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まるであの砂場を囲むように

かなり前のことになるけれど、書きかけで放置していたものを書き終えたのでアップ。あとは、パプアの日記を書ききれば夏の宿題も完了だ。まあ、数年前の旅日記が途中で止まっているやつがいくつかあるけれど。。。

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去年は8月の末に行った、原始感覚美術祭
今年は8/7に行くことにした。

送信者 art

8月のスケジュールで空いているのが、8/6,7と8/27,28だったので、どちらかに行こうと思っていた所、茂木さんのトークが8/7にあり、芸大の友達もみんなこの日に合わせて来ると言うことを聞いたので、俺も行くことにした。

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またもや始発電車で行くことを考えたが、ちょっと遅めで7:50に阿佐ヶ谷を出て、特急スーパーあずさで松本へ。12時過ぎに稲尾駅に到着。

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西丸震哉記念館へ歩いて行くと、外に杉原さんがいた。竪穴式住居が雨で湿ってしまったので、中で火をたいて乾かしている所だった。ついでなので中へ入る。なかなか煙たかったが、天井の穴から差し込む光が美しかった。

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西丸震哉記念館でカレーをいただく。ナンがうまかった。蓮沼さんが通りかかったので、少し話した。それから、葦の船に乗れると杉原さんのお父さんから聞き木崎湖に乗りに行く。南米のチチカカ湖に浮くウロス島に行った時に、葦の船&葦の島に行ったが、それらを参考に作っていると言う。

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この葦は木崎湖でとれたもので作っているというから、さらにすごい。そんでもって、この葦船を作った方の野望は葦で船を造りそれで太平洋を渡るのだとか。とてもワクワクする話しだった。

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試しに乗らせてもらう。思ったよりも安定しており漕ぎだせば簡単に乗れた。まあ、湖で波がないから乗りやすかったんだろうけど。それにしても、とても気持よく寝転がって空を見上げていたら本当に幸せな気持になった。本郷さんがやってきたので、少し話しをして別れた。14時30分から杉原さんと山形さんのパフォーマンスがY邸で始まる。その前に、少し展示を回りたかったので自転車を借りて蓮沼さんの作品があるあたらしやへ。木崎湖の自然をイメージして書いたのかな?

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それから北ヤマト館へ。山形さんの写真が展示してあった。ここは100年以上前の建物でとても立派な梁だった。見とれるほどのしっかりした作り。そして結婚の時に作ると言う、立派な布の掛け軸みたいなものが飾られていた。すばらしい。ここのばあちゃんがジャムを作っているらしく、味見をさせてもらった。これがうまい。今までの人生で一番うまいジャム。取れたブルーベリーやハーブなんかを煮込んで作ったらしいのだが、この甘さの自然さが最高だった。

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時間もないのでY邸へと急ぐ。着くとお客さんがすでに家の中にきていた。しばらくするとパフォーマンスが始まった。始まると同時に大雨。そして雷が真上でガッシャーンと鳴った。まるで呼び寄せたかのように。杉原さんと山形さんのパフォーマンスが続いた。舞った、叫んだ、走った。そして、雨が振る外へと二人が行き終わった。

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16時から海ノ口上諏訪神社の舞台で茂木さんのトークがあるので、3、4年前に田植えをさせて頂いた山本さんに車で乗せてもらい移動した。茂木さんと杉原さんなどが直前に打ち合わせ。それまで何も話していなかったようだ(笑)まず、杉原さんが今回の祭りとトークの説明を。その後、茂木さんが少し話してすぐにまた、杉原さんに振った。そして、参加作家の話しということで芸大の蓮沼さんに、その後に本郷さん。続いて、芸大時代のメンバーに話しをさせると言う流れになり茂木さんが「寺町、次に話せ」と。もともと茂木さんの本を読み、芸大に潜ったこと。その授業や仲間とのつながりで芸術に興味を持ったこと。自分の原始感覚である無人島の食べ物を探しまわったり、東京から岐阜まで歩いて帰った経験談とともに話しをした。そして、芸大のメンバーといえば植田さんが話しをした。

送信者 art
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その後、茂木さんが話しをして、杉原さんと原始感覚をキーにいろいろと話しをしていった。

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原始感覚は体で知ること。だから、その土地にいてやらないと分からない。うまれてこないもの。ただ、その土地だけに止まっているだけじゃ面白くなく、原始感覚を感じつつ新しい物を作り出していかないと意味がない。

実は最も古い物に、最も新しい物へのヒントがある。

そして、今ココから世界へ未来へと発信して行く。それができる、強さがあれば場所は関係ない時代。

芸術家とは常に何かに向き合い、挑み続けていなければ意味がない。自分の醜い部分も透明にしてさらけ出す。だからこそ生まれるギリギリの表現をやるからこそ表現者である。一方で、生き様の凄まじい部分を表現するが、正体は表さない。それによって真のアートとなる。

アートとはそんな簡単に言葉にしたり表現できないこと。でも、表現しなければならない。

自分自身を作品や言葉や発想が追い越してしまった時の表現。そうして生まれたものを、後から自分自身がどう見て、どのような解釈を加えるかが最大のポイント。

御柱祭りは何も説明しなくてもそのスゴさが分かる祭り。そのレベルが一番望むべき姿。昔からずっと続いていることは根源的な何かがあり、受け継がれている。我々はこれになりうるものをいかにして作り上げるか。

