いつの日か、本物の臆病者になりたいと思う。
チャレンジする人は、新しいことに飛び込む怖さを知っている。
一方で、口だけで何もしない人は、本当の怖さをしらない。
本物の臆病者はチャレンジする人だけがなれると思う。
そして、臆病者だからこそ、常に最善の道も最悪の道も考えて行動できる。
だからこそ、生き残り続けられる。そういう者でありたい。
ただの臆病者は、なにもせず、ビビるだけで行動をしないものだ。
しかし、本物の臆病者は、チャレンジする。
それは自分が臆病者だと知っているからこそ、その気持ちを跳ね除けたいからだろう。
臆病者だから、チャレンジしたい。
チャレンジするからワクワクする。
チャレンジするからドキドキする。
チャレンジするからゾクゾクする。
人が本当に力を発揮するのは、ピンチで追い込まれたときか、未知なる世界へと新たなことにチャレンジするときぐらい。
どうせなら、常にワクワクする方を選びたい。チャレンジして、力を発揮する人や組織でありたい。
僕らは過去を生きているのでも、未来を生きているのでもない。ならば、この瞬間を最善なものにしたい。
過去も未来も、この瞬間の積み重ねなのだから。
そして、現状にあぐらをかくことなく、したたかに、自由な発想で勝ち残っていきたい。
そう、偉大な冒険家は、常に偉大な臆病者だ。
臆病者だから慎重に準備をして、ピンチな時も冷静に判断して、死なずに生き残れる。
そうでなければ、偉大な冒険を成し遂げたとしても、生きては帰ってこれない。
本物の臆病者は、本当の怖さを知っている。
だからこそ、周りの人にも優しくなれる。
Only the paranoid survive
臆病者だけが生き残る。
送信者 ALASKA 2009 |
アコンカグアとかPTLとか、周りの友達からすると大きな決断と思われることでも、僕にとってはそんなに大きなことではない。自分の意思次第で何度でも挑戦できることだし、これをやったから他のことができなくなるとか、それ以前にさかのぼって他の可能性を潰すような行為ではないから。
自分の中でたったひとつしか選択できないものを決めることが大きな決断なのだ。自分の中で大きな決意をした今日、書き留めておきたかったこと。
2015/01/29(金)