「art」カテゴリーアーカイブ

朝が訪れるまでの僕だけの時間

朝がやってきて、
町が動きだすと、
自分だけの秘密の時間が、
終わった感じがして、
夢から覚めてしまったような、
少し残念な気持ちになる。

幼い頃に作っていた、
秘密基地の存在が、
バレてしまったような、
そんな感情。

送信者 種子島など

土曜は入笠山日曜はトレランで、夜が開ける前から出かける日が続き、ふと思った。

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もう少し潜在的な何かを探るとなんとなく、今回の芥川賞の「きことわ」を先日読んだのが関係している気がする。
時の流れ、思い出、未来、二つの夢。時間っていつも不思議なことが多いけど、離れられぬ愛すべき存在だなと実感した。
もともと、思っていたことがだ、きことわを読んで言葉として出て来た感じ。
ただ、きことわに朝が訪れるまでの時間のことは全く書いていないのだけれど、連想ゲームのようなもの。

そういえば、20日から始まる茂木さんの私塾「月並会」に撮影担当として呼んでもらったので、第1回のテーマである「時間」について最近考えていたからかもしれない。

50mmで切り取った山梨

選択することは捨てること。

選択することは難しい。
何かを捨てるコトは難しい。
ついつい欲張ってしまうから。

2,3年前に買った50mmのマニュアルレンズ。
SMC PENTAX-M 1:1.7 50mm。
写し出す柔らかい瞬間が好きなレンズだ。
けれど、あまり使ってこなかった。

それは単焦点であり、マニュアルフォーカスだから。
ズームレンズが一般であり、オートフォーカス以外は考えられないような現代デジカメ社会において、使い勝手が悪いのだ。

どこかに出かける時は、基本的に荷物を減らしたい。一方で様々な風景やモノに出会うので、画角は幅があるといい。
するとズームレンズを持って行くことになる。言わずもがなオートフォーカスの。

しかし、今回は仕事なんだけど、遊びのような旅行だったので、50mmマニュアル君をお供させた。
自分の意志で行く旅行ならチャンスを逃したくないので、ズームレンズを持って行くのだが、仕事だし趣味の写真が撮れなくてもいいと割り切れたのだ。

でも、結果としてこうして割り切ることによって、今までとは違う環境が作り出され、新たな発見や良いものが生まれてくるのは、面白い話しだ。

===

まずは甲府市で武田神社へレンタルサイクルで行き、その後B級グルメ選手権で昨年優勝した鳥モツ煮を「きり」でいただく。濃い味付けだが、ご飯がすすんでおいしい。その後、サドヤというワイナリーに。いずれも甲府駅から歩いて数分。ワイナリーは勝沼だと思い込んでいたが、甲府駅から徒歩圏内にあるとは驚き。さらに、山梨のワインの発祥は甲府駅周辺だったとか。

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石原農場でいちご狩り。大人になってからでは初めて。ぜんぜん酸っぱくない。品種改良ってやつのおかげかな。個人的にはもう少し酸味があるイチゴが好き。

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ハウス桃宴。桃の花が見事に咲いていた。ハウスの中は無料解放され、持ち込みで宴会が出来るらしく、近所の人の恒例行事とか。

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その後、石和温泉の「木創りの宿 きこり」に宿泊。会議と夜は仕事の宴会。とても落ち着きのある広い部屋だった。離れの「瑞穂」に泊まったのだが、20畳ぐらいの部屋に、衣装室も6畳ぐらい。玄関も6畳はあったし、トイレも洗面所も。風呂は木だった。俺1人じゃなくて家族で泊まれるサイズだったな。なんと、人によっては部屋に茶室があり、檜を切り抜いた風呂が部屋についていたとか。驚き。露天風呂も気持よく、とても良い宿だった。

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アルプスワインにナイトワイナリーツアー。家族経営のワイナリーだが、西洋風のおしゃれな建物だった。試飲のワインもたくさんあり、オリーブなどもおいしかった。甲府盆地の夜景もきれい。

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翌朝は、根津記念館。ここは非常にきれいに整備された庭園。富士山も見ながら散策。

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それから、笛吹川フルーツ公園に。展示に中国のトルファンでの干しぶどうづくりがあり「おおっ」。ちょうど友達がウルムチとかトルファンあたりに仕事で行っていたので、激写。

