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俺は地響きを腹で感じたいんだよ

もう何年も前からの念願。それは、ロケットかスペースシャトルの発射を目の前で見ること。4月に種子島宇宙センターへ行き、この時は5月18日発射予定だったH-IIAロケット17号機のために着々と準備される、メイン発射台を見てきた。当初の予定からは日程がずれたけれど、これぐらいは誤差のうち。金星探査機「あかつき」を搭載して21日に無事宇宙へと飛んでいった。

なんで、ロケットの発射を見たいかと言えば、その地響きを感じたいから。そして目の前にあるものが、宇宙へ飛び立っていくという浪漫を感じたいからだ。俺は地響きを腹で感じたい。今回の打ち上げの動画を、JAXAのサイトで見たけどやっぱりいいね。

日本のロケット発射予定はずっと先の予定まで、ここに掲載されているので要チェックだな。発射予定から1週間ぐらいは遅れることがあるので、予定の日から1週間は種子島に滞在するぐらいのつもりでいつか行ってみたいと思う。

そして、金星つながりで2010年5月16日に「月と金星の大接近」した。定期的に「星を見る、宇宙を知る、天文を楽しむ」というコンセプトのサイトAstroArtsのニュースを見ているから、少し前から知っていて、夜空を気にしながら見上げていた。道を歩きながら見上げた空に、刀でスパッと切ったような月と金星が輝いていた。なんとも美しい夜空で、ついつい見とれてしまった。この時の月は月齢2の細い月で、僕が最も好きな月の形なのだ。

空を見上げることが楽しいって、夢が広がって好きだなー。

送信者 ALASKA 2009

チャレンジ富士五湖100キロマラソン完走12時間29分41秒。悔しいけど、うれしさも強いからとりあえず書く。

絶対に完走すると決めていた。自分に誓ったことだけは何が何でも守りたい。だから、いつもより真面目に練習をした。ランとスイムを織り交ぜながら。さらに強制的に走る環境をつくるために、3月末から4月中頃まで30キロ程の大会を3つ入れた。

今日は朝3時20分に起きて、準備をして会場に入り5時にスタートした。空が明るくなると同時に走りはじめた。日の出にスタートして日没まで走るなんて、あの時のようだ。もう5年程前、東京から岐阜を目指して歩いた時を思い出した。

朝の張りつめた冷たさと、富士五湖の静寂、そして富士山が大きくそびえ立つ姿は完璧な美しさだった。走っているからこそ、気分が高揚し余計に美しく見えたのだろう。42.5km地点だいたいフルマラソンの地点までは4時間を切るぐらいのペースで走った。55キロを過ぎた辺りから、足がパンパンに張りはじめた。ガクッとスピードが落ちた。けれど歩かなかった。自分に負けないように。「今」走れば先に繋がる。「今」歩くか走るか自分に問えば、走るという答えしかなかった。服を着替え、水分や食料を補給し、音楽と風景に力をもらいながら、ただ走りつづけた。何をするわけでもなく、ただ右足、左足と交互に前に蹴り出しつづけた。

70キロ、そして80キロ。だんだんゴールがイメージできるようになる。なんとかゴールしたい。制限時間は14時間。残りの距離を考えて時速何キロならゴールできるかを逆算する。時速5キロでも間に合う。ということは歩いてもゴールできる。でも、最後の10キロは坂道が続くからスピードが落ちる。だから今は何とか走り続けよう。そんなことの繰り返し。

エイドステーションで水などを配るボランティアの方から声援をもらう。沿道で応援してくれる人がいる。「頑張れー」「あと少し」。力をもらって、笑顔で会釈をする。また、なんとか走ろうと思う。でも辛い。太腿が痛くなる。次はふくらはぎ。そして足の裏。あらゆる足の筋肉が限界を迎えている。でも、走る。残り10キロを切った。ずっと続く坂道が目の前に続いている。なんとか走ろうとする。両足は空中に浮いているから走っている。自分で走ろうと決めているから、そんな走法になる。しかし、歩く人よりも遅いぐらいのスピードだ。でも、もう無理だ。僕は坂道で歩き出してしまった。負けだ。

