月別アーカイブ: 2010年12月

残り葉

布団から出たくない、いつからそんな気持ちになったかは定かではない。
そんな気持ちの訪れと共に、また冬がやってくる。

並木の葉も色付き、冷たい風に吹かれ落ち葉となる。
地面にしきつめられた落ち葉とは対照的に、最後に残った葉がかよわく、風に揺られる。

葉がたくさんあった時は、どの葉が最後の一枚になるかは分からない。
でも、今はそれがはっきりと分かる。
重なりあう無数の落ち葉の中にも、最初に落ちた1枚があったのだろう。

生い茂る木々の葉を見ても、最後の1枚を思える日々を送りたい。

送信者 ドロップ ボックス

2007/12/14

その日の前に

お米は毎日食べたい。
水泳は1週間に2回はしたい。
山は月に2回ぐらい行ければいい。
ラーメンは2,3ヶ月に一度かな。
海外旅行は1年に1度は行きたい。

どんなモノにも欲する頻度がある。

僕にとって重松清さんの作品は2年に一度ぐらいだ。

どんな状況の時かは分からないけれど、2年に一度ぐらい読みたくなるのだ。
重松清さんの本でしか生まれない、あの心の中で起こる揺らめきを味わいたくなるのだ。

そんなにたくさん重松作品を読んだことがあるわけではないけれど、どこにでもいそうな人が直面する問題や幸せが自然な文章で書かれている。

今回は「その日の前に」重松清
タイトルからすぐに、テーマが想像できる。

ごくごく当たり前に思っていた日々の暮らしが、突然まったく違う意味をもった時間になる。

変わってゆくもの
変わらないもの

物悲しさ
誰もが抱える悩み
ささやかな喜び
家族の亀裂
家族のぬくもり
子どものいじめ
幼い頃の思いで
やりきれなさ

不幸なことは自分には起こらない。そんなことを思っていても突然どこからか降ってくる。まっ白になる。
人生は思い通りなんていかない。
そういうものだと思えてくる。

自分は経験していないけれど、本の中の事が自分が目の前でぶつかっている出来事のように感じられる。
本の中に出てくる世界は、僕が日々暮らしているような平凡な等身大の人がありのままでいるからだ。

この世界はいわゆるハッピーエンドでは終わらないことがほとんどだ。
どうしても解決できないことがある。
でも、それが全て悲しいことではない。
直面したことを受容することが出来ることもある。
そして、どうであるにしろ、どんなことが起きても時間だけは流れて行く。

その日の前に、出来ることがいくらでもある。

重松さんの本を読んだ後は、
大切なものやこと、ひとを大切と改めて感じられる。
なんだか優しい気持になれる。

送信者 ドロップ ボックス

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この本には、短編が7編収められているが、その短編はそれぞれが切り離されているのではなく、繋がっていることに後半に気づく。
こういった構成や、何気ない描写が身近さを増すのだろう。

そして、いつも思うのが重松さんは世界で起こっていることを、そのまま見ることが出来る方なのだろう。
さらに、とても細かなしぐさや感情の振れに気がつく方なんだろう。
最終的に感じとったものを組み立て直して、小説にされている感じがする。
是枝裕和監督に近いものを感じる。

送信者 ドロップ ボックス

以下、気になった部分の引用。

うまく言葉にして伝えられないことは、だからこそずっと手つかずのまま、思い出話の中ですり減らされずに、記憶にくっきりと残っているものなのかもしれない。P23

夕日の沈む地平線の先—「永遠」を目指して、ひとは歩きだすのだろうか。それとも、「永遠」から逃げ出したくて、死ぬまでの旅を始めるのだろうか。P72

「永遠」などというものは、ありえない。それを昌史が教えてくれた。「永遠」につづくかのように見えるものも、なにかを一つしくじっただけで、一瞬にして、あっけなく、終わってしまう。「永遠」につづいたものがあるとしても、それはただ、「たまたま終わらなかった」だけというだけのことなんじゃないか、とも思う。P72

ならば、ついさっきまで行きていたひとが一瞬にして亡くなってしまうことだって、すごい。命はこんなにもあっけなく消えてしまう。ひとの人生はこんなにもたやすく断ち切られてしまう。ドラマの最終回のような盛り上がりもなく、ただ、終わる。それはそれで、すごい—悲しさや悔しさを取り払ったあとに残るものは、やはり、その一言しかないのかもしれない。P79

終わりのない最後と同じだ。

だが、小学校四年生の少年たちを動かしたり押しとどめたりするものは、理屈ではない。子どもの心に、理屈はなんの力も持たない。P111

でも、母ちゃんは「いる」—それだけで、いい。うまく言えないけれど、母ちゃんの役目は「いる」こと何だと思う。P145

あとになってから気づく。あとにならなければわからないことが、たくさんある。P179

どんなに理屈で納得しようとも、決して消えない感情がある。P198

「ひょっとして、最後の思い出づくりで来たんだと思ってた?」P209

僕は思ったよ。恥ずかしくても、ベタな感じでも、かっこわるくても、青臭くても、無駄に思えても、めんどくさくても、人生には思い出を作らなきゃならない時があるんだと。2010, Nov 14(twitterでつぶやいたこと)と同じだな。

