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【Amazing Summer 2012】モンブラン登山~モンブランの頂を目指して極限状態の1日~

前回の旅日記【Amazing Summer 2012】モンブラン登山~モンブランににしがみつく~

夜中に目を覚ます日が変わった00時30分ぐらいだった。小屋の中にいるにも関わらず、ものすごい雨の音、そして風が小屋に打ち当たるたる音が凄まじい。これじゃ到底アタックは無理だと思った。隣で寝ているガイドのLouisも起きて、外の状況を見てきたようだった。そして、今外に出るのは危険だ。雨、雪、風がすごく強く嵐だと。俺もその厳しい状況を理解していたので、分かったと答えた。そして、再度仮眠をして3時にもう一度確認しようと話した。おれも念のため外を確認したが、雨と言うよりもみぞれとアラレがひどかった。

ベッドに戻り、再び寝た。目覚ましで3時に目を覚ますと、1時と状況は変わっていないようだった。確認のために外に出てみたが、やはりアタックは困難な状況だ。しかたない。Louis と話して、再度5時に起きることを決めて寝た。しかし、この瞬間にほぼモンブランの登頂はなくなった。時間的に厳しいのだ。スリーサミッツのルートは一番簡単で距離も短いグーテ小屋のルートと比べると長く難易度が上がる。そのため、遅くとも夜中の3時に出発しなければ登頂して下山することが出来ない。3時の出発を諦める、すなわち登頂を諦めると言うことだった。致し方ないとは分かりつつも、もの悲しい気持ちが、胸を包んだ。そして、すぐに眠ることは出来なかった。モンブランの頂きに立つことが出来ないという目の前の事実。それを忘れ、今、与えられた環境、状況で出来る限りのことをしようと言い聞かせた。そして、すぐに体を休めるために寝るように、何も考えないようにした。

再び起きる。5時前だ。雨と雪、みぞれなどは止んでいた。ただ、相変わらず風は非常に強い状態だった。小屋の中にいても、風が強く揺れるほど。ガイドのLouis と話して、行ける所まで行こうと話した。ただ、状況が状況だけに、途中で引き返す可能性が高いと。目指すはモンブランスリーサミッツのひとつである、モンブランタキュールになった。この山も4248mの高峰だ。朝飯を5時前からとった。しばらく厳しい状況が続くので、食べられるだけ食べて、水分もたくさん取るように心がけた。そして、トイレにも行った。Louisと僕は登ると言う判断を下したが、7割近くのパーティはそのまま下山して行った。今後、天候が悪化すると予想されていたため、すぐに下山してロープウェイで下ると判断したようだった。

From モンブラン登山とUTMB2012

まだ、外は真っ暗だ。ザックを担ぎ、ハーネスを付ける、靴を履き、アイゼンを付ける。ヘッドライトを付けて出発。暗いとクレバスなどが危険だ。足下の1歩を気をつける。しかし、時間が経てば天候はどんどん悪化して行く。だから、ゆっくりしている暇は全くない。急ぎつつ、安全を確保しなければならない。あいにく、5時前後に出発した中では一番先頭だったので、気楽に進むことができた。

暗い中、一歩一歩雪を踏みしめて行く。最初はほぼフラットな所を歩き、クレバスを越えて行った。何もない雪原のような場所で強い風が、全身にぶつかってくる。なかなかタフな歩行だ。そして、登りがやってきた。取り付いて行く。アイゼンをしっかりと雪に噛ませて、突風が来ても飛ばされないように。ピッケルでバランスをとりながら。天候悪化を気にして、Louisは、かなりのスピードで登って行く。ここは3800メートル弱の場所と思えない。休むこともない。一定のペースで登り続けている。僕はかなり息があがってしまっていた。

高所順応は充分に行っていたつもりだが、このスピードでかつ雪の状態がよくなく、滑りやすかった。そのため、キックステップで、アイゼンをきかせながら登っていた。そのため、蹴り込む時の力が必要で、いつも以上にエネルギーと筋肉を使っていたのだ。もちろん、風が強く体が煽られる。そのため、両足で踏ん張らないといけなかった。ピッケルを横にして持ち、這うようにして登る場所も多々あった。それらで、エネルギーを使っていることは明白だった。

アラレが頬に叩き付け、痛い。サングラスをしているが、その隙間からも入ってくるほど。風が強く、新雪が舞うのだ。地面から風で舞うと粉雪が顔に当たる。ああだ、こうだと、そんなことを言っている間も余裕もないので、なんとか呼吸を落ち着けるように大きく深呼吸をしながら、食らいついて行った。ただただ、なんとか食らいついて行こう、それだけを考えていた。ふと、後ろを振り返ると、かなり登ってきていた。下には数組のパーティーが登ってきているのが分かった。彼らも風にはかなり苦労しているようだった。

何度か、限界になりLouisに止まってもらい、呼吸を整えた。風が強く、飛ばされそうでピッケルを刺して安定させた。喉が乾き、水も飲んだ。さらに、登って行く。登山では景色を楽しみたいのだが、曇りだし、小雪が舞っていたり、雨が降ったり。さらに雪が舞うので視界なんて数メートル。景色なんて楽しめたもんじゃない。まあ、精神的に余裕がなく、目の前の一歩に集中しているので、景色なんて見るってことすら忘れて登っているというのが、正直な所だった。