祭りは生きている。古い祭りの習慣だけをそのまま受け継いで行くのではなく、現代のアレンジを加えて行く。そうしてアレンジされた祭りこそ生きた祭りである。

下克上が好き。価値をひっくり返す。そのためにはジャンルを超えて、閉じないことが重要。同族の集まり何て意味がない。もっと暴れろ。

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こんなコトが話された。2時間はあっという間に過ぎていき、トークショーは終わった。本郷さんの写真だけ見て行こうと、蔵へ。今回は和紙に木崎湖の水源の写真を白黒でプリントしていた。この蔵の空間は去年からさらにキレイになり、板の間がとても気持よかった。ちょうど来ていたおばちゃんと話していたら、外は大雨になってしまっていた。蔵で雨宿り。外の空は異様なほどの紫ピンクいろだった。

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しばらくして、雨が止み飲み会の会場である「あたらしや」へと。すでにみんな飲みはじめていた。芸大のころのみんなと話したり、地元のかたと話したり、茂木さんと話したり。まるで芸大の授業が終わった後に、上野公園の砂場を囲んで飲んだ日々の続きのようだった。

そして、メシがうまかった。1品持ちより&宿の食事。どれもうまい。やさしい味付けなのだ。野菜がうまいのだ。夏だから、酸っぱい味付けのものも多く感動もの。こんな夜中までみんなと色々話したのは芸大時代以来かもしれない。

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雨もやんでいたので、ひとりで外をふらふら歩いた。静かな木崎湖が目の前にあった。こんな場ができたのも、今回の原始感覚美術祭を杉原さんが開いたから。ひとりの思いがきっかけで、場が生まれ、人が集まる。なんと素晴らしいことなんだろう。それをやっている杉原さんがかっこよかった。自分も頑張ろうという気持になった。

木崎湖にいる杉原さんは芸大時代の杉原さんの印象と大きく異なるとみんなが言った。確かに俺も思った。企画書を書き、予算をとり、アーティストに声をかけ、オーガナイズしていく。そんなキャラじゃないと思っていたけれど、自分がやりたいことを成し遂げるための役割。それを成し遂げつつ、アーティストとしても今まで以上に能力を存分に発揮する。みんな杉さんからエネルギーをもらいインスパイアされた感じがした。

送信者 art

夜もふけ、片付け。やはり植田さんが食器を洗っていた。そんな姿を見ていつも感心する。とても気遣いのある優しい人だなとつくづく思う。地元の方と話しながら、笑いを提供しつつ、真面目なことも話す。そんな話しを俺も聞きながら、皿を拭くお手伝い。片付けも終わり、寝ることにした。翌朝の月曜日は始発で東京へ戻った。

送信者 art


絵日記の中の夏休み in 湖畔の原始感覚美術展

絵日記の宿題がわりに、この夏をひとつの映像に

いつも遊んでばかりだけど、
今年の夏も本当に楽しみ尽くした。
全力で楽しんだ。

振り返ってみると、
よくもこんなにも遊んだなと思う。

渦中にいるときはたいして忙しくもないし、
やりたいことをやっているだけ。
でも、こうしてまとめてみると、
本当にいろいろな所に行き、
いろいろな事をしている。

これも自分だけじゃ出来なかったことで、
回りの仲間や
健康な体、
さまざまな環境、
これらに恵まれたからこそ。

本当にありがたい。
幸せ者です。

送信者 ムービー

たぶん、結婚式が続いてプロフィール動画を見ていたら、自分も映像を作りたくなったんだと思う。

【PNG紀行4】ついにマウントハーゲンショー2011へ

前回までの旅日記はこちら【PNG紀行3】祭りの始まり

パプアニューギニアでもトップ3に入ると言われる祭りのひとつ「マウントハーゲンショー」がついにやってきた。小規模な個性的な祭りのほうがディープに味わえたりコミュニケーションが取れるので好きなのだが、そういった意味ではなく祭りとして盛り上がるのはやはり大規模なものが楽しい。8月中旬の土日で毎年開催されている。

送信者 パプアニューギニア2011

外国人は参加料として2日間で300キナ(1万2000円)というかなり高額な料金を払わないといけないが、各地から非常に多くの部族が来て装飾をしてといったことにもお金がかかるので、その代金と考えれば妥当なのかもしれない。参加のチケットは紙の安っぽいものだと思っていたら、パプアに似合わずプラスチックカードでびっくり!シリアルナンバーも入っており、俺はちょうど「100」。なんか縁起がいいかんじがして、それだけで嬉しい。

送信者 パプアニューギニア2011

朝起きて、いつものようにパンをかじり、バスに乗って会場である広場へと向かう。空港近くのラグビー場だ。この国ではオーストラリアやニュージーランドなどオセアニア地域の影響もあってかラグビーが非常に人気のあるスポーツなのだ。町には他にスポーツ施設なんてなにもないが、ラグビーができる競技場だけあった。とはいっても、芝生にポールが立っているだけなので、簡単な施設だけど。

送信者 パプアニューギニア2011

地元の人も歩いてぞろぞろと会場に向かっていた。もちろん各部族のシンシンを楽しみにしている人もいたけれど、大半は盛り上がっている場所にたむろしにきているという人だった感じがした。会場の近くには露天がたくさん出ており、肉や芋、サトウキビなどが売られている。そして、お土産なんかも並んでいた。

