「art」カテゴリーアーカイブ

時間と肉体の有限性が生み出す世界の面白さ

キレイごとを言う人より、発言はどうであれ行動する人を信じる。

飲み会でも、引っ越した遠くの友達でも「行くよ」と言って来ない人よりも、何も言わなくても来た人。

地震の時に東北のことを思うと本当に心が痛むと言う人よりも、ひどいことを言っても実際に現地へ行ってボランティアをしてきた人。

もちろん、いろんな事情があって足を運ぶことが全てではないにしろ、どちらかと言えば行動した人を信じる。

でも、行動の部分が地味なことだったり、その人が行動したことを言わなければ、キレイごとを言った人が評価され、口が悪いが行動した人は批判される。

世の中はそういうものだと言えば終わりだけれど、俺は行動者を信じる。

でも、なんでだろう。

タイムマシーンが存在しないことに答えのきっかけがあると思う。今この場で人が存在している。だから、タイムマシーンで過去に行った時、この場に別の何かが存在してしまったら、存在が重複してしまう。時空のゆがみとかなければ、それはあり得ない。って、言っても表現が下手で伝わらないので、具体例を書いてみる。

僕ら人間は物体だ。肉体という物理的に存在するものであり、それから切り離して考えることはできない。いくら優秀な人であろうと、いくら金持ちであろうと、その逆の人であろうと、自分という物理的なものが存在する。時間と同様に、全ての人にあまねく肉体という物理的な存在が1つだけ与えられている。死は、その物体が消滅することを意味しており、死を迎えない限り物体としての自分が存在する。

そう、この時間と物理的な存在での自分は切り離せないのだ。有限な時間と有限な存在である肉体。行動とは、その有限な時間と有限な肉体を捧げるという行為なのだ。言い方を変えれば貯金を切り崩すような行為。有限の人生の中で、そこに自分の命の一部を捧げる行為なのだ。

そんな行為が行動である。行動とは、自分の命の一部を捧げること、だからその行動をしてもらった側には、気持ちが伝わるのだと思う。言葉は行動を伴わず、ほとんど自分の時間も肉体も捧げていない。だから、何の代償も伴わないから、信じていいのか悪いのかが分からないのだろう。

この絶対的にかかってしまう時間と肉体というのは、究極的に人間という生物が行き着くところだと思う。いくら天才でも、いくら金持ちでも関係ない。だから、そこから飛び出したくて、人工知能とかクローンとか、再生医療とか、脳科学とか、タイムマシーンとかそういったものに人間が挑んでいるんだと思う。でも、これはなかなかブレイクスルーがないと思う。だから、面白いし、俺も興味あるし。

なんだけど、行き着くところは時間と肉体の有限な存在だ。これは時給系スポーツも同じだ。いくらお金を積んでも、100キロ走れるようにならない。効率的なトレーニングや食事方法はあるけれど、やっぱり絶対的な時間を確保して、日々の運動を積み重ねなければならない。そうしなければ、成長しない。絶対的に時間も自分の肉体も使わなければならない。それらと切り離せないからこそ、みんなが同じ土俵での勝負になる。いろいろ考えて行くと、こういった時給系スポーツにはまる理由はここにあるのではないだろうか。

そして、迷ったら物に立ち返れ。これは、数年前に茂木さんが芸大の友達に言った言葉。そう、物は存在する物体だ。揺るぎない存在だ。存在しないものは、解釈によっても違うし、言葉というものも解釈による。でも、存在するものは揺るぎない。もちろん、物も解釈によって変わるが、その存在自体は揺るぎなく、そこにあるもの。

まあ、長々と良く分からないことを書いたが、有限な時間と有限な肉体(物体)というものが、人にとって究極的によりどころというか、面白い存在だということです。

送信者 いろいろ

いつもの夏 原始感覚美術祭2014

もう5年ぐらい来てるかな。
昨年に続いてお盆直前の土日で茂木ラボ合宿。

もう10年前のあの夏の終わりの木曜日、茂木さんの東京芸大の授業に飛び込んだ日。
全く関係なく、15人ぐらいしか入らない小さい教室を見て、いったん帰ったあの日。
でも、逮捕されるわけでもないんだからと、思い切って教室に入った時。
その時は、まったく想像もしなかった今。

