「ビジネス」カテゴリーアーカイブ

波に乗っている時に、リスクをとる

ダメになってからでは、次の一手が遅すぎる。
ダメになっているときは、すでに周りの環境が悪い。すなわち次の一手も不利な環境で打つ必要が出てくる。

今のタイミングが調子良ければ、まわりの環境や条件も良い。
そんなときに、リスクをとってチャレンジ、一手を打つことが大事だ。

先手先手でいくことが、波に乗り続ける秘訣。
波に乗っていれば、多少失敗しても立ち直りやすいし、そもそも調子が良ければ、1つぐらい失敗しても良いことが補完してくれる。

ただ、今の状態が調子良いと、なかなかリスクが取れないのも人間だ。
調子の良い状態をキープしたいという保身。
個人の中でのイノベーションのジレンマ的なもの。

そこを、えいやっと飛び出す、それが人生を面白くする。

だいたい、リスクだとか、できない理由って、ちょっと価値観とか捉え方が変われば、何の問題でもないって気づくことも多いのだから。

そう思いつつ、人間の思考とは、自分の価値観を打ち破れない生き物であったりするのだ笑

送信者 ドロップ ボックス

場所と視点(a great vantage point)

MITのメディアラボで働いている友達が、帰国していたので昼から上野で飲んで色々話した。
大学は違うけど、大学時代からの友達なので、10年ちょいになるのかな。

研究の話やらビジネスの話やらアートよりの話やら。
国が違うので文化や価値観、行動基準も違うので話していて新しい発見があって面白い。
世界の頭脳と呼ばれている一握りが集まっているとされているので。

研究者といっても日本とアメリカではかなり違うなと。
同じ東大を出たポスドク研究者の友達とも感覚が違う。
どちらの友達も僕とは天地の差があるほど非常に優秀なんだが、物事の捉え方が違う。
それは、研究領域がより基礎研究に近いのか否かにもよっているとは思う。

が、やはり、場が違うと入ってくる情報が違う。
見る視界が違う。

どっちが、良い悪いではなく場が視点やスタンスに大きく影響しているなと感じる。
朱に交われば赤くなる。

東京で出会った友達でも、世界中、日本中に住んでいるが、「どうせやるなら、世界を取るという気概」「技術を知っている経営者の有無」「なんだかんだ言って優秀な人とお金の総額」あたりが、大きな差のように感じる。国内にも世界を取ると言っている人もいるが、その本気度と周囲にすでにそれを実現した人がゴロゴロいるという現実を踏まえた上での発言には大きな差がある気がする。

そして、日本の大手企業も優秀な人材確保のために動いているようだった。けど、結局メディアラボに行く人たちが求める環境があるかというと違うかもしれない。

潤沢な資金と自由な研究風土

Facebook,apple,Microsoft,google,Samsung,とかとか、いろいろあるけれど、彼らとの比較において。

あとは、やはりスタートアップも多いとか。大学側も支援するし、学生や研究者のスタンスも。まあ、やって失敗しても死ぬわけじゃないし、成功したら面白いじゃん、そんなスタンスを感じた。去年の10月だか11月にシリコンバレーへ仕事で訪れた時の感覚とも通じるものがある。

その感覚。

自分がこうなりたいという自分像があれば、それにマッチした場所に行く。それは、大企業とかスタートアップとか関係なく。

例えば、

本気でgoogleを超えたいならシリコンバレーがいいだろう。

自給自足したいなら、田舎の自然豊かなところがいいだろう。

これだけだと、当たり前。

なぜなら、極端な例だから。

こんな極端な例じゃなくても、会社選びとかも同様だなと。
まあ、これも当たり前か。

類は友を呼ぶし、類は友を呼ぶのさらなる連鎖が発生する。
そして、その場はどんどん明確な特徴を持った場になっていく。
そして、文化が生まれ、当たり前に感じる水準が高くなって、さらなる高みへと昇華していく。

ちょうど10年前に、こんなことを書いていた。
確か、シリコンバレーにいる梅田さんのブログかなんかの発言だったと思う。

a great vantage point

未来のgoogleを作るにしても、自給自足するにしても、絵を描くにしても、それぞれのa great vantage pointがあるはずで、そこに身を置くことが重要だし、将来的にはそういう場が作れる人間になりたいと思う。

さらに、つい最近、上海のスマホアプリ事情を見せてもらったり、聞いたけど、日本よりも先を行っていた。a great vantage pointは常に変わるということも忘れてはならない。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

