月別アーカイブ: 2011年10月

知らぬ誰かとギブ&テイク

ネットって知らぬ誰かとギブ&テイク。
何か知りたいときは、ネットで調べることが多い。
誰かから情報をもらってる。
かなり役立って、助けられている。
旅に出る時、山に行く時、店を探す時、初めてのレースに出る時などなど

ほとんどその情報発信源が誰かなんて意識せず。
そして、たいした感謝もせず。

せめてもの恩返しとして、俺も情報を発信するためにブログにメモしてる。
もちろん、自分が後から便利だってのがメインだけど。

いつか誰かが見て、使える情報で、助かることがあればいい。

知らぬ誰かに感謝して、
知らぬ誰かとギブ&テイク。

送信者 登山

そんなことを思い感謝した、ボトルケージ修理。
そして、パプアニューギニアの旅のメモ。

まるであの砂場を囲むように

かなり前のことになるけれど、書きかけで放置していたものを書き終えたのでアップ。あとは、パプアの日記を書ききれば夏の宿題も完了だ。まあ、数年前の旅日記が途中で止まっているやつがいくつかあるけれど。。。

====

去年は8月の末に行った、原始感覚美術祭
今年は8/7に行くことにした。

送信者 art

8月のスケジュールで空いているのが、8/6,7と8/27,28だったので、どちらかに行こうと思っていた所、茂木さんのトークが8/7にあり、芸大の友達もみんなこの日に合わせて来ると言うことを聞いたので、俺も行くことにした。

送信者 art

またもや始発電車で行くことを考えたが、ちょっと遅めで7:50に阿佐ヶ谷を出て、特急スーパーあずさで松本へ。12時過ぎに稲尾駅に到着。

送信者 art

西丸震哉記念館へ歩いて行くと、外に杉原さんがいた。竪穴式住居が雨で湿ってしまったので、中で火をたいて乾かしている所だった。ついでなので中へ入る。なかなか煙たかったが、天井の穴から差し込む光が美しかった。

送信者 art

西丸震哉記念館でカレーをいただく。ナンがうまかった。蓮沼さんが通りかかったので、少し話した。それから、葦の船に乗れると杉原さんのお父さんから聞き木崎湖に乗りに行く。南米のチチカカ湖に浮くウロス島に行った時に、葦の船&葦の島に行ったが、それらを参考に作っていると言う。

送信者 art

この葦は木崎湖でとれたもので作っているというから、さらにすごい。そんでもって、この葦船を作った方の野望は葦で船を造りそれで太平洋を渡るのだとか。とてもワクワクする話しだった。

送信者 art

試しに乗らせてもらう。思ったよりも安定しており漕ぎだせば簡単に乗れた。まあ、湖で波がないから乗りやすかったんだろうけど。それにしても、とても気持よく寝転がって空を見上げていたら本当に幸せな気持になった。本郷さんがやってきたので、少し話しをして別れた。14時30分から杉原さんと山形さんのパフォーマンスがY邸で始まる。その前に、少し展示を回りたかったので自転車を借りて蓮沼さんの作品があるあたらしやへ。木崎湖の自然をイメージして書いたのかな?

送信者 art
送信者 art

それから北ヤマト館へ。山形さんの写真が展示してあった。ここは100年以上前の建物でとても立派な梁だった。見とれるほどのしっかりした作り。そして結婚の時に作ると言う、立派な布の掛け軸みたいなものが飾られていた。すばらしい。ここのばあちゃんがジャムを作っているらしく、味見をさせてもらった。これがうまい。今までの人生で一番うまいジャム。取れたブルーベリーやハーブなんかを煮込んで作ったらしいのだが、この甘さの自然さが最高だった。

送信者 art

時間もないのでY邸へと急ぐ。着くとお客さんがすでに家の中にきていた。しばらくするとパフォーマンスが始まった。始まると同時に大雨。そして雷が真上でガッシャーンと鳴った。まるで呼び寄せたかのように。杉原さんと山形さんのパフォーマンスが続いた。舞った、叫んだ、走った。そして、雨が振る外へと二人が行き終わった。

送信者 art
送信者 art

16時から海ノ口上諏訪神社の舞台で茂木さんのトークがあるので、3、4年前に田植えをさせて頂いた山本さんに車で乗せてもらい移動した。茂木さんと杉原さんなどが直前に打ち合わせ。それまで何も話していなかったようだ(笑)まず、杉原さんが今回の祭りとトークの説明を。その後、茂木さんが少し話してすぐにまた、杉原さんに振った。そして、参加作家の話しということで芸大の蓮沼さんに、その後に本郷さん。続いて、芸大時代のメンバーに話しをさせると言う流れになり茂木さんが「寺町、次に話せ」と。もともと茂木さんの本を読み、芸大に潜ったこと。その授業や仲間とのつながりで芸術に興味を持ったこと。自分の原始感覚である無人島の食べ物を探しまわったり、東京から岐阜まで歩いて帰った経験談とともに話しをした。そして、芸大のメンバーといえば植田さんが話しをした。