日常と言うのは強いものだと、和美が病気になってから知った。毎日の暮らしと言うのは、悲しさや悔しさを通り越して、あきれてしまうほのあたりまえのものなのだと—うまい言い方が見つからないまま、思い知らされた。P216

「・・・自分の行きて来た意味や、死んで行く意味について、ちゃんと考えることができますよね。あとにのこされるひとのほうも、そうじゃないですか?」
「でも、どんなに考えても答えは出ないんですけどね」P279

量から質へ

水泳にしろランにしろ、ただやるだけでは効果が薄い。
目的を何に置くかだけれど、今よりも速くなりたい、今よりも長い距離を走りたいと思ったら、それなりの練習方法が必要だ。
僕は速くなりたくもあるのだが、どちらかと言うと今よりも長く走れる様になりたい。(厳密には長時間かな)
というのも、フルマラソンに何回も出て、タイムを4時間、次は3時間30分、その次は3時間と縮めるよりも、フルマラソンの次は100キロマラソン、その次はトレイルの160キロと行った様に、未知の領域に飛び込んで行きたい性格だからだ。

まあタイムにしろ距離にしろ、ダラダラやっていても効果は薄い。
もちろん、最初の段階では、質よりも量だと思う。定期的に運動することを習慣化する必要があるからだ。
ただ、習慣化してある程度の量がキープされれば、次の段階へ行くには質が重要だ。

ただ単純に走っているだけでは速くならないので、ビルドアップ走でも始めようかと思って、いつも走っているコースの距離を調べた。
ビルドアップ走は、タイムをどんどん縮めていく練習。
最初の5キロは25分、次の5分は23分、最後の5キロは22分と言った様にタイムを縮めていく練習方法。

グーグルマップなどの距離測定ツール&自転車のサイクルコンピューターで計測。

家から鷺ノ宮駅まで約1.6キロ
鷺ノ宮駅から西(家から走った場合は左側)へ向かい公園にぶつかるところまで約1.95キロ
折り返して鷺ノ宮駅前まで同じく約1.95キロ
駅を越えて東に進み、突き当たりの集合住宅まで約1.7キロ。
折り返して鷺ノ宮駅まで同じく約1.7キロ
鷺ノ宮駅から家まで約1.6ロ
合計:10.53キロ(サイクルコンピューターのデータ)

なんとも素敵な10キロコース。
分かりやすい。
これを参考にタイムを意識しながら走る様に気をつけよう。
もちろん、ランの時の姿勢や足のさばき方も常に注意しながら。
特に疲れた時にフォームが乱れるので、そこを意識しよう。

コースの概念図

③→→→④→→→
←←←②←←←⑤
    ↑⑥
    ↑↓
    ↑↓
    ↑↓
    ①↓

それと、信号と車が少なくて緑と水が多くて気持ちよくLSD(ロング スロー ディスタンス)できるルート:哲学堂公園ー(妙正寺川)ー妙正寺公園ー(早稲田通)ー善福寺公園ー(善福寺川)ー(神田川)ー哲学堂へ戻る、で多分30Kくらいかな?

水泳の練習も同様。正直なところ、疲れたり意気があがるのが辛いから、だらだら泳いでしまう傾向にある。まあ、遊びとしてはダラダラの方がリフレッシュできていいのだが、泳力はつきづらい。効率が悪い。だから、しんどくても水泳もメニューを組んでやらないとな。

全ては、ゴールの一瞬のために。


24時間マラソンのイモト以上のゴールシーンに出会いたいならば
http://teratown.com/blog/2009/10/07/24thoythyeyyoiyyayeeaiyyeyyoedhneedh/

送信者 ドロップ ボックス

同じものを同じ時に見ていたということ

昨日は夕暮れの空がきれいだった。
うろこ雲に夕日が映る。
僕はベンチに座り眺めていた。

今日、知り合いのブログで同じことが書かれていた。
その写真と共に。

同じ時に同じ空を見ていた。
どこか知らぬ別の場所で。
そんな事実を知ると、つながっている感じがする。

同じ満月を見る。
同じ時に別の場所で。
月を通して、つながっている。
そんな気がする。
月が鏡の役割をして、お互いが見えているんじゃないかって思えてくる。

すごい美しいものが回りにたくさんある。
月にしろ、青い空に白い入道雲にしろ、道に咲くタンポポにしろ。
でも、気づかない人がほとんどだ。

今、人々が仕事をし、酒を飲み、寝ている間にも星は瞬いている。

12月 7日(火) 月と水星が大接近、火星も並ぶ
12月14日(火) ふたご座流星群が極大
12月19日(日) 月とプレアデス星団が接近
12月21日(火) 皆既月食
12月23日(木・祝) こぐま座流星群が極大

星の王子さま サンテグジュペリ/池澤夏樹訳
http://teratown.com/blog/2008/07/14/aiouthyuyoyaeyyyayuyeaossaeuio/

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L1グランプリに出場して優勝したらしい

第1回L1グランプリで優勝しました。

いったいL1グランプリって何ですか?

