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話しやすい人の法則

毎日、知らない外国人と話す。
かれこれ半年以上。

新しい国の人と話そうと思うが、そんなにいないので、フィリピン&セルビアが中心だ。それは、さておき、200回ぐらいやっていて、おそらく100人以上の人と話している。新しい人と話すときは、心理的ハードルが少なからずある。どんな人かわからないから、どんなコミュニケーションを取ろうか、考えるのだ。

営業とか、飲み会とかと一緒なんだが、はじめて会った人といかに話すか。相手にいかに話しやすい気持ちになってもらうかという話。

明らかに馬が合う人と、そうでない人がいる。仲良くなる人と、仲良くならない人がいることからも明らか。

英語でディスカッションをするときは、男の人の方が馬が合うことが多い。よりロジカルに話すことを好むからだろうか、理由が完結でお互い分かり合える。一方で、女性は、感覚的な説明をすることがあるので、分かりづらい。それは、俺の思考回路が違うからってのと、感覚を英語で表現したり聞く機会が少なかったから。どちらかと言えば、女性とディスカッションをするほうが、学びが多いってことかもしれない。

セルビア人やボスニア・ヘルツェゴビナ人はいい人だし、真面目な人が多い、そして自分の意見を持っている人が多い。一方、フィリピンの人の方が適当だけど、だからこそ?話しやすかったりもする。アフリカの人たちは、とりあえずノリがいい。良く笑ってる。ジャマイカとか中米の人は、思ったよりもきっちりしていて、陽気なラテンって感じでもない。中米でオンライン英会話をやっている先生は圧倒的に少ないので、アーリーアダプターかつ真面目な人がやっているからかもしれない。

とまあ、性別やお国柄、もちろん年齢による差もすごく感じる。これはあくまで主観であって、一般的な傾向は知らない。

美人だったりかっこいい
明るい(笑顔)
お互いの話す時間を取る
聞き上手
質問上手
相槌上手(合いの手を入れるのがうまい)
話すスピード(相手の心地よいスピードに合わせる)
自分に興味を持ってくれてそうな姿勢
相手を褒める
ミスを笑わず、正しく訂正してくれる
話題が豊富

まあ、どれも当たり前の要素だ。しかし、これができる人ってのが少ないから、天才営業マンってのは一部なんだろう。営業だけじゃなくて、接客業も同じ。プロの接客がデキる人は高級ブランドの店か高級ホテルぐらいにしかいない。営業にしろ、接客にしろ会う一定の会社であれば、教育によって能力をインストールできているので、学べばだいたい身につけれる能力なんだってことも分かる。(もちろん、学んでできるようになるってのと、それをやっている自分が心地よいか否かは別だが。)

これらって、俺にとってはの話で、人によって話しやすさの指標は違うだろう。人を幾つか分類して、それにあった営業をかけるということが紹介された本がたくさんがるが、それと一緒だな。コミュニケーションってものには、常に相手がつきものなので、その相手にどう自分が映るか、自分の発言がどう捉えられるかを考えながら行動しないとなって。昔から、相手の事考えずに発言していると言われるのでw

代替物に答えを求めるのをやめようと思う

7,8年ぐらい前に書いてあって、draftのまま放置してあったもの。最近、これについて話したので、ああ、昔書いたなということで、publish.

何をきっかけに、この考え方をするようになったかは覚えていないが、今でも重要な自分の考えの一つ。物事をなーなーで済ませない。ひとつひとつのことで、白黒結果を振り返る。妥協しない姿勢と、結果を正しく評価し、次に活かすには非常に重要な考え方だと思っている。

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代替物に答えを求めるのをやめようと思う。
代替物と言うか、代わりのものごとに逃げ道や答えを求めるのをやめようと思うということだ。

僕の性格上、代わりのもので一時的に解決したと思っても長期的には全く納得できず、より許せないという気持ちが強くなる。
真正面からぶつかり、答えを見つけたい。

例えば、仕事が忙しくて時間もなくて疲れた、だからリフレッシュのために休んで沖縄にという考え。こういった人はよくいるし、俺も似たような発想をすることもある。(最近は、代替物に答えを求めないと決めて習慣化して、7,8年経ったから、こういった発想をすることが非常に少なくなった。)

これはいたって普通の考えで、実際にリフレッシュできて、また仕事をやるパワーも復活する。
コレはコレでいいのだが、僕個人の感情と言う面では納得できない。

この場合だったら、その仕事をやる意味が本当にあるのか。価値ある仕事をして忙しいのか?無駄なことをしていないか?効率的に仕事をする方法はないか?仕事を楽しめていない理由は何か?自分が本当に求めていることなのか、自分がもっとも好きでやりたいことか?

