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環境が悪いと考える

自分のおかれている環境が悪いと考える、考えて環境の悪さを克服しなければならないからだ。

環境ってのは、研究環境だったり、もろもろ周囲の人だったり、制度だったり、お金だったりの環境。

環境が悪ければ自らの意思では環境を良くすることしかない。環境のせいにしていたら、なにも変わらないし、人生がもったいない。

そもそも、人間はあえて環境を悪くすることはないから、環境をよくするために考えるのだ。環境が良いと不便がなく考えなくなる。常に環境が悪いだけでなく、突発的な出来事で環境が悪化することもある。どちらにしろ、不平を言う前に、環境を変えることを楽しめばいいと思う。

環境が悪くいのも逆手にとれば考えるきっかけなんだから。

例えば、数年前に旅の途中でバックパックを盗まれ、カメラの充電器などを盗まれたけど、盗まれたので代替品を探したり、写真を一枚一枚考えて大切にとることになった。すると、考えて撮る写真は、闇雲に撮る写真よりも、精度の高い者になった。

ノーベル賞の青色ダイオード中村さんも環境が悪かったから、自分で道具などを作ったり、ルーチンの作業を自分でやったから外部業者に頼むよりも詳細が分かったし、スピード感をもって研究ができたとか。

仕事も、遊びも、研究も、人間関係も、生まれもった境遇も、環境が悪いと考える。環境が悪いことに文句をいうよりも、そんな悪い機会は面白いし、ありがたい。

必要は発明の母みたいなもんかな。

送信者 パプアニューギニア2011

赤石岳から北岳まで縦走

南アルプス南部といえば不便。なかなか行く機会がなかったが、昨年のTEAM JAPONの練習で光岳へ。それ以外でも行こうと話して、車で出発したのに雨で
途中で解散とか、なかなかご縁がなかった南アルプス南部。ただ、北アルプスの槍ヶ岳とか剣とか穂高みたいにブランドはないけれど、静かで我が道を行く感じが好きだった。

飛び石連休で4日あるのと、長いトレイルを歩いてなかったので久しぶりに歩きたいということで、南アルプス南部へ縦走。毎日あるぺん号が毎日新聞本社から出ていて畑薙第一ダムまで夜行バスで行けるのを知ったのと、アコンカグア友達のハラペコ登山隊の面々が赤石岳避難小屋の主と仲が良いという話を聞いて、行ってみようと決めた。

送信者 赤石岳から北岳縦走

竹橋にある毎日新聞本社にはザックを背負った登山客がわんさか。北アルプスへ行くバスよりも一回り小さなバスに乗り込み出発。目指すは畑薙第一ダム。寝ている間に着くのだが、山道をぐねぐね。バスが左右に振れるので熟睡できず。畑薙第一ダムからは東海フォレストのバスで椹島へ。東海フォレスト関連の小屋に泊まる人だけ、小屋代金の前払い3000円で乗れるバス。

送信者 赤石岳から北岳縦走

もともとは、聖岳に行こうと思ったが、そうすると赤石岳避難小屋に泊まれない。悩んだあげく、コースも短くなるし、椹島から赤石岳に直接登ることにした。なんだか、赤石岳避難小屋のドンドンさんにあいに行くのが楽しい気がして。

椹島は、小屋とかもしっかりしていて、山の中にしてはかなり発展していた。お水をもって、登山開始。1週間前の天気予報だと雨だったが、休みが近づくにつれ天気予報は良くなり、初日は曇りで二日目から晴れの予報に変更していった。で、予報は当たり曇り空のトレイルを歩く。普通のトレイルだが、人は少なく同じバスで降りた人たち3パーティーぐらい抜くと誰もいない世界に。

送信者 赤石岳から北岳縦走

ただ、途中の標識が面白かった。4/5とか今の場所を表示する木の標識がおしゃれなのだ。そして、赤石小屋に着くと、玄関に同じテイストのマップなどが。センスを感じる素敵な演出。小屋の方とも話して、再度歩き出す。赤石岳の頂上に避難小屋があるが、ここで一気にペースが落ちた。時間的に余裕だなと思ったのと、初日はペースが出ないのはいつものこと。おそらく夜行バスでしっかり寝れていないから。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

