「未分類」カテゴリーアーカイブ

2006-01

http://www.teratown.com/blog/archives/2006_01.html

January 31, 2006
要はタダ一つなんだが
要は、「やるかやらないか」これだけなんだ。
メモをとることが重要、タスクのプライオリティをつけるのが重要とかよく言う。
それとか、メモのテクニックとか。
たしかに、これらは「やる」ための、よりやりやすくするための方法だ。
まあ、仕事では効率よくやるために重要なんだけど。

しかし、やってもやらなくてもいいこと。
そんな時はどうか。

プライオリティをつけたからってやるわけでもない。
それが人間だ。

たぶん、そこで「やるかやらないか」は周りの環境要因とかもあるが、人間の何らかの「感」なんだろう。
一方で、社会生活を送ってきている。
ワクワクしなくても絶対やらなきゃいけないことはやってきたから、社会で生きてこれた。

それに、どうしてもやりたいことはこんなこと考えずにやってしまうものだ。

だったら、特に意識しなくてもいいのではって考えもありだと思う。

Posted by takeshi at 12:49 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 30, 2006
禁断の科学
禁断の科学というタイトルでNHK教育でシリーズでやっていたみたい。

何気につけた教育テレビでやっていた。しかし、最終回。残念。

今日は遺伝子について。

よくある話なんだけど、デザイナーベイビーの話で二つ思った。

デザイナーベビーってのは、生まれてくる前に遺伝子的に障害を持ってないかチェックする。そして、障害がない子を選択するってこと。アメリカでは合法。

ひとつは、生命を選択するのは神に反するといっていた夫婦が、実際に子供を選択したこと。
神に反すると拒絶反応を示していた。そして実際に第一子が障害を持って生まれた。二人目は生まないと決めていたが、この技術を使うことは神に反することじゃないと考えを変えて、子供を選んだ。これは、よくある人間の心理変化だと思う。別に悪いことだとも思わないが、人間って形があると選択する(命を絶つという意味で)ってことは出来ないけど、形が人間の形じゃないと抵抗少ないんだよなぁ。たぶん、それはこの形の人間が生きているという社会で生きて、それが脳に刷り込まれて慣れているからなんだろうけど。そう思うと、「形あるもの」ってスゲーことなんだよな。実在することの意味ってのかなぁ。たぶん、究極に大切とされる人間でもそうなんだから、他のものにもいえるのだろう。形のあることの意味の大きさ。
二つ目は、遺伝子操作して子供ができるんじゃん。ある意味、偶然生まれてきたけど、作ろうと思ったら同じ遺伝子で作れるんだ。じゃあさ、別に俺ってたいしたことないじゃん。というか、遺伝子が一緒でも別人なんだけど、それは分かるが、作ろうと思えば、俺と同じ遺伝子を作れるわけだ。自分のことを特別と思うこともしょうがないよな。Aさんも偶然そうなったんだし、Bさんもしかり。それでって話だ。まあ、人間形成には先天的と後天的なものがあるからなんともいえないんだけど。まあ、言いたいことがまとまってない。まあ、人を蔑んで見たり、調子こかないでおこうって自分への戒めの理由としての材料でした。

http://www.nhk.or.jp/shiruraku/200512/monday.html
Posted by takeshi at 11:17 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
SECがフェイクサイトを作って投資教育
視点論点を見ていて驚いた。
アメリカのSEC(米国証券取引委員会)はフェイクサイトを6つぐらい造っている。

そして、そのフェイクサイトをクリックするとSECにつながりそんな甘い話はないと警告するらしい。
こんな投資教育があるらしい。

話していたおっちゃんは、実践的な投資教育といって評価していた。
驚き、日本の組織では出ない発想だろうな。
Posted by takeshi at 11:01 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
コメントスパムが
コメントスパムが数分の間に、何千きたためにサーバーに負荷がかかってロリポップ先生からメールが。
パーミッション設定を変えられたので、コメントが出来なくなってます。
こういったときのサーバー側の対応はパーミッション変えるんだとはじめて知った。

とりあえず、3日以内に対処しなとアカウント停止らしいので、コメント消したりIP禁止したりします。コレをしても、何も解決しないんだけどね。そろそろバージョンアップしますか。

でも、その前にバックアップとっとかないとな。エントリーが大量すぎてローカルに落としたらフリーズしたので、どっかのサーバ借りてぶち込もうかな。でも、かったるいなー。
PHSまた壊れるし、コメントあらされるし、ADSL解約しようとしたら、POINTがDTIに買収されたか譲渡かしらんが変わったのでごちゃごちゃして解約めんどくさい。

電気、ガスなども一気に停止の予約したんだけど、事務手続きってこうめんどくさいのだろう。
一発で引越しの事務作業が終わるようなサービスないんですかね。代行サービスでも。

国民総背番号制になっても、このあたりは解決しないしなー。
ウェブですべて出来るようになっても、引っ越す時はらくでいいんだけど、次の引越し先ではネットワークにつながらないしな。となると、公衆無線ランが使えるってのがポイントだな。それさえ使えれば、すべてウェブで出来るはず。インフラ会社の方、ウェブですべて済むシステム作ってください。

Posted by takeshi at 05:35 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
PHSメールまた不通
PHSメールまた不通になりました。
この前修理したのに。

めんどくさい。willcomの機種、特に京ぽんはよく落ちるといううわさを聞くが、まさにその通り。
アラートが携帯と言うよりも、PCチック。
メモリ不足とか。
システムがなんとかこうとか。
もともと、携帯もそういった仕組みなのだが、今までの携帯ではそういったアラート表示はなかったから、PCっぽいと感じるのだろう。

ついでにバックライトもつかない。

また、修理に出しに行かないといけない。
めんどくさい。

Posted by takeshi at 01:58 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 29, 2006
新・世界の七不思議
新・世界の七不思議の最終候補21が発表された。
日本からは清水寺。「えっ」って感じなんですけど。
清水寺が創られた経緯に何か不思議でもありますかね。
イマイチ候補に挙がった理由が分からない。

あと電話投票のみみたいです。世界中から電話投票できるみたい。

日本からは安藤忠雄さんが審査員かなんかで参加しているみたい。

こんなんがあるんだなぁと思ったので、ただ単にメモ

新・世界の七不思議の最終候補21
(1)アテネのアクロポリス(ギリシャ)
(2)グラナダのアルハンブラ宮殿(スペイン)
(3)アンコール(カンボジア)
(4)ユカタン半島のチチェンイツァ(メキシコ)
(5)リオデジャネイロのキリスト像(ブラジル)
(6)ローマのコロッセオ(イタリア)
(7)イースター島のモアイ像(チリ)
(8)パリのエッフェル塔(フランス)
(9)万里の長城(中国)
(10)イスタンブールのアヤソフィア聖堂(トルコ)
(11)京都の清水寺(日本)
(12)モスクワのクレムリン宮殿(ロシア)
(13)マチュピチュ(ペルー)
(14)ヒュッセンのノイシュバンシュタイン城(ドイツ)
(15)ぺトラ(ヨルダン)
(16)ギザのピラミッド(エジプト)
(17)ニューヨークの自由の女神像(米国)
(18)ストーンヘンジ(英国)
(19)シドニーのオペラハウス(オーストラリア)
(20)アグラのタージマハル(インド)
(21)トンブクトゥ(マリ)

http://www.n7w.com/

世界の七不思議は以下の7つらしい。しかし、一般に言われている7つとフィロンって人の7つは一つ違っているみたい。

wikipediaより

ギザの大ピラミッド
バビロンの空中庭園
ロードス島の巨像
オリンピアのゼウス像
エフェソスのアルテミス神殿
ハリカルナッソスのマウソロス霊廟
アレクサンドリアの大灯台(フィロンが選んだ七不思議には入っていない)
バビロンの城壁(一般的に言われている七不思議には入っていないが、フィロンが選んだ七不思議には入っている)

Posted by takeshi at 08:00 PM | コメント (0) | トラックバック (1)|
January 28, 2006
上野周辺
スカイザバスハウスへいき、芸大の美術館に行った。

世界遺産からのSOS
-アジア危機遺産からのメッセージ-写真・映像展

東京芸大の美術館でやっていたのでいった。
平日に美術館にいくと、豊かな気持ちになる。人も少なくてゆっくり見れるからだ。

アフガンのバーミヤン、イランのバム、カンボジアのアンコールワット、フィリピンのコルディリエーラの棚、ネパールのカトマンズなどが紹介されていた。その他にも映像で世界遺産が流れていた。

一番はアフガンのバーミヤン。あれは圧巻だった。
芸大美術館で伊藤隆道展もやっていたのでいく。入った瞬間、異次元に来た感じ。
http://www.mov-art.co.jp/takamichi/

原美術館と日本未来科学館に行きたいなと思う今日この頃。
Posted by takeshi at 04:00 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 26, 2006
ごちそうさまは言うけど
今日、1限のテストを終えて二郎に。卒業したらあまり来ないだろうということで、通った。
月曜日から木曜日まで四日連続。
駆け込み需要と言うものが発生することを身をもって体感した。
三田二郎よ当分さようなら。

で、二郎で思う。二郎では1時間ぐらい並ぶのだがその間、いつも本を読んでいる。この時間はスゴイ有意義である。読書の時間だ。それに、いろいろな人を見てきたし、おやっさんの行動や発言、そして弟子との関係など、あれだけ通っただけあっていろいろ気づかせてもらった。

で、今日ふと思う。

二郎の客は、「ご馳走様」と言う。礼儀正しい客だ。
普通お店で、ごちそうさまと聞かないことが多い。
しかし、聴くときも意外とある。
しかし、ごちそうさまは言うけどいただきますは言わない。
これはめったに聞かない。お店でいただきますといっているところはほとんど見たことがない。

何でだ?
終りよければ全てよし、だから?
立つ鳥跡を濁さず?だからか?
しかし、コレは何も言っていない。日本人の文化と言うか感情にこういった精神が染み付いているからなのか?

それとも「いただきます」「ごちそうさま」の言葉の成り立ちに違いがあって、そこに理由があるのか?
前と後の印象の変化か?それは、食べる前は店から何ももらっていないが、食べた後は店からもらった。だから感謝の意を表すのか?

そもそも、ごちそうさまは店主(おっさん)にいっている。こんな旨いものを食べさしてもらってありがとうと自然に出てくるのかもしれない。食べる前は満足いくかどうかの判断がつけられないが、食べた後は満足して、その気持ちを伝えたいと。

そもそも、家で「いただきます」「ごちそうさま」は抽象的なものにたいして拝んでいる。食べられることやその環境に感謝しているのだろう。

いただきます、ごちそうさま、でこんなことを考えるとは。相変わらずだなw

Posted by takeshi at 09:56 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 25, 2006
テラカード
テラと聴くと、見るとつい気になる。目が行く。
「テラカード」とは聴きなれない言葉。決して俺の写真ブロマイドではない。そんなもの売り出したら売れすぎて売れすぎて困ってしまう。アイドルもビックリだ。冗談はさておき、このテラカードとは「便りとともに種と培養土が付いてくるメッセージカード」らしい。

名前が気になったのでメモしました。

このブログの名前、自分へのメモブログって変えたほうがいいんじゃないかとも思う事もある。

Yahoo!辞書 新語探検より

テラカード (2006年1月23日)
——————————————————————————–
便りとともに種と培養土が付いてくるメッセージカード。メッセージを届けるだけでなく、植物を育てる楽しさも送ることができるカードとして人気を集めている。イタリアの建築家アレサンドロ・コロンボとパオラ・ガルブジロが考案したもので、インターネットの通信販売で手に入る。カードの表面のシールをはがすと、ネットに包まれ圧縮された培養土と種が入っている。種をいったん取り出して、培養土が3センチメートルぐらいの高さになるまで何回か水をやり、土が十分に湿ってから種を3~5ミリメートルの深さに埋める。湿った状態を保つよう、欠かさず水をやると1~2週間で芽が出る。芽が出たら植木鉢や庭に植え替えて、植物の成長を待てばよい。種はキュウリ、レンズ豆、トマト、朝顔、デイジー、ヒマワリの6種類。価格は735円。

Posted by takeshi at 11:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
それであなたは何が出来るの?
昨日NHKのプロフェッショナルを見た。杉野英実さんという世界的な賞を取ったパティシエの方であたった。

で、気になった言葉があったので、メモった=ブログでエントリーしたはずなのに出来ていなかった。。
ショック。あの時、聞いて感じたことを走り書きしたもので、その時のもののほうが率直な気持ちを反映した文章だろうから、消えたのはショックである。しかし、メモとして残しておきたいので再度書く。

「それであなたは何が出来るの?」って言葉が気になったのだ。彼がどんな状況で言われたか忘れた、奥さんに言われたのか、フランスで修行中に師匠から言われたのか。覚えていない。さらに一字一句一緒かと言うのも怪しい。しかし、こんな内容のフレーズであったことは確かだ。あまりに、この言葉が心に刺さってきたので前後の記憶が飛んだ。

この言葉自体は、たまに聴く言葉かもしれない。でも、なかなか鋭いというか、キツイ言葉だと思う。

「それであなたは何が出来るの?」

たいして何も出来ないのに、すぐ調子をこいてしまう性格だ。
自分が生きていくうえで、ターニングポイントになる時に自分に問いかけたい言葉である。

それであなたは何が出来るの?

Posted by takeshi at 09:55 PM | コメント (3) | トラックバック (0)|
January 24, 2006
デジタルモニタ
京浜東北線に乗った。すると、何か違う。
車内中吊り広告があるところにモニタがあった。おお、なんだ?って思ったら、日本テレコムとJRが共同でやっているみたい。これがデジタルモニタと呼ばれるもの。

まあ、たいしたことはないのだが、 88.1ヘルツにあわせるとFMラジオで音声(ニュースなど)が聞こえたり、 無線LANでデータ受信できる。

電車に乗っているときに、FMラジオつきのmp3プレイヤーを持っていたので、 88.1ヘルツにあわせると音声が聞こえてきた。基本的に電車では車掌のアナウンスしか公式なものとしては聞こえてこない。山手線にモニタが着いていて、そこではクイズが流れたり、ひとこと英語が流れたり、CMが流れるが音はない。まあ、パブリックなスペースでいろいろな人がいるから当たり前なのだが。で、今日はモニタの映像と音(FMで)が連動する。これは、今までの人生ではなかったことなので、新鮮味があった。

日テレニュースも流れてた。日テレとこの2社ってつながりあるのかな?それとも、京浜東北沿線に本社があるのが日テレだから、ここを無視して他の局を使えないとか?

http://www.japan-telecom.co.jp/release/2005/jul/0705/index.html

Posted by takeshi at 05:10 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
January 23, 2006
薩摩白波
このCMいい映像使ってるなーとついつい眺めていた。
そして、CMが終わるとき、また驚かされた。酒のCMなのだ。やっぱり、酒のCMが良い。
なんでだろうね。基本的に、酒はまったりしたいときに飲む。まったりする、癒しと言うと「自然」なのだろうか、だから雄大な自然の映像を使う。さらに、酒といったらキレイでうまい水が重要。ってことで、水がある自然のCMになるんだろうな。

で、俺はそんな映像が好きと言うことですな。

まあ、競合他社が、しっとりとした大人なCMをして高級路線でブランディング化してきたので真似してるだけかもしれませんが。

iichikoにはじまり二階堂(以下のエントリーリンク)もすばらしいCMだった。
白波の広告
会社のウェブ

以前のアルコールと言うか酒のCMのエントリー
iichiko desgin二階堂-お酒のCMが洗練されているわけ-

Posted by takeshi at 09:40 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
Next-11
next eleven というものがGoldman sachs から昨年末発表された。BRICsに続くもの。あと1,2年したらネクスト11とか言ってるのかな?

次の成長市場Next eleven(11ヶ国):ベトナム、韓国、トルコ、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、インドネシア、イラン、ナイジェリア、エジプト、メキシコ。

この中で、ブリクス諸国を抜く(同じぐらい重要になる)可能性がある国としてメキシコを上げている。キター。メキシコだ。って感じですねー。もしかしたら韓国って書いてありました。
以前のエントリーでBRICsのsは南アフリカかなって書いたエントリー「s」この時、「s」で始まる国って、韓国か南アフリカかスロベニアかスウェーデンかスーダンかソマリアかサウジアラビアかシンガポールかスリランカかスペインかスイスかって考えて、まあ南アフリカか韓国かなって思った。でも、韓国はもうその域を超えているかなってのと、日本人がそういうと近隣諸国ですぐ思いつく国だから安っぽい気もして南アフリカにしたのでした。

実際に韓国のパワーはスゴイ。日本にいるより世界に出ると感じる。LG、サムスンなど世界の隅々までいきわたっている。実際の製品もだし広告も半端ないレベルだ。日本は車にしろ電化製品にしろ伝統があり高機能な商品を提供する会社がたくさんあるので、ドメスティックの製品ばかりで、外国の製品は少ない。だから、輸入も少なく、外国の企業の躍進を肌で気づくのが遅くなる気がする。

国の特長によって、外国でしか感じれないことの一つですな。

www.gs.com/hkchina/insight/ research/pdf/BRICs_3_12-1-05.pdf

まだ読んだことないけど、この本も一緒に読むと良さそうな気がする。

いつものように自分へのメモ。

ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略
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*国王とエントリーがかぶってた。以前もappleのCMでかぶったことあったな。
Posted by takeshi at 04:50 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
January 20, 2006
PHS帰国
里子に出していた、PHSが元気になって戻ってきた。

しかし、中のデータとかはさようならしてた。

そんな感じです。

Posted by takeshi at 02:23 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 19, 2006
職人技とリズム感
町を歩いていたら、リズミカルな音が聞こえてきた。
でも、音楽とかやってそうじゃない場所。
下町と言うのか、中小企業がある町だから。
心地よい音だなーと思って、音の先を見た。

すると、かなづちを使って、何かをたたいて作っていた。
何か微調整をしている感じだった。

ああ、職人の技って音楽のようにリズミカルなのかも知れないと思った。

そういえば、職人恐るべしです。
職人魂ってすごいと思う。
先日、和紙職人と話した時に感じた。

Posted by takeshi at 02:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 16, 2006
カードが割れた
学生証とかカードが2枚続けて割れた。正確にはひびが入った。
カードはもちろん財布に入れているのだが、その財布には鍵がついている。

だから、鍵がカードにぶつかり続けていたのだ。プラスチックのカードは四年間鍵がぶつかり続けると割れるということが分かりました。

上下を逆にしてカードを片付けるとか、日々そうした工夫をしていれば割れなかったのだろう。
Posted by takeshi at 08:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 15, 2006
連絡:::PHS故障中
PHSがついにお亡くなりになられました。

電話はつながる時もあるみたいです。
電話帳とメールは完全にアウトです。

気が向いたら新しいPHSに変えてくる予定です。

連絡は携帯かPCメールまでお願いします。
PCのメールアドレスはこのブログの左上の写真の下にあります。

あ、もし良かったらアドレスと電話番号を携帯かPCメールに送ってください。

そういえば、ねじると電源が着く故障した携帯を持っていたこともあったな。

Posted by takeshi at 10:02 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
この世界は美しい
この世界は美しい

Posted by takeshi at 06:43 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
結果的に時間がかかっているということ
広川泰士さんの「惑星の音 ~SOUNDS FROM THE PLANET ~」ってのが抜群にいい。

TIMESCAPESも抜群。特に惑星の音が好きかな。

2005年12月20日(火)~2006年2月5日(日)
10:00~20:00(最終日は17:00閉場) 会期中無休・入場無料
http://www.meridien-grandpacific.com/facilities/gallery.html

惑星(ホシ)の音―広川泰士写真集
 広川 泰士

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音のない世界

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Posted by takeshi at 05:40 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
中長期でのバランス感覚
短期でみるとちょっと暴走気味と思う人(考えや行動)でも、中長期でのバランス感覚(補正能力)を持っている人は魅力的に映るし、面白い。エッジがきいている人という感じ。しかし、その人の人間全体を見ればバランスが取れているようにも見える。

短期でのバランス感覚を持っている人は、なんか突き抜けてない。なんか中途半端っぽくなってしまう。何かやろうとするとリスクを考えてしまって出来なかったり。なんでもかんでも丸くおさめようとする。面白みにかける気がする。

これは考え方とか行動とか全般にいえるんじゃないかな。短期では両極端に触れても、その触れたことに少し時間がたってから気がつく。

中長期間たってから気づく人、気づく仕組みってなんだろうか。これを兼ね備えればいいのだ。
そんな人はどんな人だろうか?まず何かに全身全霊を掛けれるというか没頭できる人と言うか無我夢中になれる人というか、自分がこれだと思ったことのためにすべてを賭けれる人。そうであって、他者とのコミュニケーション、ガチンコで話す機会がある人だろうな。で、その時には冷静になってというか、自分の主張だけが正しいと思わずに、謙虚になって相手の立場に立って考えられる人。こういう人だろうな。
率直に物事を言ってくれる仲間がいること。
自分が、何かを始める前に思ったことをメモしておいて、あとから見直せる。そんなことをしておくといいんじゃないかな。
Posted by takeshi at 04:13 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
January 13, 2006
卒業旅行とか
大学の友達となんか卒業旅行の話になった。彼はブラジルに行くかもといっていた。Bricsのうち、インド、中国に彼はいっているので次はブラジルを見てくるみたいだ。面白そう。ブラジルの行きたいところレンソイスとかエマス国立公園とか。

で、俺は中国にやっぱ行きたい。今の中国を見ときたい。それで、北京インで上海アウトで行こうと思う。でも、まだ詳細を決めていないのでそろそろ決めよう。チベットはもちろん行く予定。チベットがメインだけど。

それはいいのだが、卒業旅行ってなんだという話になった。

1・友達と何人かで行く。
2・学生最後の海外旅行
3・メジャーな場所かつリッチっぽい国

じゃあ、俺が上海はどうかと言ったら、3番はクリアーしているという結論に。北京はギリギリセーフ。まあ、すなわち、我々は卒業旅行とはいえないようだ。でも、卒業旅行って響きもいいよなーって思ったけど。卒業旅行は旅自体を楽しむというよりは友達との思い出作りってことなんだろうな。

そういえば、ab-roadのページが更新されてたりした。旅に出る前は大量にウェブサイトを見まくるわけだ。チケットを探したり、行く場所を探すために。もちろん、徹底的に最安値を狙う。だから、相当チケットサイトは知っている。結果的に最安値よりも、オープンジョーとかで少し高くてもコストパフォーマンスが良いものを選ぶのだけど。

旅の途中の楽しさとは違ったワクワク感が、調べるという行為にはある。

みなさん、それぞれの旅から帰ったら話とか写真とか見せてください。

Posted by takeshi at 09:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 12, 2006
ネット社会的な感じ話とか
やっぱり人と話したり、人が話しているのを聞いたり、コミュニケーションっていいものだ。たった一言をきっかけに自分の中でいろいろなことを駆けめぐらすことが出来る。

今日、茂木さんといとうせいこうさんの話を聞いてきた。いつものように面白い。
体をメディアとするってことを思い出したことや徒労なことがあるからこそ短期記憶でも長期記憶でもない感情記憶が生まれるとか、クリエイション(新たな芸術など)の爆発&それ以降は下り続ける、下級社会(月並みだけど最近これ気になってる)、究極のアナログは身体とか、すべてはone of themとか新たにきっかけになった考えや俺の思ってることって内容も。そういえばapple storeで一曲無料のiTMsのカードをもらった。

で、ネットはスケールフリーだけどテレビは(上下の)システムって話の後に、ネットとかSNSとかはいろいろなグループ(一塊)が並列にたくさんある。自分の手が伸びる範囲までは理解可能だが、全体を分かる人はいないってこと。だからこそ自己増殖のように増えるんだけど。で、さらに続く、SNSとかブログとかのコメントはある種の貨幣であると。地域通貨というか。give & takeというか。貨幣のはじまりに似ているという話がしっくりきた。

人気になるブログってなんだろうとごたごた考えたが、細かいテクニカルなことどうでもいいように感じてきた。どうでも良くはないのだが、そんなことよりも以下の二点だな。

・地味にでも続けること。
・本気のエントリーをする(自分が本当に書きたいと思ったことしか書かない。感情がこもってるかどうかってことだな。)

地味にブログを書いて2年以上。書く習慣がついたな。
Posted by takeshi at 01:20 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 11, 2006
どこなのこむ
どこなのこむってサービスを知った。旅の無料地図ってやつ。

旅のルートをけっこう細かく分かる。旅先からも更新しやすいし、よく分からない土地の名前を書いてブログを書くよりも地図だから視覚的に分かりやすいだろうな。

今どこにいるか一発だ。更新すればね。
このサービスにもう少し何かを加えると面白くなりそう。
更新がもっと気軽に行えると最高だな。更新したくなってしまう仕組みとかしかけでもいいんだけど。

Posted by takeshi at 11:18 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
NEUTRAL 水こそすべて 下巻 ―水と地球―
有楽町で降りてアップルストアに行く途中、交通会館一階の本屋のガラスに目がいった。この写真はなんだと思った。雑誌がガラス張りの壁にディスプレイしてあった。その表紙はニュートラルのものだった。
おおっと思い、店内へ。時間がなかったのでぱらぱらとしか見れなかったがすばらしい。かなり写真がすばらしい。氷河の写真、ウユニの雨季の写真、アフガンの写真、チベットの写真、ナミブ砂漠などなど。

水の音のCDつき。

ウェブが新しいデザインになっていた。
NEUTRAL 水こそすべて 下巻 ―水と地球―

以前のニュートラルのエントリ

第5号(水と人間篇)に続き、待望の下巻が登場。
今号は“水と地球”との関係を焦点にして、世界中を旅しました。
ノルウェーの氷河に見た本当の水の色、
今なお津波の爪痕を残すスリランカの現在。
マリ、ニジェール川の悠々なる流れ、
アフガニスタンの厳しい自然の中にある美しき湖……。
地球には水があります。この特集を読めば、
このありふれた事柄が奇跡に感じるはずです。
「水こそすべて」―それ以上でも以下でもない。
地球と水が織り成す奇跡を感じてください。

ニュートラル(6) NEUTRAL
 
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Posted by takeshi at 08:07 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 10, 2006
おんたけさん?みたけさん?
昨日は御岳山(みたけさん)に登った。

今までは同じ友達としか山に登ったことがなかったが、初めて違う友達と登る。

連絡があって、御岳山に登ろうとメールが来てたので御嶽山(おんたけさん)だと思っていた。けっこう大変だよなって思っていた。で、調べたら御岳山(みたけさん)。低い山でスイスイでした。

登ったルートの地面が舗装されていたのが問題。でも、久しぶりの山で気持ちよかった。そういえば、12月14日に高尾山に登ってました。

ということで、山登ったっていうメモ。

Posted by takeshi at 11:39 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 08, 2006
星空指数
星空指数なるものがあるらしい。初めて知った。まあ、天気予報をする段階で自然に分かるものだろうから、対して指数を出すのにコストはかかってなさそう。

他にもヤフー天気予報を見ていたらこんなのがあった。どれもコストをかけずに、出してそう。でも、こうやって出てるとなんか面白い。今までやっていたことにほんの少しの手間をかけるだけで新たな価値を生んで、それがお茶目だったり、笑えたり、実際に新たなものが生まれたことによって思いもつかないことを
発見したりする。こんなの好きだな。

指数情報
-通年-
 洗濯  紫外線
 傘 星空
-冬季-
 風邪ひき  鍋物
 肌荒れ

Posted by takeshi at 12:51 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 06, 2006
NHK教育に育てられる
暇な時はたまにNHK教育で子供番組を見る。普段は見ることがないから、新鮮味があって面白い。UAって歌手が♪真っ赤だな 真っ赤だな~ ・・・ もみじの葉っぱも真っ赤だな♪って歌ってた。

この番組は何回も見ていたのだが、今日気づいた。俺らのコロはもっといかにもマジメって感じの番組構成だったし、いかにもマジメって感じの歌い方、歌っている人も同じ。服装も髪型も。

テレビってものに対して何かオーソリティを感じる。今の俺はもう何も感じないが、小さい頃と言うのはテレビに出る人は遠く離れた存在と言うかスゴイってイメージがあったと思う。今は生まれた時からインターネットがある子供たちなので、そんなテレビを特別視しないかもしれないんだけど。でも規制とユーザーがコントロールできないという点においてなにか特別なものを感じるんじゃないかな。

そのテレビで奇抜な服装や髪型をしている、癖のある歌い方。それを小さい頃毎日見ていたら、俺らが持つ価値観とはまた別の価値観を持つだろう。なんか自分の中で勝手な規制をつくらないというか、これは常識に反しているとか、勝手に思ってしまうことがないんじゃないかな。で、自由な発想が出来るようになりそう。この世代が大人になったら、すごい面白い価値観で生きてそうだし、いろいろな面白い発想の商品も生まれてくるんだろうな。

それに、いかにもマジメって感じではないという点では昔と違うが、NHK教育の番組はテイストが違うのが多い。昔はいかにもマジメって番組しかなくて、その価値観にしか影響されていない。例えば今はピタゴラスイッチもまたテイストが違う。(対象年齢が違うからかもしれないが)。お母さんといっしょは昔から変わっていない。いろいろなテイストの番組がある。こういった異なったテイストで奇抜と言うか面白い自由な発想に基づいて作られた番組を見ていたら、子供それぞれツボにはまる番組が違うだろうから、本当に多様な価値観で無意識の思考段階で何にも縛られない人間が育つんじゃないかな。
NHK教育って影響力でかいよ。小さな子供に大きな影響を与える点で日本で一番影響力でかい放送局かもよ。大人になってからの価値観への影響はその日と自体を作り上げるし、人々の価値観が社会を作り上げるんだから。

Posted by takeshi at 10:23 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
bBからVOXY
当たり前なんだけど、VOXYのCM見ていて思った。
昔、トヨタは若者からの支持があまり強くなかった。最近はそんなイメージはあまりない。ついこないだもbBの新型車を面白く発表した。iPodとかの携帯ミュージックプレーヤーが巷で大ブーム、それに乗じてうまい宣伝をやった。まずはじめTOYOTAが携帯ミュージックプレーヤーを発売するというニュースだけ流す。ついでに詳細は何月何日と発表。ウェブもそれっぽい興味を持たせるサイトにしてあって。すると、みんなトヨタが携帯ミュージックプレーヤーを今更発売するのかよ。それに業種違うし、って話題に。
発表までみんな興味を持って社会でもブログとかニュースでも話題に。この時点でトヨタの勝ち。で、発表。なんとbBの新型車でその車にはスピーカーが9つかな。若者は音楽が好きで初めから音楽を聴くのに適した車になっている。それで、車自体を動く携帯ミュージックプレーヤーと表現したのだった。みんなやられたという形になる。世の中の話題をさらうにはうまいやり方だよな。

って、関係ない話が長くなった。VOXYのCM見ていて思った。当たり前のトヨタの戦略なんだけど、若い世代にbBを買ってもらって、その人たちに子供が出来てbBじゃ小さくなる。でも、若者っぽいデザインの車がいい。さらに年もとりちょっと重厚感も欲しいってことでVOXY。bBからVOXYに乗り換えて行くような想定でトヨタは車を作っているんじゃないかな。ライフスタイルの変化に合わせた商品の提供をし続けることによって、トヨタは若い世代を取り入れてそのお客さんを離さないように努力している感じがした。

CMの作りこみ方もそのあたり気にして作っている気がしたから書いてみた。
bBけっこう売れるんじゃないかな。

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January 05, 2006
地球が美しすぎる問題
ニッシンのカップヌードルのCMがある。「NO BORDER」ってやつ。

世界から国境はなくならないと思うし、あんまりなくす必要もないと思うのですが。確かに、無理やり引かれた国境や問題が起こっているところはあると思います。しかし、国境がなくなたからといって解決する問題でもないと思う。人間は人それぞれ違うし、文化や習慣が違う。だから面白いし、その土地にあわせて生き抜いてこれた。異なるものがより近くなった時代だから衝突が起こるのは自然なことなのだと思う。人間はそれを乗り越えるために言葉を身につけ、それを通してたくさんの問題を乗り越えてきたという。でもさ、怒るでしょ、むかつくでしょ。それがまさに衝突の原因だと思う。じゃあ、怒ることやむかつかなければ良いのではと言うかもしれないが、怒るとか喜ぶとか人間の感情がなくなったら生きている楽しみの99%がなくなるということなんだよね。そんなこと書きながら、血を見るのが嫌いだったり、闘争心もあまりない人間なので、みんな仲良くしましょって思うんだけど。まあ、心のボーダーをなくそうといっているんだと思うのですけどね。まあ、それはどおでもいいです。

このCMで宇宙空間から地球を取った映像がゆっくりと流れ続けている。これが限りなく美しい。美しすぎて問題だと思う。地球って地表すぐ上で見ているものと、宇宙から見るのでは全く異なって見える。まあ、どんなものでも視点の距離を変えれば違って見えるんだけど。

おれが、50才とかになったころは安く宇宙に行けるようになっていそうだから、是非行こうと思う。

http://cupnoodle.jp/cm/view_cm15_hi60.html

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オーボエ
オーボエってきれいな音色だなぁー。

さんまの夢かねえたろ、みたいな番組が毎年正月にやっている。これの番組宣伝を見たら名前は知らないがキレイな音色が聞こえた。なんか面白そうと思った。でもその時間家にいなかったので録画。大体この番組は、楽器を有名な人と演奏したいとか、巨大なものを食べたいとかの夢がかなえられる。その一つ。宮本文昭さんというオーボエ奏者と演奏したいという高校生の夢がかなえられた。そのストーリーはけっこう良かった。単純なストーリーだったんだけど、高校生を見ていて良い経験してるよなー。多くの若者がこういう経験をできると日本も変わるなと思った。死ぬまで忘れない経験・死ぬまで忘れない一瞬ってのはこれなんだろうと思った。なんか最近視点がおっさん化している気がする。

田舎(地方)に行ったら何か楽器をやりたいと思う。オーボエでもサックスでも、ピアノでもバイオリンでも。比較的簡単なもので、音色がキレイなものが個人的にはやりたい。高い音が澄み切っていて音が伸びる楽器や音色が好きです。
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January 03, 2006
自分の問題に気づくコミュニケーション
自分のことは好きだ。だからといって、完璧な人間ではないと思う。たくさんの問題をもった人間だと思う。その問題に気づき改善していく、これは「社会」で生きていくには絶対に必要なのではないか。

じゃあ、それはどうすれば見つけることができなおすことが出来るのか。

今年の夏に、ボリビアのウユニ塩湖に行った。そのウユニ塩湖は四国の半分ほどある真っ白な塩の大地。その塩湖には一軒だけ塩で作られた宿がある。この宿はひとつの家族が切り盛りしていた。父と母、そして子供が3人。その子供はまだ5,6才と小さくかわいらしかった。しかし、常識はなかった。客としていた僕に、塩をかけたり、つばをかけたり、水をかけてきたり、人の部屋にはいってモノをあさったり。子供のいたずらでは割り切れないレベルだった。俺は叱った。子供たちの今後の人生を思って。たぶん、多くの旅行者は一日だけのことだと思い、あまり叱ってないと思う。しかし、子供たちは親としかコミュニケーションをとっていない。同じ年代の友達と遊ぶこともない。だから、彼らは社会では当たり前となっていることが分からなかったのだ。この時、子供が育つ時、もっと言えば生きている限り、同年代の付き合い(コミュニケーション)、年代の違う人とのコミュニケーション、長い付き合いの人とのコミュニケーション、一回限りの人とのコミュニケーション、どれも欠かせないものだと感じた。

