先日、新宿のエプサイトで開催されている、船尾 修さんの写真展 「カミサマホトケサマ」を見てきた。ちょうどギャラリートークがあることを知ったので、そのタイミングで行ってきた。
きっかけは、2つのブログ。
1つ目はどんな経緯で知ったブログかは覚えていないが、RSSリーダーに登録していつも読んでいるブログがある。その方のことは名前も何をしている方かも知らないが、ブログの記事を読んでいると自分と共通した志向性を持っていると感じる。多岐にわたる内容を日々書いている方なのだが、その内容には自分もほぼ興味を持つ。それは銭湯についてであり、お祭りについてであり、山歩きについてであり、本についてであり、旅についてであり、生きていく価値観である。さらに、志向性だけでなく、そういった興味を持った後の行動のしかたも似ていると思う。
その方のブログで、紹介されていた本が船尾 修さんの写真展と同名タイトルの本「カミサマホトケサマ」だった。そして、そのブロガーの方は本を読み実際に本の中に出てくる国東半島の祭りに行っている。そのエントリーを読み、興味を持っていた。そして、船尾さんのサイトも拝見していた。
しばらく時がたった先日、いつものようにRSSリーダーを見ていたら、「風の旅人」という雑誌のブログに船尾さんの写真展「カミサマホトケサマ」が紹介されていた。「おぉ」と思いギャラリートークの日に行くことにしたのだ。
船尾さんは、自分のやってきたことや写真展全体の説明をした後、展示会場を歩きながらいくつかの写真の解説をしてくださった。船尾さんはもともとアフリカなどの辺境の地をじっくりと回りながら、写真をとるスタイルをとってきた。しかし、10年近く前に国東半島を訪れ、偶然にもケベス祭りを見ることになる。その時に、この国東半島という地に引き込まれ、今は住みつき写真を撮っていらっしゃる。国東半島は土着の風習が今でも薄まることなく続いているレアな地域であり、そこには昔からの信仰が今もあったのだ。
国東半島での日々の生活や祭りを通して、日本の宗教について感じ考えることがあったと言う。日本は神仏集合であるということを強く感じていらっしゃった。それは無宗教に近いのだと。ただ、いわゆる無宗教ではなく、無宗教という宗教であり、それは神仏集合といった概念に近いのだと(個人的な解釈が入っている気がします)
同じようなことを5,6年前にインドのブッダガヤで考えていた。外国に住んでいたり、長く旅をしていると絶対に宗教を聞かれる。すると、自分の宗教について考えるようになる。いったい自分は何教なんだろうか?と。自分で出した答えは、「文化的な意味において仏教徒」であるという結論。日々の生活で自分は仏教徒であるという認識を持ち、毎日お経を詠んでいる人は非常に少ないと思う。しかし、日常生活には仏教の考えが染み付いた言葉や行動が多い。それを人々は知らないうちに行っている。すると、仏教の考えがいつのまにか染み付いているのではないかということ。例えば、食事をするときの「いただきます」この時のしぐさは両手を合わせる合掌のスタイル。まさに仏教的なしぐさである。こんなことが日常の生活にはあふれている。だから、仏教徒だと意識していなくても、文化的な意味では仏教徒なのだろうというように考えた。仏教だけでなく、神道に関しても同様のことが言えるんだと思う。
こんなことを思い出しながら、国東半島のケベス祭りの写真や様々な行事や祭りの写真が多数展示されていた。「おひまち」の写真もあったのだが、船尾さんの解説で「はっ」と思った。「おひまち」は日を待つことである。すなわち太陽が昇ってくる事を待つ行為なのである。もちろんただ待つだけでなく会食をしながら。農作物が収穫できたことにたいして、太陽への感謝を示す行事だったのだ。そのなごりが国東半島にはある。僕の知っている「おひまち」は町内会の人が集まって食事をする会。太陽が全く見えないビルの中にある飲食店で行われる。国東半島の写真では神社の境内のような場所だった。ひとつひとつの言葉を改めて見つめ直してみると、いろいろなことに気がつくなーと思った。
写真はその写真自体も上手い下手はあるのだろうけど、それよりもその写真で何を表現したかったのかということが大切なんだと思う。写真、撮る対象、目の前にあるモノを通して何を見ているのか。何を思うのか。それを写真を通してどのように伝えるのか。船尾さんの今回の写真展「カミサマホトケサマ」では、それが伝わってきた。
船尾 修オフィシャルサイト
http://www.funaoosamu.com/
宮崎県高千穂
船尾 修写真展 「カミサマホトケサマ」
会期:2009年4月15日(水)~5月24日(日) 10:30–18:00
会場:エプサイト@新宿
http://www.epson.jp/epsite/
石仏や五輪塔などが数多く残存し、さまざまな祭り、民族行事が地域ごとに伝承されている国東半島。ここは千数百年ほど昔から、六郷満山文化と呼ばれる古代仏教文化が栄えた地であり、東の比叡山と並ぶ日本文化の発信地であった。山麓や中腹には当時、六十を越す天台宗の寺院が建立され、その多くは現在も残存し民衆の祈りを受け止めている。そのほかにも山中に磐座や修行場などの霊場は数え切れないほどある。また、全国の八幡信仰の総本山である宇佐神宮がこの半島の付け根にあり、国東半島はその神領と位置づけられていた。
国東半島では日本にもともとあった原初的な山岳信仰と大陸から渡来した天台密教を中心とする仏教思想が融合し、さらには八幡神をも取り入れる形で、渾然一体となった独特の信仰が発展していった。このような民衆の信仰の成立過程に、現在の日本人の心に深く根ざしている宗教観の原型をみることができる。この展覧会では日本文化の古層、日本人が持っている遺伝子に刻み付けられた信仰心というものの正体を表現する。