ウルトラマラソンを11時間42分で完走している村上春樹の言い方を借りれば、彼は「少なくとも 最後まで 歩かなかった。」そうだ。彼は歩かなかったのだ。俺は歩いたのだ。最後まで走ると決めていたのに、歩いてしまった。涙が込み上げてきたけど、走れなかった。いや、絶対に走れないと言うことはなかったのだろう。けど、僕は自分を甘やかしてしまったのだ。坂道を終え、また走りはじめた。残り2キロ。走った。もう、ゴールできる。12時間30分を切れるんじゃないかと思った。時計と残りの距離をひたすらシュミレーションしながら、走った。最後は競技場に多くの人が集まっていた。そして精一杯応援してくれた。「おかえり」「よく頑張った」「あと少し」「ゴールだぞ」。ただただ、感謝した。なんとか帰ってこれた。

競技場の大きな時計が見えた。12時間29分を過ぎていた。時計は刻一刻と12時間30分に近づいていく。何とか滑り込む。まるで100メートル走の選手のように手を大きく振り、ゴールを駆け抜けた。時計は12時間29分41秒を示していた。長い長い旅はついに終わった。

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レース中に感じたこと考えたこと、体に起こった出来事など詳しい日記は後日また書く予定です。もちろん食べたものや服や装備一覧も書こうと思います。

ウルトラマラソンについては村上春樹さんの「走ることについて語るときに僕の語ること」第6章 1996年6月23日 北海道サロマ湖「もう誰もテーブルを叩かず、誰もコップを投げなかった」を読むと、走ったことない方でもイメージが枠と思います。ウルトラランナーの気持を代弁してくれているかのようです。

大会名:チャレンジ富士五湖
開催日:2010年4月25日(日)
ゼッケン:1514
種目:100キロ(100.2キロ) 男子
ゴールタイム:12時間29分41秒

測定ポイント スプリット ラップ 通過時刻
10k 00:48:06 05:48:06
50k 04:45:38 3:57:32 09:45:38
88k 10:33:20 5:47:42 15:33:20
98k 12:18:59 1:45:39 17:18:59
Finish 12:29:41 0:10:42 17:29:41

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出会いの1冊

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人種が持つ色

国というくくり方は正しくない気がする。かといって人種という切り方も厳密ではないかもしれない。文化圏という程度の表現が適切なのだろうか。

(とりあえず)国の持つ色がある。

しばらく前に表参道を歩いていて、一軒の店が目に入ってきた。その瞬間に何の店かは判断つかなかったが、この店は日本のものを扱う店ではないだろうと感じ、その直後に中東の色だと感じた。結果的にはペルシャ絨毯屋であった。

日本独特の色使いがある。日本でしか生まれてこない色使いやデザイン。もちろん日本でも地域によって違いもあれば、時代によっても違う。ナミビアのヒンバ族しか生み出さない色使い。イランの人だからこその配色や模様。極北の地でしか生まれないような色合い、ニューギニアにしかないような色彩。

そういった色は地形や気候、染色に使った原料の植生、美意識などさまざまなものにより生まれだすもの。だからその国や地域、人々が持つ独特の色使いの傾向を見ると、その色を着想として連想が広がっていく。もちろんその国を旅した記憶も連鎖的に蘇る。世界はそんな彩りで溢れている。

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夢、そして次なる夢

ただ、いろいろやってきてひとつだけ言えることは、
「夢の続きは、また夢だった」ということです。
湯口公さん

金曜日に湯口さんのエゾシカディナー&アラスカ報告会に行った。湯口さんを知ったきっかけはもう定かではないけれど、何年か前にアラスカについて調べていて偶然湯口さんのウェブサイトに行き当たったのが最初だと思う。その時、写真と文章を読んで直感的に自分の興味センサーが反応した。それは写真であり、湯口さんの行動であり、文章になっていた考え方だった。そんなこんなで本やDVDを見て、そして写真展に行った。今回は湯口さんが獲ったばかりのエゾシカが食べられるというので、ワクワクしながらいった。

