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トレイルランナーヤマケンは笑う

最近、本を読んでいなかった。
特別な理由はないのだが。

「トレイルランナーヤマケンは笑う〜僕が170kmの過酷な山道を”笑顔”で走る理由〜」

読書リハビリ一発目というか、モチベーションアップ一発目。
雨の中走るために、本屋で買って2時間で読み、荒川沿いを25キロ走ってきた。

まあ、それはいいとして。

山本健一さん、通称ヤマケンさんの本。トレイルランナーの中でも、好きな選手の一人。理由は単純で、本当に山を楽しそうに走るのだ。笑顔だと体は良い反応を示す。感覚では分かっていたけど、以前ミウラ・ドルフィンズの低酸素室でそれを数値でも実感した。俺もトレランしてる時に笑うし、きれいな景色を見れば叫ぶし、前後するランナーと会話を楽しむ。

まあ、俺の話はいいとして。

この人、笑顔がいいのだ。

まあトレイルランナーの中で、1,2を争うイケメンだし、写真うつりも良いからってのはあるだろうけど。ヤマケンさんを見ていると、こっちまでワクワクしてくる、そんなエネルギーを周囲に振りまいている人物だ。まあ、こっちが勝手にワクワクしているだけなんだけど、笑顔の連鎖ってやつだ。

まあ、俺がワクワクする話はいいとして。

で、本を読みながら、こんなことを思う。

もっと、この人の人生を見たい。
もっと、もっと見たい。
心の機微も知りたい。
人の見た風景も、見てみたい。
どんな世界を見て、何を感じて、何を考えて、何をしたのか。
それをみたい。もっと知りたい、もっと知りたい。

インターネット以前と比べると、こういった芸能人みたいな人以外の特定の領域の有名人の映像や文章は読めるようになったけれど、もっと知りたい。いろいろな素敵な人生を送っている人をもっと深く知りたい。そう思う。

これは、昔からなのかもしれない。

他人に興味ないねって言われる。ことも多いが、
それは、真であり、偽である。

どうしても気になってしまう人がいる。
それは、1%か3%か、その程度なのだが。
99%か97%か知らないが、それぐらいの人には興味が無い。

その1%がヤマケンさんだ。

だから、世界の人の人生がもっとネットに乗ればと思う。
それは、文字データも写真も、映像も。いつか未来には脳波とかも。

情熱大陸がずっと好きだ。これも、同じ理由なんだろう。
自分の知らない世界を見たい。
惚れやすい人間なので、かっこいい生きかたをしている人を見ると、心の底から沸き上がる物がある。

小学生か中学生かなんて覚えていないが、その頃からずっと見ている。
テレビがない生活をしているが、気になる人の時はスマホのワンセグで見る。

笑顔と真剣な顔が好きで、探求者が好きだ。
己の軸があって、それに従って生きている人。

思い出せば、何年か前にヤマケンさんも情熱大陸に出ている。
再びこのブログを書きながら見てみた。

改めて思う。
何が一番好きかといえば、山が好きなんだと思う。
縦走が好きだ。
テントでのんびり歩き、汗を書き、美しい山を眺める。
夕日、星空、朝日、山の中での温泉、山の上での食事。
明日の天気にやきもきしながら、シュラフへと潜り込む夜。

でも、トレランも捨てがたい。
あの肉体を伴う高揚感。
脳だけでもない、肉体だけでもない。
両方が融合した頂点の状態、それを実現できるひとつがロングトレイルランニング。

僕のホームページのトップに引用している言葉

Exploration is the physical expression of the intellectual passion.
(A. Cherry-Gar-rad)

まあ、そういうことだ。
冒険とは、知的好奇心の肉体的表現であると。
フローとかゾーンと近いのかもしれないが、100マイル中の感覚はそれともちょっと違う気がする。

しばらく走ってなかったけど、また山を走りたいなと思った1週間だった。

送信者 記録

http://teratown.com/blog/2013/10/05/yssyyeyeyiyoyyoyaeyaeyye/

気に入った言葉の引用

P31
彼から学んだのは、自分に自信を持つことが、いかに大きなことなのか。
大会に勝つことが自身につながるわけではない。むしろ日々の蓄積が、何より大事。
たとえ足が早くなかったとしても、毎日部活に出ている。誰よりも部室の掃除をしている。集合時間には絶対に遅れない。何だっていい。
ほんの些細なことが自分を律していく。

