「音楽」カテゴリーアーカイブ

ひょいっと奄美大島

やってきました、奄美大島。

今回の旅のメインディッシュはもちろんトカラ列島。だがしかし、トカラ列島に行くには鹿児島から週に2便出ているフェリーとしまに乗るのが最も一般的。しかし、週に1便は鹿児島から出てトカラ列島を経て奄美大島へ向かう便がある。その便は奄美大島を折り返し、トカラの島々に寄って鹿児島へ帰港する。そう、週に1度だけ奄美大島からトカラ列島へ行くチャンスがある。


飛行機わくわく

鹿児島はすでに2度ほど行ったことがある。それよりも奄美大島に興味がある。そこそこ小さい島には行ってみたくなる。奄美大島は西表島と似た感じでマングローブもある熱帯の島というイメージに吸い寄せられているのだろう。そこで、あえて鹿児島からフェリーとしまに乗らず、奄美大島に行き1日半ほど旅した後にトカラ列島へ向かうスケジュールにした。


出発だ

5月1日(金)午前中の仕事を終え、いざ羽田空港。羽田空港の拡張工事が大規模に行われているなーと眺めつつ、空港へ向かう。空港はそんなに混雑しておらず、比較的スイスイ手荷物検査を終える。飛行機に乗り込むが、窓際の席が取れなかったので外を見れないのでとりあえず、機内誌を熟読する。そして音楽を聴いて熟睡。あっという間に鹿児島空港に到着。5度目の鹿児島空港だ。やることもないので、外へ出てみる。すると、以前この空港に来たときのことやその旅を思い出し非常に懐かしくなる。場所は記憶を鮮明に蘇らせる。そんなことを思い出しつつ、展望デッキへ。飛行機の発着をみながらカッコいいなーと改めて感じる。地方空港の乗り換えの時間は展望デッキに限る。


いざ奄美大島へ


夕暮れの西の空

奄美大島行きの飛行機が離陸するので、機内へ。今度は窓側。ヤッタ!飛行機は離陸し、桜島や開聞岳が眼下に見えた。やっぱり空からの眺めは最高だ。その後も小さな島がいくつか目に入ってきた。ここがトカラ列島なのだろうかと思いを馳せながら、覗きこんでいた。奄美大島へはすぐ着いた。着陸の際にちょうど日が傾きかけていて、西の空が輝いていた。上空から見た奄美大島は想像していたよりも小さな島だった。


いもーれ奄美

奄美大島に着くと名瀬市内行きの最終バスに飛び乗った。1時間程度で名瀬市内に到着。もう暗くなっていた。さて、宿までどうやって行こう。宿に電話してみると、バスの終点にいれば迎えにきてくれるとのことで、しばし待つ。すると元気なおばちゃんが迎えにきてくれた。車に乗り15分ほどで到着。ゲストハウス涼風というドミトリー。1980円にシーツ代が300円。安い。荷物を置き、ちょっと遅めの飯を食いにいく。歩いて1時間弱で名瀬市中心部に着き、目的の島唄居酒屋を探す。そのお店の名前は「かずみ」という。かずみさんというお母さんがやっている店で、このお母さんが唄の名手。唄のコンクールで優勝したことがあるらしい。


おいしい食事とビール

扉を開けると満席でお客さんは陽気に歌っていた。最初、「満席だねぇ、ごめんね」と言われたが、「ああ、一人?一人ならカウンターに座れるよ」と、席を作ってくれた。なんともありがたい。ビールを頼むと、「うちはおまかせしかないよ」と言われ「それで大丈夫です」と答える。煮物や揚げ物、刺身とこれでもかというほどの量。食べていると、唄と踊りがまた始まった。常連のおっちゃんが三線を弾き、店のおばちゃんが手拍子で歌う。それにつられてみんなが歌い始める。何処からか馬の皮の太鼓が回ってきて、リズムをとる。すると、一人また一人と立ち上がり、カチャーシーの様に手を動かし踊りはじめる。なんとも楽しく陽気である。ワイド節など何曲か楽しんで、宴は終わった。