送信者 パプアニューギニア2011

会場につくと、各部族が化粧や着替えをし、シンシンの練習をしていた。毎晩のように雨が降るのでぬかるみが多く、足は泥だらけ。こりゃ、パプアの人が裸足なのもうなずける。町を歩いていても3割は裸足。4割がスリッパ。3割が靴といった感じ。裸足でも何一つ不自由はないし、お金もかからないし、汚れても洗えばいい。ガラスでも怪我しないぐらいにがっしりとした分厚い足をしていた。

送信者 パプアニューギニア2011

まあ、余談はさておき、各部族の準備を見てまわる。昨日楽しんだパイワショーよりも多くの部族が集まっており、昨日とはまた全然違った衣装や化粧の人たちも多い。本当に多様で、見ていても飽きない。そして、パプアの青空と彼らの化粧や衣装がバッチリと合うのだ。パプアの空には、現地でとれたものを身にまとい、自生の植物からとれた香料で化粧をしたパプア人がよく似合う。よそ者の俺らみたいなものでは到底追いつけない自然さ。

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ぐるぐる回っていたけれど、日本人は俺を含めて2人しかいない。外人は300人ぐらいか。外人は日本人2人に対して、ヨーロッパとオーストラリアが多かった。インドと台湾なんかも。オーストラリアは近いからわかるが、フランスやドイツなどヨーロッパから来るってなかなか気合入っているなーと。

送信者 パプアニューギニア2011

ショーが始まると、いったんラグビー場の外に出された。そして、各部族がそれぞれのシンシンを披露する。このショーはコンテスト形式となっており、各部族のシンシンを審査員が評価して、優勝グループを決めるというもの。だから、各部族が順番にラグビー場に入ってきて、ぐるっと1周回りながら踊る。

送信者 パプアニューギニア2011

何グループほどいたかは正確には分からないけれど30ぐらいじゃないかと思う。昨日パイワ村で見たのと同じ部族も何組もいた。2列に向い合って座り、体を揺らしながら歌う部族。体を真っ黒に塗り木で銃を模した物を持って整列して歩くグループ。日本の日の丸のデザインをした大きな帽子をかぶったグループ。顔や体に黄色い泥を塗って亡くなった子どもを悲しむグループ。鮮やかな鳥の羽をさして踊るグループ、山のエリアなのに綺麗な貝殻をたくさん身にまとったグループ、木で作った仮面をかぶったグループ。全身を苔で覆った部族。黄色い土で体を塗り槍を持って走る部族などなど。

送信者 パプアニューギニア2011
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本当に多種多様な衣装と踊りを見せてもらった。それらを見た後に、簡単に昼ごはんを食べて、近くをブラブラと歩く。露天を出している人たちと話したり、おみやげ屋の人と話をする。パプアに行くと言ったら、一部の友達に「コテカ」「コテカ」と言われたが、コテカと呼ばれるペニスサックも売っていた。しかし、かなり一部の部族が使っているらしくメジャーではなかったが、おみやげとしては売っていた。基本的にどこを旅してもお土産を買って帰らないが、ひとつだけ欲しいなというものがあった。それは布に描かれたペイントだ。昔からの伝統的な絵というよりも、デフォルメされた鮮やかな現代の絵だ。ジミー大西さんっぽい色使い。しかし、その鮮やかな色使いと、コミカルな感じがとても気に入って、部屋に飾っておきたいとおもうほど。もっというと、こういう絵を自分でも描いてみたいと思う絵だった。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

いくらか聞いてみると割引をねばっても200キナ(8000円)。まあ、それぐらいでもいいんだけれど、いかにもスグに色落ちしそうな絵の具で描かれていて、持ち帰るまでの間に布どうしが擦れて色が汚くなりそうだったのでやめた。でも、日本に帰ってからこういう絵を描く参考にしたいので、写真だけ何枚か撮らせてもらった。

送信者 パプアニューギニア2011

審査をするショーは終わり、会場の中に俺らも入れるようになった。休んで昼ごはんを食べる人もあれば、踊り続ける部族もいる。近くで見させてもらったり、一緒に踊ったり、いろいろと話しをした。彼らも休憩時間になると携帯電話を取り出して使う人がちらほらいた。パソコンの普及率はほぼゼロに近いし、テレビや音楽の娯楽もほとんど皆無。そんなエリアだけれども、携帯だけは多くの人が持っている。もちろん貯金という概念がない国なので、携帯はプリペイド式オンリーみたいだったけど。ちなみに最安の機種で50キナ(2000円)。通話料は4キナ(160円)~のカードを買って話していた。もちろん、家に電気が通っている人は少数なので、町の商店で充電をしている感じ。このような環境でも、携帯電話は普及する。うん、実にすごいなと思う。人間は個人どうしで自由にコミュニケーションをとりたい生き物なんだとつくづく思う。その欲求が非常に強くて、人間にとって根源的なものなんだろう。そして、固定電話ではなく個人がワイヤレスで持ち運べるってのが、個人で自由にコミュニケーションという欲求を満たしてくれたんだろうな。

