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真剣なんだけど楽しむよって気持ち。

2年ほど前に書いて、アップしていなかった文章。
地震の後にボランティアへ行った、その時に書いたもの。
このスタンスは、ボランティアに限らず、仕事も遊びにも共通する自分の心構え。

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3月11日東日本大震災。
その1ヶ月後、石巻ボランティアへ向かった。

下調べはしっかりした。
実際に行った人の話しも聞いて状況をつかんだ。
何があって、何がないか。
どんな心構えや配慮が必要か。
今自分が出来ることは何か。
その上で、向かった。

でも、こんなことも同時に考えていた。

肉体労働はトレーニングにもなりそう。
面白い人がいて仲良くなれるかも。
やっぱり現場を見てみたい。

上記の相反するような考えやスタンスだけれど、
迷惑はかけず、役に立てることは最大限やる。
その上で、楽しむよってスタイル。
楽しむけど、騒ぎもしないし、人間として失礼なこともしない。

実際に、マンパワーが必要だ。
もっと言えば、ある程度パワーがあって、衣食住が自分でまかなえる人の頭数が必要なんだ。

悲しみを抱えすぎたり、感情的になりすぎても、ストイックになりすぎても、なんだかんだ楽しまなきゃ続かないよ。
とりあえずマンパワーが必要なんだから、続かなきゃいけない。

まじまじ真面目ーって感じで行く人がいてもいいけど、俺らみたいなスタンスもありだと思う。

ラブ&ピースとか言われると、ゲロってしてしまうタイプ。
ボランティアとかやってる、軟弱そうなイメージとは違う。
日頃から、人権がとか、助け合いとか、弱者の権利とか、全く言わない。
逆に、そういった人は好きじゃない。

真剣なんだけど楽しむよって気持ちで、石巻ボランティアへ向かった。

送信者 記録

自分に起こる問題の原因と解決策を知っている人

肉体的問題、精神的問題がどんな人にも起こる。

毎回同じ理由とは限らないけれど、自分の思考パターンや行動パターンから頻繁に起こる問題が誰にもある。
肩こり、からだのだるさ、眠け、むくみ、やる気のなさ、キレることなど。

その原因と解決策を知っている人、さらには未然に防ぐ方法を知り、事前に対策が打てたり、問題になりにくいよう何らかの策を習慣化できると強い。
自分を客観的に捉えて、物事を判断できたり、行動できる人の証だと思う。

問題だけでなく、自分の好きなことを知っている人も同じ。
好きなことを知っていると言うとちょっとつまらない感じがするが、自分の好きなことがハッキリとある人。

好きなことがあると、明らかに人生が彩り豊かなものになると思う。

送信者 岐阜

< a=href"http://teratown.com/blog/2010/09/24/yeece/">好きなことがある幸せ

歴史は繰り返すってことと、グローバルって話

お店のトイレの中に「ハロウィン」って書いてあり、ハロウィンって実際のところ何なのさ?とふと思う。
まあ、クリスマスと似たような感じで日本に輸入されたんだろうと、一人で納得する。

お祭りごとは地域を超えて伝わっていくんだな、と再びふと思う。
そういえば、昔のお祭りも地域ごとに似た祭りが多い。
仮面をかぶる祭りは沖縄や鹿児島に多い。
東南アジアや南の島から伝わったとも。
神田道夫さんが乗っていた気球が太平洋に落ち、その後悪石島に流れ着いている。

獅子踊りは東北地方。
もちろん少しづつ異なるけれど、地域で似ているということは、伝わっていったのだろう。

ワタリガラスや熊の類似した神話は、北海道、ロシア、アリューシャン、アラスカと続く。

そう考えると、昔と比べて伝わる距離が長くなり、伝わる時間が短くなっただけ。
それがグローバルってやつなんだろう。
本質的に起こっていることは、昔おこっていたことと変わらない。
表面的なことは変わっていても、その原理だったり、枠組み(骨格)だったりは同じ。

