月別アーカイブ: 2015年1月

当たり前だが差はどんどんひらくから、若い頃が肝心なんだ

当たり前すぎる話だが、差はどんどん開いていく。年を重ねるとともに。
だからこそ、若いころに少しでもチャンスをつかんで、それを活かすことが重要なんだ。

なんとも抽象的なことを言っているが、何についてかといえば、すべての物事について。
で、具体的には?って話だが、

例えば、英語

英語が少しできる人と英語がほとんどできない人がいる。

おそらく、英語ができる人に海外の駐在とか海外とやりとりする仕事は与えられる。
すると、英語を使うグローバルの仕事を任せられた人は、日常的に英語を話さないといけなくなる。そういった環境に置かれる。日夜そんな環境にいれば、自然とビジネス英語ができるようになる。そうすると、彼はビジネス英語が堪能な人となる。さらに難易度の高い交渉ごとなどの仕事を得るチャンスがやってくる。

一方で、英語がほとんどできなかった人は、母国語のみで仕事をし続けている。英語は上達しない。最初の差は英語が少しできるか、ほとんどできないかという、小さな差だったんだけど、結果的に与えられる(つかみとれる)機会が異なって、時間の経過とともに大きな差となって、どんどん逆転がむずかしくなる。

例えば、スポーツマンとしての成果もそう。若い頃に才能に秀でていれば、トップのチームに入れたり、養成コースなんかで器具も良いものが使え、良いコーチに巡り会える。これらの環境があれば、スポーツマンとして大成する可能性も上がるだろう。

例えば、ビジネスマンとしての結果もそう。若いうちに結果を出せば、次の難易度の高い業務がやってくる。そして、その世界で結果を出せばさらに。年を重ねてから結果を出しても、次の機会を得ることはむずかしくなる。

そう、どんなことでも、より若い時に何か能力をつけて、チャンスをつかむことが、チャンスを活かすことが重要なんだ。最初は小さな差だったのに、時間が経てば、大きな差になるのだから。

まずは、小さな差でもいいから、何かを身につけていく。そうすると、いつか大きな差になっているから。

送信者 ドロップ ボックス

変える決断する人

曖昧に続ける
前やってたから続ける
配慮してあげる

とかとか

ダメなものはダメ
よいものはよい

批判とかされても、決断していく。
制度とか今までの習慣を変えて、推進する人が少ない。

決まったことを、言われて推進する人ならいるが、大きな変更を決断する人が少ないなと思う。

批判とか引き受ける覚悟がないのかな。
上に立つ人にビビっているのかな。

もちろん、変える理由が説明できて、それに納得して、共感してくれる人を巻き込む能力も必要だ。
決断する力とあわせて重要。

あとは、問題や課題を、これは問題だ、改善しなければならない、と感じれる感覚があるのも大前提。

強烈なビジョンを示して、どんな障壁があろうとも、それに向けて推進していく力と変えることを決断することは似た能力なんだろう。

結局、これらでしか世界は変わらない。面白くならない。

送信者 小笠原

ハンタマで半人前を2倍で1人前?

青い空とふかふかのパウダースノーを飛ぶように滑る。そんな姿を夢見てスキー特訓中。

毎週のようにスキー場に行っているが、同じところは飽きるので、毎回違うところを選択するようにしている。どんなことでも、始めが肝心だ。それは人間の興味が長く続かないということと人間は反復練習で能力が上がる、その反復の期間が短い方が前回の記憶が鮮明で効率的だからに他ならない。

なんだけど、毎回同じところだと飽きる。飽きると続かない。その飽きない工夫が、毎回違うところに行くこと。先週末はマウントジーンズというスキー場へ行くバスツアーを予約していたのだが、朝の集合に行くと、マウントジーンズは風が強くてリフトが止まる可能性が高いので、ハンターマウンテンに変更になります、と。おいおい、先週もハンターマウンテン行ったじゃんw

料金的には、マウントジーンズよりハンターマウンテンの方が1000円ぐらい高いのに、料金そのままだからお得だったり、リフト券2回分で食事1000円無料券がもらえるので、さらにお得だったりするので、まあ、結果的に良かったのだが。

ということで、2週連続でハンターマウンテンを楽しんだ。

ハンターマウンテンでスキー。天気はそこそこ良かったが、下から巻き上がる風が強かった。それが冷たい。そして、ゴンドラがいつも止まっている。。。

本論のスキーについては、だんだんスキーのコツが分かり始めた。脳では分かっていたが、体がそのようについてきて、体の動きと脳がコミュニケーションして、両方で分かり始めた。実感をともなってきた感じがする。

急斜面でガリガリでも、小さなターンをして、ターンの時に片足に力を入れてエッジを効かせれば、スピードコントロールできる。

前傾姿勢で、細かなターンで、ストックをつきながら、リズムよく滑る。腰というか尻を入れる感じ。尻を倒す感じ。すると重心も傾いて、うまく滑れる。以前は怯えて後傾だったけど、今は後傾になると逆に滑り落ちそうで怖くなる。