10年経った。
茂木さんがこんなに有名になるとは思ってもいなかった。
そして、あの時の仲間と今も一緒にこうして語り合えることのしあわせ。

当時は、まだ21歳だった。
芸大の仲間も若かった。
尖っていた。いろいろ言い合った。
いろいろやった。
そして、よなよな上野公園の砂場を囲んで飲んだ。

今は、こうして毎年、木崎湖湖畔の古民家の囲炉裏を囲んで飲んでいる。
アートとは無縁の人生だった20年。
アートが身近になったこの10年。

お盆の登山とあわせて行くため、登山のザックを背負って稲尾駅へ。
1人で電車で到着したら、みんなはまだだったようで、雨宿りのために稲尾駅の無人の駅で待っていた。
本を読んでいると、雨の中誰かが来た。
こんな雨の日に、電車も来ないのに誰だろう。

「おお、寺町」
「こんなとこにいるのか、みんな来てるぞ」

茂木さんだった。
びっくり。

送信者 art

今年のいつもの夏はこうして始まった。
買い出しに行って、夕食のカレーを植田さんと蓮沼さんと作る。
夜な夜な、飲み、食べ、語り。
アートディレクターだから忙しい杉原さんも登場。
みんないつの間にか寝ていた。
囲炉裏を囲んで雑魚寝。
みんな何歳になっても、こうしたそのままの性格でいられる素敵さ。

送信者 art

翌朝も雨。
車で展示を回る。
杉さんのストーンサークルは畑になり、竪穴式住居は進化し、年々の変化が面白い。
続けることによって、この和は広がっていると実感する。

送信者 art
送信者 art

午後は、茂木さんと塩谷さんの話し。
塩谷賢さんの言葉は、平易な言葉ながら、考え尽くされたものが詰まっている。
さすがに、哲学者の方はいつも徹底的に考え尽くしているなと思う。
口をつく言葉が、あれだけ洗練されているということは、その100倍以上考え尽くしている証拠。

今回もいろいろと考えるきっかけのシャワーを浴びた。
心地よい刺激と脳の疲労。

送信者 art

夜は、電車にゆられて恒例のサムギョプサル。
宿で飲み直して、今夜も語り続ける。

そして、朝

晴れた

虹が出た

一足先に登山のために、みんなと別れ稲尾駅へ

また、来年もここに来れるのかな。
みんなで、また集まれるのかな。
そんなことを考えながら、でも、今集まれていることのありがたさを感じた青空の夏の日

送信者 art

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印象に残った茂木さん、塩谷さん、田森さんの言葉

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言葉があるから、ない(存在しない)ものを表現できる。ないからこそ、表現する。

脳と筋肉と免疫は少しストレスをかけた方がいい。

感覚が原点で、言葉はそれを支えるために生まれた。だから言葉ではありのままの感覚を表現しきれない。

都会にも原始感覚はある。

感覚の中の原始的なもの。

感覚が違うところにでる。自分の外にあることもある。脳で血栓があるのに、腕に感覚が出る。昔の人は、目の前に神という感覚があることも。

欲望と感覚の違い。感覚を支配することはなにか。

===ここから下は植田さんから引用

2度と戻ってこない人生で選びとっていること、その感性。知性や感性とは何か出来るということじゃない、それ以前のこと。何も役にも立たないことをやることの凄さ

感覚は生活に刷り込まれているわけで、細かいところから作り込まれることに対して自分の態度をどう表出するのか

人の言葉で自分の感覚が鋳型に嵌め込まれることに気をつけたほうがい

言葉はないものを表す手段として強い。
ないものをどう表すか?感覚をどう豊かにするか。表せない感覚を表すための言葉。どう紡いでいるかということの中で。

感覚のありかとは何処か。原因は頭の中にあるのに現象は身体にでることがある。見えてない感覚が描けるか?背中が見えないかのように見えないことを描けるの?描けるとしたらそれは原始感覚?

ありきたりな自然回帰に捉えらると、どうなのか?ある種の原始感覚的な態度は都会の中にでもある。プラトン先生)感覚の集まりのしかたの一つが美術。美術、と先に対象を決めて感覚を貼り付けるのは違うんじゃないかな?

マンハッタンのど真ん中にだって原始の態度というものがあるんじゃないか?サイトスペシフィックなものなのかな?

