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星野道夫写真展×2

星野さんが亡くなってから20年。
ということで、写真展や雑誌がいろいろと発売された。いつも銀座松屋で開催される写真展に足を運ぶ。大きく引き伸ばした写真と言葉の数々。

やはり、カリブーの移動が圧倒的だった。あの写真の持つ力の総体は圧倒的だ。1頭1頭のカリブーがアラスカの原野を駆け抜ける、その世界。海に潜ると小さな魚が群れて一斉に向きを変えたりして泳ぐ姿を見ることがある。まるで小学校の教科書に乗っていたスイミーのように。そういった海でしか普段は見ることができない群れが、アラスカの大地でも起こっている。僕らの知らないときに、僕らの生きている同じ時間に。

あと、面白かったのはメジャーなカットの写真とセットで撮った一連の写真をネガフィルムでライトボックスで展示していた。その時の一連の写真を見れたのだ。動物の動きなどが分かるし、まるでコマ送りの動画のように星野道夫さんが、どんな瞬間を味わい、切り取ったかが少し分かったような気がした。

展示の最後はこの言葉で締めくくられていた。

短い一生で
心魅かれることに
多くは出合わない
もし見つけたら
大切に… 大切に…

自然の中で遊ぶようになって、世界のいろいろな地域を旅をして、海も山も夏も冬も、そうしていくうちに星野道夫さんの言葉の意味をより深く深く噛みしめるようになっている。

銀座松屋の写真展が終わって、糸井重里さんのtobichiで小さな写真展が開催されるというので、こちらも行ってきた。表参道の狭い場所ながら100枚の写真が展示されるという。理由はこんなもの。

テーブル大の巨大ライトボックスを用意し、
その上に、星野さんが撮影した
「35mmフィルム」を100枚ならべて、
ご来場のみなさまには、
ルーペを使って、
1点1点、作品と1対1で向き合うように、
ご観覧いただくという趣向。

星野さんがフィールドで撮影した写真を、家に戻って写真に初対面したのと同じように、ルーペを使って写真を見る。ルーペで覗くと、それ以外のものが視界に入らない。いくら大きく伸ばした写真であっても、展示会場の壁や床、証明、隣の写真が目に入る。けれど、ルーペで覗き込むと、写真以外何も視界に入らない。この視界の違いが非常に没入感を作り出してくれた。

今まで見たどの写真展とも写真集とも違って、もっとも写真と正面から向き合えて楽しむことができた。ただ、最終日で混んでいたので見れれる時間が短かったのが残念なところ。でも、アラスカの風を感じ、東京という街にいるのに、悠久の時を感じられる、そんな素敵な展示だった。

近くにある旅のよろこびピクニック

近所の公園にピクニックに行く事なんてほとんど無かったし、そんなんよりもっとまだ見ぬ地へ出かけることのほうがワクワクする。だから、そんな気持ちにそって、いろいろな地域や自然の中へと足を運んだ。ただ、5月の晴れた日に2度ほどピクニックにでかけた。1回は砧公園、1回は代々木公園。

たしかに、南東アラスカ行ってみたい、ナミビアに行きたい、中米をゆっくり旅したい、アメリカのロングトレイルもとかとか。国内も、北海道をゆっくりとか、島めぐりも、山も。でも、近くの公園でも幸せな旅で感じる気持ちを味わえることを知った。まったく同じ程度とは言いがたいのは事実だが、日常の生活では感じない心地よさを感じる。

前から、のんびり公園でピクニックとか楽しそうだと思っていたが、1人だと行こうとはならない。家で料理を作って、それを持って公園になんて、たいしたことじゃないのに、そんなことに少しの幸せを感じれるようになったのも、歳を重ね宝なのかもしれない。

青空
大地
音楽
食事
仲間

結局のところ、これがあれば幸せなのかもしれない。休日の朝、部屋に太陽が降り注ぐのと同じように。

持ち物
・敷物
・エアマット
・防寒着
・ウェットティッシュ
・料理
・飲み物
・クーラーボックス
・皿
・コップ
・箸
・スピーカー
・iPod
・本

自分の人生経験で得た最大の学びを再現したくなる

先日3人で飲みながら、そうかと思ったことがある。

自分がやりたいこと。
それをたどれば、自分が大人になる過程で経験し、そこから学んだこと。自分にとって大きな影響を与えた経験とそれを通して考え学んだこと。それによって、自分の人生が一番自分らしくなったできごと。それを他者に、将来に、次の世代に伝えたくなる。そんなことがしたくなる。それは、教育かもしれないし、政治かもしれないし、研究として学問としてかもしれないし、作品かもしれないし、サービスかもしれないし、農作物かもしれないし、生き様かもしれない。