14:30過ぎに頂上に到着すると、ポツンと小屋が建っていた。外で灯油をポリタンクに移している人がいたので声をかけてみると、やはりドンドンさんだった。小屋に入ると、ここもセンスを感じる張り紙など。こういうのを見ると、ホッとするし、心が和む。さっそく、ビールを飲むかと言われ、いただきながら話した。昨日もお客さんはゼロだったようだ。今日は2人が先に来ているとか。9月に入ってからずっと曇りで、雨は降らないのだとか。だから、お客さんが今年は少ないようだ。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

その2人と赤石のグランドキャニオンと呼ばれるところを見に行き、小屋に戻ってこたつで宴会。ハラペコ登山隊の仲間と友達だとい話をしたり、山や自然の話し、この小屋の管理人の歴史なんかを教えてくれた。小屋のこたつに入りながら、小屋の主人と4人で話す。これぐらいのこじんまりとした感じと、人里離れた場所というのが、雰囲気を醸し出し、この世界にひたる。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

夕暮れ時になって、部屋の窓から外を覗くと空が少し染まってきた。今日は夕焼けが見れるかもとみんなで、外に駆け出した。西に沈む太陽は紅葉し始めた草を燃えるように照らしだした。この力強さといったら、すごいものだった。部屋に戻り宴会の続き。岐阜の人と名古屋の人で、南アルプス南部は東海地方の人が多いのだろうか。まあ、地理的なもんな気もするが。それぞれが持ってきたお酒や食事を少しずつ交換して、いろいろ楽しんだ。山の上でのこうした食事も楽しいもんだ。やはり、4、5人という人数が一番いい。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

夜も更けたので宴会終了、そして外に星空見学。見上げれば満天の星空。空気もひんやりしている。冬の訪れを感じながら、明日も晴れそうだと、うれしくなった。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

ぐっすりと寝ていると、ドンドンさんが朝焼けだっ!と起こしてくれた。着替えて外に飛び出すと、淡い桃色に東の地平線が色づいていた。だんだん空はオレンジになり、太陽が顔を出した。ありがたい。暖かく、明るく、世界がハッキリ見えることが、どれだけありがたいことなのかと、いつも日の出の時に思う。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

朝食を軽くすませ、出発。長い長い2日目が始まる。当初の計画では三伏峠まで行きテント泊だったが、赤石岳避難小屋に泊まったので、もう少し先まで行けそうだ。塩見岳前後かなと予想しながら歩いて行く。地図と計画したタイムを見ながら。快晴で半袖で問題ない気温だ。景色も抜群で、樹林帯を越えているので、遠くまで見渡せ、南アルプスの山々が連なる。そして、大きな富士山がいつもそびえ立っている。このすばらしい景色。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

登りがきついなと。最近は運動量が減ったからなのか。ただ、小刻み歩幅でペースを一定にしたり、深く呼吸をするようにして、ペースを整える。すると、荒川岳の頂上で佐藤さんに遭遇。びっくりだ。昨日、椹島で実は見かけていたのだとか。2、3年前の北岳でも会っているので、かなりの高確率。今年は、農鳥でも富士山でも雲ノ平でも山の友達に会っており、遭遇率高し。

送信者 赤石岳から北岳縦走

崩落した稜線があったり、樹林帯に入ったりと、景色は変わるので飽きることがない。ただ、それは稜線歩きじゃないということを意味し、アップダウンがあるということ。これはこれで、辛いのだ笑。