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養老酒造へ。ここは家族経営の蔵元。お酒は息子さん1人で作られているらしい。すごく真面目に丁寧にお酒を造っていらっしゃる感じがした。古民家の2階にはカフェもあった。いい空間だったな。

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「みかど」で桜肉飯と馬刺。山梨は馬の肉を食べるのが一般的らしく、少し前までは豚肉よりもよく食べていたらしい。でも、食用の馬の家畜は山梨にいないとか。

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恵林寺というすごく立派なお寺で座禅。心頭滅却すれば火もまた涼しとありました。自分の集中力のなさが情けなくなった。たまに座禅しようかな。

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続いて、宮光園へ。古くからあるワイナリー。向かいにはメルシャンの展示館が。その先には蒼龍酒造があった。ここはちょうど1年前、昨年の2月20日に訪れた場所。偶然にもまたここにいることに何か不思議を感じた。

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最後に塩山駅北口の目の前にある甘草屋敷へ。1月に伊豆の稲取に行った時にも見た吊るし雛が飾られていた。こちらも鮮やか。

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阿佐ヶ谷に戻ると夜も更け。
駅のホームに降り立つと、大きなまん丸い月が黄金色に輝いていた。

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茂木さんがちょうど、以前から話していた「月並会」という私塾を始めたようだ。

あちら側の世界にあるものも、結局なくなる気がする

ネット上の世界をあらわす「あちら側」の世界。自分のパソコンではなく、あちら側の世界にデータを置く時代になっているが、あちら側にあるものも、結局なくなる気がする。何か信用ならない。

もちろん、ローカルに保存するとPCを買い替えたら、自分で移行作業をしなければならない。こういった過程でデータが消えてしまったり、うまく移行できなかったりする事もある。もちろん、あちら側の世界にデータがあれば、こういった時の移行の手間もかからない。それに家でも外出先でも何処からでも確認できるというメリットがある。これは非常に便利で、俺もあちら側の世界にデータを置いている。グーグルさんを頼っているメール、スケジュール。自分のドメインはレンタルサーバを頼っているこのブログ&メモの自分専用wiki。そして写真はpicasaアルバムやzorg、Flickrなどと。

PCやケータイは新しいのに変わっても、ネットワークでつながったあちら側(サービス提供されているサーバ)に保存していれば、個人が持っているモバイルやPCが変わってもデータを移行する手間もなく、個人管理で管理する手間もなくすこともなく利用し続けられる。確かにそうなんだが、このデータ、なくなる気がする。明確な根拠はないが、こういったデータはふとしたきっかけでなくなる気がする。無料のサービスであれば、運営会社の経営難でサービスがなくなったり、そうでなくてもバックアプ含めデータが消滅する可能性がある。

いつまでも残っているから大丈夫だと思って、放置して結局そのデータがあることを忘れてしまう。さらにいくらでも保存できるので、どんなデータでも整理せずに保存して分からなくなってしまう。物理的になくならなくても、実質的に見つからずなくなったと同義になることも。まあ、そのために、googleとかは検索を便利にしているし、検索じゃなくても見つかるようなソーシャル系サービスももろもろあるんだけれど。

うーん、これだけじゃないんだよな。うまく整理して説明できていないんだけど、あちら側の世界にあるものも、結局なくなる気がする。まあ、物事は全て永遠でないから、カタチをなくし、存在をなくすものだと言えばそれでおしまいなんだけど。そんなにも執着するなってコトなのだろうか。

とは言っても、このモヤモヤした感じが気になる。

閉じられたデータかオープンなデータかでも違う。個人だけのデータなのか、ネット上などに公開されたデータなのかによっても違う。個人のデータであればなくなってしまう可能性があるが、ネット上などにあるオープンなデータであればなんらかの形で残り続けるのではないか。形を変えたとしてもそのデータは残り続ける。さらに価値が高いものであれば増殖しながら変形しながら残り続けるのではないかという発想もある。twitterなんかはかなりの勢いで流れるフロー情報だがRTなどで情報は変形しつつ広がり残って行く。こんな時は元のデータが消えたら、それはなくなったことになるのだろうか?紙の世界観だったら原本とか初版とかがなくなったら、なくなったと判断するだろうけど、データは元のデータは消えてもコピー情報が残っていれば一般的には残っているというのだろう。

