1/10だけど1/3

3連休ということで出かけようとしていたら、水曜の夜から熱を出して40度。
すぐに下がるかなと思ったら。結局月曜の朝まで続き、どこも行けず。

8月に入院してから、10日に1回ぐらい熱を出す。
1回の熱が2,3日なので、1ヶ月の1/3は風邪を引いている感じである。

0歳から保育園に行くと、本当に風邪を引いたり、いろいろなウイルスをもらうと聞いてきたが、ココまでとは驚いた。
一方で、3歳ぐらいになるといっきに減るとか。

産まれてから半年は全く風邪とか引かなかったから、スーパー免疫だったのだろう。
その免疫ってのもすごいよな。
これだけウイルスにやられているのに、それを全て食い止めていたんだから。

これだけ体調を壊すということは、それだけまだまだ弱いんだし、ウイルスとか細菌にかかったことがない無の状態なんだなーとおもった。

日々、体温の変化を見ていると、体温計なしでも体に触ると熱がどれくらいか分かるようになってきたし、熱があるとめっきり動かない、遊ばない。
そして、ご飯も食べないし、長い時間寝れなくなるので、分かりやすい。
あと、起きている時に駄々をこねる。

赤ん坊の体調不良観察記でした。

911定点観測2017

毎年恒例のこの日

さて、どこにいたでしょうか。
正解は、東京です。

特に何の変哲もない日常だが、去年までとは生活が変わったなと思う。子供ができたから。とはいえ、想像していたほどでもなく、人間は変化にすぐ対応し、慣れるので気づいてないだけかも。

こうした日にあらためて考えを巡らせる。あの日は高校3年で、文化祭前日の夜だった。テレビで飛行機がワールドトレードセンターに突っ込む瞬間を見た。そして、その後の戦争、それに伴う世界の変化も。もちろん報道もリアルタイムに。

僕にとっては目の前で起こったことだが16年たった今、生まれてきた我が子にとっては歴史的のひとつなんだなと思ったのだ。

歴史は繰り返すとか、体験した日とが語り継ぐことが大切だとか言われるが、こうして世代と共に記録で知ることになれば、感じ方も変わるよなーと。

2001/09/11 岐阜 (岐阜在住)
2002/09/11 千葉の岩井海岸 (横浜在住)
2003/09/11 モロッコ タンジェ(横浜在住)
2004/09/11 インド ブッダガヤ (西日暮里在住)
2005/09/11 ボリビア コパカバーナ (西日暮里在住)
2006/09/11 新潟 越後つまりトリエンナーレ→東京 (巣鴨在住)
2007/09/11 東京 巣鴨 (巣鴨在住)
2008/09/11 東京 (阿佐ヶ谷在住)
2009/09/11 東京→沖縄 (阿佐ヶ谷在住)
2010/09/11 千葉県 御宿 オープンウォタースイム大会(阿佐ヶ谷在住)
2011/09/11 岐阜県・恵那でクリエイティブライティングの仲間とキャンプ(阿佐ヶ谷在住)
2012/09/11 東京 (阿佐ヶ谷在住) 数日前までは3週間ほどフランスとスイス
2013/09/11 東京:お台場(阿佐ヶ谷在住) ホテル日航東京で宿泊で研修
2014/09/11 東京(北千住在住) 特になにもない日常
2015/09/11 東京(北千住在住) 去年とは仕事が変わった。そして、タクジさんに誘われ池澤夏樹さんの話を聞いた夜
2016/09/11 岐阜(祖師ヶ谷大蔵在住) 岐阜の実家に。結婚したのともうすぐ子供が生まれるからまた来年は違う911だろう
2017/09/11 東京 祖師ヶ谷大蔵在住 朝は保育園に送り、夜はお風呂に入れる。去年はここまで具体的なことはそうぞうしてなかったが、今の日常を今日も。

