月別アーカイブ: 2010年2月

アラスカ物語7 星野道夫に会いにいく

前回までの旅日記はコチラ「アラスカ物語6 犬ぞりで出かけよう」

6日間に渡ってお世話になったベルマおばちゃんの家を出て、今日はフェアバンクスへ行く。昨日のうちにビリーズバックパッカーという宿に予約を入れていたので、ベルマおばちゃんに宿まで車で送ってもらった。道路を走っていると、朝焼けの空に美しい山々が見えた。

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ビリーズバックパッカーは安いのと、アラスカ大学フェアバンクス校に近い事から決めた。ベルマおばちゃんに別れを告げ宿にチェックイン。ドミトリーで30ドルはありがたい。今日やりたいことは明日以降の旅先を決める事とアラスカ大学の博物館へ行く事。まず先に明日以降の行き先を決める。ビリーズバックパッカーではネットが出来たので色々と調べる。最初はデナリ国立の入り口にあるヒーリーという場所に行こうと思ったが、北極圏のコールドフットとワイズマンに行く事にした。デナリ国立公園もとても行きたかったのだが、この時期は公園内に入るのが難しいということを聞いて行き先を変えた。さらに、「アラスカ物語」を読んでワイズマンという村に行きたくなったのも大きな理由だった。

そこで、飛行機と現地での宿泊先を手配する。ノーザンアラスカツアーという会社が飛ばしているセスナで行く事にした。その際にHAIシロクマツアーズにもお世話になった。電話をしてクレジットカードで支払いを済ませた。さて、アラスカでセスナに乗れる、さらに北極圏に行ける、ブルックス山脈が見れる。明日からの旅に心がワクワクし始めた。

送信者 ALASKA 2009

とりあえず、明日からの旅先を決めたのでアラスカ大学フェアバンクス校にある博物館に行くことにした。宿の近くからバスも出ているのだが、1時間ぐらい待たなければならなかった。うーん、すると博物館の閉館時間が迫ってくる。とりあえず歩いていこうと思い、宿のおばちゃんに聞くと寒いしけっこう遠いよと言われた。まあ、歩いても1時間かからなさそうなので、地図を見ていく事にした。雪に覆われた歩道をてくてくと歩く。20、30分歩くと小さなスーパーを発見した。昼ご飯を食べていない事に気づきドーナツとホットドッグを腹の中へ。

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スーパーの目の前に、アラスカ大学の看板があった。おお、もう着いたのか。予想より早い。と思いながら、階段を登っていく。すると、大学のキャンパスに出た。しかし、どの建物が博物館なのかが皆目見当がつかない。キャンパスマップを探しながらうろちょろしていると、おじさん発見。「博物館はどこですか?」と尋ねると、「ここからはけっこう遠いよ、さらに坂道だし。」「そうなんですかぁ。」「車に乗っていきなよ!」「乗せて頂けるんですか?ありがとうございます。」てな会話をもちろん英語で交わした。どこから来たのか、どれぐらい滞在するのかと言った会話をした。そんな話しの中にも、おじさんの優しさがにじみ出ている気がした。僕が、「星野道夫さんが好きで博物館に来たんです。彼の写真が見たいと思って。もちろんアラスカの文化にも興味があってその展示も楽しみです」こんな風に話すと、おじさんは「星野道夫はいい写真を撮るね。僕も彼の事が好きだよ」と語った。もう少し星野道夫について聞いてみたいと思ったところで、博物館に到着した。「ありがとうございます」と伝え、車を降りた。おじさんはアラスカ大学の教授だったのだろうか?星野道夫とは関わりがあったのだろうか?そんなことが気になったまま、別れてしまった。

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博物館に着くと入口の横でアザラシの氷彫刻を作っていた。氷の彫刻の真後ろに夕日が辺り彫刻はオレンジ色に色づいていた。そして、夕日を眺めていたら夕焼け空に飛行機が飛んでいた。着陸態勢に入って低いところを飛んでいたから遠くに見える山々と夕焼け空と飛行機がとても接近して見えた。切り取られた絵はがきのような光景だった。