送信者 art
送信者 art

その後、茂木さんが話しをして、杉原さんと原始感覚をキーにいろいろと話しをしていった。

送信者 art

原始感覚は体で知ること。だから、その土地にいてやらないと分からない。うまれてこないもの。ただ、その土地だけに止まっているだけじゃ面白くなく、原始感覚を感じつつ新しい物を作り出していかないと意味がない。

実は最も古い物に、最も新しい物へのヒントがある。

そして、今ココから世界へ未来へと発信して行く。それができる、強さがあれば場所は関係ない時代。

芸術家とは常に何かに向き合い、挑み続けていなければ意味がない。自分の醜い部分も透明にしてさらけ出す。だからこそ生まれるギリギリの表現をやるからこそ表現者である。一方で、生き様の凄まじい部分を表現するが、正体は表さない。それによって真のアートとなる。

アートとはそんな簡単に言葉にしたり表現できないこと。でも、表現しなければならない。

自分自身を作品や言葉や発想が追い越してしまった時の表現。そうして生まれたものを、後から自分自身がどう見て、どのような解釈を加えるかが最大のポイント。

御柱祭りは何も説明しなくてもそのスゴさが分かる祭り。そのレベルが一番望むべき姿。昔からずっと続いていることは根源的な何かがあり、受け継がれている。我々はこれになりうるものをいかにして作り上げるか。

祭りは生きている。古い祭りの習慣だけをそのまま受け継いで行くのではなく、現代のアレンジを加えて行く。そうしてアレンジされた祭りこそ生きた祭りである。

下克上が好き。価値をひっくり返す。そのためにはジャンルを超えて、閉じないことが重要。同族の集まり何て意味がない。もっと暴れろ。

送信者 art

こんなコトが話された。2時間はあっという間に過ぎていき、トークショーは終わった。本郷さんの写真だけ見て行こうと、蔵へ。今回は和紙に木崎湖の水源の写真を白黒でプリントしていた。この蔵の空間は去年からさらにキレイになり、板の間がとても気持よかった。ちょうど来ていたおばちゃんと話していたら、外は大雨になってしまっていた。蔵で雨宿り。外の空は異様なほどの紫ピンクいろだった。

送信者 art

しばらくして、雨が止み飲み会の会場である「あたらしや」へと。すでにみんな飲みはじめていた。芸大のころのみんなと話したり、地元のかたと話したり、茂木さんと話したり。まるで芸大の授業が終わった後に、上野公園の砂場を囲んで飲んだ日々の続きのようだった。

そして、メシがうまかった。1品持ちより&宿の食事。どれもうまい。やさしい味付けなのだ。野菜がうまいのだ。夏だから、酸っぱい味付けのものも多く感動もの。こんな夜中までみんなと色々話したのは芸大時代以来かもしれない。

送信者 art

雨もやんでいたので、ひとりで外をふらふら歩いた。静かな木崎湖が目の前にあった。こんな場ができたのも、今回の原始感覚美術祭を杉原さんが開いたから。ひとりの思いがきっかけで、場が生まれ、人が集まる。なんと素晴らしいことなんだろう。それをやっている杉原さんがかっこよかった。自分も頑張ろうという気持になった。

木崎湖にいる杉原さんは芸大時代の杉原さんの印象と大きく異なるとみんなが言った。確かに俺も思った。企画書を書き、予算をとり、アーティストに声をかけ、オーガナイズしていく。そんなキャラじゃないと思っていたけれど、自分がやりたいことを成し遂げるための役割。それを成し遂げつつ、アーティストとしても今まで以上に能力を存分に発揮する。みんな杉さんからエネルギーをもらいインスパイアされた感じがした。

送信者 art

夜もふけ、片付け。やはり植田さんが食器を洗っていた。そんな姿を見ていつも感心する。とても気遣いのある優しい人だなとつくづく思う。地元の方と話しながら、笑いを提供しつつ、真面目なことも話す。そんな話しを俺も聞きながら、皿を拭くお手伝い。片付けも終わり、寝ることにした。翌朝の月曜日は始発で東京へ戻った。

送信者 art


絵日記の中の夏休み in 湖畔の原始感覚美術展

絵日記の宿題がわりに、この夏をひとつの映像に

いつも遊んでばかりだけど、
今年の夏も本当に楽しみ尽くした。
全力で楽しんだ。

振り返ってみると、
よくもこんなにも遊んだなと思う。

渦中にいるときはたいして忙しくもないし、
やりたいことをやっているだけ。
でも、こうしてまとめてみると、
本当にいろいろな所に行き、
いろいろな事をしている。

これも自分だけじゃ出来なかったことで、
回りの仲間や
健康な体、
さまざまな環境、
これらに恵まれたからこそ。

本当にありがたい。
幸せ者です。

送信者 ムービー

たぶん、結婚式が続いてプロフィール動画を見ていたら、自分も映像を作りたくなったんだと思う。

人生とは空を舞う色とりどりの風船のように自由で鮮やかだ

波照間島、泡盛を酌み交わしながら三線を聞いた満点の星の夜を共にした沖縄仲間の結婚パーティーが先々週の土曜。
大学時代に1ヶ月のトルコ旅をともにし、無人島で凄まじい1週間を共にした心の友の結婚式が先々週の日曜。
先週は心折れ部で行った信越五岳110キロの旅。
そして、ネパールの崖崩れの山を命がけで降りて、トレランなんて言葉を知らずに初めて一緒にでたハセツネを走った友の結婚。
そんな時を共にした友達の結婚式。

