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この「社則」、効果あり。柳澤大輔 祥伝社新書

この「社則」、効果あり。 柳澤大輔 祥伝社新書

面白法人カヤックの柳澤さんが書かれた本。いろいろな会社の「社則」を取り上げて、柳澤さんの考える会社とは何かということやカヤックの説明が書かれた本。

カヤックは素敵な会社だなと思う。どんな面白い制度であろうとも自分たちのスタンスに基づいていて、さらにそれを貫いて実行している、もちろん利益も出して会社として成り立っていて10年続いている。人の集まりって、組織って面白い。そしてカヤックは面白い。

本を通して、あらためて組織って人なんだなと思う。いくつもの組織を並列に見てみると、それぞれの組織にも個性ってあるんだなと、しみじみと実感。似たような制度でも、会社によって制度の名前が違ったり、運用のされ方が異なっている。そんな小さな制度の違いから会社の雰囲気はうまれている。制度ってのは決めたら、毎日変えるものではない。基本的にはその制度に従って、組織や人は動いていく。そうすると、いつの間にか組織には風土が出来上がる。組織に取って本当に制度は重要なんだな。

気に入った部分を引用

人の評価なんていうものは、環境が変わったり、評価する人が変わったり、評価軸が変われば、ガラリと大きく変化します。叱られても、上司の評価が悪くても、それは会社が決めたルールの中での結果にすぎません。ー中略ーなのに、それで一喜一憂して、悪い評価のために1日中どんよりなんて、本当にばかげた話だと思いませんか。P51

最初からダメだろうと思わずに、やってみる。とりあえずやってみて、疲れることだったらやめればいいんですから。そう思ってはじめてみてください。自分に合うことは人それぞれですが、自分をよくしようと思って、ひとつのことを続けることは重要です。p57

僕は「法」よりも正しいことはあると思っています。それよりも、まず自分の価値観で、何が正しいかを判断できる人間でありたいと考えます。P85

厳しく正確に評価し合うことが、お互いにハッピーな環境をつくるための方法でもあります。フラットで民主的な制度というのは、健康的な厳しさをもっているのでしょう。P95

一緒に何かをしたい仲間に出会えたから一緒にやろう。それだけでスタートしました。ー中略ーカヤックを表すキーワード「カヤックスタイル」のひとつ、「何をするか」より「誰とするか」になっています。P99

お金でもめることがないように、「お金よりも、もっと大事なことがある」と思わせてくれるような仕組みをつくることにしました。
「お互い努力しましょう」というスローガンのような曖昧なものではなく、年月を経て、状況が変化しても、出発点である「何をするか」より「誰とするか」が重要であることを忘れないようなもの。それを仕組みとして導入しておくことにしました。
そして生まれたのだ「サイコロ給」というルールです。P101
*サイコロ給とは月給×サイコロの出目%が月の給料となる制度

凡人ができること・・・それは、数をうつこと、継続すること。
そしてもうひとつ。(これが非常に大事なのだけど)それを、「楽しそうに」行うことです。P138

自分を知ること、自分を変えることをおそれるあまり、鈍感をよそおい、そしえ、鈍感をよそおっているうちに、本当に鈍感になってしまう人たち。P143

「ほんと、くだらないこと真剣にやってんなぁ」P174

人は変わるものです。法人も永遠に変わらないなんてことはありません。ー中略ー
どうなるかわからない、と言う人のほうがよっぽど信頼できる。それでも強く楽しくやっていける人としか働きたくない。
そう、人にも会社にもゴールなんてものはないのです。
ゴールがある。ここまでくれば楽になるーーーそんなふうに思うのはやめよう。
終わりのないゴールに向かって、人は1歩1歩進むべきなのです。
だからきっと、これで完璧なんていうルールも絶対にありません。一つひとつ作っていくしかない。P219

以前書いたこの本の短い感想。

右肩上がりの経済成長なんて、始めから信じていない

景気が良い時を知らない。記憶のあるときから、バブルは崩壊しどん底だった。テレビや周りの人の話でも、経済という話題において、明るい話は聞いたことがなかった。一般経済が悪るければ、生活も華やかではない。多くの人にとって、生活の華やかさと、日々の生活の潤いは近しい。経済の善し悪しに関わらず、自分の揺るぎない価値観を持ち、それを貫いていれば、景気の善し悪しに日々の生活の豊かさを左右されないだろうが、そういった人は周りにいなかった。小さい頃の僕の周りの人の価値観は一般経済の良さは、すなわち生活の豊かさだったからだろう。

バブル崩壊後の記憶、その次の経済の記憶は不良債権処理、IT革命(IT好景気)だ。ただ、IT景気は東京だけの話でその頃住んでいた岐阜には関係なかった。少なくとも、テレビではIT景気は都市のみだと報道していた。だから、IT景気なんて知らない。そして、すぐにITバブルは崩壊した。そもそも、ITというものは既存の経済とは少し変わった社会を作り上げるものだと思う。たんなる右肩上がりの経済成長を促すテクノロジーや思想ではない。特にインターネットはそういった思想ではないと思う。そして、2008年前半までの好景気。多少良かったのは事実なんだろうが、何も恩恵にはあずかっていない。一部の金融機関や企業は確かに華やかな世界だったのだろうけど、あまり関係なかった。

