マッキンリーに死す

マッキンリーに死す 植村直己の回向と修羅 長尾三郎 講談社文庫

植村さんの書いた本は読んだことがあったが、他者が植村さんについて書いた本は初めてだった。エベレストの話しや北極圏1万2千キロなど既に知っている冒険行について書かれているのだが、植村さん自身では書かない事、それを知ることができた。今まで知らなかった植村さんについてや、その周辺の出来事をかいま見れた。

白石康次郎さんの師匠である多田雄幸さんとの関係や、エスキモーになった日本人として有名な大島育雄さんとの関係も描かれており、この時代を生きた人々のつながりも少し理解できた。

いつものように良かった場所を引用したいのだが、多すぎるので、一カ所だけに絞って引用したい。
ミネソタの野外学校で生徒たちに話した場面。

「君たちに僕の考えを話そう。僕らが子供のときに、目に映る世界は新鮮で、全てが新しかった。やりたいことはなんでもできた。そうだ。医者になりたいと思えば医者になれたし、登山家になりたければ登山家になれた。船乗りにだってなれた。なんにでもなれることができるんだ。ところが年をとってくると疲れてくる。人々はあきらめ、みんな落ち着いてしまう。世界の美しさを見ようとしなくなってしまう。大部分の人たちが夢を失って行くんだよ。
僕はいつまでも子供の心を失わずに、この世を生きようとしてきた。不思議なもの、すべての美しいものを見るために。子供の純粋な魂を持ち続けることが大切なんだ。いいかい、君たちはやろうと思えばなんでもできるんだ。僕と別れたあとも、そのことを思い出してほしい。」P283

タルキートナで植村さんが最後に泊まった宿が「ラティチュード62」ということも知った。アラスカを訪れる際は、この宿に泊まりたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。