といったことを、自分自身に問う。そして答えを見つける。

こうしたほうが絶対に納得できるし、満たされる。もちろん、かなり大変なことが多いと思うが。
さらに、社会の枠組みの中で上手く生きていくのとは違い、自分に対してシビアにならないといけなく大変だ。

ただ、長期的にはこうした判断をした人生のほうが、納得度が高いと思う。課題(問題)に対して、その原因を特定し、原因が解決されるような解決策を見出し実行することに価値があり、一時しのぎや、他に目を向けて忘れるってような方法には何の価値もない。

他の例でいくと、Aで損したけど(金銭的にでも、時間的にでも)、Bで得したからプラスマイナスゼロでOK。これも同じ、プラスマイナスゼロって考えた時点でAはなぜ損をしたのか、失敗したのかを振り返ることがなくなり、次にいかされない。AとBは独立して考える。Aは失敗したのは事実であり、それは素直に反省する。そして、振り返って改善施策を実行する。Bはうまくいったなら、それ単体で喜ぶ。上手くいった理由も振り返る。

とりあえず、その場しのぎではなく、真の答えを常に求めたい。それが、より良く生きるために重要なことだと思う。せこい生き方ではなく、真正面から全ての課題に取り組むという生き方。

文法を無視する性格であることの背景

Just watch out for grammar mistakes.

こんなような指摘をよくうける。文法に気をつけろと。
確かに、俺は文法を無視する。

そういえば、スペイン語も男性名詞とか女性名詞とか全く覚える気がなかった。

日本語だと、意識的に学んでおらず感覚で意味を把握している。だから、意識していなかったが俺の言葉は間違っていることが多々あるっぽい。というか、エレベーターとエスカレーターは未だに分からないし、&は逆向きにしかまだ書けないし、

そういえば、幼稚園の頃だったか自分で言葉を作って、それを話していた記憶がある。人には伝わらないのだが、俺だけはわかっていた。まあ、当たり前だw

確かに正しい文法の英語を話したり、日本語を話したほうが、信頼されるし、この人はしっかりした大人だと判断される。確かに、そうだ。一方で、あまりそういったことに興味が無い。

細かいことに興味が無い。全体として、どうなのかということがわかったり伝わればいいと思っている。もっと言うと、自分が理解したいという欲求が強い方で、周囲に的確に伝えるという意志があまりない。そのために、語彙のチョイスなどが適当になっている。

まあ、大雑把な性格ということだw

というのも、昨日はインド人と話したら、巻き舌でインド人英語だと感じ、今朝はメキシコのてきとーな兄ちゃんで、文法間違いまくりwでも、彼は20年もアメリカに住んでいたらしい。面白いな―と思い、こんなエントリー。

ソラへ、ワクワク。宇宙を撮りたい、風船で。

おとなになって、子供のようにはしゃぐこと。
主に社会の目によって、そんなことがなくなる。

あの人ちょっとおかしいという社会の目。(周りの人に変なふうに見られないようにしなければならないという社会の目)
もうひとつは、いろいろな困難を経験して、夢を実現することは難しいと知る、社会の目(社会の厳しさを知るという意味での社会の目)

まあ、ある程度は重要なのだが、それに振り回されすぎると人生を謳歌できない。自分の人生なのに、自分の人生じゃなくなってしまう。

俺の場合は、旅やアウトドアというものに出会って、社会の目の外に出るということを知った。海外に行けば知り合いもいないし、文化も違うからひとつめの社会の目は気にしなくていい。さらに、アウトドアは未経験だったし、困難もあるけれど、できないことを純粋にクリアして夢を追いかけることができた。もともと得意だったり仕事だったり、プライドがあることだとふたつ目の社会の目ってのがあってできなかったかもしれない。

そんなふうに思う。

岩谷圭介さんが情熱大陸で取り上げられていた。数年前に初日の出を宇宙から撮影した時も話題になっていた方だ。個人的にも宇宙には興味が非常にあり、なんどかウェブで拝見していた。そして、海外でもJP aero spaceなどのプロジェクトがあって、それもウォッチしたり。