From モンブラン登山とUTMB2012

登りはじめて2時間ほど、かなりバテていた。そんな時に、大きな雪の壁に到着した。おそらくクレバスがあって、片方が隆起して壁になったのではないかというような場所。ここは風がよけられるので、少し休憩することにした。水を飲み、ミックスナッツを口に放り込む。そして、クレバスの下を覗くと、息をのむような美しさだった。透明感のある水色の氷がずっと深く続いていた。いったいどこがクレバスの底かは分からなかったが、氷が作り出す清らかな美しさだった。吸い込まれそうな美しさに心が震えた。ただ、どんどん天候は悪化しており、見ている余裕はなかった。

From モンブラン登山とUTMB2012

すぐに出発することになった。その前に、Louisから「ここからは稜線に出る、さらに風が強くなる。覚悟して進め。そして、状況に寄ってはすぐに撤退する」そう告げられた。正直な所、ここまででもかなりハードだった。心が折れそうで、もう嫌だと内心思っていた。さらに強い風が吹くとなると、恐ろしくなった。しかし、まだパワーは少なからず残っていたので、弱音は口にしないことにして、進むことにした。

From モンブラン登山とUTMB2012

稜線に出ると風はいっそう強くなった。全身に風がブチ当たる。体がふわりと浮いたり、視界がほとんどなくなった。そんな時は耐風姿勢でなんとか耐えた。斜度が急な所は壁に張り付くようにして、雪が崩れそうなところは、四つん這いのような姿勢でピッケルを横にして雪に刺しながら。どうしようもない風が吹く。顔が痛い。突風がくるとLouisも飛ばされそうになり、体が揺らぐ。そんな時は、俺は倒されそうだ。Louisと二人でピッケルを刺して、体を小さくして耐風姿勢をしながら、突風をやり過ごす。ただただ耐え抜くだけ。

From モンブラン登山とUTMB2012

突風が止むとすぐに、歩き出す。突風の間に少しでも速く進んで頂きに近づく必要があった。突風が吹き耐風姿勢、止めば進む。それを繰り返した。頂上らしきいわばが見えてきた。あそこまで、何とかあの頂までと思いながら、前を見て進む。しかし、どうしようもないほどに風が強くなって、止む気配がない。耐風姿勢でも飛ばされそうになり、二人でほとんど地面に這うような姿勢になった。頂上の100メートルほど手前というのに。そのとき、Louisから諦めるかどうかの判断を迫られた。僕はすぐに答えられなかった。自分の力だけでは、とうてい頂上に立てないと分かっていたから、すぐに返事できなかった。ガイドさんの力を借りれば登れるかもしれないという淡い期待もあった。それは自分の責任ではない世界。だから無責任に答えを出せない自分がいた。しかし、モンブランタキュールの頂上に立ちたい気持も強くあった。時間もなく、すぐに答えを出さないことを分かりつつ、極限の状態で追い込まれて判断がすぐに出来なかった。情けなかった。

From モンブラン登山とUTMB2012

そんな俺の姿を見て、Louisはもういいよ。時間がない、さっさと行くぞという感じで「Go, Go.」と話した。僕はホッとした。ここで、降りるという判断をされたら頂上を目の前にして、とてもやりきれない気持になってしまっていただろうから。ただ、状況は最悪で、すぐに頂上に立って下山しなければならない。Louisは、急いで登るぞと言った。本当にペースが速くなり、残り100メートルほどを必死で食らいついて登った。頂上直下は岩場だった。そして、その手前は凍てついた氷だった。滑って落ちる危険があった。アイゼンをしっかりきかせた。そして、Louisが、アイススクリューを出して、支点を作り俺の安全を確保してくれた。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

最後の最後でクライミング。突風の合間を見極めて、登った。昨日のクライミングがあったおかげで、感覚があったので思ったよりもスムーズに。ただ、どうしてもホールドに届かない所があった。Louisがカンパツ入れずに、プッシュプッシュ。と叫んだ。足を強く押して体を持ち上げて登れとのこと。切れ落ちた場所で風も強く恐怖心があったが、思い切って足でけり返して体を持ち上げて、ホールドをつかんだ。なんとかホールドにひっかかり、体を持ち上げ、よじ上るようにして、這い上がって頂上にたどり着いた。ついに登った。モンブランは無理だったが、モンブランタキュールの頂上には立つことが出来た。うれしかった。この状況で、ここまでやってこれた。思わずヨッシャーと叫んだ。360度ぐるっと見回した。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

すぐに降りるぞと言われた。岩場は懸垂下降で一気に降りた。時間の短縮が一番重要なことだった。岩場を過ぎると、突風の稜線を下って行く。登りとは打って変わって、小走りぐらいのスピードで。若干だけれど、風が弱まったのも救いだった。どんどんと下って行く。2組のパーティーとすれ違った。頂上の状況をきかれ話すと、諦めるかどうか迷っている様子だった。僕たちは先を急いだ。稜線を終えた。すると、自然と涙が溢れ出してきた。どうしようもなく、涙が込み上げてきた。一番危険な場所は脱したため、精神的な緊張の糸が切れたからなのだろう。よかった。正直、ホッとした。しかし、まだ安心するには速い。そう、自分に言い聞かせた。涙でサングラスは曇り、危険なだけだ。泣いていても何のメリットもない。気を引き締めろ。下りが危険だ。事故は安全な所で起きる物だ。植村直巳さんも、マッキンリーの頂上を踏んだ後、下山で消息を失っている。そんな風に自分に語りかけて、冷静さを取り戻して降りて行った。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

