月別アーカイブ: 2012年6月

天気と季節に左右されて生きる

今日2012年6月6日は金星の日面通過だった。
太陽の前を金星が横切るため、日食グラスを通して見ると太陽に黒い丸い点が移動して見える。

しかし、東京はあいにくの雨。
金星の日面通過を見ることはできなかった。

先日の金環日食は河口湖で見たり、いろいろな流星群の時には小笠原や北アルプスの山の上など、いろいろな所で見たことがある。
アラスカの北極圏でブルームーンをみた記憶も印象深い。

けれど、毎回毎回天気に恵まれると言うわけでは決してない。
どちらかと言うと晴れ男だが、実は曇りが多いのかもしれない。

そんな過去と同様に、今日も見えずじまい。
今日ふと空を見上げながら思ったことがある。

天気って、偉大で圧倒的な存在だなー、と。
現代では、当たり障りのない話題として天気のネタが使われてるが、天気の違いって土地に根付いて生きると死活問題だったりする。

昔はそれほど重要なテーマだったから、日常的に話されていたのかもしれない。
しかし、最近は誰に話しても問題ない話題として、とりあえず話題に引っ張りだされている感じ。
なんだか大切なことがないがしろにされている感じさえする。

個人的に昔は、自然の中に行くことが少なかったので、天気も季節も意識していなかった。
しかし、最近の週末は天気と季節に左右されて生きている。

春になれば新緑が見たい。
桜も見たい。
初夏になれば蛍に囲まれたい。
キャンプがしたい。
夏になれば夏山に行きたい。
海で泳ぎたい
秋になれば紅葉が見たい。
トレランがしたい。
冬になれば雪山に行きたい。
焚き火をしたい。

雨だとテントを張るのが嫌だ。
山を歩きたくない。
晴れると景色もよく、濡れないのでとても快適だ。

そう、天体観測にしろ、旅にしろ、アウトドアにしろ天気と共にしている。
しかし、高層ビルにいれば外が雨かどうかも分からない。
もう少し、天気にヤキモキしながら、天気に左右されるぐらいの生活の方が動物としての人間にとっていいんだろうなと思う。
暖かくなり、夏が近づいて来た。裸足で駆け出したくなった。

金曜から沖縄に行って来ます。
泳げるかな?雨かな?

From art

それでも怖いという感覚

近所のアートスペース元我堂が閉まるという。
偶然、その元我堂で石田ゆうすけさん、本郷さんと会って話しをしていた。

ゆうすけさんは、6月にケニアに3週間ほど行くと言う。
7年半の自転車の旅以来だから10年以上ぶりなんだろう。

自転車で1人で旅した場所なのに、今回のケニアが怖いと言う。
冗談じゃなくて本気で怖いと言っていた。

それを聞いて、そんな感覚がいいなーと思う。
自然や旅をなめてかからない、その姿勢。

本当に強い人、チャレンジし続ける人、何かを成し遂げる人はどんなに慣れても「怖い」という感覚を失わないんだろう。

植村直巳さんは、自分自身のことを臆病者と言い、実際に最後の冒険まで入念な準備を怠らなかった。

そして、インテルの元CEOアンドリュー・グローブはこんなことを言っていた。
Only the Paranoid Survive([野生動物はみな臆病だ。同じように]極度な臆病者だけが生き残る)

アートや研究もそうだろう。
何かを得たり、経験をしたり、名誉を得たり、地位や資格を得てもアグラをかかない。
常に挑戦者の気持ちでいる。
常に初心を忘れない。

だからこそ、冒険に限らず挑戦者は様々な事に挑戦する気持ちを持ち続けるのだろう。
そして、なんとかして乗り越えていくのだろう。
こんなマインドを持ち続けているからこそ、味わえる新鮮な世界があるんだと思う。

とは言いつつ、常に臆病者であることはなかなか負荷のかかることである。
準備なども大変だし、精神への負担も大きい。
おそらく臆病になる(慎重に神経を研ぎ澄ませる)ポイントだけは常に繊細で、それ以外の部分は経験によって身につけた感覚ですばやくこなしていく。
そんな風になれたらいいなと思う。

8年以上前に書いたブログ「ビビリ」
http://www.teratown.com/blog/archives/000721.html

From ALASKA 2009