送信者 赤石岳から北岳縦走

時間とマップをにらめっこ、そして行動食を食べながら。ひとり鼻歌を歌ったり、いろいろと考えを巡らせたりと。晴れているから、気分もよく山を存分に楽しみながら歩いた。塩見岳を越えた旧キャンプ場で泊まろうかと思ったが、間に合わなさそう。塩見岳は岩場もあるということで、疲れがたまっている夕方ではなく、朝イチで登ることに。そこで、暗くなる少し前に塩見岳の手前でビバーク。この日はガスが上がってきて、夕日も星空もお預け。ただ、雨は降らなかったのがよかった。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

翌朝は寒かった。テントの中はいつも寒くなく、ぐっすり寝れたのだが、朝になってテントを片付ける時は手が凍てつくようだった。雲の切れ間から朝焼けが見え、パンを食べて出発。塩見岳は、すぐに登頂した。他にも4、5組ぐらいが登ってきた。ここから熊ノ平を目指す。水場があると地図にあったが、見つからず。。。水が少なくなったので節約して熊ノ平小屋まで行くことに。ここのトレイルも田舎の果樹園みたいな風景や枯れ葉のトレイル、砂漠のような大地などなど。見ていて面白い。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

熊ノ平小屋で水をもらう。冷たくておいしい。水って最高。うまくてガブガブ飲み干す。山で飲む水は命の源という感覚を体が感じ取る。間ノ岳へと。ここも人がいないけれど、見晴らしは最高だ。それぞれの山の頂上付近には登山客がいる、これは1つの山だけ登る人が多いからだろう。縦走している人は1日に2、3組ずつすれ違うが、ほぼ全員1人での登山者だった。南アルプス南部に来る人はそういった、1人が好きだったり、自分一人でも行くという価値観の人が多いのだろう。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

間ノ岳は頂上が広いので、のんびりできる。ゆっくり食事をしている人も多数。そして、俺も。ここまで来ると、後半戦だ。なによりも、何度も来たことあるし、人も多いエリアになるから、ホッとするのもあった。北岳山荘を通り越す。テントは2、3張りでお客さんは少なかった。飛び石連休だったけれど、休みにする人は意外と少なかったのかもしれない。これなら北岳肩ノ小屋も空いているだろうと、目指す。北岳へ登り返す。ここもなかなかしんどい。2500mから3200mぐらいを毎日いったりきたり。ペースもつかめてきたので、初日よりはらくだが。

送信者 赤石岳から北岳縦走

けっこうはやく北岳肩ノ小屋に到着。そのまま行けば明るいうちに広河原に降りれる時間だが、降りてもバスがないし地上でテントよりも天空でテントの方がここちよいので、北岳肩ノ小屋に泊まることに。テント場も空いていて、好きな場所を選び放題。日が落ちるまで本を読んだり、音楽を聴いたり。この日もガスってきて夕焼けは見れず。

送信者 赤石岳から北岳縦走
送信者 赤石岳から北岳縦走

暗くなって寝る。夜中に眠れず、外に出て音楽を聴きながら星を眺める。霧は晴れ、満天の星空。見上げていると、星が流れた。最後の夜に今回の旅のご褒美をもらったような気持ちになり、眠りについた。

山では目覚ましは使わない。日の出とともに自然と目が覚めることが心地よいからだ。寝過ごしても仕方ない、もし寝過ごしたとしても、それよりも目覚ましなしで自然に起きたいという気持ちが強いから。と言いつつ、寝過ごしたことはないが。富士山の横から太陽が顔を出す。何層にもなって、空がグラデーションしている。ああ、きれいだな。時間とともに変化して行く空を美しいと感じる。なんでこんなにも美しく思えてしまうのか不思議だなと思いながら。子供の頃に刷り込みとか文化的、教育的にそうやって教えられなければ美しいと感じないのか?でも、子供の頃は朝焼けなんて美しいって思っていなかったから教育は関係ないのかとか。。。いろいろ考えながら、朝焼けのショータイムは終了しテントを片付けて下山。