で、この子供たちは閉じられた世界で生活していたから、社会の常識や人とのコミュニケーション(話だけではなく、駆け引きや、常識、行動なども含む)を知らないんだなと思った。これは子供の人生にとって大きな影響(問題、悪影響)だと思う。犬か狼か忘れたが、そんなような動物に育てられた人間の赤ん坊のカマラ、アマラをも思い出す。

で、「社会」とは人と共に暮らすこと。人と暮らすにはコミュニケーションが必要となってくる。だから、自分の問題に気がつくにはコミュニケーションだと感じた。ウユニの子供の例からも。

先日、茂木さんが「生きることは話すこと」というようなことを言っていた。さすがうまいこと言うなとその時思った。他人は自分の鏡だし、他人へのアドバイスも自分へのアドバイスそのものなんだと思う。

バルみたいな場が子供の成長で大きな意味を持つ。とスペインで本気で思った。近所の人が子供からおっさんまで、朝も昼も夜も、気軽に立ち寄っている。そんなところには様々なコミュニケーションが生まれる。生の学びの場だ。

人間として、自分の問題に自ら気づいてそれを直していける、そんな人間を目指したい。そうするためには、いろいろな人といろいろなコミュニケーションをすることが大切なんだろうな。年を重ねてもかっこいいおっさんでいるために、そうしたい。

人のふり見て我が振りなおせという言葉がある。まさに、これなのかな。先人はすごいと思う。先人が気づいて、ことわざなどになったものを日々生きていきながら、肌で感じている日々です。

Posted by takeshi at 12:19 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
January 02, 2006
一を見て十に気づくセンス
「一を見て十に気づくセンス」「そして、それを言語化して意識的に自分で理解する」
(「他の事象と関連して、それが何の意味を持つのかを考える」「それに基づいて行動できる」)

これがどれだけ出来るかで、能力というか、なんというか、発言にしろ、行動にしろ、頭が切れるかどうかにしろ、判断されるんじゃないかなぁ。

何がいいたいのかと言うと、一つのものを見たとしよう。新しいパソコンでも何でも。なんとなく何だけどパッと見ただけで、使い方が分かる。同じ一言を聞いてもその背景を感じ取れるかどうか、知らない道具を渡されて、どうやって使うか。何の道具か。どうやって試すか。試さずに放置しておくか。すぐに人に聞くか。いろいろな人がいると思う。

ここで、言いたいのは何人かの人がいて、ある同じものしか見ていない、同じものしか使っていない。しかし、そこから何を掴み取ったかという差が大きすぎるのではないか。一を見ていかにたくさんのことに気づくことが出来るか。これは、生きていて何をするにしても大切になってくる。まさに、こういう人がセンスがいいとか、能力が高いとか、言っていいのではないか。意識的に探そうとか思わなくても、一から十を気づくような習慣になっているのだと思う。
それは、どんな意味を持ってくるのか。
頭を意識的に働かさなくても、気づいている。
これは同時に脳の中で無意識のプログラムがいくつ動いているかによる。これは以前のブログのエントリーで書いた記憶が。月の見える話と、脳の常駐ソフト理論といって。

さらに、何か大きな変化が起こる前に、自然に次のことを行ったらどんなことが起こるかを考えてしまっている。それがたいそうなことなのだと。

じゃあ、どうすれば「一を見て十に気づくセンス」が身につくか。それは、様々なことを経験する、身をもって感じること。それをする前に、脳でシュミレーションしてあらかじめ考えておく、

相手の立場や作った人の立場、人間の無意識の行動を踏まえて、モノを捉える習慣。

そして、シュミレーションしたのと、実際に経験した時の違いや一致点を比べる。一目見たら、あまり価値のないことでも、好奇心をもってなんでも知ろうとしてしまうような性格も大きな意味を持ってくるのだろう。昔知ったり経験したことが思いもよらぬところでつながってくることが良くあるから。
脳とアウトプットとその評価

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January 01, 2006
どん底に落ちた時に逃げない
高橋尚子が東京国際マラソンで勝った。その時のインタビューを多くの人が評価していた。高橋尚子は人として突き抜けたと。

前回の東京国際マラソンで負けてオリンピックを逃した。その、東京国際で2年後復活した。あえて、この大会を選んだ。この大会でしか意味がなかったのだろう。しかし、一回頂点に立った人が、どん底に落ちると、かっこうをつけて、他人の目を気にして真っ向勝負をして這い上がってきにくい。

しかし、彼女は真っ向勝負をした。スゴイ。これだけでもスゴイ勇気だ。さらに、彼女は勝った。
その経験は並みのものじゃない。だから、彼女は大きく変わったのだろう。

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もう2000年から6年だって
2006年みたいです。

あけまして
おめでとう
ございます

あまけして
おでめうと
ざいますご

2006年と言うよりも、2000年から6年といったほうが、もうそんなに時がたったのかと実感できるような気がする。それが、言葉のマジックと人間の感覚なんだろう。

簡単に言えば、去年はありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
ってことです。

でも、こういう言葉って心こもってないよな。ありきたりで定式化して、ただの記号のように感じてしまう。まあ、けっこう本気で去年のことは感謝していて、今年もいろいろ助けてくださいと思ってます。
Posted by takeshi at 10:33 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|

2005-12

http://www.teratown.com/blog/archives/2005_12.html

December 30, 2005
新しいことへのワクワク感
子供のころから、いろいろなことに興味を持って、ちょっと無謀でもやってみたり、新しい組織に入っていく。この経験は重要だな。年を重ねれば守りに入るし、新しいことをやるのを億劫になる傾向があるから。

その習慣(新しいことに自らチャレンジする)を子供のうちにつけておく。

東儀さんが、新しいことをするときは、一番難しいものからチャレンジしてみるという話を聞いた。そうすれば、最後のゴールを肌で感じれる。それに、基礎のルーチンより難しいほうがワクワクする。その難しいものから簡単なものへ徐々にやっていく。すると、一番の基礎は省けることもあると。なんと面白くて合理的な方法だろう。

Posted by takeshi at 12:20 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 29, 2005
魂のエントリー
魂のエントリーとでも言おうか、衝撃を受けたり、興奮して書いたエントリーと、なんとなくだらだら書いただけのエントリーがある。

たぶん魂のエントリー(文章)は書いていても面白いし、いろいろな発想が駆け巡る。読んでいてもなんとなくそれを感じるんじゃないかな。いっぽうただ書いた、だらだら書いた文章はつまらなさそう。

まったく同じ文面であっても読んだ場合何か違いを感じるんじゃないかな。

Posted by takeshi at 10:11 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
希望格差を痛感する
「希望格差を痛感する」
それは、若者にしろ働き盛りの人にしろ、年寄りにしろ。

岐阜に帰ってきてから感じる。電車に乗っていても空気がおかしいと思って、なんだろうと思ったら、みんなの目が輝いていなかった。

類は友を呼ぶ。希望格差って相当大きな意味を持つ。
2層社会が出来上がってきている。

幸(さち)ある人の周りには幸のある人が集まる。するとさらに幸のスパイラルでいいことが近くに寄ってくる。希望のある人のまわりも同様に。でも、夢も希望もなくて、初めから無理だと思っている人の周りにはそんな人しか集まらない。だって、夢のある人は何でもすぐに無理って言う人といてもつまらない。ってか、話が進まないし。しみったれてるから。すると、どんどん差がひらく。初めてでも何でもやってみる。この精神はまさに希望格差によって生まれるものだと思う。この希望格差によって社会は二層社会にどんどんなっていくのだろう。

ここで言いたいのは希望がある人は無鉄砲って言いたいのではないです。ご注意を。
希望格差の到来

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December 28, 2005
冬の京都には寒さがあう
去年の今頃も京都にいただろう。六波羅蜜時に行ったはずだ。

今年の京都も寒かった。寒かった。肌を刺すようなという表現がそのまま当てはまるような。あられも降ってきた。

この時期(年末ギリギリ。31日以外)はどこへ行ってもすいている。人がいない。そんな京都の寺をめぐった。静けさを持った寺は心を澄みきったものにしてくれる。静寂の中の寺には厳しい寒さがあう。張り詰めたような空気が存在する。そんな空間が京都の寺には似合う。

冬の京都はいいもんだ。

天龍寺 二条城のようなつくりが目に入ってきた。そして、中へ。ここは庭がなんていっても美しい。何か特別なものがあるわけではないのだ、大きいとかそういった特徴もない。しかし、何か美しい。シャープな美しさって言うのか、なんか分からないけど庭がいい。

二尊院 ここは参道というのか、門から本道へ行くまでのまっすぐの道がきれい。バランスが取れていて、左右の木とかも最高。紅葉の馬場というらしいが、ここがとりあえず最高。

常寂光寺 ここにあった2重の塔かな、ここの土台のところが鏡餅みたいにでっかくて白くて丸い土台みたいなのがあった。これを見たときにカトマンズのスワヤンブナートなどに似ていた感じ。そんなのを思い出した。

あだしの念仏寺 石で囲ってある中に、小さな石(お墓)が1000ぐらい?あった。この囲いの中に入ると不思議な力と言うか、なんか普段味わうことのない空間にいる気がした。

愛宕念仏寺 ここの石像千二百羅漢はすごい。すべての石像の顔が違う。それに素人さんが石を掘ったらしい。どれもいい顔をしている。実にいい。数も半端なく多い。俺も石像とか作りたくなった。

清涼寺 実に大きな寺。法然さんの青年時代の像とかあった。こういった本堂とか門がでかいお寺もスカッとしてかなり気分がいいもんだ。

Posted by takeshi at 10:17 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 27, 2005
脳と仮想
今更ながら茂木さんの「脳と仮想」を読んだ。小林秀雄賞を受賞したという作品。
面白いな。一番最初に茂木さんの本を読んだ時の最高潮の興奮はないが、読んでいて面白い。そうそう、なんでだと思うようなことばかり。
脳と仮想
 茂木 健一郎

新潮社 2004-09-22
売り上げランキング : 498

おすすめ平均
やさしい小林秀雄入門として読みました。
脳に関するあたらしい論考
現実とは脳内の仮想であり・・・

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December 26, 2005
The Song of Life ~Voiceful Version~
いつものように、情熱大陸と世界遺産を見ていた。情熱大陸は昨日も良かったが、先週の花屋の東信さんはインパクトが強すぎた。こういう一般的に知られていない人を知れる、そしてかなり迫ったところまで感じることが出来るのがこの番組のいいところ。今までにないような花屋のスタイル。それは自分の花に対する思いとか態度から自然に生まれてきた感じ。まさに、情熱って感じだった。体からにじみ出るほどのエネルギー。自分の世界が出来上がっている感じ。たしかに、29歳と若く、青臭いとか言われそうな感じだけど、あの気持ちを持ったまま花屋をやり続けていれば相当面白い人になりそう。テレビをみながらメモったものをブログにエントリーしといたら、検索で上位に来るらしく、相当な人数の人が彼の名前できていたし。テレビの見せ方の問題もあるんだろうけど、それよりも彼の持っている何かに魅せられた人が多いんだろうな。何かに対する強い思いがあって、それに向かって本気でアクションを起こしている人からしか出ない何かがあるんだろう。

で、話は変わる。相変わらず見ている番組といったら、情熱大陸と世界遺産。世界遺産を見ていると聞いたことのないバージョンのthe song of lifeが流れる。コーラスバージョンとでも言うような曲。かなりいい。それで、世界遺産のページに行って探すが載っていない、それでいろいろと検索。すると「lyrico」http://www.lyrico.net/と言う歌手が歌っている。The Song of Life ~Voiceful Version~こんなタイトルの曲。

視聴 The Song of Life ~Voiceful Version~
そういえば、パリダカが年明けから始まるみたいだ。その特集をしていたが、やっぱりかっこいいなー。ついでに、小田和正のライブの番組も良かった。テレビネタでした。そういえば、今年の年末の深夜はNHKスペシャルの再放送ないのかなー。毎年良い番組が連続放送していたのに。

Posted by takeshi at 02:28 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
義田貴士さん
義田貴士さんというのは、スポーツジャーナリストだ。この方は、イチロー、松井秀喜、上原などとプライベートでも相当仲がいいようだ。その仲のよさは以前から知られていて、イチローや松井などとの対談番組をいくつかやっている。それもかなりフランクに話している。

いやー、不思議だ。イチローはマスコミに対してあまり愛想がない。松井も、毎回インタビューには答えるが核心に迫ることは話さない。しかし、彼の前だといろいろと話す。イチローにいたっては新居を見せた。普通ならありえないと思う。なぜだろう。なぜ、世界のトッププレイヤーが彼だけには心を開くのか。

彼は1967年広島県生まれ。元テレビ朝日スポーツ記者のようだ。

やはり、記者は将来有望な若手を見つけて、仲良くなることが重要だと思う。記者になりたてで、すでに大物な人から本音を聞こうとしても難しい。すでに仲のよい記者がいるだろうし。だから、無名の若手から有望な人を見つけ、無名時代から仲良くなって、有名になってから大きな仕事をする。

たぶん、彼が駆け出しのコロにイチローも下積み時代だったんじゃないのかな。それでも、イチローの能力とかを見抜いてかどうか理由は知らないが、こまめにコンタクトをとって気も合ったから仲良くなった、そんで有名になってからでもイチローは彼のことを信じれる。だから取材を受けているのかな。

Posted by takeshi at 08:40 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 25, 2005
偶然、奥華子
奥華子さんという歌手がいる。名前だけは知っていた。それは、とある「仲間」の半年ぐらい前のブログにあったから。彼がプロデュースした商業施設でライブをやってもらったらしく、そのライブでは歌の力を感じたと書いてあった。それから気になってはいた。が、特にCDを買うとかアクションは起こしていなかった。

で、先日そのエントリーを読みたくなり、探して読んだ。すると偶然、次の日その人から今日、奥華子のライブがあるといわれた。これはと思い行くことに。彼女は井川遥が出ているCM「TEPCOひかりに決めたのは~♪」とかJR東日本のCM曲を歌っている。

17時からはじまるのに、16:30には人が相当集まっていた。そして始まった。まず、声がきれいだ。澄み切った歌声。さらに、メロディーもいい。トークも。なんだろう、話し方がうまいわけではない。でも、なんか嘘のない人生を送っているというのが伝わってくる人だった。相当いいです。

ライブで歌った曲
【1.めぐり逢う世界 2.白い足跡 3.魔法の人 4.帰っておいで 5.やさしい花 6.サンタに願いを 7.自由のカメ】

Posted by takeshi at 11:33 PM | コメント (0) | トラックバック (2)|
日本語教師
佐藤 麻衣子 日本語教師

フレデリックダグラスアカデミー
2002年から2003年
5クラス150人教える 
教師の評価がパーフェクト No1

高校を離れて二年

講師はエンターテイナー 悲しい時も辛い時も、自分にいろいろなことがあっても

新しい技術系の高校
新学期 パターソン ハーレムよりも治安が悪いといわれている。
半分がヒスパニック

教師と生徒の出会いは最初の五分が勝負

2クラス10人 今年の生徒 9月

・クイズとゲーム
授業の開始はクイズ、そしてゲーム
頭ではなく体に覚えさせていく・。

・絵と文字
「あ」はカメの形と連想させて覚えさせる。
「い」はうなぎ二匹

興味があってこそ、理解は深まる。

年間スケジュール
ひらがな、カタカナ、基本的なコミュニケーション

スクールトリップ @慶應NY学院
日本人社会に飛び込む、経験が一番
食堂:一種類は日本のものを食べること
納豆を食べるのも必須

感想:日本人はスローな生活をしている
(高校生も仕事をしている、午前だけ学校。裕福な地域ではない)

アメリカに来た理由
アトピーがあった。スゴイ顔で高校に行っていた。回りはキにしていなかったと思う、何も言われなかったし。しかし、人に見られている威圧感があった。コンプレックスと決別するため。23歳で単身アメリカへ。

1年もたたず、日本人学校の教師は首になる。たくさん武器がないと生き抜いていけない社会。私はマイノリティだけど、これとこれが出来るというのが生き抜くコツ。

仕事とプライベートの境界がない。日本語教師としての年収は350万円あまり。心から好きでないと続けられない。

成績優秀な二人に、実践練習。蕎麦屋でインターンシップ
一ヶ月以上かけて実習先を探した。従業員のほとんどが日本人。

もっと、声を出して、引っ込み思案じゃだめ。

種をまき、育て花を咲かせる。それが教師の仕事。
生徒の未来に期待する。それが生徒にとって喜び、やる気につながる

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December 23, 2005
人のために書く文
前にも書いたことあると思うが、自分のブログに書く文章と相手に書く文章は言葉が全く違う。相手がいて書く文章では、普段自分のメモ(ブログ)で書くときには浮かんでくることが絶対ないような言葉が出てくる。

不思議なもんだ。特に、気の利いたコメントをかましてみようとか、写真に対するコメントは面白い単語とか面白い文が生まれてくることがある。自分のメモだけでなく、相手へのコメントや友達に文章を書くのもいいかもしれない。

mixiに書く文章は必然的にコメントを期待する文章を書く。人それぞれがどういった反応を示すかが分かるから。こっちのブログは完全に大量の文で思ったことをメモするものになっている。意識的にそうしたわけではないが、いつの間にかそうなっていて、はたと気づく。

Posted by takeshi at 11:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
今年の汚れ、今年のうちに
「今年の汚れ、今年のうちに」このフレーズを読めば、脳の中であのリズムがついてくると思う。毎年、年末になると、花王のCMでおなじみのフレーズだ。なかなかうまいこと言うよなーって、思ってた。

今年の汚れは、今年のうちにきれいにしておくのが良い。まさに、その通り。

ということで、毎年大掃除だけはしている。これは自分の気分の問題だ。キレイなものを見ると気分が良くなる。そうなのだ。ってことで、今日は時間もあったし、天気も良かったので大掃除。

朝から、ずっと掃除をしていた。ちょくちょく掃除するのは苦手だが、一気に掃除するのは好きだ。やるときに一気にやるってのは掃除に限ったことではなく、どんなことに対しても同じだ。やるなら一気にやる。やらないならぜんぜんやらない。そんな性格。ということで、キッチン、風呂、トイレ、洗面台、部屋、布団を干す、洗濯と一気にやった。とりあえず、今年の汚れは、今年のうちに片付けられた。

さあ、今年もあと1週間だ。

いい年だったなぁ。来年もいい年になるんだろう。
Posted by takeshi at 05:38 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 21, 2005
つまらないことをやりたくなる
つまらないと思うし。自分に向いていないとも感じるものがある。
でもそれをやりたくなることがある。
正確にはやりたい気持がある。

それは自分には向いていないが、自分の想像をこえたもので、それをやってる間に「偶然」と出会える気がするからかもしれないと思うから、やりたい気持ちが生まれるのだろう。

つまらないと思うことの中でもやりたいと思うことは一部であるのも事実。
その一部には何を感じるんだろうか。その違いは何か。

Posted by takeshi at 04:03 PM | コメント (4) | トラックバック (3)|
頭ぶち抜かれる
こんなにも鮮明におぼえている夢も珍しい。
衝撃的なインパクトが強すぎる夢は残っているのだろう。

夢の中。

小学校か中学校で授業を受けていた。授業を受けていたというのはおかしい。なぜなら教師がいなかったから。自主学習の時間とでも言うのだろう。そういった時は、みんな教室を歩き回り、しゃべっているのが常だが、静かに席についていた。その教室は一階で、校庭に面していた。

すると、一台の車が校庭に止まる。確か黒の車。中には男が二人。黒いスーツ。脇に銃を構えていた。奴らは教室の前のドアをガラッと開けた。奴が大きな声で何かを叫んだ。???はっきりと聞き取れないと思った瞬間、銃声がなった。クラスの一人が撃たれた。

なぜか分からないが、その時、俺は教室の端にある柱の奥に隠れる。ひっそりと身を潜める。奴らが、教室をぐるっと見回して、帰るときに見つかった。銃口を柱に寄りかからせ、引き金に手をそえる。教室に子供がたくさんいるはずなのに、一瞬にして俺の視界には入らなくなった。その間はすごく長かった。俺は息を殺していたが、怖かった。心臓の高鳴りが押さえられない。耳元で途轍もない爆発音がした。死ぬモノだと思っていたが、生きていた。後頭部を銃弾がかすっただけだった。奴は引き金を引いてすぐ教室を出たので、俺の生死は知らないと思う。

そして夢から現実に戻ってきた。

夢といえば、中学校の校庭にスペースシャトルが降り立って俺が乗り込んで宇宙に行く夢や、山の近くに止めた車が盗まれる夢、何も装備せずに空を飛べる夢。歯を食いしばると空を飛ぶスピードが速くなるのも不思議。そんな夢も記憶に残っているし、何度も見た記憶がある。

そういえば、タイとカンボジアで夢を見た。夜中に虫刺されがひどくて目が覚める。すると普段は

Posted by takeshi at 10:12 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
Dolls
Dollsという映画。北野武作品。
個人的に、彼は好きだ。馬鹿なときはとことんバカが出来る、一方でマジメな時はまじめになって能力を発揮する。マジメな時がシャイなのもまた言い感じだ。

無茶苦茶なことを言う。まあ、いつもだから気にもしないんだが、「たけし」という名前がいい。良いといっても、自分と同じだからいいのだ。ただそれだけだ。

まあ、それはいいとして、映画の話。言葉数がすくない。その間だったり、映像で訴えかけてくるものだ。
映像は美しいと思う。特に赤色が艶やかである。もっと、大きくきれいなテレビで、DVDとかで見ればずっと美しいんだろうなって思った。

Dolls [ドールズ]
 菅野美穂 北野武 西島秀俊

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賛否両論の賛成派です
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ザ・ダイバー
ザ・ダイバーという作品を知ったのは、タイのタオ島。インストラクターの人が学科中に一部だけ見せてくれた。何も勉強せずに、やみくもにダイビングをしていると減圧症になることがある、その症状を映像で見せるためにだった。その時、この映画は面白いから見てみたらと薦められた。

そして、帰国して3週間ぐらいたって見た。この話は実話だったのだ。何だろう、俺の中で現実の話は身に迫ることがある。身近な人の現実に起こったことなら、もっと身近に感じる。もっと言えば自分のことなら、たまらんのだ。

昔は小説や物語、漫画すべてを完全否定していた。それらを総称して「作り話」と呼んでいた。今は、そうは言わないし、これらも楽しめるようになった。それはそれで楽しめる。しかし、身にさし迫るような感情はあまり湧いてこない。想像力がないからなのか、なんなのか。

事実と事実出ないもの、現実と現実じゃないもの。果たしてその違いは何かと考えても、そう簡単に答えなんてないと思う。が、現実の話は好きだ。

で、ザダイバーの話。黒人は差別を受けていて、料理人や雑事しか出来なかった。が、彼は田舎の小作農であった父に、成功するまで戻ってくるなと言われ、海軍へ。白人しか泳いでいけない日に彼は泳ぐ。もちろん、追っかけられたが、彼は逃げて泳ぎきった。すると、料理人から昇進して、おぼれた人を助ける仕事に就けた。彼はそれでは終わらない。次はダイバーを目指す。黒人はダイバーになれない。しかし、上司に頼み、自分の実力や気持ちを認めさせ、推薦状を書いてもらいダイバー養成所に。黒人だから差別の日々だ。最終試験。海底で金属を組み立てるというもの。人が沈んでからバッグに入ったボルトなどが海の中に投げ込まれる。他の白人は普通に、組み立て1時間ちょっとで終了。しかし、黒人の彼はバッグをナイフで切られる。だから、ボルトなどは海底でバラバラ。でも、彼は耐え抜いてひたすら組み立てる。寒さで凍え死にそうになってもひたすら組み立てる。そして、彼は合格。はれてダイバーえに。

そしてミサイルかなんかを拾い上げる。昇進。しかし、機械が故障し、金具が飛んできた。そして、彼の足に当たる。足が使い物にならなくなる。もう、ダイバーは出来ない。しかし、彼はあきらめない。負傷した足がダメなら、切断して義足でもダイバーをやると。いやらしい上官はやめさせるように仕向けるが、彼は負けない。義足で訓練する。そして、最後130キロもの装備をつけて12歩。歩ききった。そして、ダイバーとして再度一線で働くことに。

海軍は仕事ではない、最高の伝統がある。
(それは何だ?)
名誉です。 Honor,sir.

ってところが好きだった。

はっきり言って、男のロマンというか夢というか、冷たい目で見ればバカ。でも、男としてかっこいい。黒人と言う立場で、今までの力を持ったくだらない規則や考えをぶち壊していく。こういった話はなんか応援したくなるし、ワクワクするんだな。

実際に、こういった人がいたと思うと純粋にすっげぇーなって思う。

そういえば、名誉と言う言葉を聴くとスペインのバルセロナを思い出す。夜、港で3人で話していた。一人は19歳ぐらいで、世界一周をしている女の子。その人が、これからアフリカを縦断するという。陸路では危ないところもある。そんな日々を目の前にして、再度名誉とは何かを考えると、分からなくなったと言っていた。俺も、その時名誉って?と考えたのを思い出す。

ザ・ダイバー〈特別編〉
 ロバート・デ・ニーロ ジョージ・ティルマンJr. キューバ・グッデイング・Jr.

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売り上げランキング : 1,993

おすすめ平均
良い作品ではあるが…
デ・ニーロがカッコイイ

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December 20, 2005
2005年を振り返ってみたりなんかして
新年は岐阜で迎えた。それから4月の上旬まで、ガヤガヤした日々。
4月からは去年に引き続き、芸大に。授業のスタイルは去年と違ったが、集まる人が面白いのは変わらない。5月末は静岡に東京な岐阜人と合宿。その時に通った道を半年後に歩いて通るとは思ってもいなかった。6月に入り大学で仲のいい友達の一人と無人島へ。いやー、こんな経験をすることは一生ないだろうなと思った。テレビで見るより、聴くより、実際やらないとわからないことだらけ。7月末は金沢21世紀美術館と福井へ。福井の友達に会うために。インドであった伝説の男。彼はなんか気になる。同年代では一番不思議なものを感じる。そして南米への旅でワクワク。それから、郡上へ行く。郡上踊りも少しやる。岐阜県民として一度ぐらいはやらないと。この時見た爆発して流れた流れ星は死ぬまで忘れないだろう。8、9月は南米へ。念願のウユニへ。たまらんかった。今度行く時は雨季だな。もちろん、ガラパゴスもナスカもチチカカもたまらん。多くのチャリダーさんの話も面白かった。南米は居心地が良かったなー。帰国したら、南米の人みたいといわれた。たぶん、黒くなってたし髭もボーボーだったからだろう。そんで、10月末から11月頭 東京から名古屋まで歩く。いやー、想像以上に辛かった。足もつらいし、精神的にも鍛えられる。でも、今までの人生で一番の経験かもしれない。本当に。11月中旬から末タイとカンボジア。ダイビングのライセンスゲット。ライセンスを取ろうと思ったのは本当に直前だと思う。もともと海が好きだから自然な流れ。それにしても海の中は良いなー。さかなは良いなー。海の上にウェットスーツで浮かぶのも心地よかった。それから、帰国すると植村直己さんとか星野道夫さんの本に少しはまる。そんでもって、映画を連続でみて、展覧会とか立て続けに行く日々。なぜか知らんが。時間も心も余裕があるときに、こういったものを一気に見るのも悪くない。芸大の最後の授業も終わる。最後だと思うと寂しいもんだ。高尾山に護摩行に行くも火の前でお経を読めず、がっかりして、今に至る。
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December 19, 2005
OpenSky
Open Sky
─a Project to make the Personal Jet Glider─
~個人的に飛行装置を作ってみるプロジェクト~

先日、青山ブックセンターに行ったらこんなポストカードが。
日本は飛行機を作っていない。ホンダジェットも試験飛行のニュースを聞いてから、その後は分からないし。

で、「実際に乗れる一人乗り飛行装置」を開発・試作してみるプロジェクトと言うのが最高。面白くてかっこいいコンセプト。実際やるのは半端ないぐらい大変だけど、半端ないぐらい面白いことだと思う。

2006年には試験飛行実験も行うようである。その時は、ぜひ生で飛ぶ姿を見てみたい。

飛行機といえば、二宮忠八を思い出す。日本人で飛行機開発を行っていた。彼は世界一は焼く飛行機模型を飛ばした男。カラスの飛ぶ姿からヒントを得たはず。そんな彼は、開発も終盤に差し掛かった時、ライト兄弟の成功を知ったという。「玉虫飛んだ」という本を小学生のころ読んだ、その記憶。表紙は黄色だったな。たしか。

http://www.petworks.co.jp/~hachiya/opensky/index.html

ホンダジェットHondaJetのムービー
http://www.honda.co.jp/HDTV/HondaJet/200408long/

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December 18, 2005
花屋
情熱大陸

東信 29歳 九州男児 銀座の花屋 ジャルダン・デ・フルール
生花もフラワーコーディネートも勉強していない。
感性だけで作っている。
完全オーダーメイド。
花のない花屋

花はそのままでもきれい。アレンジして汚いことはありえない。
気持ちと花は結びついている。
気持ちがないことをしたくない。

ウィンドディスプレイも。
ソニー ウォークマンやダンヒルなども

花の鮮度は葉っぱや茎の根元で分かる。

花がモノになりすぎている。命あるものじゃなくて。

4年前に店をはじめた。

花を送る人と送られる人、その人のためだけに作る花。音楽じゃなくても花で人を感動させたい。

自分を花にたとえると。コンクリートの隙間からはえた雑草。窮屈だけど、強く育って咲いていける。

結婚一周年で妻に送りたい。新築祝い。などなど。個人の趣味や家の内装にあわせて作られる。

花だから伝えられることがある。

AZUMA MAKOTO
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Ex-formation 脳に傷をつける
原研哉さんを知ったのは、無印の広告がきっかけだっただろうか。僕は、2年ほど前ウユニ塩湖の存在を知りどうしようもないほどの衝撃を受けた。その時に、ウユニ塩湖について徹底的に調べていた。そんな時に、ウユニ塩湖で撮影をしたという無印の広告に出会った。その広告はこの二つ。

 

 

この広告を作っていたのが、原研哉さんだったのだ。それからずっと気になる存在だった。しかし、特に著書を読むこともなく、実際に会いに行くわけでもなかった。そしてそのまま、ウユニの地へ行った。南米の旅のさなか原研哉さんの話が出たのは1ヶ月月が過ぎようとしたころだったと思う。4回も偶然会った人がいる。その人となぜか話が盛り上がった。W大を止めてデザイン系を大学で学んでいるといってた。そんな話の中で原さんのことが出てきた。原さんが好きだとラパス行きのバスの中で言っていた。(このバスの中での会話はかなり真剣なトークで今でも思い出す)僕が、ウユニ塩湖を使った無印の広告も作っていると話した記憶がある。それからラパスで別れ、最後にまた偶然会ったのはウユニ塩湖の真上。ほんの5分ぐらいだった。それから、原さん実際に会って話を聞きたいと思っていた。

Making of Ex-formation 『Ex-formation 四万十川』(中央公論新社) 刊行記念 原研哉トークショーがあるというので行ってきた。青山にある青山ブックセンターに。青山ブックセンターにははじめていったと思う。日曜日の夜だからか人も少なく、居心地の良い本屋だった。さらに、洋書も含めホンノセンスが良かった気がする。

———–
open型脳 人の脳で考える
人の考えを自分の頭にとどめるより、他人の頭につなげていく。

間違いないことを伝えること=教える
そうでないことは=一緒に考える

デザインは共通項 みんながそうだなぁと思えるもの、そしてそれを試すこと。
デザインはアートではない。デザインは製作段階で、人の実際の反応を見て、いけてるかどうか判断する。

ボールゲーム(球技)とデザインは似ている。球技は上達する。なぜなら常にボールは丸いから(常に同じ形)でルールが決まっているから。だから、原理を理解していくことが出来て上達する。同じようにデザインやコミュニケーションも上達する。

一番うまいコミュニケーションは相手が知らないうちに(無意識のうちに)、知っちゃっているとか、伝わっているとか、買っちゃってる。それがベストなデザインコミュニケーション。

open museumという概念。建物などハードウェアにとらわれない。
情報が編集されてあるところ、物が集められてくるところ=museum

ヨーロッパのmuseumは王様のコレクション
アメリカのmuseumは大衆教育のため
日本は、基本的に行政主導

コレクションしてみるよりも、現代は移動が簡単になったので現地へ行って見たほうが良い。自分でイメージすると現実化する。

デザイン・情報の建築を建てること。編集された情報。
情報のゴールはユーザーに力を与えること。脳をさらに運動させることが情報の力

現代の人は情報を投げ、受ける。また投げて、受ける。それの繰り返し。それなのに知っていると言う。表面情報だけたくさん現代人は知っている。それは本当の意味で知っていることにはなっていない。別のことをしないと、伝わったといえない。
コミュニケーションをやっていて、相手に知っていると反応させちゃダメ(ゴミの情報ということ)以下に知らないかを分からせる。そして、次のアクションにつなげさせるのがベスト。

Information 情報 In-formation
Ex-formationは造語 未知化 知らないことを知らせる。 人に興味を持たせるもの

表面情報だけたくさん現代人は知っている。だから、ちょっとやそっとのことじゃ驚かない。

・四万十川プロジェクト
四万十川の上流から下流までの、生物や水などの特徴がまとまったマップがあれば100倍楽しめる。

上流中流下流それぞれの川の水の流れをアスファルト&白線の道路に合成で変える。すると普段見ている道路の車線で、川幅が自然と分かる。
–脳についた傷のように、川の形状は忘れない。あんなふうには見ていなかったと気づく

昔は足(素足)がインターフェイスだった。センサーの役割を果たす。

主観が入らない同じ質問のインタビューをたくさんの人に行う。
ex)いったことのある場所で一番遠いところは?昨夜の夕食は?ポケットに何が入っている?など

これらの質問を多くの人に、そして東京と地域の人に行うと特徴が見えてくる。

情報は、相手に分からせるときに使う時と、相手にわからせないで興味を引く時がある。
前者は取扱説明書、後者は映画の予告編。

異化 当たり前の日常を見直す。 アフォーダンスを疑う、逆手に取る。

ゲシュタルト崩壊がおこって、わけがわかんなくなる。それから結局本質は何か?と突き詰める。

徒労のようなことを超えてこないと、人と違った面白いことは出来ない、そういった発想は生まれない。
バカ力が必要。
関係ない話。思いつき。
思いついたこと、デジカメで写真を撮った直後にタグをつけれたら、どこで取ったかがはっきり分かり、あとの整理が楽になるなぁ。
Ex‐formation四万十川
 原研哉ゼミ

中央公論新社 2005-11
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December 17, 2005
2005 CMランキング
広告批評が選ぶコマーシャルランキングトップ10
News23を 久しぶりすぎるぐらい久しぶりに見たらやっていたのでメモ。

1位 象印マホービン VE電気まほうびん サーモグラフィー篇
2位 日本コカコーラ ファンタ ヤギ篇、カメラマン篇
3位 明治製菓 明治ミルクチョコレート いつでも・どこでも篇 香取しんごがでてる
4位 大塚製薬 カロリーメイト ジャックバウアー上陸篇、ジャックバウアー決選篇
5位 シャネル シャネルNo5 No5 LE FILM篇
6位 大日本除虫菊 水性キンチョール 片隅篇 庭篇 
7位 アップル iPod Detroit篇
8位 石垣食品 フジミネラル麦茶 みねらーるむぎちゃ
9位日清食品 カップヌードル FLOWER、少年篇 NO BORDERってやつ。 
10位サッポロビール サッポロslims カルクヤバイってフレーズのCM

天野さんおすすめ

リクルート ホットペッパー まだ伴奏篇、もう終わり篇
産経新聞 防災王子キャンペーン 防災の達人
森永製菓 DW くどけよ篇

BGM I Want to Know What Love Is
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December 16, 2005
植村冒険館
植村さんが東京に住んでいたときに板橋区に住んでいたらしい。その地に”>植村冒険館が建っている。駅で言えば蓮根駅だ。まあ、少し前から行ってみたいと思っていた植村冒険館に行って来た。ネットで調べたらそこまで大きくないので、たいして時間はかからないと思っていたが、大間違いだった。昼過ぎに行ってから閉館の18時までずっと居座った。

小さいところだし、蓮根駅と立地もよくない。そこで、すぐ帰るんだろうなと思っていた。しかし、そんなことはなかった。実際に使われたアイゼンやピッケルの展示やDVDの上映もやっていた。さらに、一階の図書館はかなり充実。

階段には年表と写真があった。どの写真も迫力が違う。特に良かったのは、DVD上映「冒険家 植村直己の世界 NAOMI UEMURA」。70分ぐらいのもの。ついつい見入ってしまった。これはスゴイ。本当にすごい。彼の肉声をはじめて聞いた。北極圏1万2千キロゴールする時の映像なんかはもう、涙物です。特に、コッツビューに着く瞬間の植村さんの声が本当に、今までのたびすべてが詰まっている感じがする。さらに、アラスカで消息不明になる直前のキャンプでのインタビューや、最後の交信の音声。70分丸々見た。基本的に客はいないので、見入った。一回り見てからも、離れることが出来ず、1万2千キロの映像が終わるまでは2回見た。

さらに、一階の図書館には植村さんの写真集、7000円もするんだけど。ここに載っている写真は抜群だ。いや、圧倒的な力を感じる。自然の厳しさの中にある極限の美しさ。すばらしい。さらに、徹子の部屋に出た時のビデオも見た。

また、行ってみたいところ。

植村直己記念館
 文芸春秋

文藝春秋 1991-02
売り上げランキング : 220,918

おすすめ平均
素晴らしい写真集です!

