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LOST WORLD3 空港の住人としてベネズエラを眺めた日

朝の4時30分にホテルを出る。もちろん外は真っ暗で、人通りは皆無と言っていい。ホテルの前に一台のタクシーが止まり、僕らは乗り込んだ。昨日どきどきしながら空港からカラカス市街へ向かった道を戻り、空港へと向かう。高速道路のような道路から見た街の明かりは綺麗で、空には月が輝いていた。

送信者 ベネズエラ2015-16
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空港につくと、ほとんど人はいなかったが、一部の航空会社のカウンターには人が並んでいた。片言のスペイン語でヒアリングを繰り返す。朝8時にプエルトオルダス行きの飛行機がconviasaから出ているとか、asercaからは何時とか、aeropostalからは何時とか。みんなの言うことも違うし、電光掲示板の情報も場所によって異なる。まさか、空港の電光掲示板が間違っているとは思わなかったが、結果的に間違っていたのだ。

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最も正しかったのは、多くの人が並んでいるカウンターの航空会社からは飛行機が出るということだった。クリスマスで、昨日のバス同様に完全停止している航空会社や間引き運行をしている航空会社がほとんどで、大いに悩まされた。いろいろな列に並んでは、空席はないと言われ、また別の列に並びということを繰り返す。ぼくらと同様にキャンセル待ちをする人も多くいた。ベネズエラ出身で今はカナダに住んでいる親子やおかまちゃん3人組は行き先もプエルトオルダスと一緒で、いろいろな列で時間をともにした。空港に一日いると、いろいろな人、人間模様が見れた。

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なんでこんなことを朝からしていたかといえば、17時30分のカラカス発、プエルトオルダス行きのrutaca航空のチケットは持っていた。しかし、到着が18時30分になり、そのまま夜行バスでサンタエレナに向かうのが難しいかもしれない。そうすると1日無駄にする。だから、少しでも早くプエルトオルダスへ行き、そのままサンタエレナに行きたかったのだ。あとは、新しい街に暗くなってから到着するのもリスクが有るという理由。まあ、それらの背景にはrutacaの航空券が往復で1500円以下ととても安いので捨ててもいいやという気持ちが大きかったのもある。

空港に8時間も9時間もいると疲れてくる。地べたに座り込んで、行き交う人を見ている。ほとんど観光客はいない、西洋人の5,6人グループがサーフボードを持って来ていたが、それ以外は10人も観光客を見なかったと思う。だいたいは、クリスマスで地元に戻るベネズエラ人だった。町中にいる人よりはお金持ちな気がしたが、飛行機のチケットはとても安いので、誰でも気楽に乗っている感じだった。そして、おかまちゃんがけっこういて、とてもオープンなところは日本より進んでいる感じがした。

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時おり、客引きが僕らに声をかけてくる。しかし、みんなカウンターで交渉しても討ち死にしていた。が、13時過ぎになっておかまちゃん3人が14時の便を取れたという。すると、客引きもチケットを取れるとアピール。僕らは、もう7時間以上粘って無理だったので、半ば諦めていた。取れるなら取ってくれと。すると、取れたっぽい。マジカ?ということで、買ってくれた人に1人10ドルを払う。しかし、出発まで30分しかない。急いで、ザックをビニールでプラスティファイ(ぐるぐる巻き)にして、荷物を預け、セキュリティーチェックへと向かった。紹介した客引きに2人で10ドル渡して、飛行機にかけ乗った。こんな事もあるもんだと、驚き、そして恐怖のカラカスを脱出できたことに安堵の気持ちだった。

