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辛くもあり幸せな表現の旅を終えて

正直なところ、終わってホッとした。何とかここまでたどり着いた、そう思った。

クリエイティブライティングの講座が始まって半年間はなかなか大変だった。書くことがこんなにもしんどい行為だと初めて知った。今まで文章を書くときは自分の思いついたことを、好きなように書いているだけであった。しかし、今回はテーマを与えられ、期日までに提出する必要がある。さらに、その書いた文章を受講生の前で朗読し、coyote編集長の新井さんからアドバイスを受ける。自分の書いた文章をその場で発表し、講評を受けるというのは最も刺激的な場であった。もちろん、テーマも一筋縄ではいかないような課題が出されつづけた。

思うように書けない。書くテーマをいろいろと考えてもこれだというものがなく、ああでもない、こうでもないと考え続ける。するとすぐに締め切りはやってきてしまう。電車の中でも走りながらも何を書くかを考えていた。締め切りがやってくると、どうしても書かなければいけないので、候補の中から最も良いと思われるもので書き始めた。2回ほど締め切りを守れなかったこともある。自分の書いた文章を朗読するので、書き終えてから声を出して読み返すことをした。しかし、本番となると上手く朗読できない。

こんな感じで、納得のいく文章は書けなかった。特に今回のクリエイティブライティングで、自分の中で納得がいっていないコトが5点ほどある。

文章表現、構成、展開、場面設定などのテクニックがないのは周知の事実だが、ないなりに推敲が足りないと毎回感じた。時間にゆとりを持てずに、中途半端なまま提出することばかりだった。もっと、もっと何度も推敲した上で、考えて練った上で文章を公にできればと思う。そして、読み返すだけではなく、口に出して何度も読み上げるといいと思った。

自分の内面を逃げずに何処まで掘り下げれるのか。その掘り下げ度合いが浅くて、内容的に深みのない文章になることがあった。自分にもっと批判的なもうひとりの自分を設定して、徹底的に中に入り込んで行きたい。

書き方のパターンがいつも似た感じになってしまう。始まり方、終わり方がいつも同じで、メインの展開も似ている。様々な本を読んで、今までに書いたことがないパターンにも挑戦していきたい。

文章が全体的に硬い。文章が硬くて肩が凝りそうになる。もっと柔らかく、しかし崩れていないような文章を書きたい。そうすると読み手や聴き手にすんなりと入ってくると思う。

最後に、自分が思っていることを、うまく伝えることが出来ていないと感じた。自分が伝えたいことを出来るだけ読み手や聴き手に的確に伝える。どうしても伝えたいことを明確にして、それを伝えるにはどうするのが一番良い方法なのかを考えつづけて表現したい。

ということで、いつも不完全燃焼だった。自分というものが何も伝わっていないなと感じていた。それは、僕が自分自身を文章で表現出来ていないのが理由だった。

最終講義では自画像をテーマにした文章で、走ることを書いた。最後も自分の言いたいことは表現できなかった。ただ、自分の書いた原稿を朗読し終えてから、新井さんにいくつか質問された。「なぜ、走るのか?」そんな質問に答えている時に、自分の思っていることを少しばかり話せた気がした。

僕が答え終わると、新井さんは「書くという表現じゃなくて、走ると言う行為がお前の表現なんだな」と言われて、自分の一方的な思い込みではなくて良かったと感じた。自分が考えていること、自分でも自分を最も表現できていると思っていることで、新井さんは僕を理解してくれた気がした。そしたら、もやもやしたものがスッと晴れ渡った。納得のいっていない文章を読まなければならないので、最後の講義も行くのが嫌だなーと思ったけど、最後までこの旅をつづけて、半年間自分を見つめつづけて良かったなと思える日だった。やっぱり逃げちゃならない。

クリエイティブライティングはとても暖かい場所だった。そんな場所で様々なアドバイスをいただいたので、そのアドバイスを宝物として、今後の表現に活かして行きたい。ただ、12月19日にまだ「For get me not」という持ち時間5分で自由に発表する場があるのと、池澤夏樹さんの会が補講である。まだ、この表現の旅は続いて行く。