エゾシカの半生レバーのうまさといったらこの上ない。さらに、タンは噛むとうまみがでてくる。エゾシカ背ロースのローストも肉の味がした。食用に育てられた肉にはない、野生の肉の濃さだ。さらに、食べる物が見える。それは、湯口さんが数日前に北海道の山の中で出会った鹿で、その鹿を獲って今ここにある。その肉が自分の口に入り、次の日からのエネルギーになる。食べ物と自分が関係している事が分かるのが、本来の意味での「食べる」という事だと思う。まあ、こんな講釈はさておき、本当にうまかった。

送信者 ドロップ ボックス

そして、湯口さんがアラスカを飛んで旅した写真を見て、もっとアラスカの奥へ行きたいと強く思った。けっして車では行けない場所。飛行機でしか行けない場所ばかりだった。アラスカには道があまり通っていないのだ。特にネイティブの村には。彼ら生活だったり文化を知りたいのと、その周辺の自然に強く惹かれる。

特に記憶に残っているのはこんなところ。忘れないようにメモ。ネイティブ村 キバリナ(シシュマレフみたいな所)、ビーバー川、サークル村、アラスカにある砂漠、テーラー村(ノーム近く)、アナクトビックパス(湯口さんの中で一番Alaskaで綺麗な村)

そして、ここ最近考えていた事、そしてこの会で湯口さんを見ていて思った事があった。それは冒頭に書いた文章。これは湯口さんの著書の最後にかかれていた言葉。

僕の言葉で言えば「夢、そして次なる夢」。

石田ゆうすけさんの言葉を借りれば「Dream、produces、 next dream」

星野道夫さんの言葉をならば「大切な事は、出発する事とだった」。

やりたい事、新しい事をして、次を見据えよう。自分がやりたいことをする。それをすれば、やりたい事は変わるかしれない。けれど、そうして夢は広がっていく。

送信者 ドロップ ボックス

そろそろアラスカに行ってもいいかな、なんて思ったんだ。

旅をきっかけに

旅する力 深夜特急ノート 沢木耕太郎 新潮社

人間が作り出す最高のものは「のぐそ」だという信念

僕は真剣だ。これから書くことはウンコについて、特に「のぐそ」についてだ。このテーマからして、汚いとか、ふざけてるとか、ついに頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、真面目に書いている。

今日、伊沢正名さんのお話を聞いてきて、「ウンコ」と「のぐそ」をもっと真剣に考えようと強く思った。この講演会に行くきっかけは、1年ほど遡る。服部 文祥さんの講演会を聞き終えた時に、一冊の本が紹介された。その本が伊沢さんの「くう・ねる・のぐそ」だった。当時のブログにこんな風に書き残している。

さらに、「くうねるのぐそ」という本も知った。人間は本来食べたものを地球に還元すべきだとノグソをしている人の本。おお、素晴らしい発想だと思った。ちなみに僕の一番気持ち良かったノグソは、真冬の真夜中にチベット タンゲ峠でしたノグソ。

ただこの本を買ってはいなかった。それは僕がウンコを軽視していたのだろう。今思うと、自分はなんて愚かだったのだろうか。この本は買っていなかったけれど「のぐそ」をするという思想には共感していた。今回、伊沢さんのお話が聞ける機会(東京うんこナイト)があるといので、新宿にあるロフトプラスワンに足を運んだ。

伊沢さんは10年近く1度もトイレでウンコをしていないことから、自分を糞土師(ふんどし)と読んでいた。「のぐそ」を始めてからは35年という歴史があり、なぜ「のぐそ」をするのか、そして「のぐそ」の快適な仕方を語ってくださった。特になぜ「のぐそ」をするのかと言う伊沢さんの思想が素晴らしく、非常に共感した。まず、「のぐそ」に興味を持った理由をスライドを用いて説明され、その後、自分の「のぐそ」がどのようにして土に還るかを自らのウンコ写真を示しながら教えてくださった。最後に、日本トイレ協会理事長の上幸雄さんと「大地を守る会」の理事である戎谷徹也さんが加わりディスカッションとなった。