P51
彼に向かって話したことは、自分の体を通じて感じたことだけだった。体験した以上のことは何も話せない。だからこそ、できるだけ多くの人と交わりながら、いろんな経験をしたいと思う。

P72
繰り返し訪れる急落と急登に、ワクワクした気持ちよりも疲労感のほうが強かったかもしれない。とにかくレースが終わったあとの欲求のことばかり考えていた。今、考えれば、それは苦しかったことの証だと思う。レースを楽しんでいるというよりも、苦行。修験道を走っているようなもの。

P86
すべてを受け入れるという、今までにはまったくなかった感覚。なぜか、いろんな欲求が落ちていった。今はほとんど動けないけれど、もう一度走ることができたらいいな。素直にそう思うようになった。

P98
一度勝つことができてからは、さらにレースに対する欲がいっそうなくなっていった。

P99
自分が限界だと思っていることをどんどん捨てていくこと。できるだけ勝とうとしないこと。体を硬くする要因を頭の中から排除することさえできれば、自分の中に眠っている力を引き出すことは誰にでもできる。

P105
僕は。「人生は極上の遊び場」だと思っているんです。越中隆雄さんの言葉

P113
がんばろうという気持ちなんてほとんどなくて、心のなかはありがとうで満たされている。中略 あらゆる人々、あらゆる事象に感謝して走っていた。

P116
街はもう人であふれていた。ゴールで仲間が迎えてくれた時の多幸感は、やっぱり言葉にするのは難しい。だから、みんなに走ってほしいと思うのかもしれない。

P162
いかに潜在能力を”自分の意志”で引き出すことができるか。 中略
自分の深い内面にも、あるいはもうひとつの違う次元にも、もっと世界が広がっていることをしりたいという好奇心なのだ。

P176
体は必ず状況に慣れて、新しいゴールまでたどりつく方法を提案してくれる。 中略
痛みが出てしまった時のコツは、痛みをそのまま受け止めないこと。 中略
眠気と痛みとでは、脳内の対処法は異なるけれど、意識を外に向けるという点では共通している。体の引き出しから、近しい経験を引っ張りだして、アレンジして使えるようになるまでに12時間かかったということなのかもしれない。

P181
もしも僕に人より優れたところがあるとすれば、ひとつは胆汁なところ。
もうひとつは人から力をもらう能力がるということ。

P204
超長距離は、より自由に、より自分が楽しむために走るもの。そうでなければ、ゴールにたどりつくことさえできないから。

俺の脳をもうひとつ作るという人工知能研究

おそらく、こんなにもブログを書き続けている人は珍しい。1万人に1人とか、もっとレアかもしれない。

さらに写真もかなり撮ってる、すなわち自分が見たことある風景のデータもたくさんある。

ライフログを自動的にとっている人だと写真データとGPSの位置データはもっとあるだろうけど、頭のなかの考えを書き記している人はそんなに多くないのだろうと思う。

で、何が言いたいかと。

こんなにデータがあれば、それを読み込ませて、俺の脳に似た人工知能作ることってできるんじゃないか?そう思うのだ。データというものは多ければ多いほど、より精度が上がるから。

世の中にある多くのデータから人工知能作る研究は良くあるけど、もし1人の脳を模倣する研究をしててデータ使いたい人がいたら提供したいって思う。日本語なんで、それを解析してる研究者に限られるので、日本人に絞られてしまいかなり限定的だが。

これらの文章や写真データを元に機械学習させて、自分とどれくらい似た意志決定するかも気になるし、自分が意思決定する前のことを人工知能に質問として出して、自分はその人工知能の答えを知らないまま自分の結論を出して合う確率とか調べたい。そうすれば、さらに精度は上がるはず。と同時に自分が今後どうなるかを予測してくれても面白い。

さらに、俺みたいなデータをたくさん残している人やfacebook、twitterなどの解析をして、自分とキャラや思想が似た人のサジェスチョンとかしても面白いな―と。この1週間ぐらい暑さになれ&涼しくなって、そんなことを無駄に考える余裕ができてきた。