送信者 ALASKA 2009

博物館の中はネイティブの文化、自然、動物に関する展示があった。海岸エスキモーの漁で使われていた船やその時に着用していた服などは興味深かった。エスキモーやインディアンが着ていた服のデザインにはワタリガラスやキツネなどの刺繍がされており、彼らがどの動物を大切にしてきたかが伝わってきた。また、バイソンやホッキョクグマの剥製なども迫力があり、こんな動物がアラスカには息づいているんだと感じた。

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そして、星野道夫の写真が目に飛び込んできた時、体中に寒イボができた。自分が星野さんが住んだアラスカについに来たんだと実感したのと、星野さんはこの大学で学び、みんなから愛されていたんだろうなと感じたからだ。星野道夫の紹介と数点の写真が展示されていた。どの写真も動物の命とアラスカの自然を感じられるすばらしい作品だった。半ば放心状態で写真の前に立っていた。しばらくして、写真の前を離れミュージアムショップへ。手紙を書くために星野道夫の絵はがきを購入した。

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帰りはバスで宿に戻った。夕食を簡単に済ませ明日の朝どうしようかと思っていた。というのも、明日の早朝にセスナに乗らなければならず、空港へ行く必要がある。ただ、バスが無いのでタクシーを呼ばないといけないかなと思っていたのだ。すると同じ宿に泊まっていたおっちゃんが空港まで連れて行ってくれるという。なんとラッキーなことだろう。明日の予定が決まりぐっすりと眠りについた。

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アラスカ旅日記の続きはコチラ「アラスカ物語8 北極圏へ。」

購入記録 冬用登山靴とアイゼンとスノーシュー、ピッケル

購入記録

◆冬用登山靴
僕の足は幅が広い。日本人の足は幅広が多いらしいのだが、その典型だ。外国メーカーの靴は幅が狭いから、選択肢から外れる。いつもお世話になるさかいやスポーツで履いてみて良さそうだった靴がモンベルのアルパインクルーザー3000とSirio712の二つ。どちらも日本人の足形に合わせた作りになっている。この二つの違いは薄綿保温素材シンサレートが入っているか、デュラサーモが入っているかの違い。シンサレートの方が暖かいようだ。

どちらでも良かったのだが、より自分の足にフィットしてより暖かいモンベルのアルパインクルーザー3000(26.5cm)を購入した。モンベル製品はポイントが2倍らしく、5000円弱のポイントがついたラッキー。お値段は49,800円。

3,000m級の冬期登山に対応するアルパインクルーザーの最高峰モデルです。アッパーには、「SuperFabric(スーパーファブリック)」を使用し、さらに部分的な補強として 2.8mm厚のフルグレインレザーの裏出し革を使用。裏地には柔軟なカーフ(仔羊革)を使用して優れたフィット感を実現しています。薄綿保温素材シンサレート™を封入し、保温性も確保しました。左右方向への剛性を高めたアッパー構造や高強度シャンクなど、重い荷物を背負った際の安定感を重視した設計ですが、足首部分の前後への屈曲性を高めるアナトミカル・デザインが軽量さとあいまって快適な足運びを実現しています。ソールは雪がつまりにくく低温下でも硬化しにくいビブラムムラッツを採用。ワンタッチアイゼンの装着が可能です。
仕様

【重量】1.0kg(26.0cm・片足)
【カラー】ブルーリッジ(BLRI)

https://webshop.montbell.jp/goods/disp.php?product_id=1129239

◆アイゼン

こちらもさかいやスポーツ。上記のアルパインクルーザー3000にマッチしたアイゼンかつ縦走用を勧めてもらった。ブラックダイヤモンドとグリベルは歩行しやすさを追求して作られたモデルのようだ。ワンタッチ式かバンド式かで悩んだ。ワンタッチは簡単だが靴との相性が悪いと外れる事もあると聞いていた。しかし、アルパインクルーザー3000はコバもしっかりしており、ワンタッチでもしっかりと固定された。ワンタッチと言っても後ろだけなので、外れるリスクはほとんど無いそうだ。そこでよりしっかりと固定されるワンタッチ式を選んだ。

