日別アーカイブ: 2011/1/10 月曜日

一人一人の仕事がお互いを支えている

特定の環境で生活していると、当たり前であるはずのことが、分からなくなることがある。
それは田舎暮らしだろうと都会暮らしであろうと、関係なく。
昔の人は本当に知恵があり、物事の本質を見抜いていたんだなとつくづく思うが、まさに「類は友を呼ぶ」ということ。
同じような境遇の人ばかりだと、ついつい当たり前のことを見失ってしまう。

だから、特に自分では絶対になれない環境の人達から気づかせてもらうことは非常に大きな意味を持つからありがたい。
それは自分自身の至らなさであり、自分自身の信じて行動していたことの正しさを再確認するにおいて。
その他にも、ついつい忘れてしまう大切なことは、無数に存在する。

健康であることのありがたさ。
大切な家族のありがたさ。
自分がやっている仕事の意味とありがたさ。

例えば、数年前に旅したトカラ列島で気づかせてもらったこと。
トカラ列島は鹿児島の南にある群島で、50人から100人ぐらいが各島に住んでいる。
鹿児島からも離れており、週に1便か2便の船しかない。
ある意味で、その島で国をなすような、擬似的にそのように捉えられるまとまりである。

だからトカラでは一人一人の仕事がお互いを支えていることが明確だ。
人数が50人ぐらいで役割が明確だから。
ここでは仕事という表現よりも、生きてゆくために必要なこと(役割)と言った方が適切なんだろう。

小さな島は、その島内で完結している(少なくとも昔はほぼ完結していた)ので、こんなことが分かりやすい。
だから、お互いの関係が分かりやすい。
医者が偉いと勘違いする人がいる。
でも、医者が特別に偉いわけではなく、他の仕事の人と同じだ。
医者は病気の人の尊い命を救えるから、偉大だという。
でも、医者は病になった人を救うことしか出来ない。
一方で、農家は食べ物を作り上げ、医者よりも多くの人の命を養っている。
もちろん、医者は農家の人が作った食べ物をエネルギーに代えて診療しているのだ。
結局、どんな仕事であろうと、周りを支え、支えられているというシンプルな構造。
みんながみんなを支える循環。
これが小さな島だとそれぞれの役割とその恩恵を預かる構図がシンプルで分かりやすく、気づかせてくれる。

現代都市社会は様々な仕事や組織が複雑すぎてわかりずらいけど、結局はトカラと同じでみんなで支えているんだと思う。
直接相手が分かると感謝の気持がわきやすい、島の場合はそうだ。
でも都会では自分がサービスを享受しているコトを支えてくれている人が直接分からない。
だから感謝の気持が湧きづらい。

それが積み重なると社会として健全でなくなる。
人として健全でなくなる。

そんな一人一人の仕事が等しく大切であること、そして見たこともない人も含めて全ての人に感謝する気持ちを思い出させてくれた。

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