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僕が「癒し」を嫌う理由

癒しはマイナスをゼロにしかできないと思う。

でもワクワクすること、楽しみな事、心躍る事。
やりたくてしかたのないことはマイナスをプラスに持っていく力がある。
ちょっとしたプラスを、無限のプラスにしてくれる。

嫌いと言う表現を使うと、また敵を多くするのだが(笑)
もちろん、マイナスがゼロになったから、プラスになることを考えられたり、行動できたりする事はあると思うけれど。

まあ、ワクワクすることって、これをやったら元気になれるからやろうと言ってやるもんじゃなくて、自然と沸き上がってくるもんだけどね。
個人的には「癒し」に興味はあまりなく、有り余るほどの興味を爆発させて、それに突進しているのが楽しい。
やったことないことも多くて、壁にぶつかったり上手く行かなかったりするけど、工夫しながらやるのって一番楽しい。
ずっとそうやって生きていきたい。

何で疲れるトライアスロンなんか参加したのか?という問いに対するひとつの回答がこれだと自分の中では思っている。

送信者 ドロップ ボックス
送信者 ドロップ ボックス

昔も書いている
http://teratown.com/blog/2006/09/01/ithia/

好きなことがある幸せ

好きなことがあるって幸せだなと「アニミズムの希望」を読みながら何となく思った。この本にそのような内容が書かれていたわけではなくて、ふと思ったのだ。

本当に好きな著者や好きなジャンルの本、偶然手に取って面白かった本を読んでいると、何物にも代え難い幸福を感じる。

僕は旅が好きだし、走ることも、山も、海も、写真も、本も、歌うことも、星を見ることも、お祭りも、星野道夫さんも大好きだ。

自分の好きなことがあると、日々が豊穣な世界に変わる。
生きている楽しみがぐっと広がるのだから。
自分の好きなことがあると、自然とそれをしている。
すると、いつのまにか幸せになっている。

でも、好きなことはひとつひとつ自分で見つけなければならない。
最初から何が好きかは分からないけれど、色々なことに挑戦して行くうちに自分の好きなものが少しずつ見えてくる。
地味に地道にひとつひとつ経験して見つけるしかないのだ。
そんな過程もとっても楽しいのだけれど。

そして、またそんな過程を踏みはじめます。
またひとつ好きなことが増えそうな予感がして、僕は幸せです。
もちろん好きなことがあるだけでなく、それが出来る環境に感謝して。

送信者 北岳と間ノ岳

今までずっと欲しかったものをついに買いました。
土曜日に手に入るのが楽しみです。

今やりたいことは、カヤック、自転車、狩猟、フライフィッシング、楽器です。
このひとつを始めることにしました。

送信者 北岳と間ノ岳

やっぱり夏はママチャリを我武者らに漕いでこそ

前回までの小笠原旅日記はこちら「海の中の世界と星の流れる世界、僕はその間をこうして旅をしてる。」

夏になると我武者らにママチャリを漕いでいた。一昨年は大分の中津昨年は岩手の遠野、そして今年は長野の木崎湖とここ小笠原諸島の母島だ。

汗をダラダラ流しながら、青い空と入道雲の下を我武者らに自転車を漕ぐ。なんとも楽しい瞬間だ。あぜ道や堤防を走っているとそれだけで、夏を感じてワクワクしてくる。さすがに、「今年も夏はママチャリを漕ぎたい!」と思っているわけではないけれど、振り返ってみると結果的に夏はママチャリを我武者ら漕いでいた。

送信者 小笠原

そう、小笠原の最後の日がやってきた。小笠原滞在は今日が実質的に最後なのだけれど、最後な気がしない。なぜなら、今日を含めてまだ旅は3日続くから。明日の朝に母島から父島に戻り、午後の便で父島からまるまる1日以上かけて東京(竹芝)へと戻る。そんな理由からまだ旅の最後だと感じないのだけれど。