時間の変化、人生の変化。原始感覚美術祭2015

東京芸大に通っていたのは10年以上前のこと。
そして、木崎湖に通い始めたのは5年ほど前かな。

大学院の授業に潜り込もう、それも東京芸大という多くの大学とは異なる世界に。今思えば、ちょっと無茶なことをした。まあ、結果的にあの一瞬の判断が、これだけ長く続く関係になるのだから人生のきっかけは面白い。

当時の芸大で一番ぶっ飛んでいたスギさんが、長野の木崎湖周辺で始めた芸術祭。5,6年たち町にも根付いてきたし、多くの作家が参加し、観光客も増えている。続けることの重要性を改めて思う。

いつもの夏に、いつもの場所へ。
木崎湖の周りは、いつ来てものどかで良い風景だ。

でも、変わったなと思う2日間だった。

いつものように、新宿発のあずさに乗り、松本まで。3時間ほどの電車では、久しぶりに会った仲間と盛り上がる。茂木さんの研究室メンバーが中心なので、東京芸大と東工大出身者ばかり。松本につくと、東京と同じように暑く、蕎麦屋へ行き、レンタカーを借りる。1時間ほどドライブして、信濃大町のオープニングイベントで杉原さんに顔を見せ、定宿である稲尾のあたらし屋さんに到着。

今回は茂木さんが遅れてくるのと、幹事役の植田さんが原稿の締め切りに追われていたこともあり、みんな近くをぶらぶらしたり、昼寝したり、買い物行ったり、のんびり気ままな時間。芸術祭を見に来たはずなのに、何も見に行かないw

夜はカレーを作り、だらだらと飲み始める。哲学者の塩谷さんもいらっしゃって、囲炉裏を囲って、ああだこうだと。茂木さんも到着し、再び乾杯。アートや哲学、サイエンスに関して話す姿は同じだけれど、昔みたいにバトルがなくなった。大人になって、受け入れるようになったということなのか。

翌朝、1000年の森へと足を運ぶ。雪解け水が流れる小川でビシャビシャと遊び、パフォーマンスを2つほど見て、いつもの神社へ。今回は、茂木さんと塩谷さんのトークの間に、植田さん、蓮沼さん、杉原さんの芸大3人組の、アートバトル。1時間という制限時間で、作品を作り観客による投票で1位を決めるというもの。

植田さんはマリア様を、蓮沼さんは鳩を、杉原さんはキャンバスを石で殴りつけ、ぶっ壊した。10年以上の付き合いだけれど、3人が同時に作品を作っている姿は初めて見たし、その時の顔の表情は真剣そのものだった。3人共アーティストとして生きているが、顔を見たら改めてアーティストなんだなと妙に納得した。いつもは、飲んで話している位だから。

そして、あたらし屋へ戻って、乾杯をして東京へと戻った。大半のメンバーはもう1泊して、宴会をして東京に戻ってきたはず。今年も夏の儀式が1つ終わったな、と。毎年、これが最後かなと思っているので、また、集まれて嬉しかった。

見ると落ち着く風景になった木崎湖だけど、なんだか今年はいつもとちょっと違う気もした。それは、一言で言うならば「時間は変化だなと、変化は人生だな」と思ったということ。

今年は、東京芸大物語を茂木さんが書いてくれた。あの時代が1つの本という形で記録された。

みんな、いろいろなコンペで賞を取り、日本でも有数の芸術祭に呼ばれたり、連載を持つようになったり、芸術祭の総合アートディレクターとして大きく育てたり。普段の生活でも結婚し、子供を授かり、性格が丸くなっていく。大切な仲間であることは変わりないけれど、それぞれに抱えるものも大きくなってきた。多くの日本人からすると、そうなるのは遅かったかもしれないし、今でも自由なのかもしれない。でも、抱える物が大きくなる経験をし、受け入れるという心が育ってきたのかもしれない。

いつもと同じ木崎湖の風景を眺めながら、ああ、人生って面白い。でも、変わることって、すこし寂しいもんだなと思いながら、夕日に染まる空を眺めながら、この地を後にした。