下って行くと、風はだんだんと弱くなり、雨や雪、アラレなども止んでいった。下りでは滑って尻餅をつくこともあったが、無事に降りることができた。よかった。よかった。ここまで来れた。フラットな場所まで来れた。と思ったら、小便がしたくなり、立ちション。そして、コズミック小屋まで戻った。荷物を取ってゆっくり休めるかと思ったら、ロープウェイが止まっていると言われた。すると
Louisが、急げと。ロープウェイを動かしてもらえるかもしれないから、いったんミディの展望台へ行く。ただ、ダメかもしれない。その時は、再度下って、自力でイタリア側に降りる。そう話した。肉体的、精神的、技術的、時間的にすべてが限界、極限だった。だから、もう無理だ。ミディまで行ったらとりあえず安全なんだから、2日でも3日でも1人で待ち続ける。もう、動きたくない。そんな気持だった。ただ、そうも行っていられないので、荷物をまとめてコズミック小屋を出て歩きはじめた。

From モンブラン登山とUTMB2012

クレバスを飛び越えながら歩き、ナイフリッジを登って行く。このナイフリッジの登りのペースが驚くほど速かった。ただただ、ロープウェイを動かしてくれることを祈り続けた。これからイタリア側まで歩いて降りるなんてゴメンだった。心拍がかなり上がった状態で登っていく。切れ落ちた稜線にドキドキしながら、突風にドキッとしながら、風よ吹くな吹くなと祈りながら。

From モンブラン登山とUTMB2012

登山口が目の前に現れた時はホッとした。戻って来れた。良かった。でも、まだまだ安心しきって気持の糸が切れるのは危険だ。イタリア側に降りなければならなくなるかもしれない。登山口の柵を越えて、ロープウェイ乗り場に。ロープウェイがとまっているので、全く人がいなく寂しい感じだった。オフィスに行ってみると、ロープウェイの管理人が3人いた。Louisが相談してくれた。すると、アルピニストのために1度だけ動かすと言ってくれた。これでモンブラン登山が終わった。本当にホッとした。これで終わった。無事に終わった。良かった。うれしかった。また、涙が流れた。ルイスが一緒に写真を撮ろうと言った。涙が流れているのを見られるのが恥ずかしかった。サングラスを付けていたので、涙を見られることはなかった。サングラスを取りつつ、涙を拭いた。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

ロープウェイ乗り場に行き、動くまで待つことにした。結果的に1時間30分ほど待った。どんどんアルピニストが戻ってきて全部で20人か30人ほどに。待っている間はやることがなく、この壮絶で極限な2日間の直後の気持を書き留めることにした。肉体、精神、技術の極限まで追い込まれたことは始めてだった。その率直な気持を残しておきたかったのだ。ただ、目がかすんだ。目やにかなと思って、目をこすったがダメだった。コンタクトが汚れているのかと思って、コンタクトを外してもダメだった。極度の精神的な疲労、肉体的な疲労に追い込まれて、目が見えずらくなったのだと気づいた。それからは、目を休めて、リラックスすることに。

徐々にアルピニストが増えて着た。みんな、今回のハードな登山について話している。ガイドをずっとやっているけれど、何年ぶりの天候だろうとガイドさん同士で話していたり、風速100メートルは越えていたと。100メートルはない気がするが、嘘でもない気がするほどの風だった。

From モンブラン登山とUTMB2012

ロープウェイが動き、下山した。ホッとした。そして、シャモニーの町は暑く、晴れていた。こんなにも環境が違うのかと驚くとともに、山は気をつけなければならないと強く思った。宿に戻り、昼寝。そして、洗濯。ピッケルなどを返しに行き、帰りは中華料理を食べて宿へと戻って寝た。明日からは再びスイスに行き、UTMBまで体を休めることにした。

From モンブラン登山とUTMB2012

最後に、モンブランの頂きに立つことは出来なかった。結果としてモンブランタキュールへ登り下山することになった。当初のゴールはモンブランだったので目的を果たすことは出来なかった。しかし、後悔というか未練は全くなかった。残念だった気持は確かにものすごく強い。天気が良ければとか、グーテルートだったらとか、もう少し日程に余裕があればとか、そんなことを思うこともある。ただ、今回の限られた日程で、自分の体力、精神力、技術、全てを注ぎ込んだ。今、自分が持てる全ての物をぶつけた。だから、未練はこれっぽっちもなかった。ほっとした気持と同時に、清々しさがあった。何かしらのゴールがあって、それを達成できなかったのに清々しさを抱いている時点で、逃げ腰の弱い奴のようだ。いつもなら、そう思って自分って情けない奴だと思っていただろう。でも、今回は全身全霊をかけて、自分のすべてをかけて勝負ができた。余裕をかましているなんて、していられなかった。だからこそ、そんな清々しい気持になったのだろう。モンブランはそこにあり続ける。また、登りたくなったら来たらいい。今はそう思っている。

