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偶然の巡りあいを心に留めておく

偶然の巡りあいを留めておきたいと思い、CDを2枚買い求めた。

偶然の巡りあいに心動かされる。示し合わせて起こった出来事ではなく、偶然の巡りあわせには意識の世界では表層化しない運命のようなものを感じる。そんな運命の巡りあわせは、潜在的な喜びや興味を呼び起こしてくれる。これほどに人生を豊かにしてくれることも珍しい。

友だちのライブから帰り阿佐ヶ谷駅に到着した。いつものように北口を出ると、珍しく路上ライブをしているようだった。そのまま帰ろうとした瞬間に、「彼女だ。」と思った。歌声が聞こえたわけではない。でも、漂っている空気でそう感じたのだった。そして前に行くと、「奥華子」と書かれていた。やはり、奥華子さんだ。そこには数人がいた。

彼女を知ったのは4年ほど前に友だちから聞いたのがきっかけだった。友だちがプロデュースした商業施設でライブをしてもらい、そのライブからは歌の力を感じたと聞いたからだ。それを聞いた友だちは信頼しているし感性も近いので、それからしばらくの間、彼女の事が気になっていた。そんな時、その商業施設でまたライブがあると誘ってもらったので行くことにした。冬の寒さの中に澄み切った美しい歌声が響き渡っていた。歌も非常に良かったのだが、その人柄に魅了された。僕は当時のブログに「嘘のない人生を送っているというのが伝わってくる人だった。相当いいです。」と書き残している。

それからはライブに行ったりする事はなかった。テレビCMで彼女の曲が流れたり、パソコンのiTunesに彼女の曲が入っているのでたまに流れ、聞く度にいい曲だなぁとしみじみ感じていた程度だった。

そして今日、4年の時を経て、阿佐ヶ谷駅で偶然の巡り合わせ。奥華子さんのことを教えてくれた友だちのことや4年前のライブのことがしみじみと思い出された。彼女の歌を寒空の下で聞きながら、昔を思い心が暖かくなった。起こりうる事が信じられないぐらいの偶然だろう。彼女は阿佐ヶ谷での路上ライブは初めてで、さらに久しぶりの路上ライブだと言うのだから。

寒い冬の夜に路上で歌う。渋谷や新宿のような大きなターミナル駅ではなく、阿佐ヶ谷駅で。テレビCMにも何度も採用されたり、テレビの主題歌としても採用されている。それでも、路上で歌う。そして、もらったチラシによると今でも商業施設である亀戸サンストリートでライブをやっているようだ。あの時と同じ場所で同じように歌っているのだろうか。

こんな偶然の巡りあいを心に留めておくために、久しぶりにCDを買った。彼女の歌声と昔の思い出を同時に留めておけるCDはなんて素敵なのだろうか。


モスクワのX’mas&New Year

4年前にライブに行ったときに書いたブログ「偶然、奥華子」

4年前のライブについて奥華子さんが書いたブログ

奥華子オフィシャルサイト

本の新しい買い方

インターネットで興味のあることを検索し、いくつものホームページを訪れる。企業が運営しているページや個人のページ。綺麗なデザインのページやテキストだけのページ。細かな情報が載っているページや目次だけでストップしてしまったページ。まさに玉石混合(訂正:玉石混合は間違いで、玉石混淆)。これは悪い意味で使っているのではなく、良いものも悪いものもあるからネットはすばらしいと思っている。情報の善し悪しは情報を得る人によってまったく異なるのだから、ある人には価値のない情報でも、別の人にはどうしても知りたかった情報ということも多々ある。

いくつも訪れたページの中で興味を持つページがたまにある。書かれている考え方や文章表現がすばらしかったり、写真が好きだった場合だ。すると隅から隅まで読み、ブログがあればRSSリーダーに登録する。更新されれば自然とチェックする。そういったサイトが個人サイトの場合、サイト運営者が本を出版されたり、写真集を出すことがある。こういった場合、いきなり本を出版しましたという報告ではなく、今執筆中ですとか写真を選んでいますというエントリーも書いている場合が多い。すると自然と親近感がわき、興味を持ってほしくなる。

つい先日もこんなことがあった。同じような流れで最近ちょくちょく本を買うな~と気づき、これって本の新しい出会い方、買い方だなと改めて気づいた感じ。

こういった本はたくさん売れる本ではないだろうから初版が少なく、書店でもあまり見つからないから、アマゾンで買ったり、直接そのサイトから購入依頼のメールを送ったりする。色々ある買い方の中では、サイトから直接著者にメールを送って購入するのが一番好きだ。自分が好きな文章や写真を撮影している人を応援している気持ちになるからだ。特に
こういった本の買い方をする場合は処女作が多いから、この作品ができるだけ多くに人に知ってもらいたいなという気持ちが強くなる、