送信者 原始感覚美術祭2015

1語で変わる印象

導入部分の読みやすさとインパクトの関係。
最後の締めの部分の盛り上がり。
全体としての読みやすさ。

どこまで情報を入れ込むかという判断。
~した。~だ。などの連続による、単調さ。
長いカタカナ単語の連続による、読みづらさ。

文章を読んでイメージがわくか。

作家の友達の原稿を読ましてもらった。
2パターンあって、どっちがいいか。
相談されたのだ。

最後の部分のエピソードが違うだけで、こんなにも違うのかと驚いた。
さらに、導入部分の1語で大きく変わる印象。
一言で変わる印象。

そして、その一言さえも、一人ひとり抱くイメージが異なる。
富士登山というワードでも、雨の日に徹夜で渋滞の登山道をフラフラになって1回登った人と晴れた日に空いたルートでサクッと登り美しい形式を見た人と。

東京藝大物語 茂木健一郎とデコボコな仲間たちの青春

一気に読みきった。

後半になるつれ、湧き上がる感情。
芸大という青春が終わりを告げる。

僕にとって、あの2年間は、
ありのままの姿が集まった場所だった。
それは、ひとりひとりの。

もともとこの世界がなんたるかを、本当に知りたくて、人間の意識ってなんだよと19,20歳ぐらいの時にずっと考えていて、行き着いた芸大の大学院のモグリ授業。茂木さんの意識系の本を読み、科学的アプローチとアート的というか感情的な両側からのアプローチや、その問題に対する捉え方、そして同しようもないものを、やさしく包み込む言葉に魅せられたのだ。

それまでは芸術なんて興味もなく、ピカソの絵なんて俺でも描けるぐらいのことを言っていた。芸大には潜ったけれど、意識について学ぶためという気持ちで出向いた。そうしたら、そこは芸大で、油絵科などを中心とした学生さんばかりいた。そんな仲間と時間を過ごしていくうちに、芸術というものにいつもまにか興味を持ち、以前とは全く違う捉え方をするようになっている。

俺は、結局この世界が何たるかを解き明かしたくて、そのためにいろんな経験してきた。でも、振り替えるとそんな方法だっただけで、当時はただ好奇心の赴くままに、いろんなところに飛び込み、いろんなことをしていただけだった。

そうして、21,22歳の2年間を芸大で過ごすことになった。木曜の夕方16時15分だったけかな、16時35分だったかな、いや15時だったかもしれない。その時間になると、決まって上野の東京芸大のキャンパスへと歩いて行った。

一番最初の日だけは明確に覚えている。上野のキャンパスに行き、ウェブで調べた時間に調べた教室へ行く。扉を開けると、えっ。この教室、小学校の半分サイズじゃん。2,3人が座っていた。これは、モグリがバレる。そうおもって、階段を降りて、キャンパスをあとにした。色々考えながら歩いていると、潜っているのがバレても、殺されるわけでもないし、ダメだったら帰るだけ。そう思って、再びキャンパスに戻り、階段を戻って着席したことを覚えている。そんな授業で、一番最初に指名されて発言を求められるなんて、思ってもいなかったけどモグリなんですがと話し始めたら、なんの問題もないよという感じで快く受け入れてくれた。これが、芸大の自由さであり、芸大の懐の広さであり、芸術が生まれる土壌であり、これが芸大なんだとその時痛感した。

アートなんて全く関係なかったのに、潜っていた2年。茂木さんの講義を元にディスカッションしたり、海外の論文を紹介してもらったり、アーティストなどが外部講師として来てくださったり、どんどん茂木さんが有名になり、教室に入りきらなくなって教室が変更したりと。もちろん、授業の後の飲み会は忘れられない。上野公園の砂場を囲んで夜な夜な飲んだこと。冬は車屋まで行って飲んだこと。

この世界の多様性を教えてもらったし、芸術というものが何かを考える切っ掛けや、本物の芸術に触れる場をもらった。それは、かけがえのない時間だった。本当にあの空間が好きで、あの仲間が好きで、今でも続いている。あれから12年の時を経て。