送信者 赤石岳から北岳縦走

北岳は一気に下る。すぐに樹林帯に入るので、この高い山々の景色ともお別れ。4日間ありがとうございました。天気も良くて最高の夏山を楽しませてもらった。下山して、汗臭くて、べとべとしたので、冷たすぎる川だったけど、からすの行水をして、さっぱり。汗を流すだけで気持ちが違う、周りの世界も違って見えるほど。広河原からバスに乗り、甲府へ、そして東京へと戻った。

送信者 赤石岳から北岳縦走

■行き

2014/09/19(金) 毎日あるぺん号 22:40竹橋発
2014/09/20(土) 畑薙第一ダム夏期臨時駐車場6:30頃着

            畑薙第一ダム8:00発 椹島9:00着
            山小屋宿泊者専用バス 前払い3000円 予約不要 
            http://www.t-forest.com/alps/pdf/2014_sawara_bus.pdf
            http://www.t-forest.com/alps/bus_sawara.html 
    
■帰り

 バス 広河原発 10:20 甲府駅行き

 http://yamanashikotsu.co.jp/noriai/2014hirogawara.htm

1日目
椹島・・・赤石岳・・・赤石岳避難小屋 泊 素泊まり+2500円

2日目
赤石岳避難小屋・・・小赤石岳・・・大聖寺平・・・荒川前岳・・・高山裏避難小屋・・・板屋岳・・・大日影山分岐・・・小河内岳・・・烏帽子岳・・・三伏峠・・・本谷山・・・塩見小屋・・・塩見岳の手前でビバーク

3日目
塩見岳・・・北俣岳分岐・・・北荒川岳・・・熊ノ平小屋・・・三国平・・・三峰岳・・・間ノ岳・・・中白峰・・・北岳山荘・・・北岳・・・北岳肩ノ小屋 テント泊

4日目
北岳肩ノ小屋・・・小太郎尾根分岐・・・白根御池小屋・・・広河原

ハラペコ漁師隊 銛突きin三宅島

ハラペコ登山隊のタクジさんから、銛突きに行くという誘い。
最近は海の本を読んでいて、海っていいなと思っていたので、またしても乗っからせてもらった。

登山だけじゃなくて、島へも行くということで、ハラペコ探検隊に勝手に改名。ハラペコ漁師隊がいいかな。

ということで、夏休み最後は、三宅島へ銛突きに。もう1人、トップクラスのトレイルランナーの石井君もジョイン。

送信者 三宅島手銛漁

三宅島は銛突きがOKな島なのだ。NGなところもあるので、距離と合法という観点からここに。

夜行フェリー、橘丸という就航したばかりのきれいな船。2等なのに、しきりができていた。

朝5時の三宅島に着いて、バスで大久保浜のキャンプ場へ。ここがいい。温水シャワー、トイレもウォシュレット、きれいな芝生に炊事場。日よけができるくつろげるスペースも。もちろん、目の前に海。遮る物のないオーシャンビュー。これでいて無料。リゾート並みだ。ということで、テントを張る。俺らより前に3、4組ぐらいいたが、ちょうどなにぎやかさ。

送信者 三宅島手銛漁

キャンプ場はauは電波がないが、10分ぐらい歩くと商店があり、そこでは電波もつながった。ちょうどここち良い距離感。こういった野性的な生活するには、文明とのいい距離感を保てる場所。

送信者 三宅島手銛漁

朝飯を食べ、島を散歩して、どこに何があるか把握。ちょっと昼寝してから、さっそく漁へ。まずは、キャンプしていた人に魚がいる場所を聞く。当たりを付けて海へ。しかし、なかなか魚がいない。いても小さくて、食べれるサイズじゃない。うーん、うろちょろして、魚を探すといた。まず、一投目は我武者らにゴムを引いて。はずれ。石を打ってしまった。そんなことを何回か繰り返す。魚の動きや追い込み方、気づかれない接近の仕方を学んで行く。

送信者 三宅島手銛漁

そっとそっと、さかなに近づき、息をひそめてゴムを引く。刺さった。魚は暴れる。銛をしっかりとつかむ。ついに獲ったぞ!銛が命中してついにしとめた。よっしゃー。海の中で叫んだ。喜んで、タクジさんのところへ。俺は魚を入れる網を持っていなかったので、入れてもらうため。