あとはグリベルとブラックダイヤモンドのどちらか。ブラックダイヤモンドは歯がアルミだった。グリベルはクロモリ。どちらも大差がないようだ。重量も値段もほとんど同じ。悩む。結局少しだけ軽くて、少しだけ安いグリベルにした。

エアーテック ニューマチック
エアーテックは、通常の歩行時には10本、トラバース時には12本の爪がきくよう、セカンドポイント後方に、小さく、幅広な第三の爪がつけられています。すべての爪は、氷や岩場での使用を考慮し、短めにデザインされています。また、軽量で、コンパクトに収納できます。フロント部は、甲高のブーツでも対応可能なプラスチックハーネス。
従来のアンチスノープレートに加え、ブリッジ部分にも雪がつかないアコーディオンアンチボッドを標準装備しています。
アンチスノープレート・アコーディオン付き
サイズ:35~46(ヨーロッパサイズ)
重量:1,000g
メーカー希望小売価格 ¥17,850

◆スノーシュー

スノーシュー(西洋かんじき)を買うか和かんじき(わかん)を買うかで悩む。スノーシューは浮力が大きいので、雪深いところでも楽に歩ける。一方でかさばって重い。わかんは浮力は大きくないが、コンパクトで軽い。持ち歩く事を考えてわかんにしようと思っていたら、モンベルからスノーポンというスノーシューが出ている事を知った。これはスノーシューなのだが、足を固定する部分が外せてアイゼン(クランポン)としても使えると言う。おお、便利だ。さらにアイゼンが外れるので、スノーシューを重ねて持ち運べるためかさばらない。さらにさらに、12本爪のアイゼンが必要ない場所であれば、このスノーポンだけで6本爪アイゼンの役割とスノーシューの役割を果たしてくれる。

SとMサイズがあって、男用であるMサイズを購入。こちらは新宿のエルブレスで1000円分の割引券を使って買った。18,000円。

深雪やアイスバーンなど雪面の状況に応じて、スノーシューとクランポンとの使い分けができる分離式のスノーシューです。装着は3カ所のラチェットバックルで簡単に固定でき、一般的な登山靴からスノーブーツまで幅広く対応します。
クランポンは、熱処理を施した非常に硬いステンレス製で耐久性に優れています。バインディング底面のアンチスノープレートは雪の付着を防ぎ、湿雪の多い日本のフィールドに適した仕様。携行時にはバインディングを取り外してフレームを重ねると非常にコンパクトになります。これまでにない新しい発想のスノーシューです。
仕様

【素材】●フレーム:6063アルミ合金 ●クランポン:ステンレス
●デッキ:1100デニール・ポリエステル・ダック(PVCコート)
【重量】1.53Kg(ペア)
【カラー】カラーなし
【サイズ】長さ59cm
【適合重量】43~78kg

https://webshop.montbell.jp/goods/disp.php?product_id=1129607

2010/02/11にアイゼンとスノーシューを購入

ピッケルは2010/02/28に購入

GRIVEL グリベル ピッケル・ネパールSAプラス  11,340円 (税込)
さかいやスポーツにて

冬山の縦走で使うピッケルとして選んだ。ずっと手に持って歩くものなので、そんなに重くないもの。かつシャフトが少しカーブしている方が雪に深く刺さって使いやすいということでカーブしたもの。ということで店員さんと相談して選んだもの。ピッケルバンドと石突(いしづき)プロテクター、そしてヘッドカバーもセットになっていたので、追加で買う必要も無かった。

僕の背丈に合うサイズは、58センチ。手をブラーンと下にしてピッケルを持つ。ピッケルが足のくるぶしまでくるのがちょうど良いサイズ。

シャフトの弛やかなSAカーブは良い角度で雪面に刺さり支持力が強くなる。
この場合ピックの方向は、登りは前方へ、下りは後方へ向けてヘッドを握ります。
ヘッドのアッズブレードは溶接付け。
●サイズ/シャフト長 58cm
●重量/510g(66cm)

