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野性的であること、ストイックであること

僕は野性的でもなければ、ストイックでもない。
ただ、野性的であること、ストイックであることに憧れめいたものを持っている。
野性的であったり、ストイックなことが正しい、美しいように僕は感じている。
正しいという表現は、いささか誤解を生みそうで、
それが、正しいか間違っているかということはないのだが、そういう思考になる。

しばらく前、久しく会っていなかったに友達と飯を食った。
実は、7、8ヶ月ハワイに住んでいて、かなり快適な生活を送っていたとか、
フランスとスイスを旅していたとか、会社を変わったとか。
おそらく、一年ぐらい会っていなかったのだろう。

でも、まったくそんな感じがしなかった。
そういう友達は本当にいいもんだ。

僕が、明日マラソンなんだよね、と話した。
そんな話をしていたときに、言われた。
やっぱりストイックなこと好きだねと。
一般的に言えば、ストイックなことが好きなのだろう。

そこに、何らかの価値を見いだしているのだろう。
それが、純粋に楽しいのだろう。
特に肉体を伴うストイックなことに、惹かれることが多い。

さらに、何か判断するとき、行動指針とでも言おうか、それを野生的なものに求める。
野生の動物ならこうだからとか、自然はこうだからと。
野性的な物事に答えがある気がしてならない。

野性的であることは、大いなる地球や宇宙の、そして自然の時間の流れに沿った行為であると思う。
その自然の流れを壊したくない、と思っている。
その流れの中で僕は生きていきたいと思う。

野性的なこと、すなわち自然の流れに沿って生きることと、
ストイックであること、何かを探求し続けること、
これらにはどんな繋がりがあるのだろうか。
今度、夜道を走りながらでも、自分の頭を解きほぐしてみよう。

送信者 いろいろ

[ハセツネカップのゴールの瞬間]

高橋尚子の引退とフォームの美しさと有森裕子と左膝と右足のくるぶしと、すれ違ったおっさんの関係、実はウルトラマラソン。

高橋尚子の引退とフォームの美しさと有森裕子と左膝と右足のくるぶしと、すれ違ったおっさんの関係についてご説明いたします。
そこにはウルトラマラソンも関わってくると付け加えなければなりません。

これらはご想像の通り「走るという行為」で繋がっております。
ただ、僕の記憶と思考の中で。

変な口調はやめて。

さて先日、高橋尚子さんが引退した。最近のレース結果からすると、その時期だったのかもしれない。
そんな彼女の金メダルをテレビで見ていて、走り方がきれいだなと思った記憶がある。
生で走る人を見てフォームが美しいと思ったのは、初めてフルマラソンを走った河口湖マラソン。
有森裕子さんの走る姿を見て美しいと思った。
厳密には、河口湖マラソンで僕を追い抜いていく人がいた。その走る後ろ姿を見て、この人は綺麗なフォームで走るなと驚いていた。すると、周りのランナーが「有森裕子さん」と声をかけたので、俺は有森裕子さんだと、気がついた。トップの選手というのは俺みたいな素人がパッと見てもわかるくらい美しい走りをするのかと思った。

高橋尚子さんの走りは生で見たことがないが、テレビで見たように美しいフォームなんだろう。有森裕子さんを見て直感的に「美しいフォーム」と思ったのだが、美しいとは何か。ここでいう美しさとは、無駄な動きがない。身体がブレない。これが美しい理由だと思う。すると、身体に負担がかからないし、無駄な動きがないので疲れも少ない。すると長時間スピードを出して走れる。まさに理想。これぞ美しいフォーム。

今日の夜、走っている時にすれ違ったおっさんのフォームも美しかった。昔陸上の選手だったのだろうか、そこで走り方の基礎を身につけているのかなと思う。

それに比べ、俺のフォームは汚い。自分で走っていても思う。だから、走るのが遅いし、身体に負担がかかる。右のくるぶしと、左膝が特に弱いと思う。今まで走ってきて、自分でも弱点を知っている。だから、長距離を走るときはテーピングやサポーターをするようにしている。それと、あまり無理をしないように、負荷をかけすぎないように。
一度、走り方を1から学びたいなと思う。

話は戻って引退した高橋尚子さんは、市民ランナーとしてウルトラマラソンに挑戦するという噂。ウルトラマラソンには出たいと思っていて、以前ちょろっと調べたらこんなにも大会あった。ウルトラマラソンはフルマラソンよりも長い100キロ程度を走るマラソン

宮古島 100キロマラソン 09年1月
萩 140キロマラソン 09年5月
しまなみ海道100㎞ウルトラ遠足
サロマ湖100㎞ウルトラマラソン
北海道・くりやま100㎞ウルトラ遠足
チャレンジ富士五湖 112km
星の郷八ヶ岳野辺山高原100㎞ウルトラマラソン
歴史街道・丹後100㎞ウルトラマラソン
村岡ダブルフルウルトラランニング
隠岐の島ウルトラマラソン
四万十川ウルトラマラソン