そもそも、金本位制でなくなったときから、経済なんて「信じる」ことで成り立っているだけで、それが崩れれば、世界経済も崩れるにキマッている。最近の経済が実体がないわけではなく、金本位制度でなくなった時から実体のないものなんだ。もっと言えば、金本位制だって、金が価値があると信じているから成り立っていただけである。実体のある経済とは、生きていくために必要なものをベースにした経済だけ。生活必需品本位制の社会とでも言おうか、これだけが実体のある経済だ。いわゆる物々交換の社会。もちろん、これだけの人口を支えるには物々交換の社会では厳しいというのも現実だと思うし、よくも現在のような経済が絶妙なバランスをとって成り立っているなとも驚く。各個人が好き勝手なことをして、金融機関や各国政府も好きなことをして、それでもこの信用モデルは続いている。

まあ、みんなが信じることで成り立っているからこそ、現代の経済は儲けようと思ったら、いくらでも儲けることができる仕組みなんだとおもう。さらに負債を債券化してどうのこうのしてと、複雑にしているからいくらでも儲かるし、いくらでも損をする。際限はない。一時的に投資銀行の業務が世界的にシュリンクしたとしても、いずれ今まで以上に架空で複雑な仕組みの経済がやってくるのだろう。

なんだかんだ書いたが結局のところ、好景気を全くと言っていいほど知らない。幼少の頃から景気の良さを実感していないから、そもそも景気が良くなるなんてコトを信じていない。景気なんて循環するのだから、今よくてもいずれ悪くなる。そんな風にはじめから捉えている。ついでに、好景気は経験したことないが、モノには困らなかった世代である。そういった面では豊かだったのだろう、生活していく分には何の不自由もなく、生きてきた。不景気だが豊か。さらに、ずっとインターネットに触れているために、その根底をなす考えや行動規範が染み付いている。インターネットの思想はオープンネスであり、今までの経済思想とは異なる。

こんな風な環境で育ってこれば、がつがつ儲けようとか、右肩上がりの経済成長でもっと豊かになろうなんて思うはずがない。もちろんそれに向かって情熱を注ぎ行動するはずがない。我々の世代はそういった世代なんだと思う。だから、ソーシャルアントレプレナーが増えてきたり、ニートが増えたり、農業をやる人が増えたりしているんだろう。

あまりにも、語り尽くされたことを、そのまま書いた。けど、自分の言葉にして書き残すと、自分の経験や考えを通してきたことが整理された気がする。

念のために。別に物々交換の社会になれとも思っていないし、金本位制になって欲しいとも思っていない。ただ、一部の人のお金遊びに世界中の人が、もちろん俺も振り回されるのは嫌だなと思う。現代の経済はそういう仕組みになっているから当たり前で、その恩恵に一部授かっているのも、これまた事実。ただ、こういったことを大きな視点で捉えた上で、生きていこうと思っている。ただ、それだけ。

無人レジ体験

阿佐ヶ谷の西友に行くと、「無人レジ」が設置してあった。試験運用とのこと。こういったものはとりあえず使ってみたいタイプ。SEIYUはウォルマートの資本下に完全に入ってから、いろいろと積極的な取り組みをしているみたい。昨日と今日の新聞にも出ていたが、他店よりも高ければ割り引く制度。これはよく家電量販店がやっている、他店より1円でも高ければその価格より安くします!という最低価格保証制度。この制度がスーパーにまで広がったのだ。

SEIYUはそんな制度を大手スーパーではいち早く導入したり、無人レジ(自動レジ?)の導入など。そこで無人レジをさっそく体験してみた。見た感じは黒くて角張っていてごっつい。いかにもアメリカの機械という感じで、プラスティックの質感も粗い感じが米国を想起させる。いかにも、アメリカのウォルマートで導入している無人レジ機を言語だけ日本語にローカライズしたという印象。そんなレジが2機設置されていた。有人レジには行列ができているのに、無人レジは列ができていなくて、あまり人気がないようだ。

現在は試験運用なので5点程度の購入までの人を対象に実施中。バーコードをかざして、スキャンする。スキャンし終わるとタッチパネルで支払いをタッチ。それから、自販機のようにお金を投入する。おつりとレシートが出てくる。まあ、いたってシンプルな仕組み。ただ、30%引きの商品などには対応していないようで、職員の方が自分のIDを使って、対応している。

この無人レジだが、レジの混み具合の解消にはならないんじゃないかと思う。スーパーのレジ係の人はかなりのスピードでスキャンしているが、お客がスキャンなどがもたついている。慣れていないからなのだ。具体的には袋にあるバーコードはすぐに読み取れず、袋を伸ばしたり、どこにバーコードがあるか分かりにくい商品はバーコードの場所を探して時間がかかる。さらに、ジャガイモとか魚とかの場合もバーコードがないので、タッチパネルから探すことになるし、割引の操作も迷うだろう。時間の短縮と言う面では自動レジは効果があまりないと思う。ついでに、もう一つのリスクとして、万引きによる被害のリスクもぬぐい去れないだろう。

