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お絵描きと花見

今年は代々木公園で芸大時代の花見。
上野公園が定番だったけれど、茂木さんが直前まで代々木で仕事ということで。

4/7の土曜は快晴で、さくらも満開。
これ以上ないほどの花見日和。

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事前に植田さんから朝の7時に集合で場所取りをするのを手伝ってほしいと連絡をもらい、現地へ。
場所取りは植田さんと蓮沼さんと。

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朝から、みんなが来る夕方まで暇と言うことで、写生大会をすることになった。
最初はスケッチブックに鉛筆で。
続いて、色鉛筆、クレヨン、アクリル絵の具となる。
もちろんキャンバスもスケッチブックから、ブルーシート、最後は顔となった。
これこそ、芸大ならでは、恒例の花見だ。

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僕は、友達の足を描いてみたり、パプアの蛍の木を描いたり、パプアの人を思い出して描いたり、UTMBをイメージして描いたり、富士山の周りを走る人を描いたり、自分の手の影をなぞって描いてみたり、フランクフルトを描いてみたりと色々描いて楽しんだ。

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久しぶりに絵を描いたかもしれない。
やっぱり、自由に絵を描くのって楽しいな。

夕方になり、茂木さんも来て、色々な人が続々と集まって来た。
何気に、去年の夏に長野木崎湖であった美術祭にあわせて合宿した時以来かも。

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みんなに出会ってから8年ほどたった。
ふと、植田さんが絵を描きながら、「みんな変わってないなー」と笑って言った言葉が印象的だった。
みんな置かれている立場や環境は変わったかもしれないけれど、中身は当時のまま、当時のままつき合える仲間。

19時30分から銀座でアタカマさばくマラソンの報告会が合ったので、先に花見を後にした。

意思が内包されない記録

日記を書き残す、カメラのシャッターを切る、絵を描く、いろいろな記録の仕方がある

これらには人の意思が含まれていて、結果として残る物には何かの意図が含まれている。
こういった記録ももちろん面白いのだが、意思が含まれない記録は驚きに満ちあふれていてドキッとすることがある。

意思を持たない記録を残したいなとおもうのは、自分の意思では本当にピンチな時や辛い瞬間の記録が残らないからだ。
特に、その場をそのまま記録する写真に関しては、顕著だと思う。

心が揺り動かされた瞬間も貴重だが、そうでない時間の方が実は圧倒的に多い。
そんなありふれた多くの時間の中にも、とても愛おしい瞬間が幾重にも積み重なっていると思う。

こんなことを思うのも夏にモンブランを100マイル走るUTMBに出るからだ。
自分が走った軌跡をそのまま残したい。
自分が見た風景をそのまま記録しておきたい。
そして、その風景を共有したい。
そんな思いがあるから、意思を持たない記録を残したいのだ。

もちろん、カメラを持って走るだろうから、綺麗な風景であったり、仲間との写真は撮影すると思う。
でも、それだけではない、何気ないひとこまを定期的に撮りつづけたいという思いが強い。
意思が内包されない記録を残し、共有し、後から楽しみたい。

ということで、一定の間隔で自動撮影するカメラを物色。

・レコロ
  ・電池長持ち(単3形電池2本で、3秒間隔で約2,000枚、24時間間隔で約365枚の連続撮影が可能)
  ・安い(6,930円)
  ・インターバル撮影の写真を勝手に動画にする(してしまう)
  ・画質が低い
  ・持って走るには不便な形
レコロ キングジム

Contour:コンツアー
  ・電池は2時間から2時間30分
  コンツアー

・GoPro
 ・電池寿命が短い(2.5時間。別途バッテリーパックあり。)
  ・値段はそこそこ(3万円程度。高い!という訳ではない)
  ・画質は最高(NHKなどが使うほど)
  ・持ち運びやヘルメットにつけるなど便利なアタッチメント付き
  ・防水・防塵・耐衝撃
GoPro

このふたつであれば、明らかにGoProがいいが、バッテリーに関してのみネックになっている。
40時間だとするとバッテリーが15個も必要になる。。。現実味がない。。。
11200mAhのYoobao モバイルバッテリーとかいう超大容量バッテリーがGoProにつけれないのかな?

もっと理想を言うと、走りながら自動撮影した写真を自動インターネットにアップロードし続けたい。
方法としてはGoProなどのカメラのSDカードをeyefiにして、テザリングなどをしてアップする。
もしくは、スマホを使ってUstreamなどで流す。でも、こちらもバッテリーの問題が。
さらに、どちらも山の中で電波があるかは甚だ疑問。

何かよいカメラがあったり、対策方法を知っていたら教えてください。

From ALASKA 2009

超越した建造物はもうできない

夜飯を友達と食いながら、テレビ番組の制作の話しになった。
ここ最近はお金がなくて、いかに制作費を安くして、視聴率をとれる番組を作るかが一番考えていることだと言う。
もちろんテレビ業界は以前とはかなり変化があったのだろう。
別にテレビ番組に限らず、何かクリエイティブなものを作り上げる時において、情熱と時間とお金は切っても切れないものだと思う。

安いから全てダメな番組だとは思わない。
でも、いい番組を作る時にはお金がかかることがある。
お金がないと作れない番組もある。

これって、もっと大きな視点で言うと現代社会では超越した建造物が出来ないんだろうと思う。
情熱と時間があって、とても素晴らしい絵画は生まれるかもしれない。
彫刻も写真も本も生まれるかもしれない。

けれど、建造物にはお金がかかる。
生きている間に必ず評価を得る芸術家は建築家だと言われるように、その時代に評価を得なければお金がかかる建築は出来ないのだから。
(もちろん金をかけない建造物で興味深い物もある。例:自分の住処

現代と言う世界では、だからもう超越した建造物はもうできないんじゃないのだろうかと思う。
サグラダファミリアが出来たら、それが最後の超越した建造物になるのだろうか?