自然ってそもそもない。ネイチャーとは本性のこと。原始とは全体を見ていない、まとまらない世界。

自然に優しくというのは文明的で都会的なんじゃないかな?とタモリ先生

===

【場を作る新しい旅4】インテリアが揃って

今回の場作りで一番のポイントは本棚とカーテンだろうと思っていた。
メインの本を置くモノだから重要だし、大きいものなので、部屋全体を印象づけるから。

そこで、どんな本棚にするか、いろいろイメージして、ネットで調べて。
やはり木の本棚がいい。あまり新しい木もあわない。
でも、高すぎるのも無理だ。
そんな要望をかなえてくれたのが、こちら。

◆本棚

WOODPRO
http://www.woodpro21.com

広島にある会社なんだけれど、ネットで販売していて、セミオーダーでカットもしてくれる。
杉の足場板を専門に扱っていて、古材をつかっていろいろな家具を作っている。
口コミを見るとかなり好評化。

あとから色も変更できるように、ペンキも売っているのでここに決めた。
届くまでに3週間ぐらいかかったけれど、部屋とマッチしていて、いい感じ。
さらに、そんなに高くないのもポイント。

今回はベンチシェルフを2つ、セミオーダーで壁のサイズにあわせて作ってもらった。
あとは、ラックを4つと170センチの板を使って、2段組にして本棚に。

送信者 場を作る@北千住
送信者 場を作る@北千住

OLD ASHIBA(足場板古材)ベンチシェルフBタイプ(両端の飛び出しなし)【セミオーダーサイズ】
幅870mm×高さ420mm×奥行235mm
無塗装

価格 6372(円)x 2(個)=12744(円)
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OLD ASHIBA(足場板古材)フリー板
厚35mm×幅200/210mm×1700mm
無塗装

価格 2800(円)x 2(個)=5600(円)
———
OLD ASHIBA(足場板古材)ラック
幅300mm×高さ300mm×奥行205mm
無塗装

価格 1836(円)x 4(個)=7344(円)
———
小計   25688(円)
(内消費税  1902(円))
送料    0(円)
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合計   25688(円)

送信者 場を作る@北千住

◆のれん

表に面した窓にはのれんを。突っ張り棒で。
これは口コミは良かったが、安かったので値段相応だった。

サイズ:72cm幅×142cm丈
カラー:ベージュ
素材:麻

確か2000円ぐらい。

送信者 場を作る@北千住
送信者 場を作る@北千住

◆麻スクリーン

麻のロールスクリーンをオーダーで作るとかなり高い。どうしようかなと思っていた。既製品のサイズだとイマイチあわない。調べていたら、3つ並べて使うとちょうどだということに気づき、既製品のサイズを3つ注文。透けないようにと一番厚手のものにした。サイズはピッタリ、カーテンレールに取り付けて使えてよかった。

麻スクリーン「Smart」 サイズ:88(幅)×180(丈)×3枚(インテリアカーテン・curtain screen)
価格 4761(円) x 3(個) = 14283(円)

送信者 場を作る@北千住

◆ガラスフィルム

カーテンばかりも微妙なので、磨りガラスのフィルムを買った。
これがなかなか良い。貼付けるのはスゴく簡単。
たっぷり、貼付けように使う液体を使うことがポイント。
躊躇せずに、霧吹きで大量に噴霧すると位置を調整しやすくて、しわにもならない。

ネットで調べていると、大きいフィルムシートを買って自分でカットするのが難しいとのことだった。まっすぐ切れなかったり、そもそもカッターや下敷きがないと切れない。そんな問題を解決してくれるのが、オーダーサイズに裁断したフィルムを販売しているサイト。

ついでに、施工用キットとして、専用の液体と霧吹きと板がセットで買える。

送信者 場を作る@北千住

窓 目隠し シート 目隠しフィルム ガラスフィルム UVカット 日焼け防止 窓ガラス 装飾フィルム 窓フィルム すりガラスシート くもりガラス
 WM-NFR ホワイトマット(ロール巾1525mm)紫外線対策 マンション(WM-NFR_oc)
カットサイズ■701×622×2枚 ■490×351×1枚
  ■490×381×1枚 ■合計 4枚■合計 1.23平米
価格 24(円) x 123(個) = 2952(円) (税込、送料別)

【ガラスフィルム施工用キット】ソクハリキット(スタンダード)