最後に、卒業にあたり新井さんからメッセージを頂いた。

「旅を遊びととらえる君の位相が
 とても魅力的に映る。
 さらなる自由を。

      クリエイティブライティング2009 卒業 
                    新井敏記」

送信者 ドロップ ボックス

課題
 選考課題       自分への弔辞」

 オリエン 6月6日(土) 「たったひとつの思い出を語る」「1冊の本を語る」

 第1回  6月27日(土) 「 日々を見つめる。6月6日から15日まで、受講以後のあなたの新世界の十日間」

 第2回  7月25日(土)  「インタビューの実践―相手の心を開いて言葉を聴く」

 第3回  9月26日(土)  『紀行文』

 第4回 10月31日(土)  『紀行文』

 第5回 11月28日(土)  「自画像」

講師
 オリエン 6月6日(土)  新井敏記 オリエンテーション

 第1回  6月27日(土)  特別講師:是枝裕和(映画監督)「思い出の表現」

 第2回  7月25日(土)  特別講師:柴田元幸(翻訳家)「相手を理解すること、翻訳とエッセイ」

 第3回  9月26日(土)  特別講師:若木信吾(写真家・映画監督)/スミン

 第4回 10月31日(土)  特別講師:藤原新也(作家・写真家)「写真と文章、旅の表現」

 第5回 11月28日(土)  新井敏記「表現のまとめ」

自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。

相変わらず、自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している様でなにより。

大学時代の大親友がちょうど1年前にコメントしてくれたこと。
このコメントに偶然再会した。それもちょうど1年後の今日に。

僕はブログの内容を書きかけで下書き保存している。その数は550件ほど。そんな下書きをちょこちょこ肉付けしてアップ(公開)することが多々ある。下書きのタイトルだけを見て、クリックして内容を確認して、その内容で書くかどうか決めるのだが、今日はなんとなく「自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。」というタイトルの下書きをクリックした。

するとこの記事はちょうど1年前、それも時間も同じぐらいに友達がコメントしてくれたことを元に書いた文章だった。昨日藤原新也さんのお話を聞いて、話して考えたことと非常に近かった。藤原さんの人生を伺っていても、自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。」感じがした。40年前の印度放浪から始まり、東京漂流を経て、現代の若者など含めミニマルな生き方についてなどを考えている。旅と言う肉体的、地理的な行為から始まり、思考してきた方だ。昨日は最近の流行である「つぶやくコミュニケーションツール」twitterにも言及していた。60歳半ばになっても常に最新の事柄に興味を持って調べ、触れ、考えている。凄いなと思った。

僕も全ては旅から始まった。旅をきっかかに山に登るようになり、本を読むようになり、文章を書くようになり、写真を撮るようになり、走るようになり、文化や風習に興味を持つようになった。興味が繋がり、広がり常に新しい何かを求め、追いかけている。目の前に人参がぶら下がって、それを追いかけてないと生きていけない性格なんだろう。

さらに、俺の中でシンクロしたことがある。去年のこの日に友達がコメントしたことを偶然見つけただけではない。僕が旅するきっかけになったのが、コメントをしてくれた親友なのだ。彼は大学1年生の時にインドへ一人で行った。俺は正直うらやましかったし、すげーなーと思った。俺も行こうと思ったけど、一人で行くまで踏ん切りが着かずにいた。そうしたら偶然大学の親友2人と俺でトルコに旅しようと言うことになった。このトルコの旅があったおかげで、海外一人旅の感覚が掴め自信がつき一人旅をするようになった。だから、この親友にはとてもありがたいと思っている。俺が旅するきっかけを後押ししただけでなく、旅から派生した様々な興味のきっかけにもなっているんだから。

そう、シンクロとはインドの旅。藤原さんが最初に書いた本は「印度放浪」。親友が初めて一人で旅したのもインド。そして彼が当時持っていた本が「印度放浪」だった。そして、俺は昨日藤原さんの話しを聞き、ちょうど一年前の今日親友がコメントしてくれた内容を読んだ。

「自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生活している。」
死ぬまでこんな風に生きてゆきたい。