日常になった911だけれど、過去の911を振り返るとどれも非日常で再現の無いものなのだなと

いつから失敗を恐れるようになったのだろうか

赤ん坊は失敗を恐れない

ひたすらチャレンジする

失敗しても全く関係ない

またチャレンジする

すると、いつの間にかコツを掴んでできるようになっている

チャレンジする恐怖もないし、失敗しても恥ずかしいとかそういったこともないのだろうか

あんなにも失敗を恐れずにチャレンジしていた全ての子供は、いつの間にかチャレンジすることに躊躇するようになる

いろいろなことを理解し、リスクとか頭で考えるようになるからだろうが、ああのチャレンジ精神はどのように失っていくのかその過程を知りたい

と、同時に何でも挑戦しないと、新たにできるようにならないし、道は拓けないなと、0歳の赤ん坊に学ばせてもらっている

感情とオウム返し

産まれた直後は「泣く」だけだった。数ヶ月立ち、「笑う」ようになった。
そして、声を発することが多くなってから、いろいろな表情をするようになった。

例えば、

「恥じらいの顔」
「怒った顔」
「寂しそうな顔」
「不安げな顔」

こんな感じ。

他者の表情とか声、行動を見て、どんなことが起こるのかを予想できるようになってきたからな気がする。

それと関連してか、親の喋った言葉をオウム返しするようになった。ハッキリとした声にはならないが、似た音声&イントネーションで音を発している。
大人の思考プロセスと行動をたどることによって、感情というものを学んでいっているのだろうか。その結果として、細かな表情の変化が出るようになったと勝手に推測している。

例えば、喜んだりした時は拍手をしたりするのだ。それとか、甘えた顔をしてハイハイで乗っかってきたり。
あとは、掴んで食べることができるようになったのだが、初めて食べるものを手に渡すと、口に入れるのを躊躇して不安げな顔をする。手に持って見て、親が食べるのを見てから安心して口に入れたりと。

実に面白い変化。

思いを伝える声

言葉は話せないけれど、すでに感情は宿っている。
様々な概念も身につけつつある。
物理的な法則も理解しつつある。

お腹すいたというった生命の維持に関わることだけでなく、身体的な感覚、物を掴んだり、叩いたり、新しい人に会うと静かに間合いを探ったり、ただまだ言葉が話せない。
それを言葉にならない声で日々伝えてきてくれる。

週末に岐阜の実家に帰ると、大人5人。
普段は大人二人と子供一人。

それに、夜家に帰って、ご飯、お風呂、寝かしつけとスケジュールぎっちりにやらなければならないことがあり、会話は多くないのかもしれない。
さらに、大人2人だと会話に広がりが産まれづらい。
これはMTGでもそうだけれど、2人でブレストしても盛り上がらないけれど、3人だといっきにアイディアが出てくるのと同じ。

岐阜に帰ると大人がいろいろな会話をしてそれを聞いたからか、とても多くの声を出し始めた。
聞くことによって、自らも声を発することを学んだのだろうか。
発する声のトーンも違えば、叫ぶときも、フレーズの長さも、もちろんフレーズの音も違う。
手足の動きや顔の表情も異なるので、伝えたいことが違うんだろう。

そう思うと、いろいろな人に会って、いろいろな会話を聞いていくことが重要なんだなと改めて思った。
再びSkype英会話でもして、家庭内に新たな会話の風邪を吹き込ませようかと思う。

そして、ハイハイ。
今までもしていたが、家だと狭い。
1.5m四方の空間を作って、そこで遊んでいる。
しかし、ハイハイするにはせまい。そんな囲いのない広い空間だと、自由にハイハイをして、かなりスピードも出てきた。
こちらも、大人の目がたくさんあると、広いところで遊ばせておいても危険が少ない。

核家族化は、家事を行う面で子育てが大変だという話をよく聞いていたが、会話や広い空間でハイハイできることなど含めて多くの大人がいる家庭で育つと良いんだな−と。

食洗機や乾燥機付きの洗濯機を導入して、自動化できる作業はすべてそちらに任せて、少しでも会話を増やしたり一緒にハイハイしようと思ったのだった。