ただ、そんな風に僕が1冊本を買ったところで何も起こらない。著者がそれで食べていけるようになるとも思わない。でも、僕みたいな人が増えていき、著者がギリギリでも食べていける程度になれば面白い社会になると思う。宝石の原石はありとあらゆるところにいるけれど、それが社会(現状ではマスコミや権威ある人、何らかの賞)に評価されるきっかけがなかっただけ。もちろん、そう言った評価を受けたからと言って一概にいい作品だとも思わない。

インターネットの良さがここにあるのだから、僕みたいな「本の新しい買い方」をする人が増えてゆき、ネット空間から実社会に多様性が広がればいいな。今はそれが一部の分野で起こっているが、もっと広い分野になればいい。そうすれば、様々な分野で能力を発揮して、それで食べていける人が増える、こうなればなんと面白い社会だろう。大きな流れとして、自然とこういった多様な社会になっていく気がするが。

そうなればインターネットにありがとうと伝えたい。

「Iranian Blue」~寺町 健 写真展~
期間:2009年2月15日(日)~28日(土)
   月曜は定休日です
   12:00~15:30 18:00~21:30
   (15:30~18:00の間は店が閉まっていますので、ご注意ください)
   店内は禁煙となっております。
場所:カルカッタカフェ
   〒166-0004
   東京都杉並区阿佐谷南3-43-1 NKハイツ101
   詳細地図はコチラ
   最寄り駅は阿佐ヶ谷駅になります。
   お食事の方は事前に予約をして頂けると幸いです。(tel:03-3392-7042)

ケーキの上にさくらんぼは載せれなかったが、ケーキはおいしかった。

イランの旅行記を書く時間が取れないので、草稿段階でキープしてあったものアップします。ちなみに草稿のものは400近く残ってる。。。明日からはイラン旅行来かけるはず。はず。

ケーキの上にサクランボを載せることはできなかったけれども、ケーキ自体はとても大きくて美味しかった。決して忘れることはありません

昨年末、イランに行く直前に見たニュースから。手漕ぎボートで太平洋横断を試みていたイタリア人がゴールの本当に直前でリタイアしたとか。その時の言葉が印象的だったので、メモしてありました。印象的な理由は二つあって、ひとつは比喩表現としてセンスあるなぁと感じたこと。あとひとつは、物事に取り組むスタンスとしていいなと感じたこと。最終的に成し遂げたいことを達成したいし、達成できればそれがベストだと思う。しかし、常に達成できるわけではない。そんな時、言い訳がましくなく、素直にこんなことが言えたらいいなぁと思う。達成はできなかったけれど満足いく取り組みができたんだろうなと。

手漕ぎボートで太平洋横断の伊冒険家、ゴール目前で救助を要請

12月13日 AFP】手こぎボートで太平洋の単独横断を目指していたイタリア人冒険家が13日、10か月におよぶ1万8000キロの旅のゴール直前で悪天候のため救助された。

 アレックス・ベリーニ(Alex Bellini)さん(30)は、2月21日にペルーのリマ(Lima)を出発した。13日にオーストラリアに到着し、史上5人目の太平洋単独横断を成し遂げるはずだった。

中略

ベリーニさんは、あと一歩のところで今回の冒険を成し遂げられなかったことを「特殊な出来事」と表現。「残念だとは思っていません。がっかりなんて全然していませんよ。自力で陸に到達することはできませんでしたが、(太平洋を)渡ることはできたんだから。ケーキの上にサクランボを載せることはできなかったけれども、ケーキ自体はとても大きくて美味しかった。決して忘れることはありません」と満足気に語った。ベリーニさんは、単独の手こぎボートでは最長となる295日間の冒険を達成したことになる。

英語の原文も見つけたので、貼付けておきます。シンプルな英語で分かりやすくていい。英語ネイティブじゃない感じがして、同じ俺としては親近感わくし分かりやすい。

“I’m not disappointed. I’m not disappointed at all,” he told AFP.

“I’ve been not able to reach land… but the crossing has been made.”

The Italian, who has now completed the longest solo row in history at 295 days, said he was happy with his achievement.

“I didn’t put the cherry on top of the cake,” he said. “But the cake is very good, very big and I will never forget about it.”