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December 15, 2005
旅は終わってからも続いている
旅から帰り、日常の生活に戻る。
1日が過ぎ、1週間が過ぎ、いつの間にか1年が過ぎている。
帰国してすぐは、旅の感覚が抜けない。
いろいろなことが手につかなかったりする。
旅先について

そんな日常でふと、旅の風景や出来事が頭をよぎる。その時、脳は日本にいながら旅先にいる。
そんなことがあると心が落ち着く。がんばる気になったり、ワクワクしてきたり。

旅は終わってからも続いているんだな。

Posted by takeshi at 01:24 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
あっ、流れ星は幻想のように
夜、谷中墓地を歩いていると目の前を一筋の流れ星が流れていった。

今までは流れ星を見ようとしてみていた。
それが、ただ歩いているときに目に入ってきた。
歩きながら見た流れ星。
流れ星が僕の日常に入ってきた感じを覚えて、うれしかった。

いつも思うことがある。流れ星は幻想のようだと。
流れ星を見たあと見たかどうかあやしいのだ。
爆発するのが見え、目に焼きつくようなよっぽど明るい流れ星は別だが、普通の流れ星は見た後見たかどうかが怪しい。そんな気になってしまうことが多い。今は現実だったのか、おれは本当に流れ星を見たのだろうか。

でも、そんな気持ちにさせてくれるのが流れ星の粋なところなんだろう。

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December 13, 2005
自動車屋という偶然性
普通の生活をしていたら自動車屋なんて行くことはない。

そんな自動車屋に行ってきた。銀座にある日産の本社。決して、車を買うとかって目的ではないのだけれど。ただ、日産が提供しているフジテレビのニューデザインパラダイスという番組の展示がやっていたから。

展示のために行ったが、車がおいてあれば車も目に入り、いろいろ見るわけだ。すると、最近の車とか自動車のショールームはこうなんだってのが分かる。車椅子が乗せれるバンが目立つところに展示してあったり(本社だからかも)、店内の作りも高級感あふれるものになっている。もちろん、自動車自体も観察。小さいころに行ったことある自動車屋のイメージとはすっかり変わっていた。へー、へー、って思うことが多かった。

こういった偶然の出会いは面白いなー。
あまり訪れることのないところにもヒョイッと出向くのもいいかもしれない。

BGM ハナミズキ ひととよう

 

 

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アートとデザイン
アートとデザインはホンノちょっとの違いって、2週間ぐらいに話していた。絵を描く友達と。アートはほんのちょっと違えばデザインになる。でも、そのホンノちょっとが大きな意味を持つ。ってな感じで。

で、ニューデザインパラダイスの展示を先日見てきた。

確かに、トリエンナーレと杉本さんの写真展とは少し違った雰囲気だ。

まあ、ニューデザインパラダイスの印象は発想が面白いなってこと。ありふれたもの例えば、つり革、鳥かご、救急車のサイレン、電話ボックス、ゴミ袋、かさ、日本地図、名刺、電報、印鑑、婚姻届、犬小屋、ろうそく、郵便ポストなどをリデザインする。これらのものは当たり前に使われているもので、不便であってもそのままで新しくデザインすることはあまりない。それらの物を新しく生まれ変わらせる。

個人的には電報がよかった。電報は透明のレゴブロックの大きいサイズのような感じで、半透明。色は四種類でおめでとうとか、がんばってとか、それぞれのメッセージ内容によって違う。さらに、レゴブロックのように電報を積み木のように重ねられる。だから、部屋のインテリアとしても使える。メッセージはブロックの横の面に薄く削るような感じで書かれている。

あと、鳥かごはPINOをデザインした松井さん。最近は就航間じかの飛行機会社スターフライヤーのデザインも。4,5年前に情熱大陸に彼が出ていてオモロイなと思った記憶がある。その時、メールしたら返信くれたのも懐かしいな。鳥かごはかごがない。水がたまっていて、鳥が呑みに来れる器。空間全体を鳥かごとして捉えるという発想。さらに、鳥の重さでセンサーが作動し、自分の部屋においてある鳥の形をしたスピーカーから鳥のさえずりが聞こえるってな感じ。

あと、世界遺産のthe song of lifeという曲を作った鳥山さんは救急車の音をリデザイン。外に聞こえる音は同じ。中で聞こえる音は患者のことを考え、イントロは癒し系で始まるという。さらに、ピアノなどの伴奏をつけた。

鉛筆も面白かった。芯の周りの木が普通じゃない。何構造っていったか忘れたけど、中は空間何だが、力に強い構造。だから、削ると削りカスの形が面白い。

正直言って、リデザイン後の作品がしょぼいものも多々あった。それに、実用性がかなり損なわれているんじゃないかと思うものも。一見すればおしゃれのように勘違いしそうっていうか、表面的なものも多かったな。

で、結局アートとデザインの違いは何なのか。誰かと話していた時、アートは自分の中から沸きあふれるものを形にしたもので、デザインは注文されて作るものって話をしたことも。

見た瞬間に、見た目としてアートとデザインって区別できる気がするんだな。でも、その違いは何なのか分からないんだけど。時間のあるときにでも考えてみるか。

BGM All I Wanna Do   Sheryl Crow

 

 
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自然をしらないということは
ふたご座流星群のピークだった。家に帰るとき夜空を見ながら歩いていた。
すると、家の近くで仕事帰りのサラリーマン風の人とすれ違う。
彼はポータブルゲーム(PSP)と熱心に向かい合っていた。

そんな時、ふと思った。

自然を知らない、自然を肌で感じていないということは、
自分でコントロールできないものがあると知らないこと。なんだろうなぁって。

流れ星なんて、いつ流れるか分からない。ただその時が来るのを待つだけ。
自然にすべてをゆだねている。自分ではどうしようもない。
ただ空を見上げることしか出来ないのだから。

でも、ゲームはボタンを押せばその通りに動く。自分の意思ですべてコントロールできる世界だ。
自然の世界と人口の世界の違いはその違いなんだろう。

どちらを好むかは個人の自由であろう。

ゲームにしても電化製品も自分であやつれる。
そういうものが増えてきている気がする。それが知識をつけた、社会の仕組みを知った社会ということなんだろうから。自分の意思で動いたほうがラクなのかもしれない。

でも、すべてを自分の意思でコントロールできるはずがない。
自分ではどうしようもないことが世界にはたくさん転がっている。

夜道を歩きながらそんなことを思った。
Posted by takeshi at 10:06 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
BBCより便利なサイト
BBCのCLICK ONLINEって番組がある。それでサイトを紹介していたのでメモ。

http://sudokufun.com/
これは、マスに数字を入れるゲーム。以前にもどこかでこのゲームが紹介されていた。
暇な時の時間つぶしに今度やってみようかな。

http://www.seatguru.com/
これは、航空会社の持っている飛行機のシートの特徴が紹介されているサイト。この場所はシートが狭いとかといれにトイレに近いとか。座席指定できる場合はこのサイトでチェックしてから行くといいと思う。

http://www.sleepinginairports.net/
空港に着く時間は夜とか早朝が多い。そんな時、空港で泊まるかどうか悩む。設備が整っていれば泊まってもいいかもと、いつも悩むものである。そんな時に、このサイトで調べれば分かる。ちなみに、寝やすいランキング一位はシンガポールのチャンギ空港。俺も何度も利用しているがあそこはいい。どこでも寝れる気がするぐらい。

Posted by takeshi at 02:00 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 12, 2005
バックアップのチェック
バックアップってのは重要って言われる。とくに、この時代はデジタルデータのバックアップは簡単だからやったほうがいいと思う。それに、情報がスゴイ価値を持っているから。

でも、バックアップってめんどくさくてしていないことが多い。さらに、盲目的にバックアップすることが多いと思う。盲目的と言うのは、自動でバックアップさせたり、手動でもバックアップの中身をチェックしていなかったり。

俺もあるデータのバックアップはしていたが、中身までチェックしていなかった。。。バックアップしてあるからいいやという軽い気持ちだった。しかし、バックアップデータが必要になり見たら、バックアップできてない。ああ、ショック。たいしたデータじゃないから問題ってわけでもないんだけど。

そのバックアップ自体もチェックしないといけないんだよなと痛切に感じたなー。

Posted by takeshi at 09:15 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
DEEP BLUE
「DEEP BLUE」深い青。好きな色といったら、「青」「新緑の緑」とか。特に青、その中でも深い青といったらどれほど好きか分からないぐらい。空の青、海の青、あの力強い青さに惚れて、ガラパゴスやチチカカ、そしてウユニに行ったのだし。

で、星野道夫さんの本を読んでいたらクジラってすげー。って思ったのと、ダイビングをやってから海が気になる。ということで、ディープブルーを借りてきた。

ジンベエザメやクジラ、イルカがたくさん出てくるのかと思っていたが、そればかりではなかった。その点では少し残念。でも、深海や蟹の泥丸めなんかも興味深かった。それよりも、鳥が魚を取るために海に突っ込む映像や、シャチが満潮の時に座礁するリスクを負っても子供のアザラシを食べに来るシーンが目に焼きついている。自然の食物連鎖をあるがまま見せられた感じだ。力強さを感じた。

でも、やっぱりクジラとかジンベエザメとか大物が好きだ。以前に書いた「なぜ、のっぺらぼうを望むのか」にもあるが、大きくて単純なものがすきなのだ。この映画の海の青と空の青もいい色してたな。

あと、印象に残っているのは、白熊(ホッキョクグマ?)っぽいのが、走って行って雪の大地をがむしゃらに掘り出した。なんか、まるで人間であるかのように。どんな行動が動物で、どんな行動が人間っぽいかって言われると困る。が、なんか人間っぽい行動ってあると思う。本田のアシモを見たときも人じゃないものが人っぽい行動をするからすっごい違和感を感じたんだし。まあ、そんな白熊は雪穴を掘ってえさのアザラシを取ろうとしたのでした。

ディープ・ブルー スペシャル・エディション
 アラステア・フォザーギル アンディ・バイヤット

東北新社 2005-05-27
売り上げランキング : 26

おすすめ平均
動く海洋生物図鑑
未知への渇望
待ってました!

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本当に美しいもの、「静けさを持ったもの」
本当に美しいものってあるのか知らない。絶対的な基準はないってことも言える。個人の心(脳)の問題だから。それに時代背景とかにもよるから。一方で、絶対的なものがあるかもしれない。美しいものはなく、美しいと思う心があるという人もいる。

僕には、今の時点でこうだとは言い切ることはできない。

でも、俺にとって本当に美しいものは「静けさを持ったもの」ってのは言える。それが、なぜかってことは言えない。でも、最近そう感じる。昔から、自分が本当に美しいと思うものには共通点があるきがしていたが、それが最近自分の中で「静けさを持ったもの」って言語化された。気づいた。

Posted by takeshi at 01:46 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
空からの風景
シルクロードを飛ぶ NHKの番組がやっていた。
NHKスペシャル 「赤い翼・シルクロードを飛ぶ」無人の大砂漠と天空のサファイア▽世界初挑戦

モーターパラグライダーでシルクロードの砂漠や菜の花花畑、青い湖、青い空、夕日の大地を飛ぶ。それをカメラで撮影していた。これは、すっごいなー。こんな大地を空から見てみたい。

半端なく美しい景色であった。シルクロードを陸路で行くのもいいけど、上空から見るほうが美しいだろうなと思った。モーターパラグライダーで見たら最高に美しい世界が広がっているんだろう。

矢野健夫さんと言う方が撮影しているみたい。モーターパラグライダー空撮のプロフェッショナルのようだ。

http://www.nhk.or.jp/silkroad/special.html

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December 11, 2005
横浜トリエンナーレ2005
みなとみらいの山下倉庫の埠頭でやっていた、横浜トリエンナーレにいってきた。スカイザバスハウスのアニッシュカプーア展、森美術館の杉本博司さんの「時間の終わり」に続いてだ。連続で芸術の冬とでも言えるぐらい。あいかわらず、まとめてどどどって性格だ。

東京で初雪を観測したその日の朝、横浜へ向かった。来週で終わってしまうので、混んでいるかと思っていたが、たいして人はいなかった。ゆっくり楽しむことが出来たが、寒さは半端なかった。

今回のテーマは「アートサーカス(日常からの跳躍)」らしい。チケットを買い、中へ。入ってすぐ、「DIVA AIR LINES」ってのでうける。電車の中でスチュワーデスの服装をした人が平然とドリンクサービスを始める映像。出勤風景も映っていたり、乗客のリアクションが面白かったり、バルセロナとソウルでも撮影していたのが面白かった。両方ともいったことのある都市だし。

それから、その横に故・高松次郎さんが昔に作った影の作品 《工事現場の影》。これは東
京銀座で新築中のビルの工事現場の外壁としてつくられたものらしくって、縦2,5メートルぐらいで横7,8メートルはある大きな作品。白の背景に通行人の影が映っているよう作品。当時これは一日で撤去されたらしい。芸大の友達が、この作品の再製作をしたと聞いていた。この作品は影の配置のバランス が洗練されてた。影の色の濃さと影の間の空間の精度の高さを感じた。現代アートではあまり「静かな美しさ」を個人的には感じないが、この作品にはそれを強く感じた。

その後、いろいろな作品を見たが、印象に残っているものをいくつか。

暗い部屋の真ん中にぽつんと一つ大きな昔の真空管のような電球があった。周りには木の棒の細長い腰掛がおいてある。入り口は二つ。そんな状況。みんな中に入る。俺も入って腰掛ける。何だ?何も変化がない。よく分からない。すぐに出ようかと思ったが、とどまった。誰かが、口に指を当てて静かにってポーズをしている。中の人が徐々に気がつき、静かになる。すると、ぼぁーんって暖かい色の光が明るく灯った。すると、みんな満足したらしく出て行った。俺はなんか気になってまだ居座った。その間もいろいろな人が出入りする。話しながら入ってくる人、申し訳なさそうに来る人、一人で来る人、2人で来る人、若い人、おばちゃん。出入りが止まらず、明かりはつかない。だから、気づかずに(明かりがともるのを見ることなく)出て行く人が8割ぐらい。静かにと促す人、じっと待つ人、すぐ出て行く人、みんな静かなのに何?何?と話すおばちゃん。いろいろな人の行動を含めた上での作品なんだろうけど、やっぱこの人の行動は面白い。しばらくすると、空気の読める人がそろったのか、すぐに静かになった。するとまた明かりがついた。人数が多いとより明るく、より早く灯りがつくようだ。一回強く灯りがついて、また弱くなった、しかし、みんなまだ静けさをしっかり保った。すると、また、ぼぁーんと明るくなり、強く光を放った。これを、4,5回繰り返した。何というか、光にありがたさを感じた。それから、人が出て行ったがまだ残った。すると、出入りが激しく、ザワザワして光らない時間が続いた。そして、静かになったらまた少し光った。すると、みんなすぐに動き出して、光のショーは一瞬で終わった。そして、僕もこの作品を後にした。

それと、大きな部屋というかボックスに小さな丸い穴がたくさんあいていた。そこから、中をのぞくとたくさんの犬のオブジェのようなものがたくさんあった。それも中は二階建てで、それぞれ雰囲気が違った。これはなんか面白かったなー。たぶん奈良さんの作品。
その他にも多くの作品があった。鉄パイプで階段が作られていた作品。部屋に電球が一つある作品が印象的。あと、穴から犬をのぞく作品とか、三角錐の形の金色の千羽鶴とかはパンチがあった、影が映る作品とか、DIVA航空という列車で飲み物サービスする映像とか、島の周りを歩く女性の映像・これはなんか面白かった、電線に像とかがあるのとか、丸いクッションの部屋・けっこうリラックスできる、ブランコ、インド人の顔の作品、つみきで糸の張り具合を変えられて音を鳴らすもの・これは幼稚園に戻った気分で遊んだ、暗い大きな部屋の中に砂漠のような大地があり、そこで映像が映し出されるもの、アメリカンな感じのコミカルな人形みたいなの、大きなサッカーゲーム、冬の登山の道具が並べられているもの、黄色いビールケースで作られた空間、電話ボックスの作品、トラックの荷台の中で映像を見る作品、その映像はロケット花火がピューピューと飛ぶもの、いろいろな建物のドアを写して開けるときの人の表情や、その時の音で音楽を表す映像、壁に接したタイヤが回転して削れているもの、本当にいろいろ。

15万人突破と書いてあったが少ない気がする。1000円の入場料で計算しても、、、1億5千万。これじゃペイしないよな。実際に人も少なかった。日曜日、さらに再収集の前の週なのに。
イベント的な時間の流れを持つ盛り上がるものが日本人は好きなのだろうか。それとか、昔に作られた作品(海外や日本を問わず)を好むからなのか。上野の展覧会はいつも人であふれているから、やっぱそうなのかな。財政面で続けるのは難しいんだろうなって率直に思った。

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世界遺産、遺跡移築
いつものことだけど、情熱大陸と世界遺産の流れは最高だ。
情熱大陸をみて、この人かっこええなぁ。って思って、それで、世界遺産の映像の美しさと曲の美しさの重なり合いで心が洗われ、新たな地への憧れをいだく。

今回の世界遺産は危機遺跡。番組のはじめにいくつかの世界遺産の映像が流れた。その映像かっこよかったなぁ。って思った。メインはイランのバム遺跡だった。しかし、番組の前ふり的な感じで危機遺跡の事例としてエジプトが出てきた。

アスワンハイダム建設によってエジプトの遺跡を移動しなければならなくなったそうだ。そして全体を移築したらしい。そしてテレビでは移築の成功と言っていた。確かに、「移築」は成功したんだろう。でも、全体を移築したから良いってもんではないと思う。遺跡はその場所にずっと昔に作られ、その場所で役目を果たしてきた。そこの場所に染み付いたものがあると思う。その場所にあるからこそ意味があるとでも言おうか。どんな川が流れ、どんな土壌で、どんな植物があったか知らないが、それらのもともとの自然条件(前提条件)があった上で、遺跡は作られたのだから。

まあ、テレビ番組的な表現としては「成功」という方がよいということもわかる。言わないわけにはいかない。まあ、純粋に土地を含めた上での遺跡だよなって思ったから書きました。

アあと、スワンハイダムの建設を批判しているわけではない。詳しいことは知らないが、そこに作るらなければならなかったのかもしれないし。
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December 10, 2005
杉本 博司:時間の終わり
芸大の友達が勧めてくれた。それに、上野公園飲みに杉本さんが来てくださったので、行ってみた。

個人的には「海景」がよかった。

なんか、すごい写真の対象物と真摯に向かい合って、それで素朴と言うか自然の状態を大切にするというか、あまりごちゃごちゃしたことしないんだけど、面白い発想の手法(向かい合ったことによって自然と行き着いたことなんだろうけど)で作品を作り上げるって感じでした。

数式を三次元であらわしたものを写真でとった作品、クロマニヨン人や原始地球の頃の動物とかの作品、直島の神社の作品、絵で描かれた人物を写真で撮った作品、部屋を撮った作品など。三十三間道の仏像の作品も圧巻だった。建物をぼかして撮影した作品も。カサバトリョとかもあった。劇場を撮影したものも。

杉本さんが、アメリカの番組で特集された時のものが流れていた。その時の杉本さんの言葉がおおっと思うものだった。すげぇって純粋に思った。作品もその空間の作り方も、そしてあの話した時の笑顔の柔らかさもすごいと思ったのだが、その根本にはやっぱり彼の作品作りに対する姿勢と信念がしっかりしているんだと思った。

 

「私が写真という装置を使って示そうとしてきたものは、人間の記憶の古層である」 「海」は、「太古の人類が見た同じ景色を現代人が見られるか」というテーマ設定のもとに被写体として選んだ。著書「苔のむすまで」より
杉本 博司:時間の終わり
会期:2005年9月17日(土)- 2006年1月9日(月・祝)
会場:森美術館 六本木ヒルズ森タワー53F
2001年にハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど国際的に活躍する杉本博司。本展は1975年から2005年に制作された杉本の代表的なシリーズが初めて一堂に会する回顧展です。
現実と虚像の間を視覚が往来する《ジオラマ》や《ポートレート》、映画1本分の長時間露光による《劇場》、世界中の水平線を撮り続ける《海景》から、20世紀の代表的な建築を無限大の倍の焦点で撮影した《建築》、最近作の《影の色》、《観念の形》まで、新作・未発表作品を含む約100点が展示されます。
また、写真や光から派生して、近年は建築空間にも強い関心を持つ杉本は《護王神社―アプロプリエイト・プロポーション》、《影の色》で被写体となる空間を自らデザインしたように、本展全体の展示デザインも手掛けています。
会期中《海景》を展示する漆黒の空間に能舞台が配置され、杉本舞台美術による能公演も予定。また、コラボレーションとして、サウンド・アートの分野で世界的に活躍する池田亮司によるサウンド・インスタレーションも予定されています。 本展は、森美術館で開催後、ハーシュホーン美術館・彫刻庭園(ワシントンDC)、フォートワース美術館(テキサス)に巡回します。
Posted by takeshi at 11:36 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ニューデザインパラダイス
ニューデザインパラダイス 「新聞」 フジテレビ 12月10日深夜 

メモ

きちんとそのもの自体を受け入れた上で、デザインを考える。

その物事の根っこを理解した上で、デザインする

永井一史さん デザイナー 博報堂

ポイント
形ではなく読む行為をどう変えるか
一日中読める新聞
現在の新聞のよさを生かす
今ある普通の新聞をリデザインしてみるという番組。

リデザイン後
・どこでも読める、持ち運びも簡単。サイズはA4
・一面のビジュアル化。表紙は写真一枚のビジュアルで表したり。一目で分かる
・記事の重要度は記事の大きさで統一して分ける。
・最後のページは日記代わり
・表紙(ビジュアルニュース)と裏(日記)だけを抜いて保存できる
・種類による見出しの色分け
・地方で何が起こっているかわかる、日本地図
・抜いて保存できる連載小説

新聞を読むという行為のデザイン

先週、東大の複雑系の池上高志さんが話していた、作品そのものは同じでも、その時の心境によって見え方は変わる。だから、作品を見る前の、その人の気分を良くする。すなわち、一人ひとりにあった話などをする。そうすると、その後見る作品が良く見える。インプット段階でオーダーメイドにする。するとアウトプット段階で、見た人が良いものを見たと感じれる。作品を取り上げてそんなことを話していたことを思い出した。
Posted by takeshi at 01:26 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 09, 2005
極地マニア
友達から”>「極地マニア!―地球のメカニズムを大分解!その不思議と謎に挑む」という本をもらった。

ペルーのチチカカ湖の写真をのっけても良い?ってことだったので、OKしたらもらえた。うれしい。南極、深海、砂漠などカテゴリーわけされていて、それぞれの極地の紹介がしてある。知らない場所もたくさんのっているし、知っている場所でもすごく詳しい情報が載っているので読んでいると面白い。

そんでもってウユニとかガラパゴスも載っているのがうれしい。それにしても、のっている情報は友達が全部調べたようだ。すごいよなって、純粋に思う。極地好きの人や旅好きの人、トリビア好きな人は是非手にとって見てください。

極地マニア!―地球のメカニズムを大分解!その不思議と謎に挑む
 三推社出版部

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Posted by takeshi at 11:59 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
長い旅の途上
相変わらず、何冊かの本を同時並行に読むくせがある。今も、数冊の本が交互に読んでいる。たまに、一気に読みきることもあるが、それのほうがまれな気がする。

で、他の本も読みかけなのに、長い旅の途上という星野道夫さんの本を読み始めた。やはり、星野さんの文章はいい。なんというか、やわらかい。すべてを包み込むような文章だ。

まだ、本当に読み始めたばかりだが、早速気になる文があった。

「人の一生には、思い出をつくらなければならない時があるような気がした。」

「クジラは圧倒的な生き物だった。小さなアリが生きる姿に目を奪われるように。僕たちは巨大なクジラに感動する。だがそれは、生命の持つ不思議さと言うより、一頭のクジラの一生を超えた果てしない時の流れにうたれているような思いがする。それは人間をも含めた生物の進化とか、地球とか、宇宙につながっていくような存在だった。」

「東京で忙しい編集者生活を送る彼は、何とか仕事のやりくりをしてアラスカの僕のたびに参加することになった。 中略 幸運にも彼はクジラと出会うことが出来た。 中略 クジラの行動が何を意味するのかはわからないが、それは言葉を失う、圧倒的な一瞬だった。 その時、彼はこういった「仕事は忙しかったけれど、本当にアラスカに来てよかった。なぜかって?東京で忙しい日々を送っているその時、アラスカの海でクジラが飛び上がっているかもしれない。そのことを知れただけでよかったんだ。」

ついでに、「はじめての冬」って章の12,13、14ページの過去と現在と未来に関する記述もすばらしい。長いのでメモ。

最後まで読み終わったらまたエントリーするかも。
長い旅の途上
 星野 道夫

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星野道夫が大好きなひとへ。
チョーツィン。。。。

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Posted by takeshi at 04:23 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
いつのまにやらgmail
いつの間にかgmailを使うようになっている。いや、前から使っていたのだが、メインがジーメールになっていた。たくさんのメールアドレスを転送しているから、ラクなんだろう。けど、それだけじゃないgoogle magicがある。

南米の旅や歩いていた時、タイとカンボジアに行ったときは、いつものメインのアドレスから転送してあった。だから基本はgmailを使っていた。

去年、インドに行ったときもgmailに転送してあったのだが、その時はgmailベースに変わらなかった。

中学の時から使い続けているベッキー。いつのまにやらgmail.
google パワーを考えるきっかけかな。

Posted by takeshi at 09:55 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
運命を分けたザイル
なんとなく、借りたこの映画。ここ一ヶ月ぐらいで、誰かから薦められた記憶があったから借りてみた。しかし、誰が薦めてくれたかさえ覚えていない。その前にこの映画を知っていたわけでもない。

で、見て見た。ドキュメンタリータッチとでも言うのか。映像の間にコメントが多く入っていた。いやー、本当に南米の雪山の絶壁で撮影したらしく、けっこうリアル。

雪山の怖さを知りました。でも、雪山は見ていてきれいだな。そして、人間の生きる執念も。死ぬ時に、人がいる、もしくはいた形跡のあるところで死にたいということを言っていたのが印象的。

そして、共に極限の状況に挑むことの難しさと、その関係の重み、決断をしなければならない時の自らの命と相手の死を踏まえたうえでの感情など、やっぱなんともいえない。お互いに命を掛け合うということはそう簡単に、ああだこうだと言えないと思った。

人は挑戦する。
その対象は何であるかは関係ないんだろう。

運命を分けたザイル
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Posted by takeshi at 09:52 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
アニッシュ・カプーア
上野のスカイザバスハウスに行った。
芸大に行く前によってみた。と言うのも、みんながこのアニッシュ・カプーア(Anish KAPOOR)の展示を評価していたから、見てみようと思って。

正直、想像していたのと違った。個人的には好きとか嫌いとかは感じなかった。どっちかいうと好き。でも、すっごく衝撃を受けた。何と言うか、目がチカチカしたし、声(音)の聞こえ方に驚いたり、水が水と思えなかったり、不思議の連発だった。今までの常識をつぶされ、異次元な感じがした。それだけで、良かった。

スカイザバスハウスというギャラリーは小さなところ。そこに、6点の作品が置いてある。そんなところ。入ってすぐ目に入った紅色の作品に足をすすめる。すると、目がおかしくなる。チカチカ。凹面鏡の原理そのものといえばそうなのかも。しかし、それだけじゃ説明がつかないような。まあ、俺はよく分からないことだらけ。逆さに映ったり、はっきり映ったり。自分が遠ざかったり近づいたりすると、そんな感じで変化する。

素材は何だったんだろうかと疑問を持った。一通り見て、作品集をぺらぺら見ていた。するとシンセティック ウッドって書いてあった。合わせ木なんだろうか?僕が行ったらちょうど偶然友達がいた。ばらばらに見ていたのだが、お客さんもいなくなったので、しゃべった。すると、不思議。一人邪気がつかなかった体験をした。声が反射して耳に入ってくるのだが、その聞こえ方が不思議。音が反射して伝わってくる順番が変わっているのかなぁ。自分が動きながらしゃべると聞こえ方が変わって面白い。

さらに、中央に回転する作品があった。透明な樹脂が表面に塗ってあり、その下に赤色物体があるのだと思っていた。でも、何で回転しているのかなぁと思った。作品解説をチラッと見たら、waterとなんとかってのが目に入った。この上に水でもたらすのかと思った。友達と話すと、透明の樹脂じゃなくて水だという。!!??驚き。遠心力で凹面が出来上がっていたのだ。タメシに息を吹きかけると、さざ波が立った。驚き。

写真で見ても分からない、全く分からない。写真を見て分かったつもりになるのは怖いな。実際に作品と向き合ってみないとあの不思議な感覚は絶対に味わえない。本物のみが持つ力。

なんか、すっごい印象深い展示だった。お勧めです。上野に行ったら是非行ってみてください。行ったら感想教えてください。
こんな言い方は良くないと思う。それに、どんな国も十人十色でいろいろな人がいる。しかし、インドにいったことある人なら不思議だと思う。インドに生まれ育った人、そして20歳までと言うその人の大部分を作り上げる時期をインドで過ごした人が、この作品を作り上げるなんて。まあ、金持ちの家に育っていたにせよ。

 

Posted by takeshi at 01:34 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
地球一の。
地球一のって、日本テレビでよく言っている。なんか、サッカーの世界大会?トヨタカップというのの番宣なんだけど、それで芸能人とかスポーツ選手が「地球一の」って言っている。

それはいいのだが、そのイントネーションが気になる。「ち」にイントネーションを置く人がほとんど。これには違和感を感じる。でも、一人、「い」にイントネーションを置く人もいる。個人的にこっちはしっくりくる。
なんと、それは朝青龍だけ。朝青龍だけ僕の中でしっくりするイントネーション。

これは、東京弁や岐阜弁という次元ではなく、俺の発音だけが少しおかしいのか?俺は他の言語の人が日本語を後から習った人と同じ発音。俺の言語(日本語)の学び方(習得過程)は、別の母国語がある人と同じなのだろうか?それとも、岐阜弁と東京弁の違いなんだろうかな。でも、聴くたびに違和感を感じるんだよな。

東京弁以外の皆さん、あの発音に違和感感じませんか?

