「人生」カテゴリーアーカイブ

5年目の311

3月11日
東京駅36階
ビルは揺れた
目の前のビルが右に左に動いている。
映画の世界でしか見ない。
お台場で煙が立ち上り、千葉方面では火が上がっていた。
棚の上にあったものは全て落ち、
ブラインドは折れ曲がった。

焦っても何の意味もない。
ピンチになった時に冷静さを保つことばかり考えているので、
生き残るために最善は何か、そんなことを考えた。
近くでは皇居だろう。
皇居は日本中でも安全な場所に作られるはずだ。
そして、高層ビルが崩れても少し離れているし、死ぬことはないだろう。
いつも使っていた非常階段でダッシュで下り、皇居へと急いだ。
ビルの中では、安全です、待機してくださいという放送が無限ループで流れ続けていた。

そして、歩いて帰った。
街は人でごった返し、カオスだった。
泣き叫ぶ人、切れる人、酒を呑む人。

スーパーからは物がなくなった。
テレビでは津波が押し寄せる映像が流れ、
仕事は休みになり、
原発から白い煙が立ち上った。

地震の前日に4月から東北に転勤という話をもらい、
土日で仙台に家を探しに行く予定だった。
走ることや自転車に乗りやすいように、海岸沿いの家を探す予定だった。

その街が、津波で飲まれた映像が連日報道された。

震災から1ヶ月後ぐらいにボランティアで訪れてみると、道路はデコボコで多くの被災者が避難生活を余儀なくされていた。また、GWにも訪れた。お手伝いは精一杯したが、結局行った動機は自分のこうs鬼神に過ぎなかったとも思う。

そして、結局東北転勤はなくなった。不思議だった。東北に行く気満々だったので自分の魂だけ、ポカンとさまよっているような。一方で、地震が一日違えば自分もどうなっていたかと思うと、なんの意志も持たないものに偶然だとか必然といった概念を持ち込みたくなってしまう。

そう、あれから5年の時がたった。
100mileのトレランもモンブランもアコンカグアも、それからの出来事だ。ああ、時間というものは、いろいろな出来事や感情や記憶を作り出す。

2016年 東京
2015年 東京 数日後からキューバへ行った
2014年 麻布十番で飲んでたっぽい
2013年 伊豆トレイルジャーニーの翌日
2012年 東京

http://teratown.com/blog/2012/03/11/3i11aeuthooaie/

LOST WORLD 10 島に渡ればそこはリゾート

朝起きて、バイキング。パンやら卵やらフルーツを腹いっぱい食べると、モチーマ国立公園へと向かう。ホテルから車で送迎。同じホテルからも何組かが出かけるようだった。プエルトラクルスの海岸まで来るまで移動すると、昨日とは違った雰囲気。パラソルを広げた露天がいたり、何かを焼いて売っている。といっても2,3の露天だけだが、その先の船乗り場には旅行客っぽい人々が数十人単位でいる。えっ、リゾートっぽい。即席リゾートだwそんな感じ。ちなみに、船で夕方戻った時には、もう誰もいなく、リゾートっぽさはなかった。

ゴーグルを露店で買い、さて船に乗る。船と言っても小さなボートにすし詰め。ビールとソフトドリンク飲み放題というので、さっそくビールで乾杯。日差しが強い、さすがカリブ海。青空とビールがよく似合う日だ。海岸沿いには大きなプラントのようなものがある。何の工場だろう。煙がもくもくと上がっている。一般的なリゾートだとこういったものが近くにあることはないが、ここはベネズエラだから、これもありなんだろう。ラテン音楽が爆音で流れ始めると、みんな踊りだしたり歌い出したり、ビールも進む。

生後30日という生まれたての子供を抱えた肝っ玉お母さんは、おっぱいを上げながら、踊り、片手でビールを飲むという豪快っぷり。日本だと生後30日の子を1日ボートで連れ回すとかないよなー。でも、これでも子供は元気に育つんだよなと思った。しばらく行くと、小さな島があり、そこには青い海と砂浜、そしてパラソルが並ぶ。海の家っぽいものもあり、多くの人で賑わっている。同じ国とは思えない光景に、驚いた。


エルファロ島に着くと、まずは小高い丘に登る。そこから見渡してみたいから。サボテンが美しい。青い空、青い海。ジリジリと照りつける太陽。ああ、南米だね。この太陽は。上にいるとガイドが駆け上がってきた。ここはのぼっちゃいけなかったのかと思ったら、上からは写真を撮るなと。なんでだろうか。片言のスペイン語では、そこまで分からない。