うーん。なんだかなー。俺が、紙とネットの中間という世代だから、こういった事を思うのだろうか?それとも、モノというものはいつもカタチを変えていくという、最も基本的な原理を受け入れられていなくて、ある一瞬のカタチというものに固執しすぎているからなのだろうか。

ということでって、どういうことかは分かりませんが、明日は国会図書館でイベントします。
関係者しか入れないので、気になる方はUstで見てください!
去年のL1グランプリ関連です。

「「知」が拡散する時代アーカイブ・キュレーション」
* 日時
2月16日(水) 18時~20時
* URL
http://www.ustream.tv/channel/sekken-bros ※twitterハッシュタグは #skbros
* パネリスト
古賀稔章(編集者/東京大学大学院総合文化研究科)、上崎千(慶應義塾大学アートセンター)、前田邦宏(関心空間)
* モデレータ
氏原茂将(Community Design Council)

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それだけで成立していることの安心感

迷ったときはモノに帰れ

2005年以降に偏るネットと言うバイアス

デジタル書籍とずっと昔の本
メールと手紙
デジタルの写真とプリントされた写真
それだけで成立していることの安心感がある。

デジタルはそれ単体では価値を持たない。
デバイスがいる、電力がいる。

手紙はそれ自身が単体で存在し、価値を持っている。
だからこそ、何かがあってもそこにある。
それだけで楽しめる。
安心感がある。

デジタルはコピーできるから、永遠にあるように思っているけど、そう思っているからこそ、大切にせずどこかへ行ってしまう不安。

ものや思い出に執着し過ぎなのかな。
時は流れていき、変化をし、全ては消えるものなんだから、別になくなってもいいじゃんというのは分かるが、残りつづけてほしい気持が心のどこかにある。
そんなに、潔い人間にはなれそうにない。

安全基地

茂木さんの言葉を借りれば「安全基地」。
僕の言葉で言えば、「学び舎

久しぶりに行きたくなったのだ。
行きたくなったと言うよりも、会いたくなったのだ。

先日芸大で茂木さんの特別講義が1日だけあったが、行けなかった。
そんなこともあったのと、このところ会っていなかったので、会いたくなったのだ。

そこで、金曜日の夜に新宿に行くことにした。
いつも同じ店のはずだから、とりあえず向かうことにした。
芸大時代の友達はつい先日茂木さんの書生となった植田さん一人しか来ないのは知っていたが、行くことにした。

新宿について歩いていると、もう7年近く前に茂木さんの芸大の授業に来てくださったホームレスのビッグイシュー販売員の方とすれ違う。
記憶していたので、「すいません、ビッグイシューください」と声をかけた。
しかし、歩いていただけで自分のテリトリーではないので、売れないとのことだった。
残念だったが、芸大の授業でお話を伺ったことがあると伝えると、顔の表情は一気にゆるみ、会話が弾んだ。

おじさんは色々な大学や経団連などでも最近はお話をされているようだった。
そして、仲間がアパートを借りて道路清掃の仕事を見つけて働きはじめたと、うれしそうに話しを聞かせてくれた。
ただ、芸大で話してくださったもうひと方は地元の福島に戻られたが、家族に看取られながら亡くなったと言う。
あれから、そんな月日が流れているんだと、冬の夜の新宿でしみじみと思った。

おじさんの販売エリアを聞いて、近いうちに買いに伺う約束をした。なんだか、偶然が繋がるなと思いながら茂木さんとの飲み会へ向かった。

ちょうど店の前で茂木さんと会い、「お前、この前の芸大の授業は来れなくて残念だったな」と声をかけられた。
なんだか、戻って来たような気がした。
別に茂木さんといろいろと話さなくても、ただこのひと言をかわすだけでいい。
人間の脳や意識を科学と哲学の視点で考えることに興味があり、本を読みこの人だと思って、調べ茂木さんの芸大の授業にドキドキしながら潜ったのが全てのきっかけだった。
茂木さんに大学生と言う非常に好奇心の強く、吸収がいい時期にいろいろと教えてもらえてよかったなと感じるのだ。
そして、なんだかいつでも見守っていてもらえる教え子のような安心感さえ感じる。

