「音楽」カテゴリーアーカイブ

意思があればひとつになれる。

矢野顕子さんのさとがえるコンサート2009に行ってきた。数年前から矢野さんがいいなと思って聞いていたのと、クリエイティブライティングの初回の講座で矢野さんのひとつだけが流され、こんな場にしたいと新井さんがお話しされた。さらに、阿佐谷の友達が矢野さん好きということで一緒に行ってきたのだ。

矢野さんはステージに登場したときからやんちゃな感じがした。(笑)天真爛漫の女の子が大人になった感じで、非常に心地よかった。自分の中から沸き上がってくるものを、いつわりなく体で表して歌っている感じがとても良かった。そして、MCで話している間もピアノをさわりながら自然に音を奏でていた。ピアノと一体感を持った方だった。そんな素敵なコンサートの中でも「When I die」という曲がとても印象に残っている。

そして最後の曲が終わり矢野さん達がステージから引く時に盛大な拍手が巻き起こった。それから、アンコールの拍手になかなかならなかった。それぞれの人はアンコールのリズムで拍手をしているのだろうけど、何千人もいるとリズムがなかなか合わない。そんな時間だけが流れていった。すると徐々にみんなの手拍子があってきた。ある瞬間これはみんなの手拍子がそろうなと思ってからは、あっという間だった。みんなのリズムが合わさり、会場全体がひとつのリズムでアンコールの手拍子を行った。

最初はバラバラでも、ひとつになるもんだ。そう思った。みんなアンコールのリズムで手拍子をしたいと思っている。だから、周りのリズムを聞いて隣の人にあわせたのだろう。その連鎖が少しずつ広がって行ってひとつになった。みんなの意思が同じ方向を向いていれば、絶対にひとつになるんだ。そんなふうに思った。これはコンサートの手拍子に限らず、大きな組織であろうと、チームスポーツであろうと、オーケストラであろうと。意思があればひとつになれるんだと思った。

聞き惚れる声

この1年ほど、朗読を聞く機会に恵まれた。

そのきっかけは、Rainy Day Bookstore & Cafeでの赤坂さんのストーリーテリングだった。深い森の中でアラスカの神話を聞いているような気分になった。こんなにも声が空間をひとつに包み込むものなんだと初めて気づいた。そして、また朗読を聞き続けたのは偶然にも同じ場所だった。

クリエイティブライティングでは、書いた文章をみんなの前に立ち朗読した。30人ほどの出席者が入れ替わり立ち替わりあるテーマについて書いた文章を読み上げる。数時間程さまざまな人の朗読に耳を傾ける。全6回の講座があったから、この半年で180回ほど朗読を聞いたことになる。それぞれ読むスピードも違えば、緊張して声が震えている人もいる、落ち着いて声に強弱をつけて読み上げる人もいる。その人なりの朗読になり、全てが魅力的にうつった。読み上げられている内容と朗読の仕方が非常に上手く合わさり、それらの組み合わせでしか生まれない表現となっていた。ちなみに、僕は参加者の一人に「少年みたいな朗読をするね」と言われ、自分でもその感想に頷いた。

参加者の中には図書館で子供に絵本の読み聞かせをしている人、プロのストーリーテラーかと思うほどの人、淡々と読み進める人、感極まって声が震えている人。そんな中でも特に好きな人が3人ほどいて、その人たちの朗読が始まると瞬く間に文章の世界に吸い込まれて行った。文章の内容よりも前に、その声だけで聞き惚れていた。声に聞き惚れただけでなく、そんな朗読をする人は例外なく素敵な文章だった。

朗読し始めた瞬間に空間を包み込むような、全ての視点を奪うような声。その声はつぶやくような柔らかさを持ちつつ、しっかりとしていた。声と声の間に潜むものや声の背景にある世界も伝わってきそうで、想像が膨ら朗読だった。朗読の素晴らしさは、読書では味わえない程に想像が膨らむことにあるのだろう。そして、その想像は場を文章の中の世界にする力を持っている気がする。

これが僕に取っては非常に希有な経験だった。声に自然と集中し、目を閉じて聞く。心地よいとても暖かく幸せな時間に浸っていた。そんな暖かな幸せは、今まで旅の中でしか出会ったことがなかった。そんな気持を初めて東京の建物の中で味わった。またひとつ幸せな時間が増えた気がした。