続いて洞窟のなかにボートでよっていく。と、マリア像があった。と、ベネズエラに来てはじめておもてなし感のあるガイド&船長だと気づく。客のことを考えて、ビールを進めてきたり、濡れた床を掃除したり、客が楽しめるように、ボートで洞窟のおくまで入ったり、そして、イルカを見つけるとゆっくりと近寄って行って、イルカと並走。操縦が上手いのか、イルカのリズムを良く知っているのか、イルカも喜んでどんどん近づいてくる。どんどん集まってくる。戯れるようにいるかと一緒に進んでいく。ああ、イルカやクジラは何度見てもテンションが上がる。

その後も、島をいくつかめぐる。海で泳いだし、すでにやることがないw海に浮かびながらアイスクリームを売る人がいて、これには驚き。ランチタイムになり、魚の丸揚げをいただき腹も満たされたので、日陰で睡眠。ああ、満喫した。これで500円ぐらいだっけか。この値段には驚いた。安すぎだ。


ボートは港に戻り、ワンデイツアーはこれにて終了。元旦だけあって、町も静まり返っている。港からホテルまで戻り、プールにドボンと浸かる。せっかくプールがあるので1回ぐらいは入らないと。シャワーを浴びて、再び海岸沿いへ歩いて向かう。お店もやってないし、何食うか迷いながら。ただ、海岸沿いだけは人がいて、賑わっていた。とりあえず、チキンの丸焼きとビールで乾杯。すると、夕日が綺麗に空を染め上げるので、食べるのを中座して、写真を取りに行った。ベネズエラ最後の夕日、最後の夜。せっかくなんでということで、ピザも注文。ピザが来るまで近くのスーパーで、ピカンテなソース(タバスコみたいなの)を買った。スーパーは行列で、物資が少ないのかなと思うが、店はやっているし、不思議。スーパーに銃を持った軍隊もいるし、不思議な光景だ。ピザが出てきて、これもうまかった。


夜も更けてホテルに戻る。昨夜と違って夜は静かだった。ビールをベッドで飲んでいたら、海で太陽を浴びて疲れたのかいつのまにか寝ていた。明日の朝は、タクシーをチャーターしてあるので、そのままカラカスの空港に向かう。

LOST WORLD9 山から海へ

夜中に何度かバスは止まり人が降りては乗りを繰り返す。通路にも座り込んでいた人たちがいたが、いつの間にか皆座っていた。

寒く、狭く、寝苦しい夜行バスだった。キューバのバスは良いバスだったし、アルゼンチンも、ヨーロッパに連続して言った時も快適だったし、パプアニューギニアの旅までボロバスは遡ることになる。そう考えてみると、久しくボロバスに乗っていなかったんだなと、しみじみと感じた。そして、こうした旅をしている時にしか感じない、高揚感というものを感じていた。

朝、シウダ−ボリバルに到着した。プエルトオルダスを経由した際に、多くの人が降りバスは快適に乗れるようになっていた。実は、プエルトオルダスからの飛行機チケットを持っていたが、同じ街に行っても面白く無いということで、シウダ−ボリバルまで行くことにしたのだ。しかし、シウダ−ボリバルにいても町で何もすることはない。マルガリータ島まで行っちゃおうと話したり、でも戻れなかったら日本に戻れないし、といろいろと話していたが、とりあえずプエルトラクルスまで行くことに決めた。ここならカラカスへのバスもあって、なんとか帰れるだろうと考えたからだ。

プエルトラクルスは、ベネズエラ唯一のビーチリゾートらしい。ベネズエラにビーチリゾートなんてあるのかと突っ込みたくなるけれどwいちおうキューバと同じカリブ海。そう考えると、リゾートっぽさを感じる。シウダ−ボリバルで降りて、バスを聞く。すぐにはなさそうなので、乗り合いタクシーを聞いたら、すぐに出るという。とりあえず、早く移動したかった。時間が少ないので早く新しい土地に到着して遊びたかったのだ。

運転手のおっちゃんと、一緒に乗り合わせたのはヴィパッサナー瞑想の先生をしているというおばあちゃん。彼女はは世界中を回っているらしかった。もうひとりもおばちゃん。そして俺ら2人。車の中でパサパサの紙のようなチャパティみたいなものをもらって食べた。食べ物がなかったし、プエルトラクルスまでどれぐらいかかるかわからなかったので、とりあえず食べた。と思ったら、高速みたいなところを降りて、何故かまちなかへ。まだ、プエルトラクルスには着くはずがない。と思ったら、朝飯を買いに立ち寄ったのだ。乗ってたおばちゃんおすすめらしく、わざわざwただ、うまかった。鶏肉が入った揚げパンなのだが、今までで一番うまかった。そして、サルサソースとマヨネーズっぽいソースがうまかった。確かにうまい。これならわざわざ来る理由がわかる。出る直前に、もうひとつ買って食べてしまったほど。