フカフカのパウダーは気持ち良いが、板が雪に埋もれてるので、操りづらい。力がいるのか、なんらかコツがあるはず。今はまだターンがやりづらいので、スピードコントロールと向きというかターンが思い通りにいきづらい。

そして、コブ。これが難しい。あまり掘られていないとなんとか滑れるが、深く掘られたコブはこける。リズムの取り方とか板の操るタイミングがイマイチわかってない。たぶん、コブは板を置く場所が狭いので、両足がきれいに揃っている必要がある。これがうまくできていないんだろうな。

同じ斜度でも幅が狭いと恐怖心がでる。結果的にその狭い幅で滑っていることもあるのに、視覚的に狭いとコントロールできないとどうしようとか思ってしまう。その辺りの冷静さを保つとかも重要だなと。

送信者 苗場スキー2012

何歳になっても新しいことを始める、そして、明日より今日から。1日でも1秒でも早く、若さという最大の能力を最大限に引き出すために。

何歳になっても新しいことを始める。

スキー、自動車の運転、登山、トライアスロン、一人旅なんだって、そう。

スポーツだけじゃなくて、ビジネス、会計、法律、言語、プログラム、絵でもいいし、建築とか農業、楽器なんでもいい。

たとえば、スキーでもなんでも初めて見ると、いろいろと新しい発見があるし、最初はいろいろなことを短期間でインプットしないといけない。すると、脳が心地よい汗をかく。定期的に新しいことに取り組まないと、新しいことを始めるのが億劫になる。すると、さらに新しいことへのチャレンジから遠のいていってしまう。

世界はどんどん変化しているし、自分がそのままでは化石になる。不安なこととかもあるかもしれないけれど、常に新しいことに挑み続ける姿勢って大事だなと思う。

そして、新しいことに飛び込んでみるなら、少しでも若い方がいい。若さという最大の能力を最大限に引き出すために。たとえば、身近な自転車とか。子供の頃に誰もが乗る練習をして習得する。自動車の免許であれば20歳前後にほとんどの人が乗れるようになる。

30歳になってから医学部に入り直すのだってハードルが高い、新しい語学も若いころの方が習得が圧倒的に早い。ビジネスも、歳をとってから新しいことは難しい。変化に慣れていないと。

歳を重ねてからでは、感覚とかが鈍って、習得までに時間が掛かる。だからチャレンジするなら明日より今日から。1日でも1秒でも早く始めるに限る。

自動車の運転とかスキーとか、別に世の中的にはたいしたことないこと。誰でもできるし、できない方がダメ。特別な天才とか金持ちとかは別かもしれないが、普通の人だったらできて当たり前の事ができなかった自分が、それらをやって感じた事。

比較的、フットワークが軽いので、新しいことにはチャレンジする方だけれど、このことは死ぬまで意識していたい。70歳とか80歳を超えても、いろいろなことにチャレンジしている方もたくさんいるし、その方達は気持ちが若いし、肉体も若い、そして何より楽しそうに人生を歩んでいると感じる。

そうなりたいなと。

そして、新しいことを始めたときはスタートダッシュが大切。まずははじめてすぐの時に回数を重ねる。慣れてきても継続が命。頻度は減っても継続。はじめの段階で、プロとか長くやってる人に習うとか、基礎を頭で学ぶ。それを実践する。習うより慣れろで数をこなしつつ、論理も学び、どうすれば習得が早いか自分で考え、うまくいっている姿をイメージする。まあ、ビジネスのPDCAを高速で繰り返すのと同じ。飽きないように初期は特に明確なゴールをもって、それをクリアしていく。そのゲーム性で継続できる。

送信者 甲斐駒ケ岳20110709-10

過去のブログ

えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる
年を重ねると、ゼロからことを始めない

顔が見えないと怪しむ理由

寒い時はフードを被る。

パーカーにフードが付いていれば被るのが得策だ。

ただ、大人なのにフードをかぶって、街を歩いていると怪しまれるんだろうな、と思いながら街を歩いていた。

ふと、思う。

なんで、人はフードをかぶっている人を見ると怪しむのだろう、と。

結論は、あまりにも簡単で、単純だった。

人は、見た目で他人を判断する、見分ける。

友達や知り合いでもない、街を歩いている人。

それらの人となりが分かるはずがない。

そんな場合に唯一の情報は見た目なのだ。

だから、見た目で判断し、見極める。

この人はAさんだとかってのもそうだし、初めて見た人の怪しさとか、良い人だとかも。

見た目なんで、もちろん服装とかでも見極めるのだが、服装は変わる。

だから、変わらない顔で人を見極める。

顔でしか見極められないから、顔で見極めようとする。

その肝心な顔が見れないから、何者かわからない。

だから、不安で疑う、怪しむ。

こんな感じなんだろうな。

送信者 薮地、浜比嘉、粟国、渡嘉敷、伊江島2013GW