ゲームだ。狙った者をしとめる快感と喜び。僕には釣りよりも、銛の方が向いていると思った。自分の目で見て、駆け引きをして、勝負をする。結果はすぐに出るし、常に魚を探したり、状況を把握しながら行動できる。せっかちな人間には向いている。釣りは見えないし、待ちが多いからむかない。

その後も、2匹取れ午前の漁は終了。さっそく、焼いたり、刺身にしたりして食べた。うまいね。獲れたては。刺身は氷で絞めたらもっとうまかったんだろうと思う。もっと銛突きでは魚が捕れないかと思ったが、想像よりも取れた。タクジさん曰く、銛がいいと。以前使っていた自作のよりも圧倒的にいいと。さすがに土佐の銛先だけある。

送信者 三宅島手銛漁
送信者 三宅島手銛漁
送信者 三宅島手銛漁

午後は、昼寝したりいろいろ話して、銛突きに。おれは山でラーメンとかの生活をして、そのまま来たので肉が食いたかったが、店で食べる案は却下され、夕方も漁へ。昼に続いてブダイやカワハギ、タカノハダイ、エソなど。同じ魚が多い。ご飯を炊いて、みそ汁に魚を入れて、焼き魚にして、ビールで乾杯。3人で獲って料理して、飲んで、話して、豊かな時間。食べるためにする行為以外、何もしない豊かさ。

送信者 三宅島手銛漁

眠たくなって、テントの前にマットを引いて飲もうとしたが、飲む前に僕もタクジさんも寝ていて、夜中に起きたら外だった。こんなことができるのも、島ならでは。

送信者 三宅島手銛漁

朝の日差し。強い。背中だけ焼けたようで痛い。海に入って、底を見ている姿勢だと背中だけ日焼けするのだ。そんなこと気づかなかった。2日目からはラッシュ代わりの長袖を着ることにした。朝飯は、パンとかですごす。

送信者 三宅島手銛漁

昼飯に向けて漁へ。港のテトラポットエリアへ。同じ魚ばかりでは飽きたので、違う魚を求めて。それがなかなか難しい。他の魚は動きが速かったりして、突けないのだ。狙っても逃げられる。難しい。シッタカという貝と大きなタカノハダイで終了。食べる分は、簡単な魚をとればいいと分かると、食べるために魚を突くのではなく、ゲーム性が強くなり、より珍しい魚、より難しい魚を狙うようになる。これも、人間の欲求が高度化するというか、変化するおもしろい実例。狙ったしか獲らなくなる贅沢だ。

送信者 三宅島手銛漁

昼はシッタカを醤油で煮てつまみに。そして、タカノハダイは鯛飯にした。これがなかなかうまい。肉が食いたい欲求はだんだんおさまり、夜飯も魚に。そのために夕方からまた漁にでかける。やはり珍しい魚を狙う。岩陰にいたり、岩と岩の間にいたりと、魚のいるポイントも感覚的につかめてきた。そこを狙う。

送信者 三宅島手銛漁
送信者 三宅島手銛漁
送信者 三宅島手銛漁

しかし、今までと違う魚はなかなか獲れない。獲れないと獲りたくなるのが人間の性。ひたすら狙いを定めて海をさまよう。なかなか獲れないけれど、他の楽しみも。イカがいたり、ウミガメがいたり、小さな魚の群れが一斉に向きを変えて泳ぐ。太陽の光を反射してキラキラと輝かせながらの群れの姿は美しく、同一性を担保する魚のコミュニケーションの神秘に魅了されながら。

珍しい魚を発見、突いたのだが逃げられた。魚のどこの部分を突くかによって逃げられることもあるし、苦しめてしまうことも。逃げた時に傷がついて弱まっていた。すぐに刺せばよかった。しかし、ゴムを引っ張る時間はない。自分の手で銛を直接持って、ぐりぐりと魚を突けばいい。でも、心がちょっと痛んだ。自分の手で魚を殺す。生きる魚の反発を手で感じながら殺す行為。ゴムで銛を飛ばして突くのとは違う。銛のせいにできない辛さ。