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ショーも終わりバスでゲストハウスまで戻る。会場の近くには本当にたくさんの人が集まってブアイを噛みながらしゃべったり、じゃれあったりしていた。日本の花火みたいなもんで、これを口実にみんなが集まって露天で買い物をして、たむろするという習慣なんだろうなーと実感。外人は珍しいので、あいかわらずテンション高めに手を振ってきたり、走って追いかけてきたり。

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ゲストハウスに戻り、ビールを買いに行くことに。同じ宿の人がビール好きで飲みたいといったので一緒についていくことにした。宿の人に聞いてみるとマウントハーゲンエリアではほとんどビールを飲まないらしい。パプアの人は全体的にアルコールに弱い人が多いのだが、このエリアは特にとのことだった。だから商店にもカイバーと呼ばれる食堂にも、スーパーにもアルコールは一切売っていないのだ。唯一あるのは、町で一番の高級ホテルのみ。そこで、宿の人に連れていってもらって行くと門番に止められる。中から支配人みたいな人が来て俺らの服装チェック。スリッパがNGらしく、ホテルのレストランに入れてもらえなかった。ビールだけ買って替えるのもダメ。おー、いい加減そうな国に見えて、こういった高級なところでは意外と厳しかったりすることに驚き。

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諦めて帰ろうとしたら、連れてきてくれた宿の人がもう一箇所あるという。それはボーリングセンター。そんな娯楽があるのかと驚き。ボロボロの建物がボーリング場だった。中に入ると昔の西部劇に出てきそうなカウンターがあり、数人の酔っぱらいがビールを飲んでいた。あんまりいい雰囲気ではなかった。奥にはボーリング場があったが、日本のようなボーリング場ではなく、広い芝生が広がっていた。いったいパプアにおけるボーリングがどんな競技か分からなかった。というのもボーリングをしている人はゼロ。ここはボーリング場という名の場末のバーみたいな場所だったのだ。せっかくだからと缶と瓶のSP(サウスパシフィック)ビールを購入。確か1本5キナ(200円)ぐらいだった気がする。そして、缶の方が1キナ(40円)高かった。便はリサイクルもしていないのに不思議な感じがした。ビールを持って帰ろうとしたら、連れてきてくれた宿の人がここで飲めという。ビールを飲んでいるのが、他の人に見られるのが良くないということらしい。彼はビールを飲むなんてクレイジーだと言っていた。それぐらいビールはタブーなのだ。確かに、ボーリング場はかなり品のないダメな空間に感じた。瓶ビールだけここでのみ、缶だけは隠し持って帰った。でも、他のエリアではここまでお酒をタブー視しているところはなかった。

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それから、いつものように夕食を買って帰る。今日の夕食も昨日に続き魚のフライ。そして、ポテトフライと味のしない揚げパンにSPビール。それから、ゲストハウスで宿の人と話をしていると、明日はエンガ州でエンガフェスティバルもあるという。マウントハーゲンショーは楽しんだし、別のエリアにも行ってみたいと思い、明日はエンガに行くことにした。エンガはマウントハーゲンから2時間30分ぐらいかかるちょっと遠い場所だ。また違う町に行けるので、その風景や文化の違いも楽しみだ。

【PNG紀行3】祭りの始まり

前回の旅日記はこちら【PNG紀行2】日常から非日常の扉をあける日

朝起きて、買っておいたパンを食べる。パサパサとしたパンだが噛んでいるとほんのり小麦の香りを感じる。ピーナッツクリームを塗るけれど、このクリームも水分が少ないのか伸びない。砂糖もかなり少なめで甘くない。まあ、そんな朝ごはんを食べる。ほぼ毎日こんな朝食を続けた。

今日はパプアニューギニアに来て1つ目の祭りに行く。泊まっているマウントハーゲンから1時間程度バスで移動したところにあるパイワ村(paiya)で年に1度行われる祭りだ。明日から見る予定のマウントハーゲンショーと比べると規模が非常に小さい村の祭り。この祭りはパイワ村にある小さな広場で行われる。

まずはゲストハウスからバスでパイワ村へと向かう。同じゲストハウスに宿泊している何人かの外人観光客と一緒に移動。すぐに町を抜けて進んでいく。たまに、青空マーケットがある。そこには多くの人が集まり賑やかだ。

送信者 パプアニューギニア2011
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マウントハーゲンは名前の通り山岳エリアだ。パイワ村へ行くときも山の間をグングンと進み、さらに高度を上げていく。バスは大きな唸り声を上げて頑張って登る。メインの道路はアスファルトに舗装されているが、アスファルトが波打っていたり、削れている部分も多く、ジャンピングバス。車窓からは滝や川が流れていたり、美しい山々が続いていた。たまにココナッツん葉で作られた家が点在していて、その横には畑があり野菜を育てている風景を目にした。本当に自然の中で自給自足をしている人が多く、かつ1家族だけなど少人数で生活している人が目についた。

送信者 パプアニューギニア2011
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1時間ほど行き、脇道にそれてとても細く土の急登を登り始める。凸凹でバスは右に傾き左に傾きゆっくりと登っていく。隣は崖なので、落ちないでくれよと祈るのみ。しばらくして到着するとパイワ村ではなく、1軒のロッジがあった。ちょっと高そうな雰囲気で眺めも良い場所にあったのだが、ここで誰かが乗車するわけでもなく、何か荷物を預かるわけでもなかった。俺も降りて近くを歩いて散歩した。