モンブラン登山直後の気持ち

【Amazing Summer 2012】モンブラン登山~モンブランににしがみつく~

前回の旅日記【Amazing Summer 2012】マッターホルン三昧とモンブラン登山打ち合わせ

一通りの準備をして眠りについた。翌朝、目を覚ましてココアを入れ、ベランダでパンを食べる。前日の夜に携帯のメールにヘッドライトを持ってくるように連絡がきた。ヘッドライトを追加。7時にガイドのLouis Bourdeauとミディのロープウェイで待ち合わせをしていたので、歩いて向かう。今日は天気も良く明日以降に崩れることが信じられない気もする。モンブラン登山は3日の予定だった。初日はテスト。このテストはガイドさんが、俺の技術や高度順応のレベルを確認するもの。一緒にザイルを結んで命を預け合うので、このテストが必要になるのだ。2日目に登山を開始して小屋に泊まり、3日目の未明に小屋を出発して頂上へアタック、そのまま下山。こんなスケジュールだった。

From モンブラン登山とUTMB2012

まず、初日はテストということで、どんなテストかなとちょっと不安な気持も抱きつつ、ロープウェイ乗り場へ。すると、すでにLouisさんは来ており、ガイド仲間と話しをしていた。チケットを買って、ミディの展望台へ。ミディは3800メートルほどで、ここまでロープウェイで一気に上がれる。富士山よりも高い場所にだ。普通は高山病の心配があるが、日本でも富士山に通い詰め、こちらに来てからも毎日のように3500メートル以上の場所を走っていたので、特に問題はない。

From モンブラン登山とUTMB2012

ミディ展望台に着くと観光客は展望台へと向かい、景色を眺める。しかし、登山者はそんなことには一切目もくれず、登山口へと向かい、アイゼンを装着し、ハーネスを付け、ガイドさんとザイルを結ぶ。登山口は、岩をくり抜いた薄暗い道の先にある。胸の高さぐらいまである柵があり、そこにはアルピニストだけの世界だから、一般人は立ち入るなと書かれた看板があった。この柵を開けて登山口へ行くかと思ったら、ガイドさんが柵を乗り越えた。そう、この柵は開かない柵なのだ。乗り越えるのみ。柵を乗り越えるという行為が、自分の気持を引き締めた。ここから先は気を引き締めなければならない。多くの危険が潜んでいる。

From モンブラン登山とUTMB2012

ピッケルを持つ際にシュリンゲと呼ばれるロープを付けて、体に巻くか手で持つのが日本ではメジャーになっている。今回も何気なくそんな風に準備したら、Louisさんがそれはダメだという。手で持つだけにしろと。滑落した時にピッケルが手から離れたら滑落停止ができないじゃないか?と言うと、滑落してピッケルが体にまとわりついて怪我をするリスクの方が高いと言う。こんな所でも、ヨーロッパのスタイルと日本のスタイルの違いを知る。今回は、言われた通りに手で持つだけにした。

From モンブラン登山とUTMB2012

そして、モンブランへの扉を開く。洞窟の岩穴を出ると、まぶしい光が目に飛び込んできた。まっ白の雪に太陽の光が反射してまぶしい。サングラスがなかったら目なんか開けていられないほど。目が慣れて飛び込んできた世界は、想像を遥かに越えた光景だった。幅にして30センチの稜線。こんなナイフリッジは始めてだ。両サイドは1000メートルほど切れ落ちており、滑落したらどこまでも落ちるのは確実だ。さらに、斜度がかなり急なのだ。距離も長く数百メートルは続いていた。一瞬、躊躇した。これは無理だ。

From モンブラン登山とUTMB2012

冷静になれば、モンブランは甘くないぞと最初から登山者を戒めているようにも感じた。一歩一歩、確実にゆっくりと進んだ。心臓はバクバクだったが、こんなときこそ冷静にならなければならない、そう自分に言い聞かせて、できるだけリラックスして1歩に集中した。つま先を開く感じで、踏ん張りがきくように降りていった。特に急な所はドキドキした。切れ落ちた底をあまり見ないようにして、目の前の一歩、その先の一歩を見るようにして降りた。下から登ってくるアルピニストも降り、すれ違うときは、サイドに足場を作ってよけた。ときおり風が吹くと、体が煽られドキッとした。

From モンブラン登山とUTMB2012

なんとか、このナイフリッジの部分が終えた。下りなのに、汗をびっしょりとかいていた。それだけ神経を集中していたということだろう。広い場所に来ても油断は出来なかった。ふと気づくと深く落ち込んだクレバスが何カ所にもあった。ここも落ちたら終わりだ。迂回したり、飛び越えたりしながら歩いて行った。Louisさんがミディのロープウェイがある崖(壁)の下まで来たところで、アイゼンを取ってピッケルを片付けるように言った。何かと思ったら、この壁を登ると言う。えっ?クライミング?モンブラン登山にはクライミングをする場所はほぼない。それなのにクライミング?一瞬の間、理解が出来なかった。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012
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聞いてみると、登山技術と高度順応を試すためには一番簡単な方法だからだと。壁は500メートルほどの高さで、上を見上げるとロープウェイ乗り場や展望台が見える。こんなところを登るのか!いったいどこまで登るのだろう?そんな疑問を抱きながら、準備をした。壁に取り付く。しっかりしたホールドが見つかる所もあれば、まったく見つからない場所もある。しかし、先にLouisさんが登るので、そのルートを見て、手や足の置き場を真似しながら登って行く。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