どっちにしろ、魚を殺すことに変わりはない。けれども、小さな自分の勝手な気持ち。触感をともなって殺すことの辛さ。北野武監督が、痛みを伴う殺人しか映画にしない。大量破壊兵器でいっきに殺す場面は自分の映画にはないけれど、刀で切るシーンはある理由を語っていたが、その感覚に近いかもしれない。

送信者 三宅島手銛漁
送信者 三宅島手銛漁
送信者 三宅島手銛漁

そんなこともあったが、魚が捕れないと夜ご飯もない。そこで、カワハギを取り、1匹だけ初めての小さめの魚を捕った。そして、夕食。商店まで買い出しに行って、それからいつものように調理。1人で来ていたキャンパーも混ぜて4人で飯。いろいろな話をして、取れたての魚をいただき、贅沢な時間を過ごした。そして、眠気とともにテントへ。

朝起きると、雄山の近くまで朝ラン。立ち入り禁止区域がまだあるので、その近くまで。一時期は全員避難したけれど、8割以上島民が戻っているという。朝ランをして、クールダウンで海にドボン。そして、テントを片付けて、島を後にした。

送信者 三宅島手銛漁

フェリーから見た夕日と夕焼け空は美しかったし、この3日間は豊かな時間だった。

送信者 三宅島手銛漁
送信者 三宅島手銛漁

◆装備

登山テントで必要なモノ以外


ウェットスーツ
ミニマスシューズ(ウォーターシューズ)
長いスパッツ
長袖のコンプレッション(日焼け防止)
捨てる靴下(フィンで足がすれる)
手のひらがゴムの手袋
スイムキャップ
水着
シュノーケル
水中メガネ
フィン
ナイフ
アームカバー
スキンズのカーフ
耳栓
クッカー一式
GoPro
水中OKなコンデジ
コンタクト
サングラス
日焼け止め
虫除け
キンカン
帽子
サンダル
テントは広くてメッシュがいい(涼しい)
出刃包丁
ウロコ取り
魚を入れて腰につけるメッシュの袋(洗濯ネット、細引き、留め具)
カセットボンベがつけれるコンロ
網焼きできるセット
コッヘル
割り箸
醤油
みそ
わさび

◆ブダイ
ブダイはウロコがついたまま、ウロコがこげるまで焼いて食べる
みそ汁にいれると油が出てだしが出る

◆シットコ(貝)
沸騰した湯に入れてゆでてから、醤油で煮るとうまい

◆タカノハダイ
ぶつ切りにして、鯛飯にするとうまい
そのまま塩焼きでもよくあるタイと同じ味

◆カワハギ
刺身
焼いて食べる
皮はどこから切り口を入れても簡単に向ける

梅雨明け、新月、山の上、星空を見上げる農鳥岳

梅雨明け

新月

山の上

星を見るのに最高な日

梅雨明けの週末は晴れる。
自分の中でそんな決まりがある。
そこで、いつも山にテントを持って遊びに出かける。

今回は南アルプスの農鳥岳へ。
今まで北岳や間ノ岳は何度か行っているが、2泊3日だったりもしたのに、のんびりすぎて農鳥岳には行かずだった。まあ、農鳥岳は奈良田から行くのだが、バスだと非常に不便なので、行ってなかったのが正しい。今年は土砂崩れで広河原行きの道が閉じているので、甲府から奈良田のバスが出ているのだ。これはチャンスということで、農鳥岳に行き先が決まった。

ついでに、新月なのだ。すなわち星がきれい。金曜日の最終の特急で甲府駅まで。日付が変わった0:40に甲府に到着したけど、バスは3時。駅の待合室で仮眠をして、2時30分ぐらいに、バス停に。