今回、情熱大陸を見て、さっそく岩谷圭介さんの本、宇宙を撮りたい、風船で。を読んでみた。つくづく思うのが、まずはやってみること。そして、試行錯誤すること。諦めないこと。やりたいことは徹底的に周りに話すこと。すると、いろいろな人やアイディアがつながって、夢に近づくこと。いつも思っているし、当たり前だし、出来る限り俺もそんな風に動いているけど、その大切さを改めて思った。

それにしても、自分で作ったものが、自分の手から飛び立って宇宙に行って帰ってくる。ロマンだよな。そして、本当に美しい世界を見せてくれる。双眼鏡で見る行為と体験的には近い気がする。ちょっと便利なツールを使っているけれど、自分の目を通して宇宙を見ているような。自分の分身が宇宙に出かけてきてくれたような。いろいろノウハウものっているし、岩谷さんのサイトにも飛ばし方が載っているのでやってみたいなーと思う。

読み終えて強く思うこと。日々の生活で埋もれていることが、見えることに夢がある。見えない世界を見てみたい。この気持が全てのはじまりなんだな。

送信者 art

ふうせん宇宙撮影
岩谷圭介さん

トップページ

アメリカだとこんな風にやってる。
http://www.jpaerospace.com

記憶に残った言葉

P7
本当に些細なことでも、「やってみる」から、はじめてみる。すると、何かが変わっていくと思うのです。そうすれば、宇宙ですら、手を伸ばせば触れることができるかもしれないのです。
まずは、「やってみる」から、はじめよう。
これが夢を追いかける合言葉なのかもしれません。

P23

自分の手から放たれて飛んで行くというのも、風船の特徴です。自分と地上と雲と宇宙が連続的に体験できるのです。
宇宙と地球と自分とーーー。風船によって、宇宙という非現実の世界だと思っていたものが、実は自分のすぐそこにある場所であること。

P27
商品は買うことで、使うことができます。単にお金を出すだけでいいのです。そこに創意や工夫はいりません。そんなことにならされてしまっていると感じるのです。
たとえば、スキーがやりたい。けれど、スキー板がない、お金がない。中略 お金を稼ごう、バイトしよう、と発想してしまいます。中略 明治時代の開拓当時、中略 木を削って作られているのです。なんだはじめのスキー板はこんなものだったのか、これなら作れそうだ、と思うのです。

P28
僕達の身の回りにあるすべてのものは、もともとは商品ではありませんでした。誰かが考えて、ハリボテのような試作品から、改良されて進化して、便利な商品になっていったのです。生まれてからずっと、便利で進化した製品に囲まれていると、商品を与えられることに慣れてしまっていて、自分の力でなんとかやってみようという発想を忘れてしまっていることに、たびたび気づかされます。

P36
失敗には取り返すことのできるものと、できないものがあると思っています。
お金の損失は取り返すことができる失敗です。お金をかければ済むことです。しかし、命に関わる失敗や体が不自由になる失敗は取り返すことができない失敗です。

P49
自分のもやもやと持っていた夢らしきものを、どうにか形にすることで、将来、自分のものに落としこんだり、掴むことができるようになります。
その険しい段階を試行錯誤していくことの大切さを、知ってもらいたいのです。

P70
お金に縛られることから解放されるには、循環、つまり、消費のサイクルを管理することが大事だと思いました。
そこで僕は、大学を出てからも大学生の頃と同じ生活費でずっと生活を続ける努力をしてみました。社会人になっても生活のレベルを変えず生活すると、収入は増えますが出て行くお金は変わりません。そのためお金はそれほどなくても、お金のために働かなくては!という状況から脱することができ、結果として自分がしたいことをする時間を増やすことができたのです。

P76
風船が空に向かって飛んで行く速度は、僕らのこぐ自転車と同じくらいです。
中略
こののんびりした速度で、自分の手から離れた風船が、少しずつ宇宙に近づいていく。それを感じることで、身近な風船を通して、宇宙に行くということ、風船でも行けるくらい宇宙が近いのだということ、そして、”等身大の地球と宇宙と人間”が見えるのではないかと思うのです。
そこから何かを受け止め、考えるのはそれぞれ、いろいろです。

P83
自分がどんなにすごい夢を見ていて、それがいかに魅力的なものだと思っても、まずどんな形でもやってみないと、人の心には届かず、ついてきてくれないのです。
失敗してもチャレンジして、また失敗してもまたチャレンジしてを繰り返していると、人の子ことに響き、やがてついてきてくれるようになるのだということを、この活動を通して僕はほんとうによくわかりました。