送信者 小笠原

最後の日に何をしようか。何もすることはないのだけれど、北港ではウミガメと泳げるということでとりあえず北港へ。行く手段としては、レンタルバイク、有償運送、自転車、歩きの4つ。バイクのレンタルは既に借りられず。有償運送はバスのような感じでお願いすれば特定の時間に乗せていってくれるサービス。これもよかったのだけれど、時間に縛られるのでパス。そこで自転車を借りることに。同じ宿のロンゲの兄ちゃんと2人でチャリに乗って北港を目指す。

送信者 小笠原

足ヒレやシュノーケルを持ちさあ出発。といいつつ暑いので、まずは商店へ。水を2リットルと昼飯のパンを3つほど購入。小笠原ではパンを凍らせて売っている。自然解凍した頃が食べごろだとか。さて、ガソリン満タン、準備万端。チャリで出発です。母島に道は少ないから迷うことはないのだけれど、北港へはひたすら上り坂を越え、下り、また登る。そんな繰り返し。9時ぐらいに出たけれど、太陽は燦々と降り注ぎ暑い。水分をとり、悲鳴を上げる太腿に鞭を打ち、汗を流す。でも、坂道を漕ぎ続けることも出来るはずなく、手で押して登った。

送信者 小笠原

途中、新夕日丘だったり、眺めが良い場所が何カ所かあったので、そんな所では深呼吸をして一休み。2人で「いったいいつ着くのだろうか」と不安になりながら、ただ北港を目指す。後半は下り坂が気持よくなって、スイスイ進む。そんな時も帰りが辛いだろうなーと、苦笑いをしながら話していた。自転車を漕ぎはじめて1時間半程で北港に到着。最後は思っていたよりも突然訪れた。

東屋がひとつあり、その先に海が広がっていた。自転車をおき、東屋に到着すると、1人の同年代ぐらいの女性が座っていた。旅人にしてはこの島に馴染んでいるなと思った。彼女はウクレレの練習を1人でしていたのだ。誰もいないところで練習したかっただろうに、邪魔をしてしまったなと思いながらも色々と話した。彼女は4年前にこの島に来たという。小笠原のレンジャーの仕事に応募してここにやってきたのだという。週の半分はレンジャーをして、残りはバイトをしたりこんな風にゆったりとした時間を過ごしているという。最長で5年契約らしく、来年もここにいるかは分からないと。本当は北海道に行きたいから、募集があれば北海道のレンジャーに応募して行きたいと、爽やかな笑顔で語っていた。肩肘張らずに素敵な生き方をしているなーと感じた。

送信者 小笠原

さて、僕らは自転車で辛かったと話すと、有償運送の方が自転車も乗せて帰ってくれるかもと教えてくれた。渡りに船。ぜひ、そうして帰りたいというと有償運送の方が知りあいらしく、頼んでくれた。ラッキー。これで思う存分海を楽しめる。足ヒレとシュノーケルをつけて海へ。海はもちろん綺麗なのだが、サンゴも魚もいない。いないわけでもないが、よく見る魚がいるだけだ。噂と違うと思いながら、沖へと泳いで行った。沖へ出て、少し曲がったところに大沢海岸が広がっている。とりあえず、そこまで行ってみることに。途中、潜水して岩陰を見てみたけれど、鮮やかな世界は広がっていなかった。

送信者 小笠原

とりあえず大沢海岸に上陸。「何もないっすね。俺たち騙されたんですかね。」と笑いながら話した。もうちょっと探そうということで、また海に。北港に帰りながら海の中を見ていると、ウミガメ発見。青く包まれた世界を優雅に泳いでいた。泳ぐのが得意そうな体系じゃないと思うのに、僕らなんかよりも遥かに水と馴染んで沖へ沖へと泳いで行った。