購入記録 テントと寝袋

アラスカ物語6 犬ぞりで出かけよう

前回までのアラスカ旅日記はこちら「少しずつアラスカを感じ始めた日々」

昨夜話していた中国のJOYがアラスカ鉄道でアンカレッジに戻るらしく、早朝に見送った。そしてロッジには誰もいなくなった。キースじいさんは釣りに行き、ベルマはフェアバンクスの町まで、ジョージはどこかへ。

昨晩のうちに誰もいなくなる事を聞いていたので、明日は犬ぞりでどこかに行きたいと伝えてあった。そうしたらキースおじさんの知り合いの「ドッグマーシャー(犬ぞり使い)の女性が迎えにくるから」と言われていた。13時と聞いていたので、昼食をとってしばし待つ。先日スノーマシーンをしたときのように寒いだろうと思って、完璧な防寒対策をしてドッグマーッシャーを待つ。

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13時過ぎに真新しい4WDに乗って一人のおばちゃんがロッジにやってきた。彼女の名はパット。キースおじさんの友達で、このロッジの近くでドッグマーシャー(犬ぞり使い)をしていると言う。まずは、車に乗せてもらい彼女の家兼犬ぞりベースへ。車を20分程走らせ、道路をそれて林の中へ入っていく。こんな道を行くには4WDじゃないと無理だなーと思いながら、いったいどんなところに住んでいるんだろうと思う。しばらく行くと、ポツンとログハウスが建っていた。自然を味わうには最高に素晴らしい場所だ。車の音は聞こえないし、近くに人が来る事もない。

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家の前で手にエサを持って待っていると、鳥が飛んできた。そんな場所だ。パットはあえてここに住んでいるのだろう。パットの娘さんもクリスマスと言うことで帰郷していた。彼女の住んでいるところも南西アラスカの75人の村だと言う。それも飛行機でしか行けない場所の。パットの家はもちろん水道は通ってない。そんな不便はあるけれど、それ以上にこの自然に包まれた環境が好きなんだろう。ソファーに座って話していると、家の前をよくムースが歩いていくよと話していた。

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パットや彼女の娘さんが住んでいる場所を思うと、アラスカにおいて過疎化は起こらないんじゃないかと思えてきた。日本で何十人という規模の集落になると高齢化が進み村の人だけでは生活が出来なくなり集落を出て行かざるを得ない。例えばトカラ列島の臥蛇島も若い人材がいなくなって無人島になったと聞いた事があるし、限界集落と言われる場所が非常に増えている事からも今後集落は消えていくのだろう。さらに、日本では数十人や数人になっても村で生活し続ける人のことを変わり者だとか偏屈者と見る事がある気がする。ましてや、パットの様に一軒だけ家があってそこに住むとなると、あの人は変な人だとレッテルを貼られかねない。ただ、このアラスカと言う場所ではそんなことはなさそうだった。ひっそりと暮らす事が好きだから人里離れたところで暮らしている、犬を育てるには自然の中がいいから、生まれた村だからずっとここに住む、それぞれの理由を持ってそれぞれの場所で暮らしていた。ただ、アラスカでもネイティブの村では過疎化が進んでいる地域もあるようだった。

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そんなパットのログハウスで話しをしてから外へ出た。そこでは20頭近くの犬が飼われていた。僕を見るとよそ者が来たと言った感じでいっせいに吠えだした。僕は犬や猫が嫌いで人生でさわった事すらない。怖いし、生理的に受け付けないのだ。四半世紀以上も生きてきて犬に触れた事がないし、嫌いでありつづけた。それなのにも関わらず、この犬ぞり用の犬達にはそんな感情を抱かなかった。正直言えば、少しだけ怖さはあった。しかし、その怖さを越えて犬と向かい合えた。彼らが僕を乗せて走ってくれるんだ。だから彼らに敬意とサポートをしなければならないと、無意識のうちに思ったのだろう。

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今日の犬のコンディションやリーダーシップの有無、そして走る場所などを考慮して5頭が選ばれた。それぞれの犬の体にハーネスをつけ、犬ぞりにくくりつけた。犬の頭からハーネスを通し、片足ずつ抱えてハーネスをつけていく。今までの自分からは想像もつかないけれど、一頭一頭ハーネスをつけていった。すると、犬によって反応が違って、彼らもそれぞれの特徴があるんだなーとしみじみと実感した。