そんな12年前の出来事が、ありありと描かれた東京藝大物語。まるでその時にタイムスリップしたかのように、没入して一気に読み終えた。

この本は、まるで茂木さんの恋文のように感じた。
青春、芸術、そしてあの上野公園を囲んだ仲間に対するラブレター。

青春のはかなさを感じるけれど、それは誰にもあって、そんな青春を味わえたことを噛み締めて、次の世界へと羽ばたく心のエネルギーになる物語。

なんだか、心の奥底からえたいのしれないエネルギーが溢れだして、夜の闇に走りに駆け出したくなった。

過去に芸大について書いたブログ

月の奥に鏡を見る

安全基地

10年前はモブログでこんな洗い写真をアップしていたのか、ということにも驚き。
http://www.teratown.com/moblog/archives/001979.html

心に残った言葉

P91
「人間にはさ、あまりにも昔に諦めてしまって、諦めてしまったことさえも忘れている、そんな夢があるんだよなあ。」

P127
科学とは、実は、他人の心を思いやることに似ている。科学の正反対は、「無関心」である。たとえば、空の月は、なぜ、そこにあるのか。月なんて何か知らないけど勝手にそこにあるのだろう、と思っていると、科学する心は生まれない。 中略 すべての動物の中で、人間だけが、「心の理論」を持っていると考えられている。もしかしたら、人間が、ここまで科学を発達させてきた背景には、「心の理論」の普遍的な働きがあるのかもしれない。人間には宇宙という大いなる絶対的他社の「心」を、推定しようとしているのだ。あるいは、科学者スピノザの、万物に神が宿っているという「凡神論」に従うのならば、人間は、「神の意志」を推し量ろうとしているのだ。

P160
そんなところに、もう、企て、体験した者だけが持つ「特権」の構造が生まれている。

P161
幸福と、才能は、似ているところがありませんか。

P163
「まとめれば、幸福には、二種類ある、ということです。自分の才能を、最大限に発揮している、フロー、ないしはゾーンの幸福。一方で、自分の足りないところを直視せず、これで大丈夫だと勘違いしてしまう、偽りの幸福。みなさんには、ぜひ、前者の幸福を目指して欲しいと思います。才能のフルスイングによってしか、到達できない至福の幸福と、才能を小出しにして、送りバントを繰り返すことで、達成される幸福と。君たちは、どっちを選ぶのだろう。」

P166
ふと、ジャガーに言いたくなった。
「あのさ、こういう時間が、ずっとあると思っているだろう。もう、ないぜ。この時間は、二度と戻ってこないんだ。」
「へいっ。」
「居場所というのはさ、ある時は当たり前だけれども、失われるのは、あっという間だからなあ。」
「へいっ。」
「水たまりは、やがて干上がる。ひだまりは、つかの間の輝き」
「へいっ。」
「だから、この光景を、よく覚えておこうな。」
「へいっ。」

P174
アーティストの卵たちは、芸術の「自由」を「空気」のように吸って過ごしている。しかし、その自在の空間から、いかに「作品」という地面に着地するか、その間合いが難しい。 中略 卒業制作とは、ふわふわと空を飛んでいた学生たちが、卒業という大地に着地する、そのランディングの姿勢を競う場なのだ。

P187
アーティストは、良い絵を描くためには、不道徳なことさえやりかねない。凡庸な作品を作るいい人であることと、悪い人でも傑作を描くことのどちらかを選べと言われれば、芸術家の答えは決まっている。
問題は、選ぼうとしても、心とカラダの自由が、案外利かないことだ。
どんないい人の中にも、悪い人が潜んでいるものだとするならば、着ぐるみを脱がせなくてはならない。ところが、着ぐるみは、しばしば、自我と一体化してしまっている。
うまく皮を剥ぐことは、むずかしい。美は、往々にして、皮一枚にすぎないからだ。そして、着ぐるみは、油断をしていると一生つきまとう。

P203
振り返れば、その夕暮れが、間違いなく青春の一つの「頂点」だったと感じる。
青春とは、浪費される時間の中にこそ自分の夢をむさぼる行為ではなかったか。
偉大なる時間は、この上なく輝かしい生命の光にも通じる。
芸術のゆりかごは、その薄暗がりの中に、こっそり、ゆったりと揺れている。

送信者 art
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