一方で、人件費の削減にはつがると思う。無人レジ機さえ設置すれば人件費はかからない。さらに、有人レジよりも多く無人レジを設置すれば、お客さんのスキャンなどの遅さもカバーできるのかな。まあ、そのあたりを検証しているんだろうと思う。

とりあえず、若い世代が多い店舗から無人レジを導入すれば比較的スムーズに導入が進むんだろうけど、スーパーという特性上若い人ばかりが来店する店舗も少ないのだろう。ついに日本でも無人レジが導入されるのか、と驚いたのでメモ。

こんなスーパーのテクノロジーにも興味を持つけど、近所の八百屋でおつりを「はい、40万円ね~」と言う親父さんも大好きです。

PS.光回線なのに回線速度が異様に遅くいため、写真がアップできない。。。光は高いし、年明けぐらいにADSLに変更しようかと思う。

リクルートのDNA 江副浩正 角川Oneテーマ21

リクルートのDNA 江副浩正 角川Oneテーマ21

最近行ってないがブックオフの100円コーナーは非常に好きな本棚だ。正価であれば購入しない本でも、手に取ることが出来る。今まで自分が知らなかった人、あまり好きじゃないジャンルの本など、テキトウに目についたものを購入することが出来る。だって100円だから。今までの人生では接することのなかった本に出会えることがある。そんな買って読んだ本の中から、いくつかの初めての出会いがあれば幸せなことだ。

本書も100円コーナーで購入。江副さんの自分の過去(思い出)を振り返った本とでも言うのが的確な表現であると思う。内容的には、大学時代から、大学新聞の営業を始め、会社を作り、様々な事業を手がけ会社を大きくしていった。もちろん成功した事業もあれば、失敗した事業も。そんな経験を通して色々な経営者に出会い、自分の経営者としてのあり方について考えたこと、そこから一般化した経営者としてのあるべき姿などについて書いてある本。

はっきりと言ってしまえば、文章からあまり覇気が伝わってこない本であった。引退した人が、それもかなりの時が経ってから書いた本だからなのだろうか。とは言え、この会社が昔どんな雰囲気だったのか社内での日々が目に浮かぶように想像できる一冊となっている。

亡き亀倉先生は、いまも私にとっての師である。先生と呼べる人を持てることは、人生にとってとても幸せなことだと、この歳になっても感じている。P52

この部分はまさにそうだろうなと思った。師匠という存在については以前から考えてきた。師匠と言う存在は、自分が何かに対して全身全霊を捧げて取り組んでいたら出会うものなんだろう。師と呼べる人に出会いたいと思うが、それが先になるとおかしなことになる。何か自分がやりたいことに真剣に取り組んでいたら自然に出会うものなんだろうから。

過去に書いた師匠について

師匠とは

弁当を作りながら師匠について思う

海洋冒険家の白石さんの師匠について

送信者 いろいろ

[まだ見ぬ師を見つめて](PENTAX K10D FA35-80mm ISO: 100 露出: 1/2500 秒 絞り: f/5.6 焦点距離: 60mm)

見に行こう、あれを。

bccksというサイトでウェブ限定の本っぽいモノを作るサービスを見つけたので、作ってみた。

そのサイトで、リトルモア社とbccksで写真集公募展をやってたので、さくっと写真を貼付けて作ってみた。

「見に行こう、あれを。」

ストーリーとしては、ある男が東京での日々の中で、ふと思い立つ。「自分の目で見て、風を肌で感じて、匂い嗅ぎ、手で触れたい。」そうしたくて、夏の沖縄に降り立った。という感じ。



ウェブ本というサービスがいくつかあるがイマイチピンとこない。ウェブ雑誌とかも。すごい人気のサイトも聞いたことない。
漫画を画像として保存して、読む人たちはある程度いるみたいだけど。
なぜ漫画はありで、普通の本はなしなのか。文字だけか絵がメインかの違いかな?
やはり、本というのは手で持って読むから、本である?のか?なぜかはもう少し考えてみよう。
写真というものはPCでも代替できていると思う。もちろん、質感とか役割みたいなものは違う。しかし、写真はPCで地位を確立した。
ウェブ本はPCとかネットで地位を確立していない。

今後はウェブ本がメジャーになるのかな。今の小学生とか幼稚園の子が大人になったら、本はウェブで読むのが当然でしょと言うのだろうか?
暇な時にでも考えよう。

ついでに電子ブックも同様に。電子ペーパーになったら一般化する気がする。本当にペラペラな電子ペーパー。

送信者 大分、熊本、宮崎

(雲にポーズをまねされた。)[PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 400 露出: 1/100 sec 絞り: f/6.3 焦点距離: 24mm]