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パットが操縦して僕はソリに腰掛けた。すると、犬は前に走り出そうとしている。それを必死でパットが止めていた。本能的に犬は前に走り出そうとしていたのだ。”Go”と言った瞬間にパットはビッグブレーキを外し、犬ぞりは走り始めた。低い位置を滑るように走る犬ぞりは、面白い視点だった。林の中を縫うように駆け抜けると雪原に出た。スノーマシーンよりも適度なスピードであるため、寒さも厳しすぎる事は無い。やはり動力よりも動物や自然の力が俺には合っている。そんな風に犬ぞりを楽しんだ。雪で覆われた山や雪原、月を眺めながら犬ぞりは駆けた。

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その後、犬ぞりの操縦の仕方を簡単に習った。両足で止めるビッグブレーキ、片足のブレーキ、右折と左折。自分で操縦できるか不安だったが、トレース(踏み後、小さな道)がある場所の操縦であったため、なんとか走る事は出来た。犬が我武者らに前に進もうとする力を調節しながら、右に行ったり左に行ったり。犬の気持を少しでも理解しないとちゃんと進めない事を身をもって感じた。さらに、こんな雪だけの世界を導いてくれる犬のパワーに感謝した。

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そんな風に犬ぞりで遊び終えて、植村直己さんのことを思った。彼は犬ぞりで北極圏1万2千キロを単独横断している。その時に書かれた本を読むと犬を本当に愛して大切にし、まるで盟友のようになっていた。自分でもほんの少しだけ犬ぞりを体験してみて、植村さんの気持が今までよりも深く感じれた気がした。そして、犬ぞりで1万2千キロを走破したとんでもなさを改めて感じた。

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いい時間になり、ロッジに戻り夕食。何人かの人が来ていたので一緒に食事をとった。そして、いつものようにオーロラをゆったりと眺めた。実は5泊目、最後の夜だった。そんな夜もオーロラを見て、ジョージと語り合った。こんな日常の様な非日常がずっと続く気がしたけど、最後なんだと思いながらウォッカを飲んだ。

アラスカ旅日記の続きはコチラ「ラスカ物語6 星野道夫に会いにいく」

人間が作り出す最高のものは「のぐそ」だという信念

僕は真剣だ。これから書くことはウンコについて、特に「のぐそ」についてだ。このテーマからして、汚いとか、ふざけてるとか、ついに頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、真面目に書いている。

今日、伊沢正名さんのお話を聞いてきて、「ウンコ」と「のぐそ」をもっと真剣に考えようと強く思った。この講演会に行くきっかけは、1年ほど遡る。服部 文祥さんの講演会を聞き終えた時に、一冊の本が紹介された。その本が伊沢さんの「くう・ねる・のぐそ」だった。当時のブログにこんな風に書き残している。

さらに、「くうねるのぐそ」という本も知った。人間は本来食べたものを地球に還元すべきだとノグソをしている人の本。おお、素晴らしい発想だと思った。ちなみに僕の一番気持ち良かったノグソは、真冬の真夜中にチベット タンゲ峠でしたノグソ。

ただこの本を買ってはいなかった。それは僕がウンコを軽視していたのだろう。今思うと、自分はなんて愚かだったのだろうか。この本は買っていなかったけれど「のぐそ」をするという思想には共感していた。今回、伊沢さんのお話が聞ける機会(東京うんこナイト)があるといので、新宿にあるロフトプラスワンに足を運んだ。

伊沢さんは10年近く1度もトイレでウンコをしていないことから、自分を糞土師(ふんどし)と読んでいた。「のぐそ」を始めてからは35年という歴史があり、なぜ「のぐそ」をするのか、そして「のぐそ」の快適な仕方を語ってくださった。特になぜ「のぐそ」をするのかと言う伊沢さんの思想が素晴らしく、非常に共感した。まず、「のぐそ」に興味を持った理由をスライドを用いて説明され、その後、自分の「のぐそ」がどのようにして土に還るかを自らのウンコ写真を示しながら教えてくださった。最後に、日本トイレ協会理事長の上幸雄さんと「大地を守る会」の理事である戎谷徹也さんが加わりディスカッションとなった。

