「art」カテゴリーアーカイブ

新しい家のすばらしさと阿佐ヶ谷と続く糸

6年半ほど住んだ阿佐ヶ谷を今日引っ越した。
夜中まで荷造りをして、朝の8時に引っ越し業者がきて、1時間ちょいでトラックに詰め込み完了。

と、言いたいところだが、荷物の積み残しが発生。。。
段ボールに入っていない荷物は運べないと。
さらに、荷物が多くてトラックに入らないと。
確かに規約にそう書いてあったが・・・
ちょいまって、まだ入るので、重い荷物だけ入れてほしい。
と、交渉して、1往復すれば持てる荷物だけを残して、阿佐ヶ谷を後にした。

1時間ほどで、北千住に移動して、30分ぐらいで荷物を下ろした。
洗濯機を設置してもらい完了。
荷造りは大変だが、引越はあっという間だ。

締めて、テレビとPCディスプレイの処分、作業員2人で土曜日午前中の引越し。
税込みで3.4万円だから安いよなー。
もうちょっと値切れただろうけど。

で、ある程度、荷物を段ボールから出していった。
収納が少ないと思っていたが、家自体が広いので、けっこう片付けることができる。
広々と使えそうで、よかった。
自転車のハードケースとスーツケースも、うまく片付いて、かなり満足。

めんどくさいなと思ったけど、阿佐ヶ谷まで荷物をとりに行った。
仕方ない。そんな風に思って阿佐ヶ谷に到着して、駅を出た。
すると、ゆうすけさんに偶然、会った。

先月に飲んだ時に、引っ越すとは話していたが。
本当の最後のタイミングで偶然にも。
ああ、本当に引っ越しちゃうんだねと、ちょっと寂しげな顔で。
これで、つよしも引っ越したし、テラマチ君も。あとは、剛君だけか。と。

僕が阿佐ヶ谷に引っ越したのは、つよしさん、ゆうすけさん、剛さんが居たからだ。
みんな旅人で、2人はチャリで世界を旅し、ゆうすけさんは旅の作家だ。
そんな人が住む町に住んだら楽しいだろうと、住んだ。
すると、思っていた以上に楽しく、本当にいい日々が送れた。

そんなゆうすけさんに、最後の挨拶ができて、よかった。
荷物の積み残しがなければ、こんな風にはなせなかった。
そう思うと、人生万事塞翁が馬、まあ、人生ほどではないけど、本当に、つくづく思う。

重い荷物は辛かった。
修行のように重い荷物を背負い、手に荷物を持ち。

そして、再び北千住に。
さっそく、ガスも水道も電気も開通、ネットもWImaxなんで何もしなくてOK。

荷を解きながら、新しい北千住の家はいい。
本当にいい。そう感じる。

日本国憲法の定める健康で文化的な生活が送れるようになったのはもちろんw
家がギャラリーのようだ。
自分が旅した時の写真を飾ってみたり、新城島で拾った大きな貝を玄関においてみたり。
ベランダに椅子を出して、風に当たる。
キッチンも大きく、結婚式の引き出物のグラスを並べてみたり。
2階もあるし、ベランダもあるし、気分転換に最高だ。

そして、お風呂が真っ暗になる。
風呂に窓がついていないので、本当にまっくら。
これが安らげるのだ。
中学の頃からお風呂は暗くして入る習慣なのだ。

風も通るし、露がさって、晴れてくれたら。
ああ、今から楽しみだ。

その頃には、本も並べて、棚も買って荷物も整理されていて。
居心地のいい空間ができそうなイメージを、未来を思い描いているだけで、ワクワクが止まらない。

2014/06/28

送信者 場を作る@北千住

情熱すなわち、しぶとさなり

情熱すなわちしぶとさなり。

思いが強ければ何でも出来る。
結局それはしぶとさが出るから。
無意識のうちにしぶとくなる。

なんとしても成し遂げたければ、本気で考える。
ありとあらゆる手段を調べて、考えて、実行し、掴みたい物に少しでも近づく。

情熱に突き動かせられ、無我夢中で行動しているとしぶといとか考えることもなく、自然といろいろとやっている。

まあ、当たり前だけど、俺もしぶとい人間だなーと思う。
しぶとい奴って、うざかったりもすることもある笑

まあ、そのへんのさじ加減とコミュニケーション。

真剣に考えると意志が生まれる
http://teratown.com/blog/2010/04/02/oeieeooathie/

送信者 鹿島槍ヶ岳から白馬鎗温泉5日間縦走

【場を作る新しい旅1】場を作るきっかけと家との出会い

場を作りたい。
ずっとそう思っていた。

阿佐ヶ谷の商店街沿いの場所が空かないかなとか、ちょくちょく見ていて、2年ぐらい前に空き物件を見つけて問い合わせたこともあった。
そんな想いとは裏腹に、なんといっても金銭的な面と時間的なネックがあった。しかし、今年の夏はモンブランのレースPTLに出ることを辞めた。そんなこともあって、時間ができた。

