最後の冒険家 石川直樹 集英社

最後の冒険家 石川直樹 集英社 (第6回開高健ノンフィクション賞)

石川直樹さんでなければ書けなかったであろう一冊になっている。そう思う。ノンフィクションとは、その著者でなければ書けなかった本であることに価値があるのではないか。と、思わせてくれた。それは自分自身の体験などについて書く場合も、他者について書く場合も、出来事について書く場合でも。

この本は宇都宮へ熱気球ホンダグランプリを見に行く電車の中で読みはじめた。宇都宮までの電車で揺られること2時間弱と、熱気球大会が実施されている鬼怒川沿いの芝生で読み終えた。「最後の冒険家」を読むには最高の場所であったと思う。もちろん、本を買った時から熱気球ホンダグランプリの時に読もうと思っていた本だった。

絶対的にすばらしい本というものがあるとしたら、どんな場面で、誰が読んでもすばらしい作品なのかもしれない。しかし、そんな作品に出会えることは極めて稀なことだろう。ほとんどの場合、同じ本であろうと状況によって僕が持つ印象は変わると思う。180度変わることはないだろうが、「great」か「very good」か「 good」かという評価は、周りの環境や場面、もちろんその時の自分の興味や心理状態によって差が出てくる。それが、人間の評価だと思っている。

本を読むなら、ワクワクしながら楽しく読みたい。そのために、このシチュエーションで読むことを決めた。熱気球なんて何も知らない僕が、何となく興味を持った。それで宇都宮まで見に行く、その道中では熱気球に乗る冒険家(神田道夫さん)の本を読む。どう考えたって、期待は高まっていく。実際に神田さんも茂木や宇都宮で練習をしていたという。実際に気球を見ながらこの本を読むと、より切実な出来事として自分の中に入ってくる。それがたまらない。

神田道夫さんは熱気球を用いて、高度の記録に挑戦したり、ヒマラヤ山脈を越えたり、太平洋横断に挑戦する冒険家である。冒頭で、この本は石川さんでなければ書けなかったと書いたが、石川直樹さんは2004年に神田さんと二人で太平洋横断を目指して気球に乗っている。その時も太平洋に着水していた。そして神田道夫さんが消息を絶った2008年のフライトは一人だった。神田さんが消息を絶ったのと同じ行程の冒険を共にした唯一のパートナーとして、書き綴られている。離陸するとき、そして着水しそうな時、着水してしまった時、おそらく似たような感情が心に宿っていたことだろう。石川さんが文字に残さなければ、こうして広く一般の記録にはならなかっただろう。ただ、亡くなった人や消息を絶った人を取り上げて、本を書くということは非常に繊細なことでもあると思う。この二つの立場のせめぎ合いの中で書き上げられた本だろう。

個別の文章がどうのこうのと言うよりも、気球の素人が読んでも理解できるように、気球についての解説と神田さんの現在に至るまでを、うまく絡めて話を進めているなと感じた。全体の構成とか話の展開と言う部分で凄く考えられているからなんだろう。神田さんの少しばかり無謀なパーソナリティと共に、気球の魅力がひしひしと伝わってきた。

神田道夫さんについて書かれた本は今まで読んだことがなかった、雑誌に書かれている文章を読んだぐらいだ。神田さんは植村直己冒険賞も受賞されていたし、熱気球についても興味があったので、気になる人物の一人であった。さらに神田さんは名前が「道夫」ということも気になっていた理由のひとつだ。僕が最も好きな星野道夫さんと同じ名前だから。もちろんただの偶然なのだが、そこにパーソナリティの共通性があるんじゃないかと、どうしても思えてしまっていた。そんな理由から読んだこの本は、熱気球への想いが強くなるには十分すぎる本だった。

いつものように気になった部分の引用。

過去に経験したさまざまな旅が思い出される。登山にしても川下りにしても最初は何一つわからなかった。経験を積み、装備を徐々に買い揃え、ある程度の時間をそのフィールドで過ごすことによって、人はそれぞれの場所で身軽になれる。神田についていけば気球を自在に乗りこなして、空を自由に飛べるようになるかもしれない。なにより神田には人を信頼させるだけの純粋さと揺るぎない気持ちがあって、ぼくはそのあたりにも惹かれはじめていた。P22

海に複雑な潮の流れがあるように、空には幾重にも分かれた風の流れがある。-中略-今までは何も見えなかった空に、上下左右混沌とした道筋があることを知ったとき、自分の前に思いも寄らない多様な空が広がりはじめた。それを知ることができただけでも、ぼくは気球をはじめた甲斐があったと思っている。P43