そう、俺はどうしても出来るだけ若いうちにインドに行かねばならないと思って学生時代にインドへ行った。

すぐそこにある安らげる場所 「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」藤原新也 最高に素敵な一冊

夜の闇を走る列車に腰掛け、本をひらくと、
胸の奥から沸き上がるように涙が込み上げてきた。

昨日の日曜日に猿ケ京から阿佐ヶ谷に戻り、携帯電話でPCに届くメールを見ていた。すると、今週の土曜日にあるクリエイティブライティングのお知らせが届いていた。今回のゲストは藤原新也さんがいらっしゃるということで、課題図書が出された。それが、藤原さんの新刊である「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」であった。

阿佐ヶ谷駅の近くにある本屋に立ち寄り、店員さんに尋ねると白くシンプルな表装がされた「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」を持ってきてくれた。「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」というタイトルにも、ただならぬものを感じたが、この本の表装を見て静かなる強さを感じた。家に帰り洗濯などをして、本を小脇に抱えて再び出かけた。電車の中で本を開くと14のエッセイが収録されていた。「尾瀬に死す」という20ページほどの最初のエッセイを読みながら、涙が込み上げてきた。

自分が経験したことでは全くないし、似たよう経験もしたことがないことが書かれているのだが、その出来事がまるで自分に起こってもおかしくないような、当事者の心の動きと自分が同じような心の動きを日常のどこかで感じているような気がして、吸い込まれて行き涙が込み上げてきたのだ。その後の作品も、強く引き込まれて行って没頭して読んでいた。

どのエッセイも人々の日常の生活の中で起こりそうな出来事が取り上げられていた、その出来事は当事者にとって大きな出来事であるかもしれないけれど、日本と言う世の中のどこで起こっていても不思議ではないことだった。起こった原因というのは些細なことだったり、よくある人と人の感情のすれ違いであったり。とは言っても、当事者にとってしか分からない、どうしても解決できない問題があったりする。そんな出来事には普通に考えたらありえるはずがないような、偶然が起こることがある。ほんのちょっとした変化に気づいたり、偶然巡りあったりする。ただ、その偶然が現実性を保った偶然性であり、人が生きる上で経験する出来事の掴みきれない感情を生み出している。

人間が生きて行く上で起こる風のようなもの。波のようなもの。
ある一定の規則で波が寄せているようだけれど、ひとつひとつは全く想像がつかない波の形をしている。
様々な影響が結果として、ひとつの波を作り上げている。
そんな波と人間は同じよう。
藤原さんはこの本で人間の感情の背景を細やかに描き出している。

読んでいて、感じたり色々と考えたキーワードはこんな感じ。

都市と田舎
社会
常識
日常
人と人
人の感情
違和感

偶然

最後に藤原さんは「偶然」によく巡り会わせる。藤原さんが偶然に良く巡り会うには理由があって、写真や文章で表現している有名な方なので偶然のような出来事が寄ってくるというのと、藤原さんは細かなところも気づく鋭い視点と感性の持ち主だからだろう。

エッセイの具体的な中身を書かないと、どうしても曖昧な表現になってしまうけれども、最高に素敵な一冊なので是非読んでみてください。

10時28分偶然の巡りあい:池澤夏樹の世界文学ワンダーランド

最近はテレビの電源を入れるようにつとめている。
テレビの情報は受け身の情報なので、自分が興味を持っていない情報も多いが、自分では気づかなかった潜在的に興味のあることに気づかせてくれることがあるから。

偶然テレビをつけた時間は10時28分。何と池澤夏樹さんが出ていた。池澤夏樹さんはエッセイを中心に読んでいて大好きな作家だ。何の番組だろうと思って調べると、今日の10時25分から「池澤夏樹の世界文学ワンダーランド」という全8階の番組がスタートしたらしい。なんというグッドタイミング。世界の文学はほとんど読んだことがない、もっといえば日本の文学を読むことも少ないのだ。ただ、興味はとても強い。これをきっかけにでも、テレビで各作品のあらすじや空気感を掴んで、実際に本を読んでみようかな。