本物の臆病者

いつの日か、本物の臆病者になりたいと思う。

チャレンジする人は、新しいことに飛び込む怖さを知っている。

一方で、口だけで何もしない人は、本当の怖さをしらない。

本物の臆病者はチャレンジする人だけがなれると思う。

そして、臆病者だからこそ、常に最善の道も最悪の道も考えて行動できる。

だからこそ、生き残り続けられる。そういう者でありたい。

ただの臆病者は、なにもせず、ビビるだけで行動をしないものだ。

しかし、本物の臆病者は、チャレンジする。

それは自分が臆病者だと知っているからこそ、その気持ちを跳ね除けたいからだろう。

臆病者だから、チャレンジしたい。

チャレンジするからワクワクする。

チャレンジするからドキドキする。

チャレンジするからゾクゾクする。

人が本当に力を発揮するのは、ピンチで追い込まれたときか、未知なる世界へと新たなことにチャレンジするときぐらい。

どうせなら、常にワクワクする方を選びたい。チャレンジして、力を発揮する人や組織でありたい。

僕らは過去を生きているのでも、未来を生きているのでもない。ならば、この瞬間を最善なものにしたい。

過去も未来も、この瞬間の積み重ねなのだから。

そして、現状にあぐらをかくことなく、したたかに、自由な発想で勝ち残っていきたい。

そう、偉大な冒険家は、常に偉大な臆病者だ。

臆病者だから慎重に準備をして、ピンチな時も冷静に判断して、死なずに生き残れる。

そうでなければ、偉大な冒険を成し遂げたとしても、生きては帰ってこれない。

本物の臆病者は、本当の怖さを知っている。

だからこそ、周りの人にも優しくなれる。

Only the paranoid survive
臆病者だけが生き残る。

送信者 ALASKA 2009

アコンカグアとかPTLとか、周りの友達からすると大きな決断と思われることでも、僕にとってはそんなに大きなことではない。自分の意思次第で何度でも挑戦できることだし、これをやったから他のことができなくなるとか、それ以前にさかのぼって他の可能性を潰すような行為ではないから。

自分の中でたったひとつしか選択できないものを決めることが大きな決断なのだ。自分の中で大きな決意をした今日、書き留めておきたかったこと。

2015/01/29(金)

捉え方次第だし感覚は自分の中での相対性

仕事より辛いことを求めている、トライアスロンやトレランをする理由というユーセン宇野さんの話し。

僕が、トレランやトライアスロンをする理由は、こんな感じ。

一番はトライアスロンやトレランが楽しいから。

自然が美しく好きだから

日々とは違う視点をえられる。新しく多様な友達も含め。

知らないことを知りたい、やってみたい

というのに加えて、僕も宇野さんと同じ理由がある。

苦しさや楽しさ、金銭感覚だって、感覚に基づくものは自分の中での相対性による。

もっと言えば、麻痺していく。良く言えば、経験値が上がる。

死ぬほど辛いと当初思っていたことも、一度経験すると、二回目は辛くない。ハセツネの経験がまさにそう。一方で、もちろんその達成感や喜びも減る。辛さも喜びも感覚だから。

だからこそ麻痺させれば、さらに次を求めるから、どんどんたどりつけなかった新たな世界に行けるようになる。

どんな辛いことでも乗り越えたければ、もっと辛いことをやっておけば、だいたい乗り越えれる。

辛いこともゲームだと思うし、どうせなら辛いことも嬉しいことも究極を味わい、悟りに近い全く想像がつかない世界を知ってみたいと思う。まあ、これは好奇心の塊だからゆえ。

この発想になるのが心の強い人と言われるかもしれないが、誰でもこの対処法はできるから、もっと心を強くすることは自分の努力で可能だと思う。が、今の時代はそう言うと病気だからと批判される時代。強制するわけではなく、こんな対処法があるというのを、提示して気づいてもらえれば、ひとつのきっかけにはなるかなと思う。

http://logmi.jp/35037

当たり前だが差はどんどんひらくから、若い頃が肝心なんだ

当たり前すぎる話だが、差はどんどん開いていく。年を重ねるとともに。
だからこそ、若いころに少しでもチャンスをつかんで、それを活かすことが重要なんだ。

なんとも抽象的なことを言っているが、何についてかといえば、すべての物事について。
で、具体的には?って話だが、

例えば、英語

英語が少しできる人と英語がほとんどできない人がいる。

おそらく、英語ができる人に海外の駐在とか海外とやりとりする仕事は与えられる。
すると、英語を使うグローバルの仕事を任せられた人は、日常的に英語を話さないといけなくなる。そういった環境に置かれる。日夜そんな環境にいれば、自然とビジネス英語ができるようになる。そうすると、彼はビジネス英語が堪能な人となる。さらに難易度の高い交渉ごとなどの仕事を得るチャンスがやってくる。

一方で、英語がほとんどできなかった人は、母国語のみで仕事をし続けている。英語は上達しない。最初の差は英語が少しできるか、ほとんどできないかという、小さな差だったんだけど、結果的に与えられる(つかみとれる)機会が異なって、時間の経過とともに大きな差となって、どんどん逆転がむずかしくなる。

例えば、スポーツマンとしての成果もそう。若い頃に才能に秀でていれば、トップのチームに入れたり、養成コースなんかで器具も良いものが使え、良いコーチに巡り会える。これらの環境があれば、スポーツマンとして大成する可能性も上がるだろう。

例えば、ビジネスマンとしての結果もそう。若いうちに結果を出せば、次の難易度の高い業務がやってくる。そして、その世界で結果を出せばさらに。年を重ねてから結果を出しても、次の機会を得ることはむずかしくなる。

そう、どんなことでも、より若い時に何か能力をつけて、チャンスをつかむことが、チャンスを活かすことが重要なんだ。最初は小さな差だったのに、時間が経てば、大きな差になるのだから。

まずは、小さな差でもいいから、何かを身につけていく。そうすると、いつか大きな差になっているから。

送信者 ドロップ ボックス