 
Posted by takeshi at 01:32 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 07, 2005
歌は思い出を運んできてくれる
光る海、光る大空、光る大地って歌をSMAPが歌っているNTTかなんかのCMが最近良く耳に入ってくる。けっこう前にもやっていたと思うのだが、最近また多いような気がする。

で、あの歌を聴くと無人島の日々を思い出す。友達と二人でなんか知らないけどこの歌を歌っていた。まさに光る海、光る大空だったから、自然と口から出てきたのだろうか。

やっぱ、歌は思い出を運んできてくれるんだなと思った。

Posted by takeshi at 11:26 PM | コメント (4) | トラックバック (0)|
時間という切り口で
日々の楽しみ(趣味)
週末の楽しみ(趣味)
一月一回ぐらいの楽しみ(趣味)
2,3ヶ月に一回の、季節ごとの楽しみ(趣味)
年一回の楽しみ(趣味)
数年に一度の楽しみ(趣味)

それが、何らかのイベントに参加することでも、自分の趣味でも、屋内屋外でやること、一人でも出来ること、複数の人と一緒にやること。

今までのライフスタイルが変わるとき(変わる前に)、これらを考えておくといいのかな。

まあ、楽しみ(趣味)だけじゃなくて、仕事をする上でも振り返りが出来るように、時間と言う切り口でやることを考えておく必要があるんだろうな。
Posted by takeshi at 11:06 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
物語と物をセット
物語と物をセットにして売る。

物を知る。
そして、そのものの物語を知る。

商品を売るときはその商品の持つ物語をしっかりと伝えて売ることが重要。

相手が一般消費者であろうと法人であろうと。

って、再認識。
Posted by takeshi at 10:45 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
「思い出せない記憶」の体積
人には「思い出せない記憶」が堆積している。それはいろんな経験によるものが多いと思う。自分が意識的に、こんなことだと物事を理解していなくても、無意識に気づいていること。人とたわいもない話をしたことも、たまってく。この、思い出せない記憶が多い人は人間として深みがあるきがする。

読んだり、習ったりした記憶は忘れるけど、
体で覚えたことは一生忘れない。
って言葉と似ているかも。この表現は極端だけど、まあ、ある程度はそうだと思う。

そして、この堆積した「思い出せない記憶」をふっと思い出す。頭の中に浮かぶ。そして調べる。そして、ちょっとメモとかしてストックしておく。そうすると、また何かふっと思い出す。そして調べる。すると繋がる。

この過程は、スゴイワクワクする。どんどん想像が膨らんでいく。連想ゲームのように繋がっていく。今まで思いつかなかったのがなぜだろうと思う時もある。ばらばらに捉えていたものがどんどん繋がる。そして、新たなものが生まれてくる。

どんな時、どんなことでもこんな過程で考えたりしている気がする。ブログはこのストックの部分として利用している感じだな。

そして実際にやってみる。

個人的にはいつもこんな感じだなって思った。
Posted by takeshi at 08:30 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
星が美しい
昨日の夜、星がきれいに見えた。こんな東京でも意外と見えた。
冬だからなんだろうかなと思った。星が見たいなと思った。

身近で見れるって事で思い出したのが、国立科学博物館。第2,4土曜日の夜に夜間天体観望ってのをやっているのを思い出し、行ってみようと思ったら、今本館改修中につきやっていないらしい。しょぼーん。

それで、思い出したのは美星という町がある。そこは星がきれいだったはず。さらに、名前もいいじゃないですか。そこには美星天文台ってのもある。さらに、この町は美星町光害防止条例ってのがあるほど。星を見るのに邪魔な光を放つなと。

植村直己冒険館にいった時にでも行こうと思う。最後になるかもしれないから18きっぷで行こうかな。それと、護摩行を高尾山でやってこようと思う。

Posted by takeshi at 07:48 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
映画-モーターサイクルダイアリーズ-
映画を見たのは久しぶりな気がする。
この前シンガポール行きの飛行機の中で立て続けに3本見たのが久しぶりだった。
この三つ、電車男、皇帝ペンギン、四日間の奇跡。

友達に、キリングフィールドと言う映画を薦められたので見ようと思いレンタルビデオ屋に行った。が、ビデオ屋になかった。会員証すらなかったので、帰ろうかと思ったが、なんでも気になる俺はちょっと店内を見て回る。すると、モーターサイクルダイアリーズがあった。これはチェゲバラの話。南米に行く前に、見ると良いんじゃないと薦められていたが結局見ていなかった。なんとなく見たいなと思い借りることに。さらに、「運命を分けたザイル」という映画も誰かについ最近薦められていた。そこで、借りる。「ザ・ダイバー」もダイビングインストラクターに薦められていたので借りようと思ったが、次回にとっておいた。

で、まずモーターサイクルダイアリーズを見てみた。ゲバラは旅の後、どんな心境からキューバ革命を起こしたのであろうか。そこの過程をもう少し知りたいなと思った。この映画は純粋に旅の道のりをおった感じの映画だった。いい映画とか、どうのって類じゃないなぁ。個人的には自分がこの前行ったところで、ああ、この道を通った、この建物に入ったと言うものがいくつか出てきていたのでうれしくなった。チリのチュキカマタ銅山、ペルーのクスコ、マチュピチュ、リマなどが出てきた。

それと、スペイン語音声だったのだが、分かる単語がちょくちょく耳に入ってくる。なんかうれしいもんだね。

近いうちにもう一本借りた「運命を分けたザイル」を見ようと思う。

モーターサイクル・ダイアリーズ 通常版
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Posted by takeshi at 03:56 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
新たなものとの最初の出会い
スペイン語はなんかいい。これまで、言語にたいしてあまり良い印象がなかったがスペイン語は何かいい。モーターサイクルダイアリーズ(スペイン語音声、日本語字幕)を見ていて、スペイン語が耳に入ってきて理解できる単語もあった。それで気づいたというか、思い出した。

何でかって考えると、新たなもの(言語)との最初の出会いが重要だったんだろうなと思う。

スペイン語にはじめてであったのは、一人でスペインを旅したとき。自分がガウディの作品を見たくて、行きたくて行った国。そこではじめて触れた。まあ、その時に行きたい国で悩んだのは、スペインとメキシコ。どっちにしろスペイン語圏だったのだ。スペイン旅行の前に、大学でスペイン語をやっていた友達に、5,6個会話を教えてもらった。そして、スペインへ。実際スペインでは「オーラ」しか言ってなかった気がする。

そして、ずっとスペイン語と触れる機会はなかったのだが、今年の夏南米へ。南米に行った子とある友達からは、スペイン語以外全く通じないからといわれた。スペイン語が話せると南米旅行は何倍も楽しくなると。そこで、南米に行く前にホントCDで少し勉強して言った。数字はほぼ問題なくしていった。すると、楽しい。さらに、旅をして2週間ぐらいたった時に、スペイン語を毎朝勉強している人にあった。そして、彼はスペイン語が話せるかのように現地人と会話していた。それを見て、おれもと思い、小さいノートに単語と意味をメモして、それを使った。すると、通じる。面白い。さらに、メモする。さらに話せる、面白い。単純な話だ。

今思うと、やっぱり勉強の始め方って重要な気がする。どうやってその言語と最初に触れ合ったか。それによって違うんだろうな。一番最初に楽しく触れ合ったってのが重要。子供の教育も同じなんだなと、自ら実感したところでした。あと、その勉強過程でも知らない文化の意思疎通が出来たりって目に見える効果がすぐにでると、勉強もさらに楽しくなる。ああ、当たり前だけどこう実感するのはいいね。

過程での楽しみ(効果)ってのはよく言われる「小さな成功(報酬)」って奴だな。

Posted by takeshi at 03:50 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
コントロール可能な感覚器
自分の意識でコントロール可能な感覚器とそうでない感覚器がある。
視・聴・嗅・味・触覚。

視覚、味覚これは自分の意識でストップできる。目を閉じるということで。口を閉じるということで。

触覚は基本的にさえぎることが出来ないと思う。

一方、嗅覚と聴覚はその器官自体ではなく、自分の意思によって他の器官を使うことによってストップできる。すなわち、手で鼻を耳を押さえればストップできると。

そもそも、人間の感覚が五感だけかどうかは知らないが、五感の中で自分でストップできるものとそうでないもの、また手でストップできるものなんでこんな差があるんだろう。その、機能によって何か理由があるのかな。まあ、理由なんて後付けかもしれないけど、結果的に意識でストップできないか出来るかによって、どんな違いが出来たりしたんだろう。

Posted by takeshi at 12:33 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
なんか核があって
自分の強みと言うか、自分の専門があった上で、たくさんの生の経験とかいろいろな人と話すといろいろうまれてくるんんだよな。
Posted by takeshi at 12:17 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 05, 2005
うまい棒1万本だって
ペパボがうまい棒一万本とかやってたから、ついつい。
やるなら中途半端じゃ誰もついてこないんだよなー
ネタの領域に行かないと。
それか、驚きの世界に持っていくとみんなついてくるんだよな。

 

Posted by takeshi at 06:08 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
旅と音楽
さっきの、エントリーでも書いたチャリダーさんの旅行記が一気に更新されていて読みふけっていた。ちょくちょくチェックするのだが、ぜんぜん更新されていなかった。でも今日見たらスゴイ量が更新されていた。
それで、ついつい読み続けていた。すると、印象に残ったのは南米の空の青。真っ青。俺が見たのと同じ青。そんな写真たち。それと、音楽に関する文章が異様に多かった。

そういえば、今回のタイとカンボジアは音楽を持っていった。今までは持っていったことがなかった。理由なんて特になく、荷物が増えるぐらい。あと、現地の風邪を空気をより感じるため。とかいうのも少しある。で、今回は音楽をセレクトしてもらったので持っていった。

CDをあまり買えない、と言う人がいる。それは以前にも書いたと思うが、曲を聴くとその時の思い出がよみがえってくるからと。

しかし、チャリダーさん曰く
音楽を聴きながら旅をすると、帰国後この曲を聴く度に、
「あぁ、この曲はあの国でああだったなぁ」と感じる事ができるのでいいかも。逆にこうやって捉える人もいる。

確かにそう思う。写真とか音楽とかあったほうが、その時のことはリアルによみがえってくる。それに、旅のお供におんがくがあるってのもいいもんだ。途中で、現地の音楽を追加していったら、さらに面白いと思う。

その方がミスチル「終わりなき旅」サザン「旅姿六人衆」の曲をお勧めしていた。「終わりなき旅」は一番辛かった時に聞いた曲で、そのとき励まされ、今聴くと「あの苦難を乗り越えてきたんだ、また乗り越えられるさ。」と。「翼をください」「上を向いて歩こう」は青い空を見上げ走りながら口ずさんだようだ。次旅に行く時はこれらの曲も持っていってみようか。

Posted by takeshi at 05:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
リアルタイム旅日記
なんだろう、昨日かなんかも植村さんの本を読んで旅日記は旅の途中に書いたものが面白いと書いた。まさに、今日もそう思った。南米で会ったチャリダー(サイクリスト)さんの中の一人の方の日記を見た。このチャリダーの方は天才系の人だと思う。勝手に思っているだけだが、発言と行動からそう感じる。

彼がボリビア飯がいかにまずいかってのと、俺がいかにうまいかをひたすら話していた気がする。そして、最後ラパスを出発する日、朝四時まで一緒に待っていてくれた3人のチャリダーの一人だ。なんと言うんだろうか、自然に対して自らの体だけで向かい合っている人はどの人もやさしい気がする。やさしいという言葉が安っぽい気がする。なんだろう、自然と向かい合ったからこそ、本当の厳しさを体で味わったからこそ、生まれてくる自然な感情なんだろう。

友達とか会ったことのある人の文章や写真だとさらになんかワクワクする。それも、現地で旅の途中にアップした文章や写真だとなおさら。いやー、いいね。自分が旅していなくても旅している気分になる。
以前書いた、自分の分身が旅をしてくれるというバーチャルのサービス。これとか
これ。こんなんでも、面白かったのに、それが実際に知っている人となれば面白いに決まっている。

以前のエントリーで書いた「友達の写真は身近に感じる」ってのも、まさにそんな感じだ。

それにしても、南米の空は青いな。青すぎる。さらに、おれが行ったところも行ったらしく、その写真を見るとたまらなく興奮する。

旅って、偶然と言うかハプニングと言うかそんなものの連続で、いろいろな出会いがあって、いろいろな驚きがあって、自然のでっかさとか、人間の温かみとか、いろんなものがごちゃ混ぜなんだよなぁ。だからやめらんね。

関係ないが、旅は一人でもいいが、飯のときは人と一緒がいい。いろいろなものが食べれるし、一人じゃ入れない店もあるし、何といっても話しながら食べたほうがうまい。旅の鉄則なのかな。

チャリの旅を成功させて欲しいな。
ブエンビアッヘ

Posted by takeshi at 05:14 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
December 04, 2005
ヘリコプターね
世界遺産を見ていた。
今回はグランドキャニオン。でっけー。
でかすぎ。一度はいってみたい。

でかいから、空撮がおおい。おそらくヘリコプターだと思う。
見てたらヘリコプターを操縦してみたくなった。
ネットで調べると、200万ぐらい免許取得にかかるらしい。

年をとってまだ興味があったら取ってみたいなー。
操縦してみる風景もたまらんだろう。

でも、自分の肌で自然を感じたいタイプなのでスカイダイビングとかパラグライダーのほうが面白そうかも。

Posted by takeshi at 11:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
タイとカンボジアを旅して
今回のたびで印象的だったのはダイビングと帰りの飛行機から見た日の出。そして、「北極圏1万二千キロ」という植村直己さんの本。

まあ、適当にさくっと書きます。それにしても「北極圏1万二千キロ」を読んでいると体がびりびりしびれるぐらいの感じ。これを読んで旅行記はその場で書いてあるものの方が魂が伝わってくると実感。こんなことを言ったら大変失礼なんですけど、たぶん、「北極圏1万二千キロ」を読んでも面白くないという人が大半だと思う。だって、知らない地名の連続。で、短い日々のメモみたいなのがひたすら続く。それも、犬が逃げた、橇がうまく走らないと同じようなことの繰り返しだから。そんなことを言いながら俺は何でこんなにも、まるで自分のことのように興奮したかといえば、東京から名古屋まで歩いた時の自分の気持ちと重なる部分がけっこうあったから。植村さんの「北極圏1万二千キロ」と俺は比較にならないんだけど、動力を使わないで一人で旅すると同じような気持ちになるんだってことがわかって、歩いた時のことを思い出しつつどんどんほんの中に入り込んだ。

成田→バンコク→アランヤプラテート→ポイペト(カンボジア)→シェムリアップ→アンコールワット→バンコク→チュンポン→タオ島→チュンポン→バンコク→アユタヤ→バンコク

成田→シンガポール→バンコク
これで、3回目のシンガポールエアー。いつも快適です。シンガポールのチャンギ空港のすごさにもいつも感心する。今まで、飛行機の中で映画を最後まで見ることはなかった。でも今回はなぜか映画を良く見た。電車男音声日本語、英語字幕。皇帝ペンギンフランス語音声、英語字幕、四日間の奇跡、日本語音声、英語字幕。これらを見た。あと、FTを読んでいたら世界の尊敬されるべき企業100社かなんかがのっていた。トヨタは3位。日本は車屋さんばっかだったな。すぐ、シンガポールに着く。こうやって比較すると南米は時間かかってるのかな。それで、タイのバンコクへ。タイのバンコクへは、成田行きバンコク経由の便。いま、成田からシンガポールに着いたのに、成田行きの飛行機に乗るのは変な気分。バンコクに夜着。しばし、空港で待機。

バンコク→アランヤプラテート→ポイペト(カンボジア)→シェムリアップ
夜の2時30分にモーチットマイ(北バスターミナル)へ。すると、人がごろごろ寝ていた。空港でアランヤプラテート行きの始発バスを聞いたら6時とかいっていたが、4時と言ううわさもあったのでとりあえず行ってみたのだ。すると、3時30分発があったので、乗ることに。バスで爆睡だったことは言うまでもない。7時30に起こされた。するともうアランヤプラテートに到着していた。そして、国境までバイクタクシーで移動した。すると大問題。国境で出国スタンプをもらう列が長い。長すぎる。それに何分待てども進まない。さらに暑い。暑すぎる。さっきまでいた日本は冬なのに。温度差がありすぎ。そんな炎天下のぎゅうぎゅうづめの列で待つ。待つ。ひたすら待つ。3時間30分後ぐらいにスタンプゲット。やれやれ。逆にタイに入国するほうはけっこうスムーズ。帰りは待たなくていいかなと期待したが。。。それからカンボジアの入国はすんなり終わる。そして、シェムリアップを目指す。トラックの荷台が面白いということだったので、適当に見つけて乗る。なまずとかフナとかみかん、白菜、木箱に入った荷物などなどの上に座る。そして、人数が集まるまでしばし待ってスタート。すると、横にいた人が日本人は辛いぞみたいなこといってくる。いやいや、これぐらいなら大丈夫だと思いますよと答える。さらにフードをかぶれとか、マスクをしろとか言ってくる。まあ、あれだ、道路は土だからほこりが舞って目や口に入るからと言うこと。さらに、でこぼこだから尻がいたい。そんでもって、途中でトラックを乗り換えさせられ、そのトラックが出発するのも1時間30分ぐらいまつ。まあ、良くあることさ。それよりも、2代目のトラックで若造たちがタバコを吸ったほうがいやだった。煙たいし、吸殻とかタバコが服についたら穴があくし。道中の景色は、一面草っぱら。なかなかの景色だった。あんな景色がカンボジアに広がっているとは思っていなかったから。

彼らと一緒に揺られること数時間。
カンボジアの大地にしょんべんをかける。

シェムリアップ→アンコールワット

まあ、無事にシェムリアップに到着。それにしても、シェムリアップの近くになるとアスファルトのどー路になった。さらに、すっごい豪華なホテルが立ち並ぶ。建設ラッシュも続いている。ここもカンボジアなのだ。夕暮れ時の町を歩いていると、声をかけてくる。1泊3ドルだと。まあ、いいかと思い、とりあえず部屋を見させてくれといってバイクの後ろに乗ってゲストハウスへ。まあ、問題なさそうだったので泊まることに。そして、夕日を見にアンコールワットに。ちょっとした山みたいなところに登って見る。暗くなるし足場も悪いのに年を取った人も登っている。みなさんやりますねー。残念なことに、良い夕日は見れず。宿の近くの川沿いに屋台があったのでそこで食べた。アヒルの卵と豚肉を似た奴と、肉と野菜の炒めもの、ライス。けっこう、うまい。さらに、店で出される水を飲んでも全く問題なし。そして、明日の朝5時に日の出に行くためにバイクタクシーに5時に迎えに来てもらうことにして、ぐっすり寝た。と言いたいところだが、無私刺されがひどくあまり寝られなかった。

アンコールワットで力強い夕日。

アンコールワット

翌朝腕時計のアラーム音で目を覚ました。外はまだ真っ暗だった。なんで起きたかといえば日の出のため。バイクの兄ちゃんはゲストハウスの前にちゃんと着ていた。そして、アンコールワットに着くと人がぞろぞろいた。真っ暗な中を昨日の夕日の沈んだ位置を思い出し、日の出の場所を想像して場所取り。ふと空を見上げると満月が見えた。なかなかの月だった。そんな月を眺めていると東の空が明るくなってきた。徐々に明るくなっていく。するとアンコールワットの建物が浮かび上がるように見えてきた。そのうちに太陽が昇った。それから、タプロームとかバイオンとかいろいろ見て回った。それにしても大きい遺跡だな。壁の彫刻も細かいしあっぱれである。いったん町に戻って、夕方再びアンコールに。ぐるっと見て、第三回廊の階段を一人駆け上がる。そして、人気の少ない遺跡の石の上に腰を下ろして、ぼーっと景色を眺めながら夕日を待った。日の出は太陽が昇ってから、日の入りは太陽が沈む前が良いといつか聞いたことがあるが、まさにその時間をゆっくりと楽しんだ。そして、また宿に戻った。すると、オーストラリアに住んでいるというカンボジア人のおっさん盛り上がる。それから、一人カンボジアの町を歩く。少し離れた市場近くの屋台で食べる。オイスターソースの聞いた焼きそばみたいなのが出てきた。そして、この日も終わった。

アンコールワットで朝日を見る

シェムリアップ→バンコク

朝、6時には宿を出た。車でまた同じ道を戻る。5人乗りの車に、8人乗っているんだから狭いのは当たり前だ。それに、隣の変なおっさんが携帯でひたすら話す。電話かけるしかかってくる。4時間ぐらいの間で電話をしていない時間は10分なかったんじゃないかな。閉じられた空間での長電話は好ましいもんじゃないなぁ。と再認識。そして、国境。またまた待たされる。待たされる。タイを出国するイミグレで数時間ならんで待たされたわけだが、タイ入国のイミグレでも同様。4時間ぐらい待たされたかな。そこには、韓国人、アメリカ人、フランス人、カンボジア人、中国人、ベトナム人、ありとあらゆる国の人がいた。横は入りをする人、並んだ列から離れて座る人、横は入りする人にブチギレル人、イミグレの職員にキレル人、まあカオス状態。待つことすら出来ない。世界中の人が並んで待つという単純な行為をするのだけでも難しいんだなと思った。そりゃ、並ぶ文化の国の人もそうでない人もいるわけだし。世界は一つとか、戦争はイカンと言う。まあ、そりゃ戦争がなければそっちのほうがいい。でも、こんなことも出来ない現実があるわけだ。さらに、考え方によってはこうやってけんかが起こる。すなわち文化が違うってことだ。文化が違うから世界を旅すると面白いんだよなって思ったりもした。
バンコク→チュンポン

そんなこんなで、バンコクの北バスターミナルまで戻り、そこからバイクタクシーで南バスターミナルに。一路チュンポンを目指す。21時30分発ぐらいの夜行バス。それにしても、セブンイレブンが多い。多すぎるぐらい。町中どこにでもあるし、セブンの前にセブンなんてこともある。それから、チュンポンに朝の5時ぐらいに到着。今は海が荒れていてフェリーが一日一本とのこと。それで、6時ぐらいの高速フェリーでタオ島に向かう。それにしても波は荒かった。台風かと思うほど。船は揺れる。とりあえず、人生最大の揺れ。確か中学2年の時に乗った漁船で波の辛さを知った。それから、幾度となく船には乗った。ガラパゴスの船上4日間も相当ゆれた。ゆれた。そして今回もゆれた。船がぶっ壊れるかと思うぐらい、水が船にぶち当たって音がスゴイ。と思っていたら、前の扉が開いてしまった。そして船内に水が大量に入り込む。恐るべし。はじめ、西洋人は大はしゃぎ。いかにもこんなのが好きな西洋人って感じで。しかし、5分後にはみんな静かになった。そして10分後には酸味と共に、ゲー、、ゲー、おうぇ、ゲーって声が。。。みんなスゴイ。トイレに駆け込む人も。そこでやっちゃう人も。ビニル袋にやる人も。とりあえず、今までの人生で同時にこんなに多く吐く人をはじめて見た。船内の3分の2以上は確実に吐いた。俺も少し気分は悪かったが、そこまで酔わない方法を身につけているので吐くことはなかった。頭を固定するということさえすれば船酔いは防げる。ガラパゴス船上4日間で自然と身につけた技。人間体で覚えたことは忘れない。
タオ島

タオ島についた。天気ははっきりしないが雨は降っていなかった。とりあえず、一休みしてダイビング屋を探す。思っていたよりもずっと小さな島。メイン通りは15メートルぐらい。その道を外れると店はほとんどない。そんな島でダイビングスクールを探す。日本人のインストラクターがいるところを探すも、何軒もいないといわれた。オフシーズンだからいないようだ。そして見つけた店でも、昼間でいないから12時に来いといわれ、島中を歩いてみた。なんかのどかな感じ。俺の好きなサイズの町だ。タイのプーケットは今シーズンで人も多いみたい。しかし、なんか行く気にならなかった。人多そうだし、リゾートで有名でガヤガヤしすぎてそう、何でも高そう。日本人ばかり。ってことで、行く気になれなかった。リゾートは友達と金を持っていくところの気がする。だから、あえてオフシーズンのタオに。でも、それが正解だった。そこのダイビングスクールに決め、次の日から。一日目は自分でDVDとテキストで勉強、2日目、学科と限定水域(プール)、3日目、学科&テスト、海洋実習 4日目は海洋実習、こんな日程。まず、タオについた日は何もやることがない。だから、本を読んだり、日記を書いたり、ハガキを書いたり、砂浜でぼーっとしたり、考え事したり。日記は久しぶりに左手で書いた。初日から最後の日まで。出発の2日前ぐらいに飯を食っている時に約束したので、実行したのだ。左手で日記を書くと時間がけっこうかかるので、時間のあるタオ生活には良かった。そういえば宿は砂浜にあった。だから、扉を開ければすぐ海だ。その砂浜に机と椅子があったので、よくそこに座って海を眺めた。波の音を聞きながら寝るのは久しぶりだった。無人島の生活を少し思い出した。次の日は自分でDVDを見て、テキストで勉強して演習問題を解いた。自分のリズムで出来るので昼飯を食いに行ったりもしながら。そして、3日目学科をやりながらインストラクターといろいろ話す。そして、毎日違う店に連れて行ってもらって、島のうまいものを日々食べた。午後からはプールでの練習。初めてダイビングの機材をつけて水の中へ。一番初めは行った時は水の中で息が出来たことが不思議だった。はじめは少しぎこちなかったが、すぐに慣れた。そして、水の中での不思議な感じを楽しんだ。そして、翌日、学科テストをクリアし、海へ。雨もふっており波も風もあった。そんな中初ダイビング。はじめは体に力が入った。それに呼吸の仕方が難しかった。中性浮力といって、沈みも浮きも沈みもしない状態で保つには呼吸が重要なのだ。でも、しばらくすると慣れてきた。そして、魚が出迎えてくれた。カラフルな魚がたくさんいた。水中植物もたくさんいた。それに、自分が海の中にいるというのが不思議で仕方なかった。2本のダイビングを終え、島に戻った。そして、次の日もダイビング。この日は余裕があった。ほとんどファンダイビングと同じ。自分でほぼコントロールできるようになった。ダイビングを楽しむって事ができた。魚が自分の周りをぐるぐる泳いでいたときは、うぉー、すげーって感じ。水族館でしか見たことのないような光景。それを生で感じられる。たまらんね。水深16メートルにいる感覚は地球の一部という感じだった。そして、ウェットスーツだけを着て、海に大の字で浮かんだ時は地球の表面にいる感じ。この海に大の字で浮かぶのが個人的にはかなり心地よかった。何もかも体から抜けていく感じ。これが、一つの遊びとして確立してもいいと思うぐらい。みんなにもぜひやって欲しい。そんなこんなで、ダイビングは終わった。この日はタイの焼肉みたいなのを食べた。うまかったなー。

 

チュンポン

次の日チュンポンにフェリーで。チュンポンで一日ふらついた。特に何をしたわけでもないが、町を歩いたり、スーパーがあることに驚き行ってみたり、屋台で飯食ったり、ネットしてたらスコール。なんてことも。

屋台で飯

アユタヤ
夜行列車に乗ってバンコクへ、そしてそのままアユタヤへ。暑かったな。適当に客引きに呼ばれたゲストハウスに決め、自転車をレンタルして町を走った。それにしても、ここは日本人ツアー祭り。学生の団体と退職した人のグループばかり。日本のツアー会社はアユタヤに集中投資しているような気がした。ツアー客の人たちはワイワイガヤガヤ騒ぐのがセンスない。まあ、たくさん人がいるのに常に静かだったら、逆に不気味かもしれないが、静かな方がいいところで騒がれるのは苦手なので、場所を移した。アユタヤの町をひたすら自転車で回った。それから市場なんかに行ったりしてから、また遺跡に。人が来ないはずれの遺跡で本を読んでいた。するとキレイな夕日が目の前に見えた。
アユタヤで夕日

バンコク
アユタヤからバンコクにまた戻った。そして、町をぶらぶら歩く。僕は世界中どこに行っても出来るだけ歩くことにしている。街中で道を聞くと、そんなところは遠すぎるから歩けないといわれるが、歩く。5キロぐらいなら普通だ。歩いて見るといろいろなものが見えてくる。人々の生活が目の前に広がっているからだ。なんといっても、自分の目で見て、肌で感じる。これじゃないと分からないことばかりだ。そして、いろんなお寺に行ってみたり、タイ名物のトゥクトゥクにも一応乗ってみたり、旅の始まりと言うカオサン通りも通って見た。カオサンは自分にはあっていなかったので、そのまま過ぎ去った。夜はソンブーンって店でうまい蟹カレーを食べた。そういえば、バンコクのスーパーには驚くほど日本の食品が。スーパーだけじゃなくて日本語の氾濫具合にも驚いた。そういえば、バンコクのセブンにTIMEとBusiness Weekがあったのでなんとなく読んでみる。その号には2005年の発明品とグーグルの話が。ひとりで、ワクワクしながら読んでいた。自分はこういうのもやっぱり好きなんだよなーと実感。そして、電車で空港へ。電車の中では、警察のおっちゃんがまたよくしてくれた。世界中どこでも、現地の人のやさしさに感謝する。それにしても、どこの人も僕に優しくしてくれる、ありがたい限りである。
聳え立つ三本の塔

バンコク→成田

今回はマイルチケット。ネットで予約して、席も指定した。帰りの便は夜飛ぶ便で朝日本着だったので、右側の席(東が見れる席)でかつ窓際。そんでもって一番後ろの座席。これはリクライニングを気兼ねなく出来るから。そんな席を選んだ。これはすべて朝日を見るため。しかし、星もきれいだった。夜はいつも外を見るようにしている。星がきれいだからだ。そして、今回は三日月も。うっすらと丸い輪郭が見える三日月は神秘的だった。これを小学生の時に見ていたら、月の満ち欠けの授業も納得して出来たんだろうな。って思った。そして、日の出だ。徐々に明るくなる空。そして、太陽が出る直前は火山噴火かと思う赤さ。いやー、良いもんだ。後方には星空、前方には日の出。美しい。そんな最高の自然を味わいながら日本に戻った。

 

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December 03, 2005
水の温度と疲れ
素朴な疑問。

プールや海に入ると体がだるくなるとか疲れるとか眠たくなるとかいうじゃないですか。自分の経験上もそんな気がします。

でも、お風呂って疲れが取れてリラックスできるって言うじゃないですか。風呂とプールって基本的に水温の違いですよね。冷たいと体が疲れて、暖かいと疲れない。なんか不思議だ。どうしてなんだろう。

それに、温度がどれぐらいから疲れが取れるようになるのだろう。体温ぐらいが境なんだろうか。気になるところ。温度を一度筒づつとか上げて実験した人いないかな。

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現地のマイアヒー
マイアヒー。マイアフーみたいな、歌があると思うのですが、世界中で流行ってるのがすごいよな。

南米で聞いた時は、南米の曲なのかと思った。そうしたら、日本に戻ると日本でもブーム。今回、タイとカンボジアに行ったが、そこの町でも流れていた。世界中でヒットするってこういうことなんだなと肌で実感した。

しかし、聴く国によって曲の感じ方が違う。それぞれの国に、現地のマイアヒーがあるような感じさえする。

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December 01, 2005
とりあえず、帰国
帰ってまいりました。
タイとカンボジアから。それにしてもやはりアジアは近いですなー。
国内の旅行ぐらいの移動感覚ですな。
飛行機とはすごいものです。歩きとはレベルが違いますな。

マイルでネット予約だったんですけど、その時に帰りの便は夜発で朝着だったので東側が見える席をゲットしたのが正解でした。夜は星空が、朝は太陽が昇ってくるのがばっちり見えました。ああ、三日月も良かった。三日月なんだけど、うっすらと丸い輪郭が見えるのがなんかたまらんかった。

まあ、相変わらず元気に帰ってきました。
またそのうちに旅行記でも書こうと思います。

ここに写真があります。
http://www.flickr.com/photos/teratown/tags/thaicambodia/

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2005-11

http://www.teratown.com/blog/archives/2005_11.html

November 30, 2005
徒歩で東京から名古屋へ。詳細版
タイとカンボジアに行き、植村さんの北極圏1万2千キロを読み、自分の歩いた軌跡もしっかりと残したくなった。そこで、今さら詳細なことを書く。

本当に疲れているときはメモが少なく、日記も短い。さらに文章は支離滅裂。でも、それが歩いている時に書いた文章なら、それはそれだ。と言うことで記録として残しておきます。

はじめは歩きながらの基本は時系列のメモ。その下が日記。

10月27日
夕方から芸大へ。そして、夜は上野公園のみ。茂木さんに都美術館前の飲みは一生忘れるなよ。といわれたり、友達にまた苦行をするのといわれたり、内藤礼さんに、南米で声をひたすらかけられたと話していたら、悪いことはしなさそうな顔だからといわれた。そんな風に一日が終わっていった。

10月28日
6:30起床
7:00出発 家を出てからカメラを忘れたことに気がつく。そして戻る。準備の重要性を実感。
千駄木の99shopでノート、電池、パン2個、スニッカーズ2個、スポーツドリンク2本、サブレを購入。
8:00上野公園
9:00日本橋
10:20慶応三田キャンパス 休憩
10:40出発
11:20五反田セブンイレブン パック茶購入
12:37コジマ電気 池上店 休憩
13:15神奈川県川崎市に入る
14:25マクドナルド 鶴見店 マックチキン2個 マックシェイク
16:00東急反町駅通過
横浜国大の近くで迷う。横浜新道(16号のところ)はバイパスで歩けなくなったため。近くで道を聞くもはっきり分からず。小田原方面、横須賀方面両方一号線になっている。
17:45 ガスト保土ヶ谷常盤台店 オムライス ドリンクバー
ガストのデリバリーの人に丁寧に道を教えてもらう。和田町交差点(16号)を左に。すると保土ヶ谷駅。さらにサティを見ながらまっすぐ橋を上って降りたら一号線に戻る。
20:50ガスト出発
22:10西横浜駅到着 終了 
相鉄線で横浜駅へ 横浜スカイタワーのスカイスパで就寝。

10月28日日記
いやー、疲れるというか足の親指の間接が一番痛い。&足がだるい。今日は3リットル以上の水分を取った。だから汗も小便も半端ない。歩きながらMP3プレイヤーで音楽とIT CONVERSATIONを聞きづけながら、昨日のことなんかを振り返っていた。とはいいつつ、脳の中は無の状態がほとんどだったと思う。歩いていると俺をじろじろ見る人と、若い人は笑った。確かに何者か分からないはず。怪しすぎるから。道を何人かに聞いた。横国の近くで迷った時、公園でおじいさんに聞いたら怪しまれた。アホかみたいな感じで。でも、大学名を聞かれ大学名を言ったら結構普通になった。寝る場所探しと、いつそこに居つくかのタイミングが難しい。大通りも住宅街も。屋根があってpublic spaceがベスト。あと、時速五キロでは歩けない。せいぜい4キロ。もっと疲れたら3キロになるのかな。意外と長い道のりだ。夜、スカイスパでホモのおやじにチンチンを突っつかれる。20分休むと足がラク。musicあると足の痛さも半減。 けっこうつらい。足の甲がとても痛む。休んで楽になるけど、また歩きが字メタと気に足の痛みが何十倍にもなってかえってくる。歩き始めると惰性と言うか慣性の法則のように前に進むものだ。

10月29日
5:00起床 入浴
5:40スカイスパ出発 
6:00西横浜駅 出発
6:20松屋で豚飯
8:35一号線から外れる 歩道がないため 小雨が降り始める
9:00休憩
9:44休憩
10:10一号線から外れる 30号線を右へ右へ 茅ヶ崎で一号線と合流する?藤沢橋右へ(境川) 一号 467号へ
99shopクリームパン、アイス、おにぎり2個
11:25休憩 SOTETSU ROSEN羽鳥店 
11:50出発 44号
11:30休憩 JAさがみ小和田支店
13:20休憩 郵便局茅ヶ崎
13:35出発
14:00日本橋から60キロ 小雨振り出し休む
雨止むっが、寝る 定休日の会社のトラックの荷台で
16:20歩き再スタート
17:05雨が降り出す 横浜商銀@平塚で待つ 歩く 平塚駅など寝る場所探し
19:20吉野家 牛鉄鍋定食
20:00秀英予備校の2階で寝る 人が来ないか気になり何度も起きる

10月29日 日記
たまに声を掛けてくれたり、親切に道を教えてくれると非常にうれしい。時速4キロ弱ぐらいで歩いている。予定のように早く歩けない、荷物も重いし(70リットルのバックパック)足も疲れ痛いのだから。でも、決めたらやるしかない、一歩20センチぐらい。一歩は400キロの何分の一かは知らない。だが、その一歩を進めないと絶対に着くことはない。何で歩いているのかも分からないし、歩き終わると1,2日目は放心状態だった。 西横浜で松屋に入り携帯のメールを見ると2,3人からメールが。うれしい。それもうれしい人ばかり。足の甲が痛かった。今日はもう歩くのをやめようと思った。雨が降り、家に帰ろうかとも考えた。でも歩いた。20センチの一歩を。予想よりも遅い。雨が降ったり、夜になると家に戻ろうと思った。茅ヶ崎なら明日の朝 来れると。しかし、一度家に戻ったら、もう再び歩くことはないだろう。精神的なものだ。緊張の糸が切れるから。茅ヶ崎で寝場所を探して昼寝した。そこで夜も寝ようと思ったが、また歩いた。平塚につくころまた雨。銀行の植木に隠れて寝ようとするけど、周囲を通る人の視線が気になる。駅まで行く途中で探した。秀英予備校の2階で寝ることにした。初めての完全野宿は緊張した。よなかもちょくちょく目を覚ました。

10月30日
5:50起床
6:15出発
10:00サンクス 小田原国府店 休憩
12:00小田原宿 休憩
畑宿を超えてふれあいの森で野宿できるとの情報
13:50旧街道 箱根を登り始める
元箱根で一号と合流するとの情報
15:50 畑宿 箱根の山の中の休憩所で寝る

日記
朝起きて歩く。人の声が気になった。野宿と言うものはそういうものなんだろう。地面が少しぬれていた。夜中もしとしと雨が降ったのだろうか。まずは小田原を目指す。ひたすら歩くだけだった。音楽を聴いて。日本橋から何キロと言う表示を見て、数字が増えることや、バスの行き先が次の町と変わっていくのがうれしかった。休憩して再び歩き始めると、足が痛む。だから足をぐるぐるまわしたりするだけで長時間の休みは取らず、自分のペースで歩いた。小田原宿でそこから先の道を聞いた。そして、箱根の山。歩道もなく、危ない。けっこうな坂道。足に負担がかかる。&山の中は寒い。畑宿の休憩所で寝ることにした。 パン2個 お茶2個 チョコ

10月31日

5:50起床 寒いのでホット缶コーヒーを飲む
6:30出発 畑宿 箱根旧街道 登りは夜露で石がすべる
7:55元箱根
セブンイレブンでスパゲッティ、パック茶、スティックパン
9:00静岡県にはいる
10:15山中城跡
13:20松屋 三島店 豚丼 サラダ
真っ暗で草ぼうぼうの道、何かに襲われたら終わりだ。怖くて自然と早歩きになった。
18:30 139号 富士市市街へ ローソンなどを彷徨う
20::00ダイハツ吉原店 ガレージ前で寝る