池澤夏樹さんは星野道夫さんをきっかけに好きになった方なのだが、ETV特集で「我々はどこへ行くのか 池澤夏樹とゴーギャン、文明への問いかけ」という番組も先日やっていたらしい。これも面白そうで見たかった。8月の頭にゴーギャン展に行ったのだけれど、この展示が良かったから。「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」という作品も非常に良かったのだが、ゴーギャンと言う人物の生き方、そして訴えたかったこと、もがいていたこと全てに対して共感と興味を持っていたので。

なんだろうか、池澤さんは自分の経験したことのないことに関しても、詳細なことまでリアルに想像することができ、長期的かつ総体的に考え、表現できる希有な方なのだろう。
クリエイティブライティングで11月末にお会いして少し話せる予定なので、非常に楽しみだ。

第1回「世界文学はおもしろい」【講師】作家…池澤夏樹

21世紀、異文化が交錯する混迷の時代。世界は進むべき方向を模索している。作家・池澤夏樹さんは、文学にこそ時代を読み解くヒントがあると考え、独自な視点で新たな「世界文学全集」を編集した。池澤さんが魅了された文学作品の朗読を交えながら、私たちが生きる今と文学を語りつくす。

第1回 世界文学はおもしろい 10月5日 10月12日
第2回 恋はサスペンス-『マイトレイ』 10月12日
第3回 名作を裏返す-『サルガッソーの広い海』 10月19日
第4回 野蛮の幸せ-『フライデーあるいは太平洋の冥界』 10月26日
第5回 戦争は文学を生む-『戦争の悲しみ』 11月2日
第6回 アメリカを相対化する-『老いぼれグリンゴ』 11月9日
第7回 アメリカ化する世界-『クーデタ』 11月16日
第8回 さまよえる良心-『アメリカの鳥』 11月23日

知る楽 探究この世界 池澤夏樹の世界文学ワンダーランド <新><全8回>
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/mon/index.html

ETV特集で「我々はどこへ行くのか 池澤夏樹とゴーギャン、文明への問いかけ」
http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2009/0913.html

第1回 世界文学はおもしろい 10月5日
池澤さんが独自な視点で編集した新たな「世界文学全集」。池澤さんの編集方針は、20世紀後半に書かれた秀作を、欧米の作品にかたよらずに選ぶことだった。今回番組で取り上げる7作品も5つの言語で書かれ、世界各地を舞台にしている。旧植民地出身の女性作家ジーン・リースや母国アメリカを痛烈に風刺した作品を書いたアメリカ人作家ジョン・アップダイクなど、書き手もさまざま。新しい世界文学の魅力を池澤さんが語る。

第2回 恋はサスペンス-『マイトレイ』 10月12日

恋はサスペンス-『マイトレイ』
『マイトレイ』(1933)は、ルーマニアの作家・宗教学者のミルチャ・エリアーデが、自らの体験をもとに書いた恋愛小説。主人公はアランという23歳のルーマニア人の青年と、マイトレイという16歳のインド人の少女。異なった文化を背負った男女の恋愛が描かれている。この作品の魅力は、官能と精神が絶妙のバランスで描かれているところだと池澤さんは言う。インドを舞台に若き男女が文化を越えて結ばれようとするラブストーリー『マイトレイ』の魅力に迫る。

第3回 名作を裏返す-『サルガッソーの広い海』 10月19日
『サルガッソーの広い海』(1966)は、作家ジーン・リースが76歳のときに完成させた作品。リースは、カリブ海に連なる西インド諸島の一つ、ドミニカ島の生まれ。当時は、イギリスの植民地だった。リースは、植民地生まれであることで差別され、苦労続きの人生を送った。『サルガッソーの広い海』はイギリス文学の傑作『ジェイン・エア』に登場する脇役、植民地生まれの女性を主人公にした物語。いわば、『ジェイン・エア』を裏返した小説だ。アイデアと技法が鮮やかに決まった傑作を池澤さんが読み解く。