送信者 小笠原

そろそろ帰りの時間も近いので、戻ることに。するとスコールが降って来た。海でこんなに雨に打たれるのも初めてかもしれない。海の上にぷかぷかと浮かびながら、雨に打たれた。どうせ海の中だから、雨で濡れることを気にする必要もなく、雨に対してちょっと優越感を感じながらひとときを楽しんだ。すぐに雨はやみ、陸へと上がる。音楽を聴き、本を読み、しばし時間を過ごす。

送信者 小笠原

有償運送が来て、自転車を乗せて宿まで帰った。車ってこんなに便利なのかと改めて感じながら。少し休んでから、またお出かけ。自転車があると気軽に何処へでも行ける。石次郎海岸は静かで本を読むのによいと言うので、行ってみることに。小さなビーチで誰もいない静かな場所だった。完全に誰もいない浜で岩の影に座りしばし読書。波が寄せては返す音を聞きながら、穏やかな時間を過ごす。場所を変えようと思い、お気に入りの鮫ヶ崎展望台へ。ここでも東屋で寝転がりながら通り抜ける風を感じて読書。寝返りを打つ様に、たまに海を見に立ち上がり、また本を読む。そんな繰り返し。

送信者 小笠原

「クジラが見る夢」池澤夏樹を読み終え、「「愛」という言葉を口にできなかった二人のために」沢木耕太郎を読みはじめた。沢木さんの本も非常に好きで、ちょくちょく読んでいる。この本は沢木さんが見た映画について書かれた本で、各映画について数ページでまとめられていた。たった数ページで細かな映画の流れは書かれているわけではないのに、その映画に関して非常に興味を持つような表現だった。ある映画について数ページで書かれているのだが、その映画というよりも、この本の数ページがまた別の映画のような世界を作り出していた。数ページごとに見応えのある映画を見ているようで、いっきに何十本もの映画を見たかのような充足感に満たされた。

のめり込んで読んでいると、もう夕暮れだ。僕には行かねばならぬ場所がある。毎日通っているサンセットシアターだ。自転車を走らせて向かう。しかし、今日も水平線沿いに雲がかかっておりグリーンフラッシュは難しそうだった。沈み行く太陽を見ていると、空がとても穏やかで美しい色に染まっていた。こういった原色ではない混ざり合った「和の色合い」は昔から日本人が好んできたような世界観だ。そんな空に僕が最も好きな三日月よりも細い、二日月が輝いていた。

送信者 小笠原

宿に戻り、今夜もたっぷりと夕食を頂く。それから、南洋踊りという太平洋の島々を起源とするような踊りをやっていると言うので、出かけてみることに。20人ぐらいの人が腰に巻き付け、首から飾りを下げて踊っていた。仲間に入れてもらい、僕もシャツを脱ぎ、首から飾りを下げ、腰に巻き踊りはじめた。この島の酋長が教えてくださった。パーツパーツ事の振りを身につけ、最後に全体を通して踊る。ここも暖かい島だと思えるような、陽気な踊り。僕も体を動かしていると楽しくなり、全力で踊ったら。汗が滝の様に流れた。

送信者 小笠原

それから、ユースホステルで行われる母島の歌手のライブを聴きに行く。あんまり興味はなかったけれど、同じ宿の人たちと流れで。ギャグかと思うような歌で、すぐに抜け出したくなったけれど無理で、1時間程聞く。ライブも終わり、宿へと戻る。同宿の4人とテラスで飲みながら話しをする。お互いの背景を知らない人けれど、旅と言う共通項この同じ時を共にしたという不思議なつながりの仲間。そんな人が集まると意外とその人の本音が出たりする。仲が良すぎると照れてしまっていえないことや、改まって話さないことも、旅先の夜では口をついたりする。そんな旅先での会話が好きだ。

送信者 小笠原

みんな眠たくなり、眠りについた。

翌日は皆、母島丸で父島に向かった。父島に残るもの、そのまま東京(竹芝)へ帰るもの。旅は出会いと分かれ。父島に到着すると、スーパーで買い出し。パンや飲み物。お弁当屋ではオムライスを買って、小笠原丸に乗り込む。お盆の便ということもあって、すごい人。人。人。小笠原の何処にこんなにも