日本語
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2549494/3609894

原文
http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5iVw62vKFVIAZQgERUqoJGqqytCmQ

送信者 イラン

[イランの写真はもったいぶって、モスクワにて。天を見上げる子供たち。この世の中にはどんなケーキがあるのかなぁ。](PENTAX K10D ISO: 200 露出: 1/200 秒絞り: f/5.0焦点距離: 45mm)

たったひとりのアラスカ

Rainy Day Bookstore & Cafeに行く予定だったことは何度もあった。それはイベントごとだったり、展示を見に行く予定だったり、お茶をしにいく予定があったりと。しかし、急に予定が入っるなど、実際に足を運ぶことはなかった。最寄りの表参道駅からも15分かかり、かつ住宅街の中で場所が分かりづらいというのも、理由のひとつであったことは間違いない。

このRainy Day Bookstore & Cafeはスイッチ・パブリッシングという出版社の地下にある。スイッチ・パブリッシングはその名の通り「SWITCH」という雑誌や「coyote」という雑誌を発行している出版社だ。新井敏記さんという社長兼coyote編集長が、生前の星野道夫さんと親交があったということで、coyoteでは今でも星野さんの特集を組むことがある。そして、この2009年1月号も「たったひとりのアラスカ」という特集が組まれた。今回は星野さんの命日でもある8月8日(2008年)にアラスカのシトカに星野さんのトーテンポールが立てられたことが記されている。このような特集を行う雑誌ということで知り、数年前から興味のある号は読んでいた。

でも実は、振り返ればもっと前からスイッチ・パブリッシングの本を読んでいた。遡ること12、3年前、岐阜で中学生だった僕は駅前の塾に通っていた。その当時、塾の昼休みに本屋に行くことが多かった。本などはほとんど読まなかったが、音楽は好きだった。特にミスチル(Mr.Children)が好きで、彼らの掲載される雑誌をよく立ち読みしに行っていた。そう、まさにその雑誌が「SWITCH」だったのだ。最近になって、あの頃見ていた雑誌はSWITCHだったと、表紙の「SWITCH」というタイトルが頭に浮かび思い出した。その頃、星野さんのインタビューや写真がリアルタイムで掲載されていたはずの「SWITCH」なのだ。当時は全く星野道夫さんを知らなかったし、当時その記事を読んでいたとしても琴線に触れていなかったのではないかと思う。

雑誌になっていれば、書かれていることは今読んでも、刊行さらた時に読んでもおなじだ。しかし、そのリアルタイム性というものが大きく異なる。圧倒的に違う。同じときを生きるものが綴っているということが圧倒的なことなのだ。そんなことを思うけれども、いまさらこんなことを嘆いてもしかたのないことだ。

前振りが長くなったが、トーテンポールが立てられたことを記念した、トークショーがあったのでついにRainy Day Bookstore & Cafeへ行ってきた。住宅街の中に、それも普通の住宅と変わらぬ大きさで、変わらぬ外装であるスイッチ・パブリッシングの建物。その地下には人であふれかえっていた。年齢も性別も、おそらくはここに来た背景も様々な人々で。

僕はギリギリに到着したために、席に着くと会はすぐに始まった。まずは95年にTBSで放送された映像が流された。池澤夏樹さんと龍村仁さんがアラスカを尋ねて、星野さんに初めて会ったときの映像だった。この出会いをきっかけに、龍村仁さんはガイアシンフォニー第3番という星野さんのドキュメンタリー映画を作り、池澤夏樹さんは星野さんに関する一連の著作を残したようだ。新井敏記さんは続けて、こんなエピソードも話した。星野さんの名前は星の道を開く人という意味で星野さんのお父さんが名付けられた、と。そして、実際に星野さんは出会った多くの人の人生に大きな影響を与える人であったとも付け加えた。実際に、トークショーに出ていた写真家の赤坂友昭さんも、星野さんに影響を受けて写真家になったようだ。新井さんが編集した94年「SWITCH」の特集にあった星野さんの文章。当時、環境保護とか、単純な動物愛護思想が声高に叫ばれていた時に、本当の動物との共生について語っていたことが胸に刺さったようだ。そして、翌年に起こった阪神大震災を体験し、人生はいつ何が起こるか本当に分からない、人はいつ死ぬか分からないということを強く思ったことがきっかけで、写真家の道を進みはじめたと話していた。

そして、その映像で強く印象に残ったシーンがあった。それは、星野さんが話している場面。アラスカでの食べ物、狩猟の話をしている時に、僕はムース(カリブーだったかもしれない)を打ったことがない。それは、本当に食べることに、生きていくことに、追いつめられたことがないからだと思う。「でも、今なら、あぁ、あ。。今なら殺せると思う。」そう語ったシーンだ。星野さんは非常に落ち着いた表情で、落ち着いた声で、自分の今の気持ちを素直に話しているようだった。この言葉に、生きていく身としての最も自然な姿を見た気がした。