まず、なぜ伊沢さんが「のぐそ」をするのか。伊沢さんはもともと菌類の写真家をされていた。なぜ菌類の写真家をしていたかと言えば、菌が持つ分解の能力の大切さと偉大さをより多くに人に知ってもらうことだったそうだ。ただ、菌類やきのこの写真だけではそれを理解されなかった。このような写真を撮りながらも伊沢さんは「のぐそ」をして、菌によって「のぐそ」が土に還る過程を見続けいていた。そこで、菌類の偉大さや自然の循環を本当に理解してもらうには「のぐそ」「ウンコ」しか無いと思い、いまは糞土師(ふんどし)として「のぐそ」の重要性を訴える仕事をしている。

「のぐそ」の何が凄いかといえば、土に還ることだ。現在の自然循環の中で人間のウンコは切り離されてしまっている。循環が途切れているのだ。本来の循環に戻すためには、人間が食べたものを「のぐそ」として土に帰し、「のぐそ」を菌類やミミズなどが分解し、新たな植物の栄養となり育つ必要がある。写真を見せて頂いたが、「のぐそ」の後には植物の根が密になっていた。それだけ栄養が豊富なのだ。この循環の輪を取り戻すために「のぐそ」をしているという。このことを伊沢さんはこんな風に表現した。「人間が作り出す最高のものは「のぐそ(ウンコ)」だという信念」「人間が自然に対して唯一お返しできるものはウンコだ」「食べることが人間の権利であるならば、うんこを自然に返すこと(ノグソ)は人間の義務である」。どの言葉も本質的でかつ納得のいくものだった。

ウンコが腐っていくことは汚いと思われがちだが、腐るということ事態は「生命の再生」であると語った。腐ることに寄って次の生命が生まれる栄養となるのだ。星野道夫さんが、トウヒで作られたトーテンポールが腐り、その上から新たなトウヒの命が芽吹いてきている姿を書いていたが、まさにこの事だろうと思う。こういった伊沢さんの考え方はいたってまともで、本質をとらえていると思う。けれど、ウンコは汚いものという社会の安直な一般常識の中だけで生きてきた僕には、とても新鮮に映った。「のぐそ」をして、自然のサイクルに完全に入ると自分が自然の循環の中にいるという喜びを味わうと言う。

そして、伊沢さんの「のぐそ」の仕方も興味深かった。ちり紙は分解しづらいので、葉っぱを使ってお尻を拭くと言う。それも季節によって、葉っぱは異なると言う。なんという自然の流れに従った素晴らしさだろうと感銘を受けた。ちなみに冬の時期にお尻に優しい葉っぱはクサイチゴの葉と笹の葉だという。ノグソ用にと、僕も2枚頂いた。また、50センチ四方あれば1回の「のぐそ」ができる。あまり一カ所に「のぐそ」をしてしまうと栄養過多になるので、少しずつ場所を変えて「のぐそ」をしているという。

伊沢さんが35年の経験から生み出した「のぐそ」の正しい仕方はこんな感じだ。まず「のぐそ」をするまえにスコップで穴を掘る。深く掘りすぎると菌類が少なく分解しずらいので、浅い穴を。そして、「のぐそ」をする。そして季節の葉っぱでお尻を拭く。最後に水で流す。夏場は蚊に刺されるので蚊取り線香は必須だそうだ。この「のぐそ」、夏場には1ヶ月で分解し、冬は半年ぐらい経ち春先になると分解するという。さらに面白いのは、分解しずらい冬の「のぐそ」にだけ育つキノコがあるという。分解までに時間がかかり効率が悪そうに思えるけれど、自然とはそれぞれの役割があるんだなとつくづく思う。

キノコや菌の写真から、伊沢さんの生まれたてのウンコ、そしてウンコが腐っていく過程の写真までを見せて頂きながらお話を伺った。伊沢さんはウンコに対して尊敬の念を抱いており、その気持が伝わり非常に興味深った。さらに、話し方や話されるときの表情も柔らかく笑顔が多く、一般の人にもすんなりと入ってくる感じがした。