途中から芸大時代の友達も到着し、相変わらずバカな話しをしたり、当時の芸大を振り返ったり、楽しい時間を過ごした。
いつものように、いつもの店に2軒目、3軒目と流れ、電車はなくなり、茂木さんはタクシーで帰って行った。
僕は友達とファミレスでドリンクバーを飲みながら、いろいろと話した。
2時間か3時間ほど始発がくるまで。

芸大に通っていた頃も、授業が終わり、みんなで飲み、いったん解散した。
その後に残った数人でファミレスに行き、話していた日々を思い出した。
当時はみんな家が近かったから夜中に歩いて帰ったり、芸大のアトリエで制作しながら話したりしたこともあった。

久しぶりに長い時間友達と話したが、当時話していたことを、やっぱり今も大切にして生活していると言う点は変わらなかった。
驚いたのは、僕が友達に話したことをまだ覚えていてくれたこと。
そして、僕も友達が話してくれたことを覚えていて、お互いに驚いた。

社会と自分の信じる世界の瀬戸際をいかに生きるか
1本の線の精度
肉体と絵の関係
(走って鍛えていると、描く線にも大きな影響を与える。走って鍛えたひとの線になる。硬さがでる)
などなど

そして、あの芸大の黄金時代と呼んでいる「あの時間はもう、こない。時間はたったんだな」とみんなが本当に感じはじめた。
だからこそ、自分にとって芸大に通っていた時間を改めていとおしいと感じた。
同じ時はもうないのかもしれないけれど、あの時が自分の人生にあったことを何よりも幸せでありがたく思う。

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学び舎

あの丸い砂場

「おわり」のない最後

車屋

サヨナラだけが人生だ。名づけえぬものに向かって」

卒業した気持ち

あの時のように

中心をはずすな

徒歩で東京から名古屋へ。詳細版

梅雨なのに朗らかな夕べ

今日という幸せな日

2010年をゆっくり巻き戻し

毎年1年を振り返っているのだけれど、今年もゆっくりと巻き戻しをしようと思う。
例年、旅とかランと言った様にジャンルで振り返っているので、そんな感じで。

それでは、2010年を巻き戻し。

まあ、
色々合った。
いろいろ。

◆走った
と言っても、ロードのレースにはほとんど出ていない。個人的に近所や都内をロングランした。唯一出場したロードの大会は、4月25日のチャレンジ富士五湖100キロマラソンのみ。初めてのロードの100キロマラソン。12時間30分を切って無事に完走できた。70キロすぎた辺りからかなり足が辛く、少し歩いたのが心残り。今年は東京マラソンにも出る予定で、フルマラソンを3時間20分代で走りたいと思っている。

◆山を駆け回った
奥武蔵レクロゲイニング、ハセツネ30K、外秩父七峰縦走42キロ、ロゲイニング菅平高原大会、北丹沢山岳耐久レース、富士登山競争 5合目コース、鋸山トレイルランレース、みたけ山トレイルランといくつもの大会に出場した。ロゲイニングは2010年に初めて参加したけれど、頭も体も使う遊びで非常に面白かった。トレランの大会では毎年出ていたハセツネに出場できなかったのが心残り。一方で、今年は大会ではなく個人的にいろいろな山に走りにいった。独りで山を走っていると、うまい空気と景色を駆け抜ける爽快感がたまらなく心地よい。

◆泳いだ
2009年末から始めた水泳。2010年はプールに良く通った。週に2,3回のペースで泳いだ。そして、海を泳ぐオープンウォーター(オーシャンスイム)の大会に初めて出場。思っていたよりも簡単に3キロ泳げたので、調子に乗ってトライアスロンに出場することにもなった。泳いだと言えば、夏に小笠原諸島に行って、イルカとドルフィンスイムをしたのも非常に思い出深い出来事だった。そして、素潜りをやりたいという気持が強くなった。泳ぎではないが、数年ぶりに小笠原諸島でダイビングもした、あの海に包まれるような感覚は胎児になったようで不思議な居心地の良さがある。

◆泳いだ、漕いだ、走った
オープンウォーターで気を良くしたので、ついに念願の自転車を買ってトライアスロンに参戦した。自転車に乗り馴れていないので、バイクのパートが一番辛く太ももにダメージがきた。けれど、トライアスロンは種目が次々に変わるので面白い遊びだ。せっかく自転車を買ったので今年もトライアスロンに出ようと思う。さらに、自転車で旅もしようと思う。