日記

箱根の山の中は寒かった。近くに川が流れていたので特に。朝缶コーヒーのホットをついつい買った。それから歩いた。石に雨か梅雨がついていて、さらにコケが生えているのですべる。さらに、石がゴテゴテで足が疲れる。車が通らないのでそのリスクはない。目立つ服や蛍光テープがあるといい。旧街道ののぼりはかなり辛かった。動労へ出たり旧道を歩いたり。芦ノ湖へ出て、セブンで飯。下り坂も足に負担がありつらい。静岡に入ると、暖かくなり畑ばかりになったのには驚いた。三島までずっと下りで疲れた。それから沼津。富士へ。行く時工場の兄ちゃんに聞いたら、一号は九州まで行くと馬鹿にされ、名古屋まで行くと言ったら、驚いていた。「歩く必要はあるのか?」富士まで行くから乗せるよと言われたが断った。そこにいたおっさんが、溶接をしながら、根性あるねぇと言った。今生よりも、一歩を踏み出すかだけで、あとは惰性。一号の下を歩いた。暗くなり危なく怖かった。ローソンで地図を見た。今日は歩いた。

11月1日
5:30起床
ローソンで地図チェック 焼きそば
6:15出発
一号がバイパスになっているので歩けない。旧道?139号?がどこか分からずいろいろな人にきいたがみんなテキトー。99shopは神奈川でなくなった。139号 マック右 新幹線のガード超えて陸橋の次の大きい通り。との情報
俺には無数の地図がある。 町行く人が道を教えてくれる。
由比駅手前の過度を右 国一の脇の自転車道で清水までとの情報

10:30由比交流館
旧道 交差して右へとの情報

カロリーメイト ジュース2本 パン そば
高速とバイパスの間の道を歩く。危ない。しかし、高速をくぐり防波堤を歩いた時は気持ちよかった。すぐ行き止まりだったけど。

今年の6月ぐらいに通った道を歩いた。角を見た瞬間に記憶がよみがえった
17:30静岡駅
17:50ネットカフェ
18:50ネットカフェを出る
19:10100円ショップ 反射テープと足のサポーター購入
19:40松屋 豚飯
21:10漫画喫茶で朝まで

日記
朝起きてダイハツを出て前のコンビニに。するとダイハツに車に乗った人がちょうど着た。ローソンで地図を見て、ふと上を見上げると真正面に富士山が見えた。夜見えなかったものが、朝になって見えた。朝日が富士を赤く染め、美しかった。富士山が一番きれいなコンビニ、一号線バイパスにある。聞く人によって歩けるという人と歩けない人。自分が軸(判断の基準)を持っていれば、問題ないのかも。でも、1時間30分彷徨ってバイパス1号の横を歩くことにした。セブンで1万おろした。かなり良い天気。大きな橋からは新幹線、富士山、海が全部見えた。一号からはずれ旧道を歩くと由比に着いた。東海道。由比交流館の近くでおばちゃん3人も清水まで歩くといっていた。ここでmapのコピーをもらった。そして由比から自転車専用道路とかいうのに。足が筋肉痛で会談が辛くて仕方ない。高速のようなバイパスの信号を渡り、高速をくづってすぐ横の防波堤によじ登った。海もきれいで最高だったが、たぶん入ってはいけないとこ。それから排気ガスの汚い道を歩いて、そば450円を食べた。トラックの運ちゃんはみんな親切に道を教えてくれる。それから旧道の1号に入った。地図があると情報がありすぎて不安になることもある。清水駅に着き、さらに静岡を目指す。かなり長い。足が関節がいかれる。静岡駅近くで、今年の6月ぐらいにジーネットの合宿できた時に通って曲がった角に気づく。場の記憶がよみがえった。夕暮れの時、一人、寂しい音楽を聴きながら疲れきった体で歩いている。ジーネットの時は対照的だった。すこし切なくなった。駅に着くとネットをする。飯を食べ、サポーターを膝と足首の分買う。そして駅で床に座りマッサージと日記。声をかけてきたおっさんに歩いてはキツイ。体を大切にしろといわれた。怪しいおっさんだった。次に声をかけてきた頭のいかれてるおばちゃんも。

11月2日
5:05起床
6:15出発 ファミマで焼きそばとお茶
8:20宇津の谷 道の駅 フライドポテト
トラックの兄ちゃんとおっちゃんとトーク
信号1,2個超えたら一号の表示アリ。旧道で藤枝へとの情報
9:20旧国一に。208号?
9:30岡部宿 だんご2本をたべる
11:45サイゼリヤ
14:00休憩
14:10出発
14:20 381号(旧国1)掛川へ
15:00大井川
15:23 473号で掛川へ
15:27再び381号へ
16:50ユースホステル子夜中@金谷
おばちゃんが辛そうだからと割引してもらう。
島田→金谷→掛川はまた山登る 歩道なく危険
生きることは宝だ
日々生きれば宝は増える

日記
朝起きて漫画喫茶を出た。朝の静岡はとても寒く人もいない。よくある地方都市。焼きそばを食べ歩く。サポーターをつけての初日だ。歩いていくとバイパスっぽい国道に。でも歩けた。道の駅でトラックの兄ちゃんとおっさんと話す。気をつけろよと笑顔で言われた。800メートル以上もあるトンネルはとてもうるさく、排気ガスが最悪だった。団子を食べ、島田へ。茶畑もある。サイゼリヤのランチはけっこう豪華だった。それから大井川橋も長かったなー。1キロ以上。島田から掛川へいけると思ったらまた山がある。381号(旧1号)これが歩道がなく危なく、16時過ぎ、暗くなるリミット。金谷の観光案内所で聞くとユースがあると。ついでにみかんも3つもらう。もらった地図の縮尺がいい加減。ちょっと不安。坂ツライ。トラック怖い。暗くなる。でも、ユースが見つかり、3500円。一人だ。風呂は気持ちよかったな。
日本のユースに始めて泊まった。マイナーな場所&53次もあってかチャリで旅して「自分探し」なるものをしている人が多く「生きる力」という答えにいたっている。infoノートより。へー、そうなんだ。と思った。俺は何で歩いているのかな?「歩かなければダメと言われるといつも困るんだよなぁ」
風呂に久しぶりに入った。それまでは自分の足なのに、自分の意思で動かせず、手でズボンを引っ張って動かすぐらいだった。しかし、風呂に入りマッサージすると100%の足の状態になった。驚き。100%は言い過ぎたかも。

11月3日
5:15起床
6:15出発
6:50 415号
8:00サンクス おにぎり お茶 パン
精神と肉体は相互依存、これを実感。初日は精神、肉体とも○
5日目 肉体×→精神× 入浴後 肉体○→精神○

9:40 1号線バイパスの横歩道あり
9:50 休憩 自転車で名古屋から東京へ行く親父に合う
13:00すき家 豚丼とサラダ 客の人たちと店の人とトーク
板屋町交差点 駅は左へとの情報
257号線 豊橋行き 左に降りる との情報
新1号 高架橋で左に行くと一号線で豊橋との情報
14:50 261号 天竜川橋 歩道ない 長いし トラックマジ危ない
15:15 312号
16:45 浜松セブン 地図
17:10 浜松駅
17:20-50駅でネット
18:25マック&おにぎり2個 お茶
19:00バーデンバーデン 健康ランド 店の人が200円割引してくれる。
21:00就寝

日記
足が足の甲とかがパンパンにはっている。そういえば参勤交代も一日42キロ歩いたらしい。朝起きた。夜中も数度起きたと思う。毛布三枚あったけど、やはり山の中は寒い。ユースを出て道路の脇を安全のために車に気がついてもらえるように、ピンクのタオルをいつものように降って歩いた。今日は天気が良くない。雨が降ったり止んだり。雨、寝る場所、精神、体、道に迷う、これだけが問題。朝通ったトンネルは歩道がなく怖かったな。ただ歩いた。歩いていると、やることがなく眠たくなる。さらに、もうやめたくなる。何も考えず無で歩いたほうがラクだ。バイパスはホントめんどくさい。道を進んで良いかの判断が難しい。表示も人もいないときや、人の言ったことを信じるかどうかで。先を見に行って違っていて戻るのも足が痛いし。根性でもなんでもなくただ歩いているだけ。何の意味があるか分からないが歩ききろう。みんなのメッセージはマジで元気になる。人間ってホント損なもんだ、途中で自転車で東京に行く親父に会った。なんか変な人だったな。すき家でも店員にがんばれといわれ、トラックのおやじ、サラリーマンの人も優しく道を教えてくれた。トラックに乗るかと誘ってくれたし。そういえば天竜川大橋も歩道がなく危険だったな。歩くのを何階やめようと思ったことか。本当に。400キロの道のりと20センチの一歩。何万歩か知らないけど、一歩の積み重ねだな。まず一歩踏み出せば、何とか進むし、みんなも応援してくれる。時は「今」しかない。今やるか続けるかの連続。過去は関係ない。未来も。「今」だけ生きていれば何とでもできそう。

11月4日
5:40起床
6:00出発
6:30セブン 浜松東若林店 おにぎり2こ パン
8:00 サンクス お茶
9:00 休憩 弁天神社
12:10愛知、豊橋に入る
12:30 サークルK 弁当お茶
12:50 サークルK豊橋一理山店
19歳の福岡からリヤカーを引いて一ヵ月半旅している人に会う。キーボードで演奏しながら東京を目指しているらしい。
14:00ローソン 豊橋二川店 アイス
17:30 豊川を過ぎてストップ
18:00 サークルK おにぎり 焼きそば お茶
19:00漫画喫茶 

日記
意外とぐっすり寝れた。リクライニングの椅子で少し腰が痛かったけど。それにしても怪しいどんな仕事か分からない客が多かったな。それから、ひたすら歩いた。今日は豊橋まで。けっこう遠いとの予想から急いだのだ。風呂に入ったが足の甲とか裏はイタイ。むくんでいる感じ。たぶん冷やしたほうがいいのかな。新幹線、電車、高速道路、俺が一直線になった時はスピードと言うものの違いを感じたが、一瞬その時は同じ場所にいるのだ。愛知に入ったときはうれしかった。気持ち次第で体も足取りも軽くなった。汐見坂をキツカッタ。コンビニで福岡から着た19歳の少年と会った。音楽で東京に乗り込む気なんだろう。気合はいってる。途中あと二日で名古屋までいけると無謀なことを思い豊橋を超え豊川方面へ。しかし、暗くなるのにコンビにすらない。野宿する場所もなさそうだった。でも、サークルKがあってホットした。残すは1日かな。天気予報がまた変わっていた。

11月5日
5:40起床
6:00出発
サークルK 弁当 パン お茶
9:00岡崎
11:25吉野家 鳥炭火焼丼
19:00名古屋 終了
この日は全く休まず、かなりのスピードでひたすら歩き続けた。
最後、警備のおっちゃんにコーヒーをおごってもらって無理してもいいことはない、それだけ出来れば怖いものはないといわれ、心に染み渡った。

われわれは本当に現代社会という枠に支えられて生きてゆけている。そういう仕組みになっている。それに逆らうのはありえないほどの力を必要とする。そういったものに流されるのも少しはありなんだろうね。

自分で自分をほめてあげたいといった有森さんの気持ちが少し分かった気がした。

Posted by takeshi at 07:49 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
眩しすぎて、こっちが恥ずかしくて、見てらんなくなるよ。
湧き上がってくるような、
力がみなぎるエネルギーを太陽から感じる。
凛々しく力強い。
まさに太いあかりだ。

太陽が昇り、空が白んでくると同時に月は隠れて見えなくなる。
太陽さん、あんたはパワフルすぎるよ。
出た。太陽が顔を出した。

眩しすぎて、こっちが恥ずかしくて、見てらんなくなるよ。
太陽は顔を出し始めると、一気に出てくるんだよ。
いつもより、まるでスピードアップしたかのようにね。
急いで出てくる。
去る時もそうさ。
そそくさと逃げるように去っていく。

それにしても、まぶしいよ。
四方八方にあふれんばかりの眩しさをばらまいて。
さあ、一日が始まる。

Posted by takeshi at 06:00 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
またこうして新しい一日が始まるんだな
美しいものはいつもすぐそこに転がっている。
気づか気づかないかはその時の自分の気持ち次第。

飛行機から窓をのぞくと後方には満天の星空
真横には丸い形がうっすらと見える神秘的な三日月
なんてきれいなのだろうか。
そして、前方の空は次第に赤く、黄色く、白くなってゆく。

なんて幻想的なのか、
どう表現していいのか。
心がウズウズして、
どうしていいのか分からなくなって、
カメラを取り出し、今その思いを書き留めている。

でも、機内では誰も見ていない。
みんな寝たり、映画を見たり。
後ろではスッチーが騒いでいる。
ほら、そこに美しい世界が広がっているのに。
でも、人それぞれ感じるものが違うんだよな。
そうなんだよな

またこうして新しい一日が始まるんだな。
太陽の自然の恵みよ、ありがとう。
今日も一日楽しませてもらうよ。
Posted by takeshi at 05:54 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
服を脱いだらアジアの風が
日本に帰り、部屋に戻って着替えた。
すると、アジアなにおいがした。
そうっか、服の中の空気はタイのままだったんだ。

そんなことを思った。
日本に戻ると寒く、もう葉は赤く色づいていた。

Posted by takeshi at 04:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
タイとカンボジアに行ってきます。
11月18日(金)の朝からタイとカンボジアに行ってきます。
今回はマイルで行ってきます。航空券代はタダ。まあ、空港税とかはあるんですけど。またシンガポール航空に乗れます!うれしい。あの航空会社は設備がいいし、好きなので。

タイではダイビングのオープンウォーターのライセンスを取りたいなと思っています。かなり楽しみ。昔から泳ぐのが好きで、海が好きで。ガラパゴスでシュノーケリングで泳いだ時よりも、ずっと深く潜れるのが、かなり楽しみです。ライセンスを取って、これからいろいろな海に潜りたいなぁと。水中カメラとかあったら良いんだけどね。notインスタントで。

それと、カンボジアのアンコールワットで日の出と夕日を見てきます。なんか相当きれいらしいので。日程が短いので、珍しく急ぎ足の旅になりそうなんで気をつけて行って来ます。

12月1日からは普通に日本で生活していると思います。

連絡はいつものメールアドレスにお願いします。転送してあるので、ネットカフェで見れます。
こちら「takeshiあとまぁーくteratown.com 」

Posted by takeshi at 12:48 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 27, 2005
そうか、俺は東南アジアにいたんだった
ネットを少しだけして、すぐに去ろうとしたら雨音。いや、おかしい。さっきまで青空だったはず。
ああ、そうか。スコールってやつですか。ということで、傘も
ないのでしばしネットをしながら雨宿り。

 

 

 

Posted by takeshi at 05:26 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
タオ島でダイビング
タオ島でダイビングをしていました。タオには6日間というけっこう長い滞在。
この島の規模が小さくて、とても快適。海を見ながらボーっとしてみたり、本読んだり日記を書いたり、町をぶらぶらしたりしてました。

スキューバダイビングのオープンウォーターライセンスを取りに行ったタオですが、その目的も達成し満足です。

海にはじめて潜ったわけですが、これはたまりません。リラックスのきわみです。さらに、ウェットスーツを着ていると海に浮かぶわけですが、タンクとかをはずして大の字で海に一人浮かんでいるとたまらなく気持ちいいです。地球の表面にいる感覚。google mapなら俺の大の字が分かるんじゃないかって思える。もちろん、海の中にはさまざまな魚が。カラフルなのもいればきれいじゃないのも。自分の周りを魚が何百匹と取り囲んでぐるぐる泳ぐのは最高でした。ゆっくりしていれば魚はまったく逃げない。ああ、そ
うかと思った。ガラパゴスの動物たちと一緒なんだと。魚にしたら人間もある種の魚と認識しているんじゃないかな。

そういえば、4本目のダイビングを終え、港に帰るときカジキの群れがすごいスピードで泳いでいった。海の中から見てみたい。ジンベイザメとかクジラとかも海の中から見てみたい。そして、次回は水中写真も撮ってみたい。

そして今、チュンポンという町に来ています。

 

 

Posted by takeshi at 04:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 20, 2005
アンコールワット
アンコールワットはでかい。マチュピチュより良いという人の気持ちもわからないでもない。細部にまで彫刻がしっかりとしてあるし。
ただ、観光客が多い。それも、団体の人は騒ぐので、せっかく
の日の出も、美しさが半減。まあ、飛行機でシェムリアップま
で来れて、ホテルもしっかりしてるから当たり前なんだけど。

アンコールワットの周りの、バイヨンってのとタプロームって
のもよかったです。そのほかにもたくさんあって、遺跡周り好
きにはたまらんと思います。

ただ、階段が急だったりするので足が悪い方が行かれるときは
気をつけて。

それと、バンコクから陸路で行ったのですが、シェムリアップ
に入ったとたん高級ホテルがドカンドカンあって驚く。さらに
、今建設中のもたくさん。

田舎の道の両脇には緑の稲のようなものが地平線の先まで続い
ていました。なかなかの景色。トラックの荷物の上に乗ってい
た上に道がでこぼこなので尻が筋肉痛っぽい。

風を感じながら異国を旅するのもいいもんですなぁ。

 

 

Posted by takeshi at 03:46 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 17, 2005
月か星か
月が好きか星が好きか

昨日は満月。
この2,3日はしし座流星群のピーク。

ウユニ塩湖では満月に近くて星がたくさん見れなかった。でも、月もきれいだった。逆にガラパゴスでは月は見えず無数の星。

さあ、月が好きか星が好きか。難しい選択。両方好きだかれら。

今年の流れ星は夏に郡上で見た、目に焼きつくほどの光を放った流れ星、ガラパゴスで無数の星の隙間を縫うようにして流れた流れ星、三崎で見た流れ星。これぐらいかな。

Posted by takeshi at 08:45 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
いつの間にかしてしまっている、せずにはいられない
いつの間にか何かをしてしまっている。
何かをせずにはいられない。

究極のことって、いつの間にか上のような状態に自分がなっているんだと思う。
絵であろうと、商売であろうと、旅であろうと、仕事でも、なんでも。
なんか体の奥からあふれ出すような、湧き出てくるような気持ちによって突き動かされること。

Posted by takeshi at 08:12 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
現地人
現地人ってたまに言われることがある。現地ってどこだよって感じがするけど、なんとなく通じる部分はある。

キャラなのか、見た目なのか何なのか知らないが、。
まあ、何があろうと生き抜く力はあると思う。

話は変わるが、「諦めるのっ!」って言われると、いや、諦めないって言ってしまう自分がいることに昨日気がつきました。俺の操り方って簡単だな。

Posted by takeshi at 07:56 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
卵の価値の不思議
卵って料理で出てくると、存在感があると思う。なんか、他の食材よりも上に見られる傾向にあると思う。おでんとかでも、卵のランクって高いと思う。それは、丸いままの卵の状態だから。今日、昼飯を食べていて卵があってそう思った。

なんで、卵をそんな価値のある物というか、たいそうな物として扱うのか。1個15円ぐらいのものに。まだ、卵が高かった頃の名残なのだろうか。

で、この卵、同じ卵でも形状によってランクというか価値が全く違うみたいだ。形状と言うか状態かな。生卵の殻つき、ゆで卵、目玉焼き、卵焼き、スクランブルエッグとか卵どんぶりなど。いろいろな卵料理がある。

卵の丸い形のままが一番価値が高い気がする。一塊になっていて、目立つし、存在感があるからかな。スクランブルエッグとか卵丼のように、ばらばらに分散すると一塊ではない。一口で食べるということが出来なくなる。だから、どこを食べても卵が口に入る。だから、価値が低い気がする。

まあ、卵は丸い状態が一番価値があるのかなぁと思っただけです。

相変わらず、変なことを言い残して日本を去ります。

Posted by takeshi at 07:55 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
出会うタイミング
出会うタイミングって重要。

ああ、この人と5年前に出会っていたら絶対仲良くなっていなかったなぁとか思うことがある。でも、今、出会うとすごく仲良くなれるなんてことがある。逆に、昔だったら仲良くなってたけど、今あっても仲良くなれない人も。

でも、すごいのは昔仲良くなったら、性格が変わっても仲の良いままというか、つながり続ける。当たり前なんだけど、時間の一方通行性を感じます。不可逆なんだなと。一回なにか出来事が起きて、それを完全に白紙にすることは出来ないんだなと。

まあ、前提として相手キャラクターが昔と現在で変わっていないって事なんだけど。それで、自分の性格だけが昔と今で変わったという条件。

Posted by takeshi at 05:51 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
すべてが気になって、すべてが気にならない
すべてが気になって、すべてが気にならない

すべでがどうでもよくて、すべてがどうでもよくない

嘘のようで本当の話。

Posted by takeshi at 05:50 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 15, 2005
カンボジアビザ
カンボジアビザを取りに行った。カンボジアビザってあんまりかっこよくないなぁと。それと、あと9年も使うパスポートなんだからビザで1ページ使われるのはもったいない。。。ってつぶやきたくなる。まあ、でも日本のパスポートは世界で一番いいパスポートなんで、文句は言いません。

それにしても、カンボジアビザを申請しに行った時は偶然だった。先週の中ごろ大学へ行った。その授業は仲のいい友達が取っている。彼が先にいたので、横に座る。それで、なんか俺が東京から名古屋まで歩いた話から、旅行の話になった。そんで、彼が今日カンボジアビザを取りに行くと言う。俺は友達がカンボジア行くなんて知らなかったから驚き。俺も今日行こうと思っていたと、パスポートを出すとさらに驚き。こんな偶然あるんだなぁと。それで、一緒に行ったとさ。ってことでした。

仲のいい友達とかの間に起こる偶然はある意味において必然である部分があるのかもしれない。何と言うのだろうか、偶然の確率が高いというか。考え方が似ていて、行動が似ていてということになるから。偶然にあることが同時に起こる可能性も高いんだろう。

なんか周りに外国に行く人、つい最近行って今も行っている最中の人が多い。上海、メキシコ、スペイン、北京、タイ、ベトナムなどなど。自分の周りの人が一気に外国に行くタイミングってある気がする。そんで俺もだし。みんな気をつけて、俺も気をつけて楽しんできます。

パスポートネタ
http://www.teratown.com/blog/archives/000832.html

(当時の)行きたい場所リストを見ると、この時思っていた行きたいところはかなり行ったなぁ。まあ、他にたくさん行きたいところは増え続けるわけですが。
http://www.teratown.com/blog/archives/000875.html

Posted by takeshi at 08:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
1年に2回ぐらい
1年に2回ぐらいしか会わない、もっと言ってしまえば、今までで3,4回しかあったことないのに、なんか話しやすい友達と昨日会って話していた。気が合うとは、まさにこういう友達のことなんだろう。

彼は夏にチュニジアに行っていた。で、彼曰く、チュニジアはいまいちだったらしい。でも、砂漠は良かったみたい。諸事情により使える金が3万になってしまい、極貧生活だったようだ。笑

彼はインドで会った奴。彼もまたあのインドの不思議に魅了された一人。そしてネパールの事件を共に経験した仲。彼にしろ福井の兄ちゃんにしろインドマジックという奴の仕業で仲良くなったのかねぇ。

そんなインドもどう変わっていくのだろう。また、時がたったらインドに行ってみたい。
話は変わって、
ラパスでやさしくしていただいたチャリダーさんが「すべてを受け入れる」「やさしさ」というテーマで旅をしていた。その方がメンドゥーサで襲撃にあって、身包みはがされたらしい。そして、今回の旅を終え日本で生活するようだ。どんな気持ちであるか分からない。でも、ラパスで話していたことを思い出し、同じ時間を共有したものとして、身にせまるものがある。長期間海外を旅して、世界中を見れば見るほど日本が好きになる、日本のなにげない文化を知りたくなる。といっていました。そして、盆栽をやったり、母親から郷土料理を習いたいと言っていた。きっと、日本でも自分が輝く生き方をされるんじゃないかな。

最後に彼はこう書いています。「旅人の数だけ違う旅があり、そのどれもが素晴らしいものである」

Posted by takeshi at 08:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 14, 2005
世の中に自分しかいなかったら
世の中に自分しかいなかったら、言葉は生まれなかったのだろうか。

Posted by takeshi at 10:58 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
おびえるという感情
この前、ビートたけしが漫才の前は今でも緊張する、おびえると言っていた。常におびえるという感情があるからこそ、真剣に向き合う。だから、プロとしてすばらしいものが表現できると。

たしか、アンチグローブかなんかも、優秀な経営者はビビリだ。常におびえているみたいなことを言っていた気がする。

どんなに、なれたことであっても適度な緊張感を持つ、初心を忘れないってことですなぁ。自分に言い聞かせとこ。

アンチグローブのネタを発見。
参考http://www.teratown.com/blog/archives/000880.html

Posted by takeshi at 10:53 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
遊び
遊びって何だ。

だいぶ前に、東京の人は何して遊んでいるのかとたずねられた。まあ、東京の人って意識はないんだけど。それは置いておくとしても、はてさて、遊びって何だ?俺って、遊んだのっていつだっけ。ずっと昔、それともいつも。

東京から歩いたのも遊びか?南米に行ったのも遊びか?自分の中では遊びと言う感覚ではなかった。

娯楽=遊びって自分の中ではなっているのだろう。でも、もっと広義に捉えてみれば、僕の人生はすべて遊びのような気がする。

まあ、遊びってみんなどう捉えているのだろう。

Posted by takeshi at 10:28 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
当たり前すぎることの延長の出来事は言葉では伝わらない
当たり前すぎることの延長の出来事は言葉ではあまり伝わらないんだな。まあ、当たり前なんだけど。当たり前のことだから、だれもが日常経験している。だから、だいたいどんなことか予想できる。しかし、その日常やっていることを何回も繰り返す。日常経験の何倍も同じことをし続ける。すると、全く異なったものになると思う。しかし、日常経験で分かったと思い、その先を想像することが出来ないんだろうな。

以前のエントリーとも少し関係するんだけどね。
なんでもないものがたくさん集まると新たな性質が生まれる
http://www.teratown.com/blog/archives/000986.html

通じる人には通じている感じがするんだけど、通じない人には全く通じていない感じがする。まあ、これに限ったことではなくどんなことでも通じていそうな人と通じていなさそうな人がいるんだけどね。

そもそも、相手のどんな言動から通じた通じていないって判断しているんだろう。顔の表情とか、言葉とか、間とかなんだろうけど。意識していなくても、脳が勝手に通じているとか通じていないとか判断しているのがすごいというか、なんとも不思議。生き物が生き残るのに必要な能力だから発達しているのだろうか。

Posted by takeshi at 10:24 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
中央線から見る新宿のビル街
総武線と中央線の区別がいまだにつかず、どう重なってどこで別れるのか分からない。

まあ、それはいいとして、中央線とか総武線で新宿から西へ行く時に見える、新宿のビル群が遠ざかっていく感じ。あれに何か寂しい感じを持つ。

何か寂しい感じがする。
あの、ビルの遠ざかっていく感じがそうなんだ。

それは自分のその時の気持ちとか季節とかに関係なく、いつもそう思う。

Posted by takeshi at 10:01 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 12, 2005
今日から冬
今日から冬

外に出たら、冬だって空気が言ってる感じがした。
一気に寒くなったな。

冬だなぁ。日本には四季があるんだな。

インドでインド人の家族と話していた時に、春と秋を説明しても通じなかった。インドにはそんなものがないから、想像すら出来ないんだろう。そんなことを思い出した。

Posted by takeshi at 04:09 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 11, 2005
Life is what happens to you while you are making other plans
Life is what happens to you while you are making other plans.
(人生とは、何かを計画している時起きてしまう別の出来事のこと)

イニュニック[生命] 星野道夫 アラスカの原野を旅する に書かれていた言葉だ。
この本は美しい。写真も美しいが、星野さんが書く文章が美しい。やわらかい、やさしい美しさがある。

彼は写真家である。アラスカに住み、大自然の中で生きていた。そんな澄んだ世界に生きていると表現まで澄んだ言葉になるのかと思うぐらい。読んでいると、自分の心が柔らかく包まれる感じがしてくる。星野さんの他の本も読んでみたくなった。
イニュニック 生命―アラスカの原野を旅する
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November 10, 2005
人生を省エネで生きるかどうか
人生を省エネで生きるかどうかという大問題。
この表現で伝わるかどうか知らないけど、今日、芸大の授業のあと友達と話していて思った。

僕は人生を省エネに生きていないように見えたらしい。でも、省エネで生きようとかエネルギーを浪費して生きようとか考えたことがなかったので、新鮮なツッコミだった。

言われてみれば省エネな人生ではないかもしれない。でも、省エネな人生ってつまらないような気もするわけです。

省エネって表現ではないけど、LOHASに対抗して二郎って書いたのと似てるかも。

Posted by takeshi at 09:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 09, 2005
青春を山に賭けて
植村直己という名前はずっと前から聞いたことがあった。偉大な冒険家だと多くの人が尊敬しているのも知っていた。でも、植村さんに対するたいした知識は持っていなかった。しかし、ラパスでチャリダー3人と僕で野口健さんの話を聞いて、植村さんの「青春を山に賭けて」を読みたくなった。そして、先日買って読んだ。

いや、すごい。植村さんはすご過ぎる。突き抜けた感じがします。読んでいるだけでも、こっちが怖くなるような状況なのに、それを一人で挑戦する。想像を絶する世界なんだろう。すごいすごいと言うのは安っぽいが、とにかくそれぐらいしかいえない。僕には考えることも出来ないし、やろうとも思えないことばかりだから。
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Posted by takeshi at 10:13 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
音楽の影響力の大きさ
歩いていると、もう歩きたくないと思う。正直弱音を吐きたくなるときもある。そうすると、歩幅も短くなり、歩くスピードも遅くなる。すると、到着するまでの時間がかかり、さらに歩くのがいやになる。でも、前に進むしか答えはない。ただただ、耐え歩くだけだ。もう、苦行の状態だ。

となりにはすごいスピードで車は走り、新幹線は通り過ぎる。トラックの運ちゃんは乗せてやろうかといってくる。そんな状況がすぐそばにあるからこそ、歩く事がつらい。ただただ、一人で歩くだけ。途中でトラックに乗せてもらおうが、たいしたことではないかもしれない。しかし、自分がそのことを許せない。ただそれだけ。だから、余計つらい。耐えるしかないのだから。

何で歩いているのだろうか?とひたすら自問自答するし。いつまでたっても、着かないような気になってくる。

そんな時に救ってくれるのが音楽だった。音楽を聴くと気がまぎれる。本当に歩くスピードも全く違ってくるし、歩く姿勢も変わる。気分が良くなって元気が良くなってくる。音楽はほかの事をやりながらでも、聞くことが出来る。それがまたイイ。音楽がくれる無限のパワーを感じた。音楽を世界中のあらゆる人が愛し、いろいろな音楽が生まれ続けるのも納得だ。知らない間にこんなにパワーをもらってるんだからね。

まあ、あと乗り切ったのは、「無」になることが出来るようになったからかな。

Posted by takeshi at 09:27 PM | コメント (0) | トラックバック (3)|
はじめる時のパワーと慣性の力
何かを始めるにはタイミングとかきっかけとかあるかもしれない。

歩き始めると決めるのはどんな時かとこの前聞かれたが、特に覚えていない。お店で注文を決める時ぐらいの感覚だ。まあ、それよりも強烈なコレダッって感覚になる時もあるが。

そうした時に、実際にやるかやらないか。何かを始める時に必要なパワーと続けるのに必要なパワー。

一回はじめてしまえば、続けることのほうが容易だ。運動の法則で慣性の法則があるが、あれと同じで人間もひとつの事を始めたら、行動の慣性の法則があると思う。言い方は悪いが続けるのは惰性でも出来ないこともない。

まあ、とりあえずチャレンジしてみないとなと実感しました。

Posted by takeshi at 09:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
悔しいという感情
なんか、歩いていて思った。

悔しいという感情。
これはパワーになる。

特に自分に対する悔しさ。
半端ないパワーになりすぎてしますこともあるのだが。

でも、自分にとって悔しいという、あの感情はすさまじいものがあると思った。

Posted by takeshi at 09:15 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 08, 2005
歩いているとこんな気持ちになる
めぐり合ったすべてが、いとおしく思える。そんな気持ちになります。なんか、全てのもの、人に対して感謝したくなって、支えてもらって生きていけているんだと感じます。

さらに生きれば生きるほど宝物が増えていく。日々生きているということは、宝物が増えていくということなんだなと思いました。
情熱大陸に出た角田光代さんの言葉。

今も死ぬまでの間の旅行をしている感じなんです。
ここで会う人たちって、ひょっとして明日会えないかもしれない。
旅先って、ご飯とかが美味しかったら、
お店の人に『美味しかった、ありがとう。』って
自然に出て来て、言うじゃないですか。
二度と会えないかもしれないから、
気持ちよく別れようとするじゃないですか。
日常生活もそんな印象を持ってるんですね。
今日会った人にもう会えないかもと思うから、
気持ちよく笑って通り過ごしたい。
http://mbs.jp/jyonetsu/2005/20050320/goroku.html

Posted by takeshi at 07:38 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
歩きながら流れた歌
「川の流れのように」この歌が頭の中を流れた。
この歌詞が歩いていた僕には実に心にしみたのだ。
かなり、オーバーラップするところがたまらない。
 
  知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道
  振り返れば 遥か遠く 故郷が見える
  でこぼこ道や 曲がりくねった道
  地図さえない それもまた人生
  
  ああ 川の流れのように ゆるやかに
  いくつも 時代は過ぎて
  ああ 川の流れのように とめどなく
  空が黄昏に 染まるだけ

  
  生きることは 旅すること 終わりのない この道
  愛する人 そばに連れて 夢 探しながら
  雨に降られて ぬかるんだ道でも
  いつかは また 晴れる日が来るから
  
  ああ 川の流れのように おだやかに
  この身を まかせていたい
  ああ 川の流れのように 移りゆく
  季節 雪どけを待ちながら

  ああ 川の流れのように おだやかに
  この身を まかせていたい
  ああ 川の流れのように いつまでも
  青いせせらぎを 聞きながら

Posted by takeshi at 07:05 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
好きなとき:一人でヒタスラ歩くとき
好きなとき:一人でヒタスラ歩くとき

こんなことを書いていた。。。3年ぐらい前の自己紹介みたいなもので。

読んでそんなこと書いたかな、と思ったが書いたには違いないのだろう。

「一人でヒタスラ歩くとき」って。ねえ。まあ、今回歩くのが好きとかではなく、歩いた。ひたすら。もう十分と言うぐらいにね。

特に意識することなく書いたことが、こうやって後の行動に影響を与えるというか、なんというか。根底では同じものが続いているというか。
Posted by takeshi at 05:45 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
歩き終わり、東京に戻る
しかし、医者に行かないといけないという。。。
足を酷使しすぎたから。まあ、これぐらいは想定内。

歩くという単純で普通の行為、その距離を長くするだけで「精神と肉体」の限界をそしてその関係を生々しく感じることが出来る。

今までの人生で一番印象的な出来事になった。
歩いている間ずっと考え続けたこと。目的地を岐阜にするかどうか。悩んだ結果、名古屋に変更。
別に名古屋という場所に大きな意味はないのだが。岐阜じゃないというところに意味があるわけです。

まあ、無事に東京に戻りました!ってことでした。
Posted by takeshi at 04:20 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
400キロの道のりと20センチの一歩
400キロの道のりと20センチの一歩

400kmは400,000mだ。20cmは0.2mとなる。

400,000m÷0.2m=2,000,000 200万歩ということになる。200万歩ってどれぐらいだろう。一日一万歩歩いたほうが良いととか言ってるから、普通はそれ以上歩かないのだろう。もし、毎日一万歩歩いたとしても200日分ぐらいになる歩数だ。気が狂うほどの歩数。それだけ歩かないと到達しない。

200万歩に対して1歩がどんな意味があるのだろう。

家を出る時のはじめの一歩ってどんな意味があるのだろう。コンビニへ行く時に家を出る一歩、大学へ行く時に家を出る一歩、海外へ行く時に家を出る一歩、名古屋まで歩くときに家を出る一歩。それぞれの一歩何が違うんだろう。

何で歩くのか?