このような映像を見た後に、新井敏記さん、赤坂友昭さん、絵描きの下田昌克さん、もう一人女性の料理研究家での話があった。このトークショーはピンと来なかった。トークショーのシナリオができていなかったのか、理由は定かではないが。最後の質疑応答で、星野さんと大学時代のクラスメイトの方がお話しされた。星野さんが探検部で熱気球に乗っていた話、麻雀では良く負けたと言う話。慶應高校時代は優秀で経済学部に入ったが、その居場所に違和感をもっていたと言う話。星野さんと同じときを過ごした方の話を聞き、星野さんに対してもっていたイメージの輪郭がはっきりしていった。

星野直子さんもご挨拶された。本当に心のやさしそうな、たたずまいをされていた。星野直子さんを見て、星野道夫さんの心を見た気がした。

最後に、ワタリガラスとタカが出てくる「我々はいかにして魂を得たか」という神話を赤阪友昭さんが朗読された。ボブ・サムが日本人で唯一認めたストーリーテラーと紹介された赤阪さんのこの朗読は本当にすばらしかった。あっという間に空間全体が神話の世界に包まれた。そして、僕はストーリーテリングに非常に興味をもった。
この神話は止まってしまった世界をいかにして生き返らせるか。という神話。ワタリガラスがタカにお願いし、火の玉の火をもってきてもらい、世界中に火をまき、魂を取り戻す。ただ、いつまでも自分たちが魂を注ぎ続けることはできない。だから次の世代へと受け継いでくことが必要だ。このように締めくくられた、神話であった。

凍 沢木耕太郎 新潮文庫

凍 沢木耕太郎 新潮文庫

沢木耕太郎さんが山野井泰史さん、妙子さんについて書き記した一冊。すべての行動を共にして、二人の心を透視して書いたんじゃないかと思うほどの作品。山野井泰史さんの「垂直の記憶」は読んだことがあり、この「凍」という本も知っていたが、ハードカバーだったので買うのが億劫になっていた。そうしたら、つい最近文庫になったので、即買い。読みはじめたら、もう止まらない。むちゃくちゃ引き込まれて、どんどん読んでいた。面白い。面白すぎる。

やはり沢木さんの文章は人を惹き付ける。行動や心理描写の正確性や精度が極めて高い。さらに、読者が引き込まれていくようなテンポの良さもある。もちろんこうした文章表現になる根底には、山野井泰史、妙子さんの圧倒的な山への熱意があるからだ。

本を読みながら自分が混み合った電車の中にいることは、完全に忘れてしまい、ギャチュンカンの壁に取り付いているような錯覚になるほど。今年読んだ本の中でもかなり上位にランクされる本。

山野井妙子さんには心底驚く。緊張とか恐怖とか興奮とか情熱とかそういったものと、落ち着きとか冷静さは、ここまで併存するのか、と。そのことに、ただただ驚かされる。山野井妙子さんは精神ではすでに一度「死」を経験しているから、ここまで冷静でいられるのではないかと思う。そうでなければ、あのような極限の状態、極度の緊張感や興奮、恐怖の中では死を恐れ、冷静になれないんじゃないかと思う。山野井泰史さんも限りない冷静さを持っているのだが、妙子さんには劣るのではないか。ただ、山野井泰史さんが勝っている能力も、もちろんいくつもある。だからこそ、すごい良い夫婦だなと思う。好きなことが同じで、やりたいことが同じで、それに向かって二人で足りない部分を補って挑んでゆく。

あまりにもすばらしい本で、読み終わってから1ヶ月以上たっているのに、興奮覚めやらず、文章がまとまらなかった。情けないが、それぐらいすばらしい本だった。

気に入った部分を引用と思ったけど、あまりにも多すぎるのと、途中まで書いたのに、遅いネット回線のせいで消えてしまった。うわー。ショック。

ついでに、買ってないけど沢木耕太郎さんの新作「旅をする力-深夜特急ノート-」も読みたいな。
(相変わらずのネットの遅さで、写真アップは無理でした。)

以前に書いた、凍の感想。
凍 沢木耕太郎
沢木さんの卓越した文章表現に吸い込まれていった。そして、もちろん書かれている対象、山野井泰史さんと山野井妙子さんの存在は、文章表現の巧みさをねじ伏せるほどの圧倒的な強さを誇っていた。
それにしても、この本は面白かった。ぐいぐい引き込まれていった。まるで自分がギャチュンカンの壁に取り付いているような気分になった。最高にすばらしい本。


http://teratown.com/blog/2006/06/13/dhcaci-oaoaayoythyeyaeeeeaanaiyyeyythiiaeaue/


http://teratown.com/blog/2007/11/16/iiaeuo/