クライミングをすると思っていなかったので、ザックの荷物が非常に重かった。一眼レフカメラや着替え、食料などすぐには使わないモノがたくさん入っていた。そのため、クライミングする時に腕や足の筋肉が余計に必要になった。しかし、そんなことを言ってもしかたないので、ただただ目の前のホールドを探し、足場を探った。ずっとザイルを結んでいたら、スポードが遅いので、要所でしかザイルは出さなかった。そのため、手を離せば真っ逆さまに落ちる。真っ逆さまに落ちれば大けがをするか死ぬ。それは明白な事実。先ほどのナイフリッジもドキドキしたが、このクライミングもドキドキしながら、なんとかLouisさんに食らいついて登って行った。

From モンブラン登山とUTMB2012

どうしても登れない場所は、ザイルを出してもらって引っ張ってもらった。そんな時に、足がずりずりと滑った。少しずつ耐えられなくなり、足と手が落ちて行く。どうしよう、なんとかしてしがみつかねばならない。落ち着け。そんな風に考えながら、安定したホールドをわらをもすがる思いで探した。ザイルで結んでいたので、何事もなかったが、もし結んでいなかったら、ジリジリと落ちて行く自分。その恐怖におびえながら、どう対処するかを考えて行動しなければならない、そんな極限状態に顔が青ざめる思いだった。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

自分の身長ではどうしても届かない所にホールドがある場所では、足の筋肉を最大限に使ってプッシュ。それで手を伸ばして何とか引っ掛ける。そんなことの連続。20分に一度ぐらいは安全に立っていられる場所もあるので、そこにくるとホッとした。体を休めて、周りの景色を見た。とんでもない所にきているな。そして、水を飲んだ。Louisさんは水も飲まない、食べない、休まない。のどが乾いたと言うと、ヨーロッパのアルピニストは数時間ぐらいは水も飲まない、食べない、休まないよ。それがアルピニストさ、なんて語っていたが、定期的に飲むことに慣れた俺にはハードだった。

From モンブラン登山とUTMB2012

ドキドキハラハラしながら登り、そして休み。また登り、また休み。それを繰り返した。もう嫌だ、もう限界だ、そんな気持が頭をよぎるのだが、今そんなことを思ってもマイナスでしかなく、何も解決しない。今は、安全にクライミングを終えることに全てを集中する。そう言い聞かせた。足の筋肉にかなり疲労がたまってきていた。普段は長距離を走っているので、瞬発力の筋肉は使っていないからだろう。ただ、クライミングをしている間にコツもつかんできて、だんだんうまくクライミングできるようになってきていた。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

休んでいる時に、見渡す景色が徐々に変わる。どんどん高くなっているのだ。Louisさんが、「congratulation」と言った。まだ途中なのにと思っていると、目の前にミディの展望台があった。いつの間にか、こんな所まで登っていた。ガムシャラすぎて気づいていなかった。展望台の柵を乗り越えれるようにはしごがかかっていた。このはしごを登って、展望台へ。ふっうー。ホッ。とした。ここまで来たら安全だ。何とかクライミングが終了した。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

Louisさんが「タケシは、高度順応も技術も充分だから、明日から一緒にモンブラン登山をしよう」。そう話してくれたときはうれしかった。と伴に、またモンブラン登山への緊張も走った。天気がどんどん悪化するらしく、明後日は最悪だという。そこで、スケジュールを変更したいと。今晩、コズミック小屋に宿泊し、明日の未明1時に小屋を出発し、モンブランスリーサミッツのルートでアタックすると言われた。こればっかりは、従うしかない。念のためにアタックすることも想定して荷物を持ってきていたので、問題なかった。

またミディのロープウェイ乗り場から登山口へ。今朝と同様に柵を乗り越え、ナイフリッジへ。ドキドキしながら降りて行く。しかし、1度歩いた道なので、最初よりは速くかつ冷静に降りることが出来た。もちろん、緊張しながらだったが。そして、雪原を歩き、クレバスを越えていく。すぐにコズミック小屋は見えた。少し登り返して、コズミック小屋に到着した。アイゼン、ヘルメット、ハーネスなどを取り外して、小屋へと。

From モンブラン登山とUTMB2012

今までが嘘のように、かわいらしい内装で暖かい小屋だった。ほとんど人がいなかった。Louisさんが、タケシの荷物は重すぎる。これじゃモンブランは登れない。入らない物を俺が見て、荷物を減らさないといけないと話して、俺の荷物を全てザックから出して、必要なものといらないモノを分けた。ザック自体が重いのが問題だが、今回は仕方ないと。そして、最低限必要な物だけをザックに入れて、あとは小屋においておくことに。下山の際に小屋によって荷物をピックアップすることになった。荷物を必要最低限に抑えてこそアルピニストだと教えてくれた。

From モンブラン登山とUTMB2012

それから、自分のベッドを聞き、明日は早い(夜中1時出発)ので、昼寝(夕方寝)をすることにした。どれぐらい寝たか覚えていないが、目を覚ます。小屋には人が増えていた。天候悪化の予報で、登山者が詰めかけたようだった。ベランダから夕暮れのモンブランを眺めたり、Louisさんや登山ガイド、他の登山者と話しながら時間を過ごす。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

