「生命」カテゴリーアーカイブ

見えないものを予測すること

赤ん坊が、布で遊んでいた。ハンカチみたいなんだけど、中にセロファンみたいなのが入っていて、ガサガサと音がする。だから楽しいらしく、このハンカチみたいなのを手で握ったり食べたりして遊んでいた。実に楽しそうに。

ふと、その布を目の上にかぶせてみると、布を手で払って視界を確保するのではなく、両手をバタバタするだけで、布を触ることすらなかった。すなわち、目で見えるものを触って楽しむことができる。一方で、目の前にあっても、肌でその存在を感じていても、その布がどこにあるかを理解していない。だから、布が目にかぶさってて見えなくて邪魔なのに、取り払うことができない。

目で見えないものがどこに存在するかを予測して、手を動かすことができないのだ。まあ、身体感覚の延長がまだできていないんだな−とおもった。これができるようになった時に、見えないものを予測することができるようになった瞬間なんだろう。

以前、腕が腕の位置にあることがわかったとブログに書いたことがあったり、歩いていて見た月の位置の変化を予測できなかったことについて書いたことがあるんだけど、それと似たこと。どんな風に覚えていくんだろうなーと思いながら、手を舐めるようになったり、物をつかむようになったり、不安定な場所では何かにしがみついたりするようになっている。ちょっと前は、しがみつくとかそんなことなかったのに。そういった行動の変化を見ていると、日々の細かな経験を通して身につけていっているんだなと思う。何かが起こって、それに対して自分が行動した際のフィードバックを得て、何度も自分の中でそれを繰り返していくことで、正しい反応(行動)というのを学んでいく。ああ、やっぱり何でも経験して、失敗して、出来るようになる。すべての学習はこれなんだなと思う。大人はいつの間にか失敗することを恐れてチャレンジしなくなるけれど、いつまでも学ぶためには失敗をたくさんすること、それが一番なんだなと毎日教えてもらっている。

有から無になることの感情とボディシェーマ

ボディイメージ

月の奥に鏡を見る

ビルの隙間から見えた月の位置

一度習得したことは、忘れない

一度習得したことは、決して忘れない。「初めてできた!」と思ったら翌日から当たり前のようにしている。そんな学習能力に脱帽する毎日。

例えば、フラーレン構造のようなボールがある。赤ん坊のおもちゃで、オーボールというらしい。「オーボールをはじめて掴んだ」と思って、驚いてワイワイしていた。すると、翌日には当たり前のように、オーボールを掴んでいる。さらに、数日後にはオーボールを掴んでから、投げている。

他にも、上からぶら下げてある人形などを寝ながら見ている。手や足をバタバタしていたら、偶然人形に手が当たり、人形がぶらーんぶらーんと揺れたのだ。おお、人形を叩いた!と驚いていたら、数日後には、明らかに意思を持って、人形を叩いて揺らしている。揺れている人形を目でおって、再び人形を叩いて揺らして遊んでいる。

こういった姿を見ていると、一度習得したことは、本当に忘れないんだなーと、翌日には当たり前のようにやり始める。その学習速度の速さと、学んだことを確実にものにしている姿に驚きを隠せない。こうやって、どんどん吸収するからこそ、人間はいろいろな能力を短期間で身につけることができるのだろう。これだけ学び取っていく時期(年齢)だからこそ、吸収がいい脳である今のタイミングで何をするかということが、その人の人生に大きな影響を与えるんだなとも思う。幼少期の日々の出来事、経験などは本当にすごい影響なんだろうなとつくづく思う。

今は真っ白なキャンバスだから、全てがはじめてだ。初めての経験と一番最後(直近)の出来事は人間の判断に最も大きな影響を与えると思う。特に最初の出来事は、自分の価値観のベースになる可能性が高いし、自分が経験したこと、知ったこと、学んだこと(それを元に稽えたこと)しか、人間は理解できないから、最初の経験って重要だとつくづく思い、いい機会が提供できたらな~と。