みんなで踊る

一組が帰り始めると、皆帰り始め、残ったのは俺と三線を弾いていたおっちゃんだけになった。カウンターに座って、話しながら飲んでいた。嵐の後の静けさのような店内は、これが普段のお店だよと教えてくれたような気がした。宴の後の日常の空間が好きな俺には、とても楽しい時間だった。話していると、一人、また一人と地元のおっちゃんが入ってくる。飲みにくる人もいれば、ただお茶だけ飲みに来る人も。どのお客さんも近くの常連さんっぽくて、みんなで楽しそうに話してお金も払わない。俺もただで焼酎を頂いた。

歩いて帰ろうとすると、隣のおっちゃんが車で送ってくれると言う。ありがたい。これだから島は楽しい。おっちゃんが奄美のいい店を教えてくれたり、他愛もない話しをしていると宿に到着した。礼を言って降りると、おっちゃんはUターンして戻っていった。

旅日記の続きはコチラ「ブルルン 奄美大島。最後は耐久戦。」

トカラ列島の旅ルートに関してはコチラ。
トカラの旅 概要
トカラの温泉
トカラの朝日と夕日
トカラの神々

アラスカ極北飛行

電車で星野道夫さんの最後の著作である「森と氷河と鯨」を読んでいた。この本はアラスカの各地を星野さんが旅し、老人からワタリガラスなどの神話を聞いて、まとめあげた本だ。以前にも読んだことがあるのだが、トカラ列島へ行き神や文化の伝播などについて興味がわき、また読み返したくなって読んでいた。ちょうど今日の帰りに読み終わり帰宅した。

日付が変わった頃、仕事から家に帰りつきポストを開けてみると、アラスカ極北飛行というDVDが届いていた。3月に見に行った湯口公さんの写真展で予約購入していた映像が完成し届いたのだ。楽しみにしていたので、早速20インチディスプレイのiMacにDVDを入れる。こういう時は、PCのディスプレイが大きくてよかったなと思う。

アラスカについて書かれていた星野さんの本を読んでいたので、DVDを見てさらに気持ちは高まった。湯口さんはアラスカで飛行機を自ら操縦し写真を撮影されている方だ。空から見るアラスカの風景は完璧としか思えないほどだった。世界にはこんな美しいところがあるのか。もちろん、そんな土地には厳しい自然環境、そして野生の動物もたくさんいて、人間の自分勝手なキレイとか感動するといった感情とは無関係に成り立っているのは言うまでもない。

そんなアラスカを撮影した写真と映像、そしてBGMにオープニングから圧倒される。「なんだよこの自然は!」「ああ、もう、アラスカよ。アラスカ!たまらん。」と、行ったこともないのに、そんな感情が沸き上がる。それほどまでに、アラスカは俺を魅了する。

そして、DVDを見ていると「もうひとつの時間」が流れていることを再認識し、この世界に対してほっとする。

「あわただしい、人間の日々の営みと並行して、
もうひとつの時間が流れていることを、
いつも心のどこかで感じていたい。 」(星野道夫)

この「もうひとつの時間」は「遠い自然」という考えとも重なり合うことだと思う。

人間にとって大切な自然が二つあるような気がします。

 一つは、皆にとっての身近な自然です。 例えば家の近くの森や川、鳥だとか、そういう日常に近い自然の大切さがありますよね。 それは日々の暮らしの中で変わっていく自然ですが、もう一つ、遠い自然も人間にとって大切なのではないかと思うんです。

 そこには一生行けないかもしれないけれども、どこか遠くにそういう自然が残っていればいつか行くことができるかもしれない。 あるいは、一生行けないかもしれないけれども、いつも気持の中にある、そういう遠い自然の大切さがある。

 それはアラスカだけに限らず、アフリカであれ南米であれ、また日本であれ、たとえ自分がそこに行かなくても、日常の暮らしに関わりがなくても、ただそこにあることで人の気持が豊かになる自然があるのだと思います。(星野道夫 魔法のことば)

この星野さんの本や言葉を思い出しながら、湯口さんの映像を楽しみ、自分の中で様々な思いにふける。そして、アラスカに対してさらに興味を持っていく。

アラスカに行くには休みが少ないとか、行かない理由を言ってないで、さっさとアラスカに一度行ってみよう
と決めた。

PS このDVD一般発売は6月からのようです。ぜひ、ご覧になってください。非常にオススメです。

湯口さんのブログより。
アラスカ極北飛行DVDの完成!!
http://husky-ricky.blogspot.com/2009/05/dvd_22.html

過去の関連エントリー

男が見た夢~自由の翼~ アラスカ極北飛行 : 湯口 公 
http://teratown.com/blog/2008/07/22/aeiaiiiaa-ycyeyyeeieoo-aoy-o/