夕食の時間になり、テーブルで待っているととっても豪華でボリュームたっぷりの食事が用意された。同じテーブルだったガイドさんや登山者と話しに花が咲く。モンブランのことUTMBのこと、日本のこと、キリアンのことなど。僕がUTMBを走ると言うと、みんな口を揃えてクレイジーだと言った。俺は100マイルなんて走れないよと。トレイルランナーとクライマーはかなり異なるが、お互いをそんな目で見ている。そして、尊敬し合っている、そんなヨーロッパの文化が素敵だなと思った。クライマーのガイドさんたちもキリアンのことを知っていて、彼はスゴイ、スゴイと口を揃えて話していた。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

たっぷり食事を頂いて、デザートまで食べて寝ることにした。天気がだんだん下り坂で、雨や風が次第に強くなっていた。しかし、いったん夜中の1時出発前提で寝ることにした。さて、明日の天気はどうなるか?モンブランはどうなるか?そんな期待と不安を胸に眠りについた。

From モンブラン登山とUTMB2012

【ぜひとも見てください】UTMBからの最高のプレゼント

えっ、どういうこと?
でも、とりあえず、見て確認したい。
少しだけ映ってるのかな?

リンクをクリックし、youtubeを開く。
そして、ノースフェイスが作ったUTMB2012の動画が流れ始める。
いつものように、とってもクールな動画だ。

10分以上のかっこいい動画で、セバスチャン、リジーなど世界のトップ選手が出てくる。
スタートシーン、夜中に雨の中でも黙々と走るシーン、エイドに降りてきて割れんばかりの声援、そしてフィニッシュシーン。

一般ランナーのゴールシーンも何人か流れた。
そして、ゴールの遠くから走ってくる。
オレンジのシャツ、黄色い旗。
俺だ。俺だよ。これ、俺じゃん。

マジで?
UTMBのノースフェイスが作った動画に出ている!
すごい、ゴールまで走り抜け、ゴールでアップの映像。
さらに、ゴールのアナウンスで「タケシ Amazing!」。
なんと動画はそれでエンディング。
ノースのロゴなどが流れて、動画は終わった。

オオトリじゃん。
マジで、これって本当?
走り方もトップ選手と違って不格好だし、シャツとかもぐちゃぐちゃだし。
でも、最後のゴールは本当にガムシャラに走ったのは事実。
それが、こんな形になるとは。

とんでもなく、うれしかった。
宝物です。

世界中の人が注目するUTMB。
その公式動画のオオトリ。
トップ選手でもなんでもないのに。

youtubeにアップされていて、そこにはこんなコメントも書かれていた(笑)

wao ! Who is this guy . amazing Takeshi !

動画のリンク
http://youtu.be/ixScu9JbnL0

From モンブラン登山とUTMB2012

10分過ぎから見てください。
音声も聞くと、TAKESHI, AMAZING!で動画は終わります。

清く正しい夏休み 原始感覚美術祭2012

夏の恒例行事となってきた木崎湖。
今年で3年連続だ。

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木崎湖はその前にも行ったことがあるので、4、5回目の訪問。
ここは本当にいい場所で、山あり、湖あり、青空あり、アートあり。
のんびりした単線の走る町なのだ。

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芸大時代の友達の杉原さんがアートディレクターをする原始感覚美術祭で、茂木さんが講演する。
それにあわせて茂木研究室の合宿が行われるので、一緒に混ぜてもらってきた。

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8月4日(土)は鷺ノ宮のプールでひと泳ぎしてから、新宿へ。
10時9分のあずさで長野に向かう。
茂木さんはじめ、東工大や芸大のみんなも一緒に。

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信濃大町につくと、蓮沼さんと本郷さんが待っていてくれた。
みんなでてくてく歩いて、薄井商店という酒蔵で茂木さんと風の旅人編集長の佐伯さんのトーク。
2時間ほど原発の話しやアートの話しで白熱。

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その場で日本酒と地元の野菜でパーティー。
何と言っても、トマトがうまかった。
最高にトマトがうまかった。
トマトを食べているだけで、幸せになってしまうほど。

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そして、みんなで来るまで稲尾のあたらし屋に。
毎年お世話になる民宿で、囲炉裏もあっていい宿だ。

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囲炉裏を囲んで飲みながらワイワイガヤガヤ。
いつの間にか時間は過ぎていった。
ひとりで夜の湖畔を散歩した。
いつも散歩するのだが、とても静かで心地よい時間なのだ。

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朝の目覚めはさわやかだった。
朝食をとって、1人で歩いて居谷里湿原へ。
民宿から山の方へ川沿いに歩いていくと到着。
到着して、初めて稲尾に来たときもココに来たことを思い出す。
ただ、今回は雑草だらけ笑
ということで、すぐに戻った。
道中の青い空やたくさんの虫が夏を感じさせてくれた。

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民宿に戻るとみんな出かけていたので、おれも木崎湖の周りの展示を見に行くことに。
蓮沼さんや杉原さんの作品を見ながら歩いていたら、意外といい時間に。
12時30分に民宿で昼ご飯に間に合わない。。。
ということで、木崎湖畔をぐるっと走って移動することに笑
こんな所で走るとは、とほほ。