送信者 小笠原

今回の小笠原には友達が何人かいたけれど、それぞれ好き勝手に旅しにきているのだからあえて連絡をとるなんて野暮なことはしなかった。東京への船のデッキで空を眺めていたら、友達が横切った。「おお、つい口をついた」やっとこんなところで友達にあった。海を眺めながらお互いの旅の話しや最近の出来事をを話すと、数時間がすぎていた。日も落ちて、それぞれ寝床に戻って行った。

送信者 小笠原

寝て起きて、本を読み、海を眺め、音楽を聴く。25時間なんてあっという間。朝になり、デッキにゴザを敷いてボーッとしていると、南国荘で同じだった女性が通り過ぎる。一緒にいた友達も父島の盆踊りで知り合ったらしく、3人で父島と母島のそれぞれの旅を話した。彼女は3回目の小笠原であった。まだまだ話したりないけれど、すぐに東京湾に来てしまった。「来年も来るっちゃろ?」と岡山弁でいわれると、僕も友達もなぜだか小笠原に来年も行きたいと思ってしまうが、実際に小笠原の地にいるかは分からない。

最後に竹芝に着いても不思議な感覚だった。遠い島から帰ってくる時はだいたい飛行機なのに、船を降りたらいきなり東京。なんだか、ワープしたような感じだった。普通なら、船に乗って、飛行機を乗り継いで東京に戻る。それがいきなり東京。そんな突然訪れた東京に不思議な感覚を覚えつつ、小笠原の旅を終えた。

海の中の世界と星の流れる世界、僕はその間をこうして旅をしてる。

前回の旅日記はコチラ「いつかその時に巡りあえることをただ待ちわびて

昨日からずっと不安だった。

自分でやると決めたこと、さらに2万円も払うと決めたことにも関わらず、不安な気持で一杯だった。ただ、スキューバダイビングをするだけなのに。

スキューバダイビングのオープンウォーターライセンスを取ったのは5,6年前のタイのタオ島だった。当時知り合った旅仲間がダイビングがとても面白いと言うことを教えてくれて、僕も海の世界を知りたいという欲望にかられて取りにいった。

けれど、もともと自分の体に動力のついた人工物や機材などをつけることが好きではない。それは自動車やバイクといったものからジェットコースターなどにいたるまで。自分がコントロールできる以上のエネルギー(可能性)を持ったものを身体にまとうことに対して恐怖心を覚える。これは本能的に感じてしまうのだから、どうしようもない。

送信者 小笠原

だからスキューバダイビングよりも素潜りに魅了される。より肉体が自然なカタチで、自然と触れ合うのが一番対等な付き合いで楽しめると思うのだ。もっとも繊細な感覚で自然を感じられる。だから、ジャックマイヨールという男に惹かれるのだ。そう、彼の言葉を借りるするならば、

ジャックマイヨールという男の精神のいちばん奥にあるのは、何かしら偉大なものに近づこうという意志、自分の内なる力によってそれを実行したいという欲望らしい。宗教は自分の外に敷かれたレールに乗ることだから、その方法を彼はとらない。スキューバと同じで、それは安易すぎる。「クジラが見る夢」P185

一方で新たな世界を知りたかったり、新たな感覚を味わいたいという気持もある。久しぶりに海の中に包まれる感覚を味わいたい。陸上の世界とは違う、宇宙の中に浮かんでいるかのような、地球に包まれた感覚を味わいたいという想いが強くて、今回はダイビングをすることにしたのだった。不安は付きまといながら。