また車で走るとプエルトラクルスのバスターミナルの近くに到着、なんだか人がゴッタ返すにぎやかな場所だ。治安があまりよくなさそうな感じもして、ターミナルに入ってカラカス行きのバスを聞くがいいものがない。何件か聞いて、次は両替。キャッシュがなくなったのだ。闇両替の兄ちゃんについていくが、バスターミナルを出て、どんどん人通りが少なくボロいビルのある方へ行く。これは危険だなと思い、もうこれ以上は移動しないと言ったが、もう少しだと。これを2回ぐらい繰り返したら、海岸沿いに到着。ホテルだった。ホテルで両替をするのかと思ったら、なんとシリアから移民できてホテルの部屋に泊まりながら闇両替とかしながら生活している兄ちゃんだった。

ホテルをいくつか見るが、なんかしっくりこない。海岸沿いなのに窓がない部屋とかwで、船でマルガリータ島に渡れるかもとターミナルへ向かう。が、ここも良い船がない。まあ、移動の連続で疲れたしホテルに泊まろうと。そして、プエルトオルダスで泊まったベンチュールホテルが湖の街にもあるので行ってみることに。高いが、良いはずだ。旅の最後だし。と、泊まる気満々だったのに、行ったら満室。まさか、そんなことが。で、紹介された別のホテルにタクシーで移動。ここも、高級なホテルだがベンチュールには劣る。なんといっても、ベンチュールにはプライベートビーチがあったから。こっちはプールのみ。空室があるということで、ここに泊まることにした。

荷物をおいて、町をぶらつく。本当にビーチリゾートか?と思うほどリゾート感がない町だ。海岸沿いには、マクドナルドとかピザ屋が並んでいるが、リゾートを楽しんでいる人はいない。ホテルには観光客がいたのだが。人は多く、ちょっと治安が悪い感じがしている。昼ごはんを食べていなかったので、海岸沿いの店でピザを食べる。

夕食はホテルで食べれなかったの。レストランが貸し切りでNG。で、ドキドキしながら真っ暗な町なかへ。昼は人であふれていたのに、人も少なけりゃ、店もほとんどやってない。おいおい、怖いぜ、ベネズエラの夜。早歩きで移動しながら、陽も完全に落ちて真っ暗に。スーパーに寄ったり、ドラッグストアを覗きながら、露天でケバブみたいなものを食べて、ベンチュールに遊びに。ただ、ベンチュールも店がやってなくて、そのままタクシーで帰宅。

今日は大晦日、ということで夜中になんかあるかなとおもっていたら、爆竹やら花火やらがバンバン上がる。これがベネズエラ流の年越しか。ラテンな音楽も大音量で流れ続け、外に椅子を出して話して、飲んでいる人が多数。2年前はパタゴニアのフィッツロイの麓で年越しを迎えたなと思いながら、2016年を迎えた。明日はモチーマ国立公園へのショートトリップなので、すぐに寝た。

政治と国

アメリカの大統領選のニュースが連日取り上げられている。トランプかサンダースか、ヒラリーか。みたいな。個性派がそろっていて、いろいろな政策や思想をぶちまける。誰が大統領になるかで変わる国。もちろん、国民がその国らしさを最終的に定義づけるが、大きな方針はやはり政治が決める部分が大きいと思う。

年末年始で行ったベネズエラ。

殺人など凶悪犯罪率世界一位、3000万の国民に対し拳銃1700万丁、原油埋蔵量世界一位だが、チャベス大統領が二年前に亡くなり、世界的に原油価格も暴落し、チャベス大統領からマドゥーロ大統領になり、国は衰退し混乱していった。国は貧しくなっていった。

でも、人間は強く1人1人が考えてより良い生活のために生きる。その力の総和は偉大で、国は回っていく。でも、政治の舵取りは大きく国民生活を決定づけるのも間違いない、先月の国会議員選挙では野党が多数を取り、マドゥーロ政権とねじれた。暴動が起きる。

原油価格下落の要因でもある科学技術の発達と政治の舵取りは、本当に難しく、国民にとって大きな影響を与え、生活を変える重要な要素だ。ある意味日本みたいな、大きく振れずいつも政治的に中途半端な国であれば、マイナスのリスクもないんだなと感じた。誰が政治を司っても大差ないという意味で。

一方で、誰が政治をするかによって極端な差が生まれる国は、うまくいくこともあれば、激しく失敗することもある。それを踏まえたうえでの政治。日本は、そのリスクを取りたがらない人々だから、どちらにせよ大差無いような政治になるのか。これを批判する人もいるけれど、大きな失敗がないということでは、ある程度のメリットも有るのかなとも思う。