昔に今よりも狭い範囲で起こっていたことをしっかりと読み解けば、今の世の中でも何が起こるかがわかるのだろう。

と、考えていたら、歴史は繰り返すなーと。つくづく思う。

言葉面だけではなく、実感として最近やっとその意味がわかってきた。
自分はまだ若いし、歴史が好きで勉強しているわけでもないから、どれだけかはわからないが、経験を通して感覚で歴史は繰り返すという意味がわかった。
ブログ、SNS、ツイッター、スマホのアプリの流行方とその普及、衰退のサイクルを見ていると、同じようだと思い、そこには人間の基本的な感情が根底に存在している。
リーマンショックなどの金融危機を見て思い、エコだなんだというグリーンニューディールを見て思う。東日本大震災と原発、そして自然エネルギーの話しも。アベノミクスにしても。

もっともベーシックなこと、自然のあるがままを元にして物事を考えれば、大きく道を踏み外すことはない。冷静にものごとを見ていたい。

送信者 岐阜

計画は崩れてもいいのだ。そう、それでも計画するのだと。

計画なんて、いくら作ってもその通りにはいかない。
途中で修正して、修正して。それでも思ってもいなかった方向に行く。
だからといって、計画をたてることが意味がない訳じゃないと思う。

計画をたてるという段階で真剣に考える。
それでいいのだ。

その思考過程が無意識のうちに堆積して、様々な物が繋がり、思いが生まれ、ビジョンがうまれる。

真剣に考えることによって、意思が生まれる。
行動する。

行動がきっかけで、道は拓ける。

There is a will, there is a way
意志ある所に、道は拓ける。

Life is what happens to you while you are making other plans.
(人生とは、何かを計画している時起きてしまう別の出来事のこと)


http://www.teratown.com/blog/archives/001925.html

送信者 小笠原

砂漠のど真ん中でアクセルを全力で踏めるか。

広大無辺な砂漠のど真ん中。
今、僕はランドクルーザーに乗っている。
不幸なことにGPSは使えず、携帯電話も通じない。
食料や水もたいして残っておらず、残ったガソリンで人のいる場所まで行かなければならない。
さもなければ、命が尽きてしまう。

そんな状況になった時に、「砂漠のど真ん中でアクセルを全力で踏めるか。」。

どちらに行ったら生き残れると言う保証はない。
最後はそれまでの道のり、目で見える砂漠の状況、直感などを頼りに、どちらに向かうかを決めて突き進むしかない。

ただ、それが出来るのか。
いや、しなければならない状態で、覚悟を決めてできるのか。

生き残るためには重要な判断だが、全ての人がこれをできる訳ではない。

これは、砂漠の例に限らず、ビジネスとか、生きるか死ぬかの手術とか、転職とかでも同じだと思う。

こうした勝負のタイミングでは、中途半端はいけない。
0か100か。
普段は細かなケアとか、緻密な計画とかが意味あるかもしれないが、そうではないタイミングもある。

そんなタイミングな時こそ、意思決定するための判断材料もなければ、明確な答えもない状態が多いと思う。

ここで重要なことは、
肝が座っていて、覚悟を決めること。
直感を信じつつ、冷静な判断も入れ込むこと。

高校時代にディベートをやっていた。そこでは、リサーチや論理的に客観的に物事を捉えて判断することを自分の中に叩き込んだ。
一方で大学時代からは海外に1人で旅にでた。何が起こっても自分で答えを出す。そして、状況は正確に分からないし、時間もないし、答えのない選択に、瞬時で答えを出す必要があった。この人は信じていいのだろうか、このバスに乗るのは正しいのだろうか、危険な場所だが行っても大丈夫なのか。その場の状況や人の雰囲気をつかみ判断を繰り返す。

こうした相反するけど、お互いに相互に補完し合う判断方法が自分の中でしみ込んでいった。今思うと偶然だけれど、どちらも自分に取ってはとてもありがたい経験で、今こんなにも役立つとは驚くばかりだ。

そして、大きな決断には、流れとタイミングが非常に重要だと思う。
流れが来ている。いい流れが来ている。という意味での流れ。
この流れと言う得体の知れない波。
これは、物事の成否を決める最も重要なことだと言っても過言ではない。
波は何度でも来る訳ではなく、来たタイミングを確実に物にする。
流れを読み取り、瞬時に判断を行って、波に乗る。

砂漠のど真ん中でアクセルを全力で踏めるか。
人が生きて、意思決定をしてく上で重要なこと。
イザと言う時に、ビビらずにアクセルを踏めるか。

今はこう思っているけれど、忙しくて追い込まれた時に、こういう発想があることを忘れないために。
これから訪れる、いつかの自分へのメモ。

送信者 ドロップ ボックス