太陽が西の空に沈み、夜がやってきた。
旅先で知らぬ町を目指しているとき、
暗くなるといつも少しの不安が襲う。
いくら旅を重ねても変わらない気持ち。
今夜も無事に宿が見つかるだろうか。
送信者 パプアニューギニア2011 |
僕らはRum Hwyを走っていた。
どこまでも続く、サトウキビ畑を。
すでに10時間以上バスに乗っている。
この国に、こんなにも平地があって、
そこに商業的な発想で作られたサトウキビの畑が永遠に広がるとは。
今まで見てきたこの国の地形、
そして何よりも人々の性格や行動からは結びつかない風景だった。
広漠な畑のちょうど間ぐらいに、
大きなサトウキビの精製工場がたっていた。
そんな一直線の道を引き裂くように飛ばしている時、彼は聞いてきた。
送信者 パプアニューギニア2011 |
それまでにも既に、どこの国から来ているか、
ここに来る前はどこにいて、この後はどこに行くか?
旅人が聞かれるいつもの質問をひとしきり聞かれていた。
おもむろに、「名前は何だ?」と。
「ケン」だと答えた。
本当は「タケシ」なんだけれど、
旅のときは、最初の頃に「タケシ」と言って、
聞き取ってもらえない場合は、
「ケン」と名乗るようにしているのだ。
パプアニューギニアの人にも「タケシ」は慣れない発音だった。
すると、彼は一瞬、時が止まったような表情をした。
俺も「ケン」だよ。
そう、同じ名前だったのだ。
彼はいつもより柔らかく微笑んだ。
送信者 パプアニューギニア2011 |
ケンは乗り合いバスの客引き兼料金回収の仕事をしている。
パプアニューギニアのバスは、どこでも乗り降り自由。
空席が出たら新たなお客さんを探して、席がうまったら出発する。
だから、常に客引きが必要になるから、バスに一緒に乗っている。
そんな彼が話しはじめた。
「バスに乗ってくれてありがとう。」
今さら、何かと不思議になったが、
こちらこそ「ありがとう」と。
送信者 パプアニューギニア2011 |
彼は続けた。
「観光客はバスに乗らない。
乗り合いバスには乗らない。」
「治安が悪いからとか。
到着時間が分からず不便だからという理由で。」
「でも、ケンはバスに乗ってくれている。
だから、うれしいんだよ。」
「君は、本当のPNGを見ている。
PNGのインサイドを見ている。」
「たぶん、日本とは全く違うと思う。
それがPNGのあるがままの姿なんだ。」
「これはケンにとってのライフタイムエクスペリエンスだよ。」
俺は、とてもうれしかった。
わざわざ俺がバスに乗る理由をケンは感じとってくれていた。
それを共有できていたことがうれしかった。
そして、ケンという男の感性に脱帽した。
自分がなりえい立場の人間の感覚をここまで理解しているとは。
もちろん旅先では、祭りも見たいし、美しい自然、歴史的な建造物などの名所も見たい。
回りの人に旅する理由を聞かれたら、それらの場所に行きたいと答える。
でも、極論を言ってしまえば名所が見たい訳じゃない。
その国のありのままの姿を見たい。
それは、自然であり、文化であり、人々の性格であり。
俺の存在が限りなく小さくなって、この国の人がいつも通りに生活しているさまを、見て感じたい。
まるで、覗き穴から彼らの日常をこっそりと見ているかのように。
それには日本人同士で群がらない方がいいし、飛行機やツアーよりも現地の人と同じ交通手段がいい。
だいたいの国ではそれがバス。
バスの中はどこも、その国そのままだ。
じいちゃん、ばあちゃん、赤ん坊、おっさん、おばさん。
みんなが乗っている。
現地のラジオや音楽がガンガン流され、
なぜか大きな麻袋を持ち込む人がいて、
ペチャクチャ何かを食べて、ゴミを床に捨て、
みんなで大笑いをして。
一方で、飛行機の中はどんな国でも、先進国のようだ。
みんなそれなりの服装をして、
静かに決まった席に座り、
金持ちだけがのる。
バスの中はどこも、その国そのままだ。
そして、
どんな風に地形が変わるか、
人々の顔が変わるか、
性格が変わるか、
植物の植生が変わるか、
気温が変わるか、
食べ物が変わるか、
文化が変わるか、
それらの変化していく過程を五感で味わえる。
だから、バスで移動したい。
陸を移動したい。
歩きや、自転車でもいい。
人に、自然に触れ合いながら移動して行きたい。
名所ごとをただワープして見に来た訳じゃない。
僕はどこでもドアが目の前にあっても、旅ではどこでもドアを使わない。
そう決めている。
旅をするために。
送信者 パプアニューギニア2011 |