その後は、日本トイレ協会理事長の上幸雄さんと「大地を守る会」の理事である戎谷徹也さんが加わってディスカッションが行われた。こちらも面白い話しだった。人糞と尿は最も野菜が育つ肥料だという話しは面白かった。人間は栄養価の高いものを食べ、雑食なのでバランスも取れた肥料になるという。実際に江戸時代は人糞を大切に利用して野菜を育ていていたようで、日本には素晴らしいウンコ循環型社会があったようだ。でも現在は人糞を使った野菜作りは皆無に近い。それは人糞よりも安い化学肥料が入ってきた事や、第二次大戦後アメリカが入ってきて人糞は不潔だということで排除したことなどがあったようだ。さらに、人糞で伝染病が起こると言う不安から現在のような下水システムが作られたようだ。ただ思ったのが、目先の清潔さだけで目の前からとりあえずウンコを見えなくする(水洗トイレと下水システム)ことによって、もっと大きな地球の循環を壊していると思う。ウンコが無ければ菌類の栄養が減り、すると人間にとっても有害な物質を分解する菌類も減れば、植物の栄養も減る。すると山や植物の生育も悪くなる。巡り巡って人間にも影響が出る。

ウンコを考えずして、自然環境、エコ、循環型社会は語れない。けれど、現在はウンコや野糞を排除して表面上の議論が多すぎると思う。ウンコを考えずして自然が語れるかということを思い知らされる時間だった。「のぐそ」から物事を考えると世界の見え方は大きく変わると話していた。例えば東京のような都市社会で全ての人が「のぐそ」をする事は不可能だ。しかし、みんなが「のぐそ」ができる環境で暮らそうと思えば、自然と田舎へ帰っていく。すると都市の一極集中は解決できる。これはちょっと極端な話しだけれど、何かを考える時に「ウンコ」を考慮にいれることは非常に重要じゃないかと思う。どんな人間でも毎日関わっている事なんだから。

最後にもうひとつ興味深いエピソードを。現代社会では「のぐそ」は犯罪だということ。町中で「のぐそ」をしたら猥せつ物陳列罪のようだ。さらに現在の建築基準法ではボットン便所を作る事が禁止されているようだ。そんな法律があるのかと驚いた。今の社会の常識はウンコは汚いものとされ、目先の、見かけの清潔さだけを重要視されている。それが常識として法律まで成立しているのだ。わずか50年前までは人糞も肥料として使われていたのに、この状況はおかしいと伊沢さんは嘆いていた。そして、この世の常識はおかしいから、「のぐそ」中に逮捕されて裁判で戦いたいとも話していた。すごい。本当に凄いと思った。伊沢さんは自然界に生きる生物として正しい事を言っている。そして少し長い目で、そして少しだけ自然の視点で見れば誰でも納得できる事。ただ、ここまで貫く気持は驚き尊敬するばかりだ。

僕の「のぐそ」経験はまだ数える程だ。人里離れたところに旅に出かけた時や山に行ったときぐらい。でも、その出す気持よさは感じている。チベットの峠で真夜中にした「のぐそ」の心地よさといったら忘れられない。済ませた後、ふと見上げると満点の星空が光っていた。そんな経験を思い出しながら「ウンコ」と「のぐそ」をもっと勉強しようと思った。毎日しているウンコがどのように処理され、下水処理場で最終的に溜まったウンコのカスがどのように処理されているか知らないなんておかしいのだから。そして、小学生や中学生の環境教育とか叫ばれているが、机上だけでなく、現代人が言う清潔なエコだけでなく、ウンコの事をもっと学ぶべきだと思う。小学生が山で「のぐそ」をして、どのように腐っていき、分解され、虫が食べ、そして植物が生える。そんなことを小学生の時に知ったら、自然に逆らった生き方をする大人になるはずが無いと思う。今日「のぐそ」に感銘を受けた身としては、こんな教育ができる日本にしていきたい。

送信者 ドロップ ボックス

トカラ列島(子宝島)の牧場で撮影した牛のウンコ