そう、思ったのだ。

というか、友達がこんないい会社見つけた。それは、自分がずっとやりたかったことを、ビジネスとして成立させていた。すごいなと。これだと思ったと。その背景を聞いていると、自分が小さい頃の両親との関係があったりしていた。人間って、そういう生き物なんだなと、共感した。

自分の人生経験で得た最大の学びを再現したくなる。自分の人生が大きく切り開かれた経験。それは旅かもしれないし、部活かもしれないし、受験戦争かも、アウトドアかも、本かも、食事かも、音楽家も、アートかも、誰かに言われたヒトコトかも、何かは関係ないけれど、自分の人生を自分らしくしてくれた経験を社会に還元したくなるのだ。この人間に組み込まれた欲求が、世界をより良くしていく原動力になっているのは事実なんだろう。

それは、いいことだ。ただ、押し付けにならないようにしなければならない。ここが難しいところ。その人にとって良かった経験でも、他者にとっては何の価値もない経験になるかもしれない。ある経験から何を学ぶかは、その人の価値観によっても違うし、過去の経験によっても何を感じ取るかは異なる。ぜんぜん違う経験から大きな学びを得るかもしれない。それは人それぞれ。それを頭の片隅に置いたうえで、経験を押し付けるのではなく、機会が提供される場がより多く、多様であればと願う。

未来を経験した人たちからのアドバイス

最も未来を的確に予測するのは、その未来を自分で作ることだと、ビルゲイツかアンチグローブか誰かが話してた。95年ぐらいにビル・ゲイツが書いた、未来を語るという本を読むと、本当に彼は予測していたとも感じるし、そういった世界を彼が作ってきたとも思えてくる。

これから二十年後は、誰も正確に予測できない。テクノロジー、自然環境、国債政治、宗教、戦争、病気などなど要素が多岐にわたる。

一方、個人の二十年後は、比較的予測できるかもしれない。いや、こちらも正確には予測できないのだが、経験した人たちがすでに存在するという点で。複数の自分より年齢の上の人からの、経験を踏まえた上でのアドバイス。当たり前のことしか、書かれてないが、あらためて年をとると大切と感じるようになるんだな、肝に銘じて生きようと思う。

結局、年を重ねないと分からないことがある。どんな天才でも分からない。体の衰え、脳の衰え、子供を育てる経験、年下が多くなる、お金を持つ、同世代が死んでいくなどなど。だから、未来の自分の年齢を生きた人たちの意見は参考になる。1人ではなく、多くの人が口を揃えて言うことは、自分も直面する可能性がたかいのだから。

そして、近現代史を国内も世界史も勉強したいと思う今日このごろ。引っ越してまだ本を荷解きしていないので、早く荷解きして本でも読もうと思う。

 inc magazineより

1. Start saving money for retirement now, not later
2. Start taking care of your health now, not later
3. Don’t spend time with people who don’t treat you well
4. Be good to the people you care about
5. You can’t have everything; focus on doing a few things really well
6. Don’t be afraid of taking risks, you can still change
7. You must continue to grow and develop yourself
8. Nobody (still) knows what they’re doing, get used to it
9. Invest in your family, it’s worth it
10. Be kind to yourself, respect yourself

LOST WORLD4 日本を出て100時間、ついにロライマを遠目に通り過ぎる

時間の長さが、気持ちを高めてくれる。

送信者 ベネズエラ2015-16

まだ暗い。かれこれ、この度がはじまってからずっと4時30分ぐらいから活動している。5つ星だけど、水シャワーのホテルを出ると、すでにジープがきていた。まだ新車と言ってもいいほどきれいで高級なジープだ。7〜8時間ほどかかるので、ラッキーだ。なんといってもシートが良くて心地いいし、2人で貸しきっているので自由なのだ。そして、運転手のおっちゃんも陽気でのりがいい。ノリノリなのは車のBGMもだった。