3週間も連続で目を潤ませてしまった。
昔はどんなことがあっても鋼鉄のごとく最強でスーパーサイヤ人でいたいと思っていたが、最近はもっぱら涙ももろく何もかもが愛おしい。

波照間島で出会い、3回も一緒に沖縄を旅した。
沖縄つながりの友達はなんだかみんな陽気で愛情に溢れてる。
結婚パーティーはまるで沖縄。
おじい自慢のオリオンビールで乾杯!
みんなで一緒に行った沖縄のオリオンビアフェスタが懐かしい。
また、みんなで陽気で幸せな旅をしたいと思う。
実は新郎とは同じ岐阜生まれ。
なのになぜか三線がうますぎる。
また島で飲みながら聞きたいな。
歌いたいな。

そして、大学1年のドイツ語のクラスが一緒だった友人。
彼が大学1年の夏に1人でインドに行った。
それがなかったら俺は1人で外国を旅していなかっただろう。
それぐらい、大きなきっかけをくれた、かけがえのない友人。
もう1人の大学の友人と3人で一緒にトルコを旅したことは死ぬまでの宝物。
そして、大学時代は同じ日吉に住んでいて、夜な夜な飲み、鍋をして語り合った。
かっこよくて、頭よくて、常識があって、これ以上のかっこいい男には出会ったことがない。
それなのに、どこか魂にマグマをもっている。
一緒に無人島で本当に生き延びるために濃密な1週間を過ごした。
本当に大切な時間を共にした死ぬまでの友。

テーブルに新婦の学生時代の友人がいて、俺が新郎のことを誉めすぎたらしく、新婦より好きなんじゃないと突っ込まれた(苦笑)
でもかけがえのない時間を共有して、魂を共有した奴なんだよ。
あいつにとってのインドはすごい出来事で、俺もそれに刺激されて舵を切ったし。

本当に良い二人だった。
あいつは、全てにおいてかっこよすぎで、本当にヒーローだ。
お互い全然性格も生き方も違うけど、いい友に大学時代に会えて旅とか無人島とかいろんな経験を共にできて嬉しい。
お互い、常にどこかで意識して生きていきたい。
そしてたまに酒を飲みかわしたい。

俺が人生で出会った一番いい男の結婚式だった。
心の底から嬉しい。
俺はすべてにおいて負けるけど尊敬するし、かっこいいし、頭いいし、おめでとう。

今日は、インドのバラナシから国境を越えて、ポカラまで危ないジープで旅をした友の結婚式。
ハッキリ言ってあの車はアウトだった。今だから言える。
そして、ポカラからカトマンズの途中で山が崖崩れ。
そんな山を死ぬ覚悟で登って降りた。
足下が滑ったときは本当に死ぬ覚悟と言うか、こうして死ぬのかと思った。
さらに、まだ走り始める前、トレランなんて言葉を知らない時に、二人でハセツネに出た。
本当に凄まじい72キロの山の旅立った。
そんな経験を共にした、大切で大切な友達。

彼はスピーチで何度も両親に心配をかけたと語っていた。
申し訳なかったけれど、見守ってくれてありがとう、と。
俺もすごい重なる部分があって、自分の両親を思い浮かべた。

そして、新郎のお母さんに、何度も言われた。
息子の人生が本当に寺町さんに出会って、いいものになったと。
ぶっちゃけ、俺は何もしてないし、一緒に楽しく時間を過ごさせてもらっただけなんだけど、お互いにそう思っていたことが何よりもうれしい。
本当にうれしいし、ありがたい。
そして心の底からおめでとう。本当におめでとう。

命をかけた友人たち。
そんな共の結婚式が続いた。
そんな結婚式に参加させてもらって、俺のまわりの男はかっこいいなと本当に思った。
あまりにも良い男がいる。
もちろん俺を除いてだけど。
自分が情けないなと思うし、一方で俺も負けてられないと心で思う。
そして初めて結婚っていいもんだなと思う、この数ヶ月。

こんなにも素敵な仲間に出会えて、同じ時をともにし、経験をし、ただただありがたい。
ただただうれしい。
本当におめでとう。心の底からおめでとう。
そして、これからも一緒に酒を飲んだり、いつも心のどこかで意識し合える存在でいられたらと思う。

送信者 art

友達を褒めることの違和感