髪の長さと髭の長さ

髪の毛を伸ばしていた、伸ばしていたというのと切るタイミングを失っていた。子供が産まれたし、大人なんだから坊主を止めようかなと思ったのもあり、昨年12月に数年ぶりに床屋に行った。床屋と言ってもQBハウス。それもはじめて。で、その後、伸び続けていた。

いつもは、風呂に入る前にバリカンで自分で切って、そのまま風呂だった。しかし、赤子を風呂に入れる役目となり、自分が髪の毛を切って、風呂に入れるのが難しくなった。ご飯を食べた後、すぐに風呂に入れる必要がある。さらに、風呂に入ったらまずは赤子の体を洗って、出す必要があり、自分の洗髪などは後回し。しかし、髪の毛を切ってると、細かな毛が風呂に浮かんでしまうのだ。という理由もあり、のびのびに。

で、数カ月ぶりにバリカンで切ってみた。やはり楽だし、おしゃれを気にしない自分には合っている。そんなメモと共に、昔書いて放置してあったブログを。

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バリカンで髪の毛とひげを剃り始めて、はや数年。

髪の毛は5mmで、ひげは3mmでいつも切っている。
ただ、ひげは7〜10日ごとに剃って、髪の毛は1〜1.5ヶ月に1階のペースで切っている。

なのにだ、ひげと髪の毛が同じ長さだねとよく言われる。
切ってからの日数を考えると、髭は5mm前後、髪の毛は1.5cmはあるはずなのにだ。
これは、不思議だ。

面積が広いと長くても短く見えるのだろうか?
面積が狭いと短くても長く見えるのだろうか?

頭部は上に向かってはえており、髭は下に向けてはえているから、こういった向きの問題なのか?

切りたてで、2mmしか差がない時はあまり長さ同じだねと言われないのも不思議なのだ。
うーん、謎だ。

まあ、みんな興味ないだろうし、てきとーに言っているとは思うのだが、長さの差がでてから長さが一緒だねと言われることが多いことが不思議でならない。

子供の持つ力から人の持つ力を知る

子供といるとバカになれる。赤ん坊は言葉がはなせれないから、言葉ではない擬音語などで、赤ん坊に合わせる。すると、いつも見ないキャラが出る。
馬鹿という表現が良くないかもしれないけれど、紳士なキャラな人が赤ん坊の前だと、見たこともないキャラになったり。赤ん坊がいないところでは考えられないようなことがある。

赤ん坊や子供がいるだけで、空間が変わる。明るくなる。それは、赤ん坊をきっかけに、周りの人も変わるから。変わるというか、周りの人の素が出るから。

もちろん、その存在も人を帰るが、声が大きい気がする。声が聞こえること。
人の存在や声が場の空気を色とりどりなものにする。そういったものが、そういた空間が人間は好きだ。

そう考えるとテレビもこれだけ流行ったのが分かる。人の存在がテレビにはあるから。だからこそ、音に特化したラジオがそもそもあれだけ普及し、つづいてテレビが全世界で広がったのだろう。電話、テレビ電話もそう。独り暮らしだと会話がなくさみしい。二人だと会話が生まれる。それの代替がテレビ。

たった一人の人間で、コミュニケーションが変わる。家族の会話が増え、楽しみが増え、みんなが幸せになる。
一人旅と二人旅の違い、単独登山と仲間との登山も。
もちろん、会社も同じなんだろうなー!

1人の影響。人間は人間で変わる。

パソコンなに選ぶ

パソコンなに選ぶと聞かれて、別に何でもいいなー、何でも一緒だなと思った。ちょっと前に、スマホについて話していて、スマホはまだどれが良いかなと考える余地があった。

そう、パソコンはコモディティ化して、何でも一緒になっている。できることはもう数年変わらないし、スペックも変化がない。だから、macとかブランドで勝負して、クールさを売りにして高単価で売っている。まあ、電子レンジとか洗濯機とか出た時はそれ自身に価値があったけど、だんだんコモディティ化してしまう。その中で機能で高付加価値にいくか、ブランド化にいくか、安さにいくか。プロダクトライフサイクルとは、まさに。

そう、はじめてパソコンを買った20年ほど前の中学生の頃は、どのスペックでどのメーカーを買うかを必死に考えて比較してワクワクがあった。確か10年ちょい前ぐらいもその感覚は少しは残っていたと思う。

スマホも出た頃は、同じようなワクワクがあったが、この2,3年は比較的なんでも良いやと思うようになった。スマホもどんどんコモディティ化してきている。プロダクトのライフサイクルって本当に短くなっているんだなと実感しながら、教科書に書いて有ることが目の前で起こっていて、後から見ればそういった変化に今まさにいるんだなと、実感したのであった。こういう経験をすると、あらためて認知すると勉強になるな~。