また急な坂道をドキドキしながら下り、パイワ村へと向かう。メイン道路からは村があるかどうか分からなかったが、バスが道をそれて進んでいく。土のでこぼこ道を。すると、家が数軒たっていた。おそらくだが、800も部族がいて、対立も多かったという。メインの道路からは分かりづらいところに集落を作り生活していたことが予想される。

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バスを降りて村の中に入っていく。この建物は儀式の準備をする建物、ここは生活する家、これは豚小屋などと教えてくれた。この村は建物が10棟ぐらいある小さな村で、家の前のスペースではすでに祭りのために準備が始まっていた。村の男や女が鳥の羽や木々の葉を身にまとい、木の実などで赤や黄色に化粧をしていた。香水のように匂いをつけたり、テカリを良くするために油を吹きかけたりもしていた。淡々と準備を進めながらも、彼らは自慢気に衣装や飾りを見せてくれた。彼らと話していると顔にペイントをしてくれた。赤や黄色に。樹の枝を細かく割いて作った刷毛のようなもので、ぬられていく。ヒンヤリこそばゆい。木の実などを原料とした顔料だが、とても鮮やかで鏡でみたら笑えてきた。けれど、現地の部族たちには成りきれなかった。。。

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近くの村からいくつかの部族が来ており、それぞれの衣装や化粧、飾りの準備をし始めていた。中には子どもも参加する部族もあり、とても可愛らしかった。ドレスアップが終わると、歌やダンスの練習を始めた。太鼓を叩いたり、ジャンプしたり、歌ったり、踊ったり。こういった部族の踊りを総称してシンシンと呼ぶ。シンシンは英語のsingが訛ったものとされていて、結婚式やお客さんが来た際などに行われるお祭りのようなもの。

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どの部族もだいたい10名前後でシンシンを行っていたが、パプアにいる800の部族がそれぞれのスタイルのシンシンを持っており、その800の部族の中でも厳密にはさらにシンシンが細分化されているという。同じハイランド地方(山の地方)とはいえ、身にまとうものや歌、踊りが全然異なる部族もいた。その土地で取れるものを使用して身につけるといった点では似ているのだが、部族の身体的特長も影響しているという。背が小さくて普通だと戦いに負けてしまうので、体を灰色に塗ってお面をかぶり、さらにゆっくりとノシノシ歩くだけ。そんな風に不気味さを出して、敵が逃げていくことを狙ったりと様々。さらに、現代では銃を模した木を持っていたり、戦争時期の名残か日本国旗のようなデザインがあったりと近代の影響も受けているようだった。

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広場には村の人や近くから見に来た現地の人達、そして観光客が円を描くように座っていた。各部族が順番に広場に入ってきて、それぞれのシンシンを披露する。ひと通り部族がシンシンを終えて休憩時間。いろんな部族の方たちと話をする。まずは、アサロ渓谷に住むマッドマンと呼ばれる部族のお面をかぶらせてもらった。かなり重たく、首で支えるだけでも一苦労。さらに、太鼓を叩かせてもらったり、踊ったり。

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ハデハデなフリ族の方とも話す。やはりフリ族は目立っていた。がっしりとした胸板。赤褐色の肌。頭には大きなカツラ。腰には葉っぱをまとい、真っ黄色にぬられた顔。栄えるのだ。彼らは2列に向き合って並んでジャンプしながら太鼓を叩いてシンシンを行う。一緒に写真を撮ってもらおうと思い、せっかくなら俺も裸にならなきゃいかん。そこで、お互い裸ででパシャリ。

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ウェストハイランド州のクナイ族。顔の化粧は黄色、黒、白、赤など派手で、青色で長いエプロンのような物をしている。彼らは男たちだけで横一列に並び、膝を曲げてリズムを取り、「ウォーウォ、ウォーウォ」と歌った。

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シンブー州のオモ族は体全身を真っ黒に塗り、白く骨を描いていた。まるで骸骨のように。かなり見た目的にインパクトがある部族。マッドマン同様に、ヨロヨロと歩いているだけのシンシン。

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SILI MULI(シリムリ)という部族は、女性だけで頭に苔のカツラをかぶって、「シリムリ~何とか~♪」と歌って踊った。

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いろいろなシンシンを楽しんだ後に昼飯を食べる。カウカウというさつまいもを頂いた。これがウマイ。地面を掘って、カウカウを入れて下から火を炊いて葉っぱで覆う。そんな蒸し焼きみたいな芋。さつまいもの甘さがウマイんだ。パプアで食べた中で一番カウカウが美味かったんじゃないかというほど。

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休憩の後に、部族同士の戦いのパフォーマンスが行われた。土地の所有を巡って部族同士の争いが始まった。住むにしろ、野菜を育てるにしろ、狩猟をするにしろ、ベースは土地にある。土地があるから人間が生き延びられる。だから、取り合いの争いが生まれる。そして二つの部族が争って、負傷者を出して負けた方が引き下がっていった。

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最後に結婚式。日本の結納みたいに男の一族と女の一族が向かい合って座る。男の家計から女の家系に豚、ヤギ、そしてバナナや野菜が贈られた。そして、両家の主人がそれぞれ大きな声で宣誓のようなことをして、女性が男性の家系側に座り直して嫁入りが完了した。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