送信者 ドロップ ボックス

夏の沖縄にはオリオンビールがよく似合う

前回の旅日記はこちら「金曜の羽田を飛び立てば、那覇の長い夜が待っていた」

翌朝というか、数時間後に起きた。睡眠時間は少ないのに眠たさもなく心地よい目覚め。天気予報は良くないと言っていたが、それとは正反対の晴天。沖縄の夏らしく、窓越しに青い空を見上げただけで元気になってくる。シャワーを浴びて、9時過ぎに宿を出る。エイサーは3時から始まるので、それまで何をしようか。とりあえず国際通りを4人でぶらぶら歩き、朝飯のおかゆを食べに行ったが早すぎた。朝食は諦め、夏だから泳ぎたいということで、エイサー会場のコザ近く北谷にあるアラハビーチへ向かう。4人だしタクシーでもバスと変わらないぐらいの値段だったが、バスの方が旅っぽいということで、バスに揺られる。


目覚めて外を眺める

アメリカ軍の基地を車窓から眺め、アメリカ人用のお店屋さんを眺め北谷に到着した。近くにあったドミトリー(2500円)にチェックインして荷物だけ置いて、外へ出た。太陽の日射しを浴びたアラハビーチは泳ぐにはもってこいだった。ビーチでサッカーをしている人もいたけど、サッカーの後に泳いだら気持がいいだろうなーと勝手に想像していた。腹が減っては何もできないので、「ばくばく亭」へ。ハンバーグカレーを食べたのだが、これがうまい。上手すぎる。カレーは色々な野菜がしっかりと煮込まれていてちょっと甘め、かつスパイスもきいている。ハンバーグの肉は肉汁がうまい。腹の減った胃袋を十分に満足させてくれた。


アラハビーチ

そして、友達が水着を持っていなかったので近くのスーパーで購入し、アラハビーチへ。たいして水がキレイでもないし、クラゲ用のネットが張られた場所だけれども、今年はじめてに近い海水浴は楽しめた。青空の下で海の水につかるだけで幸せな気分になれる。


露天

さてと、続いてメインディッシュの全島エイサーへ向かう。タクシーでいっても1000円ほど。4人なので本当に安くついた。会場には露天のお店もたくさん出ていて、すでに盛り上がっている。会場のコザ運動公園の中に入るとすでにエイサーが始まっていた。ビールを片手に会場内へ。色々な地区の青年会などがエイサーを披露する。そもそも、エイサーとはお盆の時期にこの世に戻ってくる先祖をお迎えする踊りだ。この全島エイサーというイベントが50年ほど前に始まってから、見栄え的に栄えるということで太鼓を持つ太鼓エイサーが盛んになったとか。

こういったものは生で味わうのがいい。三線の音、唄、太鼓の鼓動、そして踊り。青年たちが太鼓を叩き、若い女の人が手踊りをする。チョンダラーとか京太郎と呼ばれる顔を白く塗った男が、全体の統率をはかる。リズムの良い唄にあわせて、自分の身体もリズムに乗ってくる。2、3団体を見ていると、4、5歳のかわいい子供が出ていたり、それぞれに特徴があり見ていて飽きない。そんなエイサーを初めて見て、もうちょっと地味だけど、古くから続くエイサーも見てみたいなと思った。


チョンダラーと共に

エイサーをひと通り楽しむと、隣が気になる。隣の空間が。全島エイサーと同時にコザ運動公園ではオリオンビアフェストが開催される。オリオンとはもちろんオリオンビールのオリオン。沖縄といえばオリオンビール。オリオンビールの誘惑に誘われ4人でふらふらと移動。入場ゲートをくぐれば、そこはビール天国。夏の沖縄にはどうしてオリオンビールがこんなにあうのだろう。工場で昨日作ったばかりと言うオリオン生ビールをゴクリッ。のどを爽快に流れてゆく。うまい。うますぎる。この暑い沖縄の空と冷たくてうまいオリオン生ビール。たまらんですなー。カンに入っているオリオンビールよりも格段にうまい。

そんなビールを飲みつつ、つまみを食べつつ、生の音楽を聴く。上を見上げれば夕暮れに染まった空が広がっていた。会場に着くとsolunaという歌手が歌っていた。少ししか聞いていないけど、けっこう良い感じだった。solunaに続いて、下地勇。宮古島の言葉で歌うので、何と言っているかは分からないが、会場はヒートアップ。後ろにいたおばちゃんご一行様も大はしゃぎ。なぜだか、色々と話し一緒に盛り上がる。そして最後にディアマンテス。野茂英雄のテーマソングを歌った人と言えば分かるかもしれない。ディアマンテスの登場で、会場はみな総立ち。みんな歌って踊って。アルベルト城間の歌声はラテンな唄を歌うためにあるのではないかと思うほど。全力を出し切って、オリオンビアフェストを楽しみ、最後の打ち上げ花火を横目にタクシーで宿まで帰り、はしゃぎすぎたせいかすぐに眠りについた。