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青い空と赤茶けた大地。1時間弱でプエルトオルダスに到着。上空から見ると、大きな工場がたくさんある街だった。空港につくとカラカスよりも賑わっていて、観光客もちょくちょくいた。やはり、ロライマの起点となる町だ。ここからサンタエレナへ行くバスやツアーが無いか聞いたが結局クリスマスでダメだった。おかまちゃんの1人がバスターミナルに行くというので、一緒にタクシーで向かう。しかし、ここのバスターミナルもほぼクローズ状態でバスがいない。活気ゼロ。。。タクシーの運ちゃんが何人かいて交渉したが、タクシーに乗ったら高い値段をふっかけてきて止めることにした。ガソリンが無いから明日のほうが良いよと、ヒゲモジャの若い兄ちゃんが話しかけてきて、彼は英語も話せたので助かった。そして、彼女が迎えに来るから、ホテルまで連れて行ってあげるよと。オリノコ川が見えるベンチュールオリノコホテルへと。バスターミナルからは10分ほど。その間は幹線道路があり、マクドナルドやサブウェイなど日本の田舎にあるようなファーストフードの路面店があった。

送信者 ベネズエラ2015-16
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彼の友達に相談すれば100ドルでサンタエレナへ行ってくれるという。まあ悪そうな人じゃないし、ホテルに5時に迎えに来てもらえるように頼んだ。ベンチュールホテルに到着すると、いかにも豪華な感じ。街の中心から離れ、ホテルまでのアプローチも長い。5つ星ホテルに泊まることに興味はない2人だが今日も疲れたし、日本円にしたら2000円程度だったので泊まることにした。それにしても2万ボリバールとなると200枚以上の札を渡すことになる。なんともすごい話だ。

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部屋にチェックインすると、川が見えた。オリノコ川だと思ったが、カロニー川で少し奥がオリノコ川だったらしい。ラ・リョビスナの滝が遠くに見える。この眺めはいい。一気にこのホテルが気に入った。夕日の時間とも重なり、外へ行く。川沿いに降りて夕日を眺める。ああ、空が広い。赤く染まった夕焼け空が美しい。川に足をつけたりしていたら、すぐに日は落ちた。ビールで、ここまで来たことに乾杯。そして、ホテルのレストランでバイキング。まあ、正直そんなに美味しいわけではなかったが、ゆっくり食事をすることができた。他のお客さんは家族旅行が多かった気がする。
ベネズエラに来てからどこのホテルもwifiが使えるので、スマホでネットを使う。ふと思う。キューバより便利だ。キューバはネットがほぼ使えなかった。何を基準に豊かというのかは難しいが、ネットが使えるということはやはり便利だ。それは、情報というものがいかに大切かということだ。旅のためには情報が必要だ。正しい情報があれば、正しい行動ができて、効率的にもなる。そして、ネットが使えるということはコミュニケーションができるということで、その心理的充足感もおおきい。そうすると、キューバよりベネズエラの方が豊かなのだろうか。いや、物資という意味ではベネズエラよりキューバが豊かな面も大いにある。豊かさとはwifi?コミュニケーション?正しい情報を得られ正しい判断ができること?それとも食事?ホテルの豪華さ?教育水準?なんであろうか。

送信者 ベネズエラ2015-16
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そんなことを思いながら、夜を過ごした。部屋のシャワーがまさか水しか出ず、おいおい5つ星ホテルw。さらに、トイレの水が流れない。ということで、部屋を変えてもらって、寝ることにした。明日の朝も速い。毎日5時までには動くという元気な日々をベネズエラで過ごしている。

LOST WORLD 2 うまくいかない旅の始まり

NYからカラカスへ。飛行機から南米の大地が見える。青い空と赤茶けた大地が南米の記憶を呼び覚ます。2年ぶり3回目の南米大陸に到着した。カラカスの空港の周りは殺風景で、赤茶けた大地が広がっていた。カラカスの中心地から少し離れたところにある空港だったからだ。

送信者 ベネズエラ2015-16

まず空港につくと、飛行機を探す。翌日の夕方のプエルトオルダス行きの飛行機チケットは持っていたが、できればすぐに移動したかった。カラカスの治安が悪いという話があったからというのと、年に入るよりも山にいる時間を長くしたいという思いがあったから。

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まずは、無事にバックパックをピックアップして、入国する。ただ、空港についても観光客は少なそうで、明らかに観光客っぽい僕らにも客引きが声をかけまくってくるというほどではなかった。とは言え、空港も治安が悪くて危険レベル2と外務省の安全情報がなっていたので気を使う。新しい国についた瞬間は、感覚がつかめないから慎重になる。