ガラスフィルム通販センター
http://www.rakuten.co.jp/films-shop/

このガラスフィルムサイズ計算ツールが便利
http://www.rakuten.ne.jp/gold/films-shop/cut_sizu.html

送信者 場を作る@北千住

【場を作る新しい旅3】新しいことを始める思い

意思をもって行動した後についてくる偶然の副産物。

そんなものが好きだ。

大人になると、いろんなモノが自分についてくる。まるで、お腹の周りの贅肉ように。過去の成功体験、肩書き、お金、周りからの目。

そして、エネルギーがなくなる。肉体も精神も。すると、いつの間にか、大人になるとゼロから新しいことをしなくなる。

地味で、すぐに評価もされない、そんな新しい世界にえいやっと飛び込まなくなる。それは別に悪いことでもないと思う。

今までとは全く違うことをやり始めることが楽しい。どうなるか分からない不安もありつつ、けど色々考え試行錯誤して未来にワクワクする感じ。

これは、昔からで芸大も、会社をやったのも、旅も、トレランも。

たぶん、俺はひとつのことを極めれない。けど、何か面白いと感じることに出会い、何にも分からない状態でも1人で始めてみる。

想像もつかない、これから起こりくる未来に、心がザワザワしながら、手探りで。

この根底にあるのは、やっぱり、1秒後に死ぬかもしれないこの人生、美しく楽しく、まあ、納得と覚悟を持って生きたい。

もろもろの自分の考えや価値観、生きる軸は、理解されないことも多い。また突拍子もないことをやりはじめたと。

そうとも思うけど、それらをすべて無視して、自分のやりたいこと、信念に沿ったことだけやって生きたらどうなるんだろう。

たぶん、そうすると全くうまくいかない。そうわかりつつ、なんでも実験してみたい性格なので、やってみたくなる。

図書室のような新しくはじめる場に対して、いろんな方から、いろんな意見をいただく。

自分が考えてもいなかった理由でやろうとしてると思われたり。

山のトラウマなのと聞かれたり、相変わらずだねと言われたり。

この場所と連動するメディア作ったらと言われたり。

そんな僕は幸せだ。

送信者 場を作る@北千住

【場を作る新しい旅2】場を作って実現したい世界

アミニズムという希望で、山尾三省はこのように書いている。

「住むということはとても大事なことですね。中略人間というものは、植物と同じように基本的にはその住む場所に属していますから、望むと望まざるとにかかわらず、住む場所に属しますから、好きな場所に住むというのは、とっても大事なことですね。中略 自分の生涯住む場所というものを探していくといいますか、求めていくといいますか、それを意識化して、意識して探していくということがとても大事なことのように思います。中略 ひとつの離島にすぎない場所を「ついの栖」として見つけたことによって、生きるということが本格的になったし、それからずいぶん豊かになりました。中略 特に死から考えることが大切だと思います。この場所で自分が充分に死ねるかと言うことを尺度にして住む、生きる場所を選んでいくと間違いがない感じがしますよね」P132

アミニズムという希望 山尾三省

人間の物語には必ず場が必要であると僕は思っていた。その場と人との関わりが、僕にとって一番の関心なんだということにミクロネシアで気が付いた。

by池澤夏樹さん
1993 7月号 SWITCH

SWITCH池澤夏樹さん

人は物質である。体積がある。場所が必要である。
それ故に、人は場からは切り離せない。
人間が存在する以上、場とは関わり続けねばならない。

箱根の山の中で安心できる場所。

東京から岐阜を目指して歩いたときに、安心して寝れる場所。

山小屋、芸大、クリエイティブライティング、会社、ベンチャー、NPOも、インターネットのコミュニティもSNSも、ブログも、常連客が集う居酒屋やカフェも、そうそうスペインのバルも。

人の集まる場所。
そこから生まれるもの。

そんな場を通して、いろいろなことを感じ考え、自分という人間が作られていった。そうした想像もしない世界が生まれてくるきっかけが場なのだ。

家を開いてみる。
そうしてみたかった。
なにか自分が想像もしないことが生まれて、それはすごく楽しい世界のきっかけじゃないのかと。

自分が意志を持って行動した後に着いてくる偶然

身分も、趣味も、年齢も、性別も、職業も、何もかも捨てて、その状態の人と人が偶然巡り会う。
そこで、楽しい会話がうまれる。無言のまま本を読んで過ごす。なんでもいい。
そんな時間の積み重ねから、偶発的に何かが重なり合い、シンクロして、生まれるかもしれない。
起こるか、起こらないか分からない未来を見てみたい。

それが、すべてのきっかけだ。
多様な人が集い、ああ、こんな人がいるんだと知って、それぞれの人生という辞書に新たな言葉が追加される。そういったきっかけの場。

そういったことができたら面白いだろうな、世界はそういう小さな偶発的経験の積み重ねで面白くなるんだろうと思う。

それは、まるで一冊の本と異国を一人旅するように。
本と人がクロスする。
人と人がクロスする。
偶然に出会える場。

まあ、能書きを足れたけれど、気楽に、気まぐれな場所。
そう、言葉では分かりやすくまとまってないけれど、この文章全体として、やりたかったこととか、こんな世界になればというものが伝わったらうれしいなと思う。それが伝わらなくても、この場にきてくれたら、その感覚を少し感じれるような場になったらなと思う。

【場を作る新しい旅1】場を作るきっかけと家との出会い