「おわり」のない最後

最近「おわり」のない最後 について考える。
かれこれ、2、3ヶ月。
思い出せない記憶について考えていたのがきっかけだ。

「おわり」のない最後が何かと言えば、ある物事を事前に「おわり」であると意識していないけれど、後から振り返るとその時が最後だった。
そんな事象を「おわり」のない最後と僕は言っている。

ドラマには最終回という事前に最後だと分かる「おわり」がある。
大学や高校の最後の授業も、あらかじめ分かっている。
結婚式もおそらく最初で最後だと分かっている。

事前に最終回(最後)であると分かっていると、自然と気分は高まる。
最終回であることを自然と意識し、その時を深く心に刻む。

有名な野球選手の引退試合も、セレモニーが行われ明確な最終試合が存在する。
多くのファンが球場に駆けつけ、最後の勇士を応援する。
そんな選手とは対照的に、怪我などをして、最後の試合が事前に分からない選手も多い。
野球選手を引退し、振り返ってみて「あの時が、最後の試合だったのかなぁ」と記憶をたどる。

星野道夫さんの死のような、突然の死も「おわり」のない最後であり、
最後の誕生日だって、その時は分からない「おわり」のない最後だ。
ものごとには「おわり」が分からない最後がある。
ほとんどの物事の「おわり」は分からない。

後から振り返ったら、あの時が最後だったのかと分かることもあれば、
大半は「おわり」を思い出せず、「おわり」を振り返ることもなく過ぎてゆく。

南米で5回も繰り返し合った人がいる。
ナスカで偶然同じ宿になり、クスコで泊まる宿を約束したが来なかった。
心配したがお互い旅の中だから、ぼくは先へと進んだ。
すると、ぼくがマチュピチュの帰りに、ウルバンバという町で会った。
日本人なんか見当たらない町だ。そこで別れ、プーノという町へ行った。この町のバス停からコパカバーナへ向かった。
プーノの町中でバスが止まった。人が乗ってきた、そして、ぼくの後ろに座った。
こんな所で偶然にも、また会った。コパカバーナまで一緒に行った。
この町ではゆっくりとチチカカ湖を歩いたり、料理をしてビールを飲んだり。
四面ガラス張りの最上階の部屋から日の出を見て、チチカカ湖を眺め、朝食をとった。
この時の幸せといったら人生の中で、トップ5にはいるのだ。
それから、ラパスへ。バスの中では語り合った。
それぞれの旅について。写真について。デザインについて。コレからの人生について。10年後の日々について。
そして、最後はウユニ塩湖のど真ん中であった。僕が夢にまで見たウユニ塩湖の上が最後だった。
こんなにも会ったんだから、また会える、そう思ったけど、振り返ればこれが最後だった。
あの人は今どこで何をしているのだろうか。

芸大の授業の後はいつも上野公園で飲んでいた。
酒を片手に真っ暗な上野公園で、いろいろなことを仲間と語り合った。
時には、砂場で相撲をして遊んだりと。
そして茂木さんの言った言葉を思い出す。
みんなが卒業したら、いつまでこれをできるか分からない。
この瞬間を一生忘れるなよ。と。
その言葉を覚えている。
最後はいつだったのか、過去の思い出にまぎれた「おわり」のない最後。

「おわり」のない最後を思うと、どんな一瞬も自分にとってかけがえのない時間や、出来事だと思えるようになる。
ひとつひとつの出来事を本当に大切にしていこう。そんな気持ちになる。

全てのことを大切にして、しっかりと心にとどめておきたいと思う。
でも、実際は全てのことを記憶していられない。
いくら思い出そうとして振り返っても、薄らとした記憶にしかならないこともある。
寂しくもあるが、だからこそ新しいことをして日々の生活を送ってゆけるのも事実だと思う。

そんな「おわり」のない最後には常に人が関わっている。
人は人をそれだけ求めているということでもあるんだろう。
そして、人というものは、それだけ流れているもので、不確かだ。
だから人には「おわり」のない最後が訪れる。

不確かだからこそ、絶対的に揺るぎのないものを求めようとする。
けれども、この世に絶対的なものはありやしない。
常にあらず。無常なのだ。

だって、人生そのものが「おわり」のない最後なんだから。
「おわり」のある人生なんて、未来の決まった人生そのものだ。
だが、そんなことはありえない。
たとえあったとしても、つまらない人生だろう。

「おわり」のない人生を楽しむ。
それが生きることそのものなんだと思う。

「旅をした人」星野道夫の生と死 池澤夏樹 P156にある一節

振り返ってみると不思議なことに、最後の段階で星野がやっていた仕事が二つにきれいに分かれている。二つというのは書物の名前で言えば、一方が~中略~「森と氷河と鯨」という本ですね。それからもう一方が~中略~「ノーザンライツ」~中略~今になって言うとこれは「最後の仕事」という言いかたになってしまうのであって、もちろん彼はこれを最後の仕事にしようとなんて思っていなかったわけなんですから、あまりそのことに意味づけをしたくはないんですけれども、ただ、今振り返ってみると最終段階で彼はアラスカについてひとつ新しい面を開き、二つのテーマに分けて、それぞれ見事に表現したなというふうに思います。

なんくるない よしもとばなな 12ページ

「今思えば、それが私の平凡だった少女時代最後の家族旅行だった。
そう思って思い返すと、なんていうことのない旅なのに、そのひとつひとつが鮮やかに思い出され、ささいなできごともすばらしいシーンに思えてくる」

「おわり」のない最後はいたるところに存在する。
そんな「おわり」のない最後は一人一人の人生の物語そのものなんだろうな。


(満月の夜@巣鴨の家から)

2 thoughts on “「おわり」のない最後

  1. 寺町君の書くものに
    ドキッと
    することが多いです。

    終わりのない最後・・・
    読んでて、なぜかアルゼンチンタンゴを思いました。

    ~アルゼンチンタンゴを振り付けで踊ることほどナンセンスな事はないわ~

    昔、そういった女性がいます。

    『あれは、男と女のCORAZONが、ぶつかり合って踊るものよ。
     振りなんて考えてたら、タンゴじゃないわ。
     
     女はね、
     転ぶか転ばないかってところで、重心をとって
     男のリードを敏感に感じとるの。ハリと柔らかさでね。
     
     どのタイミングでフィニッシュが来てもいいように、
     足だけはいつも綺麗にしておく

     気がついたら、曲が終わってた・・・
     それがタンゴよ 』

    彼女との会話を思い出しました。

    その彼女とも、気がつけば、あの会話が最後だったのかもしれません。

     

  2. お久しぶりです。
    エクアドルでお世話になって、もう3年なんですね。

    コメントありがとうございます。
    日々、思いついたことをつらつらと、書き連ねています。

    アルゼンチンタンゴの話はかなり興味深いですね。
    「振りなんて考えたら、タンゴじゃないわ。」
    という所が、極めている感じがします。
    そして、何よりも楽しんでいるんだなと。

    気がつくと最後のことって実はけっこうありますよね。

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