そうそう、あと声のバリエーションがでてきた。声の強弱とか泣き方にも種類がたくさんで、大人でも分かるような感情が表現されている。笑顔の種類とか怒っている顔の表情にもバリエーションが出ている。この能力は生まれ持った能力なのだろうか。それとも、大人の顔の表情とか声のトーンを聞き分けて、自分もそれを真似て顔の表情や声を変えているのだろうか。ABテスト的に実験しようと思えばできるけど、さすがにそんな事するのも微妙なんでしないから、だれか研究してないかな笑

102日目のお食い初め

生後100日目に、食べることに困らないようにやるという、お食い初め。そんな習慣があることは、明確に知らなかったけれど、友達のフェイスブックやInstagramなんかを見ていると、そういえば赤ん坊に食べさせるような写真を見たことがある、そんな程度だった。まあ、せっかくの機会だし、思い出づくりにもよいしということで。

ネット調査によるとお食い初めは、こんな5つを準備するらしい。

尾頭付きの鯛
赤飯
煮物
お吸い物
香の物

で、一番困ったのは尾頭付きの鯛。そんなのどこにでも売っていると思っていたら、最近の都心の人は切り身しか買わないらしく、尾頭付きのタイが売ってない。事前予約もできないらしい。ということで、運に任せる。家の近くのスーパー3軒に行ったら、偶然オオゼキで売っていたので、即購入。ラッキーだ。家に帰って、鱗をとって、内臓を取って下処理。そういえば、こんなことしたの、家でははじめてかも。キャンプならするんだが。

あとは、赤飯を。3合のもち米を買い、ささげの小豆も。ささげの小豆ってなんだ?と。普通の小豆よりもずっと高い。でも、皮が厚くて、破れにくく、ハレの日にはこちらをつかうらしいというので、ささげを購入。お湯につけて2,3分煮てから、取り出す。小豆の茹で汁は空気にさらして、色を良くするとか。何度も、鍋と鍋で茹で汁を移しながら、空気にさらす。米1.5号、もち米1.5号、小豆50g(茹でる前)をまぜて、540mlの茹で汁を土鍋に入れて1時間ほどつけておく。10分ほど強火で蒸気が出てきたら、その後8分ほど弱火で。蒸らすと美味しい赤飯の出来上がり。

奥さんのお母さんが高野豆腐と人参としいたけの煮物を作って持ってきてくれ、さらに塗りの器も。家にはそういった格式高い器がないので助かった。最後に奥さんがなますとアサリとお麩のお吸い物を作って、完了。かまぼこや黒豆は買ったものを。LINEのテレビ電話で岐阜の父と母にも繋いで、お食い初め開始。器がしっかりしていると、なんだか儀式っぽくていい。そして、お吸い物は塗りの薄い器が口当たりがよくて、より美味しく感じるなと実感。

と、まあ、はるかちゃんが食べることに困りませんようにと願うばかり。自分でしっかり食べていける人間になりますように。最大限のサポートをしますという気持ちを胸に、みんなで協力して手作りのお食い初めが完了。節目の行事を手作りでやると、いろいろ調べて歴史とか知れるし、思い出に残るしいいもんだな。

そうそう、昼はマンションのエントランスでバレンタインコンサートがあった。バイオリンとかビオラだっけか?はるかちゃんは、はじめて生演奏のコンサートを聞きながら、目をまんまるに見開いて聞いていました。はじめての生演奏。どんなことを感じていたのだろうか。

wikipediaより

お食い初め(おくいぞめ)とは、新生児の生後100日目(または110日目、120日目[1])に行われる儀式。
中略
個人差はあるが、新生児の生後100日頃に乳歯が生え始める。この時期に「一生涯、食べることに困らないように」との願いを込めて食事をする真似をさせる儀式である。

祝い膳
伝統的な形の「お食い初め」は、一汁三菜の「祝い膳(いわいぜん)」が用意される。これには鯛など尾頭(おかしら)つきの魚および、赤飯・焚き物・香の物・紅白の餅のほか、吸う力が強くなるようにとの考えから吸い物(汁物)、歯が丈夫になるようにとの考えから歯固め石が供される

言葉は聞きなれることが全て、話す数が全て

自分の名前を聞くと反応する。町中で、居酒屋で、オフィスで、いろいろな人が話している。その会話に自分が入っていなくても、自分の名前が発せられると、気づく。それ以外の言葉だと耳に入らない。