いずれウルトラマラソンには出るだろうと思う。どうせなら高橋尚子さんと同じ大会に出て美しい走りを見たいものだ。

送信者 いろいろ

[かけっこが好きだ、という高橋尚子さんの言葉が忘れられない](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 400 露出: 1/400 sec 絞り: f/7.1 焦点距離: 45mm)

水がきらめく、水が踊る

ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)でやっている、<「白」原研哉展>に足を運んだ。

僕の中で原研哉サンといえば、無印良品のウユニ塩湖で撮影した広告だ。愛してやまないウユニ塩湖。広告であの風景には普通出会えない。あの広告で原さんに対する注目が僕の中で決定的なものとなった。
さらに、南米の旅でウユニへ向かう途中(コパカバーナ→ラパス)のバスに乗っていた時、旅人と原さんについて話したことを思い出す。

昔の原さんに関するエントリー

そんな原研哉さんの展示。
今回は特に地下の部屋にある展示がよかった。
一言で言うならば、「水がきらめく、水が踊る」。
水が生きていた。

・ナノレベルでの撥水加工をした円形の布?を水滴が回りながら、落ちていく。

天から降り注いだ水が「透明な玉」と化し消えていく「蹲踞(TSUKUBAI)」

・布の裏から水滴が染み出てきて、文字となる。水滴が一定の大きさを超えたら、水が落ちていく
・水が流れ出て、でこぼこで水滴が細かくなり、飛び跳ねるように落ちていく。

言葉で表現するのは難しいが、こんな感じの展示があった。
水というものを、水滴で捉えることが少なかった。
水は塊として捉えることが多い。水を飲むときも、海などでも。
でも、水は塊でなくても水滴としてももちろん存在する。
そういった形を変えて存在する水。
いつもとは違った形の水を見る、新たな「水」という存在の一面に気がつく。

分かるとは、すでに知っていた物事でも新たなことに気づくことだ。
これだと決め付けた惰性の理解なんてものを壊して、新たな見方をすること。
それが分かること。
そんなことが、原研哉さんの「白」という本に書かれていた。

まさに、今回の展示が「水」を分かることだった。

送信者 座間味島'08

[水の塊](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 100 露出: 1/400 sec 絞り: f/7.1 焦点距離: 45mm)

分かりようのない世界があることに安心を感じる

僕の全く知らない世界が、動いている。
どうすることもできない自然。
分かりっこない自然の仕組み、神秘。

そんなことに、喜びを感じる。
僕は全てを知り得ない。
そんな当たり前のことに気づき、世界の圧倒的な存在に自分の小ささを感じ、喜びを味わう。
どんなに自分ががんばっても、たどり着きようのない世界、分かりようのないこと、成し遂げれないことがあることに気づくとうれしい。
圧倒的な存在を知ることで、ほっとする。

俺はどうしようもできない、何をしても追いつけない。
結局自分が何をしても到達できないなら、好きにやってやる。
でも、投げやりとは違う気持ち。

全てが分からないことで、明確な答えがひとつに決まらないという安心感。
ひとつの答えがあったら、生きづらい。

だから、未知の部分があってほしい。
その気持ちが安心感を与えてくれる。

送信者 いろいろ

(カッップに映る世界)[PENTAX K10D DA18-55mm ISO: 400 露出: 1/125 sec 絞り: f/7.1 焦点距離: 23mm]

写真展、無事に終わりました。

つながる旅の記憶~寺町健写真展~は無事に終わりました。
ありがとうございました。

一人で行う写真展は初めてだった。
以前は何人かで展示したので。

なかなか準備も大変だったが、そんなことよりも楽しく、うれしいことばかりだった。
最終日の今日もたくさんの友だちが来てくれた。

ペルーで出会った旅仲間
ディベート仲間 東海&岐高
写真展に3回来てくれたリピーター
10月から名古屋へ行くことになった友だち
結婚したばかりの信頼できる岐阜仲間夫婦
ご近所のグルメライターさん 笑
先日転職した友だち

など。

久しぶりに会った友だちとも、よく会う友だちとも、楽しく時間を過ごせた。
来てくれて本当にありがとうございました。

夜、一人で写真を片付けていた。
誰もいない部屋で写真を取り外し、テープをとり、袋に片付けていった。
準備をするときは、6時間もかかったが、片付けは1時間30分で終わった。
あっという間だった。
片付けながら、今回の写真展の準備から今日までのことを振り返った。
そして、来てくれた友だちとの会話を思い出した。
なんか、もう終わってしまうのかと寂しくもなり、友だちが来てくれたことに喜びを感じ、無事終わったことにほっとした。
雨が降り出した夜道を、歩いて家に帰った。

また、写真を展示するときはぜひ来てください。
半年後かな、1年後かな。

>都合が付かなくて、行けないと連絡してくださった方へ。
 こんな感じで展示をしていました。

送信者 いろいろ
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送信者 いろいろ
送信者 いろいろ
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