゴールはできるだろう。この足で、この時間の余裕があれば。

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仮眠を終え、すっきりした頭でスタート。小走りで進む。寝て起きると太陽が昇り、完全に朝になっていた。最後の山を登って行く。マミさんが元気に走って行った。タフだなー。そして、僕はマイペースで走ったり歩いたり。写真とったり。この日も富士山が美しく、いいゴール日和になりそうだ。

送信者 UTMF2014
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さくらが咲く河口湖に戻ってきた。山を下りると最後の湖畔のロード。山を下りたときに、ああ、よかった。大きな怪我も、足の痛みもなく、ここまでこれた。山を下りると、ホッとする。あとは数キロのロードラン。走ってもいいが、なんとなく歩きながら進んだ。ああ、自分の2本の足で帰って来れた。タイムは良くないが、自分の足だけで富士山をぐるっと1周170キロで来たことはうれしかった。そして、自信にもなった。

送信者 UTMF2014
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そう、UTMFを完走するということは、ミヤフジを完走するということ。

ゴールに近づくと心折れ部の仲間が迎えてくれた。ああ、帰ってきた。みんなありがとう。大会主催者も走っていた友達も、サポートしてくれた友達も、ボランティアスタッフも、山も、天気も、遠くで応援してくれていた友も。

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やっとのことでゴールというスタート地点にたどり着いた。次にどんなことに挑戦するか分からない。風の吹くまま、赴くままに。だけれど、たぶん、また何かをするのだろう。どんな人もゴールという場所は、スタート地点であり、何かが始まる場所なんだと思う。そんなつかの間の安堵と喜び。

鏑木さんと手を取りゴール。心折れ部の仲間もミヤフジ達成おめでとうという声をかけてくれた。写真を撮ったりして、仲間がある丸ところで休憩して、食事をした。みんなも続々と帰ってきて、ゴールの時間を楽しむ。一人一人の170キロ。僕には分からない経験やできごと、感情の変化があって、ここにたどり着いたんだろうな。ゴールの表情からそんなことを感じる。何が起こってきたか分からないけれど、その背景をぼんやりと思い浮かべると、人は多様で、人はそれぞれの人生を味わっていて、いいもんだなという気持ちになる。

送信者 UTMF2014

心折れ部の仲間と別れ、ハラペコ登山隊の弘樹さんやシンヤさんと話して、シンヤさんに東京まで車で送ってもらい帰宅。なんだか疲れていない。不思議だった。まだ、アドレナリンが出ていて寝れなかったのか。家に帰って洗濯して、まさか剛さんから連絡をもらって、剛さんの家で食事して飲んでたら、いつの間にか寝ていた。やっぱり疲れていたのだ。体は正直だな。こんな風に2回目のUTMFは終わった。

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ULTRA-TRAIL Mt.FUJI【UTMF・STY】

開催日: 2014年04月25日~2014年04月27日

開催地: 山梨県山梨県・静岡県

氏名: 寺町健

ナンバー: 279

種目: UTMF男子 (Male)

送信者 UTMF2014
送信者 UTMF2014

タイムリスト この記録は速報(参考記録)です
測定ポイント スプリット ラップ 通過時刻
Start 00:00:45 15:00:45
A1 02:32:37 2:31:52 17:32:37
A2 05:39:40 3:07:03 20:39:40
A3 In 06:36:14 0:56:34 21:36:14
A3 Out 06:39:42 0:03:28 21:39:42
A4 In 09:38:41 2:58:59 00:38:41
A4 Out 09:41:33 0:02:52 00:41:33
A5 In 11:46:11 2:04:38 02:46:11
A5 Out 12:08:05 0:21:54 03:08:05
A6 In 13:05:44 0:57:39 04:05:44
A6 Out 13:10:29 0:04:45 04:10:29
A7 In 14:58:32 1:48:03 05:58:32
A7 Out 15:22:16 0:23:44 06:22:16
W1 17:38:07 2:15:51 08:38:07
A8 In 19:18:34 1:40:27 10:18:34
A8 Out 19:45:16 0:26:42 10:45:16
A9 In 26:18:16 6:33:00 17:18:16
A9 Out 26:27:46 0:09:30 17:27:46
A10 In 30:47:17 4:19:31 21:47:17
A10 Out 30:57:51 0:10:34 21:57:51
A11 38:07:52 7:10:01 05:07:52
Finish 41:04:57 2:57:05 08:04:57

ナンバー
Number 氏名
Name データ
Data Start A1 A2 A3 In A3 Out A4 In A4 Out A5 In A5 Out A6 In A6 Out A7 In A7 Out W1 A8 In A8 Out A9 In A9 Out A10 In A10 Out A11 Finish
279

寺町 健

JAPAN

スプリット(Split)
00:00:45 02:32:37 05:39:40 06:36:14 09:38:41 11:46:11 13:05:44 14:58:32 17:38:07 19:18:34 26:18:16 30:47:17 38:07:52 41:04:57