一連の儀式が終わり、お祭りも幕を閉じた。ちょうどそのタイミングで雨が降り出したので、バスに乗って宿へ戻った。やはり、この国は夕方になると雨が降り始めて、朝まで降ったり止んだりが続く。この気候によって行動パターンが規定されている気がした。

送信者 パプアニューギニア2011

宿に戻って、夕食を買いに行く。今日は魚にしようと白身魚のフライとカウカウの揚げ物にした。どちらも揚げ物はくどいが、魚自体は淡白でおいしいし、カウカウも程よい甘さがうまいのだ。腹もいっぱいになり、明日のマウントハーゲンショーに備えて水シャワーを浴びて寝た。夜はそこそこ冷え込むので長袖長ズボンに毛布をかぶって眠った。

サンタクロースは2度来ない

2009年に毎月1回程度通い続けていたのが、クリエイティブライティング講座。

好きな雑誌と聞かれたら「coyote」と答えていた。
残念ながら、今は休刊してしまった雑誌だが、coyoteの編集長であり、switchパブリッシングの社長である新井さんの講座に通っていた。
その講座がクリエイティブライティング。
当時、それぞれの言葉を共有した仲間とは、今でも毎年12月中旬にForget me notというイベントで集う。

それぞれの1年間の近況を話し、5分程度の発表を行う。
大半の人が自身が書いたエッセイや小説の朗読をするが、決まったルールはなく紙芝居、歌、映像なんでも自由だ。
そして個人が書いたエッセイや小説、詩は冊子にしてみんなに配られる。
会の締めくくりとして最後にお互いが持ち寄ったオススメの本の交換会し、懇親会へと進む。

僕は、このクリエイティブライティングに参加して、朗読に耳を傾けるという幸せに出会った。
それまでは、あまり朗読を聞くこともなかったが、毎月30人ほどの朗読を聞いていると、本当に好きな朗読に出会えた。
参加者の中で特に3人の方の朗読に、いつもうっとりとしていたのだ。
その中でも、一瞬の間に朗読の中の世界に誘ってくれるストーリーテラーが一人いた。
僕は、その朗読を聞くために通っているといってもいいぐらい、心地よい時間を作り出してくれていた。
毎年12月に巡り会える年に1度のクリスマスプレゼントのようなもの。

そんなメンバーと焚き火を囲んで朗読をしたいという案から、夏休みにキャンプが企画された。
旅と言葉が好きな人ばかり。
あとは、年齢も職業も性別も何もかもバラバラだけど、どこか共通点がありよい雰囲気でつながっている。

トライアスロンや友達の結婚式、トレランレースともうまく日程がずれてくれて、無事に参加することが出来た。
それが、9月10、11日のクリエイティブライティングキャンンプ。

送信者 クリエイティブライティング

参加者のひとりである成瀬さんが岐阜の恵那に戻り、山小屋をひとり造り暮らしはじめたと言うので、舞台はそこに決まった。
恵那までは各自集合。
俺は実家からも近いので、いったん家に帰り朝ご飯を食べて、再び恵那へ向かった。

11時30分過ぎに恵那駅に着くと、仲間がちらほら集まって来た。
半年ぶりぐらいに会う顔は懐かしく、みんなこの2日間を待ちわびている感じがした。

送信者 クリエイティブライティング

成瀬さんや車で来ている方にピックアップしてもらい、小高い丘ひとつが成瀬さんの家のような物で、敷地内ではお姉さんご夫婦がパン屋&カフェを営み、ご両親もすぐ横の家に住んでいらっしゃった。着いた瞬間に、ここは素敵な場所だなと思った。自然に囲まれ、隣の家とは適度な距離があり、丘の上で見晴らしも良い。

送信者 クリエイティブライティング

高速バスで恵那まで来たり、車で来た人が徐々に集まって来た。皆が集まり気がついた。サンタクロースは2度来ないと。一番朗読を楽しみにしていた方が来ないことを知った。サンタクロースは1年に2度やってくることはない。12月のForget me notで、朗読が聞けるのを楽しみに取っておこう。

さて、クリエイティブキャンプのスタートだ。まずは、各班に別れてアクティビティをする。トレッキング班、Gobar(ゴーバル)さん指導によるソーセージづくり、そして釣りの3班。俺はトレッキングコース。車で20分ほど行った、保古山に。1000メートル弱の山にハイキング。みんなで近況を共有したり、今回来ていないメンバーの話しをしたり、山歩きを楽しんだ。ダムになってい湖の湖畔を歩いて、ゴール。爽やかな汗を流した後は、花白温泉でひとっ風呂。

送信者 クリエイティブライティング

17時にキャンプ会場に戻って、バーベキューやら焚き火やら、テントの準備。ソーセージづくりを教えてくださったGobarさんの方々もご一緒して頂けた。とても、気さくで優しい方ばかりだった。薪を集め、野菜や肉を切り、ビールを冷やし、BBQの炭をおこし、テントを張った。そして、星野道夫さんとも焚き火をして語り合っていた新井さんが直々に焚き火を熾してくれた。とても手際よく、炎が揺らめきはじめた。準備は整った。

送信者 クリエイティブライティング

ここで、成瀬さんの作った小屋のお披露目会。正直な所申し訳ないけれども、もっと小さく精度の低いものかと思っていた。ところが、とても立派で、精度は高くひとりでは大きすぎると思うぐらいのサイズだった。さらに、ロフトもありとてもひとりで作り上げたとは思えないほど。そして、この小屋のストーリーを聞いてさらに魅了された。