家族の風景

春が近づいてきた3連休、はるかちゃんの首も座り、4月からの保育園も無事に決まったということで、岐阜のじぃじとばぁばに会いに行くことにした。昨年末に東京に来て会ってくれた以来だから、約3ヶ月ぶりかな。この3ヶ月で人間らしくなった。こういう言い方も変だが、感情を理解し、意思を持つようになった、その意思を泣き声や身体の動きで表現できるようになったことが、大きな変化だろうか。大人の掛け声とかにも反応して、大人は嬉しく、楽しませてもらえるようになっている。そして、体も産まれたときの2倍程度になり、大きくなってきたので抱っこしても不安がなくなり、ちょっと太ってぽちゃぽちゃでいい感じなのだ。

3連休ということもあり、前週に新幹線の指定席を予約したけれど、2席のシートは埋まっており、3席の通路側2席を押さえておいた。土曜日の朝、食事をして、洗濯を回して、10時過ぎに家を出た。バックパック2つ、スーツケース、そしてベビーカーと、なかなかの荷物。1人や大人だけなら、小さなザックひとつでどこへでも出かけていた。時間もギリギリに家を出ていたが、それも変わる。駅に着けば、ベビーカーを引いているのでエレベーターを探してウロウロと。ああ、こういった状況にならないと、分からない不便さだったり、幸福もあるんだなと思いながら、品川駅へ。

お土産やお弁当を買って、新幹線に乗り込んだ。はじめての新幹線、興味津々で目をキョロキョロさせていた。新しいものに対して、反応がよい。はじめての旅行、はじめての帰省、はじめての新幹線、どんな風に感じていたのだろうか。新幹線の中ではずっと静かにしていて、親としては助かったが、騒ぎたかったら騒いでもいいんだよ。大人が助かるとかは、まあ大人の事情なんだしさとかも思いつつ。名古屋は本当にあっという間について、東海道線に乗り換えて岐阜に。結婚してから帰る頻度が上がったな−と思いながら、いつもの見慣れた風景を車窓から眺めていた。

駅を降りると、いつものように父親が迎えに来てくれていて、家まで送ってくれた。いつもと違うのは、1人多いこと。さっそく、父親がうれしそうな声で迎え入れてくれた。家に着くと、母もおばさんも来て、はるかちゃんフィーバーが。赤ん坊がいるだけで、これだけみんなを幸せにしてくれるのかと思った。そして、本当に両親が幸せそうで、楽しそうで、孫が嬉しいんだろうなと伝わってきて、その姿を見ることが自分も幸せな気持ちになった。ひとりの赤ん坊をきっかけに、幸せの連鎖がうまれる、そんな光景があった。

俺が使っていたという30年以上前のベビーベッドが組み立てられていて、掛け布団を買って準備してくれていたそうだ。こうして、代々受け継がれていくものがあるんだろうなと思いながら、父の仕草を見ながら、ああ、俺って親父と一緒の発想だったり、同じことしてるなーと思ったり。ああ、親子なんだな、親子って似るんだなと。そんなことを思いながら、ふとはるかちゃんに目をやると、この子はどんな子に育つんだろう。どんな光景が30年後に広がっているんだろうと、ぼんやりと思い描いていた。

親戚の家に行き、家族で食卓を囲み餃子を食べ、食器洗いをささっと済ませると、みんなではるかちゃんを囲む。みんなの中心にはるかちゃんがいた。お風呂は父親が入れてくれたんだけど、30年ぶりの赤ん坊の風呂入れは、忘れていて、ドキドキしたようで、はるかちゃんにも伝わって泣きながら。でも、途中から慣れたら、はるかちゃんも気持ちよさそうにお風呂に入っていた。

翌日は、長良天神神社へ。ここは俺のばあちゃん家のすぐ近くで昔何度も通ったところ。父親は小さい頃よく遊んでいたとか。天気もよく、結婚式が行われていて、そのすきにお宮参り。青空のもと梅も咲いていて、ちょっと遅くなったお宮参りだけど、偶然にも大安で良い時間になった。すぐ近くの父親の畑に。去年からいろいろと野菜を送ってもらい食べていた。ここの無農薬野菜を奥さんの体を通してはるかちゃんは食べて育ったのだ。これから、離乳食になり、野菜を食べるようになったらはるかちゃんも食べるになるであろう畑を見学。