まず、なぜ伊沢さんが「のぐそ」をするのか。伊沢さんはもともと菌類の写真家をされていた。なぜ菌類の写真家をしていたかと言えば、菌が持つ分解の能力の大切さと偉大さをより多くに人に知ってもらうことだったそうだ。ただ、菌類やきのこの写真だけではそれを理解されなかった。このような写真を撮りながらも伊沢さんは「のぐそ」をして、菌によって「のぐそ」が土に還る過程を見続けいていた。そこで、菌類の偉大さや自然の循環を本当に理解してもらうには「のぐそ」「ウンコ」しか無いと思い、いまは糞土師(ふんどし)として「のぐそ」の重要性を訴える仕事をしている。

「のぐそ」の何が凄いかといえば、土に還ることだ。現在の自然循環の中で人間のウンコは切り離されてしまっている。循環が途切れているのだ。本来の循環に戻すためには、人間が食べたものを「のぐそ」として土に帰し、「のぐそ」を菌類やミミズなどが分解し、新たな植物の栄養となり育つ必要がある。写真を見せて頂いたが、「のぐそ」の後には植物の根が密になっていた。それだけ栄養が豊富なのだ。この循環の輪を取り戻すために「のぐそ」をしているという。このことを伊沢さんはこんな風に表現した。「人間が作り出す最高のものは「のぐそ(ウンコ)」だという信念」「人間が自然に対して唯一お返しできるものはウンコだ」「食べることが人間の権利であるならば、うんこを自然に返すこと(ノグソ)は人間の義務である」。どの言葉も本質的でかつ納得のいくものだった。

ウンコが腐っていくことは汚いと思われがちだが、腐るということ事態は「生命の再生」であると語った。腐ることに寄って次の生命が生まれる栄養となるのだ。星野道夫さんが、トウヒで作られたトーテンポールが腐り、その上から新たなトウヒの命が芽吹いてきている姿を書いていたが、まさにこの事だろうと思う。こういった伊沢さんの考え方はいたってまともで、本質をとらえていると思う。けれど、ウンコは汚いものという社会の安直な一般常識の中だけで生きてきた僕には、とても新鮮に映った。「のぐそ」をして、自然のサイクルに完全に入ると自分が自然の循環の中にいるという喜びを味わうと言う。

そして、伊沢さんの「のぐそ」の仕方も興味深かった。ちり紙は分解しづらいので、葉っぱを使ってお尻を拭くと言う。それも季節によって、葉っぱは異なると言う。なんという自然の流れに従った素晴らしさだろうと感銘を受けた。ちなみに冬の時期にお尻に優しい葉っぱはクサイチゴの葉と笹の葉だという。ノグソ用にと、僕も2枚頂いた。また、50センチ四方あれば1回の「のぐそ」ができる。あまり一カ所に「のぐそ」をしてしまうと栄養過多になるので、少しずつ場所を変えて「のぐそ」をしているという。

伊沢さんが35年の経験から生み出した「のぐそ」の正しい仕方はこんな感じだ。まず「のぐそ」をするまえにスコップで穴を掘る。深く掘りすぎると菌類が少なく分解しずらいので、浅い穴を。そして、「のぐそ」をする。そして季節の葉っぱでお尻を拭く。最後に水で流す。夏場は蚊に刺されるので蚊取り線香は必須だそうだ。この「のぐそ」、夏場には1ヶ月で分解し、冬は半年ぐらい経ち春先になると分解するという。さらに面白いのは、分解しずらい冬の「のぐそ」にだけ育つキノコがあるという。分解までに時間がかかり効率が悪そうに思えるけれど、自然とはそれぞれの役割があるんだなとつくづく思う。

キノコや菌の写真から、伊沢さんの生まれたてのウンコ、そしてウンコが腐っていく過程の写真までを見せて頂きながらお話を伺った。伊沢さんはウンコに対して尊敬の念を抱いており、その気持が伝わり非常に興味深った。さらに、話し方や話されるときの表情も柔らかく笑顔が多く、一般の人にもすんなりと入ってくる感じがした。