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地元のうまいそばを食べて大満足!
茂木さんたち7、8人ぐらいで車に乗って作品を回ることに。
歩きながら茂木さんが蝶に夢中になったり、壊れたブランコに乗ったり、子ども達とじゃれあったり。

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作品を見るだけじゃなくて、夏休みを満喫。
みんなで、これが清く正しい夏休みだねーと話していた。

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それから家具職人の槙野文平さんの工房を拝見。
素敵な家具が並び、家も手作りっぽくてよかった。
眺めのいいテラスには囲炉裏があって、豚汁ができていた。
これをいただくと、むちゃんこうまい!
満足しつつ、時間もないので、宿に戻って準備をして、稲尾から信濃大町へ電車で。

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3駅ぐらいしかないが、単線の電車に揺られて信濃大町へ行き飲んで帰るのが楽しいということで。
みんなで、電車に揺られる。

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塩の博物館、朝倉を見学して、豚のさんぽという店に。
ここで、サムギョプサルを食べ、俺はお別れ。
みんなはもう一泊するので、寂しいが仕方なし。

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ただ、最後に植田さんがデザインして、茂木さんがマラソンで着た世界に2枚しかないTシャツにみんなにコメントを書いてもらった。
モンブランに行くと言うことで、みんなが気をつけて行ってこいよと.

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茂木さんは「fly bird fly」と。
植田さん、蓮沼さん、杉原さん、佐々木さん、関根さんなど、みんなの絵やコメントがとってもうれしかった。

夕暮れの空を見上げながら、信濃大町7時の電車で東京へと戻った。
今年も、the夏休みな楽しい時間を過ごせた。
来年もみんなで行けたらいいな。

絵日記の中の夏休み in 湖畔の原始感覚美術展

絵日記の中の夏休み in 湖畔の原始感覚美術展

芸大のみんなと原始感覚美術祭

芸大のみんなと原始感覚美術祭

”Defy Gravity:The Art of Tangible Bits”

MITメディアラボ 副所長である石井裕教授のお話が聞けると、石井さんと飲み友達という友達から誘われ夕方から早稲田大学の理工学部へ。
早稲田の教室に入るなんて大学生の時以来だろうか。

石井さんについて、細かく書く必要性もないだろうけど、Tangible(触れる)interfaceを研究している方。
でも、それだけに限ってしまうのは、物足りない気がする。
新たな概念というか、新たなモノ、新たな世界を作り出そうとされている気がする。

講演会の後、食事もご一緒させて頂き、日曜のランチも数人でご一緒させて頂いて、久しぶりに脳みそがぐしゃぐしゃになりつつもとても共感し、自分の至らなさを再認識して精進しようと思った。

===

ということで、お話を聞きに金曜の夕方ダッシュで、早稲田の理工キャンパスへ。
数分遅れで滑り込み。

今回のテーマは”Defy Gravity:The Art of Tangible Bits”

石井さんの研究内容の紹介や過去の研究から今に至るまでの流れ、どんなビジョンを持って研究されているかをユーモアを交えながら話してくださった。

とてもエネルギッシュで、どんなことにも真剣に真っ向勝負をされている方に感じた。
そして、お茶目さももたれている、人間としてとても魅力的にだった。

Tangible(触れる)であるinterfaceにこだわる理由は、そこにあることが揺るぎないから。
今後、どんなにバーチャルが発達したとしても、人間は自分の体を持ち続けるだろう。
そうすると、Tangible(触れる)であることからは逃げられない。
それほど、Tangible(触れる)ことは根源的であるから。

I/O Brushはとても面白かった。
何かに触れ、何かに映す。
この単純な行為に、今までにない驚きと、分かりやすさを盛り込んだ感じがワクワクした。

他のどの作品にも共通して感じられたのが、
徹底的に考え、考え、考え抜き、
徹底的に、行動し、手で触れ、感じる。
そして、形にする。できるだけシンプルなカタチにする。
それは、分かりやすさであり、美しさであること。

他にも印象的だったのは、テクノロジーは1年で陳腐化する、ユーザーニーズも10年で変わる、しかしビジョンは100年以上続く。
そのビジョンを成し遂げるために、情熱(passion)を傾け、少しずつビジョンに近づく。
だからこそ、シャープなビジョンを持つことは、何よりも大切だということ。

From いろいろ

後半は、学生の人へ向けた考え方や概念のヒントをいくつも共有してくださった。
石井さんは、世界トップの研究者でありながら、やはり教育者なんだなと実感した。

若手の人を本当に思っていると感じたのは、講演会終了後の質問の時間。
若い学生の質問にひとつひとつ真摯に答えている。
一人一人と向かい合うことが、唯一世界を変えていくと本当に知っていらっしゃるからだろう。

そして、最後に印象に残った言葉があった。

暗殺者を求めている。
とんでもなくスゴい奴がやって来て、俺をぶっつぶせばいい。
でも、そう簡単には負けないよ。
そんな奴らを育てる、それが私の仕事。

感想をひと言でまとめるのは難しい。
まだ、自分の中で整理して言語化できていない。
でも、講演内容は、自分が考えていることと重なり合う部分も多く、とてもしっくりきた。