From Spain
From イラン

4年ほど前に書いて草稿にしてあった文章。

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タージマハルを見てふと、思う。

25年ぐらいかけて、大理石であれだけのサイズの建造物をつくる。
現代社会では考えられない。
たぶん、投資対効果が見合わないからだ。
現代社会でも、利益を生み出せたりするものはある程度の建造物が作られるが。

芸術作品でも、そんなに長い年月や人を使った作品は知らない。
美術館でも集客ができるものはすごいゴージャスなものとかあるが、それも程度があるレベル。
あとは、企業のCSR活動というかメセナっぽいもの、社長のどうらくもあるが、あそこまでの建造物はできるとは思えない。

当時は貨幣経済じゃなかったから、資本主義バリバリじゃなかったからこそ、ああいった建造物がいくつも作られたんだろうな。

圧倒的な建造物というのは、当時から宗教とか王が作ってきた。
結局の所、いろいろな文化圏を旅して超越した建物は宗教的な建造物ばかりだった。
教会、モスク、神社、寺などなど。
やっぱりそういったものってすごいな。

こういったことに関しては詳しくないが、今あるのはサグラダファミリアぐらいかな?

2008/1/2

From インド

定価は1500円だけど、2000円払いたい本には2000円払える世界

現代の社会では一物一価の法則がある程度成り立っている。
田舎における物々交換や、インターネット経由での物々交換やオークション、その他にもいろいろな割引やポイントなどはあるが、だいたい一物一価となっている。

例えば、1500円の本なら本屋で偶然見かけて買った人も、まあ普通に欲しい人も、欲しくて欲しくてたまらない人も1500円。

1000円ぐらいの価値しか感じていないけれど読む本がちょうどなくて1500円払って買った人。
出版される前からずっと欲しくて、例えば3000円の価値を感じている人も1500円を払って購入する。

まあ、当たり前なのかもしれないけれど、こういった本に3000円の価値を感じれば払える仕組みがあるといいなって思う。
なんかそういった仕組みが作れたら面白いなって思う。

本やCD、写真集などと違い、1点物の絵などであれば高い価格がつくこともある。
そういったことが実現すれば面白いなと思うのだ。
既製品っぽいものでも、作者の魂が込められている物に関しては一物一価ではなくなる。
なんだか、そんな世の中だと作者も明確なフィードバックとなりうれしいだろうし、金銭的にも潤う。
次の制作意欲にも繋がるだろうと思う。

アマゾンなどの本のレビューだけじゃない、フィードバックのあり方。
PCやモバイルなどでインターネット上の様々なサービスが溢れる。
オンライン銀行やペイパルのような仕組み、さらにお金と同等の価値を持ちつつあるマイルなどのポイント。

ネットで買う時に、作者に寄付みたいなボタンがあるとか。
寄付だと日本人はあまりしないんだよなとも思いつつ、何だか今の時代だからこそ出来そうな予感がしている。
そして、実際に出来たら面白いんだろうなって思う。
どんな仕組みがいいかな。

From いろいろ

かぜがおうちをみつけるまで

ボブ・サムという人物を知ったのはもう、7、8年ほど前だろう。
星野道夫さんの本に出て来たのがきっかけだ。
星野さんが亡くなる直前に、おそらく彼が一番魅了されていた人物であろう。
本を読む限りでは、どこか不思議な空気をまとった神話的な人物だった。

今までにもボブ・サムが日本に何度も来ており、ストーリーテリングを聞きに行く機会はあったのだが、なぜか一度も足を運んだことがなかった。
何か明確な理由があった訳ではないけれど、今回は他の予定を調整してでも足を運ぼうと思ったのだ。
場所は表参道のrainyday books cafe.
3、4年前に半年間クリエイティブライティングに通い、今はforget me notで1年に一度仲間が集う大切な場所。

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From ALASKA 2009

クリンギット族であるボブ・サムが先祖から受け継ぎアレンジして創った物語を谷川俊太郎さんが訳し、下田昌克さんが絵を添えた。
そんな本が「かぜがおうちをみつけるまで」だ。
この物語を鶴田真由さんが朗読した。
その後、ボブが同じ物語を彼のスタイルで朗読した。
朗読と言うよりも、ストリーテリングと言った方がしっくりくる。
彼の間合いで、彼の動きで、彼の思いを表現していた。

そして、通訳と司会進行を行った写真家の赤阪友昭さんのアラスカの写真のスライドショーも行われた。

なんだか、自分がどこにいるのかを忘れてしまうような時間だった。
もしここが、アラスカの地だったら自然と涙がこぼれ落ちていたかもしれない。

そして、やっぱりアラスカという地が本当に好きだなと思った。
好きと言うよりも、自分にとって何か特別な意味をもつ場所だなと強く感じた。
今年の年末か来年にはまたアラスカに行こうと

From ALASKA 2009