せっかくの帰省、じぃじとばぁばにお洋服を買ってもらおうということで、西松屋へ。じぃじが選んでくれた白と紺のボーダーシャツと、紺色のパンツ。ボーイッシュでなかなかいい。もう1着もボーダーのワンピース。はるかちゃんは、スカートよりズボンが似合うのだが、女の子っぽい可愛らしい1着。ついでに、冬用のつなぎのアウターも。かなり大きくて来年着れるかなという程度。でも、岐阜にこの服を置いといて、来年の冬まで保管してもらうことにした。この服がちょうどよいぐらいに大きくなったかななんて、服を見ながら生活するのも楽しそうじゃないか。

お昼を食べてから、近くのユニクロに。ただ、あまりベビー服がなく、かつ花粉がひどくそそくさと帰宅笑。また、みんなでご飯を囲む。おばさんも、はるかちゃんに初対面して幸せそうだった。あっという間に時間というものは過ぎていく。とてもよい時間を過ごしたのだけれど、もう最後の日の朝。俺は車の運転の練習に父親と出て、女性陣は家にいた。はるかちゃんが出る前にうんちを漏らしたり、ドタバタしながら新幹線の時間を迎えた。

今までは岐阜とLINEで、テレビ電話だったけど、実際のはるかちゃんは、よりかわいいし、お肌スベスベだし、泣き声の声色も様々だし、表情も豊かだし。このたった3日。でも、この3日ではるかちゃんはいろいろ変わった気がした。あれ、こんなにも大人の声に反応良かったっけ?とか。可愛がってもらって、はるかちゃんも嬉しくて、新しい刺激を受けて、できることが増えたのかななんて、親バカなことを思いながら、いろいろな人にかわいがってもらって、コミュニケーションを取るって大切なんだなと。

3日間で思ったことは、ああ、家族ってこうして繋がっていって、家族が同じ空間をともにすることでみんなが幸せになるんだなって、そうしたことは当たり前なのかもしれないけれど、なかなかにして代えがたい、とてもいいもんだなと。ああ、いいね、こういう時間を過ごすことって。単純なことだけど、純粋に家族の繋がりっていいねと思った。もちろん、いろいろな知らない場所に旅したり、1人で山に行ったり、そんなことも大好きだし、これからもするんだろうけど、こうした時間はまったく別次元でいいものだなと。

なんだか、ハナレグミの歌声が聞きたくなる、そんな時間だった、

■家族旅行&帰省でのポイント
・大人が2人いればベビーカーはなくても良い。あるとけっこう不便。
・1人ででかけるなら、ベビーカーがあったほうが便利かも。
・泣いたり、うんちを漏らしたりと想定外のことがあるので、時間に余裕を持つ。
・両手が塞がると大変不便。
・1泊2日だとかなりハードなスケジュールになりそう。
・岐阜に帰るなら2泊3日の方がゆっくりできる。

白馬八方尾根スキー場

今シーズン最後のスキーという話になり、白馬へ。タクジさんもかっせさんも今シーズン最後という、こんな早い時期に珍しい。最後になるので日帰りだけど、ちょっと遠出しようということで白馬になったのだ。

前日土曜夜8時に家まで迎えに来てもらって、双葉SAへ。ここで静岡から来たかっせさんと合流して、カッセさんの車に乗り換えていざ白馬へ。夜中の0時頃に駐車場に到着して、社内で寝る体制を整えてからの宴会。車中泊は久しぶりだが、やはり白馬は寒かった。ステップワゴンの後部座席におっさん三人が互い違いになって眠りについた。

朝の5時30分ぐらいに寒さと明るさで目を覚ますと、窓ガラスは凍っていた。やはりエクスペディションのシュラフが良かった。外に出ると、空気がキリッと冷たく、目の前には白い北アルプス。昨夜は真っ暗だったからこんな近くに山があるとは。目隠しされてたときのサプライズのようで喜びが倍増する。それにしても、美しい。気持ちいい朝だ。

朝、外に出ると白い北アルプスの山々。スカッ−と気持ちが良い。だらだらして、大阪から来ているべっちさんと名古屋から来ているもんちさんと話して、白馬八方尾根スキー場の国際リフトの駐車場へ。

はじめて白馬のスキー場に来たが、白馬八方尾根スキー場の上部からは、北アルプスが目の前に。本当に気持ちがいい。スキー場からこんなにきれいな山が見れるなんて幸せだ。やはり上越方面や水上あたりのスキー場とは違う。そして、広い広い。こりゃいいなー。白馬最高だな。東京からはちょっと遠いけど。

天気も良くて、青空。そして、白い山。久しぶりにこんな山みたな。落ち着くな。やっぱり最高だ。夕方までガッツリ滑って、帰路に。松本のスキーショップに寄り、東京へ。途中みどり湖サービスエリアの食堂で夕食を食べたが、ここがSAと思えないほど安くてボリュームたっぷり。渋滞もなく帰り着いた。