歩きながら考えたこと。

感じたこと。

それはごくごく単純なことだった。

Posted by takeshi at 03:57 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
東京から歩いた道
とりあえず、時系列で事実だけをメモしておきます。思ったこととか考えたことは特に書いてありません。

10月28日

28日金曜日の6時30分に起床して7時に家を出た。前日は上野で久しぶりにみんなと話して楽しかった。いろいろ話したり、砂場で無邪気に暴れたり。そんな時に、明日の朝から歩くと言うと、「また苦行?」と笑って、友達に言われた。このときは、言葉ではその意味は分かっていた。しかし、実際に歩いている時に、あの言葉の本当の意味が分かった。

で、28日の7時に家を出た。バックパックには寝袋やシート、着替え、薬、洗面用具などを詰め込んで。服装はいつもの乾きやすいシャツにジーパン。ウィンドブレーカーというたびに行く時や山に登る時の基本的な服装。東京のど真ん中をこんな格好で歩くのは少し目立つ。だって、国道1号線沿いに行く予定なので、とりあえず日本橋に行くからね。そのあたりといったら、オフィス街。時間も時間だったし。

 

まず、近くの99ショップでスニッカーズ2本、スポーツドリンク、クッキーを非常食として購入しバックパックにつめこむ。さらに、ノートや電池なども購入。上野公園をすり抜けて、9時に日本橋へ。ここは東海道などのスタート地点となるところ。そこから、国道一号線に沿って歩き始める。すると、三田に。自分の大学の横を通ったので、少し休憩。歩きながら常に水分を取り、歩き続けた。荷物がけっこう重く、足も疲れてきた。そんな時、神奈川県(川崎市)に入った。こういう分かりやすい変化というか、進み具合がわかるものがあると力が出る。昼の13時15分だった。

 

17時ごろ、横浜にくる。しかし、標識には国道一号が2本ある。枝分かれする、右の道も左の道も国道一号。はて、どうしてだ?聞こうにも人がいない。まあ、小田原方面と書いてあったほうに進む。すると、そこは横浜新道らしく、人は歩けないという大問題。さて、どうすればいいのやら。地図もないので、どの道を行ってよいのやら。適当に歩いていると、住宅街に。その公園で人に聞いた。すると、かなり違う方向に来てしまっているみたいだった。暗くなって、迷って、一人でいるときは嫌なものだ。近くにあったガストで夕食をとり、どうしようかいろいろ悩んだ。悩んでいても仕方がないので、店を出ることに。その時、デリバリーをしているバイトの人に道を聞いた。するととても親切に教えてくれた上に、飲み物でも買ってくださいと餞別までくれた。泣きそうなくらいうれしかった。22時10分に西横浜駅まで着て、この日は歩くのを終えた。

まあ、はじめは道に迷うのが多かったりしたけど、こうやって、迷いながらいろいろ道路のつくりについて分かってきたし、感覚的にどちらへ進めばいいかがわかってきた。

 

29日

5時に起きて、6時に出発。このリズムが歩き終わるまでずっと続いた。空が白んでくると同時に歩き始めるのだ。この日は天気があまりよくなかった。雨が降ったりやんだり。雨が少し降ったからといって歩かなければ、先へ進まない。何日あっても終わらない。だから、傘を差しながら一歩一歩前に進んだ。歩道がないため何度か国道一号からはずれ遠回り。標識は車に乗っている人用に作られているので、標識ばかり信じていくわけにも行かない。地図もないし、歩くには感とコツがいる。現代のマジョリティである車は楽だなと思い、マイノリティは常にパワーがいることも実感。

雨も降るし、疲れてくるし、歩く以外やることないし、まだ神奈川だし、いったいいつになったら到着するのか。。ということで、何で歩いているのだろう、もうやめたいと思い始める。しかし、耐える。ひたすら耐える。そして、重たい足を引きずるように一歩前に進めた。何度も休みながら、時には休んで寝たときもありながら、平塚まで来た。寝る場所を探すのが大変だった。野宿する場所の条件は、屋根がある、近くにコンビニ、24時間のファミレスなどがあること、人目につきにくいところというものだ。なかなか良いところを見つけ、平塚で寝た。

はじめのころは一日歩き終わると放心状態のようになっていた。

30日

5時50分起床、6時15分出発。夜中は人が来ないかとか気になる。そこで、ぐっすり眠ることが出来ず何度も起きた。野宿で熟睡は出来ない。

12時ごろに小田原宿についた。しっかりした建物が作ってあり、そこでお茶をもらって少し話した。あまり人とも話せないので、こういう機会はうれしい。唯一の救いはたまにみる美しい景色と音楽だ。それがなかったら歩くのが退屈すぎる。無になるということが一番楽なのだが、それが出来るようになるまで4,5日かかったな。ああ、これは本当に苦行だと思った。耐えるしかない。ひたすら。肉体と精神の限界を感じた。肉体と精神とのバランスは非常に重要なんだと。

小田原から箱根を目指した。旧箱根街道で山登り。けっこうな坂道だ。足が痛いのでけっこう負担がかかる。畑宿と言うところが箱根の山の中にある。そのあたりで暗くなりそうになったので、危険かなと思いこの日は終わり。山の中で一晩越すことに。寒かったなー。

 

31日

朝起きるとあまりにも寒かった。体操をして体を温め、ホットの缶コーヒーを見つけ飲んだ。6時30分に出発。石にコケがあって、それが夜露でぬれていてすべる。こんな時間に誰も歩いているはずもなく、滑って怪我をしても助けてもらえないので気をつけて歩いた。元箱根につき、9時には静岡県にはいった。静岡に入ると気温が上がった。そう感じるぐらい暖かだった。さらに、風景も変わって畑が増えた。さらに、99ショップが消えた。それまではかなり見かけたのに。まあ、三島までは下り坂。歩きの場合は下りもつらい。自転車は下りはスーイスーイといけるからうらやましい。

 

ちょっと遅れていたので、三島を通り越し富士まで行こうと思う。が、意外と遠い。一号線が上に走っていて、その下の草がボーボーにはえた道を歩く。真っ暗で、何も見えない。襲われたら終わりだなと思う。懐中電灯で照らしながら急ぎ足で歩いた。かなりの距離だったな。それで、富士に着いたかと思ったら、市街は遠い。。ので、野宿。

11月1日
5時30分に起きる。昨夜は蚊より少し大きい虫に顔をさされまくった。大量に虫に刺されるとこの上なく不愉快になる。そして、ローソンに行って朝食を買った。そして、ふと前を見上げると太陽の光を浴びて赤く染まった富士山がドカーンとあった。昨夜は真っ暗な中を歩いていたので富士山の存在すら気がつかなかった。それにしても、偉大だった。いきなりもらったご褒美。

 

 

また、道に迷う。1号線が歩けないのだが、どこを歩いていいかわからない。こんな時間人もいない。コンビニで地図を見たり、いろいろ歩きながら道を探った。 2時間ぐらい迷ったのだろうか、やっとルートに乗れた。そしたらあとはただ歩くだけ。本当にただただ歩くだけ。それ以外何もすることはない。途中から旧道になり、由比の町に。この町はなかなか昔の町並みが残っていて良いものだ。そこを通り抜ける。バイパスと高速のすぐ横に自転車専用道路があるという。海がきれいかなと思い、そこを歩くことに。ところがどっこい、海があまり見えない。その代わり排気ガスだけはすごい。しかし、見つけた。怪しげな通路を。高速道路の下に薄暗くて水が滴り落ちるような通路があった。明らかに、一般人が通るところではないと思ったが、進入禁止とも書いてないので行ってみる。すると、海が迫ってきた。かなりのものだった。この日は暑かったし、太陽の日差しも強く、ザ海って感じでした。いやー、たまらなかった。しかし、ここは歩けないので、痛い足をかばいながらもどる。そして、一路静岡を目指す。

静岡に着く直前で、今年の6月ぐらいに通った道を通る。ハッと思い出した。あの時はみんなでワイワイ話しながら楽しく通ったなと。今回は一人で、足が痛くて、夕暮れ時。なんと寂しいのかと思いながら、友達の大切さを再認識なんかしたりして、17時30分には静岡駅に到着。これ以上足に負担がかかるのを防ぐため膝と足首のサポーターを購入。

2日

5時に起きて、6時に出発。宇津ノ谷の道の駅に着いた。そこで、トラックの兄ちゃんとおっちゃんに道を教えてもらう。この先は歩道がなくなるから、迂回のルートを教えてもらう。その後、初めての長い(900メートルぐらい)トンネル。怖い。マジ怖い。音がうるさい、迫ってくる。まあ、そこを超えて、旧道に。岡部宿で団子を食べた。

大井川を渡った。この橋も長い。長い。大井川の水はけっこうきれいだったなー。掛川へ行こうと思っていたが、その前に峠があった。それも歩道なし。トラック通る。危険。夕方過ぎたので暗くなる。そんな時に、道が分からなかったので、金谷観光案内所みたいなところに行くとおっちゃんがいた。そこで聞くと、道を教えてくれて、ユースホステルがあるとも教えてくれた。みかんも3つくれた。峠の途中にポツーンとあるユースというか民家だった。ポルトガルで一回ユースに泊まったことがあったが、人生2回目のユース。それも日本では始めて。客は僕一人だったが、歩いてきたといったら、そこのおばちゃんがすごくやさしくしてくれた。また、すこし割り引いてくれた。

久しぶりにシャワーも浴びた。筋肉痛で足が上がらなかったのに、シャワーを浴びたら足がかなり楽になった。風呂のパワーに驚き。

3日
昨日も寒かった。5時15分に起きて6時15分に出発した。415号を歩いた。その後は1号線の脇に歩道があったので、歩く。インターチェンジが近づくと道が分からなくなる。歩く時のポイントはここだ。このあたりをどう攻略するかで、歩く距離がぜんぜん違ってくる。標識もないので、長い距離を歩き経験に基づく感しかないのかもしれない。道の途中で、道を自転車のおっちゃんに尋ねると、そのおっちゃんは名古屋から自転車で来ていた。それもかなりの軽装備。寝袋も何もなし。そのおっちゃんはふらつくのが好きで、日本中自転車で走っているみたい。変わった人もいるんだな。で、その人に道を聞き、いろいろと話す。野宿の情報交換とか。風呂にどこで入るかとか。そんな話。その後、すき家があったので入る。一号線沿いは、牛丼やが多い。あと、町に近づくと自動車屋が異常に多い。で、そのすき家に入ると、隣のトラックのおっちゃんに声をかけられる。歩いて東京から来たというと、奥にいたサラリーマンも笑顔で話しに参加。そうしたら店員まで話に入り店中で盛り上がる。トラックの運ちゃんに乗せてやろうかといわれるが断った。どうしても歩かなければならないのか?と聞かれると答えようがない。何で歩くの?とも聞かれる。答えようがない。この質問にはいつも悩まされ、毎回考えるきっかけをくれた。店を出る時は、店員さんにがんばってくださいといわれ送り出された。がんばってくださいという人と気をつけてくださいという人がいる。大して考えた上での発言ではないんだろうけど、なんだろうこの違った感じは。

その後、また雨が降り出した。雨と野宿する場所を探すのはいやだ。でも、仕方ない。
天竜川の橋は長いのに歩道がない。トラックが通る。怖い。仕方ない。歩くしかない。なんか仕方ないってことばっかりなきがするが、そのほかの手段がないんだから仕方がない。浜松は遠くからでもアクトシティが見える。あれが目印になる。非常に便利。近づくと窓が見えてきたり、電気がついているのが見えたりと、歩く力をくれる。17時ごろに浜松駅帰着。健康ランドのようなところに行って疲れを取った。フロントで自転車かね?ときかれたので、東京から歩いてきたと言うと200円割引してくれた。

 

4日
5時40分起床。6時出発。浜名湖を見ながら歩く。問題発生、イヤホンが壊れる。なぜか人間の声だけ聞こえなくなる。ボーカルの声だけない。。。歩いている時に音楽はかなりの気分転換になったのに。こんなところで壊れるとは。。12時過ぎて愛知に入った。愛知に入ったときはかなりうれしかった。ととうきたと。アイスなんかを買って、食べて自分のご褒美にした。豊川まで歩いた。

 

5日
5時40分起床、6時出発。この日はひたすら歩き続けた。休んでいない。それもかなりのスピードで歩いた。9時に岡崎市内に入り、その後もハイペースで歩き続けた。そして、名古屋に夜到着。歩きながら考えて、目的地を名古屋にした。その目的地とした名古屋に到着。

いやー、疲れた。終わったと思ったら一気に歩けなくなった。最後交通整理のおっちゃんにコーヒーをおごってもらって、無理してもいいことはないでのー、それだけ出来れば怖いものはないは、そんなことした人が隣におるだけでもうれしいはといわれた。正直、心にしみた言葉だった。

かなり、きつかった。限界だった。歩くことがこんなにつらいとは思わなかった。毎日宿に泊まったり、一人じゃなければ全く違ったものだったんだろう。でも、一人でこの距離を歩いたことは自分にとって最大の財産かも知れない。言葉ではうまく表現できないが、この時期にやってよかった。それだけは確かにいえる。
Posted by takeshi at 01:25 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
限りある永遠の中で
ただ歩く

ただ歩く
ただ歩く

ただ歩く
ただ歩く
ただ歩く

ただただ歩く

ただただ歩いた

歩ききった

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ビデオテープの巻き戻しのように
新幹線で帰った

歩いて来た道の横も通った。その時の記憶や感情が立ち上がってくる前に新幹線はその場を過ぎ去った。歩いてきた記憶が全てリセットされた気持ちになった。

ビデオテープの巻き戻しのように

Posted by takeshi at 09:00 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 03, 2005
浜松駅着
浜松まで着ました。
昨日は山の中でした。掛川まで行こうと思ったら、その手前に
山があって予想外に時間がかかり、さらに歩道が無いのにトラ
ックが通るので危なく暗くなるので歩くのをやめた。

そして、今日浜松までやってきました。
明日は豊橋を目指します。

 

 

Posted by takeshi at 05:40 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
浜松駅着
Posted by takeshi at 05:36 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
November 01, 2005
静岡駅
やっと静岡駅まで来た。一号線沿いに静岡駅があるんだと始めて知った。

場所に行くと、よみがえる記憶が何箇所かある。駅もそうだし、街中でも。あの時ここにきたと。

それと、今日の朝太陽を浴びた富士山はすばらしいものだった。@富士市

今日は海も眺めれたしよかった。まあ、朝1時間ちょっと道に迷いさまよったけど。

明日は掛川あたりを狙えたらと思う。

Posted by takeshi at 10:43 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|

2005-10

http://www.teratown.com/blog/archives/2005_10.html

October 26, 2005
岐阜への旅
岐阜から東京に出てきて、3年半。岐阜に帰るときは毎回電車、バス、新幹線。そんなんだった。

どれだけの距離かも分からなかった。それに、一瞬で過ぎ去ってしまう土地を自らの目で見、肌で感じたかった。速さによって見えなくなったものは、いったいどんなものなのか。

一歩一歩踏みしめることによって、見えてくるものはあるのか、ないのか。

今年は無人島に行ってみたり、南米に続く旅かな。

ルートは中山道か太平洋側か迷っていたけど、太平洋側に。

「今、静岡の茶畑にいます」ってメールしようと思って。あ、携帯の電池が持たないかも。

10日から15日ぐらいを予定しています。東京、横浜、小田原、三島、富士、静岡、掛川、浜松、豊橋、刈谷、名古屋、岐阜こんなルートになるのかな。

Posted by takeshi at 02:16 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
舌に馴染む
日本食は舌に馴染む 落ち着く 

ボリビアの飯もうまいが舌に馴染むまではいかない

母親の料理も下になじむ。落ち着く。ほっとする。

おいしいもの、うまいものよりも、さらに上なのが下に馴染む食べ物だろう。
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人は共に生きる
人と共に 
家と共に 
街と共に 
全ての物と共に生きる 

人も生き 
全ての物も生きる 
そして人はよりそれらと共に生きたがる
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October 25, 2005
共感覚
共感覚という言葉が分からなくて、調べた。すると舌で味わうと指先に形を感じる。そんなような現象が起こることを共感覚というらしい。これは五感のどの感覚とどの感覚が結びついてしまうかは人によって異なるみたいで、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚の二つ同士で一方向に発生する組み合わせが考えられるが、視覚と聴覚の結びつく例が多いらしい。

これは何に対しても常に起こるものだろうか?もしそうだったら僕は違うが、たまに視覚と聴覚がつながる時とかある。

共感覚の世界
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20020325306.html

脳の構造と共感覚および意識
http://www.ccad.sccs.chukyo-u.ac.jp/~mito/yamada/chap2/

http://www.bbc.co.uk/sn/tvradio/programmes/horizon/derek_prog_summary.shtml

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外国に対して、何かをすること
そこに生まれた偶然性、というか必然性は絶対に逃れることの出来ない、大前提である。

外国に対して、何かをすること、僕はこれをやりたくなる気持ちは分かる。飯を食えずに死んでいく人がたくさんいる。それは救いたい。と純粋に思う。しかし、他国の人が入っていってがやがややることではないと思う。

その国で生まれたという偶然性は何物にも変えがたいことで、そこに生まれた人がそこの土地に住み問題と直面し、時には解決の方向に向かい、時には悪化していく。

外国は完全に放置で良いのかといわれると、秩序が崩壊してしまう可能性があるかもしれない。でも、その国の分け方から違っていたんだと思う。

だから、旅も出来るだけ現地の人の生活の通りにするべきだと思う。西洋人は自分たちの生活スタイルをどんな国に行っても変えない人が多い。パンにコーヒーなどを持ち込む。でも、違うと思う。

Posted by takeshi at 01:06 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
October 24, 2005
自分を自分で脅かして遊ぶ
自分を自分で脅かして遊ぶって、何だという話だろうけど、僕はこれが楽しい。

何かといえば、家の洗面台の水はシャワーと普通のじょろじょろでる2パターンある。普段はじょろじょろで使っている。いわゆる普通の水道と同じだ。しかし、たまに水道を使い終わった後、シャワーにしておく。そして、次使う時驚く。じょろじょろだと思って使ったらシャワーで勢いよく水が出てくる。その時ハッとする。

自分の脳がドキッとする感じ。固まっていた脳が少しフレッシュになる感じ。あああ、っと思うその瞬間が面白い。

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October 21, 2005
星に近づいて
流れ星、あの一瞬の出来事に人間は魅了される。

流れ星といえば、
岐阜で昔に見た流れ星。自分の部屋のベランダから見た記憶がある。
郡上で見た、目に焼きつくような爆発と共に流れていった流れ星。
そして、ガラパゴスで見た、星の間をぬうようにして流れた流れ星。

星の思い出は
小学生の時にフェリーで九州に行った時に見た。世界にはこんなにも星があるんだと思った。
飛行機から見た無数の星。

そして今年も彼らはやってくる。 しし座流星群が。
11月17日午後5時が極大で16日から18日は大量に流れるらしい。ちょっとまて、俺は18日の夜飛行機に乗っている。ということは!流れ星が飛行機から見えるかもしれない。飛行機から見る星空の美しさといったらこの上ない。そんなところから流れ星が見えるかもしれないんだ。楽しみ。

どっかの大地に寝転がりながら、ひっそりとしたところで流れ星を見てみたいな。

国立天文台のページに行ったら火星が接近しているらしい。最近あの目立つオレンジ色の星は火星だったんだな。

Posted by takeshi at 11:19 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
信じれる人と実感のこもった話
普通に話していて信じれる人と信じれない人がいる。
実際に嘘をついていれば信じれないのだが、真実を話していても嘘に聞こえてくる人がいる。
なんか、地に足が着いている人の話はじっくりきいて、いつもふむふむとついうなずいてしまう。

実感のこもった話、事実の体験に基づいた話はなんとなく分かる。

Posted by takeshi at 12:48 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
October 20, 2005
水に戻る
山に登ることも好き、知らない土地を旅するのも好き、泳ぐのも好き。

空も飛んでみたいのだが、海にも潜りたい。幼稚園のころから中学卒業まで水泳をしていた。それもあってか、水の中でプカプカするのや、潜ったり、泳ぐのも好きだ。ガラパゴスで3回も泳ぎ、亀と一緒に泳ぎ、きれいな魚を見た。

そんなこともあってか、透き通った海に潜って魚を見たくなった。

今思うと、なんで大学時代にスキューバダイビングをやっていないのかの方が不思議な気がするぐらいだ。で、思い出した。タイではダイビングが盛んで、オープンウォーターのライセンスが取れるらしい。しかし4日かかる。日程的に厳しい可能性があるのだが。

まあ、時間があったらタイの島でオープンウォーター取ろうかな。忘れないようにメモでした。
Posted by takeshi at 08:31 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
経験による弊害
昨日、旅行について放す機会をもらった。

僕は、多くの大学生とは違う経験をしていると思う。
一方で多くの大学生が経験していることをあまりしていないと思う。

まあ、十人十色だからいいんだけど。

いろいろな経験をしすぎることによる弊害もあるんだなと思った。

Posted by takeshi at 07:50 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
October 19, 2005
旅サイト
旅行サイトはいくつもある。しかし、たいしたことない。

何でかって、旅行サイトは行きたいところを見つける。そして、行くまでの大まかな情報を得る。(ビザとかワクチンとか物価など)その情報は、現地へ行くまでの前菜として気分を高揚させてくれるツールである。

人の行ったところの写真や旅行記を見るだけで終わるサイトはいくらでもある。でも、それよりも俺が今ほしいのは、行きたいところを見つけるサイト。

たとえば、ウユニの写真を見て一瞬で行くと決めた、たびそらというサイトを見てネパールの子供に身震いがした。そんなサイトがほしい。自分のいったことがあり、好きな場所を入力するとお勧めの場所リストと共に写真がたくさん出てくるサイトがいい。それもかなりマニアックな情報がほしいな。秘境とか絶景といっても、たいしたところがのっていない。もっとマイナーでも良いからすさまじいところが見れるサイトがほしい。

そうなると、陸路で世界一周した人を監修としてつけないと厳しそうなぐらいね。

問題は、そんなにも簡単に一覧になっていて、簡単に見つかってしまうと偶然の出会いの喜びとかがなくなって、どうしても行きたいという気持ちにならないという大きな問題を抱えているかもしれないのだが。

Posted by takeshi at 02:51 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
何で夢を忘れてしまうのか
何で夢を忘れてしまうのか?ここで言う夢とは夜寝ている時に見る夢です。

夢は起きているときに何かを脳でイメージする時よりも僕の場合は鮮明です。カラーだったり。そんなより鮮明な夢なのにすぐ忘れてしまう。起きているときに想像したものはそこまで鮮明でなかったりするのに、覚えている。過去に見た景色を思い出す時も夢より鮮明によみがえってくる事はない。でも過去に見た景色のほうが覚えている。

夢は夜中に何回も見ているけど、まあ覚えていたとしても最後に見た夢だけだという。

鮮明と言うことは強い刺激があり、脳に強く刻まれる気がするのだが。ということは強く記憶に残っても良いと思うのだが。勘違いしているだけで、実は鮮明でないとか。でも、起きているときの想像(イマジネーション)も脳の中で作り出されたイメージだしな。

イメージする場所と記憶する脳の場所が違うからってことなのかな。じゃあ、記憶ってのはどんな要素によって記憶されるかどうかって決まるんだろう。
Posted by takeshi at 02:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
クジラの絵
「脳」整理法
意識とは何か
基本的には偶有性(コンティンジェンシー)の重要性と言うか面白さについて書かれていて、そこに生命の躍動(エランビタール)があると。

主語を入れ替える、
不確かなものに挑戦するには、成功体験しかない
茂木さんに書いてもらったクジラの絵。その意味とは?

その絵を書く前に言われた、外に行っていて、中と向き合っていないというアドバイスの意味。

Posted by takeshi at 02:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
タイとカンボジアに行きます
11月18日から2週間タイとカンボジアに行くことにしました。期限が切れそうなマイルを使って。

インドネシアかタイ&カンボジアで悩んでいたけど、タイ&カンボジアにしました。 決め手はアンコールワットで朝日と夕日が見たいから。それぐらいです。インドネシアは行きたいところが思いつかなかった。でも、チケット買ったらインドネシアのほうが高いからと思ったけど、まあ、行きたいところ優先です。

バンコクin outなのでカンボジアへは陸路で行くと思います。

学園祭なる期間はすべて海外にいるということになりました。まあ、どうせはじめから行かない予定だったからいいんだけど。

2年ぶりぐらいのシンガポール航空です。あそこの会社は良い機体を持っているから楽しみです。

カンボジアはビザがいるんだよな。確か。2年生の春にカンボジアに行こうとして、ビザ用の写真も撮って行けなかったという経緯があるので。

楽しみ楽しみ。

Posted by takeshi at 12:53 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
October 18, 2005
絶対性格悪くなっていると思う
大学1年の頃から約8,000枚か7,000枚ぐらい写真を撮っている。その写真の中には自分が映っているものもある。前は今よりも自分が映るのが嫌いだったので数は少ないが、多少はある。で、その頃の写真を見て思った、「この人、今よりも性格よさそう」=「今、この人性格悪そう」

今の自分の顔と比べると、まだ正確がよさそうと言うか、純粋そうと思った。まあ、いろいろな経験をして打たれ強くなったとかそういう表現だといいかもしれない。しかし、自分の写真なんだけど、他人と思ってぱっと見たら絶対この人の性格は、昔よりひん曲がったと、僕だったら思うだろう。まあ、一人暮らしをしていれば自分勝手になる傾向にあるし。

まあ、気をつけたいところだな。
Posted by takeshi at 11:08 PM | コメント (1) | トラックバック (0)|
October 17, 2005
脳の中で流れた音楽@南米
パソコンで音楽を聴いていた。するとアッと思った。あの澄み切った歌声から小田和正だというのは分かった。タイトルを見ると「風のようにうたが流れていた」とあった。まさに、この歌だったのだ。
「あの夏の空 きらめく海も」
「出会いも 別れも 知らぬままに」

今回の旅で広い自然と向き合う時、この歌の上の2つのフレーズが脳の中で流れ続けた。本当にこの短い部分だけが脳の中で何百回と流れた。小田和正の歌とは知っていたが、タイトルもしらず、この部分しか知らなかった。でも、今回の旅では脳の中でこの歌ばかり流れた。たぶん、今回の旅に一番マッチしている曲が脳の音楽アーカイブから引っ張り出されたのだろう。この歌詞と曲調、そして澄み切った歌声が、まさに旅にベストな音楽だったのだ。今回のたびの象徴のような、旅を表したベストな歌。

そういえば、2年前にスペインに行った時は、世界遺産の「the song of life」が脳の中で流れ続けていた。

Posted by takeshi at 12:30 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
妥協なきこと
妥協しないという言葉にピンと来た。

Posted by takeshi at 12:15 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
写真モブログ一覧から分かる自分の興味
写真モブログ一覧から、自分の興味が分かる気がする。

どんなものを見たときに、ワクワクしているのか。写真をそれも携帯モブログというもので、どんな時にも撮影し更新が可能というツールだから、本当に面白い。

それ、一枚一枚では見えてこないものが、一覧表示するだけで新たな価値と言うか意味を作り出す。一覧になっただけで、比較し僕が何に興味があって、モブログするかが分かる。

Posted by takeshi at 11:48 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
生きるリズム
生きるリズムってのがあると思う。生活スタイルとでもいおうか、生活のリズムとでも言おうか。

そういったものは、気づかないうちに少しずつ作り上げられ、気づかないうちに少しずつ変化する。変化した状況から現状復帰する、その状況で気がつくことがある。

当たり前のように、動作をすると何か不便とかおかしなことを感じる。それは、その動作をするまで全く気づかない。それも当たり前だが、おかしなことだ。

たとえば、モブログの写真を更新するという行為。これは南米生活で忘れ去った行為だった。

こんなことしていたのか。ああ、こうだったよな。なんでこうしたんだろうと。

Posted by takeshi at 11:39 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
自分のことばかり、で他人に興味がない
世界を自分、他人、その他の影響というのがあって、自分がほとんどだった。そんな性格検査の結果が3年ぐらい前にあった。

その時は、実感していなかったが、自らの脳の中での意識として、それの言わんとすることが分かって気がする。

自分がすべてではないが、あまり他人に興味がない。所詮、他人は他人と思っているからだろう。

でも、他人は他人じゃないんだよな。相当支えられてるもんなー。
最終的な最後の意思決定は自分かもしれないけど。

Posted by takeshi at 11:34 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
なんかワクワクする
旅好きにしか分からないのだろうか。
旅に限らず、何かを好きな人が群れるのはその気持ちを感情の高ぶりを共有できる幸せがあるからだ。

未知の国へ友達が旅立つ。そんな話を聞いたり文章を読んだり、タダそれだけで自分が旅立つようなワクワク感が沸きあがってくる。旅行記を見ているだけでも楽しいんだよな。

4トラベルというサイトの個人ページへのアクセス数のメールが来るが想像以上に多い。3日ぐらいで900弱。すごいみんな読んでいるんだな。と驚く。

そういえば、友達が秘境に関する本を作っていて、その本に南米で取ってきたチチカカ湖の写真が本に使われるみたい。うれしいことです。
Posted by takeshi at 11:22 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
October 15, 2005
科学への疑問
科学への疑問というよりも、盲目的に科学的であるということに対して支持することはおかしいんじゃないかと。

科学、科学と言うけれど、科学をベースに科学を信じて考えているけれど、科学のなにをしって科学をベースに考えているのか?

科学ってものを何も知らないのに、科学的であることを信じるのはおかしいのではないかと。

科学的であることは嘘だとかそういうことではなくってね。

Posted by takeshi at 06:11 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
青空への質問
青空への質問とでも言おうか、青空との会話のほうがいいのだろうか。

青空を見ると、自然と口から言葉がこぼれ落ちる。

なぜだか分からない。

Posted by takeshi at 12:41 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
小田和正って最高だよなー
今更なんだといわれそうだけど、小田和正っていいなー。

声もメロディも歌詞もいいんだよなー。

言葉に出来ない
風のように
風のように歌が流れていた
Re
woh woh

などなど

Posted by takeshi at 12:21 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
October 14, 2005
おなかの中で聞いた鼓動
何ヶ月ぶりだろうか、真っ暗にして風呂に入った。時間があるとこうして風呂に入るのだ。

真っ暗の中湯船でボーーっとしていた。すると音がないと感じた。そしてアマンタニ島の記憶がよみがえった。あの時、坂道で立ち止まった時ふと感じた。無音。音がない。何もかもが止まったかのような静けさを恐ろしいほどに感じた。今までに感じたことのない静寂だった。アマンタニ島には電気ガス水道がないといっても人が住んでいる。千人単位で。もっと人のいないところには何度か行ったことあるが、なぜかそこでは感じなかったのに、人もいるし、チチカカ湖のもあるはず。でも、空気が止まったかのような上体を感じた。風呂ではそこまでは全く感じなかったが、久しぶりに静かな時をすごし思い出したのだった。

それから、耳を湯につけて浮いていた。プカプカと。小さな船が波に揺られるように。その時、静けさの中に自らの心臓の鼓動が聞こえた。一定のリズムで振動と共に心臓の音が聞こえた。その時、母親のおなかにいるときは、この音しかほとんど聞いていないんだろうなと思った。そうしたら、そのリズムが与える子供への影響はでかいんじゃないかと。その人が好むリズムだとか、何かを感じる感覚にその鼓動が大きな影響を与えているのではないかと思った。それを脳が作られてすぐという、脳への一番最初の影響なんだから。それもかなりの長期間にわたって、メインではその音しか聞かない。以前も書いたが、同じ聞き続けると、特に好きでなくても、心地よく感じるようになると個人的には思うから、自分のリズム感は鼓動が大きなキーワードになる気がする。

それから髪の毛を洗おうと、シャンプーを手に取った。するとシャンプーのにおいが強く感じた。シャンプーのかおりなんて普段感じていなかったのに、このときは香料が入っていることに気がついた。たぶん目が見えていなかったから、嗅覚に脳がたくさん使われたから強くにおいを感じたんだろう。

となると、人が生まれる前に母親のおなかの中では目が見えない、嗅覚も機能していないだろう。だから、聴覚が鋭くなっていると思う。ということは、母親や自分の心臓の鼓動を常に聞き続けている。さらに、一番近くで感じるものだろう。

と言うことは、その人のタイミング感というか、リズム感にさらに大きな影響を与えているんじゃないかと。ふと思いました。

http://www.teratown.com/blog/archives/001580.html

Posted by takeshi at 10:19 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
言葉が苦手
昔から言葉が苦手だ。言語が苦手。なんと言えばいいか分からないが、カタカナの一部を書くときに戸惑ったり、エレベーター、エスカレーター、眉毛、まつげがすぐに分からなかったり。

字も子供の時から変わっていない。簡単に言えばへたくそだ。

たぶん、厳密に言葉を使わなくても相手に通じると思っているのと、的確な言葉を選ぶなら言いたいことがたくさんあってそれらをはやく言いたいと思っているからだろう。

しかし、今日スペイン語のテキストを見たら入って気安かった。

あと、スペイン語とかの歌で聞いているだけじゃ歌詞なんか全く分からないのに、歌詞を見ながらだと分かった気になれる。何でだろう。

文字と音がつながると認識できるのはなぜか。ああ、

Posted by takeshi at 09:33 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
思い出のオレンジ色のジャンバー
あのジャンバーに詰め込まれた旅の思い出

今回の南米旅行で忘れてはならないものがあったのに、書き忘れていた。オレンジ色のジャンバーだ。それはペルーのリマでもらったものだった。ペルーの旅を終える人から譲り受けたものだった。ここより南は寒いからと。その彼も譲り受けたものだった。もとはといえば、ペルーに薄着できた女性が、リマでオレンジ色のジャンバーを買ったらしい。その女性はペルーを去るときに、ジャンバーを譲ったらしい。すなわち僕が3代目だ。

女の人リマで購入→男の人ペルーを一週→俺

こんな感じだ。ペルーの南の地域は想像しているよりも冷える。そこで、みんな洋服を買い足すのだ。僕も、アルパカのセーター、手袋、帽子、股引と買った。なんせ寒いのだ。このジャンバーはどこを旅したか知らない。しかし、このオレンジ色のジャンバーには人それぞれの旅の思い出が詰まっているのだ。なんていったって、洗っていないから本当に染み付いているのだ。笑。

このジャンバーにはずいぶん助けられた。ラパスからポトシへの夜行バスで。かなり暖かいジャンバーだった。股引を持っていなかったこのときは、足にジャンバーをかけて救われた。それに毎日のようにこのジャンバーを着て寝ていた。

