インパラの朝、そして1年の時がたち

11月14日、本屋に立ち寄ると平積みされていたある本に目がいった。数多ある本の中で、なぜこの本に目が吸い寄せられたかと言えば、まず「インパラの朝」というタイトルだ。数年前からインパラという動物に惹かれるものがある。あの軽やかな身のこなし方に惚れている。そして、このタイトルと表装から直感的に旅の本だと感じた。もっとも、帯に写っていた女性がきれいだったということも理由としてあるだろう。こんな理由から手に取った本が、開高健賞受賞作品だったのだ。さらに、11月13日に発売したばかりだと言うことで買うことにしたのだ。

昨年の開高健賞は石川直樹さんの「最後の冒険家」で神田道夫さんのことが書かれた本だ。ちょうど1年前の11月3連休に栃木へ、気球を見に行く際に読んだ。開高健さんも開高健賞を受賞した本も興味深いものが多く、いくつか読んだことがある。そして今年は11月3連休で沖縄に行く時にインパラの朝を読んだ。

一人の日本人女性が2年近く世界を旅した体験を書いたノンフィクション作品だ。まず数十ページ読み進めると、正直あまり面白いと思えなかった。一人で長い間いろんな国を旅をしていれば起こる出来事が、たいそうなことのように書かれている気がしたからだ。旅をする人なら誰でも味わうような出来事を、自分だけが味わったり考えたという感じがして嫌気がさしたのだ。ついでに彼女が旅をし始めた頃の考え方も僕には馴染まなかった。さらに、そう思わせたのは開高健賞審査員の帯コメントが追い打ちを駆けていた気もする。「海外旅行の浸透は ここまで深い世界観をもった 日本人女性を生み出した」などと。

続きを読み進めると、冷静に考えれば女性と男性では明らかに違うはずだということに気づいた。それは、女性の方が海外一人旅のリスクは高いだろうし、それだけ不安な気持も大きいはずなのだ。俺はいつの間にかこの女性をライバルのように感じ、俺だってそれぐらいの経験をしたことある。と嫉妬したのだろう。こんな旅が出来ていいなと、心の底でうらやましがっていたから生まれた感想だったのかもしれない。

そんなことに気づき、肩肘張らずに心を開いて続きを読み始めることができた。さらに、後半になるにつれて日本より経済的には発展していない国の人々に対する考え方が、変わってきたことに共感を覚えていった。旅の前半の彼女の考え方には賛同しかねたが、後半になるに従いその考えは僕の考えていることと非常に近くなった。ただ最後にいたっても、帯のコメントにあったような深い世界観までがあるとは感じられなかったのだが。

ただ、そんなことはこの本の価値を定義しない。この本の最大の良さは、あまりにも素直に心境の変化を綴っていることだろう。出来事もウソ偽りなく書かれているし、心境が変化して行く様も旅の前半と後半での自己矛盾を抱えつつも、自分の中で起こる考えの変遷を正直に書いている。自分自身のかっこ悪い感情も、行動も、矛盾も、醜さも引き受けた上で旅をした潔さのすごさ。そして、それを的確に表現できる文章表現だ。

本の構成とかを考えると、この部分は明らかに異質で無理に追加されている感じがする章もあったが、それは彼女がどうしても書き残したかった強い気持のこもった部分なんだろう。それも含めて読んでいて清々しい気持になった。

そして、人間にとって人生のいつかのタイミングでは「旅」というものが、大きな役割を果たすんだということをつくづくと感じた。

インパラの朝 中村安希 集英社

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