すると、いきなり声をかけられる。富士山やスイスのグリンデルワルトでも偶然会ったジョリーさんにまたも偶然。そして、他にも3、4人ほど知り合いがいた。みんな考えることは同じだ。それにしても、深夜の甲府駅でこんなにも友達に会うとは。ジョリーさんは農鳥岳から塩見岳に抜けるというので、途中まで一緒に行くことにした。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

バスに揺られ、5時30分ごろに奈良田に到着。車で来ている人もいて、かなりの人数。みんなここからバスに乗って、広河原へ行くようだ。僕らは奈良田からそのまま農鳥岳なので、歩いて登山道へ。大門沢のルートは急なのだ。そして長い。ひたすら登って行く。けっこうつらい。今回は、テント泊にしては荷物を軽くしてきたが、それでもハード。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

吊り橋を渡り、丸木橋を渡り、沢を越えていく。予想通りの快晴。雲一つない青空。なのだが、天気がよすぎて暑い。暑すぎる。。。休憩して沢で水遊びをしたり。やっぱり山の水は冷たくきれいだ。これが最高の瞬間。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

大門沢小屋に7時50分ぐらいに到着。冷たいジュースで生き返る。まあ、コースタイムよりかなり早く順調なペース。この調子なら北岳山荘まで行って、明日は北岳を越えて広河原に降りれるかもしれない。そんなことを思いながら登って行く。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

ここからの登りもつらい。地道に登って行く。木々も低くなり森林限界が近づいてくる。暑くて、登りが急で疲れるのだが、それより眠たい。ジョリーさんも眠たいということで、休みが多くなる。そして、脇でこっくりこっくりと寝てしまう。空気もきれいで、眺めも良くて、いいお昼寝なのだが、これだと進まないw

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

分岐まで着たら、完全に森林限界を越え、青空と山の世界。最高の眺めで、富士山もきれいだ。北岳もハッキリ見える。でも、富士山が好きだ。何度見ても富士山が好きだ。左右対称で、安定した末広がりの形。ぼくはあの富士山の姿が好きで、そんな富士山を一番間近で見える南アルプスへ何度も来てしまうのだろう。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

農鳥岳山頂に11時45分ごろ到着。かなりペースが遅くなり、もう農鳥小屋に泊まろうと言う話で、二人とも合意し始めたwなんともゆるい奴らなんだろうと笑えてくるが、これぐらいが僕にはあっている。無理するのは向いていない。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

西農鳥岳には12時30分ぐらい。もう、小屋はすぐ目の前。でも、あせっても仕方ないし、心地よかったので山頂でのんびりして、景色を眺める。うん、最高な日だ。14時に農鳥小屋に到着して、テントを張って、休憩。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

やることもないので、本を読んだり、音楽聞いたり、のんびりと過ごす。15分ぐらい下った場所に水場があって、冷たい水が豊富にあるというので、水をもらいに。うまい。冷たい。顔も洗ってすっきり。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

ビールで乾杯をして、ジョリーさんが今年出かけたニュージーランドの山が良かったけど、物価高すぎたという話や、仕事の話や、いろいろと。テントをあけると、富士山が見える最高の家に今日は泊まる。暗くなる前に、夕食。今夜は肉じゃがとラーメン。うん、うまし。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

雲で日が沈む瞬間は見れなかったけれど、淡く橙色にそまる世界を満喫。富士山もやさしいピンク色に染め上げられていた。暗くなるので、就寝。今回は軽量化でシュラフの代わりに、SOLのエスケープビビィだったが、全く寒くなかった。2800mというのに。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

夜中に目を覚まし、空を見上げると、満点の星空。そして、天の川。手が届きそうなぐらい、星が瞬いている。外に出て、ぼーっと星空を眺める。1人のこの時間が大好きだ。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