送信者 小笠原

朝起きて、朝食を済ますと8時30分にダイビングショップ「ノア」の車が迎えにきてくれた。母島にはダイビングショップは1軒のみで、かつ唯一のマリンショップでもある。久しぶりのダイビングで、ドキドキしていた。不安だったので、最初は体験ダイビングでもいいですと伝えたのだが、ライセンスを持っているならファンダイブが良いですよ、と言われファンダイブにしたくらいだ。

送信者 小笠原

ダイビングショップに到着して、タンクやウェイトなどの準備。まず最初にインストラクターに自分が久しぶりで何も分からないことを猛烈アピール。教えてもらい、周りの人を見てやっていれば、意外と思い出すもので、心配性な僕は少し不安になりすぎていたようだった。機材を船に乗せて、出港。今日は2本もぐる。まずは1本目。もう、ここまできたら落ち着くのが一番重要だ。無駄に不安になってもいいことはない。冷静に。誰でもダイビングが出来るのだから、俺が出来ないはずがないと言い聞かせる。こういった土壇場ではすぐに落ち着くことができる。特技のひとつだ。いろいろな初めての経験を繰り返してきて、最後は落ち着くのが大切だと知り、精神を安定させる方法を身につけていったのだ。何でも場数を踏むことが大切だ。かなりリラックスして、海に入ることが出来た。

送信者 小笠原

久しぶりに潜水していく。圧の残量やエアの状態を気にしながら。もちろん耳抜きもこまめに。特に問題もなくひと安心。15メートル程の海底に到着すると、カラフルな魚を見たり、岩陰に隠れる伊勢エビやタコを突っついたりして遊ぶ。ふと空を見上げると、太陽の光が水面に反射して輝いている。僕は全身を水に包まれ、何の音もしない、あおい世界の中にいる。ああ、この感覚だ。宇宙にいるような、不思議な心地よい静かな世界。僕のレベルの素潜りでは決して味わうことの出来ない、海の世界の心地よさ。魚を見るでもなんでもなく、この感覚を久しぶりに味わえただけで、ダイビングをして良かったなと思った。

送信者 小笠原
送信者 小笠原

あっという間に30分ぐらいが過ぎ、船に上がる。今回は1本ずつ島へ戻るダイビングスタイル。船で母島のショップまで。すると、船が止まった。イルカの群れを見つけたのだ。それも100頭ぐらいいそうな大きな群れ。船に並走して楽しそうに泳いでいる。ぜんぜん怖がることなく、一緒に泳ぎ、水面に顔を出す。船でぐるぐる回ると、イルカも一緒についてくる。逃げることなく、遊んでいるようだ。

送信者 小笠原

すると、群れの中の2頭が空を舞った。大きく空中をジャンプして回転。2頭が同時に飛んでスピンするから、エンターテイメントショーのようだった。野生のイルカもこんなにも空を回転して飛ぶのかと驚く。この跳躍力はすごい。それも1回や2回ではなく10回ぐらい楽しそうに空を舞う。でも、4、5回目ぐらいから疲れたらしく、ジャンプの高さが低くなった。これもご愛嬌。それにしても、水族館で教育されたイルカじゃなくても、イルカは本能的に空をジャンプすることがあるんだと初めて知った。それも、本当に楽しそうに。人間とじゃれあって遊んでいるようだった。

送信者 小笠原

生き物は無駄な物はないし、無駄なこともしない。生きるために必要だから存在して、そのために行動する。動物の行動はそのような背景で説明されることが多い。でも、今回のイルカの行動や表情を見ていて動物は遊ぶんだとほんとに思った。人間と同じように無駄なことをする。言い換えれば無駄なことばかりする人間はやはり動物なんだと捉えることも出来る。

送信者 小笠原

イルカは空を舞った。もしかしたら遊びではなく、生きるために必要不可欠な行動の何かかもしれない。でも、僕にはそう見えなかった。群れの中で2頭だけ、楽しそうな表情で空をスピンして回った。必要不可欠なら他のイルカも空を舞うだろう。でも2頭だけなのだ。あの笑顔で。そんなイルカの行動を唖然として、興奮して見ていたら僕には遊びにしか見えなかった。そうとしか感じられない行動だった。