送信者 クリエイティブライティング

自然と人の折り合いをつける接点としての家としたかったと言う。それを意識して建てたそうだ。大地を傷つけるわけではなく、コンクリートで埋めた固め自然を人が支配するような建て方ではない。河原で大きな石を広い土台として、木は近くの山で切ったB級品を製材所から分けて頂く。その土地にあった建て方で、人と自然がお互いの許容できる範囲を確かめ合って造った家。そして、大型の工具は出来るだけ使わず、自分ひとりでのこぎり、ノミなどを使い、手で大きな丸木を担いで作り上げた。

送信者 クリエイティブライティング

作っている間に、気づいたことがあればそれに従って家の作りを変更して行った。日の出をみるで窓を付け加えたり、人と自然をつなぐものとして縁側を作ったり、もぐらの巣をみるために低い位置に窓をつけたり、鳥箱をつけるために玄関の前に木を残したりと。 そんな山小屋を彼は身の丈にあった家と表していた。そんな暮らしにとても共感するし、実際に体現しているのが何よりもかっこいいし、憧れる。悔しさと言うか嫉妬の心も生まれるが、俺も自分のやりたい世界を実現しようという気持にさせてくれる。。

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山小屋の見学を終えると、BBQの開始。たくさんの肉と、たくさんの野菜、たくさんのビール。どれもとびきりおいしいものばかり。さらに憎い演出が空には真ん丸の月。みんなが、思い思いのスタイルで食べ、話し、楽しい時間を過ごした。山の話しを聞いたり、共通の知り合いが見つかり盛り上がったり、本の話しになったり。

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お腹も満腹になり、話しもひとしきり終えた所で、朗読タイム。今回は自分の文章ではなく、オススメの本の一節を焚き火を囲んで読むと言うスタイル。焚き火を囲んで座る。朗読の前に、まずはGobarの桝本大地さんが焚き火を囲いながらギターで中島みゆきさんの糸を歌った。うたた寝をした時に柔らかい毛布をそっとかけてもらった様な居心地の良い、心安らぐ歌声で空間は包まれた。みんな、あまりの歌声にうっとりとしいった。僕もあまりにも心地よく、とても暖かな幸せを感じた。

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それから、朗読。トップバッターが俺で少々ビックリしながら、焚き火の前で近況報告。先日の佐渡トライアスロンやパプアニューギニアの祭り旅の話しをした。そして、それらを含めて僕が行動する源泉である好奇心と同じような気持を表現した文章を読んだ。小沢征爾さんの「僕の音楽武者修行」の冒頭だ。

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まったく知らなかったものを知る、見る、ということは、実に妙な感じがするもので、ぼくはそのたびにシリと背中の間の所がゾクゾクしちまう。日本を出てから帰ってくるまで、二年余り、いくつかのゾクゾクに出会った。
 神戸から貨物船に乗って出発、四日目に、ぼくにとって、物心ついてから最初の外国であるフィリピンのエスタンシヤという島が見えだした時 ―
 六十日余りの気の遠くなるほど長い長い船旅のあと、何日ものスクーター旅行でパリにだんだん近づき、やっとパリのセーヌ河のふちにたどり付いた時 ―
 少々空想的に考えていたチロルで、銀雪に輝く山頂にスキーで登って、ギョロリと山々を見まわした時 ―
 また、ヨーロッパから飛行機でボストンに飛び、機上から初めてアメリカ大陸を見た時 ―
 ニューヨーク・フィルの一行と、太平洋の上を飛んで来て日本の土が見えた時 ―
 これらは、いま思い出してもそのゾクゾクの代表的なものだ。
 しかし、まだある。

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それから10人が続いて、休憩を挟みまた10人。最後に新井さんが朗読された。朗読された本の中には、僕も読もうかと悩んだ池澤夏樹さんや角田光代さん、開高健さんの本の一節が読まれた。同じような感覚をもっている人が多いんだなと改めて実感した。話者は満月を背に、焚き火を前に、聴衆は大地に座り 秋風を感じ朗読を聞き惚れていた。最高に心穏やかなあたたかい幸せの時間が流れた。みんなたくさん食べ、たくさん飲んで朗読なんて出来るのだろうかと思ったが、みんなしっかりと朗読し、聞き入っていた。それだけ、みんなが言葉に敏感なのだろう。最後にまた大地さんが美空ひばりさんの「愛燦々」を唄い締めくくった。

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何時になったかも知らぬまま、月の位置がBBQを始めた頃と比べてだいぶ高くなったなーと思い、眠たくもなったので眠ることにした。テントもなしで空を見上げて大地に包まれて寝た。世界は柔らかく、温かく、風がやさしく子守唄を歌い寝かせてくれた。こんな完全な野宿は久しぶりだったかもしれない。