「ヒマラヤはスケールが違う。とにかく爽快だった」
何度も山越えを飛行してきた神田がそう漏らした風景は、実際に体験した彼らにしかわからないけれど、それを聞いてぼくはエベレストの頂上から見渡したあの美しい世界のことを思った。成層圏に近い濃紺の空には、塵一つなく反射するものが一切ないために、遠近感がなくなって本当に吸い込まれそうになる。眼下にヒマラヤの峰が果てしなく続き、そこで言葉通りの「世界の屋根」を実感することになるだろう。もう一度見られるなら見てみたい。そんな絶景を彼らは数時間ものあいだ体験できたことになる。P86

高度5000メートル近い場所から、生身をさらして裸眼でそれらの灯火だけをただただ眺めた。大地があり、その上に建物があり、さらに上空を鳥が飛び、雲があり、空があり、そして今自分がここにいる。地上に足は着いていないけれど、なにか大きなものの中に自分がいて、浮かんではいるけれど、存在するすべてのものと密接に関わっているという実感があった。見慣れた日本が、日本ではない。眼下に広がっているのは大地であり、人々の営みを抱え込んだ地球そのものだった。灯りの一つ一つに、人々の暮らしがあり、人の息吹がある。P100

青空は、見上げるとそこにあるものだと思っていたが、ここでは上を見ても下を見ても青鹿ない。近景も遠景もなく、広角レンズも望遠レンズも役に立たない、遠近感のない青である。色の中に入ってしまったかのような喪失感、あるいは圧倒的なまでの一体感があった。空っぽだが、しかし激しく濃密な空間。無音の世界でぼくは自分の息を聞いて、かろうじて生きていることを知る。P106

想像力を果てしなく換気し続け、空からの視点に自分自身さえも見おろしてしまうかのような新しい感覚が自分の中に植えつけられるとしたら、ぼくはこれから旅を続けていく中で、多様な世界をもっと深く強く認識できるようになるかもしれない。P109

空に存在する気流や、海をつなぐ潮の道のように、新しい世界へ向かう見えない流れがもしも自分の中にあるとしたら、ぼくはゴンドラの中でそれを見つけかけた気がするのだ。P131

「飛べるところまで行く」-中略-「何が何でもマッキンリー登るぞ」神田の最後の言葉を聞いたとき、ぼくはすぐに植村の日記を思い出した。冒険家が強い決意表明をするときは、きまって窮地に追い込まれたときである。P164

自分が今までおこなってきたことは自分にとっての個人的な冒険であったかもしれないが、神田のように、ある世界のなかで未知のフロンティアを開拓してきたわけではなくP177

世の中の多くの人が、自分の中から湧き上がる何かを抑えて、したたかに、そして死んだように生きざるをえないなかで、冒険家は、生きるべくして死ぬ道を選ぶ。P183

以前書いた、最後の冒険家のコメント

最後の冒険家 石川直樹
神田道夫さんについて書かれたノンフィクション。この本を読んでいると神田さんは生きていると思えてきた。なぜだろうか。たぶん石川さんがそう信じて書いたからだろうと思う。気球と言うものに対して非常に興味がわいたし、神田道夫という現代の冒険家の精神が伝わってきた。

送信者 いろいろ

[少年は熱気球に見とれる](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 100 露出: 1/250 秒 絞り: f/6.3 焦点距離: 16mm)

7 thoughts on “最後の冒険家 石川直樹 集英社

  1. 石川直樹さんの写真展、今やってるんだね。
    大きな木にくっつくようにして建ってる家の写真、すごく素敵だなあと思って、ずいぶん眺めてしまいました。

  2. ううん、写真展の宣伝のページに載ってる写真を見ただけなんだけど、
    あんな風景って見たことなくて、すごく見入ってしまって。
    今週末までやっていれば行けたのに、残念!

  3.  人を1人殺したことのある石川。その人の「死」に対して、遺族や世間に対して正式な謝罪もせずに、向き合っても受け入れてもいないくせに、よくもこんな「死」に関する本を上梓できるもんだ。石川の神経というのが、信じられない。
     そしてその現実を知ろうとも、知りもせず、または受け入れようとせずに、ただ手放しで誉めたたえている各メディアとファンには、心底胸くそが悪くなる。3年前に起きていた事故が、もしも国内で起きていたら、今の彼の活動は許されていたか。

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