送信者 小笠原

あ、昨日のグリーンフラッシュに続き、興奮のあまり写真に撮り損ねた。本当に衝撃的なシーンだったり、印象深いシーンは写真には残らない。その場で見るしかないのだ。死ぬまで忘れない記憶が焼き付けられた。

送信者 小笠原
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そして、母島に戻る。2本目のダイビングの準備をして、すこし休憩をはさんで船は出港した。先ほどとは違う4本柱?というスポットに。ここはネムリブカというサメもいるスポット。人は襲わないから安心してみられる。2本目ということもあって、1本目よりも水と親しめた。そして、海の中の世界を楽しめた。海底から上を見上げると大きな岩の間から透明に青く輝く水と魚達が見える。この世界は僕たちが行きている世界とは別世界、別次元にきているように思えてならなかった。ネムリブカを見て、上がった。ショップに戻り、機材を片付け、昼食の弁当を食べて、2時ぐらいに宿に戻った。

送信者 小笠原
送信者 小笠原

宿に戻ると、同宿の1人が2階のテラスでのんびりマンゴーを食べていた。民宿ママヤのご主人は農園をやっているらしく、マンゴーがたくさん取れる。そこで、ただでおいしいマンゴーをたくさんくれるのだ。これが本当に上手い。さらっとしてるけど濃厚な甘さ。小笠原の太陽をサンサンと浴びて育ったマンゴーは格別だった。

マンゴーを一緒に食べた旅人を含め母島に残っている旅人は、みんなそれぞれのスタイルを持ち、一緒にいても気楽だった。もちろん残った4人は全て1人旅だった。僕もテラスでマンゴーを食べながら、いろいろな話しをして、昼寝をして本を読んだ。夕方になると、母島の日課である夕日を見にサンセットシアターに歩いていく。今日は水平線付近に雲があり、グリーンフラッシュは難しそうだった。けれど、それはオレンジ色に染められ、南の島ならではの空を作り出した。

送信者 小笠原
送信者 小笠原

太陽が沈んだ空を見上げると、淡い空に2日月が輝いてた。二日月は僕が一番好きな月だ。あの最小限の輝きと、それでも輝いているという力強さ。そこに究極の美しさを感じる。2日月を楽しんで、宿に帰って夕食。今日の夕食もボリュームたっぷりでおいしかった。

送信者 小笠原
送信者 小笠原
送信者 小笠原

さて、今夜はペルセウス座流星群の極大日。毎年お盆の時期はペルセウス座流星群のピークなのだ。今回はそのためにこの日を母島に滞在することにしたのだ。1人で音楽を聴きながら、旧ヘリポートへ。途中で道はまっくらになり、人影もなくなる。すると、空には満点の星空が輝き、ふと気づくと星が流れている。

送信者 小笠原

爆発してまぶしすぎて目を一瞬閉じてしまうような流れ星は4、5年前の郡上で出会ったことがある。あの時もペルセウス座流星群だった。そんな流星を求めて、ここに来た。旧ヘリポートは寝転がると遮られるものが何もなく、全天を眺めることが出来る。昼間の太陽の熱が残るコンクリートに寝転がりながら、ただ空を眺めていた。ピーク日ということで、島の人も何人かきていた。けれどみんな20分か30分で帰っていった。人が多い間は音楽を聴きながら寝転がり空を見上げていた。

送信者 小笠原

21時も過ぎると人はいなくなり、ひっそりとした真っ暗な世界がやってきた。さてと。ヘッドフォンをはずして、虫の音や風の音を聞きながら、僕は星が流れていくのを見ることにした。様々な方向で、シュー。シューと流れていく。あっ、あっ、と思っていたら星は消えていった。時おり軌跡がとても長い流れ星があり、僕に何か願いがあるとしたら、こんな長い流れ星であればかなえてくれるんだろうと思った。