紀行文と言う夏の宿題

10月になれば、夏だと言い張ることはできない。
夏は終わり、秋がやってくる。
そんな夏の終わりを決定づけるかのような宿題を9月末に発表した。
それは紀行文と言う夏の宿題。(クリエイティブライティングでのこと。)

しかし、そう簡単に夏は終わりを告げない。
次回の課題も紀行文。
さてと、夏に終わりをつげ、秋を楽しむためにも紀行文を練り直そう。

送信者 八ヶ岳(赤岳&権現岳)

金曜の羽田を飛び立てば、那覇の長い夜が待っていた

東京でどんよりとした蒸し暑さを感じると、沖縄の強い日射しの暑さが恋しくなる。

前回の沖縄からちょうど1年ほど経ち、沖縄の海が恋しくなっていたというのも関係しているんだろう。さらに、今年はまともに海で泳いでいない。ゴールデンウィークのトカラ列島ではまだ海が冷たかったし、夏は山を登っていた。夏に海で泳がないと何だか物足りない。そんなこともあって、沖縄に行きたいなーと思っていたら、全島エイサーが9月12、13日にコザであるという。おお、これはグッドタイミング。行こうかなと思ったが、行動するまでには至らなかった。

そんな時に沖縄大好き仲間と飲んだのだ。波照間島のやどかりという宿で仲良くなった仲間だから、飲めば沖縄の話しになる。全島エイサーに行く予定というので、俺も行こうと決めた。JALヘビーユーザーの友達がマイルで行くというので、おともdeマイルというチケットで便乗させてもらった。このチケットはマイルで行く人と同じ便に乗れば格安チケットよりも安い価格で飛べるという幸せな航空券だ。それに、売れ残った席を直前に発売開始するようで、ギリギリに行くことを決めた今回にはぴったりのチケットだった。

チケットは手に入れ、9月11日金曜日。仕事を終えて羽田へ向かう。空港で友達と合流し、ラウンジへ。友達がラウンジを使えるマイレージ会員なので、セキュリティチェックも専用のゲートでスイスイ。その後ラウンジでビールを飲み乾杯。ラウンジって便利だなと初めて使って気づいた。けど、俺の身分には分不相応な気もした。19時55分のJAL便で羽田を飛び立ち、那覇へ向かう。

那覇についてゆいれーるで本日のお宿である「月桃」へ向かう。ここは国際通りのすぐ裏手にあり便利な場所。と、その前にもう一人友達がANAの20時の便で那覇に到着しているはずだった。どこかで会うかな、と話しながらゆいレールの車内を覗いたが見当たらなかった。電車に乗り、発車した。すると、偶然にも真後ろに立っていた。バレないように携帯からメールを送る。そんなイタズラを楽しんでいたら、バレてしまった。県庁前駅で下車して、いったん別れなかむら家という居酒屋で再集合。昼頃に那覇に到着していた友達も合流して4人に。まずはオリオンビールを飲み、その後泡盛を飲む。

これで終わる那覇の夜ではないニューパラダイス通りにあるBar土へ。2階で写真展もやっており、こちらも見ながらお酒を飲む。店主と話しながら、まったりとした時間を過ごす。ANAで来た友達はまだチェックインしていなかったので、ホテルへ。ホテルの横で若い兄ちゃん二人がギターを持って、路上ライブをしていた。出会ってまだ数日目だと言う。僕たち四人は地べたに座り、唄を聞いていたと思ったら、自分たちが歌いだした。友達の一人が兄ちゃんからギターを借りて歌い始め、みんなで合唱。ひとしきり歌った後は、町を歩いて、タクシーに乗って農連市場へ。以前に2度ほど行ったことがある公設市場と違って、農連市場は観光客がいない。なぜなら市場がやっている時間が早朝だからだ。早朝と言っても夜中の2時半からとか。公設市場よりも昔からの地元の市場という感じがあり良いという話しを聞いていたので、楽しみにしていた。真っ暗な夜空に、農連市場だけが蛍光灯で照らされていた。おばあたちが、野菜などを並べている最中だった。ひとりのおばあに話しを聞くと、50年同じ場所で商売をしていると言う。その月日を聞いただけでただただ頭が下がる。農連市場をぐるぐると巡った後は、丸安そばで沖縄そばを食べて、長い長い那覇の夜は終わりを告げた。そのとき既に4時をまわっていた。


旅日記の続き「夏の沖縄にはオリオンビールがよく似合う」


丸安そば

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