僕はこのジャンバーと共にリマからペルーを、ボリビアを、チリを、そしてまたボリビアを旅した。そんな思い出の詰まったジャンバーだった。昼間の日差しが強い時は正直邪魔な時もあった。もらい物だし、捨てようかと思ったこともあった。でも捨てることはなかった。そして旅を終えるとき僕も受け渡した。このジャンバーは今後もいろいろな人の手に渡っていくだろう。だって、僕も譲り受ける時どんな人から譲り受けたか聞いたし、僕が次に譲る時も今までのジャンバーの旅を語ったからだ。ジャンバーに自分の名前と国名とメールアドレスを書いて渡そうかと思った。今後、着た人が名前を書いていったらなんか面白いかなと思って。そして、このジャンバーが今世界中のどこを旅しているかが分かったら面白いと思った。これを着て旅した人だけが入るメーリングリストなんかを作って、現在来ている人が旅の報告をMLにしたら面白そうと思って。

でも、やめた。確かに面白そう。でもなんか旅って、偶然性とかあまりがっちり縛られない思い出が楽しいと思ったから。人の名前が書いてあると、来て旅する人にとって精神的な重荷になるだろうから。文字よりも、なんとなく言葉でジャンバーの旅を聞いたほうがワクワクしそうだし。

だから、そのままラパスで次の人に渡した。もともと女性用のジャンバーでサイズが小さいのでこれから南下する女の人に、今までのジャンバーの旅だけ話して渡した。その人はベネズエラから入って、ボリビアをさらに南下してウユニに行き、1ヵ月後ぐらいにリマから国に戻るといっていた。だから、まだこのジャンバーは南米を旅しているるんだとおもう。

あのジャンバーは今、どんな旅をして、何を見ているのだろうか。

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心の中における真実
他人はだませても、自分は騙せないとよく言われる。自分にはうそをつけないと。

自分の心の中で何かに対して持った考えなり気持ち、これは正しいのか。正しいというか、自分の中でこれだと思うこと。

思い込みと何が違うのだろうか。

あの、自分の中だけにしか存在しない真実のようなもの。

Posted by takeshi at 05:55 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
未来を考えること
北大の澤口俊之がテレビで言っていた、人間は未来を考えることが出来るようになったから、死と言うものを知ったと。

これを聞いて、ああそうかと思った。

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脳の破壊衝動
僕は、ほとんど怒らないし、物にあたることもない。普通に言う破壊衝動はない。

しかし、脳に対する破壊衝動はある。何かといえば、自分の今までの常識とか固定概念とか、無意識的に持っている凝り固まった考えをぶっ壊したいという気持ちがすごい。脳の中がごろっと変わるような時すごく楽しい。

想像できないようなものを体験したいと思ったりするのは、この脳の破壊衝動から来ていると思っている。

Posted by takeshi at 12:18 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
October 13, 2005
町の灯が、あの星を消し去った
スーパーへ行く時、月が明るかった。

月を見たとき、ラグーナコロラダで見た月を思い出した。あの満月を。

夕日を見たとき、ジブラルタル海峡に沈む夕日を思い出す。

日の出を見たとき、富士山で見た日の出を思い出す。

それらがだいたい、一番最初によみがえってくる記憶だ。

月を見ながら、ああ、同じ月かと思った。月に吸い寄せられ、月のみに意識が行った。そして、あの時に僕はいた。

スーパーの帰り、空を見上げるとオレンジ色に輝く星が一つだけ見えた。南米で見たときも一際目立っていた、あいつだ。その横にもう一つ明るい星があったが、今日ここでは見えなかった。

本当は無数に見ることが出来る星。ガラパゴスなんてその最たるものだった。何光年と言う想像を絶する遠さから地球まで届く光。それほどの輝きを持った光が、街中の弱弱しい光によって見えなくなる。なんかすごい残念だな。

もちろん、生活していくうえで電気ガス水道が重要なのは知っています。何度もそれらがない生活を経験したので。電気を消せとか行っているのではなく、(それなら自分がどっかの人里はなれたところにすめばいいので)なんか、寂しいなと思う気持ちがあった。それと、すごい力を持った物でも、近くにある本当に小さなものによって、ないものと同じにされてしまうということを実感した。こういった類のことは普段の生活でもありえることなんだろうな。

Posted by takeshi at 09:58 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
October 11, 2005
南米の旅路の読み方
「南米の旅路」を普通に読もうとすると、16から1に向かって読むことになってしまいます。
でも、これは時系列と逆で、読んでも分かりにくいです。

それで、このページ(南米の旅路、イントロ)を表示してください。

これが「南米の旅路、イントロ」です。

このページの日にち(October 05, 2005)の上で、広告の下に
《 南米旅行写真 | メイン | 南米の旅路、その1 》
こんな感じのものがあると思います。

それで、南米の旅路、その1 ってのをクリックしてください。
すると、次のものが読めます。

同じことを繰り返して、その3、その4と読んでもらうと読みやすいと思います。

ああ、でも一番初めに写真を見たほうがいいと思います。
文章は長くて読むのがいやになると思うので。
写真は下のところにあります。
http://www.teratown.com/blog/archives/001846.htmlとりあえず写真、こちらからご覧ください

Posted by takeshi at 10:07 PM | コメント (1) | トラックバック (0)|
何とかなるスペイン語講座
間違っているかもしれないし、綴りも分からない。しかし、今回のたびで必死に覚えたスペイン語。基本的に単語が分かっていれば問題ない。あと、いくつかの疑問文。活用形なんて知ったこっちゃない。原型だ。通じる、自分の言いたいことが相手に伝わる、同じ気持ちを共有する、それが目的なのだから。

当たり前に使っていたものはメモしていないので、忘れていると思う。でも、次スペイン語圏に行くときにこれだけあると便利だろうなー。自分へのメモ。

テンゴ・・・ ・・・I have
キエロ・・・ ・・・したい
キシエロ キエロの丁寧な表現
クアンド ティエンポ・・・? どれぐらい?
ティエネ・・・? Do you have・・・?
ケ エス ノンブレ? 名前は何ですか?
ケ オラ ・・? 何時ですか?
マスバラート もっと安く(値切る)
ケ エス・・・? ・・・は何ですか?
クアント アーニョス? 何歳ですか?
ポル 数字 ノーチェス、ポル ファーボル (数字)にち宿泊お願いします
エスト バ ア・・・? これは・・・に行きますか?
ア ケ オラ サレ? 何時に出発ですか?
ケ エス エスト? これは何ですか?
ケ メ スヒエレ お勧めは何ですか?
ラ クエンタ ポル ファーボル お勘定お願いします
メヌー デ オイ 今日の定食
イグスタ・・・? Do you like・・・?

ブエノ 良い
ペリグロッソ 危険
セグンド 二番目、メインディッシュ
テレフォーノ/フォーノ 電話
リコ うまい、おいしい
ベンターナ 窓
オホ 目
ケ 何
クアンド いつ
キエン 誰が
ドンデ どこ
コモ どうやって
クアント どれくらい
ポルケ なぜ
エン ・・・にて
クイダール 大切にする
ラピド 早い
レント 遅い
フォースフォロ マッチ
カンデラブロ ろうそく立て
ベラ ろうそく
ソパ スープ
フィフェオス 麺
セーナ 夕食
イグオル 等しい、同じ
ディファレンテ 異なる
ソロ 一つ
エスキーナ 角
メディア 半分、半
PASILLO 通路側
コメール 食べる
パラミ for me
レアール 読む、見る
デスペハード 晴れ
ヌブラード 曇り
アジイ あそこ
サル 塩
トドス 全部
プレサーダ/マンタ 毛布
コーチェ 宿泊する
アルムエルソ 昼食
ドゥーチャ シャワー
カリエンテ あたたかい
フリーオ 寒い
ムイ とても
フロンテーラ 国境
ケソ チーズ
ドミンゴ 日曜日
ノルマル 普通、日常
ノー プロブレマ ノープロブレム
コレオス 郵便局
パペル イヒエンコ トイレットペーパー
ラルゴ 長い
コルト 短い
パペル 紙
エスペラール 待つ
フィニート フィニッシュ
カンサード 疲れる
カミナンド 歩き
コンプラール 買う
カーロ 高い(値段が)
バラート 安い
ポルファーボール プリーズ
ポキート 少し
ペケーニョ 小さい
グランデ 大きい
マス より、さらに
カンビオ 両替、交換する
サリール 出発
ジェガール 到着する
レホス 遠い
セルカノ 近い
ソラメンテ only
アセル make,do
ウステ あなた
ヨ(ジョ)私
セルベッサ ビール
ポヨォ 鶏肉
アロス 米
メグスタ・・・  ・・・が好きです
アビタシオン 部屋
ムイビエン very good
テンプラーノ 早い
トラバッホ 働く
ファーシル 簡単
ディフィーシル 難しい
オートラ 別の
インテリヘンテ 賢い
バイラール 踊る
アブロ 話す
プレード できる
バモス Let’s go
エルマーノス 兄弟
コミーダ 食事
ドルミル 眠る
ノンブレ 名前
ディネロ お金
イスキエルダ 左
デレーチャ 右
デレーチョ/レクト まっすぐ
ブエルタ おつり
アジェール 昨日
アオラ 今
ベルデ 緑
ユーリア(ジュビア) 雨
ヤーベ 鍵
デサイウーノ 朝食
アヒー 唐辛子
ピカンテ 辛い
ディスクルベ I’m sorry
ペルドン Excuse me
グラティス 無料
ブエナビスタ よい眺め
アスタ・・・ ・・・まで
デ from
コシーナ 料理する
アリーバ 上
パパス ジャガイモ
アバホ 下
リブレ 空いている
ロッホ 赤
ポシブレ 可能
インポシブレ 不可能
ネセシティート 必要
ノーネセシティート 必要ない
エクセレンテ 最高
マロ 悪い
クイダード 注意
エステ(タ) この
アヤ あそこ
パサヘ 切符
バカ、バカーノ 牛
バカシオネ バケーション
ラピ ペン
カンパニア 会社
ニエベ 雪
インクルーイード 含む
コン 含む with
シン  without
エスタビエン OK
セマーナス 週間
ディアス 日
ディスプエス 後で
ルエゴ 後で
ミズモ(ミスモ) 同じ
モチーラ カバン
ポロキシモ 次
カジ 通り、道
シエン 100
ドス シエントス 200
ミル 1,000
ディエス ミル 10,000

Posted by takeshi at 04:20 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
本気で向き合う
外ではなく内と向き合え
外へ逃げている。自分ではなく。
外の何かを使っているだけ。

外へ行っているだけのキがする。内面と向かい合う、内面を掘り下げる

自分のことではなくて外の事を話してる
自分の内面と向き合え
本気で生きろ
着き抜けろ
上流の楽しみを見つけろ
それをつきつめて仕事にしろ
取り繕うな
本気で向き合え
一万円の世界と百円の世界

外へ逃げてる 
南ベイも
大浦食堂も

もっと内面から
内面をみつめろ
他人事になってる

本当にやりたいこと、こころの底からワクワクすることを見つけ、それに向かって命を賭けるぐらいに

10月9日 下北沢のカフェアンドダイニングassoで、向かいに座った茂木さんに、寺町に言いたいことが一つあるといわれて。

Posted by takeshi at 10:33 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
南米の旅路、その16-完-
サンフランシスコとシリコンバレー、そして日本へ

ラパスからマイアミに着いた。暑い。それからサンフランシスコに。アメリカの国内線は機内食なんかもってのほか、菓子すらでない。スナックバックとかいって5ドルで売っていた。ああ、アメリカ国内線しょぼーん。

まあ、サンフランシスコに着き、金の節約のために床で寝る。床で寝ると翌朝、体が痛いが仕方ない。ゴールデンゲートブリッジへ行った。バートとバスと歩きで。それから、スタンフォード大学に。かなりでかい。想像通りのアメリカの大学。ここからHP,Sun,google,yahoo,Ciscoが生まれたのだ。そんな大学を歩き回った。アジア系の学生特に中国の人が多い気がした。中国パワー恐るべし。

サンノゼの町にも行った。アドビとかもあった。サンノゼの空港にはでっかいリムジンで乗りつけ、プライベートジェットで飛んでいく人がいた。ここはそんな町の代名詞だろう。プライベートジェットがうじゃうじゃあった。そんな地を後にして、日本に戻った。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その15
アリカからラパス

アリカには早朝着いた。町をぶらぶらして、港へ行った。アリカといったら海の町、港、魚。まさに、そんな町。港へ行くと、相変わらず声をかけられる。僕の顔とキャラは絡まれやすいらしい。悪い奴にと言うわけではなく、普通の陽気な人に。それで、港で魚をさばいていたおっちゃんに声をかけられる。そこで、おっちゃんは魚を捌いて、レモンとたまねぎなどでセビッチェを作ってくれた。そして、貝殻でそれをすくって食べた。取れたての魚はうまかった。取れたての魚をさばいてくれて、調理してくれてそのまま食べる。いやー、いい身分だと思った。

ラパスへはバスで。8時間ぐらいでついた。このときの国境の景色は良かった。山が富士山のような山できれいだった。手前には湖もあり、なかなかのものだった。再びラパスに戻ってきた。すり鉢上の町。すり鉢の底に行く前、上からラパスを見るとなかなかのものである。ここが世界最高所にある首都かと思いながら。

ラパスでは逆さ夜景の美しさと月の谷。そしてチャリダーの人とのトークが心に残っている。チャリダー二人と夕食を食べに行ったり、帰りの飛行機が朝早く4時までおきているのに付き合ってくれたり。世界を旅した話を聞かせてもらったり、人生観を語り合ったり。短気だった男が、「すべてを許す」って決めて世界を自転車で回る旅に出て。なんか、人生は千差万別で、いろいろなことを考える人がいて、共感する人がいて、それぞれの夢があって。そうなんだよなと改めて実感した。でも、人生を賭けている人の話はいつ聞いても、それがどんな分野であろうと面白い。面白いというよりもひきつけられる。

僕が宿を出る時間が朝の4時だった。だから朝まで起きていようと決めた。チャリダーの人は長旅の休養をしっかりとり、出発を明日とか明後日とか決めていた。それなのに3人のチャリダーは朝まで付き合ってくれた。いろいろな話をしながら。そこの宿は衛星でNHKが映った。白黒でノイズはいりまくりで、映るとは言いがたかったが、見ることは出来た。その僕が出発する1時間前に始まったのが野口腱さんのインタビュー。僕たち4人はテレビに釘付けになった。あそこまでになる人はやはり、考えがしっかりしているんだと感じた。それに、経験に基づく裏づけがある話しだった。

植村さんの「青春を山に賭けて」と言う本を読んで、山に登り始めたと話していた。それと、印象に残ったのが、なぜ山に登るかと言う話。雪の山は危険だらけだ、なだれに、高山病などなど。でも、そんな危険な山になぜ登るか。かれはアフリカに行って気がついたらしい。アフリカで見たハイエナは常に研ぎ澄まされていた。餌をとるときの目と体。しかし、家の猫はでぶでだれていた。同じねこ科の生き物なのになんでこんなに違うのかと。自分もこの二つと同じだと気がついたらしい。日本に普段いるときはペットの猫と一緒で、体全身がだれている。しかし、山に登ると普段使わない神経を使い、脳を働かせ、体を動かす、自分が研ぎ澄まされる。その状態を本能的に求めているのだと。山を登るときの苦労はつらくない。なぜなら前向きだからといっていた。

このハイエナの話は理解できる。外国に旅をしたときは、いろいろなことをシュミレーションして意思決定をして、時には瞬時に判断して、周りを警戒して、よく体を動かし、日本でだれている時よりも研ぎ澄まされたとまでは行かなくても、生きていくために必要な神経を、脳を刺激している気がする。

世界一きれいなラパスの逆さ夜景を上から見ながら空港へ向かった。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その14
カラマからアリカ

サンペドロは小さな町で数分歩けば町がなくなる。そんなところでボーっとした。気持ちよかった。そういえば、チリはホットシャワーが出た。体がほっとした。休まった感じがした。かなり久しぶりのお湯だった。たぶん、お湯をたっぷり浴びたのは今回のたびで2回目だと思う。1回目はペルーのアグアスカリエンテスの温泉だ。カラマへは1時間強だった。昼過ぎに着いた。平日のはずなのに町が死んでいる。世界有数のチュキカマタ銅山のある町だから金もありそうでもっと元気があると予想していたのに。そこで、町の人に聞くとどうやら陸軍記念日で祝日だったのだ。

ああ、日曜日と祝日は生活しづらい。が、仕方ない。近くのメルカド(市場)で一軒だけ店がやっていた。そこで食事をして、たまった日記を書いた。翌日、チュキカマタ銅山に行った。9時30から説明をしてもらえるというので。しかし、その情報は古かった。14時らしい。せっかくここまで来たのでと思い、一人でチュキカマタ銅山を見ることにした。確かに規模もでかかった。銅山ってこんなところかと驚いた。1.1%の銅を含まれた土。それが99%以上にされ世界へいく。ああ、金属を作るってのはスゲーことだな。日々当たり前のように使っているが、ありがたいことだなと実感。まあ、それよりもチュキカマタの犬が危なかった記憶のほうが強い。30メートルぐらい犬から離れたところを普通に歩いているだけなのに、吠えて、目をむいて走ってくる。噛まれる。噛まれる、すなわち狂犬病。勘弁してください。犬も嫌いだし、狂犬病なんてもってのほか。まあ、ドキドキしながらなんとか逃げ切った。

その夜のバスでアリカに行く予定だった。そこで時間があまる。公園でボーっとしたり。でも、スリに狙われている気がした。さらに、シエスタで多くの店が閉まった。ああ、この時間はまずいと思い、開いていたカフェに。そこで、チリ人の若い奴ら4人とトーク。ただただテンションが高いバカな奴らだった。まあ、でもかわいいところもあって、面白い奴だった。折り紙を教えてやったり、日本語を書いてやったりしたら喜んでいた。そいつらと3時間ぐらい一緒にいた。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その13
ウユニからチリへ サンペドロアタカマ

サンペドロアタカマ国境が雪でcloseしていた。しかし、明日は開くかもしれないと日々期待していた。そして、ラグーナコロラダの夜21時に無線で国境に問い合わせ、いけるかどうかが決まるらしかった。案の定、サンペドロ国境は閉じていた。しかし、そんなんでチリ行きをあきらめられない。強く訴えた。すると、オジャゲ国境という超マイナーな国境からいけないこともないらしかった。しかし、交通の便は限りなく悪いらしいが、まあ行くと決めた。そして、翌朝も5時過ぎに起きた。ずっと早起きが続いていた。日の出と共にラグーナコロラダを後にしてチリを目指した。

チリへの道のりもハードであった。一回車が横転しそうになった時は正直ビビッタが、まあ、国境には6時間ぐらいで着いた。それにしてもこんな国境は初めてだった。どこがボーダーかは分からない。しょぼいオフィス以外に何もない。オフィスにも人はいなく奥まで呼びに行く。そんなもんだ。町なんかあるはずがない。とりあえずボリビア出国したのは良かったが、チリに入国する前の場所で放置。それも4時間ぐらい放置。全く何もない。やることもない。本当にチリに入国できるのかと不安になるほど。

しかし、何もないところですごすことがトクイな俺には何にも困らない。廃線になった線路があったのでそっこの上で寝た。線路の上で寝たのは初めてだと思う。ちょっと寝にくかったが、枕代わりのペットボトルがあれば大して困らなかった。そのあたりには、青い空と煙をすこしだす山があった。この日も雲を見ていない。全く雲なんてない。真っ青な空なんだから。雲なんか見たくても見れない。でも、そんなアオゾラにニンマリしてしまっていた。気持ちよかった。

チリへの入国は出来たが、時間はかかった。スタンプをもらうにも時間はかかったし、荷物チェックもめんどくさかったし、来たバンに乗ったらいきなり運転手が飯を食いに行きまたされるし。まあ、そんなこと言っても仕方ない。チリに入ると土の道であるのには変わりなかったが、どこが道か分かるぐらいに石とかはどけてあったので、運転手はぶっ飛ばした。本当にぶっ飛ばした。スピードの出しすぎだった。

外は暗くなった。すると黄金の月が昇ってきた。砂漠の中からだ。これはまさにムーンライズ。砂漠のムーンライズだ。車の中から、左を見ながら黄金のムーンライズを見た。車を止めてもらってみたが、本当にすごい。砂漠の砂によって月が照らされ黄金のような色になる。そんな月が昇ってくる。こんなところで念願のムーンライズを見れるとは思ってもいなかったので、その喜びも人一倍だった。これこそセレンディピティってやつだろう。この語源も旅の時らしいし。それにしてもムーンライズは贅沢だった。

やっと、サンペドロアタカマに着いた。砂漠の中に無理やり作ったような小さな町だった。欧米人が多く、宿4軒ぐらいフルで断られたし、物価は高かった。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その12
サンファンからラグーナコロラダ

サンファンと言う町を日の出と共に出発した。この日はアオゾラの日だった。僕が一番大好きな真っ青なアオゾラの日だった。この空を見たいと思ってきた南米だった。雲ひとつない青い空が大好きなんだ。標高が5000メートルぐらいだから、空気が澄んでいて青さが増して見えるのだろうか。青い空を見ながら、荒野をひたすら車で走り続けた。道なんかあるはずもなく、車は揺れに揺れた。そんな中、丘に登って周りの山と青い空をみたり、冷たく澄み切った空気を吸ったりした。車が進むと突然ラグーナ(湖)が現れた。5つぐらい見ただろうか。真っ青な空。空に向けて聳え立つ山。澄み切った湖。鮮やかなフラミンゴ。絵の世界のようだった。現実とは言いがたいような風景だった。

こんな風景が当たり前のようにある世界も、世界中探してもめったにないだろうと思う。そんな風景を見ていたのにもかかわらず、車で坂道を登っている時に、目に飛び込んできた。いてもたってもいられなくなるくらいの風景。完璧だった。何の無駄もない美しさ。自然と言うのはここまでのものを何の意図もなしに作り出してしまう。何の意図もないから作れるのかもしれない。ただできたものを人間がそうやって意味づけしているだけと言ってしまえばそれだけだろう。でも、そういいきるのがもったいないほどの景色だった。僕は車を止めてもらい、外に飛び出た。そして、その自然と向かい合った。息を呑む風景だった。しかし、写真に撮ったらうまく取れなかった。写真では表せないスケールだったのだ。

その後も荒野を走り、山を登り、ラグーナを見た。そんな時、車が雪にはまってしまった。標高5000メートルでこんなことになるとは。高山病でダウンしてしまった人もいた。しかし、雪をかいて、タイヤに石をかまして、車を押さないと何も解決しない。石を運ぶのは小さな石なのに息が切れた。それだけの高度にいたのだ。2時間近くひたすら車の救出をした。ここで夜を明かしたら凍え死ぬほどの寒さだ。マイナス25度といわれるほどの寒さに夜はなってしまうのだから。必死に押した。必死に運んだ。必死に雪をかいた。そして、ついに車は発進した。うれしかった。たまらないほどうれしかった。この瞬間を求めていたのだから。

それから、岩が丸っこくなった岩壁をみたり、下が削られ上だけでかいままの石を見てラグーナコロラダへ行った。そこには3軒ぐらいの宿があった。ここが伝説の寒さの場所だ。毛布は5枚ぐらい。上着は8枚、ズボン3枚。そんなんだった。屋根はビニールシートで風が入ってきていたのだから。ラグーナコロラダは有名だったが、そこまでひきつけられなかった。それまでに、すごいものを見続けていたからか、外が寒すぎて出たくなかったのか。それは分からない。しかし、満月にはまたやられた。やられた。いちころに。ちょうどラグーナの位置から満月が出てきた。まだ低い位置だったので大きかった。それは輝く大きな月だった。それに、湖の水が赤くなっており、空は赤みがかっていた。こんな状態は想像もしたことなければ、絵でも写真でも見たことがない。たまらなかった。美しさのきわみではないかと思った。あの極限の寒さが美しいと感じる心に輪をかけていたのかもしれない。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その11
ウユニ塩湖からサンファン

とうとう着いたのだ。あのウユニ塩湖に。2年越しの憧れの地である。ここまで惚れ込んだ場所も今までなかった。僕には強烈過ぎる場所だった。このブログにも何回エントリーしたかも分からないぐらいだ。さらに、周りの人もウユニ塩湖なんて普通に生活していれば知るはずもないのに、知った人が多かっただろう。まさに、そこに、ついに、来てしまったのだ。水がボコボコ湧き出るところ、錆びたような茶色が白い塩の大地に付着しているところも少しあった。しかし、塩湖の中心に行くと完全に真っ白になった。車輪のあとがまっすぐ見えるところがあるぐらいである。それ以外は、塩の硬い硬い結晶が一面を覆いつくしていた。

ジープは塩のホテルに来た。塩湖の中に塩で作られたホテルがあるのだ。壁は塩のブロックで作られ、テーブルも椅子も塩で作られていた。しかし、僕は塩のホテル自体に興味はない。塩湖の真ん中にいるということに価値を感じていたのだから。だから、カバンをベッドに置くとすぐに外へ出た。外に出ると一面真っ白な塩の大地がまっていてくれた。風の吹く寒い潮の大地で、塩と向かい合った。水平線というのか地平線と言うのか分からない。けど、地の果てまで真っ白の平面が続いていた。ちょうど太陽が傾きかけてきたコロだった。太陽に向かって歩いていっても太陽に近づけない。でも、太陽に向かってまっすぐ歩いた。ずっと歩いた。右も左も東も西も北も南も分からないような、何もない真っ白な平面を太陽に向かって。ただひたすら歩いた。

そして、ふと立ち止まり。寝転がった。僕はいろいろなところで寝転がる。そしてたまに寝てしまう。大人になってまでいろいろなところで寝転がるのはみっともないとか、汚いといわれそうだが気にしない。寝転がって、体全部で大地を感じることができるのだ。足で立っているときとは大地との接触面積が違う。視点も違う。感じるものは全く違うのだ。寝転がると大地と向かい合い、一体化できる気がする。ガラパゴスでも寝たし、ナスカでも、マチュピチュでも、チチカカ湖でも寝た。僕の自然との向かい合い方だ。あの、見上げた時の空は今でも忘れられない。

寝転がった、足も手も伸ばして大の字になった、叫んだ、大地を殴った、空を見上げた、でも何も起こらなかった、天を仰いだ。これが自然なんだ。俺一人の力で自然に立ち向かうってことはこういうことなんだ。情報化社会の現代は個人でも世界中の人々に大きな影響を与えられる。でも、自然はそんなわけにはいかない。それから、仰向けに、うつぶせに、転がった。逆さで写真を撮った。空も大地もどちらか分からなくなったが、どっちでもいいや、と思ってしまった。大地をなめた。しょっぱい。塩だよ。塩。本物だよ。当たり前だ。地面を見れば塩の結晶となっているのもすぐに分かるのだから。でも、使っていなかった感覚で試すと、脳では知っていたことでもハッと気がつかされる。

そんなことをしている間にも、太陽は大地に近づいてきた。太陽は空を色づけた。雲を色づけた。それも無数の色に。本当に美しかった。太陽はどんどん低くなり、大地にまで迫ってきた。また、水平線に沈みゆく夕日だ。美しい。美しい。ふと後ろを振り返えると、自分の長い長い影が伸びていた。その先まで目をやると白い月が出ていた。なんと神秘的な世界なんであろうか。

太陽は完全に沈んだ。しかし、まだ太陽は雲を照らしていた。雲の色が赤とオレンジの間の色になり、大きな雲だけを色づけていた。そのほかの雲は色づけられていなかった。それを見た時にオーロラかと思うような。これもたまらなかった。真っ白な塩の大地を色づけていたのも言うまでもない。大地を満喫し、塩のホテルに戻り夕食をとったあと、そとに出た。夜の塩の大地を見るために。外は白夜のようだった。大地が白い上に、今夜は満月だからだ。そんな神秘的過ぎる、なんかこの輝く夜はかぐや姫が生まれるのではないかと一瞬思ってしまった。

翌朝5時過ぎに起きた。朝日を見るためだ。昨日よりも雲が少なく、今日のウユニは昨日と違った顔を見せてくれそうな予感が朝からした。眩しい眩しい太陽が昇ってきた。それも美しかったのだが、その周りに広がる空の色の変化が美しすぎて日の出すらインパクトを失ってしまうほどだった。もう、なんてたとえればいいのか、何と表現していいのかが分からなくなってしまった。大地と空の低いつながって見える部分にかけての青さと淡いオレンジ。やわらかい赤色。これは見とれてしまった。完全に心を奪われた。

ジープは朝迎えに来る予定だったが、来たのは昼の14時ぐらいだったと思う。遅すぎで同じ車の人はご立腹だった。しかし、僕は長い間、何もない塩湖の中にいられて幸せだった。今日の塩湖は雲がない。空が青い。青すぎる。眩しくて、皮膚が痛いくらいだ。サングラスをした。歩いていると塩の台地の上で力尽きたすずめがいた。この大きな大地と真剣勝負をしたすずめはその戦いの間に力尽きてしまったみたいだった。これが、自然であって、見た目はガラパゴスとは全く異なるが自然に生きるということについては全く同じ気がした。

サボテンの島に向かった。ここは、塩湖の中にある島である。そこには大量のサボテンがあるのでサボテンの島と呼ばれている。日差しが強かった。眩しかった。島の頂上まで上った時、風が強かった。白かった。サボテンが力強よく見えた。雲の形が大地にそのまま映った。なんか、とんでもないところだ。

ひたすら広大な白い台地を車で走り続けた。心も照らされて、ワクワクするような光景だった。このまま塩湖とさようならだ。そこで、塩湖を殴って、塩の結晶を何とか取った。硬く、しっかりとくっついているので正直塩をとるのは大変だった。塩のひび割れが見え、大地は茶色くなり、塩湖は終わった。そして、荒野を走り続けた。また、日が落ちまん丸の月が昇ってきた。この月がきれいできれいで。太陽が沈んですぐの月はなんてきれいなんだろうか。サンファンと言う集落についた頃には、丸い月の光しか見えなくなっていた。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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October 08, 2005
南米の旅路、その10
ウユニから塩のホテルへ

トヨタ、トヨタ。ウユニにはトヨタばかりである。チリ抜けの道は悪路だから、タフなトヨタがいいみたいである。ご他聞に漏れず、僕もランドクルーザーに乗ってウユニの町?村?を出た。運転手の兄ちゃんは、街中でパンとかを仕入れていく。20キロしかない道のりを1時間かけていった。道が悪く全くスピードが出ない。その悪路をこのスピードで理解してもらえるだろう。しばらくたつと、見えた。見えたのだ。はじめは蜃気楼かと思ったが、遠くに白く光る水平線が。今まで、こんなにも惚れこんだ場所はなかった。2年ぐらいウユニの今年か考えられないほどウユニのことを思っていた。そんなウユニ塩湖が遠くに、蜃気楼のように見える。とうとう来た。とうとう来てしまったのだ。あれだけ虜にされ、夢見た場所に。涙が出そうになった。

スペインのグエル公園からサグラダファミリアを見た時のようだった。全く本を読まなかった小学生が、図書館で偶然手に取った本が「ガウディの夢」。それをなぜか読み、ガウディに惚れた。椅子にタイルを張る時に、長方形だからきれいに張れなかった。そこで、彼はタイルを割って貼り付けた。その時の僕にはそんな発想なかった。浮かびもしなかった。ガツーンとパンチを食らったような気分になったことを覚えている。その時以来スペインに、ガウディに会いに行きたかった。そんなところに、一人で来た。あの時の気持ちは今でも忘れない。まあ、その時にような気分になった。

車はウユニ塩湖へ向けて方向を変えた。すると、塩の製塩所を通りかかった。山になった塩を製塩していた。とうとう来たのだ。土だったのがいつの間にか、大地が白くなっていた。徐々に塩が混じり、土がキラキラして、塩になった。自然だからいきなり真っ白と言うわけではなかった。徐々に白くなっていった。本当に少しずつ色が変わっていった。だから、気がついたら塩湖になっていたという表現でもおかしくないような感じだった。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その9
ポトシからウユニ

次はウユニだ。やっとウユニに近づいてきた。このために南米に来たのだから、ソワソワし始めてもしかたない。ウユニへは朝7時30分にコレクティーボ(乗り合いバス)がでると、宿のおばちゃんが言った。まあ、信じるはずもない。聞いたら適当に答えるのが南米人である。そこで、インフォメーションに行くと11時。町の人に聞いたら10時。いったい何時か分からない。いや、何時でもいい。バスの出発する場所さえ分かればいつかバスが出発することだけは確実である。だって、伝説の言葉がある。「アキー、ボリビア」(ここ、ボリビア)。すべてが許される言葉である。いい加減だし、謝らないし。でも、ここはボリビア。こっちも、そんな怒りっぽい人間でもないし、何も気にならない。なんでも、楽しませてもらう。

で、朝7時30分にバスの発車場所に。一番早いので10時。おお、2時間半もあるじゃない。まあ、仕方ない。その間はメルカドに行って朝食のスープとセグンド(2番目の皿、メイン)、パンを食べる。警官にも声をかけられいろいろ話したがもう、覚えていない。時間なんて、何をしてようと、することがなかろうが過ぎていくものである。自分の意識が時間に対する感情を抱いているだけで、それで待つ時にまだかまだかと思ってもしかたない。すると、バスの出発時間に。あいかわらず土の道路。ガタガタ。さらに、人がどんどん乗ってきて、通路も人であふれる。問題は窓が開かず、空気が悪すぎ。臭い。生暖かい。おわっとる。まあ、仕方ない。そんなんで6時間か8時間か忘れた。標高も高い。5000メートルぐらい。雪も残ってるし。人を乗せて渡れない橋とか、登れない坂道とかあって、人は歩いて上った。まあ、空気は澄んでいて、冷たくて気持ちよかった。アンデス山脈もきれいだったし。

まあ、夕方にウユニについた。ウユニは想像よりもしょぼい町だった。基本的に平屋しかない。町にはほとんど誰もいない。店はほとんどしまっている。なんか過疎って感じだ。まあ、それは問題ではない。おれはウユニ塩湖のためにきたのだ。僕は塩のホテルにどうしても泊まりたかった。塩湖の中にあるホテルだ。ここはプラヤブランカという会社が塩のホテルを所有しており、ここの旅行会社を使わないと泊まれない。しかし、この会社はサービスも悪く、車も古く、飯もまずく、いい加減という最悪のうわさ。しかし、僕はあんまり快適水準をもとめないから、余裕だろうと思っていた。そこで、プラヤブランカで3泊4日。サンペドロアタカマまで抜けることにした。案の定なんだが、この会社の人はチリに抜けれると当たり前のように言った。しかし、町で会ったドイツ人と話すと、サンペドロ国境は雪で閉まっているという。お前はチリへ抜けれないと思うと。。。言われる。そこで、他の会社で聞くとチリへは行けないと。オイオイ。さすがプラヤブランカ。そこで、ブチ切れに行った。そうしたら、明日は国境が開くとか、国境があくまで日にちを変えてもいいとか言ってきた。まあ、その時考えよう。

なぜ塩のホテルに泊まりたいかというと、泊まらないとランドクルーザーで行って、ちょっと見て帰るだけ。それじゃ物足りない。ホテルに泊まればずっと塩湖にいられる。夕日も朝日もきれい。星も見れる。こんな得点つきだ。たまらんよ。たまらんのですよ。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その9
コパカバーナからラパス→ポトシ