阿佐ヶ谷の家も長くて6年半もたち、荷物がたまり続け、一度整理しないと大変なことになるというのもあった。もちろん、この阿佐ヶ谷という町は大好きで、初めて人間的に住むということを実感した町で、仲間も町も大好きだ。好きすぎるぐらい、好きな町だ。初めての一人暮らしの日吉も、続く西日暮里も巣鴨も自分で選んでいなかったり、交通の便だけで決めた家だった。阿佐ヶ谷はそうではなく、住みたい町に住んだ初めての場所。そんな思い入れも強く、居心地が良かったことの証拠に長く住んだ。

今回の引越&場作りは、町よりも、この家に住みたいと思った。町というよりも、家に惚れたのだろう。阿佐ヶ谷時代は、家には住んでいるというよりも、荷物置き場。家にいること自体は快適ではなかった。そんなことも重なり、引っ越して、ついでに場を作ろうと思ったのだ。

なんで、そんなにも場を作ることにこだわるかと言えば、自分が場に出会い、育ててもらったという気持ちが強いからだろう。そして、その場をきっかけに世界は広がっていった。

そんな場とは、世界中を旅していた時に泊まった宿のオープンスペースであり、東京芸大に潜っていた教室や上野公園の砂場での飲み会、岐阜の活性化NPOをやっていた時の六本木のNPOハウスや岐阜のORGANの事務所、ベンチャーをやっていた時のオフィス、山に泊まった時の山小屋、クリエイティブライティングで学んだRainy day cafe、阿佐ヶ谷の友達の家、写真展を何度かしたあの場作りといろいろな人が集ってくれる感じ、などなどあげればきりがない。金を稼ぐとか、やらないといけないから、そんなことで集まったのではなく、個人のやりたいことや好きなことで集まる場。それも集まった人たちの出会いは偶然性が高い場所。

こういった経験が非常に大きいし、その場は心地よく、いろいろな偶然の出会いがあり、そこでアイディアが生まれ、新たなモノやプロジェクトが生まれていった。その過程はとても躍動的で、面白い瞬間の連続だった。

また、家を自分の手で作りたいというのもある。建設会社じゃなくて、自分の手で。ただ、空間を作り出すのは、そんな簡単ではない。イメージを立体的にしても、出来上がったものとの差は大きい。だから、小さな空間を作るということが練習になると思っている。

さらには、だいぶ先の将来には学校というか自然から学べる場を作りたいという気持ちもある。そういった学びの場を作るためにも、どうやってコンセプトを設計し、それが実現する場をどうやって作り、演出し、それが実現するコンテンツをどう入れこむか。もちろん、対外的にどう伝えるかも重要だ。そうしたことの参考にもなると思っている。

まあ、なんだかんだ理由を後付けで書いてみたが、すべてはやってみたら面白そうだと直感的に思ったのだ。具体的な未来像が描けているわけでもなく、見切り発車なのは違いないが、場を作ることを考えている時はワクワクする。そして、できた未来は楽しいだろう思うし、そんな想像を超えることが起こると心の底から思えるので、やってみた。それだけなんだ。

送信者 場を作る@北千住

線の誰々っぽさと、言語化されない感覚の確からしさの証明

線の誰々っぽさと、言語化されない感覚の確からしさの可能性の証明っていう方が正確な表現かもしれないが、よけい分かりづらくなっているだろう。

芸大の友達とはかれこれ10年以上になる。絵だったり、建物だったり、オブジェだったり、アニメーションだったり、いろいろな作品を見てきた。それなりの期間ずっと見てきていると、この線、このライン、このタッチは、彼っぽいなとか、感覚的に分かるようになる。

人間は、その線の何を捉えて、誰々っぽいと判断しているのか。ふと、そんなことが不思議になる。

これは言語化されてないけれど、何かを捉えて判断している。そして、その精度は高いのだ。俺に限らず、一般的に高い精度だと思う。絵画とかの鑑定士も同じような能力を使っているんだと思う。

この線は、筆圧がどうでとか、色味がとか、曲線の曲がり方とか、とかとか、それぞれ、ここに特徴があって、彼の特徴と合致する。なんて言える人はほとんどいない。でも、絵などの作品を見て、その作品全体から瞬時に何か要素を汲み取って、これは彼の作品っぽいと判断している。