その後は、日本トイレ協会理事長の上幸雄さんと「大地を守る会」の理事である戎谷徹也さんが加わってディスカッションが行われた。こちらも面白い話しだった。人糞と尿は最も野菜が育つ肥料だという話しは面白かった。人間は栄養価の高いものを食べ、雑食なのでバランスも取れた肥料になるという。実際に江戸時代は人糞を大切に利用して野菜を育ていていたようで、日本には素晴らしいウンコ循環型社会があったようだ。でも現在は人糞を使った野菜作りは皆無に近い。それは人糞よりも安い化学肥料が入ってきた事や、第二次大戦後アメリカが入ってきて人糞は不潔だということで排除したことなどがあったようだ。さらに、人糞で伝染病が起こると言う不安から現在のような下水システムが作られたようだ。ただ思ったのが、目先の清潔さだけで目の前からとりあえずウンコを見えなくする(水洗トイレと下水システム)ことによって、もっと大きな地球の循環を壊していると思う。ウンコが無ければ菌類の栄養が減り、すると人間にとっても有害な物質を分解する菌類も減れば、植物の栄養も減る。すると山や植物の生育も悪くなる。巡り巡って人間にも影響が出る。

ウンコを考えずして、自然環境、エコ、循環型社会は語れない。けれど、現在はウンコや野糞を排除して表面上の議論が多すぎると思う。ウンコを考えずして自然が語れるかということを思い知らされる時間だった。「のぐそ」から物事を考えると世界の見え方は大きく変わると話していた。例えば東京のような都市社会で全ての人が「のぐそ」をする事は不可能だ。しかし、みんなが「のぐそ」ができる環境で暮らそうと思えば、自然と田舎へ帰っていく。すると都市の一極集中は解決できる。これはちょっと極端な話しだけれど、何かを考える時に「ウンコ」を考慮にいれることは非常に重要じゃないかと思う。どんな人間でも毎日関わっている事なんだから。

最後にもうひとつ興味深いエピソードを。現代社会では「のぐそ」は犯罪だということ。町中で「のぐそ」をしたら猥せつ物陳列罪のようだ。さらに現在の建築基準法ではボットン便所を作る事が禁止されているようだ。そんな法律があるのかと驚いた。今の社会の常識はウンコは汚いものとされ、目先の、見かけの清潔さだけを重要視されている。それが常識として法律まで成立しているのだ。わずか50年前までは人糞も肥料として使われていたのに、この状況はおかしいと伊沢さんは嘆いていた。そして、この世の常識はおかしいから、「のぐそ」中に逮捕されて裁判で戦いたいとも話していた。すごい。本当に凄いと思った。伊沢さんは自然界に生きる生物として正しい事を言っている。そして少し長い目で、そして少しだけ自然の視点で見れば誰でも納得できる事。ただ、ここまで貫く気持は驚き尊敬するばかりだ。

僕の「のぐそ」経験はまだ数える程だ。人里離れたところに旅に出かけた時や山に行ったときぐらい。でも、その出す気持よさは感じている。チベットの峠で真夜中にした「のぐそ」の心地よさといったら忘れられない。済ませた後、ふと見上げると満点の星空が光っていた。そんな経験を思い出しながら「ウンコ」と「のぐそ」をもっと勉強しようと思った。毎日しているウンコがどのように処理され、下水処理場で最終的に溜まったウンコのカスがどのように処理されているか知らないなんておかしいのだから。そして、小学生や中学生の環境教育とか叫ばれているが、机上だけでなく、現代人が言う清潔なエコだけでなく、ウンコの事をもっと学ぶべきだと思う。小学生が山で「のぐそ」をして、どのように腐っていき、分解され、虫が食べ、そして植物が生える。そんなことを小学生の時に知ったら、自然に逆らった生き方をする大人になるはずが無いと思う。今日「のぐそ」に感銘を受けた身としては、こんな教育ができる日本にしていきたい。