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旅行会社や航空会社のカウンターで聞いたが、プエルトオルダス行きのチケットはなかったし、ツアーもなかった。というか、ほとんどのカウンターが閉じていた。クリスマスだからだった。のちのち分かるが、クリスマス前後の3日間は、ほぼすべてがストップする国だった。話しかけてきたポーターのおっちゃんや警備員と話して、国内線のターミナルへ移動。結局飛行機はなく、両替することに。

まずは1ドルを700ボリバールで、100ドル分。闇両替なので、公定レートり3倍以上よいのだ。100ボリバール紙幣が最高紙幣なので、100枚の束を7冊もらう。かばんに束ごと突っ込まれる。これは、すごい感覚だ。枚数を数えないと不安だが、お金を数えているのを見られるのも危険だ。こういった時、2人いると見張りと数える役割分担ができていい。もう少しキャッシュがほしいので、追加で100ドルを両替することにした。

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そして、カラカスの町へ。タクシーに乗って30分ぐらい7000ボリバール。タクシーも密室なのでドキドキするが、けっこうな年齢のおっさんなのでリスクは低そうだ。さあ、ここがカラカス。貧しいとか物資が少ないという話だったが、スラム街はあるものの、新しい車もちょくちょく走っているし、大きな看板もあるし、そこまで悲惨な状態には感じなかった。

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ラバンデラのバスターミナルは危険地域にあるということで、フラミンゴという会社のバスターミナルにタクシーで連れて行ってもらった。スマホの地図&GPSを見れば自分がどこにいるか分かる。なんとも旅の仕方が変化した。バスターミナルにつくと、静まり返っている。車も人もいない。普通のバスターミナルとは違うと思ったら、クリスマスの3日間は完全に営業しないらしい・・・長距離バスで、そんなことってあるんだと、タクジさんと驚く。これで、今日中のプエルトオルダスへの移動は不可能になった。

アルタミラ地区が大使館があったり安全というので、ラフローレスタという宿にタクシーで送ってもらった。鉄格子で囲われたホテル。というか、どこの家も鉄格子があることにちょっとビビる。ベルもなくて、窓ガラスをどんどん叩く。すると、今日は満室だという。タクシーも行ってしまった。うーん、急ぎ足で近くのアルタミラというホテルへ向かった。ドキドキする。ザックがでかくて観光客とまるわかり。こちらも鉄格子。部屋が開いていて、部屋も綺麗だったので泊まることに。ふーっ。一安心。

送信者 ベネズエラ2015-16

荷物をおろして、サンケイトラベルというツアー会社探しと夕食を食べに。明るいうちに済ましておきたかったのだ。身軽になって街へ出る。おのずと急ぎ足に夏。プラザフランシアを横切るとファミリーやカップルが公園でのんびりしている。決して危ない危険には感じない。街行く人も危なそうではないし、薄着で銃を持っているようにも見えない。本当に世界一危険というほどなのかと疑問になるが、油断禁物。結局ツアー会社は見つからず、ケバブ屋で夕食を食べる。量は少なかったが、うまかった。薄暗くなったので、早々に宿に戻ると、宿の前に差し掛かった時に「パッーン」という銃声のような音がして、鉄格子の中の宿へと駆け込んだ。銃声だったのか、爆竹だったのかは不明なママ。後からわかったが、この国は花火や爆竹をよく鳴らすので、おそらく爆竹だったと思う。

翌日の朝イチで、空港に行き飛行機チケットのキャンセル待ちをしたかったのでフロントで翌朝のタクシーを頼み、シャワーを浴びてすぐに眠りについた。クリスマスの時期に旅することが多い。クリスマスと年末年始を合わせると長くなるからという理由なのだが、この国はクリスマスに一斉に休むので旅がしづらいことに徐々に気が付き始めた。さて、明日の朝は飛行機のキャンセル待ちをゲットできるのだろうか?!

WHY VENEZUELA?