M1って漫才だ。
B1ってB級グルメだ。
あとの何たら1ってのは知らない。

いや、昔D1に出たことがある。
ダジャレグランプリ。
書類選考は通ったけど、1回戦で負けて帰ってきた記憶がある。
帰りに中華料理やで友達と飯を食ったかな。

今回はライブラリーグランプリらしい。
Library1ということかな。

それだけじゃ分からない。
サイトにはこんな風に説明してある。

20代から30代のライブラリアンを中心に、ワークショップ形式で、それぞれの抱く図書館像を検討・発表していただきます。この経験を通して、今後、図書館業界で活動していく上で欠かせないリーダーシップやファシリテーション、アジェンダ設定やビジョン提示、パブリックスピーキングの能力と経験を養うことを目指します。

これでも分からない。
ようは、1チーム5人で、図書館にまつわるテーマに対して案を考えてプレゼン発表する。
審査員が投票して結果が決まる。

で、テーマって何かと言うと、

「抜擢人事で館長になったとき-次代に示すビジョンとプラン」

これに対して3時間で案を考えてプレゼンするのだ。

テーマの補足はこんな感じ。
* あなたは抜擢人事で図書館長に就任することになりました。明日は就任初日です。
* 20分間、自分のチームで相談するのではなく、他のチーム、観覧の人たちに、どうするか意見を聞いてください
* そのあと、自分のチームたちで相談、3分間の発表をしていただきます
* 発表には情報機器の使用は不可能です

で、国会図書館に勤める友達のYashiさんに誘われて参加。

僕らのチームはこんな発表をした。

設定としては、国会図書館。
→国立国会図書館こそが、先駆けとなるイメージを提示するため。

コンセプトは拡散する知へのアクセス
→これからの図書館は個人の知(知識&知恵)の拡散を権威づけし、その上で知にアクセスしやすい環境を整えることが重要。
→ソーシャルメディアで個人の知も非常に価値があることが分かっている。さらに、発信したい欲&認められたい欲も強い。これを活用して図書館は知をためる。

具体例
o 個人の出版を図書館が手助けする出版サービス(出版は紙とデジタルは問わない)
   →埋もれていた知を拡散させ、権威づけする。情報にさらなる価値が付加
o 全国の各図書館から探せ、もちろんウェブからも。
o ヨーロッパの事例を参考に、実施していく
  
ヨーロッパの事例
YoursMineOurs
→個人の蔵書リストをウェブで公開し合い、本を貸し借りできるサービス。見つからなかった本が見つかったりする。

 KIOSK
 →デザイナーや建築家など、見せ方のプロが本を厳選して展示するパフォーマンス。

まあ、ざっとこんな感じ。

L-1グランプリ2010概要
日時:2010年11月25日(木)10:30~17:00
場所:第12回図書館総合展会場(パシフィコ横浜)
主催:図書館総合展運営委員会
共催:図書館振興財団
協力:アカデミック・リソース・ガイド株式会社
チーム条件:
* 5名からなるチームを結成し、チーム単位で出場をお申し込みください。
* チーム結成にあたっては、チームリーダーを1名決めてください。
* チームリーダーを含む過半数のチームメンバーは、40歳以下で構成してください。
* 職業、図書館勤務経験の有無は、一切不問です。

石けんブラザーズ
福林靖博:リーダー(国立国会図書館)
氏原茂将(川口市立映像・情報メディアセンター「メディアセブン」
久慈達也(神戸芸術工科大学図書館)
橋詰宗(グラフィックデザイナー)
寺町健(オレ)

送信者 小笠原

ここからは今回参加しての個人的な意見。

この時代(これからの時代)に置ける図書館の意味って何だ?と考えると、2つある。
1、図書館にしかないような貴重な情報を全て一般人からアクセス可能にすること。
2、場所が生み出す交流や新たな出会いの価値。
3、ネットに残りにくい情報をアーカイブすること。ネットの情報を全てアーカイブすること。

1、図書館の本の情報を全てデジタル化を済ませてほしい。どこからでも情報にアクセスできる状況を作ってほしい。 
 →サーバーとか検索とかの技術命(もちろん外部にアウトソースするだろけど、内部に図書館の役割を踏まえてそれを設計できる人材は必須)

2、カタチのある図書館は超立派な図書館とカフェになればいい。
 →モノとしての本にも意味があると思う。それは一部の超立派な図書館におまかせ。蔵書数やレアな書物など。
 →一般の人が立ち寄る図書館はカフェのような感じになればいい。だれでもふらっと寄れる様に、駅前にあっても便利。

3、図書館はやはり圧倒的な情報量を持っていないといけない。今までは中心が本だっただけ。
  これからはネットに書かれないような情報を積極的に図書館が拾い上げて、残すサポートをしないといけない。郷土料理の作り方かもしれないし、ノグソの仕方かもしれないし、誰かの家の家系図かもしれないけれど。もちろん、ネット上に現在たくさんある情報もいずれ消えていく。だから、今この瞬間の情報をどんどんアーカイブして行く。

こんな感じかな。