自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。

相変わらず、自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している様でなにより。

大学時代の大親友がちょうど1年前にコメントしてくれたこと。
このコメントに偶然再会した。それもちょうど1年後の今日に。

僕はブログの内容を書きかけで下書き保存している。その数は550件ほど。そんな下書きをちょこちょこ肉付けしてアップ(公開)することが多々ある。下書きのタイトルだけを見て、クリックして内容を確認して、その内容で書くかどうか決めるのだが、今日はなんとなく「自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。」というタイトルの下書きをクリックした。

するとこの記事はちょうど1年前、それも時間も同じぐらいに友達がコメントしてくれたことを元に書いた文章だった。昨日藤原新也さんのお話を聞いて、話して考えたことと非常に近かった。藤原さんの人生を伺っていても、自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。」感じがした。40年前の印度放浪から始まり、東京漂流を経て、現代の若者など含めミニマルな生き方についてなどを考えている。旅と言う肉体的、地理的な行為から始まり、思考してきた方だ。昨日は最近の流行である「つぶやくコミュニケーションツール」twitterにも言及していた。60歳半ばになっても常に最新の事柄に興味を持って調べ、触れ、考えている。凄いなと思った。

僕も全ては旅から始まった。旅をきっかかに山に登るようになり、本を読むようになり、文章を書くようになり、写真を撮るようになり、走るようになり、文化や風習に興味を持つようになった。興味が繋がり、広がり常に新しい何かを求め、追いかけている。目の前に人参がぶら下がって、それを追いかけてないと生きていけない性格なんだろう。

さらに、俺の中でシンクロしたことがある。去年のこの日に友達がコメントしたことを偶然見つけただけではない。僕が旅するきっかけになったのが、コメントをしてくれた親友なのだ。彼は大学1年生の時にインドへ一人で行った。俺は正直うらやましかったし、すげーなーと思った。俺も行こうと思ったけど、一人で行くまで踏ん切りが着かずにいた。そうしたら偶然大学の親友2人と俺でトルコに旅しようと言うことになった。このトルコの旅があったおかげで、海外一人旅の感覚が掴め自信がつき一人旅をするようになった。だから、この親友にはとてもありがたいと思っている。俺が旅するきっかけを後押ししただけでなく、旅から派生した様々な興味のきっかけにもなっているんだから。

そう、シンクロとはインドの旅。藤原さんが最初に書いた本は「印度放浪」。親友が初めて一人で旅したのもインド。そして彼が当時持っていた本が「印度放浪」だった。そして、俺は昨日藤原さんの話しを聞き、ちょうど一年前の今日親友がコメントしてくれた内容を読んだ。

「自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。」
死ぬまでこんな風に生きてゆきたい。

そう、俺はどうしても出来るだけ若いうちにインドに行かねばならないと思って学生時代にインドへ行った。

2 thoughts on “自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。

  1. 私もネットで書留をしていて思うのが、
    自分の興味のあるトピックや価値観は大きくは変わらないのだけど、
    それに対する新しい切り口や取り組みは、
    毎日の生活の積み重ねから生まれていっているよね。

    言葉に残すことで、自分の中で本当に必要なものが整理もされるし、
    それに興味を持った関わる人も増えていくし、いいことだね。

  2. 確かに。ベースは変わらないよね。自分の書いたことを読み返して、考えていることや趣向って昔から同じだなーって思うことが多い。

    それに、言葉にして発信することで、どんどん和が広がって行く。すると、また楽しさが広がる感じ。

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