送信者 小笠原

何に気を使うこともなく、僕は流れ星との会話を楽しんだ。昼間は海の中に潜り水に包まれた。そして今は空の上を流れていく星を眺めている。どちらも永遠に続く宇宙のようだ。僕はそんな二つの宇宙の間で生きているんだと思うと、なんだかうれしく、どこまでも夢が続いていくような気がした。

今さら流れ星に伝える願い事を考えながら、宿へと歩いて帰った。そして、僕は今夜もベッドに入り宇宙の中を旅することにした。

いつかその時に巡りあえることをただ待ちわびて

前回までの旅日記はこちら「涙で始まる朝」

イルカ、クジラ、ウミガメなどの初めての出会いが詰まっている日もあれば、そういった出来事は何もない日もある。そして、こんな日こそ考え事をするために与えてくれた日のようだ。旅をしていると今まで経験したことのないこと、感じたことのない感情、初めての五感刺激を受けることが多い。僕は特に同じところへと繰り返し行くよりも、自分が知らない世界、物事を求めて旅に出る傾向が有るので、そういった意味では旅先で心休まることはない。心休んでないというと語弊があるかもしれないが、未知なるものにたいするワクワクと少しの不安がいつも僕を取り巻いているのだ。そういった初めての経験を前にすると五感が敏感になって、繊細に何かを感じ続ける。

送信者 小笠原

そう、そうして得た感覚を再度自分の中で整理してみる日が、旅の中には必要だ。今回の出会いでを通してクジラとの出会い、イルカと寄り添って泳ぐことを経験した今、「クジラが見る夢」という本を読み返したくなっていた。自ら経験をしたあとに読むと、どんな風に感じるのだろうか。そう、今日は本を読むための日になった。

送信者 小笠原
送信者 小笠原

朝食を7時30分から6時50分に変更してもらい、宿を後にした。港に行き、ははじま丸のチケットを購入。待合所には東京-小笠原のフェリーが偶然一緒になった友達がいた。日帰りで母島に行くらしい。

送信者 小笠原

デッキで外を眺めて、寝て。すると2時間なんてすぐにすぎていた。船内放送で母島に到着することをしる。ママヤという宿の迎えで、坂道を少し登った宿に到着。おばちゃんが迎え入れてくれた。2階の掃除が終わっていないということで、俺は1階に。見た感じ2階には風通しの良いテラスがあり気持良さそう。午前便で来た人は1泊しかしない人ばかりだった。午後便できた人は残る人もいて、厳密には船がないので残らざるをえない、結果として残ったのは俺と残り4名。

送信者 小笠原
送信者 小笠原

それにしても暑い。まあ、今日は本を読みたいので、誰もいないテラスで寝転がってクジラが見る夢を再読。2,3年ぶり。イルカと泳ぎ、クジラを見た今は、2年前のそれと沸き上がる感情の立体感が違う。もちろん、共感する部分はだいたい同じなのだけれど。そう、ここに来て思ったことは母島には何もない。父島の夏休みモードとは違った、島の日常が会った。旅行者も極端に少なかった。

送信者 小笠原

腹が減ったので、昼飯は3軒ぐらいしかない飲食店の1軒である大漁寿司へ。すると友達が食べていた。3軒しかないうちの1軒は休業日で、もう一軒は港から遠いので、この寿司やしかないのだ。せっかくなので島寿司を食べる。港にある案内所で星空スポットの情報や夕日スポット情報を集める。何と言ってもペルセウス座流星群のピークを翌日に控えているし、夕日の時に見えるグリーンフラッシュの絶好のポイントなので下調べは必須だ。星空は旧ヘリポートが良く、夕日は静沢遊歩道(サンセットシアター)が近くていいらしい。