どちらかというと、エンカレッジ、インスパイアされる場としてとても良かった。

石井さんは、
本当に頭が爆発するぐらい徹底的に考え、
物事に真摯に向かい合う方だと思った。
妥協せず、徹底的に手を抜くことなく生きている。

そんな姿を拝見したり、食事しながら色々お話をさせて頂いて痛感したことは、
俺のやりたいこと、やっていること、なぜやっているか、それをやることによって何を感じ、何を考えたか。
などをもっと、突き詰めて考えて、完結に答えれるようにシャープにしておく必要がある。
そうしないと伝わらないし、そうすることに寄って自分の中でも整理されて、次の世界が見えてくる。

次、お会いするときまでにいかにシャープにできるか。
それが自分の中での勝負だな。

過去がどんなであろうと、出発は今ココからしかできない。
今、この状態、世界を引き受けてスタートする。
過去に固執するのではなく、今ここから先をどうするかが勝負。

石井さんに関しては、ここが一番まとまってるかな。
http://matome.naver.jp/odai/2132508532920880701

昔のブログ
「行き詰ったら、物に返れ!」
http://www.teratown.com/blog/2007/11/04/yuyeyeyeaiaaiaiaiethaae/

From いろいろ

◆キーワードメモ
ゼロリセットして、新たな世界で勝負する(リブート)
完璧は幻想
屈辱感、悔しさが一番のエネルギー。
実在することの
枠にこだわらない。枠なんて取っ払って、答えに辿り着く
稲妻理論
2200年を生きる人に何を残すか
永遠の未来
ドライビングフォースで大切なのは死(時間は有限だから、私は走る)
具体と抽象のいきき
造山力(自分で山を描き、山を作り、山に挑み、頂へ。そしてまた山を描き、未踏峰連山を走り続ける)
あなたは何を表現したいか
自分の揺るぎない軸
内部からほとばしるもの
飢餓感
孤高
物事を概念化し、絵で表現する大切さ
師匠の存在の大切さ
短い言葉で完結に伝える大切さ
自分にしか出来ないことをやる
答えはない、問いも変わる。でも、問い続けること
本当の親友との緊張感(3年ぶりに会って、お前に会うまでこのアイディアは気づかなかったと言われる関係がいい)

“Defy Gravity: The Art of Tangible Bits”

「重力に抗して:タンジブル・ビッツ」

情報生態系を支える水路網の劇的な構造変化、そしてその水路網を再編集されながら循環する情報水流の加速。これらの変化の先の未来を予測するベストの方法は、自分たちの手で未来を発明すること。私たちメディアラボは、世界中の先進的な企業とのコラボレーションを創造のエンジンとし、未来ビジョンを創出・発信するために、ユニークな「独創・協創・競創」の文化風土を作り上げてきました。その中から生まれたのが、タンジブル・ビットです。人々が生涯を通じ物質的な世界と関わりあうことで育んできた豊かな感覚と能力を活かし、人間、デジタル情報、そして物理世界をシームレスにつなぐインターフェイスを実現することが、タンジブル・ビットのゴールです。本講演では、タンジブル・ビットのコンセプトとタンジブルメディアグループがデザインした多様なインターフェイス例をご紹介し、ユビキタス GUI を越える未来をご提案いたします。さらに MIT をとリまく「競創」の風土を生き抜く術について、お話させていただきます。

Where the sea meets the land, life has blossomed into a myriad of unique forms in the turbulence of water, sand, and wind. At another seashore between the land of atoms and the sea of bits, we are now facing the challenge of reconciling our dual citizenships in the physical and digital worlds. Windows to the digital world are confined to flat square ubiquitous screens filled with pixels, or “painted bits.” Unfortunately, one cannot feel and confirm the virtual existence of this digital information through one’s body.

Tangible Bits, our vision of Human Computer Interaction (HCI), seeks to realize seamless interfaces between humans, digital information, and the physical environment by giving physical form to digital information, making bits directly manipulable and perceptible. Guided by this vision, we are designing “tangible user interfaces” which employ physical objects, surfaces, and spaces as tangible embodiments of digital information. These involve foreground interactions with graspable objects and augmented surfaces, exploiting the human senses of touch and kinesthesia. We are also exploring background information displays which use “ambient media.” Here, we seek to communicate digitally-mediated senses of activity and presence at the periphery of human awareness. Our goal is to realize seamless interfaces taking advantage of the richness of multimodal human senses and skills developed through our lifetime of interaction with the physical world.

In this talk, I will present the design principles and a variety of tangible user interfaces the Tangible Media Group has presented in Media Arts, Design, and Science communities including ICC, Ars Electronica, Centre Pompidou, Venice Biennale, ArtFutula, IDSA, ICSID, AIGA, ACM CHI, SIGGRAPH, UIST, CSCW.

Hiroshi Ishii
MIT Media Lab Tangible Media Group

http://profiles.google.com/ishii.mit/about

石井裕教授 講演会 ”Defy Gravity: The Art of Tangible Bits”

講師  石井 裕(マサチューセッツ工科大学 メディアラボ副所長/教授)

日時  6月29日(金) 18:00 – 19:45

場所  早稲田大学西早稲田キャンパス(理工学術院) 63号館2階201・202教室

対象  特に制限はありません

連絡先 早稲田大学理工学術院情報理工学科 教授 村岡 洋一(muraoka@waseda.jp)