コパカバーナからもバスでラパスへ向かった。チチカカ湖を船というか、ちょうどばすがのるぐらい木の船にヤマハのモーターひとつ。そんなんでバスもチチカカを渡った。それから、ラパスへの道もきれいな景色だった。チチカカもきれいだったし、荒野もなかなかのものだった。ラパスについた。僕は急ぎ足で、テルミナル(バスターミナル)へ向かった。そこで、出会った日本人の人と別れた。バスの中では人生について話していた。ストレート(何をストレートと言うかは、それぞれだがニュアンスは伝わると思って。レールのほうがいいかな)に来た人生を自ら抜け出して、自らの決めた人生を歩む人の話はおくが深かった。まあ、次はバスでポトシを目指した。ラパスで泊まっても良かったのだが、ラパスoutの飛行機だから絶対戻ってくるので、このときはラパスにとまるメリットがない。ポトシ行きのチケットを買った。翌朝5時とかにつくバスだ。悪路と聞いていたし、限りなく寒いと聞いていた。そこで、服も防寒の装備でバスに。

隙間風が冷たかった。さらに、夜中の2時ぐらいにバスが故障。そこで、2時間弱バスの修理が行われた。まあ、仕方ないことだ。それにしても寒かった。故障のおかげで7時ぐらいにポトシについた。ポトシの朝もひっそりとしたものだった。朝も早くて宿もあまり空いていない。仕方なく、開いていて安いところにした。部屋が限りなく臭かった記憶しかない。本当に臭かった。俺がくさいというんだから、普通の清潔な人が宿泊したら発狂すると思う。朝も早かったし、ドアを開けたままにして空気を入れ替えながら、外で日記を書いた。

それからセロリコ(富の山)といわれるポトシ山へ。鉱山で働く人と共に乗り合いバスで行った。ここは本当に鉱山の町だ。鉱山の近くには、作業服を着た人が立ちながら朝食をとっていた。トラックの荷台にあふれんばかりの人が立ってのり、セロリコに入っていった。この町は世界最高所の町4070メートル。そんな町にある山で彼らは働く。彼らは毎日自分の仕事場まで山を登っていく。5000メートルはあろうかというところまで。毎日、毎日自分の場所まで歩いていく。過酷な労働条件で。働くということは何なのか、ついつい考えてしまう光景だった。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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October 07, 2005
南米の旅路、その8
プーノからコパカバーナ(ボリビア)

チチカカ湖のタキーレ島からプーノに再び戻った。チチカカ湖はトルーチャ(マス)が有名だ。と言うことで、名物はうまい可能性が高いので食べる。フリトー トルーチャ。揚げたマスだ。うまい。魚はいいもんだ。ペスカード万歳。しかし、この店で、ちょっとしたことが。プーノは言わずと知れた首絞め強盗のメッカ。

僕が飯を食っていた時に、後から入ってきた人がいた。彼らは僕の後ろの席と、ななめ後ろに座った。すでに客が座っているテーブルに、それもすごい狭いところに無理やり座った感じがした。飲食店に来たのに、さらにテーブルに座ったのに何も食べずに5分ぐらいで店を出て行った。するとすぐに、店員が近寄ってきて「注意しろ、注意しろ」といってくる。さらに、周りの客も、ポケットをしっかり隠せとか、目で常に周りを見ているとか、身振り手振りも合わせてひたすら同じことを言ってくる。どうやら、さっき店に入ってきた奴らは強盗だったのだ。日本人が店に入ったという情報をつかんだからか、定期的に盗人は来ているのか。。。店の人も盗人が怖くて、店を後にするまで俺に声をかれなかったんだろうな。まあ、盗人の顔をみんなが知っているのもスゴイ町である。おっかない。おっかない。彼らが店の近くからいなくなるのをまってから、店を出た。

翌朝、バスでコパカバーナへ向かった。コパカバーナにはフローレンシアという有名な宿がある。ここに泊まりたくて、コパカバーナに行こうと決めた。コパカバーナは特に何もないチチカカ湖の周りの小さな町である。ペルー(プーノ)からボリビアに行く国境は、2つある。このコパカバーナ経由とデサアーグロ経由。はじめからコパカバーナ国境でボリビアに行こうと思っていたが、こんな情報を入手してそれは確定した。デサアーグロ国境は警官が嘘をつくし、何もないのに呼び止めて何人かで荷物チェック。荷物チェックをしている間に、質問をして気をそらして荷物や金を盗む。そんなのが頻発しているみたいだ。そんなのめんどくさいし、コパカバーナ国境で行こうと決めた。バスは出発した。5分ぐらいでバスは止まった。すると、どこかで見たことのある人が。なすかで会った人だった。またあった。いやいや偶然こんなにも会うものなんだねー。

コパカバーナへはバスで3時間ぐらい。チチカカ湖の周りをバスは走り続けた。そして、町につくと目的の宿を探した。この宿の5階は4面ガラス張りなのだ。日の出も、夕日も、チチカカ湖も見れる。すごい部屋だ。そんなところに泊まってみたかった。さらに、安い。おばちゃん陽気。(もちろんスペイン語のみだけど)。この時行ったらちょうど部屋は空いていたので泊まることができた。うわさに聞いていた通り、ガラス張り。外が丸見え。すなわち中も丸見え。チチカカ湖も丸見え、夕日も丸見え、朝日も丸見え。ベッドに寝転がりながら夕日を見てみました。なんかリッチな感じ。湖の周りをゆっくり歩いてビールを飲んだり。遊びに来ていた人たちとよくしゃべったりした。このときのビールはほんの少しで酔った。高山だからってのもあるだろうけど、理由はイマイチ分からず。夜はメルカド(市場)で買い物をして、チチカカ湖といえばトルーチャ(マス)と言うことでマスのフライを昨夜に続いて食べた。しかし、食べ終わる直前に雨が降り出す。さらに夕方ぐらいからの停電。。。やられた。風が強くて電線が切れたととのことらしいが。まあ、仕方ないのでメルカドのおばちゃんとその子供たちとトークをしてスペイン語のお勉強。1時間ぐらいして小ぶりになったので宿へと戻った。

翌朝、日の出だ。夕日の反対側から昇ってきた。夕日を見た時と同じところにいるので、その時の背中のほうを向くと本当に日の出だ。ああ、地球が一周したんだなと思う。と言うよりも、太陽が一周したんだなと思った。なんか、でっかいよなー。いや、まじでっかい話だよ。寒い朝の朝日はまぶしく、体にしみたなー。朝食は、ナスカで会った人がスープとオムレツとレタスのサラダを作ってくれた。なんか料理が好きでスパイスとかを日本から持ってきたり、こっちでも買っていた。それも使って作ってくれた。すぐにスープを作って、それがまたうまくて驚いた。まあ、少し手伝ったのだがね。4階も眺めがよく、朝のすがすがしいチチカカ湖を見ながら、朝食。リゾートにでもいる気分になった。
そういえば、南米は乾燥していた。というか、高度が高いところは乾燥していて、唇はバリバリになって、鼻の粘膜も乾燥し、鼻をかむと血が出るほど。しかし、湖の近くに来て少しましになった。あと、高地ではゲップとおならがたくさん出るのは基本です。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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October 06, 2005
南米の旅路、その7
チチカカ湖(アマンタニ島、タキーレ島、ウロス島)、コパカバーナ(ボリビア)

プーノの港から20人乗りぐらいの船に乗ってチチカカ湖にくりだした。富士山よりも高いところに琵琶湖の12倍の海のような湖がある。僕は、海とついつい言ってしまった。それも何度も。人間はぱっと見てそれを何か判断するんだろうけど、イマまでの俺の経験からはこれだけでかいものは海だという認識があるのだろう。チチカカ湖といえば青。しかし、港の近くは船も多く、ゴミもプカプカ。ちょっとショック。しかし、これが現実。船はすぐにウロス島に着いた。葦で作られた浮き島。棒を島にぶっさしたら、本当にすぐ下は湖だった。スゲーと思った。踏んだ感触はなにかふわふわした感じ。さらに、どんどん腐っていくから、常に増築しているらしい。そんでもって、葦を食べた。味は特にしない繊維質の食べ物だったなー。ウロスの人も昔は逃げてここですみ始めたんだろうけど、イマは観光のためにすんでいる感が否めなかった。まあ、すべてがそのためとはいえないんだろうけど。それから、アマンタニ島に、ここはけっこう良かった。民家に泊めてもらったんだけど、水道も電気もガスもない島。でも、泊まった家の母親が手をこめて料理を作ってくれた。あと、シーンとした島だった。無駄な音が全く聞こえてこない、空気が張り詰めた島だった。あと、チチカカの青い湖と茶色い土の大地、そして強い風。なかなかのものでしたよ。かなりの景色だった。島のてっぺんに登るときに後ろを振り返った時の、あの景色は忘れられない。口から「おゥーー」ということばが知らぬ間に出ていた。その日は雨が降って星空を見ることはできなかった。

タキーレ島に移動した。普通はここは昼食をとって、島を歩いて終わり、プーノに戻る。しかし、せっかくだからと思い、一人だけタキーレ島でも泊まる事にした。昼を過ぎると外人は僕だけになった。観光客がいなくなったタキーレは本来の姿を取り戻したというか、静けさを取り戻したというか、寂しさが島を包んだ。たぶん、観光客が来る前はこんな感じじゃなかったと思う。観光客がきはじめてから、この寂しさが生まれた気がする。まあ、僕が勝手にそう認識しているだけなんだろうけど。でも、だれもいないタキーレは良かった。この日は星もきれいだったし。普段は見ることのできないタキーレを見ることができた気がした。

いつも思うのだが秘境とか雄大な自然は完全に一人で味わいたい。感じたい。一番最悪なのは一緒に日本人がいること。その次は外国人観光客がいること。である。なんか同じような感覚を持つと思われる人が近くにいるといやだ。それと、周りに人間がいると自分の好き勝手に自然と向き合えない。だから自然とは一人で向かい合いたい。しかし、秘境っぽいところへはチャリダーぐらいしか一人で行けない。それが、私にとっては最大の問題です。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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October 05, 2005
南米の旅路、その6
クスコからプーノ

クスコからプーノへは電車で行った。実は今回のたびで電車を使ったのはこのときだけだったと思う。この列車は世界最高所にある駅に止まる。駅の標高4319メートル。富士山よりもずっと高いです。このあたりからボリビアは世界最高所の○○ってのが続きます。首都とか、都市とか。

で、電車で行ったわけである。左側の関が景色がいいと聞いていたので、チケットを買う際に左側にしてくれと頼んだら、もちろんだという感じでオフィサーが言ったので、安心していたら、電車に乗ると右のシート。ふざけるな。まあ、さすが南米だ。電車が走り始めた。駅なんてほとんどないし、乗ってくる人も少ないのですぐに空いている左側の席をゲット。確かに美しかった。金色のススキのような草が一面に。そして、山、遠くにはうっすらと雪が積もった山も、、そして青い空と白い雲。距離的にはそんなに長くないのだが、坂道ってこともあってかゆっくりゆっくり電車は進んだ。10時間ぐらいの列車のたびだったかな。景色は列車が進むと変わってきた。そして日が落ちて暗くなってから少したってプーノについた。

プーノはチチカカ湖で有名な町。次の日からチチカカに行くことにした。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その5
ナスカからクスコ、マチュピチュ

ナスカからクスコへは夜行バスで行った。アンデス山脈をぶった切る感じにバスは走りぬける。アンデス山脈をぼろバスで越えるのだ。グネグネバスは進んだ。夜中、アンデス山脈、なめちゃいけない。寒いとは知っていたが、窓は凍ってしまうほどだった。。。極寒。そんなバスも朝になれば太陽の恵みで、氷は解けた。そして、3500メートルぐらいの町クスコについた。クスコの町はそれ単体でも歴史があり、有名だ。が、マチュピチュへの基点となる都市であるため、さらに有名になっている。首絞め三大聖地、クスコ、プーノ、ラパスということでも有名なのだが。

まあ、クスコの町は逆さ夜景だろう。すり鉢上の都市であるため、すり鉢の底から上を見上げて夜景を見るという感じだ。ちなみに上のほうのほうが貧しい人が住んでいるらしい。ここの町でやっていた泥棒市はカオスで面白かった。自分の脳を南米基準にしても完全にゴミとしか思えないものがたくさん売られていた。買う人がいるか見ていたが、僕が観察していた時間内には誰も買わなかった。まあ、面白い市だった。

ウルバンバ、オリヤイタイタンボという町を通ってアグアスカリエンテスへ。そしてマチュピチュへ行った。オリヤイタイタンボという村は個人的に気に入った。これぐらいのサイズがちょうどいい。あまりでかい都市は居心地が良くない。メルカドのおばちゃんも優しかったし、飯もうまかったし。もちろん安かったし。

マチュピチュへは朝一番で行った。だから、誰もいない朝もやの中のマチュピチュ、まさに空中都市を見ることができた。ボーっと眺めてから、ワイナピチュにも上った。こちらから見る景色もいいものだ。頂上の岩の上で寝たが、バランスを崩すと落ちて死ぬので熟睡はできなかった。その後、マチュピチュの段々畑の芝生でも寝た。こうしていくうちに、どんどん顔が黒くなっていった。そして、ここでは、オーストラリア人のルークと仲良くなった。彼はかっこよくて言い奴だった。だが、23歳なのにはげかけていた。将来俺も禿げる事が確実な俺としては、勝負に勝った感じがした 笑 まあ、それはいいとして、リャマとかアルパカとかもけっこういた。

アグアスカリエンテスはマチュピチュのしたの町で、アグア=水、カリエンテ=温かい、すなわち温泉と言う町の名前だ。ここで、温泉に入った。キタイナイ汚い温泉に。立って入るぐらい深い温泉。水着着用だが、また所持しておらず。一番派手なトランクスで入らせてもらった。一番奥のシャワーじゃないけど、打たせ湯みたいなのだけ、温水で、かなりの水量だったので気持ちよかった。温かいお湯がこんなにも出るので体を洗ったのは旅行して依頼初めてだった。気持ちよかった。しかし、ここでかなり虫に刺されてしまったのだが。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その4
リマからナスカ

ナスカ。何かと批判されている。1泊で十分。行く価値がない。フライトはセスナに乗る経験と思え。などなど。しかし、俺はそんな批判を批判してやりたい。ナスカはいい町だ。まあ、自分が見たところだけで、都市を評価しなければならないのは事実である。だから仕方ないのかもしれない。まあ、おれは運よく珍しくナスカのよい面に出会えたのでハッピーな人間なんだろう。

何を言いたいかと言うと、一本の線がすごかったのだ。普通ナスカの地上絵と言うと、ハチドリの絵だとか、宇宙人の絵だとかそういったものを思い浮かべ、それらを見に行く。しかしだしかし、俺がいいたいのは、そのような絵ではなく、一本の線がすごいということ。まっすぐに伸びた一本の線。それも、フライトから見るのではない。大地を自分の足で踏みしめて立ち、見るのだ。それがすごいのだ。

フライトはあんな小さな(6人乗り)セスナに乗ることはめったにないので、いい経験だったし、アクロバット飛行に近いフライトは面白かった。地上絵を客に見せるために、飛行機を右に左に傾けるのですは。空から見る地上絵ははっきりと見えた。それでも、かなり薄くなってきているという。純粋に、よくこんなにもたくさん、大きいものをきれいに書いたなーとおもった。何でかいたんかも不思議やったな。

で、次の日偶然にも地上から地上絵を見ることになった。正直、フライトだけで終わるところだった。しかし、偶然出会った人が地上から見るというので一緒に行った。この人はこの後オリヤイタイタンボ(一瞬)、プーノ→ラパス、ウユニ(一瞬)で偶然にも会う奇跡的な人。また、会って旅の話でも聞いてみたいが、連絡先を知るはずもなく、偶然にまた会えることを望むばかりである。まあ、出会いも分かれも知らぬままに、その時だけだからよい思い出になるのである。それが旅だと思う。旅は現実世界に引き込まないってのが旅の鉄則であると思う。旅はある種の夢の中なのだから。

なんだろうね、ナスカは本当に大地と人間の力を肌で感じる。スゲー、スゲーって感じなんですよ。わぁーって叫びたくなるほどね。たとえば、ウユニのような地面が白で空が青の風景なんて、飛行機に乗れば、下が真っ白な雲と青い空でほとんど同じようなものが見れる。しかし、飛行機と言うフィルターが俺と自然の間にはある、これが最大の問題なんだ。生身の体で感じていないから。ウユニはそんな風景を自分の体と自然が直接触れ合える。そこねそこ。体全部で、感じられ、体と自然が一体化する。そんな感じを味わえる。

夕日が大地に沈む位置に線が引かれていた。そのまっすぐひかれた線を目で見ると何か時空を超えても、伝わってくる何かがあった。

そのあと、近くの遺跡に行った。そこでちょうど夕日の時間だった。夕日だ。なんていう夕日なんだろう。朝日や夕日は今までも何度も見てきた。しかし、この夕日はジブラルタル海峡で大西洋に沈んでいくまん丸の夕日に勝るとも劣らない夕日だった。崩れかけた古代の遺跡の見張り台の上に立ち、西の空に沈んでいく夕日を見る。完全なシチュエーションだ。ナスカは荒野というか小石と砂の町(砂漠のような)。だから、黄砂のように空気に少し砂が混じっている。だから太陽を直視できるのだ。夕日をが沈みゆくのをこの目で見届けることができるのだ。太陽は半分になった。そして、三分の一になった。最後は欠片のような太陽になって、一日の太陽の仕事を終え沈んでいった。たまらなかった。あの崩れた遺跡と沈み行く太陽。切なさと言うのかなんというのか分からない感情になった。

ナスカといえば地上絵。地上絵といえば大きいのでセスナから見るというのがメジャー。しかしだしかし、近くの丘から見るほうが実感できる。あの線のすごさを。地上絵がかかれているのと同じ地面に立ち、ずっと続くまっすぐな線を見た時は感動した。感動したというか、ぞっと血の気が引くぐらい。
飛行機からだと全体像は見れるが、何かブラウン管を通しているみたい。身に迫るものがそこまでない。しかし、地上に立ち見るとなんというか、その時に書かれた線のことが創造でき、さらに太陽の沈む位置にまっすぐ引かれた線を見るとしょんべんちびりそうになった。

半端ない。地上絵は地上と丘から見るにかぎる。これだけはいえる。
http://www.teratown.com/blog/archives/001841.html
ナスカの町ではペルー人の同い年ぐらいの奴7,8人と仲良くなり移動遊園地に行き、お祭りのライブに行き、話したのも面白かった。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

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ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど
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南米の旅路、その3
グアヤキルからリマへ

ガラパゴスからグアヤキル、実はエクアドル最大の都市へ行った。しかし、この町の雰囲気がどうしても好きに慣れなかった。まあ、バス停の位置を適当に教えられて、5時間ぐらい荷物を持って移動しなければならなかったこともあるのだろう。目的のバスだけバスターミナルじゃなかった。それに、日曜日でいろいろな店がやっていない、さらにバス会社もその日は休みだった。そんなことが続いたからだろう。追加して言えば、4日間の船上生活は揺れ続け、想像以上に体力を消耗し、疲れきっていたのだろう。

まあ、旅をしていればそんなこともある。それが旅だ。旅は偶然に出会いに行くようなものだ。旅とは想像外の出来事に出会い、驚き、喜び、感動し、時には苦労し、悲しみ。旅とはそんな流れているものだと思うのです。

まあ、ペルーへは海岸沿いで行った。こちらは海が見れてきれいとか、砂漠も見えるらしいから。マチャラ、トゥンベス国境のほうだ。後から知ったが、こっちはあまり治安が良くないらしい。まあ、何も問題はなく国境越えをできてよかった。1日半ぐらいかけてリマに着いた。

リマといえば、ペルーの首都。治安が悪いと有名なところ。それもバスを降りてから旧市街に向かう。タクシーに乗った。この運転手はボルなと思ったら、案の定ぼった、倍額ぐらい払わされた。入国したばかりで、適当な額の小銭も持っておらず、スペイン語も話せず、日本語でおこっても通じず。さらに、平日なのに、町中に警察が、さらに道路も通行止め。そんな時に、運転手がポリシーアと連呼した。えっ、と思い。降りてしまった。まあ、150円損をしたと言うことです。それから、歩いて、宿を探す。町にいる警官に聞いたら警察がよってたかっていろいろ教えてくれた。どうやら、警察官のお祭り?らしかった。だから、警察も多く、道路も封鎖されていたのだ。おれは花で飾られたお神輿みたいなのをかついでいたので、大統領でもなくなったかと思って、これは国が荒れるか?と心配していたのだった。旧市街をぶらぶらして、教会とかいった。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

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南米の旅路、その2
キト→ガラパゴス

キトからガラパゴスのサンクリストバル島へはエアロガルという航空会社の飛行機で行った。エクアドル沖1000キロのところにあるガラパゴス諸島。空港に着くとすぐにカルモラント号と言う小さな船に乗り込んだ。チェコ、フランス、アメリカ、ドイツ、ベルギーなど外国の人9人と同じ船だ。彼らと揺れる船の上で昼食を取り、4日間のガラパゴス船上生活が始まった。しょっぱなから泳ぐらしい。シュノーケルと水中眼鏡で。海水パンツなんてあるはずもなく、トランクスで泳ぐ。ガラパゴスをパンツで泳ぐ外人も珍しいと思う。空にはペリカンが、海にはカメ、アシカ、熱帯魚のようなきれいな魚、あとよく名前の分からないいろいろなカラフルな魚がたくさんいた。海底に進もうとするとかなりの水圧の強さを実感した。合計で3回ガラパゴスで泳いだわけだが、実にいろいろな魚がいた。群れて泳ぐ小さな魚たちや、クマノミのような魚、アジのような魚、ありとあらゆる魚と一緒に泳いだ。カメと泳ぐのはなんか優雅な感じだった。が、岩からアザラシが海に飛び込んできた時は本気でビビッタ。

島も5つぐらい行っただろうか。島は何といっても生態系の違いに驚いた。島によって陸の形、自生している植物、動物の種類、すべてが違う。中でもすぁごいと思ったのは、ドラえもん日本誕生で出てきたような原始地球を思わせるような土地と植物、さらにイグアナ。これから何万年かたったら恐竜が生まれ、人間が生まれてもおかしくないのではないかと思った。さらに、念願のアオアシカツオドリも見た。(参照:以前のエントリー)本当に足は水色。何でだ。何でだ。想像を超えた生物がごろごろいる。死骸もフンもそのまま。何もかもがそのまま。なんだこの地は。本当に地球なのか?行き着くところまで来てしまった感じがした。あと、夕日もきれいだった。が、忘れられないものがひとつある。夜、一人船の上で寝転がって見た星空。周り1000キロには灯りなんてほとんどない。さらに、船のすべての電気が偶然にも突然、ストップした。もう、これ以上の状況はない。俺一人のために、星空があるような。プカプカ浮かぶ小さな船の上に寝ながら見たガラパゴスの夜空。本気でしょんべんちびりそうになった。星が多すぎる。ありえない。星空に包まれて、このまま空へ上っていってしまいそうな感じさえした。寝転がりながら、無数の星の隙間を縫うようにして流れていった流れ星。これも忘れられない。

ああ、俺の乗った船の一番下っ端の兄ちゃんと仲良くなった。この頃はまだスペイン語が全く分からなかったが、外国へ行ったときの俺の得意コミュニケーション。笑う。日本の現地の言葉を連呼する。そうすれば、すごく仲良くなれる。その兄ちゃんも、他の外人には大して話しかけないのに、俺にだけハポン、ハポンといって絡んできた。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど
Posted by takeshi at 04:58 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
南米の旅路、その1
日本→キト・エクアドル

まずは、成田からアメリカン航空でダラスフォートワース国際空港へ。それからトランジット、マイアミへ。マイアミでまた乗り換えて、エクアドルのキトへ。成田からダラスへはほとんど日本人だった。マイアミへは数人日本人がいた。キトへの飛行機に日本人は僕だけだった。やっと南米に来たんだなと実感した。

キトに着いたのは夜20時ぐらいだった。外はすでに真っ暗。さあ、どうしようかと考えとりあえず、空港のインフォメーションへ足を向けた。すると、日本人らしき旅人が。向こうから声をかけられた。彼は、一年半の世界一周を追え、コロンビアからエクアドルに飛行機で来て、明日エクアドルから日本へ帰るという。旅を終えるものと、旅を始めるものが偶然空港でであった。泊まるところも偶然すぐ近くということで、流しのタクシーをひろい町へ向かった。日曜日の夜のキトは危ない気がした。到着当日だから慣れていないために余計こう感じるのかもしれなかった。タクシーの中では彼がタクシーの運ちゃんとスペイン語でいろいろと話していた。さっそく南米といえばスペイン語、その洗礼を受けた。夕食を共に食べ、南米の宿情報や治安について伺い、二人でそれぞれの宿へと帰った。

朝起きて旧市街へと宿を移した。あいかわらず、よくわからず電車に揺られよく分からないところで降りた。いつものことなのだが。ついて3日は現地に慣れない。脳が旅モードになっていないからだろうか。降りてから街中にたくさん立っている警察や店のおばちゃんに聞きながらいく。地図が違うのか、教えてくれた人が違うのか。目的地に着くまで分からない。旧市街へ行く時、長い坂道があった。すると、すぐに息が切れた。この時、初めて気がついた。高度2800メートルから3100メートルの町だったのだ。

直感的地理感とでもいおうか、日本にしろ外国にしろ適当に歩いていると感覚的な土地勘がついてくる。そんなあいまいな感覚が活かされ旧市街のサンフランシスコ広場に。宿へチェックインした。それから知り合った方のツアー会社に。この方が無茶苦茶いい方で、家に呼んでくれて昼食をご馳走になった。すっごく豪邸。高級ホテルのような家。昼ごはんはエクアドルの一般的家庭料理をご馳走してくれた。両親がバナナ農園経営者らしく、お土産にバナナをくれた。そして、車で個人旅行者では行くのが不便なところに連れて行ってくれた。それもただで。ガラパゴスへのツアーも手配してもらえた。なんとも親切な方なのかと思いっぱなしだった。いつも、外国へ行くと僕は出会う人に恵まれていると実感する。キャラと顔のせいなんだってことが今回のたびで分かったのだが。

で、結局キトには4泊した。最終日には赤道に。本物の赤道と偽者の赤道があるという情報が流れていた。政府が作ったような立派な塔がある、ガイドブックにも載っている赤道は偽者だともっぱら言われていた。その横、150メートルぐらい離れたところにある、昔から先住民が住んでいたちっぽけな表示しかない赤道が本物だという。なんとも笑える話。そこへ行くには、バスを3回乗り換えた。珍しく英語が少し話せる背筋の伸びたいい年だがかっこいい警官がいた。その人が親切に赤道への行き方を教えてくれた。なんか、このおっちゃんは気に入った。何でかわからないが、すごくこっちまで気持ち良くさせる警官の人だった。おっちゃんも俺のことを気に入ってくれたようで、笑顔で硬い握手をして分かれた。

そして、俺は赤道へ向かった。トータルで2時間ちょっとかかっただろうか。それぐらいで赤道に着いた。まず、偽者といわれている赤道に。オレンジ色の赤道といわれる線をまたいで写真。それから、本物といわれる赤道を探す。が見つからない。どこだ?仕方なくいつもの感で、歩いて細いただの土の道を行くとそれっぽい怪しいものが。これが本物赤道と呼ばれるものかと思った。うわさ通り、生卵を立てる実験や、水が流れる時の渦巻きの向きの実験、赤道の上だとなぜか不思議な現象が起こる実験を見た。マジックか本当か。定かではないが、赤道だと不思議な現象が起こるのは事実だろうと思った。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

Posted by takeshi at 04:37 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
南米の旅路、イントロ
今回の旅でも、大学ノートに日記を書いた。たぶん、旅行中に書く日記の量は多いほうだと思う。一日、平均3ページぐらい。今回のたびでは大学ノート2冊弱の日記を書きました。

それには、旅の詳細な行動記録と、その時々思ったことを書いてある。まあ、それと、このブログの旅行記はテイストも違えば量も違ったものになると思う。帰ってきてから書く旅行記と旅行中に書く日記。

南米でランダムに買ったCDを聞きながら書いていきたいともう。

まずはどんなルートだったか。大まかに言うと、エクアドルから入って、ボリビアから出た。そんな感じ。赤道の国から南へ下った感じだ。なんで、このルートをとったかと言うと、ボリビアのウユニとエクアドルのガラパゴスには絶対行くと決めていたからだ。さらに、エクアドルから入った理由は高度が低いから。高山病対策として。そんな感じ。

今回は自然がメイン。こういったものは言葉では表現するのが難しい。実際に行って肌で感じるしかないと思います。まあ、気楽に書いていきます。

地図で言うとこんな感じです。

 

写真はこちら
南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど
Posted by takeshi at 03:29 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
南米旅行写真
とりあえず南米で取った写真。全部で、700か800枚でしょうか。適当にピックアップしました。

南米旅行写真その1
エクアドル、ガラパゴス、赤道、リマ、ナスカなど

南米旅行写真その2
ポトシ、ウユニ、ナスカ、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など

南米旅行写真その3
ウユニ、チリ、アメリカなど

他にも見たい写真があったら言ってください。とりあえず、写真です。

Posted by takeshi at 09:56 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
October 04, 2005
日本の夜は早い
元気に、日本に戻ってまいりました。

すると、日本の夜は早いことに気がつきました。夕方17時すぎにはくらくなる。
秋なんだな。

適当に買った南米音楽CDがかなりいいです。
気に入って聞いてます。リズムがかなりたまりません。

旅行記は気が向いたら書きます。
写真も適当にアップしてリンク貼っておきます。

帰国のご報告でした。

Posted by takeshi at 05:39 PM | コメント (3) | トラックバック (0)|
October 01, 2005
エクアドルからボリビアへ、行ってきます
8月21日から9月の末まで、エクアドル、ペルー、ボリビア(チリ)へ行ってきます。

10月のあたまには帰国して、連絡がつくと思います。

連絡がある方は、takeshiあとまぁーくteratown.comまで、お願いします。

ネットができて、気がのればエントリーするかもしれません。
でも、日本語では無理そうです。

Posted by takeshi at 05:13 PM | コメント (1) | トラックバック (0)|

2005-09

http://www.teratown.com/blog/archives/2005_09.html

September 24, 2005
雲はどこへ行ったのか?
ウユニに行き3泊4日でチリまで抜けた。この4日間はすごかった。何がすごいって、何がなんだか分からないくらいすごかった。
塩湖のど真ん中で一人寝転がっていると、ここが地球上なのか
どうかすら分からなくなった。

そして、塩湖を抜けてチリへ抜ける道は標高5000メートル。さ
らに、道はなく荒野を走り抜ける感じ。これだけのものを見る
ためには、ここまでこないとだめなのかと思った。

空が青かった、望んだ以上の青さだった。世の中から雲が消え
去ってしまったのではないかと思った。雲がまったくない濃い
青。たまらなかった。

まあ、チリ国境はサンペドロが行きで閉じていたが、別の国境
で超えることができた。まあ、国境で5時間放置されたが、景
色がよくもっといたいぐらいだった。

そういえば、チリに入って車が止まった。何で泊ったか分から
なかったが、信号だった。4,5日荒野を走っていたので、信号
で止まることに違和感を感じたのだった。

チリは物価が高いからやだなー。

 

 

Posted by takeshi at 01:53 AM | コメント (2) | トラックバック (0)|
September 13, 2005
La Paz Bolivia
Now I am in La Paz Bolivia.
Next I am going to Potosi by bus. After Potosi , I will go
Uyuni.

Uyuni lake is the most important place in this trip.

I am looking forward to going to Uyuni.

TiTikaka lake is great too. I stayed in the island two
days. That experience was exciting.

Bye.

 

 
Posted by takeshi at 06:57 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
September 04, 2005
なんだろうか
別に、南米でこんなにもエントリーをする必要もないのだが、基本的にネットといえば自分のブログの更新ぐらいしかやることはない。

それに、ペンで日記を書くよりもタイピングのほうが早いからついついこっちに偏りがちである。まあ、毎日の日記も日課で書いているのだが。

なんだろう、南米というところはいい味が出ている。まず、日本人が少ないのがいい。ペルーに来て少し日本人を見たが基本的に日本人を見かけることはない。あと、田舎に行くと本当に落ち着く。これは世界中どこでもだが、海外の田舎ほどボーっと考え事をするにはいい。そこに、雄大な自然があってそこまで観光地化されていなければ僕にとっては最高の土地である。

で、南米に来て思う。なんだろう、ゾクゾクさせてくれるものについて。なんかこれが気になる。基本的にだだっ広い自然にゾクゾクすることは知っている。しかし、それ以外にもある人に会ったときにゾクゾクする時、などなどいろいろ。何に反応しているのだろう。僕の脳は。

Posted by takeshi at 10:28 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
生身の体で感じるということ
ナスカといえば地上絵。地上絵といえば大きいのでセスナから見るというのがメジャー。しかしだしかし、近くの丘から見るほうが実感できる。あの線のすごさを。地上絵がかかれているのと同じ地面に立ち、ずっと続くまっすぐな線を見た時は感動した。感動したというか、ぞっと血の気が引くぐらい。
飛行機からだと全体像は見れるが、何かブラウン管を通してい
るみたい。実に迫るものがそこまでない。しかし、地上に立ち
見るとなんというか、その時に書かれた線のことが創造でき、
さらに太陽の沈む位置にまっすぐ引かれた線を見るとしょんべ
んちびりそうになった。

半端ない。地上絵は地上と丘から見るにかぎる。これだけはい
える。

なんだろうな、ナスカの地上絵を丘から見ることになった偶然
に感謝。なんと恵まれた、運のよい人間なんだろう。すべての
人に感謝して生きていこうと思えた。

 

 

 

Posted by takeshi at 09:54 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
アンデス山脈越えの寒さ
ナスカの町は非常によかった。何かと評判のよくない町でみんな1日で去るという。しかし、あの村の小ささと、それと関係するかもしれないが人柄のよさ、そしてちょうど祭りだった、それらが重なって非常に楽しめた。落ち着けた。さらに、ペルー人と仲良くなりスペイン語の単語も少しずつマスターしてきている。
で、夜行バスでナスカからクスコに来た。海岸沿いからアンデ
ス山脈をバスで越える。はっきりいって寒い。かなり厚着して
いたので、そこまで問題はなかったが。だって、アンデス山脈
ってあの高さですよ、それを超えるんですから。ぼろバスで。
隙間風は冷たいですよ。さらに、窓ガラスが凍ってるし。でも
、星空はきれいだったな。それはもう。たまらないくらい。

ペルーの砂漠で見た星空も、ガラパゴスに浮かぶ小さな船のデ
ッキに寝ながら見た星空。そして、これから待っている、チチ
カカ湖の島から見る星空、ウユニの星空。創造するだけですご
そう。すごいというか、なんか何もかも超越している。

まあ、クスコの町の下から見上げる逆夜景もきれいだった。

明日から、マチュピチュを攻めるために、アグアスカリエンテ
スに行き、早朝から上って誰もいない霧から見え始めるマチュ
ピチュに。

ああ、その後は一週間に4本のクスコからプーノの列車の旅で
す。すごい抑えるのが大変なチケットなので、もうチケットを
取りました。無茶苦茶青い空が待っている予定。この電車は本
当に楽しみ。世界で一番高い駅にも止まる列車。

ではでは、あと1ヶ月楽しみます。

 

 

Posted by takeshi at 09:45 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
September 02, 2005
I am in Nazca
Hi!
I can not use Japanese again…..

I am in Nazca(Nasca), this city is famous about grand
pictures. This mornig, I had a flight and glance the
picture from sky.

It is Amzing! I could watch the grand pictures very
clearly. And the flight was very exciting for me, because
our airplane swang to much. Acrobat flight! But I did not
become flight sick(norimono yoi) .I was Lucky!

Nazca is small and good city , so I enjoy very much.

BYE

 

 

Posted by takeshi at 03:49 AM | コメント (3) | トラックバック (0)|