送信者 ベネズエラ2015-16

真っ暗な街を抜け、すぐに大きな高速道路のような真っ直ぐな道。こういう道を走ると外国に来たなといつも実感する。爆音の陽気な音楽と真っ直ぐな道。東の空が明るくなり、日が昇ってきた。朝焼けはいつ、どこで見ても美しく、爽やかだ。朝ごはんということで、立ち寄り。ベネズエラでお馴染みの揚げパン。中はチーズ。このチーズが塩辛かった。そして、カフェ・コン・レチェ(牛乳入りコーヒー)。草原をひた走る。青空と真っ直ぐな道、こんな道は眠たくなる。

送信者 ベネズエラ2015-16
送信者 ベネズエラ2015-16
送信者 ベネズエラ2015-16

と、検問が。降ろされて、ザックの中身も全部チェック。何度も何度も検問があると聞いていたので、これが続くとなるとめんどくさいな−と、ちょっとテンション下がる。ただ、この後も検問所はたくさんあったが、基本は顔パスで、車から降りることもなかった。

送信者 ベネズエラ2015-16

すぐに寝る。と、小さな町から兄ちゃんが乗ってきた。英語が少し話せたので、グランサバンナのことやテプイのこと、国立公園についていろいろと聞いていたら、また彼は降りていった。あまりにも広大な風景で、抜け感が気持ちいい。何度か運転手さんに頼んで止まってもらった。これが、チャーターのメリット。さらに、滝に立ち寄ってくれたり、川に立ち寄ってくれたりと、楽しみながらのドライブ。特に滝は落差もあり、虹も出ていて予想外に観光気分。

送信者 ベネズエラ2015-16

ガソリンが無くなって、ガソリンを入れたがなんと50リットル5ボリバール。すなわち1円以下という驚きのやすさ。石油埋蔵量が世界一と言っても人件費すらでないのになーと不思議に感じた。12時すぎに、サンタエレナに到着。ブラジルとの国境、そしてロライマへの起点となる街だ。といってもロライマのトレイルヘッドを車で通りすぎてサンタエレナに着いたのだがw明日の朝、また50キロほど戻って、ロライマのトレイルヘッドへと向かうのだ。

送信者 ベネズエラ2015-16
送信者 ベネズエラ2015-16

サンタエレナに着くと、プエルトオルダスで会った兄ちゃんの紹介で民家に行ったが本当に民家で泊まれる感じではなく、民家の人もどうしていいのか分からないみたいな状況だったのでホテルを探すことに。2件ほど回ったが、どこも満室と言われ諦めることに。そして、車でグルグル回っている時に登山ガイドを頼んでいたバックパッカーツアーズがあったので、そこでおろしてもらうことに。ついでに、レストランもあったので、パスタとビール。いい人だったので運転手のおっちゃんにもおごって、100ドルを払って別れた。

送信者 ベネズエラ2015-16

バックパッカーツアーズで、明日からのスケジュールを相談する。と、明日の朝5時からは行けないと言い出したり、トイレ用に小さいテントを持って行く必要があるから追加で金を払えといったり、事前のやり取りと違うことばかり。ふざけるなという感じで、デブな店のおばちゃんとバトル。タクジさん交渉しまくり、日本でメールをやり取りしていたドイツ人のグレッグを呼び出して、とりあえずトイレテントは持って行かなくて良くなり、スケジュールも電話でボスと話してまとまった。ただ、ガソリンが無いので闇でガソリンを入れるからということで、2000円以上払うことに。ブラジルからガソリンを入れにきていて、長蛇の列ですぐに入れれないのだ。

まあ、嫌な気持ちのままとなりの安宿500円ぐらいに荷物をおく。ここ、トイレが流れないので1階まで水を汲みに行って流すというなかなか大変な宿だった。腹も減ったのでまちなかに。小さな街だが、カンビオ(両替)がいた。レートは空港よりもかなり悪いレートだった。観光地だからか。パン屋でパンを買ったり、ぶらぶらして宿に。登山で必要な水やパンなどが揃って、荷物をパッキングしなおし、準備完了。

送信者 ベネズエラ2015-16

夕食は中華へ。世界中どこにでも中華があるのは本当にすごいのだ。移動、移動、移動の連続で疲れていたので、明日からの登山に備えて寝ることにした。