P88
秘密にしているより、公開することでたくさんの人達とつながっていくことができ、結果的に新しいフィードバックがどんどん増えるからです。そして、自分だけの力でしか見えなかった世界がどんどん広がっていくんです。
広がっていく世界は、自分で秘密にして抱え込んでいる世界よりじっと魅力的です。

P117
失敗は、自分のダメだった部分と向き合わなくてはなりません。自分の足りなかった部分と、真摯に向き合うための機会をもらえます。ですから、まぐれの成功より、失敗のほうがいいものだと思うのです。

P148
文字がないので、どうしてその作業をしなくてはいけないのかを考えてもらうことができるのです。何を目的に作業するのか、その作業が何に繋がるのかを考えてもらうためには、言語は不要だったのです。

自分の頭だけで考えちゃいけない、言葉だけで考えちゃいけない

毎朝すごい数の人がスカイツリーに行くためだけに、はとバスのツアーを使ってる。俺の考えだと無駄じゃねって思うけど、別のところに価値を感じてるんだろう。普通に電車でも見にいけるけど、バスで友達見つけたいとか、バスで移動するほうが好きとか、なんかあるんだろう。つくづく自分の頭だけで考えちゃいけないとおもう。

人に聞く、相談する。
自分には無い視点をもらう。

そうなんだ、究極的に自分の脳は自分で閉じている。思考パターンもそうだし、自分で完結する場合は文字でなくてもいいし、文字でないことも多い。論理的に説明する必要なってない。自分の脳の中では。一方で他者と話すときは、文字や言葉、図などで伝え合う。自分の脳にあるものをそのような手段で伝えるために、文字とか絵に変換するときに、自分でも気づきがある。

さらに、相手は自分の伝えたことを完全に同じように捉えないし、その人の経験とかさねあわせて考えるから、また違った発想が生まれる。具体的に説明するってことは、相手に伝える手段としていいのだが、本当に言いたいことは伝わらない。本当に考えていること思っていることは文字で存在していなくて自分の経験やもっと抽象的な文字ではない脳にあるモノであったりする。それは絵かもしれないし、感情かもしれないし、全く違うナニカかもしれない。ただ、相手にはそれでは伝わらないので具体例というもので類似したものを言葉で提示して分かり合おうとしているだけ。結局、分かり合えっこなんかない。が、それがいいのだ。考えが発展するきっかけなのだから。

80%の共通認識と、20%ほどのズレ。これが、思考を発展させる。50%ぐらいしか共通認識がないとちょっと、話が噛み合わないってことになる。一方で100%共通認識ができてしまうと、新たな思考の発展がない。

仕事相手に気が合わない人が多い理由ってのも、その一種だと思う。それは、いいことなのだ。
http://teratown.com/blog/2014/10/08/aoaeeeucieiaiyi/

絵で考える人
文字で考える人
書いて考える人
話して考える人
数式で考える人

論理で考える人
思いつきで考える人

いろいろな方法があるし、数式をいつも扱っている人は数式で考えがちかもしれないし、絵を毎日考えている人は絵で、写真で、音楽で、物理法則で、作家は書いて、漫才師は話して考えるってな感じで、自分が身近な方法で考えることが多いかもしれない。だから、普段自分が使わない方法で考えると、新たな発想を得られたり。

俺は、文字で考えないことがあって、何で考えているかと聞かれると非常に説明が難しいのだが。。。積み木みたいなブロックのようなもので考えていたり、グネグネした糸のようなもので考えていたり、脳の右と左から何かが斜め上に出ていてそれがぶつかる感じのことが起きて考えていたりする。これは、言葉に変換するのが非常に困難だ。あとは、言葉なんだけど日本語でも英語でもない、俺独自の言葉というか擬音語みたいなのがたくさんあって、それで考えているというか感じていることもある。

ということで、他者の脳を使ったり、考える手段・方法を変えてみたり、自分が言葉で考えなかったことを言葉にしたり絵にしてみる、こういったことをすることによって、思考は発展する。思考は変換されて、新たなことに気づき、広がっていく。と、まあ、形にならないアイディアを自分なりに形にするための手段を書き留めておく。

http://www.teratown.com/blog/archives/000975.html

http://teratown.com/blog/2015/09/15/文字が文字である必要がなくなる日/