また寝たが、風が強くなって、テントがバタバタ。こりゃ、困った。テントが飛ばないか、外を確認したが、大丈夫そうだったので、また寝る。テントだから良かったが、ツエルトはかなりバタバタして、寝れやしなかったと思う。朝になり、起きても日の出は見えず、風は強い。霧もすごい。再び奈良田に降りることを決めた。ジョリーさんも、そうするといい、テントを片付け、下山。西風が本当に強くて、飛ばされそうだ。風に気をつけながら、慎重にすばやく降りて行く。雲の流れも速い。農鳥岳までくると青空も出始めた。岩を挟んで東側にくると、無風。太陽も当たって、とても心地よい登山日和。10メートルも離れていないのに、東側と西側で天国と地獄。山とは、紙一重の場所だと痛感する。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン
送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

ここからはどんどん下山。樹林帯に入ると風もなくなり、暑くなってきた。空も晴れてきた。山の天気は変わりやすい。まだ着かない、まだ着かないと話しながら、冷たい沢で水浴びをしてみたり、遊びながらゆっくり下山。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

12:30ぐらいに奈良田の里の湯に到着して、ひとっぷろ。あー、気持ちいい。1時50分のバスで下部温泉駅まで行って、甲府まで、さらに甲府からあずさで新宿へ。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

7月25日 かいじ(全車禁煙)123号 新宿(23:00)~甲府(0:40)

奈良田・・・奈良田第一発電所(農鳥岳登山口)・・・吊橋(森山橋)・・・大門沢小屋・・・大門沢下降点・・・農鳥岳・・・西農鳥岳・・・農鳥小屋泊

同じルートで下山

装備はこちら
装備リスト

甲府駅夜中3時発、奈良田5時20分
http://yamanashikotsu.co.jp/noriai/2014hirogawara2.htm

自分の体をえぐりとられるような

引っ越しの荷物を片付けている。
ゴミをどんどん捨てる。
この家に引っ越す時に段ボールに入れたまま、一回も開けてない箱もいくつかあった。
6年半以上も閉ざしたままの段ボールを開けた。
学生の頃に旅した地の電車のチケットやレシート、パンフレットなどが入っていた。
しわくちゃなまま。
砂が付いていたり、インクがこすれていたり。

どう考えてもいらないし、実際にもう何年も見てすらいない。
自分にとってもゴミ同然だし、ましてや世の中における価値なんてない。
でも、これをゴミ袋に入れる時、自分の体をえぐりとられるような感覚になった。
それだけ、自分にとって旅というものが大きな存在で、今の自分を作ってくれたものだったんだろう。
その経験が自らの血となり肉となっている。
だからこそ、体をえぐりとられるような気持ちになったんだろう。

断捨離とかで、1年使っていない者は捨てるということがあるけれど、そう割り切れない。
僕は未練たらしい人間なんだろう。
過去にすがりついている人間なのかもしれない。
過去も未来もない、今しかないとか言いつつも。

片付けていると、手がストップする。
絵はがき、手紙、年賀状、自分の日記、写真・・・
それらを読み返す。

他人が全く価値に感じないものこそ、自分にとっては大切なものなのだ。
社会的に価値がないものほど、自分にとっては価値が高いのだ。

以前にもブログに書いているが、それは自分の中で核心だ。確信だ。
だから、お金に左右されずに生きていられるし、自分の中で大切なことが、経験などを通してはっきりしているので決断に悩まない。

そう考えると、結果的に引越を重ねても10年以上も捨てれずに持ち続けてきたものは、自分の大切にしているモノや感覚や経験そのものなんだろうな。

迷ったらモノにたち帰れとか未来は分からないけど自分が歩んできた道は紛れもなく自分そのものだと書いたことがあるが、そんなこととつながった。

本当に価値ある物と貨幣価値は反比例する

「行き詰ったら、物に返れ!」

未来は分からないけれど、自分が歩んできた時間、経験は事実であり、自らの意思決定の結晶だ。

人生というものは、楽しいことも、辛いことも色々あればあるほど、味わい深いものになるんだろうなと思う。
それらを越えてしまった究極が悟りとか中庸とか、お釈迦さんがいきついた境地なのかもしれないが。

送信者 南米