3月に行われた湯口さんの写真展にも足を運んだ。
「アラスカ極北飛行」~翼が見たアラスカ~
http://teratown.com/blog/2009/03/07/ueeeia4aeth/

あなたは無言で何を語るのか

「日本語も英語も通じない国でどうやってコミュニケーションを取るの?」と聞かれる事がある。どうコミュニケーション取っているか、言葉では説明しづらいが、確実に理解し合えている。それは日本語も英語も使わずに。身振り手振り、顔の表情、時刻や周りの環境などを総合して、お互いができる限り理解し合おうとして、言葉以外の情報を必死で読み取り、理解しようとする。言葉がない分、より集中して理解しようとする。

海外を一人で旅した事ある人は理解してくれる。言葉を使わなくても本当に理解し合えるのだ。

「が~まるちょば」という2人組の日本人サイレントコメディアンの舞台を見て、無言で伝えることについて改めて考えた。彼らのサイレントコメディは本当に面白い。テンポといい、落ちの作り方と良い、体の動きといい、ひとつひとつの精度がとても高い。見ていて面白いし、サイレントコメディという作品としても一級品だと思った。

あえて、言葉を用いずに伝える。伝えるツールが減ることで、より伝わる事があると思う。例えば今回のようなサイレントコメディに限らず、「詩」などもそうだろう。読む側の想像力を増幅させ、伝えていく。長い文章とは違い、読者自らの頭で考えさせる。すると、理解度も高くなるし、強く記憶に刻まれる。長い文章で書かれていると、読み流してしまい頭に残らないことも多々ある。あえて言葉を捨てると言う選択肢は非常に興味深かった。

さらに、彼らは20カ国以上の海外でも公演している。無言で伝える場合は、演じる者と見る者の間に共通の文化がより必要となると思う。海外でやっているということは、その国々の文化を調べて知り、それ体感して、ネタ作りをしているんだろうな。これはとんでもないぐらい凄い事だと思う。

「無言で伝える」事の神髄を見た気がした。


が~まるちょば
http://www.gamarjobat.com/

送信者 いろいろ

偶然の巡りあいを心に留めておく

偶然の巡りあいを留めておきたいと思い、CDを2枚買い求めた。

偶然の巡りあいに心動かされる。示し合わせて起こった出来事ではなく、偶然の巡りあわせには意識の世界では表層化しない運命のようなものを感じる。そんな運命の巡りあわせは、潜在的な喜びや興味を呼び起こしてくれる。これほどに人生を豊かにしてくれることも珍しい。

友だちのライブから帰り阿佐ヶ谷駅に到着した。いつものように北口を出ると、珍しく路上ライブをしているようだった。そのまま帰ろうとした瞬間に、「彼女だ。」と思った。歌声が聞こえたわけではない。でも、漂っている空気でそう感じたのだった。そして前に行くと、「奥華子」と書かれていた。やはり、奥華子さんだ。そこには数人がいた。

彼女を知ったのは4年ほど前に友だちから聞いたのがきっかけだった。友だちがプロデュースした商業施設でライブをしてもらい、そのライブからは歌の力を感じたと聞いたからだ。それを聞いた友だちは信頼しているし感性も近いので、それからしばらくの間、彼女の事が気になっていた。そんな時、その商業施設でまたライブがあると誘ってもらったので行くことにした。冬の寒さの中に澄み切った美しい歌声が響き渡っていた。歌も非常に良かったのだが、その人柄に魅了された。僕は当時のブログに「嘘のない人生を送っているというのが伝わってくる人だった。相当いいです。」と書き残している。

それからはライブに行ったりする事はなかった。テレビCMで彼女の曲が流れたり、パソコンのiTunesに彼女の曲が入っているのでたまに流れ、聞く度にいい曲だなぁとしみじみ感じていた程度だった。

そして今日、4年の時を経て、阿佐ヶ谷駅で偶然の巡り合わせ。奥華子さんのことを教えてくれた友だちのことや4年前のライブのことがしみじみと思い出された。彼女の歌を寒空の下で聞きながら、昔を思い心が暖かくなった。起こりうる事が信じられないぐらいの偶然だろう。彼女は阿佐ヶ谷での路上ライブは初めてで、さらに久しぶりの路上ライブだと言うのだから。