と言うことは、英語も同じ。例えば、JAPANという単語は聞き取りやすい。日本は自分のことと認識しているのと、JAPANという言葉は何度も何度も聞き刷り込まれているから。

聞き慣れた言葉は自然と耳に入るけれど、聞き慣れていない言葉(ワード)は耳に入らない。程度の差はあれ、聞きなれれば聞き取りやすくなる。聞き慣れるすなわち数が勝負ってことだな。

話すのも同じ。初めて講演すると言葉につまるが、何度もやるとすらすら。聞くのも話すのも同じ。

他にも異国を旅する。英語、スペイン語、フランス語、イタリア語、中国語。様々な言葉のなかを旅する。ふと、日本語が聞こえると、ハッと気づく。耳に入らない日本語だけ入り理解できる。

そう、その言葉に慣れているから、脳の回路ができてるから。これも同じ。そこまで、どんな言葉も慣れればいいのだ。

赤ん坊の言語取得も同じ、何度も何度も言葉を聞けばそれを理解するスピードは速いだろうし、いろいろなジャンルの内容、いろいろな表現方法、説明のスタイル、またいろいろな言語に日常的にれているということが、大きな影響を与えるのだろう。

生後1ヶ月から3ヶ月の変化をメモに

日々の変化を散文的に。メモ。

母乳オンリーだったころは、ウンコが臭くなかった。

ミルクを混ぜ初めてから、ウンコが臭くなかった。そして、白いつぶつぶもまじってきた。脂肪分とのこと。普通なことらしいが、母乳のすごさを改めて感じる。

寝てる時に白目になることは、産まれてからずっと。

産まれてすぐはまつ毛がなかったが生後1ヶ月ぐらいからどんどんはえて、伸びている。

2ヶ月ぐらいから、首が少し安定。首が座るまではもちろんいたってない。

2ヶ月ぐらいからお出かけや散歩を始める。抱っこひもは快適らしく泣かないしすぐに寝る。3ヶ月目前でベビーカーデビュー。こちらは、親にとっては、楽だが階段とか置き場とかは少し悩ましい。子供にとっては、空が動く不思議な感覚のようで、あまり寝ない。

夜泣きが減り、夜はぐっすり寝て、うんちも昼間中心に。たまに起きるが。

冬の子で、お肌の乾燥や乳児特有のニキビみたいなので肌荒れ。床暖房、エアコンに加え加湿器をずっとつける対策。でも、医者に行き弱いステロイドの入った薬をもらい塗ったらすぐなおった。そして、保湿クリームもたっぷり塗るとすべすべ肌に3日で戻る。

とはいえ、生まれて3日ぐらいのほっぺたは格別だった。柔らかいというか、空気のように触れていないような、でもクリームのようにふんわり柔らか。おっぱいを吸うので、ほっぺたはすぐに筋肉がついてしっかりする。1ヶ月もたつとしっかりしてくる。そんな中でも、すべすべ柔らかなのはかわりなし。

1ヶ月目以降3ヶ月まで、1番柔らかいのは足の裏。大人は歩いて固いが赤ちゃんは一番使っていないので、柔らかふわふわ。考えれば当たり前だけど、面白い発見。

2ヶ月ぐらいから少し目が見えるようになったようで、物を目で追うようになる。目が合うことも。

風呂も、2ヶ月から大人の湯船に浸かる。お風呂は好きみたいだが、緊張してるのか、拳になり、脇を閉めている。

しっかり泡を落とすために、シャワーで顔に水をかけると発狂する笑。そして、にらんでくるような目付きでじっと見てくる。けっこう怖い笑

足のキック力は強く、しゃがんでいても立ち上がるほど。手もバタバタして、上からぶら下がるおもちゃをたたく。たまに、抵抗の印としても手ではたく。

哺乳瓶が、嫌いなのかミルクが嫌いなのか、たまに口を閉ざす。ミルクを少し温か目にしてあげると飲みやすそう。

寝てる時に笑顔になる。どんな夢を見ているのだろうか。楽しい夢なんだろうなと、そんなことを想像して時間が過ぎていく。