◆山に登った
山を走りに行ったのではなく、純粋な山登り。雪の大菩薩嶺雪の北横岳・縞枯山春の雲取山最高の天気でゆっくりと楽しんだ夏の北岳・間ノ岳縦走紅葉の飯豊山、そして年末に雪の赤岳といった感じ。山を走るのも楽しいけれど、ゆっくり景色を楽しみながら登り、鍋をしながらボールを飲み、テントから顔を出して星空を見上げるのはとても幸せだ。今年もちょくちょく山に行きたい。

◆旅をした
運動やアウトドアばかりで、今年は珍しく旅をしていないと思ったけど、意外としていた。まずは2010年の年始にはアラスカに。今まで星野道夫さんや植村直己さんという2人のゆかりの地ということでずっと憧れていた。マッキンレーを拝み、オーロラを眺め、北極圏の世界を体感して来た。冬の利尻島にツアーで参加。この参加メンバーの方々と仲良くなり、今でも頻繁に飲んでいる。春には種子島に。やはり大きなフェリーに揺られながら、デッキで海を眺めるのが大好きだ。夏には鳥人間コンテストを見に琵琶湖に行ったり、夏休みには念願の小笠原諸島へ。25時間以上船に乗り、現地ではイルカと泳ぎ、クジラを見て、夕日が沈む瞬間にグリーンフラッシュも。とても思い出に残る時間だった。偶然同じ船で友達が何人も小笠原に来ていたのも驚いた。長野の木崎湖に友達の展示を見にも行った。

旅や自然との戯れに関してはこんな感じ。

◆文科系
文化系のこととしては、L1グランプリという図書館のイベントに出たり、毎年恒例のForget me notに参加した。本を読んだ数はいつもより少なかった気がする。写真も旅では撮影したが、山も走ることが多くコンパクトデジカメですますことも多かった。2011年はもう少し、本を読んだり一眼レフで写真を撮って楽しもう。今年か来年の前半にまた写真を展示したいなと思う。

◆日々の暮らし
わが町の阿佐ヶ谷では、より町と親しんだ。2009年末に阿佐ヶ谷に友達がシンガポールから戻ってきたので、一緒に泳いだり夜な夜な飯を食べたり、お店に行って飲んだりとても楽しい阿佐ヶ谷ライフを過ごした。なんだか大学に入学して近所の友達と仲良くしているよな感じもする。他にも阿佐ヶ谷には友達がたくさん住んでいるので、誕生日を突撃でお祝いしに行ったり、道端で会ったりと阿佐ヶ谷ほのぼのライフを謳歌している。

旅や自然との戯れはいつもの延長線上であった。トライアスロンなど新たなことにもチャレンジしたけれど、あくまで延長線上でしかなかっ気がする。延長線上にあることは別に悪いことではないが、2011年はもう少し非連続な、今までとはちょっと違うことを初めて見たいとも思う。例えば楽器だったり、絵だったりといった様なことも。とは言っても、2011年前半の最大の目標である、UTMFという富士山の周りを100マイルすなわち160キロ、累積標高差8000メートルを完走するために、運動を真面目にすることになりそうだ。

とりあえず、年間の思い出をざっと写真で見ると、こんな感じ。
http://teratown.com/blog/2010/12/25/icaeaia/

アウトドア、スポーツ、旅の2010年はこんな感じ。

送信者 北岳と間ノ岳

実はこれらよりもずっと大きかったのは、自分の身の回りの環境の変化。
本当に近いところでいろいろあった。
自分が大人だと少しずつ思いはじめた。
それは、自分1人で楽しんでいればいいと言う考えから、自分1人じゃなく周りをサポートすることも必要という考えに。
言葉で言えば「長男だな、しっかりしないとな。」と。

自分自身のことで気づくよりも、友達や家族の変化など、身近な存在によって自分はもう大人なんだと気づきはじめた。
やっぱり自分一人では生きていけないし、そうした家族や友達など周りの支えがあってこそなんだなと思う。

そういえば、一人暮らしを初めて約9年で、最も岐阜に帰ったのが2010年だ。おそらく年間で15回ぐらいは岐阜に帰ったと思う。自分でも驚きだ。2011年もちょくちょく岐阜に帰ろうと思う。

送信者 ドロップ ボックス

少しばかり遅い2009振り返り

少し早い2008年巻き戻し

2006年どこへ行ったか?