ただ、なんだかんだ行って、世界のどこに行っても思うことは、人は強く生きていくし、日常はどんなに治安が悪くても、そこに人の笑顔や安らぎは存在すると。そんなことを改めて知ったベネズエラのロライマ山登山および旅でした。旅で、国を知る、政治を知る、人を知る。

元から作ると分かること

元から作る。

さばの味噌煮とかブリの照焼、切り干し大根とか、炒め物、鍋、糀に一晩つけた焼き魚、なんかは作るが、休みの日に時間があるともう少しいろいろと作りこんでみたくなる。突き詰めるというか、こうしたらどうなるのだろうという興味が行動を促すのは、山も仕事も料理も一緒。いろいろと料理をしていると、より原理を突き詰めたくなる。回鍋肉のタレを甜麺醤とかを合わせて作るとか、だしの素じゃなくて昆布とか煮干しからとるってことから始まり、ピザって、どうやって生地が作られているんだろうとか、よくこねるとどんな食感に変わるのだろうとか、薄力粉と強力粉の配分とイーストの配分が出来上がりに与える影響とか。

と、いろいろとアイディアが湧いてきたり、疑問が湧いてくるのでそれを試してみる。まあ、理科の実験をしているようなもんだ。突き詰めていくと、調味料を作りたくなるとか、生地から作りたくなるとか、野菜とか魚も自分でとってきたいとか、料理をのせる皿も作りたいとか。まあ、どこまでやるかは個人の興味関心次第なのだが。まあ、どこまでやるかは別にして、ちょっと興味の赴くままにやってみている。

餃子
餃子の皮を強力粉と薄力粉を混ぜて、お湯でこねて作る。なかなか丸くするのは難しい、そしてサイズも歪になるがもっちりとした皮になっておいしい。具もたくさん包めるし見た目はいまいちだが美味しかった。しっかりこねて30分ぐらい生地を熟成させたからなのか。正直、皮は費用対効果、時間対効果を考えると買った方がいいが、もっちりした味わいは買った皮では味わえない。暇な時にたまに作るのはいい。

ピザ
2日連続で試した。最初は薄力粉と重曹だったが、2回めは強力粉とドライイースト&発酵30分。強力粉の方がうまかったが、ミックスしてしっかりこねて熟成させるとベストじゃないかと今は思っている。あとは、フライパンで片面焼いておくとオーブンで焼く時間が短くて、せっかちな俺にはいい。チーズたっぷりだと美味しいが、お店で食べるよりも油っぽくなく、野菜を多くできるところも良い。餃子より手間はかからないし、見た目も華やかだし、また作ってみたい。カットトマトを乗せたのだが、水気をしっかり切ってないと生地が水っぽくなるので要注意。

ほしいも
さつまいもを買って、スライスして天日干し。しっかりと蒸してあげると甘みがでて良さそうだ。晴れの日が3日ぐらい続かないと作れないので、天気予報をしっかりみて作る日を決めないといけない。まあ、簡単だ。もともとの芋のサイズが2日も干すと半分ぐらいになるのは驚きだ。

食べたとき、思ったより硬くなっていた。分厚く切るといいのか、干し時間の長さの問題か、芋の種類か。商品のは、何か塗ってたり、砂糖水に漬けたりとかしてるのかな?

味噌
味噌って、スーパーに売っているのしか見たことなかったが、家庭でも作れるということと冬の時期に仕込むとおいしいということで、大豆、米麹、塩のセットを楽天で買った。送料込みで2500円ぐらい。出来上がりが3キロになるのだ。まあ、できた味噌を買ったほうが安いのだが、これは遊びだし、ネットのクチコミを読むとどうやらうまいらしいので。

まずは、20時間ぐらい大豆を水につけておく。想像を超えるほど大豆が水を吸い体積が大きくなっていった。かなり大きめの鍋がないと作れない。それから、大豆を茹でる。これまた3時間ぐらいかかって、アクを取りながらゆっくり煮る。大豆が柔らかくなってきたら大豆を取り出して潰す。瓶を使って押しつぶす感じ。茹でた大豆を食べたが、うまかった。しっかりと潰れたら、塩と糀を混ぜておいたものと潰した大豆を混ぜあわせる。最後に樽に空気が入らないように詰め込んでいく。落し蓋と重しを乗せて、あとは6ヶ月から10ヶ月ほど待つと出来上がりらしい。

こんな風に作っているのかと、味噌のできるまでが勉強になった。さて、半年後どんな味噌になるのだろうか。楽しみだ。

それにしても、普段何気なく食べているものがどんなふうに出来上がっているかが分かる。面白い。外食するときに、これってどうやって作られているか考えるようになった。