送信者 小笠原

下見をしようと思ったけれど、暑いのでまた宿に戻る。またテラスで音楽を聴き、日陰で風に当たりながら読書の続き。ああ、気持がいい。見上げれば青い空と山が見える。本を読んでいたつもりが、いつの間にかすやすや寝ていた。そろそろ夕日を見に行くついでに散歩をしようと出かけることに。静沢の森遊歩道を歩き、森の中にある旧日本軍の大砲や弾薬庫を見学。錆び付いているけれど、カタチはそのままに残っていた。こんなところにも戦争の爪痕がひっそりと誰にも知られないで残っているんだと実感。戦争って本当に日本中のありとあらゆるところで、現実としてあったんだとつくづく思った。そして、サンセットシアターをかくにんして、鮫ヶ崎展望台へ。ここのベンチでまた読書。海が目の前で、非常に景色の良い気持いい場所。

送信者 小笠原
送信者 小笠原

また、本を読み寝る。夕日の時間が近くなったので、おもむろにサンセットシアターへ歩いていく。坂道をえっちらおっちら。西に拓けていて、水平線がキレイに見える。さらに今日は水平線付近に雲が少なくグリーンフラッシュを見る条件としては適している。1人で、夕暮れの空を見ながらボーッとしていた。本当にこんな時間は貴重だなと思う。周りに生い茂る木々も南国風で、改めて南の島にいることを感じた。

送信者 小笠原

だんだん太陽の高度は下がり、空はオレンジ色に染められていった。水平線のちょっと上に横長の雲があったけれど、その雲があるために、太陽が沈んでいく様子が実感できる。ああ、もうすぐ沈んでいく。水平線にキレイに沈む夕日を見るのは久しぶりだなと感じながら、前回は奄美大島だったかなと思い出していた。そして、水平線に徐々に太陽が沈んでいく。半分が沈み、三分の二。おお、今日も一日が終わっていく。水平線にたいようが 沈みかけた瞬間。

「グリーンフラッシュだっ。」
僕は思わず叫んでいた。

「あっ、グリーンフラッシュだっ」
自分でも、自分の発せられた声を耳で聞いて驚いた。

でも、緑閃光はあっという間の出来事だった。本当に「あっ」と声を出している間の出来事だった。僕は見とれていてカメラに残せるはずもなかった。周りに2人いた人が、「ああ、ちょっと緑に光りましたね」と冷静な声で言った。僕は、我に返った。

送信者 小笠原

本当に太陽が緑に光った。写真では見たことがあったけれど、そんなものより遥かに驚いた。黄緑色の閃光が発せられた。まさにそんな感じ。僕はただ驚いていた。気がつくと写真なんてとってやしなかった。でも、良かった。見た瞬間の緑の光、そして自分が無意識に発した言葉に驚いた時の感覚が今も体に染み付いている。そして、その時はあまりにも生々しく僕の体に染み付いている。幸せとか喜びと言うよりも、唖然として、びっくりしていたと言う方がその時の状況を正確に表している気がする。

送信者 小笠原

自然ってのは本当に驚くべき世界を僕らに魅せてくれる。彼らは僕らが見る見ないに関わらず、ただあるがままにしているだけなのだけれど。僕はそんな自然と言うものが好きだ。頭がちょっと混乱する程の驚きがあった。その名残りを感じつつ、宿へと戻った。同宿の男は4人だった。初めまして、ということで少し話して飯を食った。料理はボリュームもありうまかった。飯を食べると、僕は旧ヘリポートまで歩いていった。途中から街灯が完全になくなり、真っ暗な世界が訪れた。ヘッドライトも消して、ぶらぶら歩き、空を見上げる。すると、さぁーっと星がいくつか流れていった。美幸の浜へ行く曲がり角を入ったところにヘリポートはあった。

送信者 小笠原

明日のための偵察を終え、宿へと戻った。そして、5,6年ぶりぐらいにする明日のスキューバダイビングにドキドキしながら眠りについた。