ラップ(Lap)
00:00:45 02:31:52 03:07:03 00:56:34 00:03:28 02:58:59 00:02:52 02:04:38 00:21:54 00:57:39 00:04:45 01:48:03 00:23:44 02:15:51 01:40:27 00:26:42 06:33:00 00:09:30 04:19:31 00:10:34 07:10:01 02:57:05

通過/通過予想時刻(Expected)
15:00:45 17:32:37 20:39:40 21:36:14 00:38:41 02:46:11 04:05:44 05:58:32 08:38:07 10:18:34 17:18:16 21:47:17 05:07:52 08:04:57

平均時速(km/h)
0.00km/h 7.19km/h 4.87km/h 6.25km/h 5.49km/h 4.76km/h 6.14km/h 4.99km/h 5.38km/h 5.67km/h 2.88km/h 3.53km/h 2.65km/h 3.86km/h

全体順位・種目順位(Place)
637(554) 654(590) 480(434) 477(432) 442(398) 404(365) 417(377) 429(389) 393(349) 391(348) 398(355) 377(337) 396(350) 404(358)

区間順位(Point Place)
635 662 431 462 577 776 736 998 618 459 640 707 835 553

アコンカグア下山直後のメモ

病院でメモったこと、退院後のホテルでメモったこと、そのまま。

===

準備をどれだけしたかで、登頂できるか決まる

チャレンジしても、成功しないでばかりでは意味ない

ただのお騒がせマン

ただ仲間に迷惑かけた。そして、感謝

困ったこと

おかね、現金がない
言葉が通じない
身寄りの人がいない、1人だと心配で、退院させてくれない。
誰かと生きていくことの大切さ
ネットができない、友達とのコミュニケーション、荷物など

いったい自分はどこにいるのか?

どこの病院なのか?

足りないと感じたものは、結局全て人ど人を、つなぐもの。

せいては事を仕損じる

調子に乗りやすい

もっと冷静に。

調子がよい時こそ冷静に

休息日など、基本はぜった守る

目立つとか、自分は人よりできるとか、おごりとか、優越感とか捨てる

病院で、ザックを開けた時、スリッパや水、ありがたかった

人生何があるかわからない

お金ないと不便
スペイン語だけでは不安
そんな病院生活

すらむの病院、
衛生面の不安

俺は結局何がしたいのか?
目立ちたいだけ?

肺水腫、Spo2 32で、ヘリ、救急車で、入院

マイラバ、自分の限界が、の歌詞

悔しさ
最初の段階で、いかに冷静に 、着実にクリアしていくか。最初ダメだと成し遂げれない。チャンスは、そんなにない。PTLも同じ

失敗の年だった。どっちもしんけんにとりくんだ。

仕事の忙しさ、チームでの挑戦。当事者意識が低かった。下調べ、準備不足。他人任せ。

一人旅だった頃は徹底的にしらべた。そして、慣れてきていい加減になっていたのも事実

チームでの挑戦の楽しさを知ったからこそ、責任感をもち、チームで勝てるように準備をできるようになりたい。

水を飲み、トイレに行く

めんどくさがらない。

基本大事。しっこボトルもケチらない。

突然の終わり。
あれだけ元気いっぱいだったのに。

咳が止まらず、眠れず、
翌朝、ふらふらで、医者に。
咳止めだけ欲しかったが、ヘリで降ろされ。

ふらふらしながら歩いていると、ズボン下げられ注射

ヘリからのアコンカグアは勇ましかった

いつかあの頂きに立てるのだろうか。

悔しくて、もどかしい

あんなに素敵な仲間と共に頂上を踏めなくて、そしてしゅくはいをあげれなくて、

悔しい悔しい悔しい。

病院で、結婚したくなった

一人はもういい、

そして、大切な人たちの写真を見たくなった。初めての気持ち。

寝れない。
退院して、1人さみしくホテル。

金ない、どこにいるかわからない。荷物ない。

みんなのコメントに救われる。
誰かに連絡したくなる。孤独の辛さ。一人では生きていけない。

同じ仲間が、見ている景色はどんなだろう。それは青いか?空気は薄いか?つらいか?美しく、喜びに溢れているか?星は綺麗か?仲違いしてないか?みんなで、頂上踏めるのか?

一緒にその全てを噛み締めたかった。

時間の不可逆性。
巻き戻しはできない、もしああしていればとか、たらればはない。

人生は、巻き戻せない。一方方向の時間。

だから、悔しい、もどかしい。やるせない。

でも、肺は限界だった。
退院して、街を歩く。変な兄ちゃんに襲われかけて走ったら、10mも走れず息が上がった。タクシーに飛び乗った。

本の少しの判断の違いが、その後の全てを決定づける。

時間は不可逆であり、最初の段階で、その判断ミスをするとその時点で全てが終わる。

少しの判断の違いだけれど、その精度をいかに高めるか、これが大きなテーマだ。

失わないと、気づけない。。。
情けない。

涙は突然溢れ出すもの。
自分でも予期しないタイミングで、積もった気持ちが込み上げる。