寒い冬の夜に路上で歌う。渋谷や新宿のような大きなターミナル駅ではなく、阿佐ヶ谷駅で。テレビCMにも何度も採用されたり、テレビの主題歌としても採用されている。それでも、路上で歌う。そして、もらったチラシによると今でも商業施設である亀戸サンストリートでライブをやっているようだ。あの時と同じ場所で同じように歌っているのだろうか。

こんな偶然の巡りあいを心に留めておくために、久しぶりにCDを買った。彼女の歌声と昔の思い出を同時に留めておけるCDはなんて素敵なのだろうか。


モスクワのX’mas&New Year

4年前にライブに行ったときに書いたブログ「偶然、奥華子」

4年前のライブについて奥華子さんが書いたブログ

奥華子オフィシャルサイト

少し早い2008年巻き戻し

2008年は阿佐ヶ谷、旅、ランニング、音楽、本、写真で語れる。それにしても、いろいろと楽しんだ年だった。

阿佐ヶ谷。
2007年の暮れに阿佐ヶ谷に引っ越した。2008年は阿佐ヶ谷から始まった。この町に住みはじめて、生活のスタイルも変わったし、町という繋がりから友だちもできた。銭湯に行ったり、弁当を作ったのは、まさにこの町あってのこと。なんとも楽しい2008年を送れたのは、ベースに阿佐ヶ谷という町があったから。感謝。

旅。
ゴールデンウィークには初めての沖縄で八重山のディープな旅。波照間島、新城島、西表島と強い記憶が残っている。本当によい旅だった。夏は47都道府県制覇の大分、宮崎、熊本。そしてまた沖縄。その他にも和歌山、長野へ行ったり、山梨へ行ったり、尾瀬に行ったり、気球を見に宇都宮へと色々と国内旅行はした。紅葉の時季には友だちと雲取山へ1泊2日のテント山登り。久しぶりのテント泊、¥。そして、旅と言えば、南米の旅で何度も会った人に偶然にも再会。とても驚き、とてもうれしかった。そしてこの年末は久しぶりに海外。

ランニング。
さらに良く走った。箱根駅伝復路を一人で走る企画は横浜でリタイア6月はフルマラソン@荒川区では目標の4時間が切れなかった。アクアスロン大会NIKE HUMAN RACE 10K、そして何と言ってもハセツネカップ。感想を目標に大会に参加。見事20時間程度で完走。かなりしんどかったけど、楽しかったし、心の底からうれしかった。

音楽。
2008年は音楽を聴きに良く行った。友だちのライブ@高円寺and六本木、友だちのピアノリサイタル@恵比寿、和太鼓の鬼太鼓座@国立劇場、小田和正@代々木体育館and東京ドーム、インド民族音楽@青山、フジロック@新潟、BillyJoel@東京ドーム、エゴラッピン@三軒茶屋、古謝美佐子さんの沖縄ライブ@新宿、オーケストラ@渋谷Bunkamura、友だちの上司のお笑い系のライブ@新宿などなどと良く行った。この他にもいくつか行ったんじゃないかな。

写真。
写真展にも足をよく運んだ。友だちの写真展やプロの写真家の写真展。阿佐ヶ谷に引っ越してから、新宿が近い。新宿にはコニカミノルタプラザやエプサイト、PENTAXスクエア、ニコンサロンなどなどがあるので、よく足を運んだ。その他にも写真美術館にも何度か。そして僕も写真展をした。自分一人で行う写真展は初めてで、なかなか大変だったが、友だちもたくさん来てくれて楽しむことができた。また、やりたいなと思う。


夏以外は本をよく読んだ。夏は熱くて頭が働かないからか、外へすぐに遊びにいくからか分からないが、本を読まなかった。だが、それ以外の季節は本をよく読んだ。(自分比)。いろいろな本に出会えて、楽しむことができた。お世話になったのは、南阿佐ヶ谷の書源とブックオフとアマゾンです。

まあ、こんな感じの1年でした。様々なことをして、かなり楽しんだ2008年。みなさまありがとうございました。
では、よいお年を。
(2008年にやったことの羅列になってしまいました。。。)