ベネズエラを意識したのは、10年以上前に旅した南米。
当時、ウユニ塩湖とガラパゴスにどうしても行きたくて、学生の夏休みを使って2ヶ月ほど旅した。この時は、ウユニ塩湖に狂っていて、何が何でも行きたいという衝動が自分を支配していたと思う、

せっかくウユニのために南米まで旅するなら行きたいと思ったのが、エクアドルのガラパゴス、パタゴニアのペリト・モレノ、そしてベネズエラのロライマだった。ルート的に、絶対行きたいベネズエラとガラパゴスに行こうとすると、エクアドルから南下するのがベストで、時間的にベネズエラとパタゴニアは候補から漏れた。そして、エクアドルとボリビアに挟まれたペルーのナスカとマチュピチュにも行ったのだった。

2年前に予期せずアコンカグアで敗退して時間が急遽出来たのでパタゴニアに行くことになり、残る行き先はベネズエラになっていた。ただ、ベネズエラの治安の悪さなども噂で聞き、さらには地理的に不便であるため、行くことがないままだった。

そんな時、タクジさんからメキシコの山かベネズエラのロライマに行こうと言う誘いをもらい、メキシコの山はピンとこなかったのだが、ベネズエラは行きたいと思っていたので、即答して行くことを決めたのだった。

でも、なぜベネズエラのロライマに行きたかったか。その理由は単純で、テーブル上の山が荘厳な美しさを持っているからだった。世界的に見ても非常に希少な地形で、見たことがないものを見たい、経験したことがないことを経験したいという欲求が最も強い自分の性格上、ここに行きたかったのだった。

旅の不便さなど含めてちょっとドキドキ感もあるのが、いいスパイスになって旅への気持ちをかきたててくれた。

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ロライマの上で

自分の感情は自分でコントロールできない。

それを知ったのは、雲が流れ突如ロライマ山が、姿を見せた時だった。

いつの間にか、声を上げて、その声に自分が驚いた。あまりにも大きく、力強いロライマ山が現れ、圧倒されたのだった。

なんで、こんな形になったのか。あまりにも、力強く美しい。

600メートルを超える滝が山頂から流れ落ちるクケナン滝。

太陽を浴び緑に輝く大地。どこまでも青い空。

切り立ったテーブルマウンテン。

偉大な山だった。まさにロライマ。

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場所の意味が変わっていく、人間の関係の質が変わっていく

Forget me not2015に行ってきた。
アコンカグアの時を除いて毎回参加している。7年ぐらい前だろうかクリエイティブライティングに参加したのがきっかけで、その仲間が年末に集う。

SWITCHの新井さんを囲んで、師走の時期に集う。みんなが1年の近況を話、それから作品を発表する。食事をしながら、話して最後に文庫の交換。基本的に毎回同じフォーマットで時間が流れる。でも、会を重ねるごとに、場所の意味合いが変わってきている気がする。それは、参加者互いの関係性の質が変化してきているからな気がする。関係の質というのは、互いの心の開き具合が変わったことによって質が高まったため、お互いを受け入れながら会話をするようになった気がする。

でも、20人ぐらいの参加だったが、毎年参加者は異なる。昔は毎年参加していたが、今年は来ない人。クリエイティブライティング講座依頼7年ぶりの人。いろいろな人がここで繋がる。だから、会っている回数は多くても5回ぐらい。それも1年にたった1回だけ。1年に1回だから、お互いのことを詳しく知っているかというとそうでもないと思う。でも、なんだかこうした定期的に会うという行為が、自分の内なるものを発表するという行為が、自分をさらけ出し互いの人間関係の質を近づかせる働きをしているのだと思う。

継続して、同じ時期に同じ場所で会を続けることの意義は、久しぶりにも来れるというのもあるが、関係の質が高まりやすいというのがあるんだろう。

あとは、大人になればなるほど、といっても高校生や大学生、社会人1,2年目の頃よりも、少ない回数で少ない時間ではじめて会った人と分かり合えるようになっていると思う。多くの種類の人と会って、新しく会った人も過去の出会った人の分類に当てはめてキャラを推測できるように精度が上がっているからなのだろうか。

送信者 いろいろ

新井さんが作ってくれた動画のBGMの 小島ケイタニーさんの曲が頭のなかでぐるぐるとループしている。