これって、すごい面白い人間の能力だと思う。

絵などに限らず、後ろ姿を遠くから見て、あれは彼っぽいとか、彼女っぽいとか分かるのが人間である。何らかの特徴、それは服装のテイストだったり、なで肩だなとか、慎重とか、足の開き方とか、とかとか。そんなとこから判断しているのだろう。でも、彼女の特徴は?彼の特徴は?と聞かれると、すらすらと言える人の方が少ない。頭の中では、彼の特徴は何でと言った感じで、明示的に整理はされていないことがおおい。

もちろん、それらを整理していて、頭で考えて、判断している人もいるのだろう。

絵がうまい人というのは、そういう能力の持ち主なのかもしれない。対象物を見て、その特徴的な部分を瞬時に読み取り、描く時に特徴を強調したりして、分かりやすく表現する。これは、ものごとを捉える力に他ならない。

ただ、一方で大半の人は特徴を意識的に捉えて、言語化したりはしていない。でも、これは誰々っぽいと判断はできる。そして、かなりの確率で正しいことがおおい。

ということは、言語化されていない根拠でも、確からしさの根拠としては意味をなすのだろう。しかし、相手に明示的に説明できないから、理解されなかったり、信用されなかったりする事も多い。特にビジネスの世界とか言葉が意味をもつ法律や書籍などの世界では。これは、非常に残念なんだけれど、本当は、言語化されない人間の認知把握能力はすごい可能性を秘めているし、証拠資料としても高い価値があるんだと思う。

送信者 art

大人になることと情熱と感情と持続力の変化、そして事を成し遂げる可能性

最近は結婚式が少なくなっていたが、2日連続で結婚式があった。

土曜日は信濃大町で旅仲間かつ元阿佐ヶ谷仲間の結婚式。
日曜日は鎌倉で東京芸大時代の友達の結婚式。

どちらの友達も10年近い付き合いで、それなりに若いころ、例えば20代前半ぐらいから知っていた。

久しぶりに会う友もいれば、年に数回会っている友も、頻繁に会っている友も様々。

ただ、一同に会する事は本当に久しぶりで、稀な出来事だ。
コミュニティは違うけれど、友達が一同に会して、いろいろな話をした。最近やっている事、興味のある事、当時の事を語ったり。

そんな時間を過ごしながら、なんかもやっとした感覚がずっとあった。それって、何だろうと考えたり、考えるというよりも、汚れてかすんで見えないガラスをきれいに掃除して、ハッキリ見えるようにする。例えるならば、そんなような作業を脳の中でやっていた。

そのもやっとしたものを言語化すると、こんな感じだなと思った。

10年ぐらい前はみんな元気だった。元気というか、溢れ出す感情や衝動、俺はこう思うんだ、こうしたいんだ、これが正しいと思うのだ、俺の持てるすべてをぶつけたいんだ、こんなものクソだそれなのになんで評価されるんだ、俺はこう思うなぜなら、、、なんかそんな感情や情熱にあふれていた。今もあふれているのかもしれないけれど、昔の方が、話していてもすぐに、そんなような話になった。それで、ぶつかる事も多々あった。よく噴火していた。

それが、振り返ってみると最近少なくなった。これは、情熱量が減ってきているのだろうか。それとも、いろいろぶつかってきて、ぶつかっても仕方ないと思い始めて、あえてぶつかる事をしなくなったのか。それは、定かではない。けれど、溢れ出す情熱や衝動のぶつかり合いは減った事だけは事実だ。いろいろ経験してきて、いろいろな見方はあるし、自分の知らない背景、影みたいなもんを抱えながら生きている。それを分かったからなのだろうか。

理想ばかり言っても、学生でもないし、お金を稼ぐ必要もあるし、妥協も必要だと考え始めたのだろうか。なんか、マイナスな表現に聞こえるかもしれないけれど、単純にそういう捉え方ってわけでもない。

というのも、情熱とか衝動とかいったものが、表出されることは少なくなった。でも、それぞれがやりたい事、信じる事を続け、事を成し遂げる人も出てきているからだ。もちろん、昔の夢や理想から離れた者もいる。成し遂げた者たちは瞬発力になるような衝動や感情は表に出なくても、秘めた想いを抱き続けているのだろう。

そう考えると、感情的になってそれをすぐに表に出す事ってどんな意味があるのだろうと思う。自然とわき上がっているものをそのまま表現しているってことだから、我慢して自分の中にためる事なんて意味ないし、それ自体はいい事だと思うのだが、そのエネルギーって事を成し遂げるには絶対に必要でないのかもしれないなとか。

見た目的にエネルギッシュな人の方が、パワーがあって、なんかやってくれそうな気がしてしまうが、それって要素の一部で、そういったことを表に出さずに、想いを持続し続けている人がたくさんいるってことだ。でも、こんなこと言いたかったわけじゃなくて、みんなの心の中で、物事に対する情熱ってものがどのように変化していって、それをどう捉えているんだろう。そこが気になった梅雨入り初の週末。

送信者 ドロップ ボックス