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翌朝も早く目が覚めた。日の光を浴びて。朝の空気の気持よさが違った。もちろん都会の家で目覚めた朝とも、自然の中でもテントの中で目覚めた朝とも違った。昨夜の片付けをして、朝食の準備。パン屋さんが作って頂いた、サラダにパン、卵。パンは焼きたてのうんまいクロワッサン、レーズンやナッツがたくさん入ったパン、そして食パンにコーヒー。もちろんGobarさんのソーセージも。青空の下で、みんなと話しながら、こんなにうまい朝食ってのは幸せだ。食べると言うことは自然の恵みを頂いていることだって、当たり前のことを感じることができる。そして、おもむろにGobarの桝本進さんが取り出したのが、骨付きハム。新井さんもこれはうまいから、切ってほしいと。骨に着いた肉をナイフでスライスして行く。皿に並ぶとみんなの手が次々と伸びて行く。俺も楽しみにして食べると、うまい。なんだこの肉のうまみは。こんなにうまい肉は久しぶりに食べた。最高にうまい。

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肉はほとんどナイフで切り落としてしまったけど、まだシャブリ着けば食べれそうなので、食わせて頂いた。骨についた肉がまたうまい。もう、たまらん。なんだか、野生に戻って肉を食べている感じ。みんなからは、オフィスワークよりも似合っているねという半分褒め言葉、半分あきれたという感じで(笑)「だって、うまいんだもん」という小学生並みの発言をしてしまった。

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そして、朝食も終わり、最後の本の交換会。くじ引きで交換する本を決めて、最後の感想を共有する。俺は、山田詠美 さんの「せつない話」第2集をもらった。自分では買わなさそうなジャンルの本だ。だからこそうれしい。どこか共通点がある仲間がお勧めするのだから、好きになる可能性は高い。けれども自分では買わない、そんな本に出会えるとても貴重な機会。読むのがとても楽しみだ。僕は、成瀬さんの家のコンセプトの話しとそれを実現していることへの尊敬、そして自然の中で迎える朝の瑞々しさ清々しさ。最後に、最近は野菜が好きと言っていたけれど、骨付きハムを食べてやっぱり肉が好きだと気づいたことを話した。日々食べている肉は、生き物の味すらしない工場生産の肉のような肉だったのかもしれない。そな時に、この骨付きハムを食べた。特に骨をもってかぶりついた時。その豚の足の骨の太さとしっかりとした重厚感を感じ、それに食らいつく。生き物を頂くことに真正面から向き合っている感じがした。そんな事もあって、頂く動物に対する感謝もこめて肉が好きと言いたくなったのかもしれない。

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本の交換会も終わり、2日間に渡ったクリエイティブキャンプも終わり。最後に、みんな別れを惜しんで立ち話をする。僕も新井さんと何人かで話しをしていた。新井さんが一緒に話していた仲間に対して、「寺町は裏切らないやつだからいいよ。」と話した。その言葉がとても嬉しかった。新井さんは自分が好きな人に話しを聞きたい、だから雑誌を作ると言って、本当に雑誌を作られ好きな人にインタビューをしたり、自分でも表現したいとエッセイを書いて表現されている。そして、もう25年以上もその会社を続けられている。本当に尊敬する生き方をしてる方だ。そんな方に、「寺町は裏切らない」と言って頂くとうれしいと同時に、しっかりとしないといけないと身が引き締まる思いだった。

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最後に記念撮影をして、みんな駅へ向かう人東京へ帰る人と方々に帰って行った。僕らは4人でGobarさんの工場へ。工場を見せて頂くと同時に、惚れ込んだ骨付きハムを買わせて頂いた。小規模ながら、本当に真摯にハムづくりをされているというのが感じられる工場だった。それから、昨日からずっとご一緒し、工場を案内して頂いた桝本進さんのご自宅も見せて頂いた。桝本さんは若い頃に何年もネパールのルンビにに住み水牛を飼って生活していたと言う。それから、流れに流れて恵那の地にきて、ハムを作っていらっしゃる。

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桝本さんの家も丸木で作った立派なログハウス。眺めがよい高台にあり、外にはビザ釜と焚き火スペースがある。みんなで夜な夜な焚き火を囲んで語り合える幸せな空間。部屋の中にも薪ストーブがあり、囲炉裏があり、ハンモックがある。木のぬくもりで落ち着く手作りの空間。

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桝本進むさんは目尻にしわを寄せて、本当に優しくにんまりと笑う。ただ、その笑顔をみているだけで心穏やかになるような仏さまのような笑顔。そんな笑顔で、進さんは話してくれた。「田舎で楽しく生きている、そんなことを実現しているってだけでいいのかなと思うんだ。」「それをみんなに宣伝しなくても、繋がりで人がきて知って体験してくれればよい。家に何日とまってもいいんだよ。ハム屋の仕事はいくらでもあるからね。暇つぶしもあるし。」と。

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なんだか、この家と、笑顔と、この言葉だけで、全てを教えていただいたような気がした。それと、パン屋さん成瀬さんのライフスタイルにもとてもハッとさせられた。本当にいい時間を過ごさせてもらった。coyote がつないだ縁。関わった全ての人、企画してくれた仲間に心の底からありがとうございました。

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そして今年のクリスマスプレゼント「Forget me not」は12月17日に行われる。

スイッチパブリッシング
http://www.switch-pub.co.jp/

Cultivateur(キュルティヴァトゥール)
http://www.cultivateur.jp/

山のハム工房 ゴーバル
http://gobar.jp/

聞き惚れる声
http://teratown.com/blog/2009/12/11/euiea/


クリエイティブライティング
http://www.teratown.com/blog/2009/11/29/eaceeeiioae/