第4回 野蛮の幸せ-『フライデーあるいは太平洋の冥界』 10月26日
『フライデーあるいは太平洋の冥界(めいかい)』(1967)は、フランスの作家ミシェル・トゥルニエが、ダニエル・デフォーの小説『ロビンソン・クルーソー』(1719)を下敷きに書いた作品。トゥルニエ版では「野蛮人」フライデーの登場以降、デフォー版と全く別の展開を見せる。「野蛮」というものに、ネガティブな価値しか見出さなかったデフォーの時代と違い、トゥルニエが作品を書いた20世紀半ばには、それまで「野蛮」とよばれてきたものが、実は独自の世界観と知恵を持った文化だと明らかになった。その思想がこの作品にも影響を与えたのだ。

第5回 戦争は文学を生む-『戦争の悲しみ』 11月2日
『戦争の悲しみ』(1991)は、北ベトナム人民軍の兵士としてベトナム戦争を戦った作者バオ・ニンによって書かれた。これまで、ベトナム戦争に関する知識や情報は、その多くがアメリカ側および南ベトナム(ベトナム共和国)政府側のものだった。しかし今や、北ベトナムの人があの戦争をどう見ていたかを『戦争の悲しみ』で知ることができる。小説の主人公キエンは、かつてベトナム戦争を戦い、40歳になった今、ハノイで作家になっている。そのため、この小説は戦争に関する小説であると同時に、主人公が戦争に関する小説を書くという過程を体験しつつある自分を語る小説となっている。

第6回 アメリカを相対化する-『老いぼれグリンゴ』 11月9日
『老いぼれグリンゴ』(1985)は、「メキシコ革命」を背景にした一種の歴史小説。物語は、革命の初期、一人の年老いたアメリカ人「グリンゴ」が国境の川を越えてやってくるところから始まる。「グリンゴ」とはアメリカ人男性を指す蔑称だが、時に愛情も含むという微妙な言葉。近代化しすぎて迷路に迷い込んだアメリカに絶望し、川の南のメキシコに人間的なるものを求めやってきた老いぼれグリンゴ。作者のカルロス・フエンテスがアメリカに対する批判を込めて書いた作品だ。

第7回 アメリカ化する世界-『クーデタ』 11月16日
『クーデタ』(1978)は、今年1月に亡くなったジョン・アップダイクの作品。戦後アメリカを代表する作家の一人だ。これといった特徴をもたない「普通のアメリカ人」を主人公に、『走れウサギ』(1960)に始まる「ウサギ四部作」や『カップルズ』(1968)など、アメリカを舞台に多くの小説を書いた。今回取り上げる『クーデタ』の舞台は、アフリカにある架空の国「クシュ」。しかし実は、この作品もまたアメリカを書いた小説だと池澤さんはいう。つまり、アメリカの外にいったん出て、そこに設定した「クシュ」という国を透かして見えるアメリカの像を描くといのがアップダイクの執筆意図だったのだ。

第8回 さまよえる良心-『アメリカの鳥』 11月23日
アメリカの女性作家メアリー・マッカーシーの『アメリカの鳥』(1971)。主人公ピーターは、鳥好きの少年。この小説は、ピーターが、渡り鳥のようにアメリカから海を越えてヨーロッパへと渡っていく話であり、主人公が現実のなかで人生や社会についてさまざまに考え、悩み、時には傷ついたりしながら、次第に成長していく「教養小説」だ。主人公ピーターと池澤さんは同じ年。共に1945年の生まれだ。そのため、時代の空気も、世界的な事件も、その背景も、共有する部分がとても多いという。この作品を「まぎれもない傑作」と語る池澤さんが、その魅力を語る。

紀行文と言う夏の宿題

10月になれば、夏だと言い張ることはできない。
夏は終わり、秋がやってくる。
そんな夏の終わりを決定づけるかのような宿題を9月末に発表した。
それは紀行文と言う夏の宿題。(クリエイティブライティングでのこと。)

しかし、そう簡単に夏は終わりを告げない。
次回の課題も紀行文。
さてと、夏に終わりをつげ、秋を楽しむためにも紀行文を練り直そう。

送信者 八ヶ岳(赤岳&権現岳)