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トカラ列島(子宝島)の牧場で撮影した牛のウンコ

アラスカ物語5 少しずつアラスカを感じ始めた日々

前回までのアラスカ旅日記はこちら「アラスカ物語4 日が昇らないアラスカX’masの朝」

アラスカで数日過ごしていると、徐々に感覚を掴んでアラスカのリズムに馴染んでくる。それは、普段は気にもかけない些細なことの違いをつかみ取ることに近い。太陽が出ている時間であり、オーロラが出る方角や時間、重ね着する服の枚数だ。目を覚ましても外が暗いことには慣れ、暗くても朝なんだと自分の意識や体を理解させることが出来るようになった、

バナナとパンとヨーグルトという朝食を終え、外に出ると美しい朝焼けが空を覆っていた。この地フェアバンクスは北極圏に近く、冬は太陽が南に近い場所から昇ってくる。だから朝焼けは南東の空を染める。今日もいい天気だから、オーロラが見れるだろうと分かるようになってきた。

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昼間は昨日と同じように散歩をしようと決めた。昨日歩いた白の世界があまりにも美しく、そして人間が自然の一部であるということを感じさせてくれる場所だった。今日は昨日とは違う道を歩こう。一人でてくてくと歩き、雪の中の宝物をイメージしながら、春を想う。今は雪で覆われて見れない大地には、どんな植物や花が隠れているのだろう。そして、どんな動物が駆け巡るのだろう。雪が溶けた春を思い描きながら、雪の世界を楽しんだ。

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ロッジに戻り、星野道夫さんの「長い旅の途上」と新田次郎さんの「アラスカ物語」を読む。アラスカにいる自分を、もっともっと深淵なアラスカの世界へと連れて行ってくれる、そんな本だった。あまりにも引き込まれて、読みふけってしまっていた。気づいた時には夜で、夕食を取り、日記を書き、仮眠。このリズムも定番化した。あとは、10時過ぎに起きて、空を見上げるだけだ。

軽い眠りから覚め、外へ出るとうっすらと緑のオーロラが出ていた。やはり日中の天気がよければオーロラはかなり高い確率で見られることを確信した。揺らめくオーロラを眺めながら、悠久の自然を想った。オーロラを眺めながら、自然と人間の関わりについてぼんやりと考えていたら、ジョージがやってきた。彼はフェアバンクスのビールとウォッカを勧めてくれた。お酒は冷えた体を温めてくれる。ホッカイロなども良いが、体内から発熱するのがもっとも体を温める良い(酔い)方法だ。

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それから、中国出身で今はミズリー州立大学でMBAをとっている女性ジョイと三人でいろいろなことを話した。中国のこと、アメリカのこと、日本のこと、自然のこと、環境問題のこと、仕事のこと、政治のこと。印象的だったのは、ジョイが中国の将来に大いなる不安を抱いていることだった。これから経済発展していくだろう中国の影の部分を非常に深刻に語っていた。一人っ子政策による少子高齢化は日本を追いかけるように大きな問題としてすぐやってくるだろうと。そして、彼女の考え方の変化も興味深かった。中国で働いているときは優秀だ大学を卒業し、キャリアウーマンとして我武者らに働いていたという。両親のことを顧みることも無く、7年間働きつづけた。でも、MBAを取りにきて、さらにアラスカをしばらく旅して心境の変化があったと言う。仕事が全てじゃないと。もっと大切なものがあるのに、気づかなかった。それを気づかせてくれた今回の旅はとても貴重なものになったと、爽やかな笑顔で語っていた。高度経済成長の日本に似た現在の中国で、こんな考え方を持つ優秀な女性もいるんだと知り、世界の未来を少しだけ安心して迎えられる気がした。

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オーロラを眺めながら、語り、そして朝を迎えた。

アラスカ旅日記の続きはこちら「アラスカ物語6 犬ぞりで出かけよう」

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アラスカと同様に惚れた土地、ウユニ塩湖に行った時に書いた文章。このときの雲が、オーロラのようだったので、参考リンク。
ボリビア ウユニ塩湖にて。
このときの文章の方が、瑞々しくて思いが素直に伝わって良いな。

ついでに、こっちも。
参考リンク:角田光代さんの旅先三日目。